呪術廻戦 and U 作:来宵
主人公はこの世界に生きている一人の人間として書き進めていくつもりなので、原作登場人物に対して容赦ない態度・コミュニケーションを取ることもあります。不快な思いをされる方はブラウザバックを推奨します。
◆幕間
施設に戻る道中。
「ガキ、さっき使ってた変な力はなんだ」
「……頑なに名前を呼ばないのは嫌がらせか? バカ五条、バカ」
「ア゛ァ? 誰がバカだ誰が」
「ガキって呼ぶからだ、バカ!」
「俺のどこがバカっつーんだよ!」
いがみ合う安藤と五条。少し距離を離して付いて行く夏油が二人に生暖かい視線を向けている。
「ハァー、自分が言ったことも覚えていないバカはほんとバカ五条だね」
「お前さっきからバカバカ言いすぎて文章おかしいぞ」
「君、本当に私がただの人間だと思ってたの? 呪霊って見られているって感じたら襲って来るんだろう? 『なーんも知らない見えるだけの人間』が、十四年も生きてきて、運良く強い呪霊を直視しないなんてそんなことあり得るわけねーだろ、バァーカ!! バカごじょー!」
安藤は五条のかつての台詞を流用して煽る。
「だいたいねえ、初見で蠅頭掴む女がいたらちょっとは怪しく思うでしょ。祓う力もないのにあんなキモイ虫をわざわざ探してまで捕まえてどうするの、飼うの?」
「んッ」
我関せずと話を聞いていた夏油にもダメージが入る。
「夏油さん……?」
謎の音に訝しんだ安藤が振り返る。その耳に五条がコソッとした仕草で、全く忍んでいない声量で囁いた。
「おい、
「え、何が?」
「だってお前をただのパンピーだって思ってたの、俺だけじゃねぇし」
「あ……。あー……夏油さん、ごめんねえ」
「傑、俺に免じて安藤のことは許してやってよ!!」
態とらしく両手を合わせて謝罪ポーズを取る五条。
口角上がってる。
夏油はにっこりと静かに微笑んだ。
「私は別に優ちゃんには怒っていないよ」
「だってよ、良かったな安藤」
「優ちゃん
「めちゃくちゃ気にしてんじゃん」
「五条が一番謝れよ」
二人から責められて、五条は態とらしく「ウッウッ」と泣き真似を始めた。
「クソ……なんで傑も安藤も俺のことばっか責めるんだよ! イジメか?」
「「数時間前の己の発言を省みろ!!」」
◆茶番終了
安藤が案内したのは寂れた建物だった。
広い敷地は最低限の手入れはされているようだが、全体的に子供を養護しているような健全な雰囲気は感じられない。
幼児向けの遊具は壊れているのか、使用禁止のテープが巻き付けられていて使用できないようだ。
「ここの児童養護施設は他の養護施設でも引取り困難な子供が多く集まる。陰鬱だし職員の料理はメシマズだし、子供が育つのに理想的な環境とは言い難いが、大人からの虐待も子供同士の暴力も横行していない」
そう他人事のように説明をして安藤は玄関を開けた。
「遠慮せず入ると良い。この廊下を進んで右に曲がった突き当たりが私の部屋だ。私は職員に一声かけてくる」
「流石に女の子の部屋に勝手に入るのも悪いしここで待っているよ」
「分かった、すぐ戻ってくる」
「エロ本さがそーぜ」とか言いながら『女の子の部屋』に突撃しそうな五条を捕まえ、夏油は安藤に待つことを告げた。安藤は一瞬五条に冷めた視線を投げてから、食堂と札が掲げられている部屋へ消えて行く。
「そうか、もうそんな時間か」
夏油は携帯電話の時間を確認した。安藤との衝撃的とも言える遭遇をしたことで普段のルーティンはすっかり頭から抜けていた。
安藤はすぐに出てきた。お盆を手にしており、牛乳をかけたオートミールのような食べ物がいっぱいに入った皿と、飲料水の入ったコップが乗せられている。
「うわ、なにそれ離乳食?」
五条が皿を覗き込んで言い放つ。安藤は呆れた声色でそれを否定しながら歩き出した。
「そんな訳無いだろう、これはうちの職員が用意した手作り
「いらねー」
「ここに住む子は小さい頃からこれを食べてるのかい?」
「いや……これは私専用だよ。他の子はもっと見た目も味もマシなものを食べている」
(……さっき虐待はないって言ってなかったか?)
