呪術廻戦 and U   作:来宵

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ちょっとグロい場面が出ます。この程度なら今後も出ます。
呪術廻戦見てる人は心配しなくても大丈夫か!


8.高専一年生 VS ???

 私は補助監督が運転する車に揺れていた。後部座席で窓の外を過ぎる景色を眺めながら高専へ帰る(・・)

 

 入学から数週間、短い間に私は既に何度も任務に駆り出されていた。標的は二級術師に見合うものばかりで、予測と呪霊の実力にズレが出ても強すぎることもなく、簡単に祓除出来る範囲だ。

 二級ということで術式も持たない呪霊のため、図体ばかりが大きい雑魚としか思えなかった。

 今日も東京から離れた県外へ赴き、対象をさっさと片付けて今は日帰り任務の帰りの最中である。

 

 ここ数日を振り返りながら、飽きからくる欠伸を噛み締めていると。

 

(——ん? 今……)

 

「門倉さん、ちょっと止めていただけますか」

「え? はい、分かりました」

 

 補助監督であり運転手の門倉が私の意を汲んですぐに道端に駐車した。何かと縁がある門倉は私が向かう任務に高確率で引率をしてくれるので、もしや補助監督は担当制なのかと疑ってしまう。

 門倉は初対面の時もそうだが、雰囲気からして腰の低い人で、実際にやり取りしてもその印象は拭えなかった。

 今も理由も告げていないのにすぐに私の希望に沿ってくれたのだから。それで良いのか、年上青年男性。

 

「安藤さん、どうかされたんですか?」

「先ほど山の上から声が聞こえたような気がして」

「声、ですか? 私には何も聞こえませんでしたが……」

 

 私たちを乗せている車はコンクリートで舗装された山道を通っており、普段から閑散としている道は夜なのも手伝ってか他に車も見当たらない。

 今いるのは山の中腹あたりだ。先ほど車が走っている際に、エンジン音に紛れて山頂付近から女性の悲鳴のような声が聞こえた気がした。

 

「その……気になるようでしたら少し寄り道してみますか? 私には聞こえなくても、安藤さんの五感でしか捉えられない僅かな声量だったのかもしれません」

「良いのですか?」

「はい。今回の任務も早く片付きましたので……。安藤さんのおかげで時間の余裕はあります」

 

 門倉の申し出は有難い。私も空耳として片付けるには妙な引っ掛かりを感じていたからだ。

 車をUターンして引き返す。

 声が聞こえた近辺を注意深く探ると、草木に隠されるように山頂への道が見つかった。土がむき出しになっており、鬱蒼と茂っていることから随分と長いこと放置されているようだが……。

 

(ん、誰かが通ったような痕跡があるな……)

 

 よく観察してみると、微妙に草が踏み分けられて、細かい枝が折れていたりしている。

 

「獣にしては迷いがありませんね。門倉さん、上に何があるか見て行きましょう」

 

 非戦闘員である門倉を後ろに庇うようにして私は先頭を歩く。大きな音を立てないように、茂った植物をかき分けてしばらく登山したその先には——廃墟になった工場があった。

 元々あった看板は経年劣化でほとんど字が読めないが、辛うじて精肉工場だったのが分かる。

 

(ホラーゲームの舞台みたいじゃん)

 

 こんな山奥で精肉工場なんて怪しい。潰れてかなりの年数が経っているようなので普通に需要が足りなくて採算が取れなくなっただけかもしれないが……。

 自分の足元を見やれば、私の靴跡に重なるようにして先に何者かの足跡が残っていた。

 

(やっぱり、最近誰かが踏み込んでいるな)

 

「少しきな臭いですね……。中に入って様子を見てきます。門倉さんは危ないので、車に戻っていただいても良いですか」

「わ、分かりました。くれぐれもお気をつけてください」

「はい。一時間しても戻らなかったら応援を呼んでくださいね」

 

