呪術廻戦 and U   作:来宵

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間が空きました……。
リアルで色々やっていたのと、今後の展開を色々考えすぎました。
色々考えた結果、懐玉編はこんな感じです。長くなったので前後で分けます。


9.高専一年生 懐玉編 前編

 ◆2006年 春某日 沖縄 那覇空港

 

 

「長い空の旅だったね!」

「どう考えても一年生の手におえる任務じゃない」

「そう? 僕は燃えているよ!」

 

 憂鬱な七海とは正反対に、灰原が元気に熱意を力説をする。返す言葉も見つからず眉を神経質に寄せる七海だったがふと、一人見当たらないことに気が付いた。

 

「灰原くん、安藤さんの姿が見えないのですが」

「ああ、彼女ならさっき先輩たちの様子を見に行くってどっか行ったよ」

「勝手な単独行動……」

「あと、護衛対象を一目見たいんだってさ」

「個人的な願望による独断……」

「アハハ。護衛対象を知るのと知らないのとじゃモチベーションが違うのかもね。僕は夏油先輩にいい所見せたいから頑張るけどさ!」

「今すぐに台風でも来てしまえばいい」

 

 

 ◆

 

 

「あ゛っづい……」

 

 東京からおよそ三時間半のフライトを経て私は沖縄の土地を踏んだ。

 そしていまは現地の暑さにやられている。いくら沖縄でも春だし、ちょーとばかり暖かいくらいだろうと考えてたらまさかの晴天で海水浴もできそうな気温だとは。空調が完備された空港から一歩踏み出しただけなのに服の下は汗ビッショリだ。

 アムドゥスキアの火山洞窟エリアなんて地表がマグマや岩石そのものだったけど、アークスの体、とりわけキャストは今の体とは根本的に耐久性が違った。

 アークスの技術や装備などのバックアップもあったし、その恩恵は火山洞窟エリアに地球人を引き連れていっても大丈夫なレベルだったのだ。

 

「前は……どうやって……暑さを……凌いでいたっけ……?

 

 直射日光の下、熱のこもる高専の長袖制服で歩く私。半袖でもおかしくない気温と湿度だというのに、黒地の長袖重ね着とは……。

 

 今は事前に調べた五条たちの現在地に向かっている最中だ。門倉に一言投げて返事を聞かずに出てきたので移動手段は徒歩しかない。

 

(これ……辿り着く頃に本人たち別の場所に移動していません、なんてならないと良いな……)

 

 暑さで沸騰した頭で、なんとなく今の生身でどれくらいまでの環境変化なら耐えられるか考えてみる。

 

 フィジカルギフテッドの恩恵があるからマグマ踏めなくはないけど、レスタ連打する羽目になるだろうなぁ。

 ……フッ、岩盤浴ならぬ、溶岩浴(ガチ)。

 

 んで、五条は無下限術式でそもそもすべてを寄せ付けないし、夏油は配下の呪霊で対策すれば良い。自身の周囲のマグマを転移させ続けるとか、冷気で中和するとか。あんなに呪霊持ってんだし、出来そうじゃない?

 

 あ……冷気……そうだ。アストラルで冷気作ろう……。

 

 今更ながらそれを思いつく。随分と茹っているようである。

 アストラルを媒介に自分の周囲のごく僅かな範囲の大気を冷やして涼しくする。おかげで少し思考に余裕が出た。

 今まで視界に映るだけで無視していた道沿いのお店も情報として処理され始める。

 

「あ……あれ涼しそ……」

 

 かりゆしウェア、と大きく書かれた看板を掲げる服飾店。華やかな柄だがもどこか馴染みやすさを感じる服が展示されているお店に、私は吸い込まれるようにフラフラと踏み込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 目的の一行を見つけたのは海水浴場だった。

 

(めっちゃ楽しんでるじゃん)

 

 海の家で買ったアイスをガリガリ嚙み砕きながら、ナマコを指さしてバカ笑いする男女二人組を遠目に見る。夏油は少し離れた場所でこれまた知らない女性と会話していた。

 少女が護衛対象で、女性は今回沖縄まで出向く原因となった誘拐されたという世話役だろう。

 

