呪術廻戦 and U   作:KEiC

6 / 13
6.高専一年生 一日目・朝 ★挿絵有り

 七海健人は毎朝余裕を持って準備をする。それは呪術高専に入学してからも変わらない。

 早朝に起きて身支度を整えた後、寮のキッチンを借りて簡単なベーコンエッグを調理し、併設の食事スペースで焼いた食パンと共に食べる。食事のあとは荷物を持って早々に登校する予定だ。

 

「七海おはよう! 朝早いんだね」

「おはようございます」

 

 朝から溌剌な調子で話しかけてきたのは昨日同級生として対面したばかりの灰原雄だ。制服まできっちり着込んでいる七海とは違いまだ部屋着でうろついている。

 責めるべきは彼ではなく、単に七海が早いだけだ。

 灰原は飲み物を取りに来たようだ。

 

「そう言えば今日はもう一人の同級生が来るんだよね。昨日が入学式なのに一日遅れてやってくるって、どんな子なんだろ」

「さあ。すぐにでも対面するでしょうし落ち着いて待ってみては?」

「女の子って聞いたけど、仲良くやってけるといいなー」

 

 初対面の時、明るい灰原に七海は少し戸惑ったが七海の愛想のない返しも気にしない事は既に知っているので気負いなく返事する。確かに、もう一人もこれくらい楽な関係が築ければ良いだが。

 

「なに? 安藤の話?」

「あ、五条先輩おはようございます!!」

「おはようございます……」

「おはよーさん」

 

 二人の会話に第三者が割り込んだ。いつの間に居たのか二人の先輩当たる五条だ。スカウトで入学した七海だが生来の真面目さもあって、事前にある程度高専の関係者や有力な呪術師は調べていた。

 その情報においては、五条悟は現代の呪術界において最強の一角であるとされているらしい。

 実の所、七海は初見からこの先輩に少し苦手意識を抱いている。

 

「安藤さんって今日入学する僕達のクラスメイトですよね!」

「そ、俺がスカウトして来たの」

「五条先輩が直々にですか? それは心強いですね!!」

「傑も一枚かんでるけどな。最強の俺達が推薦するんだ、アイツの実力は保証するぜ」

 

 七海は五条の登場から感じ始めた嫌な予感に胸騒ぎがした。この先の会話は聞かない方が良い気がする。だが、無情にも灰原が核心に切り込んで行った。

 

「丁度七海と話してたんですけど、なんで入学式の次の日にやってくるのかなって」

 

 五条悟は呪術師として高い能力を持ち、モデル顔負けの整った容姿とスラリとした高身長を持っている。

 

「ああ、それね」

 

 御三家出身のエリートで、未成年ながら実質当主としての権威も持つ。

 二物どころか三物も四物も与えられているようなこの男だが、

 

「俺が安藤に入学式は今日だって嘘ついた」

 

 何処か肝心の物が欠落している印象を受けるのは決して気のせいではないはずだ。

 

「もうとっくにバレてるだろうけど」

 

 男はカラカラと笑った。

 

 

 ◆

 

 

「まあまあ、どうせなら皆で安藤を迎えに行こうぜ!」

 

 五条の一声で夏油と家入も集められ、何故か一年と二年の全員で新入生を迎えに行くという話になった。

 普段はあまり関心を持たない家入も「クズどもが半年以上前からご執心の女の子がどんな子か興味ある」と言って同行した。

 迎えに行くと言っても別に大したことではない。安藤は最寄り駅までは自力で辿り着いており、補助監督が運転する車でもうすぐ高専に到着するのだと言う。

 校門付近で待ち伏せして一番に顔を見ようという実にくだらない提案を、五条の勢いに押されて七海も参加することになってしまった。

 新入生一人のために補助監督まで動いていることに何らかの作為を感じつつ。

 

「そろそろかな」

「お、噂をすれば」

 

 夏油が時間を確認するとほぼ同時に、五条が角を曲がってきた黒い車を発見する。車は学生たちから少し離れて滑らかに停車した。

 先に降りてきたのは補助監督で、気のせいではなく明らかに顔色が悪い。彼は誰が命じた訳でもないのにまるで執事のように自主的に後部座席のドアを開けると、中から出てくる人物を決して直視するまいと顔を伏せた。

 