 その他細々としたやり取りをして門倉は来た道を引き返していく。足を滑らせた背中が慌てて近くの木の枝に捕まったところを目撃してしまい、大丈夫か……と少々心配になった。

 

 

 ◆

 

 

(さてと。悲鳴が聞こえた山奥にボロボロの廃墟、何者かが潜む怪しい精肉工場跡に、様子を見てくると仲間を帰して一人で向かおうとする私)

 

 おまけに戻らなければ~なんてフラグも立てて。今の状況、ホラー系創作物の一番最初に犠牲になる奴が立たされる位置じゃないか。

 このまま私が行方不明になり、私を探しに来た誰かを主人公にしたゲームだか映画だかが始まりそうだ。しかもこの手の最初の犠牲者は得てして主人公が駆けつけた時には既に手遅れなのがほとんど。

 

「ま、そんなつまらない犠牲役になんかならないけど」

 

 見敵した瞬間に蜂の巣にしてやろう、と殺意マシマシで晦冥から渡されたツインマシンガンを握る。念の為に腰にカタナも下げて。

 

 当たり前だが今の私にはアークスのクラス制限などない。同時に別のクラスの武器を装備できるし、テクニックもいつでも扱える。ただ、やはりクラスごとにアストラル操作の傾向が違うので、細かくスイッチを切り替えるように思考を替える必要があるが。

 今の私にはまだ練度が足りない。例えば、その場で制限なく扱う武器を変えられるが、ツインマシンガンで攻撃しながらテクニックを同時発動など器用な真似はできないし、エトワールのようにフワフワ浮かびながら大剣を振り回すこともできない。

 脳が複数あれば解決するが……実現するはずもないので高い精度で並列思考ができるよう訓練中だ。

 

 廃墟の窓や正面入口などは侵入者対策かご丁寧に封鎖されており入れそうにない。残っている足跡を追って侵入経路を探す。探っていると風化で封鎖が朽ちたのか、入れそうな従業員入口が見つかった。

 もう疑念にもならない先人の侵入跡をスルーし、音を立てずに建物に踏み込む。

 中は想像通り瓦礫や土埃が雑然と放置された通路だったが、しばらく進むとやけに整頓されている区画に出た。ゴミなども落ちていなく、工場の遺物は壁際に整然と寄せられている。さらに進むと、真新しいガラスケースが幾つも並ぶ小部屋を見つける。木製の棚なども並べられており、それぞれ所狭しと小物が並べられているようだ。よく手入れされた雑貨屋という印象を受ける。

 ガラスケースの中には楽器が配列されており、なんとなく近くに寄って観察してみる。

 

(バイオリン……? にしては少し変わった形だな。弦を張るネックの部分が白い——)

 

「……っ!!」

 

 次の瞬間、その正体に気づいた私は思わず息を詰めた。

 そしてバイオリンに限らず他の楽器や小物を見ていく。

 間違いない。ここにあるものは全て人間を素材にして作られた作品だった。人間の骨や髪の毛、皮を加工し、足りない部分は他の素材で補っているようだ。

 

「随分とイカれた趣味だな」

 

 気持ち悪いと思うと同時に、少々複雑な気分がこみ上げる。

 アークス時代は頼まれれば素材集めのために、龍族をはじめとする知的生物など、意思疎通が取れるか関係なく他の原生生物を数え切れないほど狩っていたからだ。その素材で加工された武器、道具、料理などの恩恵を罪悪感もなく私は享受していた。

 

(とはいえ、流石の私も同族に手を出しはしなかったが……これを作ったのは人間。人間が人間を素材にするとはな)

 

 私が聞こえた悲鳴もおそらく材料となった者の断末魔か。

 ここにある作品は素材こそ問題だが、その他に不審な点は見当たらない。成り立ちからして怨念渦巻きそうなものだが、妙なことにそれはない。山奥の廃墟という如何にもなシチュエーションも揃っているのに、この建物に呪霊の気配も呪いもない点も引っかかる。

