英雄伝説 天の軌跡Ⅱ   作:十三

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■設定⑮【侍従隊(ヴェヒタランテ)】
 結社《身喰らう蛇》にて、盟主自らが創り出した神造兵装。《侍従長(セフィラウス)》ことリンデンバウムを長とした、総勢11体の最終戦力。それぞれが突出して秀でた能力を持ち、たとえ《使徒》であってもその全貌を理解しているものは少ない。現在この部隊の全てを知るのは、盟主と第一使徒、そしてカンパネルラのみである。

■設定⑯【フリージア】
 《侍従隊》に属する神造兵器の一体であり、《天翼》の異名を冠する破壊狂(デモリッションモンガー)。常に小馬鹿にしたような態度を取り、人間を劣等種と呼んで蔑む。故に彼女は一々個々を区別することは無く、彼女に名を覚えて貰っている存在の方が少ない。《アマギ殲滅作戦》においては最後の”総仕上げ”をした存在であり、その時からレイに興味を抱いている様子。

■設定⑰【天撃(アルス・ノヴァ)】
 フリージアが使用する必殺技。正式名称、『神装侍従発令・対文明殲撃機能Ⅲ型《天撃(アルス・ノヴァ)》』。
 彼女が通常兵装として扱う光槍を限界ギリギリまで圧縮して放つそれは、本気の全力で放てば一撃で帝都を灰燼に変えられるというとんでもない破壊力を有する。しかも連射が可能。




作戦名:ナハト・オイレ作戦 後篇

 

 

 

 

 

 

 エレボニア帝国はその国の性質上、質の高い武人を輩出しやすい傾向にある。

 

 貴族の間には「帝国貴族たるもの強く在るべし」との風潮が長らく続いており、貴族の男子に生まれた者は宮廷剣術を始めとした武術を修める事が習わしとなっている。

 また、貴族でなくとも「帝国男子たる者」という言葉が示す通り、文武を問わず精進を重ねる事が素晴らしい事であるという暗黙の空気が広まっていた。

 無論、多様性が広まった現在に於いてはその風潮を「古臭い」と断じる者も少なからずいるが、それでも帝国で武が尊ばれているという国風は変わらなかった。

 

 約250年前の《獅子戦役》。混乱を極めたその時代。1000年の歴史を誇るエレボニアの歴史の中でも、特に綺羅星のような武人たちが互いに血を流した時代。

 《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットを始めとして、ドライケルスの朋友たるノルドの《十六勇士》。最期まで彼と共に在った《輝双剣》ロラン・ヴァンダール。そんな彼らの前に立ち塞がった勇猛果敢な武人達。

 多くの”達人”達が最も煌めき、そして散っていった最大規模の内戦。当時を知るレイの師である《爍刃》カグヤは当時を思い返しては口角を釣り上げる。「あの戦は良かった」と。

 

 その時代と比べれば、現在の武の価値は劣化している。その点は否めない。

 導力革命が起こり、戦場は銃を扱っての戦法が主力となった。生半可な実力の武人では、その銃弾の雨霰に耐えうることができない。古臭い戦い方は時間の流れと共に淘汰され、人々はより効率よく同種を駆逐する事に専念し始める。全ての兵士に平等に殺戮の権限を与え、殺意を具現化する方法を与えた。その結果、個々の武力に頼らない戦場へと変わっていった。

 

 しかしそれは、武人の時代の終わりを告げたわけではない。

 寧ろより洗練されていった。銃弾飛び交う戦場を笑いながら駆け回る者が生まれ、戦車や装甲車を魔力と膂力だけで叩き斬る化け物が蹂躙した。

 逆風の時代に呑まれ、揉まれながら、それでもなお研磨され続けた。古くからある流派は伝統と共に進化し、新たに生まれた軍隊武術は経験を吸い上げて昇華していく。

 

