英雄伝説 天の軌跡Ⅱ   作:十三

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■設定⑳【カーティス・クラウン】
 エレボニア東部クロイツェン州に領地を持つクラウン伯爵家。その若き当主。
 眉目秀麗頭脳明晰、おまけに領民に対して善政を敷くなど、凡そ良い貴族の鑑のような人物であり、ルーファス・アルバレア共々若い女性からの人気も非常に高い。
 ラウラに対して執着心を示しており、事あるごとに交際を申し込んでいるが、当人からは半ば厄介者扱いされている。
 ルーファスとは幼馴染の関係でもあり、昔から大人相手に思考を巡らせた悪巧みをして遊んでいた。

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■設定21【スフィータ】
 カーティスの従者として傍に控えている銀髪の美女。しかし麗しいのは外見だけで、口は悪く、性格は好戦的な上に粗暴。勿論身の回りの世話などせず、常に気ままに過ごしている。主人である筈のカーティスにすら暴言を吐きまくるが、当人は全く気にしていない模様。その正体は……?

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暗雲灯る拮抗

 

 

 

 《白銀の巨船》と呼ばれる船がある。

 これは水上を移動する船舶を指す異名ではない。全長約250アージュという巨大な威容はまさしく大陸最大の飛行戦艦*1に相応しく、《四大貴族》筆頭であるクロワール・ド・カイエンの資産によって建造され、その建造費はエレボニア正規軍で採用されている主力戦車数千台分という莫大なもの。

 戦艦でありながら豪奢な内装と、贅を凝らしたもてなしを用意できる人材を内包するその様は、空飛ぶ宮殿と称しても何らおかしくはない。

 

 名は《パンタグリュエル》。貴族連合の旗艦でもあるそれは、現在帝都南部郊外トラヴィス湖上空付近を移動している。

 一見すれば貴族側の優勢を誇示するかのように堂々とした在り様を見せているようにも見える。だが、その内部では今、若干不穏な空気が漂っていた。

 

 張り詰めた空気。船内に常駐している貴族連合の参謀達も、それらを最大限サポートする使用人や技術者も、数日前まで漂っていた戦勝ムードが嘘のように冷え切った雰囲気にいたたまれなくなっている。

 そんな中、そのような空気感など些事だと言わんばかりに寛ぐ男がいた。

 

 帝都の一流ホテルのスイートルームもかくやと言わんばかりの部屋。しかし今、ソファーに深く座りながらワイングラスを傾けるその男は、部屋の煌びやかさに負けない高貴な雰囲気を醸し出していた。

 元々死を連想させる黒の衣装を纏いたがる貴族は少ないが、この男の一族だけは別である。当主のみが身に着けることができるその貴族服は、《四大貴族》の一角への服従の証。光を際立たせる為の影としての存在。

 つまりは鎖だ。伯爵という位も飾りのようなもの。公爵家が飼う貴族(ペット)として相応しい品格を与えられたというだけ。本来であれば、彼は常に主の傍に侍っていなければならない人間であるのだ。

 

 だが残念ながら彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「おい、愚図」

 

 その遠慮のない声は、その背後から生まれた。

 豪華なソファーの背もたれの向こう。一枚隔てた先に雲海を映し出す窓の縁に無遠慮に座る、侍従服を纏った銀髪の少女。

 だがそこに、淑やかさや(へりくだ)ったような趣は皆無だった。傍若無人という言葉が最も似合うような、見下す視線。

 しかし、それらを向けられながら男は―――カーティス・クラウンは、それでも一見柔和に見える笑みを崩しはしなかった。

 

「何かね、スフィータ」

 

「喜色悪い声を出すな。喰い殺してやりたくなる。―――来たぞ」

 

 その言葉が終わるや否や、部屋の入口の扉が開いた。

 緊急事態だというのに自室に籠って飲酒に耽溺している男を叱責する為の来室か? 否、それならばまだ分かり易かっただろう。

 

「やはり部屋(ここ)に居たか。私も一緒させて貰っても構わないかな?」

 

「おや参謀長殿。いやはや、大変な事態の最中にサボっていたのがバレてしまいましたか」

 

「構わないとも。元より()()()()()()()ではある。仕掛けるタイミングとしてはこの時期しかありえないからね」

 

 そう言いながら、貴族連合参謀長ルーファス・アルバレアは、カーティスに注いでもらったワインをゆっくりと嗜み始める。

 

 

 数時間前、帝都制圧後から皇族を匿っていたカレル離宮からセドリック・ライゼ・アルノール皇太子殿下が誘拐されたという情報が入った。

 これを聞いたカイエン公爵は目に見えて狼狽していた。とはいえその狼狽は、皇族の身を真に案じていたものではない事は既に理解している。

 尚、その焦燥感に駆られた表情を見た時、ルーファスとカーティスの両者は共に笑いを堪えるのに必死だったというのは誰も知らない事である。この二人、外見だけは見目麗しいが、普通に性格が悪い。