 浮かんできた予測を頭の隅に置き、先を急ぐ。手遅れかもしれないが、被害者がいるなら生きているうちに救出したい。

 最低限の注意を払いつつも先程までの慎重さは捨てる。

 行き着いた大きい扉。空気の流れから予測するに中はかなり広い空間のようで、何者かの作業音もしている。

 僅かな隙間から中を覗けば、辛うじて視界の隅に何者かの背中が見えた。刃物が擦れ合うような研ぐ音を響かせる様は実にらしい(・・・)

 

(ここからじゃこれ以上は見えないな)

 

 角度の問題もありこれ以上は中の様子を探れそうにない。扉を開けようとすれば錆びた蝶番は音を立てて相手に気付かれるだろう。

 となれば、やることは変わらない。

 

(——速攻!!)

 

 扉を文字通り蹴り飛ばし、間髪入れずにツインマシンガンを発砲。被害者がいた場合も考え、威力が高くなってしまうフォトンアーツは使わない。

 犯人は私に気が付くとすぐさま物陰に隠れた。

 

「ちっ!!」

 

 思わず舌を打つ。今のを避けれたということは相手はやはりただの殺人鬼ではないようだ。

 一瞬呪力の気配を感じたので呪詛師である可能性が高い。迷いのない動きは訓練されているものだ。

 

「おい、隠れてないで出て来い」

 

 無駄だとは思いながら呼びかける。

 この広間、かつては主要な作業場だったのか広さは体育館ほどもあり、天井も高かった。何かが撤去され跡が床のそこかしこに残っており、壁際にはほとんど鉄くずと化している機械類や何故か鉄骨が積み上げられている。広い床には大きな鉄製の作業台が規則正しくいくつも置かれており、呪詛師はその一つに隠れていた。

 奴が潜んでいる近くの作業台は腑分け最中だったのか、部位ごとに分けられた生々しい肉塊がトレイに規則正しく並べられており、血がそこかしこを汚している。

 量からして数人分。どうやら手遅れのようだが、まだ解剖されていない女性が一人寝かせられているようだ。生きているか分からないが服は着ており目立つ血痕もない。

 すぐに保護しようと動くが、その前に物陰に引きずり込まれた。

 

「近寄るんじゃねえ」

 

 引きずり込んだ者、犯人は意識のない女性を盾のようにして姿を見せる。

 図体が大きい禿頭の男だった。目の回りを黒く塗り、口元は長い髭で隠されて全体的に表情が分かりづらい。薄汚れた革製のエプロンは肉屋らしいファッションだが、それも何で出来ているのやら。

 男は大振りのナイフを取り出すとためらいなく女性の太ももに突き刺した。

 痛みに叩き起こされた女性の高い悲鳴が耳を劈く。

 

「こいつはまだ生きている。お前が変な動きをしたら即座に殺す」

 

 まったく、ちょっと様子を見に来たつもりが随分と面倒な状況になったな。

 

「お前、呪詛師か」

「おん? 呪力もねェメスカギだと思ったが……テメェ術師の関係者か?」

「呪術師だ」

「ハッ、笑えるぜ。……本当か分かんねえが、呪術師を知っているなら全部デタラメでもねえな。他の術師どもがやってくるのも時間の問題か」

 

 僅かな間に今後の算段をつけたのか、男は切り札となる人質を一層抱え込んだ。

 

「少しは遊んでやろうとも思っていたが仕方がねえ。お前をさっさと殺して、俺はトンズラだ」

「素直に逃がすと思っているのか?」

「逃がすさ、俺には人質(コイツ)がいるんだからな。おら、無駄な時間稼ぎはやめてさっさと武器を捨てろ。さもないと……」

 

 男が女性の首にナイフを突きつける。グッと押し付けられて血が溢れた。女性は恐怖で声も出ない、と思えば出血やら恐怖やらで色々と限界がきたのか白目をむいて気絶してしまった。