 その辿り着いた先。現在のエレボニア帝国には《四剣豪》と呼ばれる四名の”達人”が頂点として君臨していた。その称号は国から正式に与えられたものではなく、また当人たちもそれをひけらかす事が無い為に表立って呼ばれるようなことは無いが、それでも帝国に数多居る武人の頂点にこの四人が在る事は周知の事実であった。

 

 導力革命以前の帝国軍にて、敵からも味方からも魔王の如く恐れられた、《百式軍刀術》の達人にして中興の祖。《轟雷》ヴァンダイク。

 《槍の聖女》に仕えた副官の末裔にして、《アルゼイド流》歴代最強の総師範。《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド。

 帝国二大流派である《ヴァンダール流》の総師範であり、帝国でも指折りの豪傑将軍。《雷神》マテウス・ヴァンダール。

 

 そして、皇室最後の盾と称される絶対的守護神。帝国で最も秘匿された流派の伝承者。《煉騎士》ガラディエール・ヴラウ・ウィトゲンシュタイン。

 

 

 昨今に於いては《黄金の羅刹》や《黒旋風》などを筆頭に若い実力者たちも増えているが、それでもこの四名の実力は未だ桁違い。

 上を目指す全ての武人が目的地とする極致に至った者達。武力のみならず、”理”に至った彼らは皆、程度や方向性の違いこそあれ帝国の未来を案じていた。

 ヴァンダイクは教育者として若き獅子達を育てる事に尽力し、ヴィクターとマテウスは門下の者や指南をした者達を正しく導かんと奔走した。

 

 そして、彼は―――。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 戦闘時間は5分。そうレイは己に言い聞かせた。

 天才導力ネットワーク科学者たるメルドが即興で作り上げた対ネットワーク管制システムウイルスの効果持続時間は最大30分。離宮スタッフの練度の高さを鑑みれば、システムが解除されるまで約15分。

 現在、セドリックと合流して総停電が起きてから、体感時間で8分といったところ。脱出の手間も考えれば、戦闘時間はその程度が妥当だ。

 だが、目の前の存在を相手にその誓約が通用するかといえば、甚だ疑問だと言わざるを得ない。

 

 とはいえ、今は互いに相手の姿すら見えない状況だ。

 ガラディエールは元より、レイも装着していた暗視スコープのスイッチを切っている。月明かりすらない完全な闇の中で達人同士が相対するというのは、ある意味で狂気の沙汰だ。

 曰く、人間は視界から取り入れる情報が全体の90%を占めるという。その情報源を自ら閉ざす事で、他の感覚器官を敏感に研ぎ澄ましていく。

 言葉にすると簡単だが、実践するのは至難の業だ。慣れてくれば暗闇の中を恐る恐る歩くことくらいは可能だろうが、その状態で音を置き去りにする程の高速戦闘を行うなど正気の人間がやる事ではない。

 

 だが、彼らはそれを()()

 視覚を自ら封じ、主に聴覚を自己強化する。移動の際の靴音は元より、服が擦れる音、果ては直前の音から次の行動を()()()()

 普通に考えれば視覚に勝る情報源などない。だが、この状況下では話は別だ。レイは暗視スコープを装着していたが、スコープ越しの視覚情報は僅かながら朧気だ。格上の達人と戦う際には、そういった僅かな視認誤差が致命傷になる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。極端な考えだが、そこまで尖らせなければ戦えないとレイは判断したのだ。

 

 

 とはいえ、レイも暗闇での戦闘が初めてというわけではない。《結社》の修行時代、ただでさえ視界が悪い夏の山中の、更に星の灯りすら届かない曇天の真夜中に師から死ぬほど稽古を付けられた。

 あの時の恐怖は今でも身に刻み込まれている。それを知っているからこそ、今ここで自ら視界を手放す事に躊躇いは無かった。

 

 

 横薙ぎに振るわれた大剣を、空気の揺らぎを感知して躱す。

 大振りな得物とは思えない攻撃速度。1を数える間に数撃は確実に叩き込んでくる。それ程の連撃が大質量を伴うのだから、触れることそのものが致命傷にもなる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。仮にも帝国最強の一角を担う武人が、それだけである筈がない。