「ふ~ん、普通の女の子だ?」

 

 天内理子。天元と同化する素質を持った星漿体。

 幼いころから贄となることを言い聞かせれて育てられ、その儀式がすぐそこまで差し迫っている上、現在進行形で複数の組織に命を狙われているっていうのに。

 

「呑気なもんだねえ」

 

 いや、健気って言った方が良いのか。

 無邪気に笑う姿を見ていると思わずこちらもフフ、と笑いが漏れる。

 

(嫌いじゃないな)

 

 むしろ辛気臭く落ち込んでいた方が色々と面倒だ。仮にそんな人物だったらあの二人もあそこまで打ち解けていないだろう。

 

 それから暫く、海の家で大量に買った焼きそばやいか焼きなどを消費しながら見守っていると、携帯電話に連絡が入った。

 出発を明日にズラすらしい。目的は飛行中の賞金期限切れらしいが……。

 

(そちらは方便で本命は少女の最後の思い出作りか)

 

 五条は意外と面倒見が良い一面がある。初対面で会った時も演技していた私を律儀に呪霊から守ろうとしてくれていた。

 今回の作戦の懸念事項といえば、ずっと術式を発動させる五条の負担だ。

 私だってせっかく遥々沖縄にまで駆けつけたのだし、五条ほど護衛に向いていなくても助力できないだろうか。

 

 今回、応援として呼ばれた一年生に任せられたのは、怪しい人物が上陸しないか空港を見張ること。『窓』の人員も密かに配置されているらしく、彼らに期待されているのは、空港で敵対勢力を発見したら速やかに五条たちへ報告するという警報機的な役割だ。

 あくまでも第一目的は天内の護衛であって、必ずしも呪詛師(にんげん)を撃破する必要はない。

 七海と灰原二人たちの存在は呪術師として敵を牽制する良い目印といったところか。

 

 ちなみに前日まで任務に入っていた私の参加は任意だったらしく(飛行機に乗ってから知った)、だからこうして気兼ねなく散策している。

 最後のたこ焼きを口に放り込み、丁度近くのテーブルに給仕に来た男性に話しかける。

 

「店主さん、うどん追加!」

「ハァ~~……お嬢ちゃん、さっきからよく食べるねえ」

「昨日からまともに食べてなかったから、ついでにたこ焼きおかわり!」

 

 ハードな肉体労働してきたのにここに来るまで胃に入れたの、カロリーチャージゼリーくらいだからな。

 

「ほい、すぐ作ってくるからちょいと待ってな」

「は~い」

 

 それに、施設を出てからやっと今世で思う存分グルメに興じれるのだ。今までのメシマズの反動か、美食を解禁した私の給料はほぼ食費に消えていると言って良い。

 

 さて、今回の私はおまけとはいえ、半ば強引に出てきたのも事実。同期に恨まれる前に一回合流しよう。

 

(夏油もいるし、やっぱ護衛は全部任せよー)

 

 もう少し食べたら戻るか、なんて呑気に考えていたら。

 

「お? 安藤じゃん。お前空港で待機してんじゃないのかよ」

「優ちゃん、サボり?」

 

 ……は?

 

「い、いつの間に!?」

 

 まさかこの私が食べ物に夢中になりすぎて近付いてくるのに気付かなかっただだと……!?

 

「へい、うどんとたこ焼きお待ちどっ!」

「あ、あざーす」

 

 うむ、想定外のエンカウントをしてしまったが美味しいものに罪はない。残しても勿体無いしね。

 

「なんだよこの皿の量、一人でどんだけ食ってんだ」

「うるはい……」

「食べながら喋らない方が良いよ」

「ふぁい」

 

 自然と相席で座った馴染み顔二人。挨拶がわりの適当なやり取りを済まし、私という知らない人間の登場に立ち尽くしている天内達を見やる。

 口の中のうどんを飲み込んで私は彼女たちに話しかけた。

 

「見ての通り私は味方ですのでご心配なく。お二人共、遠慮せず座ってどうぞ」

「わ、分かったのじゃ」

「失礼します」

 

 ……のじゃ?