夏油は口を吐いて出そうな疑問を飲み込んだ。五条は興味ないのか意外と大人しい。
「はい、ここがお待ちかねの『女の子の部屋』ですよー」
そこは殺風景な部屋だった。六畳ほどの間取り、置いてある家具はパイプベッドと古びた勉強机、小さな箪笥くらい。
「なんと特別に一人部屋なんですよー、と。……うーん、客を招くなんて初めてだから椅子の数は考えていなかったな。あまり座り心地は良くないがベッドに腰がけてくれ」
藤堂は二人にベッド勧めてから自らは椅子に座った。
「悪いけど先に食べさせて。時間が経つと水分を吸って余計に不味くなる。その間に私に聞きたいことでも整理しておいてくれ」
慣れた様子で食事を流し込む安藤をあまり見ないようにしながら、夏油は密かに建物全体を探る。
こういった場所なのだから負の感情が留まり、呪霊が発生しやすそうなものだが、蠅頭どころか形が定まる前の黒い塊の影もない。
安藤が変転術式を扱えているのはほぼ確定に等しいので、片っ端から呪力を別物に変換しているのだろう。
安藤が食べ終わるタイミングを見計らって五条は声をかけた。
「で、ずっとはぐらかされてたけど、お前の不思議パワー何」
「君はもう言葉を選ばないな……別にはぐらかしていたわけではないよ、私もなんと説明したら良いか分からないくてね……私が把握している範囲でこの力を説明しよう」
曰く、安藤は物心ついた時から呪霊が見えていた上に、呪いや呪力などを認識できていたという。両親に似ても似つかぬ容姿を持ったことで生まれてすぐ施設に預けられたため、それが何なのか教えてくれる人はいなかったそうだ。
幼いながらも呪霊を殺す力を欲していたら、いつの間にか便利な力を手に入れた。どうやらそれは呪力を糧に生まれる応用の幅が広いエネルギーで、彼女はアストラルと呼んでいる。
そうして数年間、呪霊と渡り合うために自主訓練と並行してエネルギー源である呪霊を確保していたら、小学三年生の時に何者かに確保していた呪霊を全て祓われたらしい。
(それが夜蛾先生が言っていた『懸念事項』というこの任務の前例に当たるのか。年数的にも辻褄は合う)
安藤の話から夏油は推測する。
ともかく、自分以外にも呪霊を祓除できる人物、及び組織が存在することを感知した安藤は、警戒と保身もあってしばらく潜伏することにしたらしい。
呪霊の発生は見逃せないため、細心の注意を払って呪いを集めたり、蠅頭の捕獲は続けていたようだが。
そして自身の実力が及第点を超えたのと、一番は義務教育の終了によって自立する必要があるという切実な事情から、自身と同じような力を持つ集団との接触を考えるに至ったらしい。
「そうして君たちを誘うために、弱い呪霊が発生する場を複数作ったんだ。数年前にもそれで来たんだから、同じようにすればまたやってくるだろうと思ってね。思ったより時間はかかったけど」
安藤の『時間はかかった』と言った際の語気が微妙に強い。これは言外に責められているのだろうか。
それにしても弱点にもなりかねない事情までも包み隠さず話してくれるのは信用と取れば良いのか……可能性は低いが他にも頼りがあるのか。
「君の力は大体わかったよ。それで、優ちゃんがさっきから『晦冥』と呼んでいるその呪霊はなんだい? 何か縛りで契約でもしているのかな」
安藤からの説明を咀嚼しながら、夏油はずっと聞きたかった事を質問した。呪霊操術を持つ夏油としても規格外な呪力を孕む存在は気になる。
「うん? ……その縛りっていうのはよく分からないが、いくつか約束はしているな。この子は確保していた呪霊の生き残りでね、必死に縋り付いてくるから丁度良いと思って持ち帰った。その時の晦冥は吹けは飛ぶようなよわよわの霧だったから言ってやったんだ。お前が私の役に立つなら存在を許してやる、ってね」
どこか愛おしげに左人差し指にある指輪を撫でる安藤。
だが夏油のように術式として確立しているのではなく、たったそれだけの言葉であのクラスの呪霊が御しきれるとは信じ難い。
「その他にはないのかい?」
「んー、だんだん愛着が湧いてきて、お前は弱いから何者からも守ってやるって言ったかな。私がこの子を守る限り、この子も決して私を裏切ることはないよ」
