少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
・すごくおひさしぶりです。本当に申し訳ございません。また頑張って書いていきますので、よろしくお願いします。
・UA220,000・221,000・222,000・223,000ありがとうございます!
「っし、あらかたご飯も食べ終わったし、そろそろ行くか。お前ら外に行く準備しろよ〜」
「先生? 行くってどこに?」
「んなもん新人、大晦日の夜に行くところなんて一つしかねぇだろ」
あれから更に時間が経ち鍋や料理が空になりみんなで片付けをした後、先生とゴルシが突然コートを着ながらそう言い始めた。俺たちは少し困惑しながらも厚着を着てから外に出る。肌に刺すような冷たさはなく、ただ息が白いと視覚でしか寒いことがわからない。しかし周りを見てみるとスペとスズカちゃん以外は寒い寒い言いながら身を震わせている。
先生はその後正門で待つように指示すると俺たちから離れた。どこかに出かけるんだろうかと思いながら、正門を目指す。
「ねぇ玲音〜また手袋貸してよー」
「また? んまぁ別にいいけど」
「今年は一段と冷えてますね、玲音さんやスペ先輩、スズカ先輩も北海道出身でしたっけ」
「幼い時は北海道だったけど、小学校上級生頃にはこっちにいたかな」
「私もレオくんと同じね」
「でも北海道と比べると、こっちも違うベクトルで寒いんですよね」
なんて、道民と本州民の違いで色々雑談をしながら、正門に着く。するとそこにはハイエースが止まっていた。旅館で飲み食いした後に自分とマックイーンが乗れなかったこと点を反省したのだろうか。
「遅いぞお前ら、さっさと乗れよー」
「ねぇトレーナー、アンタどこにアタシたちを連れて行くのよ?」
「まぁ行ってみりゃ分かるって、外出届はしっかり出したんだろ?」
「それはそうだけど」
「先生、行き先くらいは教えてもいいんじゃないですか?」
「……まぁいっか、お寺だよ。年越しそこで迎えるぞ」
なるほど、今日は大晦日だ。それならお寺に行くのは別に変なことじゃない。ただ忘年会で終わりだと思っていたので、あまり乗り気になれないのが本心だ。しかしチームのみんなは乗り気のようだ。次々とミニバンに乗り込んでいく。
「玲音さん、ちょっとスズカさんを持ち上げてくれませんか?」
「分かった」
スぺにそう言われて、俺はスズカをお姫様抱っこで持ち上げる。俺が持ち上げられるのかなと思ったが、実際はひょいと持てた。
「重くない?」
「むしろ軽すぎて心配になる」
「ふふっ、昔はおんぶとか色々していたよね」
そう言いながらスズカは右のウマ耳だけを器用に動かして、俺の左胸に当てる。心音を聞いているのだろうか、もう片方の耳もリラックスした状態になっている。厚着で耳を近づけても聞こえないはず、いやウマ娘の聴力だったらそれが可能なのだろうか。
スぺが車いすをミニバンに入れる音が響いた後、その耳は何もなかったかのように離れていた。スぺが先に乗り、奥の席に座ったのを確認してから、その手前の席にスズカを乗せる。上半身は動くからシートベルトまではいいだろう。と思って助手席に座ったのに、スぺがわざわざ近づいて、シートベルトをかけてあげたらしい。
「んじゃいいか? 出発するぞ~」
・ ・ ・
夜の東京を車の窓から見ていると、何とも言えない感情になってしまうのはなぜだろうか。その光景に見惚れているのか、それとも過ぎていく光に対して過ぎ去った過去を重ねて黄昏ているのか、はたまた窓の先にいる人の営みに好奇心があるのか。いや、もしかしたらただ眠いだけかもしれない。
後ろからはみんなの楽しそうな声が聞こえてきている。先生も話に混ざって、一つのラジオ番組を聞いている感じだった。
「レオくんはどうだった?」
「ん? あ、ごめん聞いてなかった」
「玲音さんはどうスピカに入ったんですか?」
「俺がスピカに入った時?」