 

 その後簡単な自己紹介をお互いして、流れで彼らの観光に同行することになった。

 とはいえ事前の予定から急遽変更したので近場で行ける場所に限るが。

 

 話してて分かったが、天内は天元との同化に対してネガティブに考えていないらしい。

 本心を推し量ることしかできないが、同化を死と同等と見ていないのは嘘ではないように感じる。ただ、少しだけ……迷いを感じるのも確か。

 

(んー、気になるけど……。あの二人が付いているんだし、私が口出すことはないか)

 

「優! 次は水族館に行くのじゃ!」

「うん! せっかくだからジンベイザメ見ようか、理子ちゃん」

 

 年頃相応にはしゃぐ少女を追いかける。やはり野郎どもより同年代の女の子の方が付き合いやすいのか、この短時間で天内は私に随分と気安くなった。

 

「デカイのう……」

 

 最後の思い出を焼き付けるように水槽を見つめる少女の横顔を、私はこっそり眺めた。

 彼女が最終的にどんな選択をしたとしても、そこに安らぎがありますように。

 

 

 夕方、私は天内とお別れの言葉を交わした。

 

「さようなら、優」

「うん……」

 

 寂しそうに笑う天内に手を振る。彼女にとってこれは間違いなく今生の別れなのだ。

 

「さようなら」

 

 

 ◆

 

 

『ろーど』

「うん?」

『あのこ きにいったの?』

「そうだね、なかなか面白い子だったな」

 

 ………………。

 

「——なんだ? 拗ねているのか?」

『すねて ない』

「そうかそうか」

『……ろーど は あのこ すくうの?』

「救う? なぜ私が?」

『だって きにいった でしょ』

「まぁ、否定しないけど……。『世界のために礎となれ』なんてよくある話だ」

 

 ………………。

 

「これは決して意味のない迷信ではない。天元の力を継続して利用するには星漿体との同化が必要で、同化によって確実に不測の事態は避けることが出来る。天内もそれを承知して納得しているんだ。私が口出しをするのもおかしいだろう」

『ろーど それでいいの』

「……なんだ、私の心境を心配してくれるのか? 確かに私は自己犠牲は気に入らないが、あれはそう言った類とは少し違う」

 

 ………………。

 

「さっきから何なんだ、晦冥。お前こそ天内を助けたいの?」

『ろーど が のぞむなら』

「……私が命令すればお前は他人のために動くというのか?」

『うん』

「あ゛あ゛ん?」

 

 無意識に漏れた声に自分が驚く。

 

『ろーど の ためなら ひと すくうよ』

「へー、ほー、ふーん……。——やめときなよ」

『なんで?』

「それは極めてグレーだからだ」

『?』

「お前は呪霊で、倫理観も違う。何が人間の救いになるのか、お前に判断できるか?」

 

 他人の『救い』なんて、私だって分からないのに。

 

「それに……私との『縛り』に抵触する可能性も高い。それが気がかりだ」

『わかった ろーど そういう なら』

 

「——晦冥、お前は誰かを救おうなんて、考えなくて良いよ」

 

 ………………————。

 

「救う気もないのに、救わなくて良い」

 

 

 だから————私の命令だけ聞いていれば良い。

 

 

 ◆

 

 

「今何時だと思っています?」

「えーと……」

 

 時計を見ると二十時過ぎ。空港の混雑ピークはとっくに過ぎており、呪詛師が人ごみに紛れ込むのも厳しいだろう。事前に知らされた一年生の任務時間は余裕で過ぎている。

 はい、怒り心頭の七海に問い詰められている最中です。

 私だって本当はうどん食べたら戻ってくるつもりだったんだよ?

 

「護衛対象を一目見るだけが、どうしてこんなに遅くなったんですか」

「あー……成り行きで一緒に観光することになって」

「つまりあなたは仕事を放り出してこんな夜遅くまで遊び歩いていたわけですか」

「……意味もなく遊んでいたわけじゃないよぅ、私も護衛したもん」

 

 試しにぶりっ子したら、すんげえしかめっ面で睨まれた。

 よほど可愛くなくてムカついたのだろうか、なんかごめんな。

 

「七海、門限に厳しいお父さんみたい」

 

 灰原、火に油注ぐのやめてくれる?