 

 

 《八洲天刃流》―――【剛の型・散華(さんげ)

 

 目にも止まらぬ斬撃の雨。隻腕での抜刀術は、しかし嘗てのそれと同じ速度にまで戻っている。

 当然の事だった。地獄に足を踏み入れようという時に、以前より劣った状態で挑む馬鹿が何処にいる。

 腕一本分の肉と骨と血液。それらを失ったことで得られた体重の軽減をレイは敢えて良い方向に考えた。体重が軽くなれば攻撃も軽くなる事は武術の教えの間では常識だが、達人クラスともなればその弱点を氣力の循環と操作でカバーする。そうでなければ、僅か10歳という年齢で”達人級”などという領域には至れない。

 だが、デメリットが一切なかったかといえば、無論そんなことは無い。

 

 当たり前の事だが、人間の身体は四肢の全てが揃っているという事を絶対的な前提条件として活動しているのだ。その内の一つが欠けた時点で、当分は身体に異常をきたす事を念頭に置いてリハビリを行わなくてはいけない。

 だがレイは、超人的な生命力と氣の操作でその全てを()()()()()()。それが罷り通るほどの異常性が”達人級”の人間にはあるし、事実レイは今、表立った症状を一切抱えていない。

 しかしそれでも、()()()()()()()()()()()()というものは存在するのである。それを一切表情に出さない辺り、レイの矜持と我慢強さが見て取れた。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

幻肢痛(ファントムペイン)っていう症状があるのよ」

 

 レイが動けるようになって模擬戦を繰り返していた時、《マーナガルム》の《医療班》トップであるアスティアは、好みである泥のように濃いコーヒーを啜りながらそう説明した。

 

「仕組みとしては単純でね。事故とかで四肢を失った人が、失った筈の手足にあるはずのない痛みを覚えるの」

 

 エリシアらと続けて模擬戦を行っている最中、レイは何度も左腕部分に激痛を覚えていた。既に失われたはずの左腕。まるでそれが捩じ切られたかのような痛みが、戦っている最中絶え間なく続いていた。

 しかし何分病み上がりである。()()()()()()()()()などと思っていたのだが、見かねたアスティアによって一時期だけ医務室に連行されていた。

 

「原因は何なんだ?」

 

「まぁ、突発的に手足を失ったという事実に脳が気付いていないって事ね。そこにまだ肉体が”有る”と認識していて、でも実際には身体の構成図は書き変わってるから、そこに齟齬が発生する。その取り違えが神経腫異常インパルスや神経細胞の易興奮性を引き起こして発症する()()()わ」

 

「『人間は死んでなきゃとりあえず治せる』が信条のお前にしちゃ随分と曖昧な理解じゃねぇか」

 

「医学界の進歩って言うのは脳の領域になるとどうにも遅くなるのよ。この幻肢痛のメカニズムを解明したのもレミフェリアの脳医学の権威って呼ばれている教授なのだけれど、あまり踏み込み過ぎると煩く口を出してくる連中がいるのよね」

 

「……七耀教会か」

 

「正解」

 

 人間の脳というものは、言うまでもなく全身で最も多くの情報を処理している器官である。故に古くから脳は人間が解明し尽くしてはならない”神の領域”とされ、深い研究がタブーとされている。

 大陸随一の医療先進国であるレミフェリア公国は、しかし七耀教会からの支援を強く受けている国家でもある。支援者(パトロン)の意向には首を縦に振るわなければならないのは、どの業界でも同じことだ。

 

「まぁとはいえ? これは時間が経てばいずれは解消される症状ではあるし、そもそも貴方たち”達人級”の武人なんて大抵の痛みには耐えられるでしょう? 幻肢痛の症状は慢性疼痛の中でもかなり重症度が高いものだし、基本的に鎮痛剤の投与も無意味だけど、()()()()()()()()()()()()()なら気にせず過ごせるはずだし」

