「もしも私の味方になるのであれば、世界の半分をお前にやろう」

▶はい
いいえ

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▶はい

 

 魔王を倒すのが勇者(ぼく)の役目。

 そんなこと、生まれた時から知っている。

 

 

「よくぞ来た、勇者とその仲間たちよ」

 

 

 女神に勇者として選ばれ、仲間と共に魔王軍を撃退した。

 ――その仲間は、一週間と経たずに入れ替わった。

 

 

「まずはこの玉座の間までやってこられたことを褒めて遣わす」

 

 

 やがて実力も付き、魔王に唯一刃が通る聖剣を求めて旅に出た。

 ――その間に、出身の村は滅びていた。

 

 

「我が城を建ててより数百年、この間に辿り着けた人間は一人としていなかったぞ」

 

 

 旅の途中に仲間が出来た。1週間経っても死なない仲間は初めてだった。

 ――彼らもまた、何かを失っていた。

 

 

「貴様たちの話は聞いていた。唯一我が首に届き得る者たちとしてな」

 

 

 数々の村を救った。多くの町を解放した。

 ――その隣に住んでいた人々には、手が届かなかった。

 

 

「事実、我が軍は大打撃を被った。立て直しには長い時間がかかるだろう」

 

 

 魔王の下僕たる竜を倒し、ようやく聖剣を手に入れた。

 ――4人いた仲間が、初めて減った。

 

 

「見事也。天晴と言う他無し。貴様らのことを、我自らの手で首を刎ねる価値があると認めよう」

 

 

 魔王の居城である、魔界への扉を開いた。

 ――溢れ出る魔物はこれまで以上に強力なものとなり、人々に襲い掛かった。

 

 

「あるいは、貴様らが持つ聖剣が我が首に届くやもしれぬ。これよりの戦いは、我が眼にもその結果を見せない」

 

 

 四天王を討ち、魔王城の結界を解除した。

 ――その代わりに、四天王の抵抗によって女神の加護を失った。

 

 

「嗚呼、だからだな、一つの提案をしようと思うのだ。きっと貴様たちにとっても良い提案となる」

 

 

 そして今、追い求めてきた仇敵が目の前にいる。その未来視の力を持つ魔眼を赤く光らせながら、不敵に笑ってこちらを見下している。

 

 感じる魔力。それは今までのどの敵よりも凄まじく、対してこちらは四天王との戦闘により満身創痍。剣士は右手の指を三本失い、僧侶の杖はひび割れ今にも崩れ落ちそうだ。魔導師の保有する魔力も一割を切り、自分自身も女神の加護を失った。

 

 長く戦場にいる内に身についた勘が僕に囁いてくる。

 勝ち目は皆無。勝率0.000%。今すぐ背を向け逃げるべし、と。

 

 

「私がするのはひどく簡単な提案だ。しかし、それを呑むかどうか決める権利は勇者にある。勇者の仲間たちも讃えるべき英雄とは認めるが、今少し黙っているが良い」

 

 

 魔王の魔力は既に広間中に張り巡らされている。

 魔導師が唯一それに抗って魔力場を構築しているが、普段のそれと比べれば何とも心もとない。

 

 詰みだ。

 チェックメイト、僕らの心臓は魔王の手に握られている。

 

 そんな中告げられた提案。即ちそれはNOと言えば死のふざけた脅迫。

 この状況で、仲間たちはどう思っているのだろう。一度だけ彼らの顔を見る。

 

 剣士。

 今いる三人の中では最初に出会った偉丈夫で、僕よりもずっと体は大きく力もあり、その剣技はトロールすら一太刀で斬り伏せるほどのものだ。

 しかし第一の四天王との戦いで三本の指を失った彼に、最早魔王と戦う力はない。

 それでいて尚、彼の魔王を睨み付ける目はギラギラと輝いていた。

 

 僧侶。

 女神に選ばれた僕に心酔していた少女で、何度も窮地を彼女に救われた。

 ただ、魔界に入ってからは強力な呪いの解呪に追われて疲弊し、教会より与えられた杖もその力を失って、遂には剣士の指も治せなくなってしまった。

 それでも彼女の不安げな瞳は、魔王をしかと見据えている。

 

 魔導師。

 正義感が強く、才もあった彼女は僕と出会う前から魔王を倒そうと活動をしていた。彼女の知識は仲間たちの中でも断トツで、困ったことがあれば彼女に頼るのが僕らの常であった。

 しかし今の魔王の魔力に抗う姿は、断頭台の上でギロチンの刃に抗う哀れな囚人のそれと何も変わらない。

 ところが、彼女の双眸は死を受け入れた者のそれと違い、しっかりと開かれていた。

 

 

 彼らと比べ、僕は一体どうしたことだろう。

 まだ希望を捨てていない彼らのことを、諦めが悪いとすら感じてしまっている。

 

 僕の生を渇望する本能は魔王の提案に糸口を求め、その開かんとする口を注視させた。

 

 

「おお勇者よ、女神に選ばれし者よ、稀代の英雄よ、汝に問わん」

 

 

 魔王はその赤い魔眼を以って僕の瞳を正面から見つめる。

 奴の世界には、僕のどんな姿が見えているのだろうか。死が近くにあり過ぎたせいか、僕は場違いにも魔王の瞳に魅入られていた。

 

 

「我の仲間になる気はないか? さすれば、世界の半分を貴様にやろう」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ――女神様の声が、聞こえるんだ。