 それを見て私は腹を括る。仕方がない、人質を救うためにも一度武器を置いて油断させよう。

 多少の怪我、もとい自己犠牲は覚悟する。人質と私では取り返しのつく範囲が違うのだから。

 ツインマシンガンを床に落として遠くに蹴り、カタナも放り投げる。両手を挙げて降伏のポーズ。

 

「何か隠してねえだろうな。服も脱げ」

 

 おっさんマジか。

 絶句してしまうが、呪詛師の目には冗談の色も下卑た欲もなく、ただ敵対者に対して当然の要求をしているだけのようだ。

 女性を救うと決めたからには拒否権はない。言われた通りに衣服を脱いでいく。

 

「妙な仕草はするなよ。俺が怪しい行動と判断したらコイツの命はないと思え」

「はいはい」

 

 最終的に下着は身につけたままで再度降伏ポーズをする。これ以上は脱ぐ気はないという意思表示でもある。

 呪詛師の敵視の視線は途中から観察も混じってきていた。まるで市場に並ぶ野菜を見分するようだ。

 

(ああ、こいつ私が素材としてどれ程の価値があるか見てるな)

 

 気付いて、不快感に思わず眉を寄せてしまう。

 

「なかなか良い体じゃねえか。肉付きは薄いが綺麗な骨格をしている。お前から素材がとれたら最高の楽器が作れるだろうに残念だなァ……」

「それはどーも」

「お前はここで死ぬ。どうせなら死後は素晴らしい作品(コレクション)にならねえか?」

「死んでもゴメンだね」

 

 ゴミを見るように男に向ける目を細める。

 

「ああそうかい。本当に残念だ。冥土の土産にイイもん見せてやるよ」

 

 男は最後にそれを言うと、人質を連れて後退し始めた。

 

「……?」

 

 てっきり宣言通りに殺しに来るつもりかと思っていた。接近戦に持ち込めば負ける気はしないが、どうやら相手も不用意に近付くのは避けるらしい。

 かと言って逃げる様子もない。なぜなら呪詛師が後退する方向には出口がないからだ。部屋を長方形とするなら、扉は長辺の端近くに一つずつ、両端合わせて計四つの扉がある。

 男が今まさに背をつけた短辺は、積み上げられたガラクタとただの壁しかないのだが——。

 

 男の隠れた髭の下、その口がニヤリと嗤った気がした。

 

「回れェ!!」

 

 ——次の瞬間、私の体は宙に放り出された。

 

「!?」

 

 頭が状況を把握する前に、足は地を離れ天井へ落ちていく(・・・・)。まるで重力が逆さまになったかのように。

 

(重力操作……?)

 

 鉄の作業台は元から床に固定してあるのか、放り出されたのは私とガラクタだけだ。

 重力の影響は術師本人にも影響しているのか、男は転がるガラクタを避けながら、壁の出っ張りに体を引っ掛けて落ちないようにしている。

 そうして状況を把握している間にも、体は無意識に動き出して天井に着地する体制を整えていた。

 確かにここの天井は通常に比べれば随分と高いが、呪術師なら問題なく着地できる高さである。

 

「もう一丁(いっちょ)ォ!!」

 

 だが、反転した天と地の中間まで落下したところで、呪詛師が再び吠えた。

 

「っ! 今度は横!?」

 

 それまで天井に向かっていた体が回転し、九十度真横に引っ張られる。

 男が居る側に向かって重力が再びその方向を変えたのだ。私は完全に空中で孤立していた。

 

(そうか……!)

 

 今になって奴の狙いに気がつく。

 一回目の重力変換で天井に飛ばす、そうすれば私は床から離れる。再度重力を横に変えれば、私は周囲に捕まる物もない空白に置き去りにされる。

 

 あとは落ちるのみ。

 

 入口付近からほとんど動いていない私はほぼ部屋の端にいた。そのため、今や地上と化した反対側の壁との距離は高く(・・)、おおよそ五十メートル以上は離れている。高層ビルにすれば二十階近いか。

 

(……だが、本当にこれだけか?)

