英雄伝説 天の軌跡Ⅱ   作:十三

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初めましての方は初めまして。そうでない方はお久し振りでございます。『十三』と申します。

軌跡シリーズ最新作『黎の軌跡』の発売された昨今、皆さまいかがお過ごしでしょうか。戦闘システムなどがかなり変わるらしく、不安もありますが、まぁとりあえず買おうとは思っています。一体シリーズ完結は何年後になるんでしょうか……(畏)

前作に引き続き、こちらの『英雄伝説 天の軌跡』を書かせて頂くことになりました。投稿頻度は遅れがちになってしまうと思われるのですが、御贔屓にしていただければこれ以上の喜びはありません。
 
主人公レイ・クレイドルと、彼の仲間や友や恋人たちと紡ぐ物語。どうか見ていただけると幸いです。




灰色の門出 ※

 

 

 

 

 

 

 真っ白い世界に、自分はいた。

 

 

 以前にも来た場所だ。何処までも広がる白の中に、黒の茨が大樹のように生えている。

 そこに向かって歩く。遠近感など無いに等しい。近づいているのか遠のいているのかすら分からないが、ひとまず歩き続ける。

 

 どれくらい歩いたのだろうか。数分かもしれないし、数時間かもしれない。誘蛾灯に群がる虫のように無意識のままに近づこうとしていると、不意に背中にトンと柔らかい衝撃が触れた。

 

 

「また死にかけたんだね、相棒。とうとう左腕が逝ったか」

 

「あぁ。師匠との修行で骨や内臓は何度もやられた事はあったが、何だかんだで四肢と首は繋がってたからな」

 

「そういう意味では”教え上手”だったという事か。身体の一部が丸々吹き飛んだ感覚はどうだい?」

 

「腕一本分の肉と骨と体液がなくなるだけで随分軽くなったぞ。居合がやりにくくなるし体のバランスが取りにくかったが……総合的に見てマイナスだな」

 

「本音は?」

 

「サラにもシャロンにもクレアにもクソ程叱られるだろうから怖い」

 

「素直でよろしい」

 

 ケラケラと笑う真っ白な存在。

 ボロ布のような粗末な服を身に纏い、しかしその上から封印されるかのように黒い鎖で縛られている。

 その為、肌が見えているのは両脚の膝から下と首から上のみ。その表情は、無垢な子供のように()()()()だ。

 

「それにしても、茨の数は随分と少なくなったじゃないか。以前の時はこう、もっと容赦ない感じに生えてたと思うんだけど」

 

「……まぁ、あの時から色々とあったからな。まだ中心には行けそうにねぇが」

 

 以前の時にはあった、茨の大樹の周囲に広がっていた防壁のような波が無くなっている。

 とはいえ、未だ大樹の方には近づけそうにない。そう分かると、レイは踵を返した。

 

「やめだやめだ。こんな所で油を売ってる暇はねぇや。戦いに行かねぇと」

 

「やっぱり、そんなになっても戦う事はやめないんだね?」

 

「当たり前だ。賽が投げられた以上、俺は足を止められねぇ。歴史が洪水みたいに流れている中でただ流されてやれるほど、俺は器用でも利口でもねぇからよ」

 

 そう言って隻眼隻腕の少年―――レイ・クレイドルはその右手を、隣にいた相棒の白い髪の上に置いた。

 

「そういう訳だ。まだまだ諦めるつもりはねぇから、よろしく頼むぜ相棒」

 

「分かっているよ、相棒。まだまだ長い付き合いになりそうだね」

 

 直後、その全身が輝き出し、その光が収縮すると、レイの右手に収まる長刀になった。

 その身長に近しい長さの得物。柄頭から刃の切っ先に至るまで、この世界との境目が分からなくなるほどの純白の色化粧。

 

 それこそは、レイ・クレイドルが長らくその手に携え、数々の死線を共にしてきた文字通りの片腕。

 正式名称《穢土祓靈刀(エドハラエノタマツルギ)布都天津凬(フツアマツノカゼ)》。嘗て結社《身喰らう蛇》の《執行者》に就任した際に、《盟主》より賜った不朽不毀の剣である。

