「嫌です。絶対嫌です」
「まぁその反応が順当よね…………」
ガクリと項垂れるのは、私の二つ上の先輩にあたる庵歌姫だ。彼女が言ったのは、今日唯さんの晩酌に付き合え、というもの。嫌に決まっているだろ。
「でも、お願い。今日あの子の傍に入れるのあんただけなのよ」
「だから理由を言ってくださいよ」
「それだけは言えない。私から言う訳にはいかないのよ」
神妙な顔つきでそう言われる。
何か、ただならぬものを感じた。
「…………はぁ、わかりました。私は飲みませんよ」
「それでいいわ。それじゃあ私は任務があるから。任せたわよ!」
そう言って走り去っていく。私は何度目かも分からないため息をついた。
────────────
「はぁ……………」
久しぶりの単独任務を終えて早々にため息をつく。この後のことを考えると酷く憂鬱だ。
唯さんの酒癖は最悪の一言に尽きる。初めは他人事のように笑っていたが今ではとてもじゃないが笑えない。
(すっぽかしてしまいたい………)
とはいえ、歌姫さんの必死さは気がかりだ。聞けば彼女も被害者の一人。それでもなおあれだけ頼んできたということは、何かがあるのだろう。
高専の寮を進み、唯さんの部屋へ向かって歩を進める。足取りは重い。そこで、違和感に気が付いた。
(声がしない………?)
冥さんと歌姫さんは任務でいないのが理由だろう。だが、酒を飲んでいるはずの唯さんの声が一切聞こえないのだ。基本的に酔うと高笑いし始める彼女の声が、ここまで来て聞こえないなどということは無い筈だ。それを防げる程この寮は防音性は高くない。
ついに唯さんの部屋の扉の目の前まで到達する。しかし、尚も声は一切聞こえてこない。
(これは………なんだ…………)
嫌な予感がする。ノックをするが反応が無い。呪力からして明らかに部屋の中にいるのに、だ。
「開けますよ」
異様。それが最も適した表現だった。もはや異臭の域に達したアルコールの臭いと、散乱した空き缶空き瓶の数々。そして、ベッドの上で、高専の制服を着たまま酒瓶を手にした唯さん。彼女は私にも気が付いていない様子で酒を呷ろうとしている。
慌てて、それを止めた。
「唯さん!何やってるんですか!?明らかに飲み過ぎです!!」
「…………?あぁ………傑か……………」
こちらを見た彼女の顔はあまりにも酷いものだった。やつれた、生気のない表情。瞳は曇り、いつもの唯さんの快活さは微塵も感じられなかった。
「一体何が………」
「それ、返して………もっと飲まないと………」
「何言ってるんですか!これ以上は身体に毒だ!」
唯さんから酒を遠ざける。しかし、それでも彼女は手を伸ばし、酒を飲もうとする。なんだ。これは一体何なんだ。
「お願いだから飲ませて………」
「ダメです。自分で身体を壊そうとする人間を止めない訳にはいかない」
「頼むから………」
「ダメです!諦めて下さい!」
「頼む……忘れられないんだ…………」
その言葉に硬直する。縋る様な手付きで私の服を掴み、彼女は泣いていた。やがて彼女は、優、と私の知らない誰かの名前を呟いた。そうして、堰を切ったようになだれ出てしたのは────
「ごめん……私のせいだ……私がもっとしっかりしてれば………なんで……どうしてだよ……クソ………私が…………いなければ良かったんだ……」
「唯さん………?何を…………」
「やだよ……辛いよ……苦しいよ…………」
最早私のことすら認識出来ぬままに、うわ言のように唯さんが言葉を紡いでいく。
「死にたい……死にたい……死にたい死にたい死にたい死にたい…………でもだめだ……死ねない…………全部無駄になる…………自殺はできない…………絶対に怒るから……そんなことをあの子は望まないから………」
「だから……お願いだ…………誰か私を…………」
縋る様に、頼る様に、彼女は消え入るような声で呟いた。
「殺してくれ…………」
────────────
「傑?どうした?酷い顔だぞ」
「……いえ、すいません………」
翌日、彼女は何も覚えていなかった。歌姫さんに聞けば、毎年ああして酔い潰れているらしい。あまりにいつも通りな唯さんに、あれは夢だったのではないかとすら思えてくる。
「………傑、今日は休んでおけ」
「ですが……」
「死にそうな顔してんのに何がですがだ」
そう押し切られ、唯さんと分かれることとなった。休めよ、と念を押しつつ車に乗りその場を去った唯さんを見送り、車が見えなくなったと同時に私はその場に座り込んだ。
昨夜の彼女の言葉がグルグルと頭の中を回る。絞り出すように放たれた言葉は、明らかな本音だった。
(やめろ……考えるな………)
ふと浮かんだ最悪の想定を消し去ろうと頭を振る。だが消えない。彼女の今までの行動が、言葉が、走馬燈のように頭の中に浮かんでは消えていく。
(違う……やめろ…………!)
術式の使い方を教えられた。呪術師としての心構えを学ばせてもらった。彼女にとって大切な人達を伝えられた。それら全てが私が強くなるための糧となった。だがその全てが、私が今最も尊敬する存在の行動の全てが、ある一つの目的の為に成されたことだったら?そんな考えが、頭の中を離れようとしない。
(違う……!違うと言ってるだろ!!)
彼女は、私に自分の全てを託そうとしているのではないか?同じ術式を持った私に全てを預けて、私の力を育てて、そして────
(違う……筈なんだ………!)
私に殺されるために、あの人は私に近付いたのではないか。そんな、最悪の考えが。
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