喪165の裏側 まこっちサイドのお話を捏造しました
ものすごい時間がかかりました
まこさんの読み込みにはまだ時間が必要みたいです

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喪165+i 一緒だから見せる顔

「じゃあね、休み中も連絡するから」

「ああ、田中もあんまり勉強に気張りすぎんなよ」

 小さく手を振りながら交わす短い別れの挨拶。

 遠ざかってゆく吉田さんの背中を見送った後、手持ち無沙汰気味にスマートフォンでバスの時刻表を調べる。さっき出たばかりみたいだけど、この時間は本数が多いのですぐ次が来るみたいだ。

 今日は7月19日。夏真っ盛りの日差しは夕暮れが近づいても衰えることなく、顕になった首筋や腕を照り付けてくる。

 急いで日陰に逃げ込み、トートバッグからミニタオルを取り出して額の汗を拭った。

 こんなに暑いならお店にいる間にバスの時間を調べて、ギリギリまで涼しい店内にいればよかった。

「そしたらもう少し吉田さんとも話せたのに…」

 タオルを口元に当てながら、蝉の声に紛れるようにポツリと吐き出した。

 ついに始まった高校最後の夏休み。今日は吉田さんとは進路についての話をする約束で会うことになっていた。

 謹慎中相談を受けた時には医療系の専門学校のパンフレットを見てみることを勧めたけど、改めて考えれば同じような進路でも短大や大学という選択肢もたくさんある。今日も二人で色々調べながら見比べてみたけど、一本に決めるのはまだ早いかなという感じだ。

「まぁ前も言った通り、そこまで焦らず決めるよ。どこに行くことになっても困らないように、少しは勉強もやっておくからよ」

 そう言いながら吉田さんは笑っていた。

 謹慎中は真面目に考えないと駄目だと思って少し言いすぎちゃったけど、焦って後悔するのも良くないか。改めてこの選択肢の多さを目の当たりにすれば、そんな風に考えも変わってくる。

 しかしそれでもなお、私の頭を別の声が掠めるのだ。

『吉田さんも千葉西にすれば、また一緒にいられるのに』

 私が志望している千葉西には、国立大学で唯一看護学部が存在する。無理な願いだとはわかっているものの、頭の片隅ではそれが運命なのではないかという甘美な妄想を捨てられなかった。

 目の前に停まったバスに乗り込み、最後尾の窓際に座る。下校する生徒が多いわけではなく、かといって部活帰りで賑わうわけではない中途半端な時間帯。乗客もまばらな車内には、私のようにどこかに寄り道していただろう原幕の生徒や買い物帰りの親子連れの背中が目立った。

 こうして一人になるとどうしても考えちゃうな…

 今の志望進路に進めたとしたら、私はこうして一人になっちゃうんだなって。

 吉田さんはきっと専門学校や短大に行くだろうし、根元さんは森永に行きたいと言っていた気がする。

 そして加藤さんも、うっちーたちも、黒木さんも、そしてゆりも、みんな青学志望だ。

 冷房で若干結露した車窓に頭を預ける。

 

「真子、大学見学なんて行ってきたの? 受験生でもないのに」

「うん、千葉西にね。派手じゃないけど落ち着いてていいところだったよ」

「ふぅん」

「ゆりは志望校とか決めた?」

「まだだけど…真子と一緒のところでもいいかも。家から近いし」

「…そっか」

 

 少し前のやり取りを思い出す。あの時に期待しちゃった分、ゆりと別々なのはちょっと寂しいかな。

 窓の外ではようやく日が傾き始めたが暗くなるにはまだ早く、しかしだからこそ街灯にも車のヘッドライトにも照らされない町並みはよけいに薄ぼんやりしているように感じられた。

 なにか人生の目標が出来たとは聞いていない。たぶん「あまり勉強しないで入れる家から近いところ」に行きたいという考えも変わっていないだろう。それでもゆりはランクを上げて、少し遠い大学を志望した。面倒くさがりなのにそんなことするわけないってわかってるよ。

「ゆり、青学に行きたいっていうより、黒木さんと一緒のところに行きたいんだよね」

 ここにはいない彼女に、胸中で問いかける。

 もちろん空想の中の彼女は答えてくれない。もし面と向かって聞いたとしても結果は同じ。「別にそういうわけじゃないけど」とそっぽを向かれるだけだろう。

 私は今の友達と卒業した後でも一緒にいられるとは思っていない。それぞれ夢があって、やりたいことがあって、一人ひとりが進路を決めていく。だからたまたま進路が同じなんて偶然を除けば、基本的にはこれからみんな別々の道を歩んでいくことになる。そう思ってたんだけどな。

 でも…ゆりも、みんなも違うのかな?

 黒木さんと同じところっていうのが、大事なのかな?

 バスはゆっくりと曲がり、高架下に降りていく。真っ暗になった窓には、ときおりすれ違う対向車のヘッドライトに照らされた自分の顔が映った。

 とてもいい子なのはわかっている。

 もう一度裏切り者になりそうだった私を笑って許してくれたし、好きでお弁当やイベントごとのプレゼントを用意する私にも小まめにお返しも用意してくれた。

 それでも…私には見せないようなゆりや吉田さんの色々な表情を引き出せる黒木さんがちょっと羨ましい。あんなに自然体で笑顔になれるゆりも、あんなに感情を表に出す吉田さんも私は知らなかった。