 

「二度とそんなことを言うんじゃないぞ。君も、君のお父さんとお母さんも怖い大人に連れて行かれちゃうからね」

「女神様なんていうのはいないんだよ。魔王様と勇者様によってこの世界は治められているんだ」

「おお、恐ろしや、恐ろしや! 魔王様の雷が落とされるぞ!」

 

 

 ――女神様がね。僕に世界を救え、って。

 

「いい加減にしなさい! 母親を殺したいの!?」

「坊や、決して人前でそんなことを言ってはいけないよ」

「それは本当か? ……ちょっとこっちに来たまえ、秘密の礼拝堂を教えてあげよう」

 

 

 ――女神様が、先代は失敗作だった、なんて言うんだよ。

 

「その通りだ! あの勇者め、我々を裏切りおった!」

「あと一歩のところまで行っておきながら反旗を翻した! 奴の手によって、僅かに残る侵攻に耐えていた都市も滅びた! 奴がこの闇の時代をもたらした!」

「……私は、彼と数度しか会ったことがない。彼の真意は、出来れば君が確かめて欲しい」

 

 

 ――女神様が、もうあそこには行くな、って言ったんだ。

 

「……第4アジトが見つかった。あそこにいた奴らは全員処刑済みだろう」

「バカが! だから出入りする仲間を増やし過ぎるなって言ったのに!」

「ああ、ああ、私の彼が……ああ…………」

 

 

 ――女神様がね。あの剣を奪え、って。

 

「そんな! 誓って私たちはそんなことをしてはおりませぬ!」

「監察官の魔剣が何者かに盗まれたらしい! 取締が強化されるぞ! もう何人も処刑された!」

「……坊や、君は………」

 

 

 ――女神様が、もうこの町は用済みだから、って。

 

「待てよ! この食糧を持って行かれたらもう食うものがねえ!」

「その魔剣は何のために盗んだんだ!? 我々を守ってくれるためじゃなかったのか!」

「頼む、この首飾りだけは! 妻の形見なんだ! お願いだから、持って行かないでくれ……」

 

 

 ――女神様が、ここを訪ねろ、って。

 

「おお、歓迎しよう! 闇の時代を終わらせる英雄が来たぞ!」

「私たちがこれまで耐え忍んできたのも報われるわ! 仲間の見分け方を教えてあげる、まず首の……」

「財宝が手に入るからって、俺たちのことを密告するんじゃないぞ? ハハッ………あんまし笑えねえ冗談だったな」

 

 

 ――女神様が、こうしろって。

 

「なんでだ!? どうして俺たちのアジトがバレてるんだ!?」

「裏切り者がいる! 監察官たちが仲間の見分け方を知っている! 誰だ!? 誰が裏切った!? 裏切るようなやつはいなかったはずだろ!」

「密告の報酬だ、選べ。……魔法の指輪が欲しい? 変わっているな」

 

 

 

 ――アナタも、女神様を信じているの?

 

「……ああ。昔の仲間も、かつては女神様の加護を賜っていたんだぜ。尤も、アイツは女神様を裏切ったんだがよ。

 奴と違って俺は今でもこの指の本数が足りない不格好な両手で祈りを捧げてんだ。いつか必ず、女神様が俺たちを救ってくれると信じてな」

 

 

 ――ふーん。知ってる? 女神様って、結構ひどい人なんだよ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

勇者様。旧王都の西に位置する小さな村でのことですが、監察官が何者かに殺されました。目的は監察官が趣味で集めていた魔導書と見られています。犯人は二人、報告によれば右手の指が足りない剣士と、魔剣を携えた少年とのことです」

 

 玉座の間。

 魔王のそれとよく似た広間に、多くの魔族たちが並んで報告を聞いていた。

 しかし奇妙なことに、玉座に座るのは一人の人間。今現在、世界の支配者たる魔族が被支配階級である人間に仕えるという奇妙な事象が発生していた。

 

「そこの監察官が油断していただけでしょう。次の者を送り、周辺地域の警備を厚くする程度でよいかと」

「馬鹿者が! 殺された者のことも知らぬのか。奴は魔導の使い手として魔界ではかなり腕を鳴らしていた者ぞ。勇者様、全国に指名手配をするべきかと」

 

 臣下たちの進言を聞いているのかいないのか、眼を閉じて肘をつきながら玉座に座す人間。

 彼の腰には一振りの豪奢な剣が携えられていたが、服装は王というには似つかわしくなく、どちらかと言えば戦士のそれに近いものであった。

 

 やがてその目を開き、臣下たちを見据えて言葉を放つ。

 

「その少年とやら、女神の使徒だ。即刻指名手配を行い、魔王様にも報告を上げておけ」

 

 その言を聞いた臣下たちは驚きにざわめく。

 女神の使徒というのはこの上ない脅威であったし、それの恐怖をついこの間まで彼らは味わっていたからだ。

 

 その恐るるべき脅威に対して王がとったのは考え得る限り最も慎重な選択であったが、彼には無駄に終わるだろうという確信があった。

 

 そんなことを知る由もない臣下たちは王の言葉に粛々と従い、各々の仕事を果たすべく玉座の間を去って行く。

 

 

 

 王の腰の左側、白く輝く剣がカタカタと震えていた。

 

 

 


 

 

 

 

 