「でもそれは当時の話だろう? 私が見た限り、君の呪霊はかなり強い部類に入るように見えるが……」
「そうなの? でも私が殺した今日の呪霊の前に放り出したら、晦冥すぐにマウント取られてボコボコにタコ殴りされてしまうと思うけど」
「ええ……」
多数の呪霊を擁する夏油から見ても、晦冥という呪霊がそのような下等だとは思えない。実際に安藤が切り落とした呪霊の一部をノータイムで消化しつくしている場面も見ている。
直接的な戦闘能力に欠けていたとしても、その他の能力で最終的に準一級程度なら食い殺しそうだ。
「良ければ君の晦冥を直接見せてもらえないだろうか」
「構わないよ。……晦冥、少し出てきて良いよ」
安藤が左手を掲げて指輪に合図を送る。それに応えたのか、すぐに指輪から染み出した黒い影が集まり、何かの形を象っていく。
「ギュエエエエェェェ」
「「………………」」
出来上がったのは両手に乗る程度の大きさの、目つきの悪い赤い目を持つ二頭身の黒い鳥。可愛らしいその見た目に反して嘴から飛び出たのは聞くに耐えない奇声だった。
「おい、可愛くないから鳴くなって言っただろう」
『は~い』
閉口する夏油と五条とは違い、安藤は慣れたように注意をした。
晦冥は空中に文字を形成する形で返事をする。
(やはりこの呪霊は複雑な意思疎通ができるようだ。この時点で高位の呪霊に間違いないね)
「そいつが、お前のいう晦冥って呪霊の本体?」
それまで黙って話を聞いていた五条が謎の鳥を指差した。
「いや、晦冥の本体は無形の黒い靄だよ。私が呪力を食わせすぎたのか気配が濃くなりすぎてしまってな……指輪には収まってくれるんだが、全て顕現すると敏感な子供が怖がるのでこのように一部だけ出してダークラッピーの形をとらせている」
「ダークラッピーって?」
「宇宙のどこにでも生息する謎の鳥。晦冥黒いし、ダークラッピーも黒くて可愛いから丁度いいと思って。これでも成長したんだよ、晦冥は最初は一色しか真似できなくて私のアストラルを流すことで目とか羽の色を再現していたのだけれど、でもこの子が研鑽したことで色の再現もできるようになってからは更に細かいデザインも——」
自慢気に長話をしているのを聞き流す。たぶんそういう設定なんだろう。数ヶ月前まで中学二年生だったし。
馬鹿正直に「中二くせ~」とこぼした五条が頭を
(ともかく、彼女たちの契約が実際どこまでの拘束力を伴っているかは不明だが、少なくともこの呪霊が素直に命令を聞いて庇護されている程度には優ちゃんの実力は高いのかもしれない)
実際に準一級を相手にしてもまだまだ余裕がありそうだった。
一通り語って落ち着いた安藤が改めて口を開いた。
「それで? 私は聞かれた事を素直に話したよ。次は君たちの番だ。私もいくつか知りたいことがある」
安藤の質問はざっくりと纏めるとこうだ。
・安藤の力は呪術師から見てどのように解釈されるか。
・呪術師はアストラルまたはそれに類する力を認知しているか。
・呪術師の業界について
・安藤は呪術師になれるか
・おまけとして五条と夏油の能力
安藤の質問には呪術界に詳しい五条が答えた。五条も安藤も子供っぽいところがあるので、すぐに脱線してしまうのを夏油がフォローしてやる。
五条だけなら友人付き合いの範囲内だが、五条と安藤を絡ませると子守相手が二人に増えた気分になる夏油であった。幸い険悪ではない。今日出会って早くも喧嘩するほどなんとやらってやつなのか。
話を進めるにあたり、安藤の天与呪縛の体質も説明した。
本来持つべき才能だったのに、完全に呪力を持たないで生まれたので縛りが発動して高い身体能力を持つこと。その上で奇跡的に術式が噛み合い、呪力とは別の力を使いこなせること。かわりに縛りの恩恵も下がっていはいるが、総合的にかなり高いポテンシャルを持っている、というのは六眼を持つ五条が下した判断だ。
因みに、安藤はおまけと称していたが呪霊を祓っていた時から五条と夏油の能力はかなり気になっていたらしい。本人は隠しているつもりでも興味津々なのがすぐ分かった。