 最初に磨きあげられたローファーが地を踏んだ。黒のストッキングで包まれたスラリとした脚がそれに続く。

 その人物は七海が想像していたよりは小柄で、想定よりも重い威圧感(プレッシャー)を纏って現れた。

 背中を覆う程度に長い象牙色の銀髪は洋紅色混じり。白いシャツの上にテールコートジャケットを羽織り、下は短いスカート。現代風ながらどこかシックな雰囲気に改造された制服。下手したら着る人間の方が衣装に負けるデザインを着こなす少女。

 それだけならまだ良かったが、何故か目元を隠す黒のサングラスをかけており、なんだかガラが悪い。

 七海は何故か横に立つ五条を連想した。

 

 そそくさと素早い動作で補助監督が一抱えあるトランクケースを運んでくる。

 

「安藤さん、お荷物です」

「ありがとうございます、門倉さん。わざわざ駅まで迎えにも来て頂いて」

「い、いえ。それでは私はこれで!」

 

 最低限のやり取りだけをして門倉と呼ばれた補助監督は早々に退散して行った。まるで何かに怯えているかのように。

 

「さてと」

 

 彼女はキャスター付きのトランクケースを足元に立たせる。

 並ぶ顔ぶれを一瞥し、少女がどこか不遜に言い放った。

 

「皆さん初めまして。安藤優と申します。……一日遅れの新入生をお出迎えしてくれる方達がいるとは思いませんでした」

「初めまして! 僕は灰原雄! 僕も今年の新入生なんだ。名前同じ響きだけど、英雄の『ゆう』って書くんだ! よろしく」

 

 どこか異様な雰囲気とも言える中、灰原が溌剌とした調子で自己紹介を返した。

 

「私の名前は優しいのゆうなんだ。これからクラスメイトとしてよろしくね、灰原くん」

「初めまして、家入硝子、二年生。怪我したら反転術式で直してあげるから遠慮なく来てね」

「あなたが……夏油先輩からお話を伺っています。他人を治せるすごい方だと。よろしくお願いします、家入先輩」

 

 面識がない中で唯一残ったのは七海のみになってしまった。正直嫌な予感しかしないのでさっさとこの場から去りたいが、この流れで一人だけ自己紹介しない訳にも行くまい。

 

「七海健人です。君と灰原くんと同じく今年入学です、よろしくお願いします」

「七海くんだね、今日からよろしく」

 

 一通り初対面同士が挨拶を済ませたタイミングを見計らって夏油が進み出る。

 

「おはよう、優ちゃん、改めてこれからよろしくね」

「夏油先輩、おはようございます。こちらこそよろしくお願いします」

「なぁ、さっきから安藤のその喋り方何? 高校デビューしたの? そのサングラス俺の真似?」

「あれ、今、虫が鳴きましたか?」

 

「「虫!!」」

 

 夏油と家入が揃って腹を抱えながら爆笑した。

 五条がほほ笑みながらこめかみに青筋を浮かせる。

 安藤はそれらの全てをスルーしてトランクケースのハンドルに手をかけた。

 

「すみませんが、どなたか学生寮まで案内をお願いしても良いですか? 私の荷物これだけなので輸送する必要もないと思って持ってきたんですけど、さすがに邪魔なので部屋に置きたいんです」

「じゃあ僕が案内するよ!」

 

 すぐに灰原が案内を名乗り出る。

 

「俺も行くぞ」

「悟……同級生同士ゆっくりさせてあげようよ」

「は? むしろ顔馴染みがいた方が良いだろ」

 

 夏油がやんわりと誘導するも無駄に終わる。夏油は状況を見守りつつも最悪の事態は避けるようにフォローに回ることにした。

 

「私はこのまま校舎に行くけど、道同じだから途中まで一緒に行くわ」

(私も途中離脱したい……)

 

 家入の発言に七海も続きたかったが、夏油の『同級生同士』発言によって退路は絶たれている。七海健人、真面目である。

 

 案内を買って出た灰原を先頭に歩き出した一行。

 

「優ちゃん、荷物持とうか」

「いいえ、これくらいなら大丈夫ですよ。……念の為に聞きますが夏油先輩は加わっていませんよね?」

「おい、安藤」

「うん、私も知らない間に話が進んでいたようでね。昨日君の姿が見えないのでやっと気が付いたかな。それと私への口調はこれまで通りで良いよ」

「安藤」

「フフフ、では口調は遠慮なく。……そうか、あなたが無関係だと聞いて少し安心したよ」

「ハハハ、そう言えば髪型変えたんだね」

「うん、高専入学するし呪術師にもなるし心機一転には丁度良いかなって。前髪で目を隠すのもやめたかったし」

「おーい、聞こえてますかークソガキ安藤さーん」

 