「第一の四天王、此処にあり! いざ、いざ、いざ、我と刃を合わせる覚悟のある者は!」

 

 かつての魔王直属最高幹部、第一の四天王であった彼は武人であった。

 それは鬼という種族に由来するものか、彼本人の気質に由来するものかはわからなかったが、とにかく剣士の琴線に触れたらしい。

 

「――俺がやる。お前らは手を出すな」

 

 剣士は正々堂々を好む人間であったし、そしてそれを通すだけの強さがあることを僕らは皆知っていた。

 ただし今回は、いつもの敵とは格が三つばかり違っていたのだ。

 

 彼も偉丈夫であったが、敵の鬼はそれを越える巨躯を持っていた。

 剣士の彼は190cm後半ほどの身長であったが、鬼の彼は3mに届かんとしていた。

 

 得物の大きさからしても敵は凄まじかった。人間からすれば大剣と呼ぶようなそれを小刀のように振り回し、剣士はそれを受け流すだけで必死であった。

 

 剣技で見れば僅かに剣士に優勢か。鬼の彼はその巨躯が故に剣の師は探せども見つかることはない。どうしても我流で修める必要が出てくるのだ。それに対し剣士の彼は代々剣術家を輩出してきた名門の出だという。長き時を生きる魔族でもその差は覆せなかった。

 

 

 まあとにかく、総合的に見て剣士の彼が劣勢だったのは間違いない。

 剣を何十合と合わせていく内にやがて、鬼の片目を潰す代わりに右の中指から小指を失った。

 

 鬼は距離感を失ったが、剣士の彼は右手で剣を振るう術を失った。

 傍目から見ても絶体絶命。しかし剣士の彼は土壇場での覚醒とでも言うべきか、その才を遺憾なく発揮して片腕で敵と渡り合った。

 

 僕らは見ているだけだった。それが彼との約束であったから。それが彼の願いであったから。彼は命より誇りを重いとしていた人間であった。

 だから僕らは彼が指を失ったときも、鬼の剣が彼の薄皮一枚切り裂いたときも、ただ見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 「彼女」の声が、聞こえるまでは。

 

 

 

 その動作は至極スムーズに行われた。

 解き放った聖剣は所有者の肉体性能を極限まで上昇させ、僕の体は骨の髄まで染みついた()()()()の動きをなぞる。

 

 

 一閃。

 手の内の聖剣はひどく簡単に鬼の首を切り離し、その生涯を途絶えさせた。

 ともすれば獲物の横取りにも捉えられかねないその動作は、敵味方入り混じる戦場では極ありふれた行為であった。

 

 第一の四天王との決戦は、僕の手によって終結した。

 

 

 当然剣士の彼は激怒し僕に詰め寄った。

 俺はもうマトモに戦えない、どうせなら死なせてくれた方がマシだった、と。

 

 残念なことに僕は彼を宥める術を持っていなかったし、彼も僕に斬りかかるほど子供じゃなかった。あるいは、一度彼と僕とで斬り結べば喧嘩後の友情とでも言うべき納得感を得られたのかもしれない。

 しかし実際にはそうはならなかった。魔王との決戦は既に近く、大きな蟠りを残したまま僕らは第二の四天王に挑むこととなってしまったのだ。

 

 もしかすれば、これも魔王に勝利を期待できなかった理由の一つだったかもしれない。

 僕らはそれまで強敵に対し、協力することで危機を乗り越えてきたが、それからの彼とは到底連携をすることが出来そうになかったのだ。

 

 それを「彼女」のせいだと言う気は全くない。

 

 ――だって、「彼女」の言葉を聞く前から僕はそれを思いついていたのだから。

 

 

 


 

 

 

「勅旨である! 第二世界の主、勇者様の勅旨である!」

 

 町の中心の広場に集められた群衆に向け、一人の魔族が叫びを上げる。

 

「災いを齎す悪魔が現れた! 秩序を崩す怨敵が現れた!」

 

 悪魔を名乗っていたのはどちらだったか。秩序をこの世から奪い取ったのはどちらだったか。民衆の心の声は彼ら自身によって喉に届く寸前で押し殺される。

 

「邪神の使徒が現れた! 悪神に騙された愚者が現れた!」

 

 未だ女神信仰は人々の中に強く根付いている。彼らに敵対する行動など取ろうはずもない。

 しかし、魔族が言い放った次の言葉は一部の人々の心を揺れ動かした。

 

「王は言われた! 邪神が使徒めを捕らえたものには金貨千と二百枚を! その輩めを捕らえたものには金貨七百と五十枚を! 生死は問わぬ! 繰り返す、生死は問わぬ!」

 

 金貨千二百、あるいは七百五十。

 それは金貨一枚すら富豪の証と認識している民衆にとって、余りに魅力的に過ぎる報酬であった。

 

「あるいは捕らえるとまでは行かずとも褒美は与えられる! 居所を突きとめた者、手傷を負わせた者、容姿を細かく把握した者! これらの者にも金貨三百が下賜されよう!」

 

 人間たちにとって、世界が二つに区分されてからの生活は非常に厳しいものであった。

 今までのおよそ五十倍に膨れ上がった重税。お互いがお互いを密告し合う監視社会。支配者である魔族の気まぐれによって儚く消え去る命。

 

 それら全てが解消される報酬には誰もが惹かれた。

 数百の金貨があれば、極楽の地とも呼ばれる第一世界への移住すら叶うかもしれない。

 

 余りに地獄を味わいすぎた彼らは、垂らされた蜘蛛の糸が余りに魅力的に見えてしまう。その先がどこへ繋がるともわからぬままに。

 

「邪神が使徒めは齢十五ほどの少年! 腰に魔剣を携え、指には魔法の指輪が嵌められている!