 

 極限の集中によって景色がスローモーションに流れる中、思考する。

 確かに高い。人間を殺すのには容易いだろう。しかし、呪術師を仕留めるには心許ない。

 私の身体能力なら無傷で着地することも可能だ。かつて、アークスだったときは隕石のごとく宇宙から惑星に流れた時でさえ無傷でヒーロー着地をしていたのだから。

 

 その時、背後からゴッゴッと重いもの同士がぶつかる不穏な音がした。振り返れば、壁際に積んであった鉄骨や機械類(ガラクタ)が隙間なくぶつかり合いながら私に向かって落ちて来るではないか。

 

(狙いはこれか!)

 

 ガラクタにかかる重力は私より重く設定されているのか、落下中の私に追いつく勢いだ。

 確かにいくら呪術師とは言え空中に放り出されて、超重量の鉄骨や機械の下敷きにされて高所から落ちたら死ぬ。そうじゃなくても大怪我くらいはする。

 それこそ五条のようにそもそも近付けない術式や、夏油のように物量で押し切るなら簡単に回避できるだろうが……あいつらは所謂規格外である。平均的な術師相手にするなら十分な攻撃となるだろう。

 

「どうしようか……」

 

 なんて考えている間に集中を切らせた私は、終わりを告げるスローモーションの景色をぼんやりと眺めまま——迫る鉄の群れに巻き込まれた。

 

 

 ◆

 

 

(痛い……)

 

 全身が痛い。

 腕に力をいれて起き上がろうとするが、引き潰されてぐしゃぐしゃの肉片一歩手前のそれは鉄骨の下敷きになっており、動かせやしない。

 体は完全に押し潰されていた。アストラルの強化を頭と心臓に回したので生きてはいるが、胴体はほとんどひしゃげており、全身複雑骨折に内蔵もいくつも破裂しているだろう。折れた肋骨が肺に突き刺さっているのか、息をするたびにヒューヒューと空気の漏れる音がする。

 激痛には慣れてはいるが、流石にアークスのキャストの体と人間の体では負傷した時の勝手も感覚も違いすぎる。

 せめて体の一部だけでも這い出さなければ。指がちぎれるのも構わずに無理やり腕を引きずり出す。

 

「ハッ、まだ生きていやがったか。ゴキブリ並にしぶてェーな」

 

 嘲笑とともに男の声が頭上から降ってきた。

 

「そこらの術師もぶっ殺せるコンボが突き刺さったのにまだ原型残ってんのか。こりゃ呪術師ってのも嘘じゃねえかもな」

 

 なんとか顔を仰いで見上げれば呪詛師が瓦礫に足をかけてこちらを覗き込んでいる。女性の姿が見えないがどこかに置いてきたのだろうか。

 

「ハァ、ハァ……こ、ろす……」

「あん?」

「ころ、し、てやる……ハァ、ハァ……」

 

 息も絶え絶えに言葉を吐き出す私を見て、ついに男は嗤い出した。

 

 ケラケラと。

 ゲラゲラと。

 

「そんな死に体で良くもまぁ、んなセリフが吐けるもんだ。負け犬でもねえな、虫の羽音ってくれぇか細いじゃねえか、虫の息だけにっ!! ——プッ、ハハハハ」

 

 ゲラゲラゲラゲラ——

 

 クソつまんねー。

 

「うる、さい……こっちに……こ、いッ!」

「いいぜェ。頑丈な体だ、キズモノになっちまったが、ちーと貰って小物にでも仕立ててやろう」

 

 そう言って男は私のそばに足を下ろし、私は欠けた腕を伸ばす。

 

「はは……バカ、め……」

 

 指が足りない手は確かに男の足首を掴み——万力のごとく締め上げた。

 

「つかまえたァ……!」

 

 

 ——レスタ!!