 

「お前、根本的に達人(俺達)を誤解してねぇか?」

 

「妥当な評価だと思うけれど? 影響が出るとしても多少の不眠とかその程度でしょうし、貴方の師匠のシゴキと比べたらどちらが楽かしら」

 

「世界一無駄な質問だ」

 

「だから、まぁ。本題はここからなのよねぇ」

 

 コト、とマグカップを置く。瞳の奥の色が、細く鋭いそれに変わった。

 

「レイ君、貴方、左腕を失った経緯を忘れてはいないわね?」

 

「【代償奉納】だ。忘れるわけがねぇよ」

 

 《天翼(フリージア)》の必殺技、《天撃(アルス・ノヴァ)》を止めるためにレイが発動させた《天道流》呪術の神性封印術。その終局術式【天道封呪・四神】。

 四つのプロセスを経る事で魔王級の特級神性すら封印させることができる究極術式だが、その一つ一つの術を発動させるために、莫大な量の呪力を必要とする。本来は優秀な呪術師が命の危機に瀕する限界まで呪力を搾り取って成功するか否かというレベルのものだ。

 レイはそんな術を、特注ARCUS(アークス)の補助有りとはいえ、三つ同時に発動させた。必然的に呪力不足を引き起こし、発動キャンセルの瀬戸際にまで追い込まれた。

 

 そこでレイが下した決断が、【代償奉納】。

 倫理観に抵触しまくりの《天道流》呪術の中でも、特に禁術指定されているそれは、術者自身の”何か”を代償に捧げる事で不足分の呪力に変換するというもの。

 ただし、何を代償に捧げるかを術者自身が指定できず、最悪の場合その時点で命を落とす危険性がある。レイはその時、代償として左腕一本を持って行かれたのだ。

 

「【代償奉納】の仕組みは私も知っているわ。《結社》に居た時の《アマギ殲滅作戦》に同行した時に里の研究施設の資料をアズラ班長と一緒に興味本位で読み漁ったもの。……肝心なのはそのプロセスなんだけど」

 

 大陸東部のとある峡谷地帯に存在していた、レイの母であるサクヤの故郷でもある里。遥か昔に極東の島国を追放された呪術師一族が作り上げたそこは、とある理由により《結社》の標的となり、6年前に徹底的に滅ぼされた。

 《執行者》やその関係者の間では《アマギ殲滅作戦》と呼ばれたそれは、《使徒》や《侍従隊(ヴェヒタランテ)》らの間ではまた”別名”で呼ばれているのだが、それはまた別の話。

 そしてその作戦に、《マーナガルム》の前身となる強化猟兵中隊の医療スタッフとして参加していたアスティアは、その際にアマギ一族が手掛けていた禁術の内容を知ったのだ。

 

「元々どう足掻いても不足する呪力を自己の”ナニか”を犠牲にして補うのだから、失った部分には強い呪力を帯びるのよ。それもかなり()()なモノがね」

 

「悪性、ねぇ」

 

「元々あの狂った一族が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()禁じられたって事は、それに相応しい理由があるって事」

 

 するとアスティアは、傍らに備えていたサンプリングケースから、一つの細長い瓶容器を取り出す。

 その中に収められていたのは、赤黒い液体。それは傍目からでも、悪性の何かが含まれているような気配を感じさせた。

 

「コレ、君の左肩付近から採血した血よ」

 

「……」

 

「実際この血、それなりの呪力汚染を受けているのよね。まぁ君自身の耐呪耐性が高いせいで普段は全く問題はないのだけど」

 

 呪力汚染というのは、言葉の通り悪性の呪力による体内組織の汚染現象の事である。

 普段レイや他の呪術師の体内を巡る呪力は悪性を帯びていない、体組織に溶け込むモノであるが、強力すぎる呪術や、禁術と呼ばれる”魂を侵す”技を使用した際には、その体内呪力は一気に悪性へと傾く。