 その輩めは二人! 一人は右手の指が揃っておらぬ、長剣を持った黒髪の男! もう一人は呪いの鎖で両腕を体躯に縛られた銀髪の女魔導士!

 彼奴らめはこの世界を乱す反徒である! 捕らえよ! 王のご意思である! 捕らえよ!」

 

 その姿形の情報に民衆の多くは戸惑う。

 それはかつての勇者の仲間と酷似してはいないだろうか、と。

 

 話に伝え聞くには、勇者の仲間たちはそれぞれ別れたという話ではなかったか。

 

 その人並みならぬ体から巨人と畏怖された剣士は剣の聖地へ。

 天才という言葉すら見合わぬ才を持った魔導士は魔王の統治する第一世界の牢獄へ。

 孤児の出から大司教にまで成り上がった若き僧侶は勇者の下へと。

 

 あと一人、今は滅びた亜人の種族の生き残りの者もいたが、その者は悪竜との戦いの中討ち死にしたと聞く。

 

 勇者と共に戦場に立った者は多いが、共に戦い抜いた者は少ない。

 この四人は、そういった意味でかつて民衆たちの尊敬を集めていた者たちでもあった。

 

 それが今では反徒扱い。十年にも満たぬ間に変わり果てた世界を実感し、思わず民衆の一人は笑いを溢す。

 

 

「――おい貴様。今、何故笑った?」

 

 たまたま。たまたま、魔族はその民衆の笑う瞬間を見ていた。

 魔族というものは総じてプライドが高い。どんな意図であれ、自らの話の途中で笑うとは言語道断。瞬間的に彼を殺す判断へ至る。

 

 展開される魔法陣。

 人一人殺すには余りに過剰過ぎる魔力が込められたそれより放たれた魔術が、周りの民衆ごと惨殺しようと襲い掛かる。

 

「――は」

 

 ああ、これだから魔族は嫌いなのだ。絶対的に自分たちを世界の頂点だと思っていて、少しでも気分を害するものがあれば全て破壊しなくちゃ気が済まない。

 こいつらの前では、女神様に祝福されたこの命も塵屑同然だ。

 

 既に妻と娘を魔族に殺されていた男は頭を駆け巡る走馬灯の中、案外あっさりと死を受け入れる。

 それは現在の世界が生きるには余りに辛いものであったが故か。それとも最早見せる相手を失った強がりが故か。

 

 しかしその覚悟は、一振りの剣閃によって阻まれる。

 

 

 

剣聖奥義――紅蓮ノ太刀

 

 

 朱に染まった長剣が魔力波を断ち切り、寸での所で男を救う。

 その剣の振るい手は、右の中指から小指を失っていた。

 

「!! 貴様……女神の使徒一行か!!!」

 

 驚きに叫ぶ魔族。

 しかしそれも当然か。つい先ほどまで話していた仇敵がわざわざ目の前に現れたのだから。

 

「ちょっと、何やってるんですか? 今のタイミング、首を取るチャンスだったでしょ。魔術師は魔術を放っている時が一番無防備なんだから」

「……うるせえ。俺は無辜の民を見捨てるほど落ちぶれた覚えはねえ」

「…………」

 

 続いて女神の使徒と思しき少年と鎖に縛られた女まで現れる。

 どう考えても使徒の一行だ。降って湧いた大手柄のチャンスに魔術を放った魔族は沸き立つ。

 

「ク、クハハハハハ! 自らが狙われていると知っていながらノコノコと出てくるとはな! 

 よかろう! かつては魔王軍の将軍までのし上がったこの腕、とくと味わえ!!」

 

 高笑いと共に展開される魔法陣は先ほどの二百倍。

 常人では感じ取ることすら出来ぬ魔力の奔流が魔族の周りを走り抜ける。

 

「ほら、結構面倒くさい相手だった。これならさっきの人たちを見捨てておいた方が被害は少なかったんじゃない?

 あ! でもコイツら報酬に釣られて僕たちのこと裏切りそうだから、今ここで殺しといた方が良いのかも?」

「……それ以上ふざけた口を利くようだったら、まずお前の首から斬り落とすぞ」

「…………」

 

 しかし女神の使徒一行には全く動揺が見られない。まるで欠片も自分たちの勝利を疑っていないかの如く。

 

「行くぞ、使徒一行よ! 我が魔術の秘奥、受け止めてみるが良い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――魔剣、システム終了。お疲れ様でした、っと」

 

 荒れ果てた広場。その破壊痕は、一人の魔族との闘いとは思えないほどに激しい戦闘の様子を想起させた。

 

「うーん。将軍級でこれなら、まだ”王”の相手は厳しいか。まあ、女神様に従っとけばいいんだけど」

 

 つい数十秒前に斬り落とした魔族の首を蹴り転がしつつ、使徒は呟く。

 その言葉には、女神の絶対的な信頼というよりかは、思考の放棄とでも呼ぶべきものが垣間見えた。

 

「なあ。俺には、お前と旅をしている内に余り女神の言には従わない方が良いように思えてきたんだが……」

 