三人で一緒になって能力を語り合うのが存外に面白かった。夏油は密かにポーカーフェイスの下に隠したが。
「ふーん、つまり二人の説明をまとめれば、私が持つ変転術式ってのはいくつか前例があって別に特別異端視されるものではないし、私自身に呪術師になる才能もあるけど、変換後の謎の力が君たちの上層部に目をつけられるかもしれない、と」
顎に手を当てて思考する安藤の様子は誰かへ確認しているというより、思考を纏める独り言のようだ。
「ま、上層部の腐ったみかんムーブは今に始まったことじゃねえし、お前が呪術師やりてぇっつーなら滞りなく高専に入学できるように俺がなんとかしてやらんこともない」
「えー、五条どうしたの、急に殊勝になるじゃん」
「お前ね、アストラルっつー爆弾を包んで処理してやるっつーんだよ。もっと俺を敬え! お前の先輩になるんだからな! 五条先輩って呼ぶが良い!」
「リームー」
「このガキ!!」
「あ、改めて夏油
「うん、私も強い後輩ができて心強いよ。よろしくね、優ちゃん」
両手を繋いで態とらしく『うふふあはは』する安藤と夏油を、五条が顔面崩壊しながら睨んでいた。
◆
夜も更け始めた頃、話は一段落したので二人は帰る流れになった。すごく苦労していそうな補助監督と呼ばれるスーツの人が二人を迎えに来て、彼らを乗せて去っていく車を見送る。
「呪術界の上層部は魔窟……か」
五条の忠告を反芻する。
夏油は隣で複雑そうに聞いていたが否定しないところを見ると、あながち脅しでもないのだろう。
でも。
「一枚岩の組織なんて見たことないし……大体どこの組織もそんなものでしょう」
アークス然り、マザークラスタしかり、アースガイド然り。
組織というものはそれに所属する人間の数だけ思惑が存在する。例え掲げるものが同じだとしても、それに至る道が無限にあるのならば衝突が増えることもあるし、目標を忘れて停滞を選ぶ者もいる。
私が扱うアストラルもアークスにとってのフォトンとエーテル程度の違いとしか考えていなかったけど、呪術師からすれば未知なだけあって簡単にはいかないらしい。
アストラルも今のところフォトンと同じ感覚で使えているだけで、私が把握していない性質もあるだろう。こういう時にアークスの高い解析技術が恋しくなる。
「呪術師かー」
今日初めて知ったけど、皆で呪霊を狩るなんて楽しそうだなー。
五条も夏油も、せいぜい組織への橋渡し役になってくれれば良いと考えていたが意外と協力してくれそうだし。
「私の未来はまだまだ明るいぞー!!」
少なくともホームレスは免れコースだね。
◆
「よう、安藤」
「ごめんね、優ちゃん。コイツがどうしてもってうるさいから、今日もお邪魔するね」
翌日、五条が襲来してきた。傍らに申し訳なさそうに笑う夏油を引き連れて。
行き違わないようにか部活を終えて下校するところを態々狙ってきた。
「今日も近場で呪霊を狩るんだよ。お前暇だろ、見学がてら行こうぜ」
「これもオープンキャンパスと思って付き合ってやってよ、ね」
「キャンパスここにないけど!! 屋外実習ってことで!」
背が高く、お世辞にもガラが良いとは言えない二人に絡まれている私だが、周囲の視線が突き刺さるだけで誰も助けようとは思わないらしい。まぁ、見た目だけなら私もどっこいどっこいか……。
彼らの後ろで昨日も見た補助監督の人が待機している。文句を言わないということは話は付けてあるのだろう。
「分かった」
断る理由もないので同行することにした。
近場って言ったくせに車で一時間近くする場所だった。これ東京出てんじゃないの。
目的地についてからは五条と夏油が呪霊を瞬殺するのを見ていた。昨日聞いた能力の解説を知った上で観察するのは新しい発見があって中々面白かった。
もし、自分がこのふたりと戦うならどうするか、考えるのも楽しい。
移動時間が長かった割に十分とせずに事は済んだので、施設に送り返してもらって解散となった。
◆
「よう、安藤」
「ごめんね、優ちゃん。コイツがどうしてもってうるさいから、今日もお邪魔するね」
次の日も五条はやってきた。お約束のように夏油も苦笑いで付いている。
今日も呪霊狩りに誘われた。
——あれ? これ昨日も見たな?
