これは食事じゃないんだ、と言い聞かせなければやっていられなかった。
ハデス=プルートの子孫ならつまりサトゥルヌスの子孫でもあるんだよなあと思ったけど子どもはいないので親を食べてもらいました。いつもの人外シュラウド兄の実家全滅if、肉イベネタ。シュラウド兄弟の他に陸上部のハーツ一年(デュース・スペード)とボドゲ部の深海出身の方(アズール・アーシェングロット)と犬派のサ部顧問(デイヴィス・クルーウェル)が一瞬喋る。※カニバ要素※ツイステ受動喫煙

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クロノスの食卓

 

 食事は嫌いだ。他の生命を消費して負のエントロピーを飲み込まなければ地上にしがみついていられない不自由が痛かった。それでもあの、筋張って固いステーキを、焼き過ぎのハンバーグを、知っているのが自分一人だと知っているからイデア・シュラウドは、死なないぎりぎりのところで食い繋ぐ以外の選択肢を持たない。

 

───***───

 

「放っといてくれよ!」

 オルト・シュラウドがどれだけ自分を心配しているのか知っていた。自分のその言葉がどれだけ弟を傷つけるのか分かっていた。それだというのにイデア・シュラウドは、そう叫んでしまった。椅子に座った自分と頭の高さがそう変わらない弟が身を竦ませるのに気がついて、慌てて言葉を重ねる。

 

「……ごめん。でもほんとに大丈夫だから」

 食事も睡眠もさほど必要でない体質に飽かせてそれらを蔑ろにするのが、爪を噛むのと同レベルのくだらない自傷行為でしかないことに、イデアは自覚的だった。最愛の弟を嘆かせるほど重要なことではないと、頭では理解している。ただ、頭で分かっているだけではどうにもならない程度には、魔導工学の申し子(イデア・シュラウド)は人間だった。

 

 皿とカトラリーを使う食事らしい食事を兄は嫌っていると、オルト・シュラウドは気がついていた。あれは無関心ではなく、嫌悪だった。皿を用意するのが面倒だというから、レトルト食品と使い捨てのスプーンで出したこともあるけれど、それでも彼はいい顔をしなかったし、メインのハンバーグは丸ごと残された。兄が好きそうな味付けのものを探したオルトの労力に彼は最後まで気がつかなかったが、それでいいのだろうとオルトは思う。たとえイデア・シュラウドがそれに気がついていたとしても、ハンバーグが青い唇の奥に飲み込まれることはきっとなかっただろうから。

 

「兄さん、僕だって充電しなくちゃ動けないんだよ」

 硬質のマスクを点滅させながら、オルトは反論する。定量的には、死者の類似品(イデア・シュラウド)は一般的な人間ほどの食事を必要としない。だがそれは定性的に食事が不要なわけではないし、本人もそのことを理解しているはずだった。加えていえば、オルトは兄の必要食事量を知ら(インプットされてい)ない。

 

「じゃあ完全栄養食(MAG-COM)とサプリでいいでしょ」

 億劫そうに兄が選んだ落としどころに、オルトは不承不承頷いた。本音を言えばもっと形のあるものを食べて欲しかったけれど、粉を水で溶くだけのものでも、何も口にしないよりはずっとマシだ。

 

「……ちゃんと飲んでね」

 弟がじとりと向けた視線から顔を逸らして曖昧に頷いたイデアに、オルトはなおも言い募る。肉もダメ魚もダメ味の付かないパンもダメで野菜も八割方食べられないと酷い偏食の上、マナーのマの字も守る気が無いとくればこと食事に関してこの兄に信用などあったものではなかった。

「約束だからね!」

「拙者信用なさすぎでわ。……オルト、できればリマインドしてくれたりしない?」

「もう兄さんったら。……『定期スケジュールを登録しました』朝の七時、お昼の十二時半、夜の八時に登録したから、不都合があったら言ってね」

 コップ一杯飲むだけの食事でさえ端から蔑ろにする気の兄に呆れの溜息を吐きながら、オルトは毎日三食分のスケジュールをリマインダーに登録した。粉でもグミでも形態的には兄の嗜好に沿っているので案外続くかもしれないなと思いつつ、購買部(Mr.S)に連絡を入れる。このまま完全栄養ドリンク(MAG-COM)と菓子類だけで一生を過ごすのとすぐに飽きて元の壊滅的だけれど辛うじてバリエーションのある食生活に戻るのと。どちらが兄のためになるのだろうと考えるが、結論は一向に出なかった。