 道中やり取りをする安藤と夏油の周りを五条がアピールしながら動き回っているが、どう見ても無視されており、何故か夏油まで一緒になって見て見ぬふりをしている。その光景に最後尾で七海が冷たい視線を送っていた。

 そんな中、安藤はおもむろにサングラスに手を掛けた。

 

「街中では目立つから一応サングラスを付けていたんだけどね。どこかのクズのおかげでその気分じゃなくなったからもう外す。今時ならコンタクトで通るでしょ」

 

 七海は現れた白い瞳孔に一瞬息を詰めた。が、五条の六眼ような前例も知っていたため、すぐに呪術師特有の身体的特徴と考えることにした。灰原はそもそも細かいことを気にしていない様子。

 二年生組はそれには全く触れず、安藤の発言で盛り上がってる。

 

「五条クズって言われてんじゃん、ウケる」

「悟、ついにバカからクズに格下げされてしまったね」

「誰もクズが俺だって言ってねーだろ!! 傑もなんで一緒になって無視してたんだよ!」

「今回は悟が何も事前情報をくれていないじゃないか。流石にフォローのしようがないよ」

「……言ってなかったか?」

 

 実のところ夏油は五条の目的をある程度察してはいるがあえて知らないふりをした。いつもなら五条の側に立って悪ノリすることもある夏油だが、今回は中立を保つことにしたようだ。

 それを察した家入がますます面白そうにニヤニヤしている。

 そんな中、安藤が実に忌々しそうに五条を睨み上げた。

 

「クズ五条、いちいち突っかかって来て何か用? お前の負債は貯めてから首一つで許してやろうと考えていたのに。下らない要件だったらマジぶっころ」

「はぁあ? 殺害予告? なんでそんなキレてんの?」

「キレてねえよ」

「だよな、俺悪いことしてねえし」

「ころすぞ(なんだこいつ)」

「優ちゃん逆、逆。本音の方が出てる」

 

 安藤が足を止める。

 

「私もこの際はっきりさせたい。五条、なぜ私に今日が入学日だと嘘をついた?」

 

 安藤の鋭い睨みを、五条が飄々と受け止める。

 

「んなの、お前の爆弾をじじぃどもに知られねえように、お前を守るために決まってっだろ」

「………………はぁ?」

 

『守る』という意外な発言に、たっぷりと間を空けて安藤が素っ頓狂な声を出した。夏油は予想していたのか「やはりそんなところか」と納得している。

 

「軽い入学式とはいえ来賓として上の連中が顔を出しにくんだよ。人手不足の業界、高専の入学生ってのは貴重な人材だかんな、公式的に初めて一斉に揃い、かつ来校する理由にもなる入学式を狙って実物を見聞しに来る奴らもいるんだよ」

「それで?」

「事前に予定を組んでるご老体ばっかだから、一日ずらせば余計な奴らは消える。お前の能力はある程度ぼかして上に報告しているが、実際に見られたらどうなるか分からんし。守るより隠すってのが本質だな」

「ふ~ん……? 夏油先輩、今の話は本当?」

「うん、私も予想していた内の一つだからね。理屈としては通っているよ」

「そう……」

 

 五条の説明を聞いても安藤は素直に納得はしていない顔だった。

 

「んだよ、この俺がここまで手間をかけて手を回してやってんのになんか文句あんのか」

「いや、その話が本当なら私のためにしてくれたこと。私は礼を言うべきであり、君が責められる謂れはない」

「分かってんじゃん」

 

 夏油が密かに後退し始める。「下がったほうが良いよ」とほかの新入生二人にこっそり忠告までして。忠告された七海と灰原は正確にその意味を測り兼ねていたが、家入がいつの間にか消えていたこともあり、危機本能に素直に従った。

 

「でも一つだけ腑に落ちなくてね」

「何が」

「そのようにしっかりとした理由があるのなら事前に私に一言通達すればよかっただろう。何故わざわざ私にも黙っていたんだ?」

「敵を欺くにはまずは味方からって昔から言うじゃん」

「その心は?」

 

Surprise(サプラーイズ)!!!」

 

「………………」

「え、まさか英語分かんない? 驚きだよ。安藤に驚いて欲しかったから——てへ☆」

 

 

 直後。

 五条にトランクケース、クリーンヒット。顔面に。

 

 

「っぶねーな! 何しやがる!?」

 

 否、当たったかと思われたが五条の無下限術式によって防がれていた。

 打撃音は発生せず、周囲に風が吹き抜けた事象だけがその攻撃速度を証明している。

 