これまで私の行動範囲と言ったら徒歩で行ける範囲くらいだったから、遠出気分で付いていくことにした。
それからは毎日ではないが、結構な頻度で前触れもなく二人はやってくる。
学生の身分でそんなに働くのかと思ったが、どうやら人手不足の業界らしく実力さえあるなら学生でも現場に派遣するらしい。仕事を任せる関係上しっかりと給料も支払われるそうな。
なんだそれ、最高じゃないか。
五条と夏油は同期にもう一人、家入硝子という女の子がいるらしい。ただ、この人は反転術式といういわゆる回復に特化した人で貴重な人材、戦闘型でもないので余程のことがなければ現場には出てこないようだ。
五条から私が高専に入学する許可を既にもぎ取ったのは知らされているので、会うのが楽しみである。
◆
「よう、安藤」
「今日もよろしくね、優ちゃん」
飽きもせず夏休みにも二人はやってきた。
もうお約束となってしまったやりとりの後に車に乗って目的地へ向かう。
「実は私たちの担任の先生に相談したんだけど、そろそろ優ちゃんも呪霊を祓ってみない?」
「また急な話だな」
道中世間話をする軽さで夏油が提案してきた。五条も面白そうに続く。
「お前は期待のルーキーって話通しているからな、実力を事前にはかる為にも補助監督付きでどうよ」
「断る理由もないし良いけど」
最近流されるままにあちこちに連れ回されている気がするなあ。
今回の目的地は寂れた山道を脇にそれた林の中。
付近に幽霊が出るトンネルがあるとか、呪われた廃村があるとか、ホラーが好きな界隈では結構有名な場所らしい。実際に肝試しに来た物好きな若者達が行方不明になったことで呪霊が発生しているのが発覚したそうな。こうして後手に回るのも珍しくないのだとか。
「強さはどれくらいなの?」
「二級くらいだから、優ちゃんが前に戦った呪霊より一段弱い分類だね」
「ま、そこらへんのカテゴリは結構アバウトだから油断はするなよ。実際行ってみたら聞いてたのより強かったり、術式は使えなくても一級相当ってのもあるし。珍しいけど」
「そう、分かった」
獣道を伝ってちょっとした山登りをした先に不自然に拓けた場所がある。随分と寂れているが無人の集落のようだ。建物もかなり朽ちており、呪われた廃村の噂の出処は十中八九これだな、というのが分かる不穏な空気が漂っている。
実際、集落の中に呪霊の気配を感じる。一番大きいのが二級相当で、あとはちらほら散らばっているのは三級から蠅頭くらいの雑魚か。
「では、帳を下ろします」
補助監督が闇色の結界を張る。人目など無きに等しいが念のためなのだろう。
「さてと、君たちの前で戦うのはこれが二回目か」
「なんだよ、安藤。緊張してんのか?」
「冗談」
せいぜいかっこ悪いところは見せないように程々に頑張ろう。
テクニックはまだまだ訓練が進んでいないので本番で事故が起きるのは避けたい。
となれば自然と選択肢は一番慣れているカタナに限られるが……今回はファントムクラスを試してみよう。前は建物の中だったからあまり派手な動きはできなかったしね。
「五条、念の為に君の術式で防御しててくれない? 他人がいる想定はしてこなかったからフレンドリーファイアがないとも限らない。気を付けるけど万が一がないとは言えないからさ」
さて、五条保険にも加入したし、多少地形が変わるくらいは問題ないって補助監督の人も言っていたから気軽にやっていきますか。
「晦冥、よろしく」