 これは魔力でも同様の現象が確認されており、呪力に限った話ではないのだが、呪術は魔法よりも魂の真髄に近しい術だと言われている分、汚染の深度は身体の不調に直結していく。

 

「ただそれでも、戦闘とかで昂揚した場合は話が別。感情の昂ぶりと共に呪力は励起していくから、悪性呪力の励起による幻痛は、従来の幻肢痛の比ではないわ。君が一合打ち合うだけでも、常人なら失神しかねない程の激痛が走るでしょう」

 

 症状を告げるその声に、悲壮感は欠片も籠っていない。

 どうにもならない、と諦めているわけではない。むしろその逆である。

 

「まぁそんな状態で戦闘行為を行おうなんて言うなら頭おかしいわね。……で? どうするの?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もはや食い気味に、レイは言葉を挟んだ。

 

「頭おかしいなんて達人(俺ら)にとっちゃ誉め言葉だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 激痛程度で止まれるような精神であるならば、とうの昔に諦めているか死んでいる。立ち止まって振り向く事はあっても、引き返す事は許されない。それがレイ・クレイドルの生き方であるからだ。

 呪い上等。そんなものはとうの昔に背負い込み過ぎている。《結社》時代から一体、どれほどの怨嗟と憎悪を受け止めてきたのやら。

 実際に、《アマギ殲滅作戦》の前線で戦っていた時は、少なからずの呪詛を受けていた。確かにそれは1000年に渡る怨讐が積み上げたに相応しい悍ましさはあったが、結果的に彼の足を止めるには至らなかった。

 で、あるならば、今のこの状況はその時に比べれば軽微だ。禁術を発動させたのも、左腕を失ったのも自業自得。故に、()()()()で泣き言など言ってはいられない。

 

「体力を戻す過程で痛みに体を慣らす。その後エリシア達と戦いながら感覚を取り戻していく。なぁに、あるのは痛みだけなんだろ? 失血死を考えなくていい分むしろ楽だ」

 

「簡単に言うわね。……とはいえ、流石に君といえど影響をゼロにする事は出来ないわ」

 

 精神的な面では、我慢強さという点であれば確かに激痛を無視する程度の事は可能だろう。ただ、事はそう簡単な事ではなかった。

 

「君ならば隻腕のハンデも、幻肢痛の激痛も飛ばす事が出来るでしょうけれど、肉体と密接に関わっている呪力の楔は抜けきらない。戦闘時間―――極度の昂揚状態が長時間続けば、それに比例して激痛の度合いは増していく。次第に幻痛である筈のそれが君の神経帯すら犯して、壊していく。最悪指一本すら動かせなくなるわ」

 

 つまるところレイはこれから、隻腕状態であるが故の戦闘技能の低下、悪性呪力が引き起こす特異幻肢痛の絶え間ない激痛、そして身体機能停止の可能性―――それら全てを克服しながら戦っていかねばならないのだ。

 ハンデどころの騒ぎではない。これらを抱えながら”達人級”らと渡り合わなければならないなど、苦難を通り越して馬鹿の所業だ。

 

「……こちらとしても君のその状態をただ放っておくわけにはいかないわ。既に《整備・開発班(ラボラトリ)》のアズラ班長を中心に君専用の特殊義手を作成中よ。流石に今すぐにとはいかないでしょうけれど、それまでは何とか持ちこたえて頂戴」

 

「爺さん直々の作品か。そいつは期待が持てそうだ。義手技術なんて、軍事大国のエレボニアですらまだ発展途上だってのによ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、それこそ表の世界では向こう数十年は開発できないでしょうね。神経接続型義手というだけでもRF社で現在開発段階。そこをすっ飛ばして達人の反応速度に合わせられる代物を作ろうとするなんて、流石は爺様と言ったところだわ」

 

 とはいえ、とアスティアは話を区切る。

 

 