「おい、今のは防ぐところじゃなくて甘んじて受け入れるところだろ、空気読めよ」

「んなの生身で受けたら頭破裂するっつーの」

「なんでこのクズはバカなのに頭を大切にするんだろう」

「はぁあ? そもそも何マジになってんだよ。こんなのドッキリだろ!?」

「私はな! これでも楽しみにしてたんだよ! その言い分が通るのはテレビの中だけだってのを体に教え込んでやる!!」

「いやんエッチ」

 

 ガチギレする安藤。

 どこまでも茶化す五条。

 

 ここに相容れぬ二人のゴングが鳴った。

 

 そうして始まったのは徒手空拳(ステゴロ)による殴り合い。

 夏油たちは安全地帯からその高速戦闘を観戦する羽目になった。

 

「あのー、夏油先輩」

「なんだい灰原くん」

「なんで五条先輩と安藤さんってあんなに仲が悪いんですか?」

「仲が悪いんじゃなくて、喧嘩するほどってやつだよ」

「いやいや、めっちゃ殺気立ってますけど。特に安藤さん」

「あれで二人共ちゃんと手加減しているよ。地形変わっていないからね」

「……マジですか?」

「悟は術式使わずに呪力で身体強化してるだけだし、優ちゃんも……多分何も使ってないね」

「え、五条先輩は分かりますけど、安藤さんが何も使ってないって……?」

 

 灰原は思わず夏油を見る。

 

「直ぐに知るだろうから言うけど、彼女は呪力がないんだ。天与呪縛によるフィジカルギフテッド。見た目は普通の女の子だけど、純粋な身体能力だけならこの中の誰よりも強いと思うよ」

 

 安藤はそれに加えてアストラルという別の力があるが、今はそれは使っていないと予想している。

 夏油は何度か安藤の戦闘シーンを観察することによって、なんとなくアストラルを読むことができるようになっていた。五条のように呪力の流れを視認できるわけではなく、場の空気から察知する程度だが。

 呪術師の勘はバカにはできない。

 

「——それで、これはいつまで続くのでしょうか」

 

 それまで黙っていた七海が初めて口を開く。無表情・無愛想だが怒ってはいないのだろう。強いて言えば、浮かんでいる感情は『呆れ』だろうか。

 

「うん、そうだね。一旦寮に寄る時間を考えればそろそろ止めに入っても良い頃合だ」

「でもアレ、どうやって止めるんですか……」

「ん? 簡単だよ」

 

 灰原の純粋な疑問に、夏油は軽薄な笑みを浮かべると、手のひらサイズのボールのようなものを取り出した。よくよく見ると目玉や口が付いており、気配から呪霊の一種なのだと分かる。

 

「こうすれば良いのさ」

 

 夏油は徐に呪霊を投擲した。

 綺麗な弧を描いて戦闘の中心地に飛び込んでいったそれ。タイミングを見計らった夏油が指をパチリと鳴らすと——

 

 チュドーーーン

 

 冗談のような効果音とともに爆発する。

 規模としては軽く地面が抉れる程度だが、人間は簡単に吹き飛んでしまうだろう。

 それを無言で見ていた七海は思った。

 

(まともに見えてこの人も大概同類)

 

 灰原はポカーンと口を開けて固まっている。

 

 大きく舞い上がった土埃。数拍おいてそれは五条の無下限術式と、安藤の蹴りで発生した強風によって強制的に晴らされた。

 現れた二人はさすがに喧嘩をやめている。

 常人なら大怪我を負いかねない爆発に巻き込まれて無傷どころか、土埃一つすら付着していなかった。

 

「お二人さーん、そろそろ時間厳しいってー」

 

 夏油が片手を口の横に当てて呑気に言い放つ。

 当人たちはというと顔を見合わせると何事もなかったように歩き出した。

 

「今回はこれくらいで勘弁してあげる、バカ五条」

「もっと先輩を敬え、クソガキ」

 

「じゃ、私たちも行こうか」

 

 無言で立ち尽くす七海と灰原の肩をポンと叩くと夏油は二人の背中を追った。

 

「七海……なんか……いろんな意味ですごい子がクラスメイトになっちゃったね……」

「厄介な予感しかしない」

 

 まだ授業さえ始まっていないのに、今後の学校生活に不安を感じた七海であった。

 

 

 ◆

 

 

【安藤優の高専制服、及び本人イラスト】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 




公式で夏油はモテると聞いてついつい紳士枠にしてしまう……。クズさはどこに捨ててきた?

高専に入学式ってあんの?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。