イメージするのはグリムアサシン。アークスの技術によって武器の見た目を変更する迷彩アイテムだが、それを直接武器として扱えるように落とし込む。
手に渡されたのはカタナ形態。具合を確かめるために一度鞘から抜いてみる。
流れるアストラルの色はカーマインではなく美しい空色。
「うん、やっぱり
この色が見たくて晦冥が再現した色をアストラルで塗りつぶさないように、わざわざ武器の内側を循環するよう強化するなんて面倒な芸当を覚えたのだ。
感知した気配を追って集落の中心へ近づいていく。
二級の呪霊はボスを気取っているのか一番大きい建物に潜んでいるようだ。
「いつまでも穴熊ぶっていると、知らないうちに殺されるよ」
建物の柱を狙って、シフト・ローゼシュベルトを連続で放つ。空間を裂いて残り続ける斬撃は複数形成され、支柱を切り刻むだけでは終わらず、崩れ落ちる瓦礫さえも細切れにした。
呪霊だし、流石に呪われてもいない建物に潰されて終わり、なんてことはないと思うが。
なかなか現れない敵を呑気に待っていると、急に瓦礫を突き抜けて巨体が現れる。大きさはロックベアくらい、見た目も熊に近い。ただ頭部は熊っぽさ以外にどこか人間に近く、髪の毛のようなタテガミも生えている。
呪霊は人の負の感情から生まれる存在だからか、これまで見てきた個体もどこか人間に近い要素を持っていることが多い。
長い両腕の先には鋭い爪が刃の如く生えている。あれがメインウェポンか。
「なんだ、本当の熊か」
クッと思わず笑ってしまったのを挑発ととったのか、怒りの咆哮とともに瓦礫を押しのけて突っ込んでくる。
大ぶりな爪の攻撃を身を低くして避ける。
ほぼ地面にくっつく程の低姿勢。
起き上がる際のバネの力を利用し、飛び上がりながら素早く呪霊の横から間合いを詰め、そしてシュメッターリング。鞘、カタナ、脚を利用した三連の格闘攻撃は違わず頭部に突き刺さる。
高速の連続攻撃は呪霊の右側頭をただの肉片にしたが、これだけでは倒すのに十分ではないらしい。
少し距離を取って相手の出方を見てみる。あ、瓦礫を投げてきた。それを避けたり、切り落としたり、蹴ったり、あえて隙を見せたりしたが、遠距離攻撃は物を投げる以外飛んでこない。
どうせなら私みたいに斬撃飛ばしたりとか期待してたんだけど。
何にせよ、四肢が揃っていて動作もロックベアに近いし、これだけ様子見をしても変わった動きはないし。
「パワーと図体がでかいから二級なのかな?」
さっさと終わらせよう。
投げつけられた瓦礫を足場にして高く飛び上がる。更に別の瓦礫も足場に利用して高度を保ちながら接敵していく。呪霊の間合いに入った時、相手も狙っていたのか投げる動作と見せかけて両腕で大振りの斬撃を繰り出してきた。
「——なっ」
私は滞空している。このままでは避けることも出来ず、爪は容易く私を輪切りにするだろう。
「んてね!!」
通常ならな。
体重移動と持ち前の身体能力に任せて無理やり体勢を変える。スレスレで爪の間をすり抜けた。
アークスにとってギリギリの空中戦なんて日常茶飯事だ!!
地面に向かって落ちていく、その勢いをアストラルの放出で更にブーストしてヴォルケンクラッツァーを繰り出す。叩きつけたカタナを中心に広がった衝撃波は呪霊の足元に波及し、狙い通りにその体制を大きく崩した。
カタナの一閃で軸足を切りつけて転倒させる。
あとはフォルターツァイトで死ぬまで切り刻む!