「最上級の達人と相対する時が会ったら特に注意なさい。0.001秒の判断力が差を分けるような超高速戦闘において、幻肢痛が引き起こすラグはあまりにも重い。―――ま、私が言わなくてもその程度の事は分かっているでしょうけどね」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 一つ、息を吐く。

 

 その数瞬の間すら待たず、剣閃が首を薙ぎに来る。戦闘状態に入ってから約1分、ある筈のない左腕がまるで存在を主張するかのように激痛を全身に走らせる。

 だが、それらを完全に意識の外に飛ばす。痛覚だけを麻痺させる処置というのは可能と言えば可能なのだが、真っ当な達人連中はその処置を行わない。

 何故ならば痛覚とはアンテナなのだ。自分が今何を為し、何を受けたのか。それが一切理解できないというのは、例えるなら水の塊を相手に永遠に修練しているようなもの。何も掴めないし、何も成長できない。

 一般人からしたら狂気の沙汰だろうが、達人というのは多かれ少なかれそういうものだ。痛みが無ければ何も為せないという共通認識がある。

 

 故にレイも、激痛を意図的に散らす事はしても、無い事にしようとは思わない。

 それが例え、互いに身体の輪郭すら見えない暗闇の中で行われる死合いであろうともだ。張り詰めた神経が僅かな音と気配を拾い、限定的な未来予知のような反応を可能にする。

 大振りな攻撃は許されない。相手もそれが分かっているから、速さを基調とした技を的確に繰り出してくる。

 

 流石、という言葉を漏らしかける。姿は見えないがその行動すべてに隙が無い。まぁ意図的でもない限り隙など作らないのが達人というものだが、この男のそれは別次元だ。

 まるで超巨大な鉄鉱石に眼前を圧迫されているかのような堅牢さがある。それこそが《煉騎士》ガラディエール・ヴラウ・ウィトゲンシュタインが最も得意とする戦闘。

 

 エレボニアには表立って、二大流派と呼ばれる武術の名門が存在する。《アルゼイド流》と《ヴァンダール流》だ。

 どちらも領邦軍、正規軍問わず修めている者が多く、武に関わった者が少なからず憧れる流派である。だがそんな者達でも知り得ぬ()()()()()があった。

 

 それは代々、《皇室近衛隊》の精鋭に選ばれた者しか修める事を許されない高貴な撃。ただひたすらに守護を突き詰めた武は、それだけで武人を攻略不可能な牙城と変貌させる。

 《フレイスヴェルグ流》―――そう呼ばれる、流出厳禁の武術流派。

 秘匿された流派と戦う機会があったというのは、一武人としては心躍るものがあるが、こんな状況では流石にそんな余裕もない。

 

 不幸中の幸いと言えるのは、この戦いが突破戦ではなく殿戦であるという事だろうか。

 現時点で、癪な事にレイはガラディエールを突破する策を見出せていなかった。今この場に於いてその策は意味を為さないと知っていてもなお、憤慨ものであった。

 「勝てないという事を認める」。それは武人にとって何よりの屈辱。己の武を限りなく究極に近づけた”達人級”であれば殊更だ。

 

 だが、それは個人の因縁。言ってしまえば我儘でしかない。

 現在優先すべきは任務の達成。セドリックらが無事に離宮を脱出するまでの時間稼ぎだ。

 欲を出してはならない。我を出してはならない。たとえ―――

 

 

「ふむ、若輩か。つまらぬ剣を振るうものよ」

 

 

 たとえ、安い挑発をされたとしてもだ。

 

「…………」

 

 去なし、弾き、また去なし、弾く。

 そこに必要以上の熱は込めない。”勝つ”事が前提条件でないのならば、凌ぎきる事だけに集中力を注ぎ込むのが最も正しい。

 

「貴様も一端の達人と見た。だというのにまるで柳の剣よ。覇気が感じられぬわ」

 