 

 

 そうして間髪を容れず発動した緑の光(レスタ)は私を癒し、

 

「アガァ!?」

 

 男の足を融かした。

 

「あ゛ー……生き返った~」

 

 緑の光が瞬くたびに傷は消え、欠けていた部分は時間を巻き戻すように新しく生える。

 掴んでいる男の足を握り潰さない程度に力を込めて男を引き倒す。

 

「なんだ、足首まだ残ってんじゃん。思ったほど呪力ないんだ。あの規模の重力操作は何かタネでもあるのかな?」

 

 回復した体にアストラルを流し込んで、ズルリと鉄骨の下から這い出る。

 レスタの光を浴びた男は足だけでなく、服に隠れた全身の肌が火傷のように焼けているはずだ。

 

「テメェッ!! 何しやがったァ!!」

「うるさい、黙れ」

 

 まだ元気に吠える男の上に馬乗りになり、力尽くで四肢の一本一本を捻る。

 四肢が捻れてもまだ暴れようとする男の頭を掴んだ。

 

「大人しくしろよ。その方がお互い手間が省けるだろう? 暴れるなら気絶させる。頭殴るからね、手元狂っても知らないよ」

「……グゥッ!」

 

 やっと静かになった。晦冥で作った縄で念の為にぐるぐる巻きにする。

 

「あ、そうだ。晦冥、女の人無事に回収できた?」

『できた』

 

 瓦礫だらけの周辺を見やれば、少し離れたところで粘土状の黒い闇に包まれた人質がいた。

 放り投げた武器の形態を解除した晦冥が、男が離れた隙に女性を確保したのだ。

 芋虫になった男をズルズル引きずって女性に近付く。軽く見た限り怪我は太ももの刺し傷と首の浅い切り傷。運良く大きな血管を外れたのか血は止まりかけていた。

 良かった良かった。

 彼女と私では、取り返しのつく怪我の範囲(・・・・・・・・・・・・)が違うのだから。

 女性の服を破いて止血をし、最低限の処置を済ませて肩に担ぐ。

 

「ねえ、早く術式解いてくれない? いい加減ここから出たいんだけど」

 

 燃え尽き症候群みたいに呆然としているおっさんを揺らした。

 

 

 ◆

 

 

 アストラルは呪力と反発する。

 長年扱ってきてその性質に気が付いたのはほんの数ヶ月前。中学最後の冬にレスタの練習相手になってくれた五条の指を融かしたことで判明した。

 考えればフォトンはダーカー因子を浄化する唯一の力。それと似た性質を持つアストラルが、負のエネルギーとも言える呪力と親和するはずがなかった。

 

 これまで呪霊を私が殺せたのは、この性質を持つアストラルを利用して攻撃していたから。

 斬撃に乗せて切れば呪霊の組織を切断し、拳で殴れば爆散した。それは単に威力が強かったのではなく、その威力を効果のある攻撃にアストラルが仕立て上げていたからだった。そして傷口に付着したアストラルが徐々に侵入することで呪霊の体が時間をかけて消えるのだ。

 攻撃の仕組みとしては呪力がこもった呪具に近い。

 

 では、晦冥はどうなのか。

 アストラルを直接流し込まれた晦冥はなぜ原型を保てるのか。

 それは晦冥がアストラルに耐性があるからだ。そうすれば晦冥に関するこれまでの疑問は説明がつく。

 生まれたばかりの頃から私の傍にいた晦冥は生き残るために最優先でアストラルへの耐性を身に付ける必要があった。最初の頃、(のろい)を飲ませても飲ませても大した成長をしなかったのはそのせいだ。

 少しずつ耐性を付け、やがてアストラルからの影響をほぼゼロにしてようやく、晦冥は呪力による成長を他に回す余裕を持ち始めた。

 あの時、倉庫替わりとは言え絶えず毎日呪いを与えてやらなければ、晦冥はとっくに私のアストラルに中和されて消えていたのだ。

 変幻自在の能力を手に入れてからは私のアストラルによる強化にも耐えられるようになっていたため、脆いままの体を強くする優先順位も低くなった。そうして、次はその模倣能力の精度に注力した。

 