フォルターツァイトは六回の流れるような剣閃による連続攻撃だ。この呪霊は三回目の途中で動かなくなった。
感想。
面積が大きいので訓練の成果を試すのに良い的だったが、最終的に耐久値を削りきる作業になってしまった。呪霊の死ぬ間際の後先考えない反撃はあったが、それも当たる前に剣閃の餌食になって不発だったので意味なし。
晦冥に呪霊の肉を食わせている間に、大きく伸びをする。
あとは残った雑魚狩りと行こうか。
「ファントムライフル」
呟くと同時に武器にイメージを送り込む。カタナの形をした武器は瞬時に形態を変化させ、瞬く間に私の手に一丁のライフルが握られている。
グリムアサシンを武器にしたのは趣味もあるが、スイッチを押すように武器形態を切り変えるイメージを持ちやすいからだ。長く使用していたので形状や握り心地なども馴染む。
離れた家に潜む呪霊の気配を狙って発砲。アストラルを結構な威力の弾丸として吐き出す通常攻撃は、壁など容易く貫通して蠅頭を爆散させた。
大物が倒れたら、あとはもうただの作業だ。群れる弱い呪霊をクーゲルシュトゥルムによる弾幕で蹴散らし、逃げる三級は走って追いかけてシフト・ナハトアングリフの大型貫通弾で風穴を開ける。
最後にライフルのビット制御をちゃんと再現できているか確認するためにビットの設置攻撃。
「はい、鏖殺完了。お疲れ様でしたー!」
五条と夏油にいい笑顔でサムズアップする。
五条はノリノリで、夏油は少し恥ずかしそうにしていたがサムズアップで返してくれた。
後ろで控えていた補助監督の人はちょっと表情が強張っていたが。
呪霊の死なんて見慣れているだろうしどこか具合が悪いのか聞いてみたら、死んだあとも肉片がずっと残るのは見たことがないとかで、普段と違うゴアにちょっと衝撃受けているだけだった。
「なんで銃火器の使い方知ってんの? ここって日本だよな」
「自分が扱いやすい形を晦冥に再現してもらっているだけ。そしてこれは銃であって火器にあらず」
五条の疑問に適当に返す。
確かに法治国家の平和な国でアサルトライフルなんて普通は触れることはないよねえ。前世アークスっていう戦闘職してたとか言えるわけないし。
突っ込みどころ満載な武器なんてこれからいっぱい出す予定だし。
「そっか、安藤って中二病だったわ」
「誰が中二病か」
◆
それからは定期的に五条たちはやってきて、時々は私も戦闘に加わったりした。
帳があればある程度派手な攻撃をしても外部に漏れないし、建物の破損は後で関係者が修復する。
私も帳が使えれば五条たちがいなくても、地元の廃墟ビルでもうちょっと大胆に訓練できるんだけど。私呪力がないからなあ……。
晦冥……あんた使えるようになったりしない……?
『できるよ』
やった、マジか。さすがうちの子天才!
うちの子、やれば出来るんです!
◆
季節は過ぎていく。
夏が終わり、剣道部の最後の大会を華々しく優勝で飾って私は引退した。
なんか、天与呪縛ってのがある時点でズルのような気もしたが、できるだけ技術で勝つように変な努力した。
学校と施設には早い段階から宗教系の高等専門学校に行くと申請している。入学の内定も決まっているしな。
五条たちに連れ回されている内に働いた分はきっちりと給料として支払われたため、自立資金も十分ある。学費は免除されるし、施設からも文句は出なかった。向こうも早く私が出て行く方が嬉しいだろうし。
受験で焦る同級生を尻目に、のんびりと雪を楽しんだり、山奥で五条たちとガチ目の雪合戦したり……ああ、あとテクニックの練習で間違えて五条の指を溶かしたりした。すぐに高専に帰って治してもらったらしい。
(夏油さん引いてたなー)
正直すまん。
そうこうしているうちに新緑も顔を見せ始めた。
桜が満開の中、私は中学校を卒業した。
記念写真なんて撮る相手もいないと思ったけど、告白をしてきた男の子が最後の思い出にって撮ってった。それが実はちょっと嬉しかったり。
さて、いよいよ呪術高専への入学が数日後に迫っている。
高専の場所を聞いたときは少し驚いた。ほぼ真反対に位置しているとはいえ、同じ東京都内にあったのによく私これまで潜伏できたな。やっぱり普段から徳を積んでいるからですね。
新入生は何人かいるが、呪術師と補助監督の養成は別扱いらしく、一緒に机を並べる同級生は二人だけ。少ないと思ったが呪力を扱う人間なんて多くもないしこんなものなんだろう。
少ない荷物をトランクに詰め、届いた制服を眺める。
ある程度は改造して良いって言われたので、アーベントローゼ・スタイルにできるだけ寄せた。足元は危ないのでヒールからローファーに変更され、所々に渦巻きのボタンがあしらわれている。
呪力耐性のためデザインは簡略化されたが、なかなか可愛らしくて好き。
新しい服はワクワクするねー。特に今世は学生になってからは制服と体操着くらいで私服なんて持っていなかったし。
柄にもなく修学旅行よろしく楽しみにしている自分を自覚した。
◆
バカ五条、コロす。