 

 己の手足の延長の如く扱えるそれを右手に携え、レイは笑う。

 失ったものはあるが、まぁ悲観しきる程の事でもない。命は拾えたのだし、何より守るべきものは守れた。

 ならば後は、倒すべきものを倒すだけだ。そこまで達成して、初めて”守り抜く”事が出来る。

 

 ならば、彼が長刀を片手に為すべき事は唯一つ。

 

 

 

「さて、(いくさ)の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 無機質な天井が目の前にあった。

 

 僅かに薄汚れた照明と、静謐に囲まれた部屋。鼻腔に感じるのは幾つもの薬品の臭いと、折りたたまれたシーツから出る洗剤の香り。

 体を起こそうと右腕を動かそうとしたが、針を通して繋がった様々な医療器具がそれを阻む。

 それでも、何とか手先だけを動かしてシーツの上をまさぐる。そうして出された衣擦れの音に反応して、一人の人物が顔を覗かせた。

 

「あら、お目覚めかしら。鈍痛とかは―――あっても貴方の事だから我慢してそうね」

 

 浅葱色の長い髪を一房に編んで纏めたシンプルな髪形。だが、それに反比例するように、服装はチグハグだ。

 カルバード共和国の東方街で見かける、スリットが入った派手な色の民族衣装の上に、清潔感のある白衣を纏っている。

 上背はそれ程あるわけではないが、女性としてのスタイルの良さは、ベッドの上から見上げる形でも良く分かる。街中を歩けば、必ずや異性の目を集める事だろう。

 

 しかし、彼女の正体と性格が知れ渡っているこの場所では、彼女に軟派な態度を取る輩はいないだろう。

 

「……おっす、アスティア。お久し振り」

 

「えぇ。お久し振りね、レイ君。お元気そう―――ではないのが残念だわ。久し振りに会ったと思ったら左腕が跡形もなくぶっ飛んでいたんですもの。流石の私も目を丸くしちゃったわ」

 

「そんな中でこうして適切な処置をしてくれたんだから頭下がるわマジで」

 

「まぁ、それが私のこの艦での役割だからね」

 

 そう言って軽くウインクをしてから、右腕に繋がれた機器を手際よく外していく。

 これでレイをベッドに縛り付けていた物は無くなったが、身を起こそうとすると酷い倦怠感に襲われた。

 とはいえ、その理由くらいは知っている。他でもない、自分の身体だ。

 

「かなり血を失っていたから輸血はさせてもらったわ。とはいえ()()()()()()()()()()()()()()、普通の血が馴染むまでは安静に、ね」

 

()()()()。どの道このザマじゃ達人として使い物にならねぇ。つーか、お前の忠告を無視する程アホじゃねぇよ」

 

 逆らったら何はともあれ一発ぶん殴られるしな、とは口にしなかったが。

 ともあれ、立ち上がる事を諦めたレイは再びベッドの上に背中からダイブする。その際、左腕部分だけがベッドのスプリングで跳ねなかった様子を見て、改めて実感する。

 あの時失くした自分の左腕は、もう戻ってこないのだと。

 

「人体欠損。自分で味わうとなると大分違うでしょう?」

 

 その心の内を呼んだかのように、アスティアはデスクで書類整理をしながら話しかけてくる。

 そこに、同情も憐憫もない。ただ純粋な質問として訊いている事が見て取れる。だからこそ、レイも特に憤る事なく答えた。

 

「あぁ、違うな。アマギを潰した時も、陛下と戦った時でさえ一応は五体満足だったってのに、遂にやっちまったって感じだ」

 

「《天翼(フリージア)》の《天撃(アルス・ノヴァ)》を真正面から受けたんでしょう? 片腕一本で済んだのなら儲けものだわ」

 

「それは、俺もそう思う。でも、なぁ。親父と母上から貰った身体を遂に吹っ飛ばしちまったって考えると、ちっと申し訳なく思う訳よ」

 

 左目を失った時でさえ、それなりの罪悪感を抱いていたのだ。腕一本となると、その感情も必然的に大きくなる。

 とはいえ、失ったことを後悔はしていない。あの時はああしなければならなかったと分かっていたし、その結果として多くの人達の命を救えたのだとしたら、悪くない代償だったとしえるだろう。

