ハデス=プルートの子孫ならつまりサトゥルヌスの子孫でもあるんだよなあと思ったけど子どもはいないので親を食べてもらいました。いつもの人外シュラウド兄の実家全滅if、肉イベネタ。シュラウド兄弟の他に
食事は嫌いだ。他の生命を消費して負のエントロピーを飲み込まなければ地上にしがみついていられない不自由が痛かった。それでもあの、筋張って固いステーキを、焼き過ぎのハンバーグを、知っているのが自分一人だと知っているからイデア・シュラウドは、死なないぎりぎりのところで食い繋ぐ以外の選択肢を持たない。
「放っといてくれよ!」
オルト・シュラウドがどれだけ自分を心配しているのか知っていた。自分のその言葉がどれだけ弟を傷つけるのか分かっていた。それだというのにイデア・シュラウドは、そう叫んでしまった。椅子に座った自分と頭の高さがそう変わらない弟が身を竦ませるのに気がついて、慌てて言葉を重ねる。
「……ごめん。でもほんとに大丈夫だから」
食事も睡眠もさほど必要でない体質に飽かせてそれらを蔑ろにするのが、爪を噛むのと同レベルのくだらない自傷行為でしかないことに、イデアは自覚的だった。最愛の弟を嘆かせるほど重要なことではないと、頭では理解している。ただ、頭で分かっているだけではどうにもならない程度には、
皿とカトラリーを使う食事らしい食事を兄は嫌っていると、オルト・シュラウドは気がついていた。あれは無関心ではなく、嫌悪だった。皿を用意するのが面倒だというから、レトルト食品と使い捨てのスプーンで出したこともあるけれど、それでも彼はいい顔をしなかったし、メインのハンバーグは丸ごと残された。兄が好きそうな味付けのものを探したオルトの労力に彼は最後まで気がつかなかったが、それでいいのだろうとオルトは思う。たとえイデア・シュラウドがそれに気がついていたとしても、ハンバーグが青い唇の奥に飲み込まれることはきっとなかっただろうから。
「兄さん、僕だって充電しなくちゃ動けないんだよ」
硬質のマスクを点滅させながら、オルトは反論する。定量的には、
「じゃあ
億劫そうに兄が選んだ落としどころに、オルトは不承不承頷いた。本音を言えばもっと形のあるものを食べて欲しかったけれど、粉を水で溶くだけのものでも、何も口にしないよりはずっとマシだ。
「……ちゃんと飲んでね」
弟がじとりと向けた視線から顔を逸らして曖昧に頷いたイデアに、オルトはなおも言い募る。肉もダメ魚もダメ味の付かないパンもダメで野菜も八割方食べられないと酷い偏食の上、マナーのマの字も守る気が無いとくればこと食事に関してこの兄に信用などあったものではなかった。
「約束だからね!」
「拙者信用なさすぎでわ。……オルト、できればリマインドしてくれたりしない?」
「もう兄さんったら。……『定期スケジュールを登録しました』朝の七時、お昼の十二時半、夜の八時に登録したから、不都合があったら言ってね」
コップ一杯飲むだけの食事でさえ端から蔑ろにする気の兄に呆れの溜息を吐きながら、オルトは毎日三食分のスケジュールをリマインダーに登録した。粉でもグミでも形態的には兄の嗜好に沿っているので案外続くかもしれないなと思いつつ、
「……いただきます」
濃紺のカーテンで閉ざされた部屋は、一週間前までなら広く感じることもなかっただろう。けれど六人掛けのダイニング・テーブルは、一人分だけ並べられた食事の所為で何もないときよりも一層寂寞として見えた。
一人で取る食事も、肉ばかりの重たい食事も、一週間続ければ慣れもする。十一歳のイデア・シュラウドは、自分が口にしているシチューの中身を思い出しながら溜息を吐いた。注意する父も母もいないのだからとスープ皿ごと持ち上げて飲んでみたが、どうにもスプーンで掬う方が食べやすいようだった。味も変わりない。
「美味しくない……」
シチュー、ステーキ、ハンバーグ、コートレット。手を変え品を変え出され続ける料理の数々は、しかし元の肉が食用でない所為でどれも美味とは言い難い。吊されたり凍らされたりしている残りがどれだけあるかは分からないのも、イデアの不機嫌を助長した。
既に埋められた
「……地下なる君の御許にて、魂に安らぎのありますよう」
イデアは知っている。祈りの言葉なんて嘘っぱちだ。
外が、嫌いなだけでなく恐ろしくなった。青い空など近づきたくもなくて、それならまだ薄暗い曇天や、月の照らす夜の方がずっとマシだと思う。一週間前のあのとき、冷たくなった父母と死にゆく弟を前にしてイデアは、いつか天雷を弑すると決めた。それがかの
青い空、白い雲、満天の星空。島の中央にそびえる憤怒の山の灰で覆われたここ嘆きの島では、どれも縁遠い言葉のはずだった。それなのに、よりにもよって抜けるようなという表現の似合う青空がその日に限って広がっていた所為で、イデアは陽の光を一生嫌い抜くことでしか息ができなくなった。