スカーレットとウオッカはチラシを見て、スズカとテイオーはスカウト。そしてスぺとマックイーンはキッドナップということらしい。いやなんでキッドナップの人物が三人もいるんだよ。
「スぺと同じで拉致られたよ、そこの2人に担がれてね」
「玲音さんもなんですか?!」
「そういえばアタシとウオッカの初の任務だったわね」
「いきなり麻袋を渡されて男子生徒拉致ってこいですよ? 酷いと思いません玲音先輩!」
「にしては結構乗り気だったでしょーが」
「そ、そうでしたかねー?」
「そ、そうだったかなー?」
そうやってとぼける2人のハモったその反応に、思わず息を吹いて笑う。この2人、犬猿の仲のように見えて意外とお似合いなんだよなぁ。
「谷崎先輩! 笑うのは酷くないですか!?」
「ごめんごめん、でもまぁそのお陰で今があるからね」
「私がトレーナーさんにスカウトされたのも、多分その時と同じだから今があるのよね」
「ほんと、ちょっとでもズレていたら俺とスズちゃんは会うこともなかったのかね」
そう言ってから、ふとこの一年を俺の頭は無意識に振り返っていた。
スピカに誘拐されてから、それこそ夢物語だと感じてしまう。諦めかけていたスズカとの再会、そして約束。スペと会ったことで夢を追いかけるものたちを側で見られた。テイオーは俺が初めてスカウトした娘になって、和気藹々としたその日々は忙しいけど楽しくもあった。マックイーンとはもう3年くらいの付き合いになるけど、日に日に目標を瞳の中に捉えて、妹の成長を見ているようだ。
『────結婚、してください』
『約束、忘れないでくださいね』
同時に、マックイーンからのアピールが強くなった一年でもあった。突発的に思い出してしまい、気道に唾が入って咽せた。そこまで大きな反応ではなかったので、みんなは気づいていなかったが、自分はゆっくりと息を整える。
スカーレットとウオッカは、そこまで深く関わった訳じゃない。でも日々の練習で先輩先輩と呼んでくれて、可愛い後輩に囲まれるのを悪くないと思うのは、俺がサッカーや卓球とかを部活でやっていたからだろうか。そしてゴルシ、何を考えているのかよく分からないが、思い返すと重要な場所には必ずいたような気がする。何より、ゴルシが見つけてくれなかったら、今の俺はこの車に乗れていたか。
関わったという点なら、チームスピカだけが全てじゃない。特にリギルのみんなにはお世話になった。マルゼンスキーさんやシンボリルドルフさん、フジキセキさんにヒシアマゾンさんら上級生の走りは、トレーナーを志す人間でも参考になるところがあった。エアグルーヴさんとエルはスズカ・スペのライバルとして立ち、そして最高のレースをしてくれた。タイキは…うん、練習を観察してた時にハグしてこようとするのをめっちゃ避けていたからステップスキルが上がるきっかけになったかもしれない。
そしてあのチームで一番関わったのはグラスだろう。最初はターフの外で出会ったけど、それから練習も見て、叔父さんの方の地元でも会って、そしてお見舞いも来てくれて。自分には分からなかったけど、グラスのおかげで気づけたところもある。彼女がいなかったら、多分自分の立っている場所に気づかなかったかもしれない。
「……ほんと、色んな人との出会いが変わったんだな」
チーム以外でもキングやセイウンスカイ、ドーベル、それこそ外で出会った全ての人たちとの出会いに、全て意味があったと思う。迷子になったのも、なにもかも。
……そういえば、一つだけ心残りがある。
『ライスは、もう走らないよ…』
そう、ライスさんだ。あの感謝祭で別れた後から全く姿を見なくなった。トレセン学園でちょくちょく黒髪の生徒が見えた時、ライスさんなんじゃないかと見ても、それがライスさんだったことは一度もなかった。結局そのまま会わずに、この一年が終わろうとしている。あの人は自分の中にあった小学校の空白の4年間を教えてくれた存在、なら今度は俺がその分のお礼をしないといけないはずなのに、できないでいる。