 

───***───

 

「……いただきます」

 濃紺のカーテンで閉ざされた部屋は、一週間前までなら広く感じることもなかっただろう。けれど六人掛けのダイニング・テーブルは、一人分だけ並べられた食事の所為で何もないときよりも一層寂寞として見えた。

 

 一人で取る食事も、肉ばかりの重たい食事も、一週間続ければ慣れもする。十一歳のイデア・シュラウドは、自分が口にしているシチューの中身を思い出しながら溜息を吐いた。注意する父も母もいないのだからとスープ皿ごと持ち上げて飲んでみたが、どうにもスプーンで掬う方が食べやすいようだった。味も変わりない。

「美味しくない……」

 シチュー、ステーキ、ハンバーグ、コートレット。手を変え品を変え出され続ける料理の数々は、しかし元の肉が食用でない所為でどれも美味とは言い難い。吊されたり凍らされたりしている残りがどれだけあるかは分からないのも、イデアの不機嫌を助長した。

 

 既に埋められた非可食部(骨と脂と内臓)は、地下なるものへの捧げ物だという。銀の矢放つ君に捧げられた雄牛を人々が切り分け、食卓を同じくするように。あるいは夫君の差し出した果実を眩き光の君(はちみつ髪の乙女)が摘んだように。シュラウドは身内の肉を食べる。冥府に捧げられたものの一部を喰らい、その身を死者に近付けるために。いつか、そうやって繋いだ血の先に幽冥と冥府に次ぐ三代目の地下が現れることをやみくもに信じて彼らは、そしてイデアも、大して旨くも柔らかくもない肉を噛んだ。

 

「……地下なる君の御許にて、魂に安らぎのありますよう」

 イデアは知っている。祈りの言葉なんて嘘っぱちだ。地下の官吏(シュラウド)に死後の安寧なんてありはしないし、今日の肉が両親のどちらだったにせよ彼らは息子がいたことさえとっくに忘れたに違いない。心の底から無意味だと確信していてそれでもそう声に出すのは、そうしなければこ(・)れ(・)が「ただの食事」になってしまいそうだったからだ。

 

 外が、嫌いなだけでなく恐ろしくなった。青い空など近づきたくもなくて、それならまだ薄暗い曇天や、月の照らす夜の方がずっとマシだと思う。一週間前のあのとき、冷たくなった父母と死にゆく弟を前にしてイデアは、いつか天雷を弑すると決めた。それがかの万人の王(パシアナクス)にさえ叶わなかった難事と知っていて、いつか人が大手を振って神の死を宣言する日を必ず呼び込もうと。

 

 

 青い空、白い雲、満天の星空。島の中央にそびえる憤怒の山の灰で覆われたここ嘆きの島では、どれも縁遠い言葉のはずだった。それなのに、よりにもよって抜けるようなという表現の似合う青空がその日に限って広がっていた所為で、イデアは陽の光を一生嫌い抜くことでしか息ができなくなった。

 

 どこか海の向こう(イデアからしたら世界の大抵の場所は海の向こうだけれど)では、突然の知らせのことを「青天の霹靂(ボルト・フロム・ブルー)」と呼ぶらしいが、これほど似合いの表現も他になかったろう。悲しみの大王の膝元には不釣り合いによく晴れた日だった。天より落ちる雷火はイデアの部屋の窓からもよく見えた。その頃から出不精だった少年も、稲光が打ち据えたものを知るまでの何十分かだけは、珍しいものを見たと素直に楽しむことができた。大慌てで飛び込んできたゴーストから、両親と弟が揃って病院に運び込まれたと聞くまでは。

 

 イデア・シュラウドは間に合った──弟の死に目にだけ。

 

 家族をいっぺんに失うことに耐えきれるほど、少年は強くなかった。それを諦められないくらいに幼く強情な少年は、何の助力もなしに奇跡を起こせるくらいのいきものだった。何か、もっと強いものの助力があれば、魂一つを留めてしまえるくらいの。

 

 それを冥府の権能と呼ぶことを、彼は随分後になって知った。

 