どこか海の向こう(イデアからしたら世界の大抵の場所は海の向こうだけれど)では、突然の知らせのことを「
イデア・シュラウドは間に合った──弟の死に目にだけ。
家族をいっぺんに失うことに耐えきれるほど、少年は強くなかった。それを諦められないくらいに幼く強情な少年は、何の助力もなしに奇跡を起こせるくらいのいきものだった。何か、もっと強いものの助力があれば、魂一つを留めてしまえるくらいの。
それを冥府の権能と呼ぶことを、彼は随分後になって知った。
「死者の国の王が相手とか知ったこっちゃない。オルトは僕のものだ。…… 絶対、欠片だって渡さない」
イデアの両親と違って、オルト・シュラウドの魂は地上に留め置かれた。肉から切り離されてなお、彼の弟は「生きて」いる。それならば肉のひとかけ、血の一滴でさえ地下に捧げるわけにはいかなかった。ここ嘆きの島は地上にあるだけの冥府の一画なれば、なおのこと。
小さな体のうち、薬品に浸からなかった部分は殆ど無かった。小食のイデアを基準にしても、ほんの何食分かでしかなかったそれを、イデアは一度だけ食べた。葬儀としてではない。その証拠に、他の部分は可食不可食に関わらず全て新しく建てた極低温
地下の穴に埋めなかったのだから、不可視の君への捧げ物ではない。
燃やして煙にしなかったのだから、天に座す神々への供物でもない。
「……忘れてやるもんか。僕は一生、肉なんて食べないからな」
オルト・シュラウドが誰かに捧げられるものだとして、その先が自分以外であることにイデアは耐えられなかった。だから彼の弟が、地上を彷徨う
「最悪。『信仰上の理由で肉類は食べれません』って言ったじゃん……」
常のことであると言えばその通りだが、イデア・シュラウドは大層不機嫌だった。
主に二年生向け(前期開講かつ実践魔法Ⅰの単位を必須とするため、一年生は履修不可)に開講される選択授業
「シュラウド先輩、食べないんですか?」
デュース・スペードは訝しんだ。小食だと元より聞き及んではいたが、
「足りないなら食べていいよ。判定に必要な味見はしたから」
イデアが味見のていを崩さないことに、デュースは最後まで気がつかなかったが、それはそれとして
オクタヴィネル寮長アズール・アーシェングロットは、上位成績者のみ対象・半量の条件を付けてようやく審査に参加した。いくら何でも
そして二口も食べないうちに、テーブルマナーのテの字も知らないと言わんばかりな隣席者の惨状に眉を顰めることになった。
「イデアさん、あなたカトラリーという言葉をご存じないので?」
機嫌が悪いのは髪の燃え方を見れば分かるが、礼儀以前のレベルにさえ見える。果たして嘆きの島はカトラリー文化圏外だったろうか。
「ご存知ないことにしといて」
どうでもよさげに返ってきた答えに、
これは食事ではない、という主張だとまでは、さしものアズールも気がつかなかった。ただ、努力して
「……シュラウド」
食事の場にはこれ以上無く似合いで不似合いな魔法薬の香を嗅ぎ取ったデイヴィス・クルーウェルは、青炎の長毛が目立つ仔犬に苦言を呈そうとして、失敗した。
「やめないからね。嫌なら拙者を
釘刺しのようにそう言ったイデアが、何時にも増して審査を拒んでいたのを思い出す。てっきり外に出て製作者の目の前で点数付けをさせられるのが嫌なのだろうと思い込んでいたが、
「吐き癖がつくぞ」
嘔吐薬──半量服用から残りの服用までの間の飲食物を強制的に吐き出させる魔法薬は、思春期の生徒には比較的名の知れたものではある。ダイエットのためにと自己判断で服用する駄犬がここは男子校だというのに二年に一度は現れるので、そのたびに対処させらる
「今更……」
吐き捨てるような囁きを拾えたのは、偏にイデア・シュラウドがそういう生徒だと知っていたからだ。摂食障害、という言葉が脳裏を過ぎって、クルーウェルは思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……なにかあるのか」
「トレイン氏が知ってる」
イデアはそう言いながら、去年出した魔法史のレポートを思い出した。葬儀について、と言うから手っ取り早く実体験を交えて書いたイデアは、シュラウドの食葬文化は
なんの事情も汲み取れなかったが、
「……わかった。とりあえず嘔吐薬はもっとマシなレシピをやるからそっちにしろ」
「はーい」
「伸ばすなら背筋にしろ」
「いや勘弁」
猫背の分だけ低い頭に手を乗せ、わしゃわしゃと炎を掻き回す。どれだけ不養生でもこの毛並みだけは変わらないのだと思うと、全体良いのか悪いのか。どれだけ技術者として讃えられても、あるいは青炎を継ぐものとして恐れられても、このデイヴィス・クルーウェルからすれば仔犬の一匹に変わりは無いのだと教えるように。次のひと皿が運ばれるまでのたっぷり五分間、黒白の男は青を撫で回し続けた。