 剣士が溢した疑念に、使徒は不思議そうな顔で振り向く。

 

「何? ようやく女神様がひどいお人だって気づいたんですか? 今更ですよ。世界を救うんだから、少しはひどいこともしなくちゃあね」

 

 

 


 

 

 

 ()()との出会いは、スラム街でのことだった。

 

「――アナタは」

 

 彼女の服装はスラムには似つかわしくなくしっかりとした法衣で、衣服と言えばボロ布を纏うのが当然である周りの風景からすればひどく違和感を覚えた。

 

 僕がそこにやって来たのは「彼女」のお告げが下ったからだったが、()()の方は全くの偶然、気分で立ち寄っただけだったという。

 しかしその気分と言うのも、普通の人間であれば生じもしないものだろう。彼女の出生が大きく関わっていると見える。

 

 まあ何はともあれ、スラムに捨てられた孤児という身から大司教という地位までのし上がった彼女と、曲がりなりにも勇者と呼ばれていた自分は出会ってすぐに互いの名前が思い浮かんだ。

 

 それが僕の終生までの仲間――僧侶との、出会いだった。

 

 

 

 

 

「――へえ、そうなんですか。村にいた頃はどんなことをしてたんですか? 私、もっと勇者様のお話が聞きたいです!」

 

 彼女は他人の身の上話を好んだが、彼女が自分自身について語ることは少なかった。

 特に出会う前の話については決して口を開かず、僕は伝え聞きの話でしか彼女の昔を知らない。

 

 曰く、スラムで飢えていたところを聖職者に拾われた。

 曰く、幼き頃から聡明であった彼女は結界術の鍛錬に励んだ。

 曰く、彼女が大司教という地位まで登り詰めた裏では、相当に悪どいことを重ねていた。

 

 旅をしていた間の様子からすれば全くそんな素振りは見せていなかったが、孤児の出から大司教にまでなるためには、マトモな手段じゃ不可能に近いということはわかる。また、自身の悪徳を認めているのならば昔語りをしたがらないのも理解できる。

 

 真相はわからない。結局のところ、他人の話でしか彼女の昔については知らないのだから。

 

 ただ、彼女が一度だけ昔語りに近いことをしたことがある。

 それは彼女と旅をし始めてからはかなり後のことだったが、しかしまだ5人で旅をしていた頃のことだった。

 

 夜半の見張り番。五人の内二人が番に立つという仕組みであったそれは、見張る側からすれば随分と暇な時間をもたらす制度であった。

 自然、見張りの二人は話に花が咲くことになる。

 

 普段ならば僕の昔の話を彼女に聞かせるのが常であったが、その夜は少しだけ違っていた。

 その日の朝、僕が「彼女」からの言葉を受け取っていたせいか、僧侶の彼女はポツリと口を開き出したのである。

 

「――勇者様は、女神様についてどう思われますか?」

「どう、って……」

「私は正直、あまり好きじゃありません」

 

 それは彼女の立場からすれば口にするべきでない言葉であったが、長く旅をする間になんとなく気づいてはいたことだった。

 しかしわかっていたこととは言え、ハッキリと言葉にされると驚きもするものだ。僕は黙って話の続きを待った。

 

「私、実は一度だけ神託を受けたことがあるんです。大司教になるちょっと前くらいだったかな、数年前の話ですね」

 

 「彼女」の言葉は常日頃から受け取っている僕ではあるが、他の人にとってのそれは限りなく重い。

 信心深く、清廉潔癖で品行方正な人物にのみ下るものと相場が決まっているのだ。

 

「それからです。女神様があまり好きになれなくなったのは」

「え?」

 

 随分と不思議な言葉だった。「彼女」からの言葉を受け取ったのならば、普通はそれを新たな生活の軸とするものだ。ただの村娘が戦場に出て指揮官となっても何も不思議ではない。それ程までに「彼女」の言葉は重いものなのだ。

 

「いえ、女神様からの言葉は非常にありがたいものだと思います。数多といる信徒の中から私を選んでくれたのだ、とも。

 ただ、時期が悪かったのです。教会に拾われたばかりの無垢なる頃に受けていれば。あるいは、勇者様と旅をして広い世界を知った今ならば」

 

 彼女は昔を思い出し、そして今を慈しむように言葉を呟いた。

 その言からは、あまり多くの情報は得られなかった。

 

「……ともかく、私があの言葉を受け取るには余りに遅く、そして早過ぎました。私は既に信仰心を失っています。もしあの言葉がないままに時が過ぎていれば未だ信仰を抱き続けていたのかもしれませんが、失ったものは元に戻りません。

 信仰を失って久しく、教会内での争いにも疲れた私はあの日、街を当てもなく歩いていました。……あ、知ってましたか? 教会内での権力抗争って、結構激しいんですよ」

 

 具体的に起きていることはわからないながらも想像はつく。教会の権力というのは国家のそれに限りなく等しい。ましてや教皇という椅子には、どれだけ多くの人間が群がることだろうか。

 

「フラフラと歩いた末にたどり着いたのが私のかつての住居、スラム街でした。そこで勇者様、アナタと出会ったのですよ」

 

 かつての出来事を思い返す。「彼女」に誘導されていたとはいえ、思わず運命というものを感じてしまうくらいには衝撃的な出会いだった。

 