 

「それだけじゃないわ。全身に数十か所の擦過傷、筋肉は断裂してたし、右腕の骨は飛び出す寸前までへし折れていたわ。左脇腹は完全に裂けてて、あともう少しで(はらわた)飛び出してたわよ? 逆に訊くけれど何でこれで戦えていたのかしら? 患者にこんなこと言うのは気が引けるのだけど、やっぱり頭おかしいわ達人さん(あなた達)

 

「お前相変わらず動けない人間相手に容赦ないな」

 

「猟兵相手に治療してる身よ? そんなデリカシーがあると思って?」

 

 ないだろうなぁ、と納得しながら、氣の流れを操作して全身の簡易スキャンを行う。

 左腕の次に重傷だった左脇腹の深傷は、()()()()()()()()()()()()。そちらを重点的に回復させていたとはいえ、術後だというのに痛みどころか違和感もほとんどない。

 手術(オペ)を担当したのは、間違いなくすぐそこに座っている女性ドクターだろう。相変わらずいい仕事をすると思いながら、視線を他にずらした。

 

 

「……俺が運ばれてきてから何日経った?」

 

「一週間、ってところかしら? 現在地はイストミア大森林から南下した所にあるティレニア台地南部。ステルス状態で峡谷部に停泊してるわ」

 

「一週間か。領邦軍はさぞかし景気よく各地を蹂躙してるだろうな」

 

「参謀本部がほぼほぼ機能していない状態だからね。第一機甲師団(帝都ヘイムダル守備隊)第二機甲師団(帝都圏守備隊)は壊滅状態。第七機甲師団と第十機甲師団(帝国西部駐屯部隊)もかなり押し込まれている様子だし、このままだと年を越すまで保たないんじゃないかしら?」

 

 湯気が立ち昇るコーヒーを啜りながら、まるで大学の講義のようにつらつらと述べる。

 凡そ医療に関わる者とは思えない程に人の死を客観的に見ている物言いだが、彼女はというと言い淀む素振りすら見せない。

 それがアスティアという女だ。S級猟兵団《マーナガルム》の《五番隊(フュンフト)》が一角、《医療班》の班長という立場にある以上、その位の肝の太さは常備しておかなければならない。

 

「動くとしたら早めに、か。シオンからの連絡は?」

 

「そこまでは流石に知らないわね。後で団長が来た時に確認すると良いわ」

 

「……んで? 医者の見立てとしては俺は後どれくらいベッドの上にいればいいんだ?」

 

「さっきも言った通り、輸血の血液が貴方の身体に馴染むまで。とはいえ、貴方の体内呪力も大分戻ってきているから……そうね、3日ってところかしら」

 

 帝都で《天翼(フリージア)》と戦った際に生命活動に支障をきたすレベルにまで枯渇したレイの呪力も、一週間の間に上限にまで回復している。

 とはいえ、嘗て《結社》シオンを調伏した時、エルギュラを封印した時、そしてつい最近、励起しかけたエルギュラの魂をリィンの中に再封印した時。この三件に常時呪力を割かれている影響で、レイの体内呪力の上限値は本来の二割程度にまで減少している。

 アスティアの見立て通り、3日あれば輸血された血液を体内の呪力と混ぜ合わせて馴染ませる事ができる。

 逆に言えば、それまでは何があってもベッドの上の生活を()()()()()という事だ。

 

 体力や筋力諸々が落ちていくなぁ等と思いながら天井を見つめていると、扉を隔てた向こう側から段々と迫ってくる足音が耳に入る。

 尋常ではない足音だった。それと同時に何かを引きずるような音も。

 

 

『隊長‼ 待ってくれって隊長‼ 医務室ならともかく《医療班》の詰所に突撃はマズいっつーの‼ 俺まだ死にたくねぇよ‼』

 

『俺知ってんスよ⁉ この前《四番隊(フィーアト)》のアルドロがノック無しで入って新薬の実験台にされたの‼ ヤダー廃人になんかなりたくねー‼』

 