 

 

 ◆

 

 

 翌日。

 私は誰よりも一足先にフライトで本土に戻ることになった。二級術師として別の任務が入っているためだ。まぁ、沖縄の滞在延期がそもそものイレギュラーなので、七海と灰原を置いて私だけ通常通り帰るというのが正しいか。

 正直、昨日天内とあんな別れ方をしたのに、空港でばったり会ったら(向こうが)気まずいだろうから渡りに船だった。

 

 高専の自室に帰ってベッドに倒れこむ。まだ時間に余裕があるから少し休もうかな。

 やっぱりここが一番落ち着く。最近寝るのも車とか飛行機とかばっかだったからなあ。

 一ヶ月程度しか経っていないのに、もうここが帰る場所だと思える。

 

 軽く仮眠を取り、私は迎えに来た補助監督に連れられて任務に向かうのだった。

 

 

 ◆都立呪術高専 筵山麓 15:00

 

 

「お疲れ様、もう高専の結界に入ったよ」

「これで一安心じゃな!!」

 

 夏油の一言に皆肩を抜いた。

 

「悟、本当にお疲れ」

「……二度とごめんだ」

 

 労いの言葉をかけられるが、五条は不機嫌そうに顔を顰めて術式を解いた。

 それを虎視眈々と狙っていた凶刃が迫り——空振りに終わる。

 

「……お?」

 

 声を発したのは誰でもない。新たに現れた正体不明の第三者だった。

 

「誰だテメェ……!!」

「気にすんな、男の名前なんて俺だって覚えんの苦手だ」

 

 口元に傷のある黒髪の男は、奇襲が失敗したにも関わらず不敵に笑った。

 五条が術式で男を弾くと間髪入れず夏油の呪霊が丸呑みにする。

 

「悟!」

「問題ねえ。先に行ってくれ、アイツの相手はしとくから」

「結界内に侵入してきた相手だ、油断はするなよ」

「ハッ、当たり前」

 

 夏油たちを見送り、五条はサングラスを外した。

 言われるまでもなく油断するつもりはない。

 

(俺の眼が間違っていなければ、アイツは安藤と同じタイプだろうからな)

 

 そして六眼に間違いなどありえない。

 睨みつける先、足止めしていた呪霊が内側から切り刻まれる。腹から出てきたのは血まみれになりながらも、呪具を持った無傷の男だ。

 

「おっかしいな、さっきのを避けるのは流石に予想外だ。仕留めるつもりだったが……俺がナマったか……お前の削り(・・)が足りなかったか?」

 

 男は飄々とした口調で首をかしげた。

 

「削りとか鰹節じゃねーぞ」

 

 五条は男を素早く観察する。

 体に巻きつけた呪霊に別の武器。本人の呪力は完全にゼロ、術式もない。先程とは別の武器を持っているのは、あの呪霊が特殊な能力を持つのだろうか。晦冥のような変幻自在だったら面倒だな。

 そして先ほどの身のこなし。呪力による身体強化もない人間とは思えない。天与呪縛の可能性が高い。

 

安藤(あいつ)も天与呪縛の恩恵で呪力への耐性はあったからな。呪霊の出どころは晦冥みたいに物に憑いているか、身一つなら飲み込んで隠していたのかもしれねぇな)

 

 賞金の期限はとっくに切れていると指摘すれば、丁寧に賞金の目的を説明してくれる男に、思わずククッ、と笑いが漏れる。

 沖縄で安藤を捕まえたのも無駄ではなかったらしい。おかげで男の思惑通りに消耗するのは避けることができた。

 それに、

 

「生憎、アンタみたいな奴は慣れてんだよ。ここから先は簡単には通さねえ」

「ん? そいつはちったぁ興味あるが……まぁ、今は関係ねぇな!」

 

 五条悟 VS 伏黒甚爾 開戦。

 

 

 ◆

 

 

「ん? いつもと違うか……?」

 

 任務を終えて高専に帰ってきた。本物の入口の一つから結界内に入ったが、何やら騒がしい。

 常人離れした感覚が異変を告げる。

 