勇者様の話は既に聞いていましたから、すぐにわかりました。ただ、それよりもこの人に付いて行く、と決めたのは”目”が理由です」

「目?」

「はい。その頃の私が鏡でよく見ていた、何かを見失っている目です。……そして今も、たまに勇者様が見せる目です」

 

 彼女はそう言うと、僕の顔をじっと見た後に一度目を閉じ、立ち上がった。

 

「ごめんなさい、話し込んじゃいましたね。一度結界の様子を見てきます。何かあったら叫んでください、すぐに駆け付けます」

 

 そう言って彼女は逃げるように去って行った。

 結局僧侶の昔の様子はよくわからなかったし、何故「彼女」のことを嫌っているのかもイマイチ理解できなかった。

 

 結論として、その夜は大きなモヤモヤを抱えたまま見張りを続ける羽目になった。

 強く記憶に残っているのは、そのせいかもしれない。

 

 

 彼女が管理していた結界が破られたという報告を聞き、そんな話を思い出した。

 

 


 

 

 

「――ようこそ、僕の城へ。思っていたよりは1年早い到着だったよ。後ろの二人は久しぶりだね。今度はどんな旅をしてきたのかな?」

 

 かつての仲間が笑って俺たちを迎える。

 ふざけた話だ。とうの昔に殺す覚悟は出来ているのに、今更言葉を交わす意味もあるまい。

 

「黙れよ、お前。アイツを俺たちに殺させといて、今更お喋りなんてする訳がねえだろ」

「まあまあ、良いじゃないですか。僕も先代様とはちょっと話してみたかったんですよ」

 

 話をする気がないことを示そうと左手で剣を抜いたところで、使徒の坊主に止められる。

 ……相変わらずコイツが何を考えてるかわからねえ。合理主義の塊みてえな面を見せたかと思えば、享楽的に行動することもある。

 昔の勇者もそういう所はあったが、コイツほど顕著に表すことはなかった。

 

「結界を管理していた女の人ですが、今際の際にアナタへ言葉を残していましてね。

 『愛しています』、ですって。いやあ、あんなに美人に好かれるなんて幸せ者ですねえ。ま、その顔ももう胴とは繋がってないんじゃ意味ないんですけど」

 

 嘘だ。アイツはそんな言葉を残す暇があったら呪いの一つでもかけるような強かな女だった。

 精神的な気後れもあって、この旅の中じゃ一番の強敵だったと言えよう。

 

「へえ。それは『彼女』からの指示かい? 僕も結構やらされたよ。愛というのは厄介なものでね、特に遺言なんて聞くと相手がどのような感情を抱いたかに関わらず動揺は現れる。

 ああ、後ろの二人は覚えているかな? 第二の四天王は確か第一の四天王と恋仲で、彼の死について言及したら驚くほど簡単に冷静さを失ってくれたね。お陰で随分と簡単に勝てた記憶があるよ」

「ああ、よーく覚えてるさ。横槍が入ったとはいえ堂々と立ち合った相手が散々に言われてたんだ。俺まで腸が煮えくり返ってたぜ」

 

 四天王との闘いの中では最も楽な戦いだったが、最も気分が悪い戦いでもあった。

 そしてそれと同時に、あれが女神の指示だったということに驚きの念も覚える。一体、アイツが発案した作戦の内いくつが女神によるものだったのだろう。

 尤も、今更それを知ったところでどうにもならないのだが。

 

「ところで君は話さないの? 昔はあんなにお喋りが好きだったのに。戦術に関する談義にはよく花が咲いたよね。もう魔術によるシミュレーションとやらはやってない?」

「…………」

 

 勇者は今度は魔導士の奴に話しかける。

 コイツは昔と比べて随分と変わった。勿論、それは第一世界での牢獄生活に端を発するものなんだろうが、勇者の裏切りもそのウェイトを大きく占めているように見えた。

 彼女は仲間という関係をどこか神聖視していた部分がある。俺たちと出会う前に何度も裏切りを繰り返されたとは聞いているが、本当に信頼していた奴に裏切られたのは初めてだったのだろう。

 

「ああ、この人は第一世界にいるときに喉を潰されたそうです。アッチは人間にとっては随分と地獄らしいですよ。特にこの鎖が一番の障害らしくって、第二世界に逃げ出してきた後ですら何度も暴漢に襲われたりしたそうです。喘げない人を犯してて楽しいんですかね? 僕にはあんまり理解できない趣味です。

 先代様の旅でもそういうこととかあったんですか? あ、それとも先代様が襲う側だったりして」

 

 ふざけた物言いに俺まで顔を顰めてしまう。

 しかし、一番聞いていて腹が立つのは魔導士の奴だろうに、アイツは再会して以来ずっと浮かべる無表情のまま何も反応しない。

 

 俺たちの正面に佇む勇者の奴もまた、薄ら笑いを浮かべたままだった。

 しかし、少しだけ場の雰囲気が変わる。

 

 ――懐かしい。

 素直に、そう思った。そしてそれは魔導士も同じだったようで、勇者の戦闘時の雰囲気に自然と臨戦態勢に入る。

 

「……うーん、僕もかなり昔に同じようなことを言った記憶があるよ。

 でもさあ、さっきも思ったんだけど……意外とこれ、やられるとムカつくんだね」

「……へえ。なんだ、やっぱ効いてんじゃん」

 

 感じるのは純粋な死への恐怖。

 俺は敗北し、そして死ぬことを未だ恐れている。

 