 悲鳴を挙げているのは大の男共だ。だが、そんな事は一切構わぬと言わんばかりに足音の進撃は続く。

 誰が来ようとしているのは大体想像がついた。あーあーどうにでもなれや(もう知ーらねー)と諦めて、上体だけを再び起こす。

 

 

「レイ様‼‼」 

 

 「押し入ってきた」という表現が最も正しいだろう。横にスライドすれば簡単に開く類の扉ではあるのだが、それを事もあろうに()()()()来た。

 塗りたての黒漆よりもなお艶やかな長い黒髪を振り乱し、《二番隊(ツヴァイト)》の隊長服を身に纏った美女がレイが横になっているベッドの傍らに駆け寄ってくる。……その両足にしがみついている副長と副長補佐(男共)を完全に無視した状態で。

 

「お加減は大丈夫ですか⁉ 痛みは⁉ 何か不便がありましたらこの私に言い付けて下さい‼ 必ずお役に立って見せます‼」

 

 爛々と光る紅い瞳はレイを捉えて離さない。右手を握り、まるで無二の大切な物を扱うかのように熱を分けていく。

 

「久し振りだな、エリシア。というかお前の足にしがみついてる二人をそろそろ気にかけてやれ。泣きそうになってんぞ」

 

「あ、はい‼」

 

 その明るい返事とは裏腹に、エリシアは片足ずつ高速で振り上げ、身長180リジュ越えの男二人を事も無げに振り払う。

 それぞれ別方向に吹っ飛ばされた二人は受け身こそ取れたものの、分かりやすく気落ちしていた。

 

「こんな事になるんなら食堂にキープしておいた高ぇ酒飲んでおくんだったなぁ……」

 

「ラウラぁ……ごめんなぁ……どうやら俺はここまでみたいだ……」

 

 この世の終わりを目の当たりにしたかのような惨状であったが、無論その様子もエリシアは無視。正直、同情はした。何故なら―――。

 

「何か食べますか⁉ 何か飲みますか⁉ 言ってくれれば私が食堂に行って―――」

 

「エリシア」

 

「?」

 

「後ろ」

 

 直後、詰所内に轟音が鳴り響いた。

 医療に関わる場所には余りにも似つかわしくない爆音であったが、その様子をレイは冷ややかなジト目で眺めていた。

 

「エリシア隊長? 重傷者が居る病室に扉を蹴破って押し入るとはどういう了見です? 死にたいんですか?

 

 先程までコーヒーを啜りながら書類作業をしていたこの部屋の主が、ペンを二丁のショットガンに持ち替えて言う。

 0.25リジュ口径という規格外の破壊力を持つそれを、体勢を全く崩すことなく二丁分同時に躊躇いなくぶっ放したアスティアであったが、幸か不幸かぶっ放された方も普通の人間ではなかった。

 

「いえいえ、死にたくなどありませんよアスティア班長。すみません、少し舞い上がってしまいまして」

 

 自分に向かって放たれた大口径のショットガンの弾丸を二発とも違わず()()()()()()エリシアは、自身の愛剣《シュルシャガナ》を構えたままアスティアに微笑みかける。

 傍から見れば一触即発の状況だったが、この二人の性格をよく理解しているレイはエリシアを小突いてそれを止めた。

 

「闘気を収めろエリシア。こちとら寝起きなんだぞ」

 

「あら、申し訳ありません。ですがアスティア班長とのこれは喧嘩とかそういうアレではなく、じゃれ合いみたいなものでして……」

 

「知ってる。それとアスティア、怪我人の近くでショットガン(そんなもん)ぶっ放すんじゃねぇ。幾ら散弾じゃなくて穿通型徹甲単弾(デルトルバレッド)だからって危ねぇモンは危ねぇんだぞ馬鹿」

 

「大丈夫よ。私がそこら辺の力加減を間違えると思って?」

 

「ショットガン二丁流の力加減って何なんだよ撃つか撃たねぇかの二択しかねぇじゃん」

 