「晦冥、先行して探ってきて」

『りょーかい』

 

 晦冥は返事をするとその体を指輪から広げ、やがて見えないほど薄く消えていった。

 晦冥は霧状の体をいかして広範囲に散ることが出来る。その間、広げた範囲を知覚できるので偵察や警邏に便利なのだ。

 

 携帯端末を出して時間を確認する。午後三時過ぎ。天内が同化のために高専に着いているはずだ。

 

「ん? 少し前にアラートが発動している?」

 

 原因としては夏油が五条とまたケンカでもしたのか、可能性は低いが結界内の侵入を許したか。

 

 後から聞いたのだが、実際には、結界内に侵入を許し夏油が迎撃したことでアラートが発動したらしい。

 

『ろーど』

「どうだった?」

『しんにゅうしゃ ごじょーと たたかってる』

「チッ、まさか本当に結界内に敵がいるとはね」

 

 晦冥からあらかた報告を聞き取ると、私は走り出した。

 五条と侵入者の戦闘を避けて、天内が居るだろう下層へ向かう。五条なら負けないと判断しての選択だ。夏油の実力は信用しているが、護衛しながらの戦闘は難しいだろう。

 結界に侵入しているのが一人とも限らない。晦冥の偵察範囲はそれなりに広いが、広大な高専の敷地をカバーするには時間も呪力も足りない。

 

「晦冥! 天内は見つかったか!」

『うん いちばん した いるよ』

 

 もうそこまで辿り着いているなら問題なさそうか、なんて考えたそばから。

 

『あ』

「……どうした」

『ごじょー まけた』

「はぁ!?」

 

 思わず急ブレーキをかけて立ち止まってしまう。

 

「あいつが負けただと!?」

『しに かけ』

 

 しかも瀕死らしい。敵対者同士の戦いだ、負けたほうが死ぬのは珍しくもない。だが、五条の敗北は信じがたい。

 

「敵はどこだ」

『わからない』

「何故」

『じゅりょく ない ろーど おなじ』

「なんだと?」

 

 まさかここに来て同じ体質の相手が現れるとは。しかも五条が負けたなら私と同じかそれ以上の身体能力の持ち主と考えて良い。こうなっては天内の身が危ない。

 

「晦冥! 天内の周りに急いで集まって、攻撃があったら防いで。問題ないな(・・・・・)?」

『だいじょうぶ』

 

 少し前に取り決めた、『他人に晦冥を使わせない』という縛りが加わったので、違反しないように命令を出さなければならない。

 

 五条は瀕死、だがまだ死んではいない。場所は判明しているので今から向かうこともできるが……しかし行ってどうなる。私は家入のように他人に反転術式を使用できないし、レスタは呪力に反発して術師の体を融かす。

 悩んだ末、断腸の思いで天内を追うことにした。

 

 思い出せ、ここは高専だ。アラートが発動しているなら他の者たちも動いているはず。家入が駆けつければ瀕死の五条を助けるのに私以上に役に立つはずだ。

 今、危険なのは五条をも倒す何者かに狙われている天内、そしてそれを護衛する者たちだ。

 

 下層へ行くにはエレベーターに乗る必要がある。先に入った天内たちがいる為、カゴ(荷物や人を乗せる箱)も一番下に有るだろう。もう一度引き上げるにも時間がかかるなら扉をこじ開けて降りたほうが早いか。

 そう考えたが、どうやら敵も同じ考えだったらしい。エレベーターに駆けつけた頃には既に扉は半壊にされていた。

 

「後手後手だなっ!」

 

 こんなことなら二級程度の任務はよそに回して天内の護衛を継続するのだった……!