 それもそのはず、俺は勇者に喧嘩で勝ったことが一度としてない。

 思えば、あの鬼との闘いの時にアイツに斬りかからなかったのも、負けるとわかっていたからかもしれない。

 

 他のかつての仲間たちも俺たちの中で最強を挙げろ、と言われたら恐らく全員が満場一致で一人の名を挙げるだろう。

 

 そもそも、女神の加護というのは「その時代で最も強くなる素質のある者」へと与えられる。

 剣の才、魔導の才、色々な強さの尺度はあれど、その全てにおいて()は頂点に立っていた。

 

 その”最強”に与えられる称号こそが「勇者」

 魔王を討ち果たし、世界に光を齎す者の名。

 

「だからよお、いつまでもその名を背負ってるんじゃねえよ、『勇者』!!」

――聖剣、起動

 

 世界の半分、返してもらう。

 

 

 


 

 

 

 

 第四の四天王。彼は、僕の記憶の中では魔王とその下僕であった竜を除いて一番の強敵だったように思える。

 

「喰らいなさいよ、皆が稼いだ時間分の一撃! 七重魔法陣の同時展開一六三〇、私が放てる最大最高最強の魔法よ!!」

 

 剣士と僕で八本の腕を持つ彼との接近戦をこなし、彼の放った遠隔魔法から僧侶が結界で守りつつ魔導士が魔法を構築する。

 それは僕らの基本的な戦術そのままであったが、あの時のそれは過去最高峰の連携が出来ていたんじゃないかと思う。

 唯一僕と剣士の連携だけ上手くいってはいなかったが、それも女神の加護が指し示す通りに動けば解消された。

 

 そして放たれたあの一撃は魔王にすら通用する威力を有していた。もう一人の仲間がいれば、あの布陣は竜すら打ち破るものとなっていたのだが、ともかく彼女の放った魔法は第四の四天王を塵一つ残さず消し飛ばした。

 

 しかし彼は本当に強敵だった。

 近接戦において鬼すらも上回り、魔術においては悪魔という種族柄故当然の如く長けている。

 そして死してなお、僕らに大きな爪跡を残していった。

 

 

「――勇者様っ!」

 

 彼を滅し、思わず全員の気が抜けた瞬間、彼女のみがその危機に気づけた。

 それは僕らの中でも一際特殊な環境の中で生活してきた故だったのかもしれないが、それでも他人の危機にまでは流石に間に合うことが出来なかった。

 

 そう。第四の四天王が狙ったのは、他の誰でもなく僕。

 死して尚魔王への忠誠から魂を振り絞ってかけた呪いは、女神の加護を貫いて僕の体を蝕んだ。

 

 瞬間、振るわれる聖剣。

 それは今度こそ悪魔を完全に滅したが、僕の呪いは癒えることがなかった。

 

 その呪いの内容こそが、女神の加護の剥奪。

 生まれてよりずっと繋がっていた「彼女」とのパスが、この時初めて切断された。

 

 実を言うと、加護の力はそんなに大したものじゃない。いや、十分便利なものではあるのだが、戦闘面からすれば余り役に立った記憶はない。

 

 あの加護は、基本的に「彼女」との交信を行うためのアンテナとしての役割しか持たない。オマケとして呪いに対する耐性がついたり成長が早くなったりもするが、本当に微妙な差異しか生まないのだ。

 

 あの悪魔はその事実を知らなかったのだろう。加護を奪えば、僕の戦闘力は大きく削がれると思ったのかもしれない。

 

 ――ただ。加護を失ったことによって、僕が魔王に屈したというのもまた事実であった。

 

 

 


 

 

 

「…………うん。いやあ、お見事。負けちゃったね」

 

 右胸に突き刺さる魔剣。魔術で焼け爛れた左半身。全身に刻まれた刀傷。

 その全てが、僕の敗北を示していた。

 

「やっぱり君たちは強いなあ。『彼女』に選ばれた君は当然として、二人も全く衰えてないどころかすごく成長しててビックリしたよ。まあ、10年弱もあったんだから当然っちゃ当然なのかな?」

「よく言うぜ。お前もなんだそれ、魔王の加護か? 聖剣の機能が低下した代わりに身体能力が段違いだったぞ」

「ヤだなあ、そんなもの貰ってないよ。成長さ、成長。もうあれから大分経ったんだもの、全然違ってても驚かないでしょ」

 

 もう声を出すのも辛い。でも僕の体は人間最強を名乗れるくらいには丈夫だから、意外とまだ命は保ったりするんだ。

 

「――おい。そんなことはどうでもいい。先代、お前一体何をした!!」

 

 先ほどからずっと俯いてた使徒の彼が急に叫ぶ。やめてほしいな、傷に響くよ。

 

「何で、何で、何でだ! 女神様との繋がりが感じられない!! 最後にかけた呪いと何か関係があるのか!? 今すぐ解け! あの声が、あの声が無きゃ……!!」

 

 彼はビックリするほど悲痛な声を上げる。何というか、意外だ。少なくとも僕はあの時にあんな反応をした覚えはない。

 

「うーん、その通りだね。僕も昔は『彼女』と繋がってたから、ちょっと勉強すれば割かし簡単に経路にアクセス出来るようになったんだよ。これも才能ってヤツかな。自分が恐くなるね」