「っと、そろそろ着くぞー」
もやもやしている間にもどうやら目的地から少し離れた駐車場についたようだ。俺は助手席から降りて、スズカに近いドアを開けてお姫様抱っこをする。すると、他のみんなも出てくる。辺りには多くの人がお寺に向かって歩いている。どうやら大晦日の日本人は、同じことを考えるようだ。
なんて考えていると、ふさっと俺の頭に何かが置かれる。いや、被らされるといった方がいいだろうか。
「新人、おめぇはこれ被っておけよ」
「ゴルシ? これなんだ、帽子?」
「お前はあのレースで変に有名になっているからな、これくらいしといた方がいいだろ」
そう言われて気づく。そうだ、あのレースの映像が広がっているなら、それを基に誰かが俺の素顔を公開している可能性もある。いや、あの誹謗中傷の内容を思い出すと、もう自分にプライバシーなんてものは存在していないかもしれない。
「そういえば自分殺害予告されていたわ…」
「よくそんな大切なこと忘れていましたわね?」
「いや忘れた訳じゃないけど…」
スズカに許された、守られた。それを認識したあの時から、少しだけその事実がどうでもいいことになっていたかもしれない。それほど、俺にとってスズカは大きい存在……いや、大切な存在なのだ。
「安心してください、あなたの近くには常にメジロ家のSPを配置していますわ。危ないことは、防ぎますわよ」
「いつの間に…? んまぁ、ありがとうマックイーン」
そう言ってマックイーンの頭の頭を撫でる。やっぱ一番慣れているからか、実家のような安心感を覚える。
「往来で何いちゃついているんだおめーら…」
「い、イチャイついてなんかいませんわ…!?」
「そうそう、このスキンシップくらい普通だろ」
「いや玲音、お前のその感性は少し直した方がいいぞ。トレーナーとかウマ娘以前に、人間として少しずれているからな」
「いやいやそんな訳──」
そう言うが、周りのみんなからはじとーっとした目で見られる。特にテイオーとスズカの視線がめっちゃ刺さっている。
確かに年下の子の頭を撫でるってそんなによくないことなのか? ずっと一緒に居たからか、メジロ邸で過ごしていた時みたいに接してしまう。
「まぁいい、ほらさっさと行くぞ」
・ ・ ・
しばらく道を歩いていると、お寺が見えてくる。それに連れて歩道を歩く人の密度が増えていく。スズカの脚が不自由で車イスだからか、本来行く予定だったところとは違い、平坦なところにあるお寺に変えたらしい。
「おい、あれサイレンススズカじゃねえか?」
「いや待てあそこにはスペシャルウィークもいるぞ?!」
ただまぁ、普通の人混みの中にいるもんだから、余裕でバレる。自分たちの周りがざわつき始め、そしてそれがどんどん波のように隣へ隣へと伝播していく。日本人のいいところは、こういう時に変に囲いこんだりしないところだろう。
「スズカにスぺちゃん人気あるね~!」
「そりゃ間違いなく今年世間をざわつかせたウマ娘だからな」
「でも菊花賞やジャパンCも勝てませんでしたよ?」
「スペ、それは──」
「それは違うよ、スぺ」
「玲音さん?」
「確かにスぺの夢は日本一のウマ娘。だけど、この世の中にはGⅠどころか、重賞レース……いや、そもそも中央ですら走れない娘もごまんといる。そんな中で、君は日本ダービーという大一番を制した。ジャパンCも3着、入着するだけでもすごいレースを、君はしているんだ。だから、もう少し自分を誇ってもいいんじゃないか?」
「──でも、それだとスズカさんに届きません」
「そんなことないわよスぺちゃん。私だって今年から良くなったってだけで、歴で見たら貴女の方が立派よ」
確かに今年のスズカの成績は宝塚と秋天、そして重賞いくつかを制している。しかも一つは歴史的大差をつけての勝利だった。でもレースからしばらく離れたとはいえ、スズカが良くなったのは高校生になってから。それに対し、スぺは少し前まで道産っ子で、レースのことをなに一つ知らなかった上での今年の結果。ルーキーの中でも普通に上澄みに入るレベルだろう。