 後悔しても遅い。

 何階あるかもわからないエレベーターの昇降路を飛び降りる。長めの落下時間をやり過ごし、下にあったカゴの天井に着地する。天井部には既に先人によって壊された孔が開いており、私もそこを通って先への道を急ぐ。

 

『ろーど あまない こうげき された』

「どうなった!?」

『ただ の だんがん だいじょうぶ』

「そうか!」

 

 それは僥倖だ。

 エレベーターから出た先で黒井が倒れているのが見えた。駆けつければまだ息はあるようだ。ただ、切りつけられた傷からの出血がひどく、このまま放置すれば大量出血で死ぬだろう。

 彼女が身につけているエプロンを剥がし、急いで止血していく。

 既に聴覚は奥の戦闘音を拾っている。

 

「これで良いか……」

 

 応急処置を済ませた黒いを壁に凭れさせて先を急ぐ。

 抜けた先は地下にあるにも関わらず随分と広い空間だった。中心には地球では見たこともないほどの大樹が鎮座している。

 だが今はそれを鑑賞している暇はない。

 視線を巡らせれば、夏油と見たことのない男が戦っていた。夏油の呪霊による攻撃を高速移動で避ける男。随分と身軽だ。

 

(呪力強化以上の身体能力、フィジカルギフテッドだな)

 

 私は出来るだけ気配を絶って、夏油と男のやり取りを盗み聞きする。情報の開示のためか、聞いてもいないのに男はペラペラと喋る続ける。

 天内は探すまでもなく夏油の背後に匿われていた。彼女を何としてでも天元の下まで届けなければならない。ここで戦闘に巻き込まれるより遥かに安全だ。

 

(しかし、男の話が本当なら外では蠅頭が溢れているのか。これは五条の救命も危ぶまれるか?)

 

 男が話す間に隙を探る。

 

「人間が残す痕跡は残穢だけじゃねぇ。臭跡、足跡。五感も呪縛で底上げされてんだよ。——だから、そこでコソコソ隠れている奴がいるのもバレてんだよ」

 

 ピンポイントに指さされて私は悪態を吐いた。流石の私も体臭まで消せない。

 五感による索敵・気配の察知は身を持って知っている。だが、まさか夏油を前にしてまだそれほどの余裕があるとはな。

 

「随分と鼻がきくようだ、犬か?」

 

 憎まれ口を叩いて私は壁の影から出た。

 

「優!」

 

 振り返った天内が私の名前を呼ぶ。それに微笑み返す。

 正直、視界に敵がいるならすぐにでも爆破してしまいたいが、夏油や天内がいることで巻き込む恐れがある。

 攻撃の指向性を持つアストラルは今回のような呪力を持たない敵より、味方に強く作用してしまう。

 

「夏油先輩、ここは私が引き継ぐ。あなたは理子ちゃんを連れて天元様の元へ」

「しかし!」

「問題ない。五条のことも……だいたい把握している。相手は天与呪縛だろう? ならば、あなたより私の方が適任だ」

 

 夏油は対人戦闘も強いが今回は相手が悪すぎる。夏油もそれは理解できるはずだが、五条の知らせを聞いて冷静になれないのだろう。

 私の指摘で少し落ち着いたのか、夏油は頷いた。

 

「……そうだね。ならここは任せるよ。行こう、理子ちゃん」

「待って! 優! 黒井、黒井は!?」

 

 天内が必死に私の腕を揺さぶる。

 

「理子ちゃん、安心して。黒井さんは大丈夫。生きている。ここに来るまでにちゃんと手当もしたよ」

「……分かったのじゃ。最後に一目……いや、何でもない」

「……ごめんね。行っておいで」

 

 流石にこの状況でもう一度天内を黒井を会わせる余裕はない。

 そうして夏油に連れられ、天内は奥へと向かう。

 

「させるかよっ!」

 

 それまで静観していた男が、ここぞとばかりに邪魔をする。

 

(速いっ!)

 

 振りかぶられた刃を、こちらもカタナで弾く。咄嗟に動いて何とか間に合った。

 素の身体能力は向こうのほうが上手。アストラルで強化すれば互角以上にできるか……?

 

 次の瞬間、世界が闇に覆われる。いつの間にか男の背後に現れた異形の女が問いかけた。

 

『ねぇ わた わタ わたし きれい?』

 

 夏油の呪霊操術で呼び出された呪霊だ。簡易領域を展開する呪霊なら確かに足止めには向いている。奴が呪霊相手に返答している間に武器を取り替える。

 タロンシュナイデル。右腕に装着する装甲のような機械腕だ。いかにも近接戦闘に特化している見た目だが、その実はガンスラッシュ。これで多少不意を突けると良いが。

 

「趣味じゃねぇ」

 

 なんだそれ。

 

 男が二股に分かれた短刀を己の呪霊から持ち出すと、周囲に浮かぶ巨大な鋏を打ち消していく。

 

 なんだそれ……!