「死者の国の王が相手とか知ったこっちゃない。オルトは僕のものだ。…… 絶対、欠片だって渡さない」

 イデアの両親と違って、オルト・シュラウドの魂は地上に留め置かれた。肉から切り離されてなお、彼の弟は「生きて」いる。それならば肉のひとかけ、血の一滴でさえ地下に捧げるわけにはいかなかった。ここ嘆きの島は地上にあるだけの冥府の一画なれば、なおのこと。

 

 妖精種(ひとならぬもの)に近付きブロット容量の大幅に増した肉体も、倉庫に死蔵されていた大容量魔法石も、使えるものはなんだって使って、イデアはオルト・シュラウドの肉体に停滞魔法をかけた。化学反応の方式(オルトの考え方)を取り出す前、そのための機材が完成する前にオルト・シュラウドの脳髄が不可逆に変わってしまうことだけは防がなければならなかった。脳から情報を吸い出したら、それ以外の情報に取りかかろう。人の動き方を知らないイデアが、オルトに不自由ない器を用意してやる方法はそう多くない。それを人の世で冒涜と呼ぶのだとしてもそれだけでは、既に神の理さえ踏み躙った異端の天才(イデア・シュラウド)が踏みとどまる理由には到底足りなかった。

 

 小さな体のうち、薬品に浸からなかった部分は殆ど無かった。小食のイデアを基準にしても、ほんの何食分かでしかなかったそれを、イデアは一度だけ食べた。葬儀としてではない。その証拠に、他の部分は可食不可食に関わらず全て新しく建てた極低温地(・)上(・)倉庫に入れてある。

 

 地下の穴に埋めなかったのだから、不可視の君への捧げ物ではない。

 燃やして煙にしなかったのだから、天に座す神々への供物でもない。

 

「……忘れてやるもんか。僕は一生、肉なんて食べないからな」

 オルト・シュラウドが誰かに捧げられるものだとして、その先が自分以外であることにイデアは耐えられなかった。だから彼の弟が、地上を彷徨う地下の眷属(青炎の子)、いずれ神々に列せられる「魔導工学の人類の創造者(プロメテウス)」のものである、と言い張れるように。いつか「最後の死者」と呼ばれる彼は弟を食べ、そして、二度と誰かと食事を共にできない可能性を些細なことだと切り捨てた。

 

───***───

 

「最悪。『信仰上の理由で肉類は食べれません』って言ったじゃん……」

 常のことであると言えばその通りだが、イデア・シュラウドは大層不機嫌だった。

 主に二年生向け(前期開講かつ実践魔法Ⅰの単位を必須とするため、一年生は履修不可)に開講される選択授業魔法調理法(マスターシェフ)、その中間試験の審査員に選ばれたのだ。冥神の系譜であるシュラウドの人間は「誰かと一緒の食事」というものとひたすら相性が悪いのだが、優しさというものを履き違えている仮にも大魔法士(ディア・クロウリー)の前にその主張は却下された。なんであれ必要な対策は行われるだろう。ならばと口に出した先の情報も(これに関しては普段の態度が悪いとしか言い様がないが)苦し紛れの言い訳として処理されてしまい、イグニハイド寮長イデア・シュラウドは弟の監視の下大人しく審査員席に連行されるに至る。

 

 

「シュラウド先輩、食べないんですか?」

デュース・スペードは訝しんだ。小食だと元より聞き及んではいたが、陸上部員(デュース)からすれば目の前にそこそこ美味しい肉の塊(イデア採点:6/10)があるのにも関わらずそれを食べないなんていう所行は、いっそ冒涜的にさえ思える。

「足りないなら食べていいよ。判定に必要な味見はしたから」

 イデアが味見のていを崩さないことに、デュースは最後まで気がつかなかったが、それはそれとして自寮長(リドル・ローズハート)印のステーキは有り難く頂いた。いずれにせよ肉は美味しい。

 

 

 オクタヴィネル寮長アズール・アーシェングロットは、上位成績者のみ対象・半量の条件を付けてようやく審査に参加した。いくら何でも毒殺未遂経験:無数(カリム・アル=アジーム)に話が行くのはあんまりだと思ったので。パブリック・イメージに反して、彼にはきちんと慈悲の心があるのだ。