「でも」
「でもじゃねえよ」
スぺが何か言おうとしていたが、それを遮るように俺はスぺの頭をわしゃわしゃする。あう~みたいなうめき声?を出して、スぺの耳は横を向く。
「玲音先輩なんか雰囲気変わりました?」
「そうそう、なんか少し男っぽさが増えたというか」
「それ元々の俺が男っぽくないってこと? いや、まぁほら、もういい時間で少し眠いし、ガチの素が出ているのかもな」
「そうなのマックイーン?」
「わ、わたくしに聞かれても困りますわ…」
まぁこれに関してはマックイーンも知らない俺なはず。というか大抵メジロ邸で過ごしていた時、健康志向のマックイーンは俺よりも早く寝ていたし。ぎゅっと服の袖を握るせいで抜け出せないで隣で寝ていたけど。
実際少し眠い、大体この時間帯はいつも紅白を見て、そのまま除夜の鐘を聞いてから寝るといった形なので、そろそろ俺の体内時計が悲鳴をあげる。
「無理してきたってことか? 無理なら言ってくれよ」
「まさかここまで長いとは……ふわぁ~、思わなくて」
「まぁ普通だったら学園で解散が多いからね」
ふわぁとまた大きく口を開けてあくびをする。吐き出され白い息をぼーっと見ながら、空を見上げる。都会のど真ん中にあるお寺だからか、星々が見えることはない。ただ静かに月がこの世界を静かに見守っている。
「レオくん? ぼーっとしてどうしたの?」
「んや、なにも」
人の波が動きと止まりを繰り返しつつ、雑談を挟みながらもその足は着実にお寺に近づいていく。
「あ、あの!」
急に後ろから声を掛けられて、俺たちは思わず後ろを向く。そこには小学生ぐらいだろうか、スズカと同じ栗色の髪の女の子がいた。
「す、スズカおねーちゃんだよね!」
「え? えぇ、そうだけど…」
「あ、ああああの!! これ!!」
そう言いながら、女の子はスズカの膝元に何かを置く。見るとそれは、手作りのお守りのようだ。何かの鳥だろうか、スズメみたいにずんぐりとしたものが羽ばたいているようだ。
「わぁ、可愛いスズメさんですね!」
「ほーおーです!」
「鳳凰??」
少女の自信満々な発言に対して素で反応を返してしまった。あ、でも言われて見れば尾が長いしなんかちょっと派手な羽根になっている。
「お母さん言ってた! ほーおーは何度でもよみがえるって! スズカおねーちゃんもまた走ってくれるよね!」
「──えぇ、勿論よ」
「わーい!!」
女の子はとても嬉しそうな表情をしてから、そのまま去っていく。本当、あの時もそうだったけどスズカは小さい子に好かれる。
……でも、俺はちょっと気になった。
スズカの目に、一瞬光が消えたような気がしたからだ。いや、夜だし街明かりや街頭があるからとはいえ、そんなに光が入ってこないなんて当たり前のことだ。
でも、なんだろう。もっとこう、あれだ。
いなくなる前と、似ているんだ。
あの時、ヤクソクを交わす前までは…いつもの日常だった。なのにスズカはどこか、暗い顔をして。
「レオくん、またぼーっとしてる」
「え? あぁ、悪い…」
眠気で頭がやられているのか、まぁ気のせいなんだろう。俺はそう思うことにした。
***
『今日は一年の終わりですね、ライスシャワーさんは何をされているのですか?』
人混みの中、自分に送られてきたメッセージを見て、心がさらに沈んでいくのを感じる。
大晦日、そしておそらくこの地で迎える最後の年越し。ライスは誰も誘わずに都内のお寺に来ている。
ここの鐘が鳴って数日経ったら、ライスはこの府中の地を離れて故郷に帰る。そして二度と、ここには戻ってこない。なんで今日、外に出ようと思ったのか。なんで独りで年越しを迎えようとしたのか、ライスにも分からない。