 ともあれ、得物を収めた二人を見て、生を悲観していた男二人もスクッと立ち上がる。

 それでも僅かに戦々恐々とした表情を残している辺り、やはり今でも相当アスティア(この女)は恐れられているらしい。

 猟兵団《マーナガルム》が誇る強襲部隊《二番隊(ツヴァイト)》のNo.2とNo.3すらも恐れ慄く。それだけではない。たとえ団長であろうとも、平時であれば彼女の仕事場(聖域)を荒す事は許されていない。

 

 クルクルと、慣れたようにかなりの重量がある二丁のショットガンを回して(すさ)びながらデスクに戻るアスティア。

 常識的な観点から見れば、何でそんなものを医療関係者の詰所に常備してあるんだと思われるだろうが、後方支援部隊だからと油断しているとどこかしらか火器が飛んで来るのがこの猟兵団である。

 「守られるだけ」の団員はただの一人も存在しない。たとえ艦内に侵入者が来たのだとしても、撃退もしくは時間稼ぎが出来る程度には戦力と戦備が常に整っているのだ。

 

 とはいえ、それでもゴリゴリの戦闘員である筈の大の男二人が(形式上)非戦闘員である筈の女性一人に対してビビり倒しているのは異様な光景ではあるのだが。

 

「あーヤバかった。マジで心臓止まるかと思ったぜ……。よっ、大将。この前ヘイムダルに行った時はタッチの差で会えなかったが、思ったより元気そうだな」

 

「死ぬかと思った……。あ、無事で何よりっす、大将。ツバキ姐さんも心配してたっすよ」

 

 レイが《結社》時代、この猟兵団を預かった時から在籍していた古株の団員にして《二番隊(ツヴァイト)》の副長を務める屋台骨、アレクサンドロス。

 若輩の身ながら立派に隊長格の一人を務める、《二番隊(ツヴァイト)》副長補佐のライアス・N・スワンチカ。

 

 同隊の隊長であるエリシアに完全に尻に敷かれている身だが、それでも彼女が信頼する二人には変わらない。

 だからこそ、二人の隊服から僅かに香る硝煙の臭いが何を指し示すのか、レイにはすぐに理解できた。

 

「……小競り合いがあったのか」

 

「あー……まぁな。貴族連合側が雇った大小色んな猟兵団がそこら辺ウロチョロしていやがる。《フェンリスヴォルフ》の場所を悟らせないように適当な所でド突いてんのさ」

 

「それなりに鼻が利くA級猟兵団もチラホラいるっすからね。領邦軍の方は大半が練度も低い雑魚っすけど、ラマールの精鋭たちはかなり鍛えられてるみたいっす」

 

「あの辺りは《黄金の羅刹》が直々に鍛え上げた部隊ですからね。それには少し及ばないまでも、ウィトゲンシュタイン伯爵が率いる軍もそれなりに厄介ですか」

 

「南と東は、目立った所がないってか」

 

「ハイアームズ侯爵は四大貴族の中では穏健派ですし、(アルバレア公爵)の方は単に統率が取れてませんね。そこを考慮すると、粒が揃ってる西(カイエン公爵)と、全体的に練度が高い(ログナー侯爵)はなるべく交戦を避けたいところではあります」

 

「でも東から北にかけて《ニーズヘッグ》と《北の猟兵》の目撃情報がある。つまりはどこもかしこも火薬庫さ」

 

「こりゃあ盛大に燃えちまいそうっすねぇ」

 

 国内の軍隊同士だけではなく、外部の猟兵傭兵まで抱き込んでの大乱戦。内乱の規模としてはかなり大きい方だろう。

 地獄を見るのは大陸横断鉄道が通っている沿線上の街や村。どれだけのものが奪われ、失われ、貶められるのだろうか。

 

 どちらが勝とうか負けようが、どの道彼らは辛い思いをするのだ。レイとしては、明るい顔が出来るわけもない。

 だが、戦争とはそういうものだ。個人がどれほど厭おうとも、人間が人間である限りは決してこの世から根絶されない負の側面だ。

 そもそもな話、レイ自身が今まで散々人を殺し、その組織から逃げ出した後も猟兵団との関わりを断てなかった人間だ。どんなに戦争を嫌ったところで、否定する権利など欠片もありはしない。