「な、な、な……! ふざけるなよ、ずっと女神様の言う通りにやって来たのに、今更()()()()()って言うのか!!」

「そうなるね」

「な……」

 

 思わず黙り込んでしまう彼。

 

 彼の気持ちはよくわかる。そりゃあ、悪事を良心の呵責なく行える人間なんてのは限りなく少ない。きっと彼は、「彼女」の声があったからこそ、世界を救うためにどんなことでも出来たのだろう。

 

 僕もそうだった。ただまあ一つ違うのは、旅の途中から僕にとても大切に思える仲間が出来たことだろう。

 

 僕にとっては、世界より仲間の方が重くなっていったのだ。

 

「……ああ、最期に一つだけ良いかな。使徒の君も聞いて欲しい。

 僕ってね、完全に自分自身の意思で行った選択って、きっとあの魔王の問いが初めてだったんだ。だからずっと、本当にあれで良かったのかって後悔し続けててさ。『彼女』に従ってた時はすごく楽だったんだけど、その実何も選んじゃいなかったんだよ。

 でも、僕はあの時選んだんだ。自分の意思で『はい』を選んだんだ」

 

 段々と視界もぼやけてくる。とうとう終わりが来たのか。

 死んだあと、『彼女』に会えるんだったら少し楽しみだな。

 

「その選択が正しかったのかはわからない。確か旅の途中、誰かが言ってたよね。『人生は選択の連続で、選択したことに対する後悔の連続だ』って。僕は魔王には勝てないと思った。よしんば勝てたとしても、君たちを失うことになると思った。だから、世界より君たちを選んだんだ。世界の半分もいらなかった、君たちだけで良かったんだ。

 ……でも、あの時の君たちの顔を思い出すと、もしかすれば勝てたんじゃないかって。君たちと笑い合える未来があったんじゃないかって、そう思うんだ。ずっと、後悔し続けた。僕はあの時から、ようやく自分の人生を歩み始めたんだと思う」

 

 もう、彼らがどんな反応をしているのかもわからない。

 最後に魔導士の彼女と何か話をしたかったな。

 

「『いいえ』って答えて、世界も仲間も両方取るっていう選択があったんじゃないかって。竜を討った時には後悔することが出来なかった。『彼女』の言葉の通りにやった結果だから、仲間の死だってどうしようもなく悲しかったけど受け入れていた。仲間の死と引き換えに聖剣を手に入れるという選択を、僕はしていなかったんだ。選択しなきゃ、後悔は出来ないんだ。あれは『彼女』の選択だったんだ。『彼女』の選択で、僕は動いていたんだ。

 でも、それじゃあダメなんだ。僕はまだ生きてなかったんだ」

 

 動かない体に鞭を打って、何とか声を絞り出す。どうせ最期なんだ、どれだけ酷使してもいいだろう。

 

「人間っていうのはワガママだから、後悔の中で生きていく生き物なんだ。その後悔の中で、精一杯生きていく生き物なんだよ。それを僕はわかっちゃいなかった。選ぶという行為から逃げていた。『彼女』にずっと甘えっ放しだったんだ。あの質問にだって、『彼女』がいれば『彼女』に答えを委ねていただろう」

 

 仲間たちの顔を一人一人思い浮かべていく。彼らを救うつもりでの選択だったが、実は誰も救えなかったのかもしれない。結局は魔王の言いなりだった。魔導士の彼女は僕の服従の後も魔王に反抗しようとしたため牢獄に送られ、僧侶は先ほど僕なんかのために死んでしまった。剣士のあの後は知らないが、きっと楽な生活ではなかっただろう。世界の半分くれるなんて嘘っぱちだ。

 

「使徒の君も……いや、僕が死んだらもう『勇者』になるのか。ああ、でもまだ名乗らせないよ。『彼女』との繋がりを感じられて意外と気に入ってるからね、この称号。死ぬまでは使わせてもらう。

 だからまだ『使徒』の君も、ようやく君自身の人生を歩み始めるんだ。きっとこの後魔王に挑むんだろう。そこで僕と同じことを聞かれると思う。それでも、君自身で答えを選んで欲しい。君の手で、選択をして欲しい」

 

 もう、口を動かすのも辛くなってきた。本当に聞こえてるのかな、これ。ただモゴモゴ言ってるだけだったらちょっと恥ずかしいぞ。

 

「もし魔王を倒すという道を選ぶのなら、僕の聖剣を持っていくと良い。この剣は良い剣だ。魔王に下ってからは全く応えてくれなかったけど、かつては最高の相棒だった。

 ……魔王は強い。仲間を裏切った僕にはもう挑む資格はないけれど、仲間と共にならば君はきっと打ち倒せる。どうか、僕の選択は間違っていたと証明してくれ。僕の後悔は正しかったと証明してくれ」

 

 ああ、もう伝えたいことは大体伝えられた。

 言いたいことを言えるだけ言って死ぬなんて、随分と贅沢な死に方だ。

 

 こんなクズに、何て良い終わりをくれるんだろう。やっぱり、『彼女』には少しえこひいきな所があるな。僕に少し甘いんじゃないだろうか。

 

「じゃあね。半分なんて言わず、世界全部救ってくれよ」

 

 最期に頭に浮かんだのはやっぱり、仲間たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………後味悪いじゃねえかよ、バカ野郎」

 

 

 

 

 

もしも私の味方になるのであれば、世界の半分をお前にやろう

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