ただもう、静かに……誰も知られることなく年を越して、ライスしかいない年を迎えたい。だからちょっと離れたここまでやってきた。横を見ると、家族や同じく一人の人たちが順番を待っている。このままだと年越しの方が先に来ちゃうんじゃないかとも思ってしまうけど、そんな気持ちは白い息と共に散っていく。
「──ライスさん?」
急に後ろから声を掛けられた。尻尾がぴんっと立ってしまう。でもそれとは同時に、耳はぺたりっと横に向く。だって、その声は。
ライスはゆっくりと振り返る。するとそこには、温かい恰好をした玲音くんだった。その後ろにはスピカの皆さんもいました。
「やっぱりライスさんだ、久しぶり」
「え、あ…」
いきなりの玲音くんの登場に、ライスはその場で慌ててしまう。逃げなきゃと思って振り返るけど、周りに人がいて上手く動くことができなかった。
「ライスさんもここで新年を迎えに来たんだ」
違う、ライスは新年を迎えに来たんじゃない。今年を、今をこの年に置いてこようとしているだけ。でも、目の前の曇りのない表情を見ていると、そんなことは言えなかった。
「なっ、ライスシャワー!?」
「阪神の方で見た人だ~」
「あ、あの時の。あ、そういえば自己紹介していませんでしたよね? 私スペシャルウィークって言います!」
「えと、スぺちゃん? あんまりこういう時に自己紹介はしないような…」
「そもそもスぺ先輩くらいなら普通に学園全体に知れ渡っていてもおかしくないですよ」
「そうですよ、アタシたちも勝ち続けて世間に広がっているんですから」
「それ以前に、スピカ自体が悪名高いのですが…」
スピカと会ったのは、7月の中旬頃だった。その時は、すぐにレースがあったり、玲音くんが本調子じゃなかったりで、分からなかったけど。
このチーム、とても異質。ライスがいたチームどころか、この学園にあるどのチームと比べても真反対に立っている。
ウマ娘とトレーナーの距離や温度感、チームメイト同士の雰囲気。それは良くも悪くも、中央のモノではない。
本来、ウマ娘とトレーナーは大人と子供、そして教師と生徒の関係。だから一番近いのは部活に近いと言われている。けど、中央は違う。
全国で一番の環境・機会・名声を得られる場所で、地方で走ることとは訳が違う。その分期待も、重責も、罵声も多く受ける。どちらかといえば、アスリート選手・トップアイドルのサバイバルに近いものだと思う。
よく言われている、同級生は切磋琢磨できる相棒でライバルという謳い文句は、表立った印象。その場にいる当人たちからしたら、中学生に高校生である自分が追い抜かれていく。
下手したら、部活なんかよりも残酷な現実を叩きつけられることもある。
その空気を、全く感じられない。この人たちからは。
「あの、ライスシャワーさん。失礼を承知なのですが」
──なんで、泣かれているのですか?
そう言われて初めて自分が足を止めて、涙を流していることに気付いた。マックイーンさんが、足を止めてこちらを心配してくれている。
少し先に、玲音くんが他のみんなに囲まれて笑っている。あんなにも傷付いていたのに、ぼろぼろになっていたのに。
進んでいるんだ、玲音くんは。どんなに傷付いても、見えていない未来を。
そこに、ライスはいるのかな。
***
「あ、ねぇねぇ玲音! 雪だよ!」
テイオーがそう言ってから、俺は上を見た。すると街明かりに反射をして白く輝いている物を見つける。なんてことのない、雪だ。
別に俺からしたらなんの変哲もない。むしろ北海道の時に比べたら、可愛いものだ。でも隣にいるテイオーにとってはそうではないらしい。
「こっちで雪は初めて見ました」
「スぺがいるところは北海道だもんな、やっぱ雪遊びとか雪にフライングボディアタックするのか?」
「ふら…? はなにか分かりませんけど、雪がしっかり降っている時は目の前が見えなくなるので、家でおかーちゃんとテレビ見てました。あ、でも晴れた時はおかーちゃんをそりに乗せて走ったりしてましたね」