 

 そして二口も食べないうちに、テーブルマナーのテの字も知らないと言わんばかりな隣席者の惨状に眉を顰めることになった。

 

「イデアさん、あなたカトラリーという言葉をご存じないので?」

 機嫌が悪いのは髪の燃え方を見れば分かるが、礼儀以前のレベルにさえ見える。果たして嘆きの島はカトラリー文化圏外だったろうか。

「ご存知ないことにしといて」

 どうでもよさげに返ってきた答えに、飲食店経営者(アズール)はにわかには信じがたいものを見る目で部活の先輩(イデア)を見返す羽目になった。知らない仲ではないのだし、嘆きの島が手掴み文化ならそう主張するだろう。

 

 これは食事ではない、という主張だとまでは、さしものアズールも気がつかなかった。ただ、努力して結果を出し(美味しい食事を作っ)た調理者を、故なく蔑ろにする人ではない。だから、何か理由があるのだろう。彼の言動の端々から滲む食事そのものへの嫌悪に至るまでのその何かに、リストランテの息子(アズール・アーシェングロット)は踏み込まないことにした。何があったのだとしても、きっと相容れないだろうことだけは確かだった。

 

 

「……シュラウド」

 食事の場にはこれ以上無く似合いで不似合いな魔法薬の香を嗅ぎ取ったデイヴィス・クルーウェルは、青炎の長毛が目立つ仔犬に苦言を呈そうとして、失敗した。

「やめないからね。嫌なら拙者を魔法調理法(マシェフ)の審査員から外してクレメンス」

 釘刺しのようにそう言ったイデアが、何時にも増して審査を拒んでいたのを思い出す。てっきり外に出て製作者の目の前で点数付けをさせられるのが嫌なのだろうと思い込んでいたが、宗(・)教(・)上(・)の(・)理(・)由(・)などという彼に全く似つかわしくない言い訳は、言い訳ではなかったとでも言うのか。

「吐き癖がつくぞ」

 嘔吐薬──半量服用から残りの服用までの間の飲食物を強制的に吐き出させる魔法薬は、思春期の生徒には比較的名の知れたものではある。ダイエットのためにと自己判断で服用する駄犬がここは男子校だというのに二年に一度は現れるので、そのたびに対処させらる魔法薬教師(クルーウェル)の方も何年か務める頃には服用後の体臭一つで察しが付くようになってしまった。

 

「今更……」

 吐き捨てるような囁きを拾えたのは、偏にイデア・シュラウドがそういう生徒だと知っていたからだ。摂食障害、という言葉が脳裏を過ぎって、クルーウェルは思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。

「……なにかあるのか」

「トレイン氏が知ってる」

 イデアはそう言いながら、去年出した魔法史のレポートを思い出した。葬儀について、と言うから手っ取り早く実体験を交えて書いたイデアは、シュラウドの食葬文化は世界的に見て(人魚やハイエナのそれと比べて)もかなり異質だということがすっかり頭から抜け落ちていた。おかげで詳しい話を聞かせるようにと詰め寄られて散々だった(最終的に詳細な聞き取りは三年時平常授業のリモート出席と引き替えになり、二年後くらいにラギー・ブッチやジェイド・リーチからの聞き取りを合わせた論文が出る)。

 

 なんの事情も汲み取れなかったが、魔法文化史の専門家(モーゼス・トレイン)の名前が出るのなら「宗教的な」理由は真なのだろう。そうだとしたらクルーウェルができることなど、精々が体質に合わせた負担の少ない薬を調合・融通してやることくらいだ。

「……わかった。とりあえず嘔吐薬はもっとマシなレシピをやるからそっちにしろ」

「はーい」

「伸ばすなら背筋にしろ」

「いや勘弁」

 猫背の分だけ低い頭に手を乗せ、わしゃわしゃと炎を掻き回す。どれだけ不養生でもこの毛並みだけは変わらないのだと思うと、全体良いのか悪いのか。どれだけ技術者として讃えられても、あるいは青炎を継ぐものとして恐れられても、このデイヴィス・クルーウェルからすれば仔犬の一匹に変わりは無いのだと教えるように。次のひと皿が運ばれるまでのたっぷり五分間、黒白の男は青を撫で回し続けた。


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