 それはそうだろう、とレイは心の中で自虐気味に笑う。本来であれば皮肉気味な一言でも投げかけてやりたいところだが、今作戦においてそれはご法度。

 ―――ピキリ、と頭の中で極小の火花が散った。

 

「貴様の師は柔な剣を仕込んだものよ」

 

 師を馬鹿にされる。―――それ自体に怒りを募らせることは無い。どうせ馬鹿にされたところであの人は呵々と笑うだけだ。まぁその後できっちりと報復はするだろうが。

 カグヤという超常の存在の強さは十二分に理解している。未だ自分がその域に達していないという事も。であれば、その言葉は全て自分に向けられたものだと言える。

 

 

「……いい加減そこを通してもらうぞ、小僧」

 

 轟、と大剣が唸りを上げる。

 それは死を思わせるには充分な破壊力を伴っていたが、レイはその一閃を身を翻して直前で躱した。

 

 《八洲天刃流》―――【静の型・輪廻(りんね)

 

 視覚に頼らない、聴覚と直感だけでの回避行動。普通であればここから相手の背後を取って仕留めに掛かるのだが、今回は違う。

 距離を取り、仕切り直し。……つまらない戦いをしているという自覚はあった。

 

 本当であれば、心行くまで立ち会ってみたい。無関係な人間を巻き込む戦争は心の底から嫌いなレイだが、武人として己より強き者と立ち会える機会を喜ぶ人間でもあった。

 この牙城の剣術を突き崩す方法を斬り合いの中で模索するのはどれほど楽しいだろう。帝国で最も秘匿されたその技の対策をその場で生み出す瞬間は、きっと素晴らしいに違いない。

 ……そんな欲望を、強くなってきた幻肢痛が消し去っていく。

 

「(さて……)」

 

 ()()()()()、と。

 息を一つ深く吐いてから長刀の柄を握り直す。そろそろ地下から戻ったライアスがセドリックらと合流し、”ポイント”に辿り着いている頃合いだろう。

 近衛隊の練度は高い。すんなり上手く行くわけはないだろうが、まぁ修羅場を潜り抜けるのは《二番隊(ツヴァイト)》の十八番のようなものだ。それすら凌ぐようであっても、ツバキがいる。

 防戦と騙くらかしに於いて、彼女は《マーナガルム》の中で最も長けた存在と言っても過言ではない。当人は斬った張ったの立ち合いは苦手だと言っているが、苦手なだけで出来ないわけではない。()()()を鑑みれば、此処まで作戦を詰めれば何とかするはずだ。

 であれば、後は自分が上手く脱出するだけである。ここでまかり間違って捕虜にでもなろうものならば、それこそ目も当てられない。

 

 しかし、引っ掛かる所はあった。

 ガラディエールは確かに忠義の騎士だ。元より皇族を護るためならば鴻毛(こうもう)よりも軽く命を捨てられる面々。その長ともなればその気概も人一倍だろう。

 帝国の次期皇帝。彼にとっては、皇帝陛下の次に、何としても守り切らねばならない存在だ。であるならば、このような挑発じみた問答をする意味も、どこか探るような剣筋で来る意味も無い。

 

「(あぁ、クソ。そういう事か)」

 

 レイは、その違和感が指す意味を理解した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と苦虫を嚙み潰したような表情を一瞬浮かべ、そして右足を一歩後ろに下げる。

 

 《八洲天刃流》―――【剛の型・常夜祓(とこよばらい)

 

 氣力を練り込んだ、紫色の可視化された斬閃。廊下の横幅ギリギリの範囲で放たれたそれを、ガラディエールは大剣で弾き消した。

 だが、足を止める事は出来た。この状態で逃げに徹すれば、何とかなる。―――そう思っていた。

 

 

「小癪‼」

 

 ”塊”が飛んできた。

 一瞬の足止めなど意味がないと言わんばかりに、半身になったガラディエールがその巨躯に似合わぬ速さで距離を詰めてきた。

 大質量の吶喊。意表を突かれたレイは、しかし呆けたのは一瞬。すぐに顔を伏せ、対応を練り上げる。

 