 というか今の動き、あの呪霊が武器庫か。ならば、あれから潰そう。

 

 男が夏油の呪霊を相手にしている隙に背後から肉薄する。タロンシュナイデルを装備した右腕を突き出す。

 

「終わりだな」

 

 男はため息を吐きながら振り向きざまに体勢を低くしてタロンシュナイデルを潜り抜ける。そして持っている短刀で胴体を狙ってきた。

 目にも止まらない速さ、とはこのことだろう。ただの術師なら男の言うとおり、このまま切り裂かれてお仕舞いだが……私は相手の拳に自らの左手を添えて、短刀の突きを外側に押し流した。

 

「っ!?」

「お前こそ気をつけろ」

 

 必殺だと思った攻撃を防がれ、息を呑む男に笑いかける。

 

タロンシュナイデル(これ)は切れるぞ」

 

 打撃に見せかけたタロンシュナイデルから放たれたのは斬撃。

 それは男の背中に巻き付く呪霊を切り裂き、両断する——はずだったが、直前に男が距離をとったことによって浅い切り傷で終わる。

 とはいえ、アストラルが存分に乗った斬撃なので、見た目より重症だろう。

 

「チッ」

 

 男は一つ舌を打つと、痛みに悶える己の呪霊に構わず別の刀を抜き出し、夏油の呪霊を切り殺した。

 私にも斬撃が放たれるが、ついでとばかりに飛んできた攻撃にやられるはずがない。軽く打ち払い、反撃にラスターのフォトンアーツ、ステイ・ブランドエクステンションを放つ。

 左手にアストラルで形成した即席の剣を出現させ、回転しながら連続で切り払う技だ。

 男は対処するよりバックステップで避けることを選択したため、エンハンスアーツに繋げられなかったが、追撃にステイ・スラッグスキャッターをエンハンスアタック付きで放ってやった。

 まさか打撃武器のようなタロンシュナイデルから射撃が放たれると思わなかっただろう、一発当たったらしく、腕から流血している。

 

 アストラルの散弾をあれだけ打ったのに、当たったのはたったの一発……されど一発だ。

 男は術師ではない、故に反転術式も扱えない。

 アークスをやっていると感覚が麻痺してしまうが、奴はどんなカスリ傷でも即時に回復する手段はないのだ。レスタをどれだけ連発しようが巻き込む味方もいない私の方が有利だ。

 

 男は血の垂れる腕をチラリと見やると、今度こそ油断のない視線を私に向けた。

 やっとこっちを見たな。

 

「俺の間合いでやりあうどころか、反撃までしてくる奴がいるとはな」

 

 目を細め、口の端を釣り上げた。

 

「……お前、術師じゃねえな。呪力が感じられねぇ、五条が言っていた『俺みたいなやつ』ってのはお前か。天与呪縛のフィジカルギフテッド、同類ってわけだ」

「そう、だから君の相手は私が適任だ」

「だが、妙なもんを連れてやがる。その指輪に飼っているのは呪霊か。その腕のやつも随分とイカれた武器だ……さっきとは違う得物(もん)を持ってるが……お前も呪霊の能力で仕舞ってたのか?」

「さぁね」

 

 タロンシュナイデルを利用した不意打ちは終わった。この武器は見た目も良いし、相手を騙すには丁度良いが、使用者の私さえイマイチ距離感が掴みづらい。

 期待した役割は果たしたので、さっさと他のガンスラッシュ、グラウベンエーレに変える。ラスターのバーランスタイル用に調整された銃剣だ。この男相手にフォメルスタイルのような高威力は必要ない、必要なのは間合いを固定しないバーランスタイル。

 

「仕切り直しの前に一つ訂正しよう、私は術師だ」

「ハッ、笑わせやがる」

 

 凶暴に笑うと男は左手に短刀、右手に刀を持って突貫してきた。

 

 

 

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