 そんな二人の顔を少し離れて見る時、この胸に渦巻くもやもやした感情。それは羨ましいというにはあまりに粘ついていて、妬ましいと呼んだほうが正しいのかもしれない。

「…私ってこんなに嫌な子だったかな」

 バッグの中で小さく着信音が鳴る。『野球部の応援で、3年生も全員出席するように』か…

 クラスのグループラインにありがとうのスタンプだけ返してスマホをバッグに戻した。一応明日から夏休みだけど、2年のときと同じように野球部が大会を勝ち進んだので出席扱いで応援に行くことになったという連絡だ。もちろん、みんなと会うことになる。

「…今はちょっと、顔を合わせにくいんだけどな」

 暗い車窓に映る自分に小さく問いかけて、額を重ねながら誰かが停車のチャイムを押すのをじっと待ち続けた。

 

 

 最寄りのバス停で降りると、あたりはようやく夕暮れの様相になりつつあった。しかし日が沈んでもまとわりつくような蒸し暑さは変わらず、街路樹の横を通り過ぎるたびにセミの鳴き声を頭上から投げかけられた。

「明日も暑くなるのかな」

 そんなことを考えながら天気予報を見ようとすると、再び手の中でスマホをが震えた。今度は吉田さんからの通話だ。

『悪ぃ、もう家だったか?』

「ううん、ちょうどバスを降りたところ。何かあった?」

『いや、家についてカバン開けてみたらよー、田中のノートがこっちに混ざってるみたいでさ。明日から夏休みだしどうすっかなって』

 ノート?

 スマホを耳に当てたままバッグを覗き込む。いくつかノートや参考書を指で数えてみるが、確かに一冊足りないみたいだ。

「ホントだ。ごめんね私もウッカリしてたみたい。すぐ使うものじゃないし、明日持ってきてもらえるかな?」

 明日どっか行くのか? と吉田さん。

「ちょうど連絡きてたじゃない。野球部の応援で3年生も全員集合だって」

「あー、マジだ。今田村から連絡きたっぽいわ。悪ぃけど私サボるから、ノートは届けるわ。待ち合わせようぜ」

 行きたがらないのは何となく予想がついたけど、きちんとその日中に届けてくれるんだ。黒木さんへお土産のお返しを買ったりしてたし、吉田さんって結構義理堅いところあるんだよね。

「…うん、わかった。じゃあ今日別れた駅で」

『私もサボるから、一緒にどこかに遊びに行こうよ』

 そんな一言が言えたなら、どんなに楽だったろうか。その一歩が踏み出せないからこそ、私はみんなが思い描くいい子でいれたのだろう。

「ううん、いいよ奢るなんて。私が吉田さんの冊子をまとめた時に紛れ込ませちゃったんだと思うし」

 今まで誰とでもそれなりに仲良く、そつなく人間関係をこなしてきた。

 それでもゆりみたいにずっと仲がいい相手ばかりじゃない。昔は仲が良かったのに、今は挨拶を交わす程度の子もいる。

「…じゃあね、また明日」

 でもなんでだろう…

 修学旅行で一緒だった3人とは、そんな仲にはなりたくない。

 毎日会いたいなんて贅沢は言わない。たまに会って近況を話し合ったり、たまの休みには遠くに出かけたり、高校の頃みたいな関係でずっと仲良くしていたい。

「…ねぇ!」

 とっさに電話口で吉田さんを呼び止めてしまう。

「えっと…大学生になってからなら私も少しはサボってもいいかな…って」

 いきなり何言ってるんだろう。でも、言いたいことはもうわかっている。あとは言葉にして伝えるだけだ。

「だからさ…吉田さんもどんな進路を目指すのか迷ってるところかもしれないけど、卒業してもよろしくね」

「当たり前だろ。そん時になったらバイクでニケツして怒るやつもいないし、もう少しハメ外そうぜ」

 もちろん進路を決めるのが先だけどな、とスマホの向こう側で吉田さんが声を弾ませた。

「うん、どんな進路でも、一緒に色んな所に連れて行ってね」

 歩きながら明日の予定を決めてスマホをバッグに仕舞おうとすると、L●NEの通知が来ていたことに気付く。そういえばさっき吉田さんが、ゆりから連絡が来てるって言ってたな。

 彼女から送られてきたのは1枚の写真。ゆりと黒木さんと、根元さんと岡田さんが海の中でびしょびしょになって笑っている。

『海に行ってきたよ』

『根元さんのせいで大変なことになったけど』

 ゆり、拗ねてるな。でもちょっとだけ楽しそう。

 二人から来たいつものやり取りに、胸につかえていたもやもやが晴れたような気がして自然と笑顔になる。

「『今日は行けなかったけど、今度は一緒に行こうね』と…」

 ゆりと黒木さんのグループに返事を返す。

 私は自然体で笑顔になれるゆりも、感情を表に出す吉田さんも知らなかった。それは二人が黒木さんと一緒だから見せる顔なんだろう。

 でも私は自分の思い通りにならないと拗ねちゃう子供っぽいゆりを知っている。自分の進路に漠然と不安を感じている吉田さんを知っている。私にだけ見せる顔だって、ちゃんとあると気付くことが出来た。

「せっかく夏休みに会うんだし、明日の応援が終わったらみんなも吉田さんのところに誘ってみようかな」

 ようやく街灯が照らし始めた家までの道を、少し駆け足で進む。

 今みたいに私たちが一緒にいられる時間は残りわずか。卒業したら、どんなに仲が良くても会う機会は減ってしまうだろう。

 私はこれからもみんなと笑って、喋って、色んな経験をしたい。よく知ってる素顔も、意外な一面も、みんなの色んな顔を見てみたい。

 だから黒木さん…。

 これからも私が知らないゆりや吉田さんの色々な表情を見せてね。

 3人と一緒にいるからこそ、見せられる顔が私にもあるはずだから。

 


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