 《フレイスヴェルグ流》―――《鉄砕閃》

 

 《八洲天刃流》―――【静の型・桜威(さくらおどし)

 

 近距離から放たれた、飛空戦艦すら叩き斬ってしまいそうな威力の一撃を()なしに掛かる。

 避けたところで余波を喰らうと判断してのその選択だったが、その剣技の出力が思った以上に高かった。

 結果、綺麗に吹っ飛ばされた。出血を伴う傷こそないものの、技の圧力で肋骨が軋む音はした。だが、()()()()で済んだのなら御の字だ。無い筈の左腕から齎される激痛よりも遥かにマシである。

 

 《天道流》―――【幻呪・洸爛(こうらん)

 

 黒外套の下で戦術オーブメントを駆動させ、呪術を発動させる。

 術自体は至極単純だ。大仰な名を付けてはいるが、言ってしまえばただの目くらまし。瞬間的な閃光を生み出す、ただそれだけのもの。

 だが、これまでほぼ完全な闇の中で戦闘を行っていた者に対しては、これは特攻とも言える程の威力を発揮する。

 

「っ⁉」

 

 視界が焼かれる―――その危険性を瞬時に理解したガラディエールは反射的に両目を閉じた。

 だが、そうなってしまえばもう終わりである。レイは即座に踵を返し、【瞬刻】を以て窓に近づき、そしてそのスピードを保ったまま突き破った。

 

「……ノルドで列車から落ちた時の事を思い出すな」

 

 あの時は割と絶体絶命の状況だったが、今回は違う。

 自由落下の浮遊感を味わっていたのは数秒だけ。すぐに、自分のそれよりも太くがっしりと筋肉のついた腕に抱きかかえられた。

 

「無事っすか、大将」

 

「想像よりかなり強かったわあのオッサン。……ツバキ、全速力で離れろ。何してくるか分かったモンじゃないぞ」

 

「了解です兄上。殿下もクルト君も、しっかりと捕まっていて下さいね」

 

 レイたちが乗っていたのは、大型鳥の形を模した式神の上。ライアスと合流してカレル離宮の屋上まで行ったツバキは、高度を確保するためにそこから飛び、その途中でレイを拾ったのだ。

 既に眼下の離宮内ではあちらこちらで大騒ぎになっている。《皇室近衛隊》のみならず、近場に展開していた領邦軍までもが臨戦態勢に入っていた。

 しかし、皇子殿下が乗っているかもしれない飛行物体に発砲する事は出来ないのか、こちらを睨みつけるばかり。それでも、帝都一帯は既に索敵範囲内だろう。

 

「中型飛空艇でも出されると面倒だな。ツバキ、速度は出せるか?」

 

「お任せを。……しかしクルト君はともかく、殿下は少し心配ですね。僕の呪力の大半を()()()ぶっ飛ばしますので、時速3000セルジュくらいは御覚悟を」

 

「じ、時速3000セルジュ⁉」

 

「相当体に負荷がかかるだろうな。セドリック、クルト、すまんがちょっと寝ててくれ」

 

 そう言ってレイは、潜入作戦で使わなかった催眠呪符を二人の額に張り付けた。

 

「ぁ……ぅ……」

 

「殿……下」

 

 すぐに意識を失い、グッタリと項垂れる二人。セドリックをレイが、クルトをライアスが小脇に抱え、ツバキが張った防風結界の中で姿勢を整える。

 

「さて、頼むぜツバキ。思いっきりカッ飛ばしてやんな」

 

「承知致しました。目的地は西部エイボン丘陵東端。振り落とされないよう、ご注意を‼」

 

 瞬間的に呪力を纏い、加速する式神。全身に重力加速度を浴びながら、しかしレイとライアスはひとまずの作戦の成功に安堵の息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




■《整備・開発班(ラボラトリ)》メルド イラスト

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