「お前の末脚があの時からしっかりしていたのは、そういうことだったのか」
お寺についてからは、それぞれ他愛のないお話をして過ごしている。列は時々動く程度、それも完全に進んでいるとは思えない。
一人だったら、どれほど退屈なんだろうか。ただイヤホンをつけて、音楽を聞きながら時間が過ぎていくのを待つだけだっただろう。
いや、そもそもこんな所にいるとは思えない。なんて、この一年を総括できる言葉かもしれない。
「前と違うね、玲音くん」
「そうなのかな、俺には分からないや」
「ううん、ライスから見ても君は変わっているよ」
憂い顔、その言葉が一番しっくりきた。微笑んでいる、傍から見ればただ笑っているだけ。
なのになんで俺は、心の奥で焦りの感情を浮かべているのだろうか。
「ライスさ──」
「あ、列動いたよ」
そう言いながら歩くライスさんを、俺は追った。今俺の中に生まれているこのむやむやをライスさんに問いかけるつもりだったが、ライスさんが他の娘と喋り始めたため叶うことはなかった。
「あれ、玲音さん?」
また少し列が動いた後、横から聞き覚えのある声がした。顔をそっちに向けると、そこにいたのは着物を着たグラスがいた。青色をベースにし、赤い花が所々に象られている。白いふわふわしたショールを着けている。髪型も左の方に団子を作っていて、そこに簪を挿している。
正直、一瞬誰か分からなかった。いや、分かったけど、目の前にいる美人が彼女だったって認識するのが遅れたと言った方が良いだろう。
「グラス? 君も年越しをここで?」
「私だけじゃないですよ」
その言葉と共にグラスは顔だけ後ろに向ける。俺もそれに釣られて見ると、そこには東条ハナさんに道、そして他のリギルのウマ娘たちがいた。
「んっ? あなた……谷崎くん!?」
「ケッ!? なんで谷崎さんがここにいるデース!?」
グラスの近くにいる俺に気が付いた道とエルが、人混みをかき分けてこっちにやってくる。二人はグラスのように着物姿ではなく、温かそうな格好をしている。
「谷崎くん、本当に谷崎くんよね?」
「俺以外誰がいるのさ…」
俺はゴルシに渡された帽子を少しだけ脱いで、二人にしっかりと顔を見せる。
「もう動いて大丈夫なんデスカ?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
「そうはいってもあんな大怪我していたのに、まだ痛むでしょう?」
「玲音さんは無理強いしているだけですよ」
そういうと、グラスは脇腹の辺りを人差し指でつんっと突いた。おそらく感覚が普通でもこんなのは全く痛くない。そしてグラスは自分が感覚鈍麻であることを知っている。
だからこそ、このグラスの行動は一つのパスだと俺は受け取り、そのまま「いたたっ…!?」と、ちょっとわざとらしく痛いふりをする。
「グラス…容赦ないね」
「ふふっ、玲音さんが素直になればいいだけのことですよ」
「ぐ、グラスワンダーって結構Sなんだ…」
「うぅ、分かりマスよ谷崎さん…グラスの痛み責めはきついデース……」
そういえば時々グラスってエルの横っ腹を抓ったりしていたっけ。なんて思っていると、「なっ!?」っという男性の声が聞こえてきた。この声は…。
「谷崎! お前いつの間に退院していたんだよ!?」
「尊野? っと、その緑色の着物姿って、キング?」
「なっ、なんであなた達がここにいるのよ…!?」
二人っきりで来ているのだろうか、キングが所属しているチームのトレーナーや他のウマ娘は見えなかった。
「退院したなら連絡くらいしろよな」
「いや、そんな重要でもないかなって」
「お前自分のこと蔑ろにしすぎだろ」
バシッと軽く頭をチョップされる。もちろん痛くなんてないが、こういう何気ない学友とのコミュニケーションがあまりにも懐かしくて、少し心が温かくなった。
……あぁ、寒さとか暑さとか、もう感じないものは多いけど、こういった温かさは感じることができるんだ。