 晦冥は約束通り私のためにその身を捧げて、私のために存在してきた。自分だけで生きる道を犠牲にして。

 弱いのは決して生まれた時の宿命ではなかった。むしろ強いから私の傍で生き残れたのだ。

 だからこそ、私もアストラルの性質に気付くのが遅れ、五条という第三者にレスタを使用して初めてその性質の一端を掴んだのである。

 

 最初は本当に驚いた。回復をするはずのレスタが逆に五条に危害を加えたのだから。

 私を回復する為に浸透する癒しの力は、呪力を持つ者にとっては侵食する毒となる。

 呪力を内包するモノほどその効果は高くなり、だから軽く試しただけで五条の手は崩れ落ちた。

 あの時謝り倒した記憶は未だに鮮明に脳裏に残っている……。

 夏油とかマジで引いてたし……。

 

 その点、今回捕まえた呪詛師は思ったほどではなかった。あれだけ広い空間の重力を自由自在に操るのだから、足ごと無くなると思ったのに。

 

 とはいえ、人質を救えて良かった。

 

「あ、門倉さーん。こっちこっち。潜んでた呪詛師を捕まえましたよ。被害者何人か居たのですけど間に合わなくて。助かったのはこの人だけです」

 

 工場の外に出て下山すると、車の前で門倉が心配そうな表情で右往左往していた。多分三十分も経っていないと思うけど、分かりやすい人だなあ。

 

「あ、安藤さん!? なぜ下着姿!? 服どうしたんですか、服!! ていうかボロボロじゃないですか、その血は怪我でもしたんですか!?」

 

 あ、なんか色々肝心なこと忘れてたわ。

 

「メンゴ……てへ☆」

 

 

 この後、滅茶苦茶怒られた。

 

 門倉怒るとマジコワイ。

 

 

 ◆

 

 

「安藤さん! 今から一年生全員で沖縄に出張だって!」

「この時期に朝から毛布かぶってどうしたんですか? 確か日帰りの任務だったはずでは?」

「は……? 普通に任務明けで寝たいんですけど」

 

 徹夜して高専に帰った私に告げられたのは新たな任務だった。

 せめてシャワー浴びさせて。

 

 

 




Q.もっとスマートな戦い方なかったの?

A.あるけど人質取られてて色々めんどくせーのと、流れで瀕死のフリ戦法思いついてしまったのでやった、反省も後悔もしていない(by安藤)

レスタで軽率に治る系戦闘族なのであまり怪我に頓着していない。



次回、懐玉編!




作中登場したオリジナルキャラの呪詛師。
お察しのとおり組屋鞣造の先達というか、先輩とかお師匠とかそんな人です。
人骨で作られた楽器を出したかったのですが、本編に丁度良いお仲間がいるじゃんってなって、年代的には年上になるかな、と。
イメージとしてはホラゲでよく居る(?)死ぬほど追いかけてくるお肉屋さんです。チェンソーギュンギュンしてくる奴。

【能力】重力操作系
本人の呪力は多くなく、素で術式を発動したら自身の体重を軽くしてそこそこ身軽に動ける程度で、身体強化の延長線上の術式。

結界術と組み合わせて、事前に準備をした特定の建物内などに限り重力を(理論上)自在に操ることができる。それなりに疲れるので乱発はできないし、演算苦手だから細かく重力調整出来ないけど。

補助道具などを利用して時間をかけた念入りな事前準備が必要、限定された環境でしか真価を発揮しない、自身も術範囲に含めるなど、様々な縛りで効果を高めています。拠点作成に向いている能力です。
彼はこの力を利用して、人を攫っては欲望のまま創作活動に励み、たまーに呪術師に見つかっても返り討ちにしてトンズラをするというのを繰り返していました。
大抵の相手は死ぬか瀕死に追い込まれて殺されるのでこの能力は術師界隈には知られていません。

本人の戦闘能力は2級くらい。この戦法に限り1級に届くんじゃないかな、初見殺しなので破られたら逃げるしかないけど。
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