 そんな事をしてしまえば、自分だけでなく、今まで戦場で生き抜いてきた《マーナガルム》の面々も侮辱する事になってしまうのだ。

 

「……《二番隊(ツヴァイト)》が周辺区域の索敵をやってるって事は、《三番隊(ドリッド)》はもっと遠くに行ってるのか?」

 

 本来、アリシアが部隊長を務める《二番隊(ツヴァイト)》は、前線に真っ先に飛び込んで行く強襲部隊。本来、戦闘状態に入る前の斥候等は、遊撃部隊である《三番隊(ドリッド)》の役割である。

 ならば、と訊いてみたところ、アリシアは黙って頷いた。

 

「ローグ隊長たちは出来る限り帝都の方へ近づいて様子を探っているようです。……とはいえ、今の段階ではあまり情報は得られていないようですが」

 

「帝都には《月影》の一人も潜ってるようだが、外部への情報がほぼ断たれているからまだ時間は掛かりそうだな」

 

 こればかりは焦ったところでどうにかなるわけでもなく、寧ろ焦れば事を仕損じる可能性が高くなる。そして仕損じれば、全ての計画が狂う事にも繋がるだろう。

 まぁ、その道に於いてプロである彼らが慎重を期さざるを得ない程に難しい状況であるならば、外野がとやかく言うのは筋違いというものである。

 

「まぁ、大将は今は完治させる事に全力を注いでくれや。それまでは俺らが出来る事をやっとくからよ」

 

「団長も、雰囲気はいつもと変わらなかったっすけど、大将が生きててほっとしてたと思うんすよ。……あ、これオフレコでお願いします。バレたら殺されかねないので」

 

「ではレイ様のリハビリは私が。今からスケジュールを練らせていただきますね」

 

 あまり考えすぎないように気遣ってくれる三人の気持ちが、今のレイには心地が良かった。

 思えば、《結社》に属していた頃、辛い事があった後は大体この団に来ていた。妹分(レン)には格好悪いところを見せたくなく、師匠(カグヤ)に至っては論外だ。本当に深刻な時はシャロンや兄貴分(アスラ)の所に行っていたが、大半はこの猟兵団の拠点で気の合う面々と馬鹿な事をやっていたと思う。

 

「また暫く世話になるよ」

 

 《結社》を抜けた時は、まさか自分がこの言葉を言う事になるとは思わなかっただろう。

 義姉が生きていたら何と言っただろうか、などと意味のない事を思っていると、不意にライアスが口を開いた。

 

「そういや大将、クロスベル方面も今エラい事になってるみたいっすけど、大丈夫っすか? トールズ卒業したらまたアッチ(遊撃士協会クロスベル支部)に戻るんでしょう?」

 

 ライアスからすれば、それも他愛のない雑談の一つだったのだろう。

 クロスベル支部という所が業務上相当ギリギリだという事は聞いていたし、アリオス・マクレインが遊撃士協会に辞表を提出したという話も耳にしていた。

 だからこそ、なんだかんだで面倒見が良いレイならば、色々な事が終わった暁にはまた元の職場に戻るのだろうと、そう確信した上でライアスは言ったのだ。―――だが。

 

「あー……」

 

 レイは、呆けたような表情を一瞬だけ見せた。

 それだけで、ライアスを含めてその場にいた全員が悟った。この話題は、軽々しく触れて良いものではなかったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

「遊撃士は、もうとっくに辞めたよ。トールズを卒業したら、俺は無職になり果てるって訳だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




■今回の登場人物

□アスティア
【挿絵表示】

 猟兵団《マーナガルム》の後方支援部隊《五番隊(フュンフト)》、その一つである《医療班》の班長を務める女性。

□エリシア 
【挿絵表示】

 猟兵団《マーナガルム》の強襲部隊《二番隊(ツヴァイト)》の隊長。

□アレクサンドロス 
【挿絵表示】

 猟兵団《マーナガルム》の強襲部隊《二番隊(ツヴァイト)》の副長。

□ライアス・N・スワンチカ 
【挿絵表示】

 猟兵団《マーナガルム》の強襲部隊《二番隊(ツヴァイト)》の副長補佐。

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