「なんか、すげぇいっぱい集まってきたな」
「まさか沖野がいるなんて、想定外だわ」
「んなあからさまにひでぇ反応するなよ~おハナさん~…でも見てみろよ、あいつら楽しそうだろ。ウマ娘も、そして学生トレーナーも。あんな光景、中々トレセンじゃ見れねえぞ」
「谷崎玲音、やったことは勿論許されないことだけれど。それ以上に周りに人が集まり、自分自身も大きな奇跡を起こす。あなたが見捨てなかった意味、なんとなくは分かるわ」
「あそこまでとは俺も思っていなかったけどな…人生って何があるか分からないもんだ」
・ ・ ・
年が明けるまで、あと数分になると列が動かなくなり、
周りが自然と騒がしくなってきている。しかし、その喧騒すらかき消すかのように、俺たちはトレセン学園でのお話で盛り上がっていた。
まさか今年最後に会えるとは思わなかったんだから、各々話したいこととかがあるんだろう。
「なぁ谷崎、お前って来年の目標って決めてる?」
「なんも、今色々ごちゃごちゃしているから、まぁなるようになれって感じ。尊野の方はどうなんだよ?」
「俺はキングを一流にする、それしか考えてねぇ」
「尊野くんも尊野くんで谷崎くんとは違う正直さだね…」
「なんだよぉ、じゃあ道はなんなのさ」
「それはもちろん、トレーナー学科を無事終わらせることよ」
「道らしいな、俺はちょっと危ないかもな」
「逆にこれで卒業できたら伝説になるだろ谷崎は」
はははっ!と大きく笑う尊野、それにつられて俺も道も笑った。なんてしていると、ふさっと俺の手に何かふさふさしたものが重なる。少しびっくりしながら、そっちを見ると、スズカが自分の尻尾を俺の手に当てていた。
「レオくん、もうすぐだよ」
「そっか、んじゃあ二人とも、また俺スピカのみんながいる方に戻るわ」
「おう、またな~。あちょキング待てって」
「(そんなに遠くじゃないのに、わざわざ呼び寄せるんだ。というか尻尾を絡めるって…というかキングヘイローと尊野も最近接していること多いよね…)」
二人のもとを離れて、最初みたいな立ち位置に戻る。尻尾がしゅるりっと離れて、代わりにスズカの左手が俺の右手を握っている。俺もあまり力強くしないように意識しながら握り返した。
年越しまであと一分、さっきまで喋っていた人たちもスマホや腕時計を見始めて、時間だけを気にしていた。自分も気にしそうになったが、視線を感じたのでやめた。
それも、二方向からだ。一つは、スズカ。
もう一つは反対側……マックイーンからだった。
「ねぇ、レオくん」
「あの、玲音さん…」
お互いがお互いの声しか聞こえないくらいの、喧騒に吞まれそうな小さな声で、俺の耳に声を響かせる。
まるで、植物のツタで半身と半身をそれぞれの形で絡められているような、そんな感覚だった。
「今度は、二人で年を越そうね」
「今度は、一緒に年を越しましょうね」
──そうして、除夜の鐘は鳴った。でもその瞬間、冷たい強風が吹きつけた。
まるで、何かを消し去るように。それが何だったのか分かるのは、まだ先のお話。
ただ今は無事に、みんなで年を越せたことを喜ぼう。
超おひさしぶりです。ヒビルです。
今日でこのシリーズ5周年らしいです。え、嘘でしょ? 高校三年生から書き始めてもう大学卒業?? なのにまだ後半が始まったばっか、一体いつ終わりが見えるのでしょうか(苦笑)。まぁ、気ままにやっていきたいなと思います。ちなみに遅れた理由としては就活・卒論・諸々といった感じです。(8月にまさか卒論がリセットするとは…)一応、8Rとしてはこれで終わりのつもりです。アニメ一期がもう何年前のことですので、もう古いよ!と思われるかもしれませんが、どうか玲音やウマ娘たちの物語を見守ってくれると有難いです。仕事もやりながらになると思うので、遅いのは変わらないかもしれませんが、絶対終わらせます、頑張ります。
次回、第9R 『光歩き出すGuys 一番と憧れと』(仮)、正月休みのお話の予定です。