 

 とはいえ、貴族連合は今、帝都の制圧を終えて戦力を東西南北の四方へと分散させている。

 頭であるギリアス・オズボーンを叩いているとはいえ、各地に配属されている機甲師団は厄介極まりない。連合は名前こそ統一されているが、抱えている各領邦軍の練度はバラバラだ。

 最も練度が高いのが、《黄金の羅刹》が直接率いる西部ラマール領邦軍。次いで武闘派のゲルハルト・ログナー侯爵が率いる北部ノルティア領邦軍。この二ヶ所での機甲師団の動きは現状抑え込めていると言って良いだろう。

 南部サザーランド領邦軍は良くも悪くも凡庸と言ったところだろう。《獅子戦役》の英雄の末裔であるスワンチカ伯爵家が存在していた頃はそれなりに精強な軍だったが、大粛清の煽りを受けて弱体化を強いられた影響が今でも残っている。とはいえ、地理的な影響もあって戦力的には拮抗状態にあると言えるだろう。

 

 問題は東部クロイツェン領邦軍である。領邦軍の運営に関しては、ルーファスも手を加える事を許されていない。必然的に、ヘルムート・アルバレア公爵が実権の全てを握っていると言える。

 だが、クロイツェン領邦軍はお世辞にも精強とは言い難い。長らく機甲師団が双龍橋以東に勢力を伸ばし続けていた為、領邦軍が介入する余地がそもそも無かったのだ。要するに勢力を持て余していたのである。

 とはいえ、公爵家の抱える軍として、侯爵家のそれよりも規模が小さいなどという事があってはならない。更に言えば、カイエン公爵家にも後れを取るわけにはいかない。そういった”誇示”が弱体化を招いたとも言える。

 結果的に、兵力は多いが練度は低いという厄介な軍になってしまった。戦争は数だとよく言うが、それは一定の練度が浸透しているからこその言葉である。各部隊間ですらしがらみが燻ぶる軍では到底なしえるものではない。

 それでも、補給路を完全に断ったお陰で帝国最強と謳われる第四機甲師団を徐々に後退させる事が出来ている。その分、犠牲者数も多いのだが。

 

「西方の機甲師団の掃討は順調に進んでいるようですな。第十機甲師団辺りはかなり粘り強く抵抗しているようですが」

 

「まぁ、時間の問題と言ったところだろう。カイエン公としては制圧の手を止めてでも皇太子殿下の捜索に全力を注ぎたいそうだがね」

 

「クク、相も変わらず性格が悪くいらっしゃる。()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 隠す気も無く小馬鹿にしたような笑みを漏らすが、当のルーファスはといえば全く気にしていない様子で続けた。

 

「上手く逃げおおせられたし、《パンタグリュエル》の広域探索導力波にも引っ掛からないという事は、まぁ逃走した方角から推測してエイボン丘陵かティレニア台地か……どの道イストミア大森林付近ではあるだろうね」

 

「―――聞いたかね、スフィータ」

 

 カーティスがそう言葉をかけると、不遜な態度で窓辺に座っていた侍従は、その黄金の瞳を更に見開かせた。

 

「その皇太子とやら以外は全て殺すぞ」

 

「構わんとも。貴様に殺されるのならば()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 それを聞いて浮かべた獰猛な笑みは、まさしくヒトのそれではなかった。

 爆発的に漏れ出た殺意に、部屋の前で待機していた領邦軍兵士は一瞬でその異常に気付き、そして次の瞬間には意識を刈り取られていた。

 まさしくそれは暴力の権化。威圧感だけで背後の窓には罅が入り、繰り出された裏拳で粉々に砕け散る。最先端導力機構による気圧・風圧防壁術式が働いている為に船内への影響力は皆無であったが、そこに広がる光景は控えめに言っても異常であった。

 空中に舞い散る硝子の破片たち。キラキラと輝くそれに混じって、スフィータも背中から落下する。地上およそ8000アージュ。そこからの自由落下とあれば、通常であれば即座に低酸素症を発症して意識を失い、そのまま弾丸のように落下するだけである。

 だが、彼女はそうはならない。それを誰よりも理解しているカーティスは、その身を欠片も案じる事も無く、グラスの中に残ったワインを飲み干した。

 

「随分と信頼しているのだね」

 

 それが本心からの言葉ではないと理解していたからこそ、カーティスは失笑する。

 

「私とアレの間にそんなものは存在しませんよ。私はアレの()()()として餌の位置を教えてやったまでです」

 

「ふふ、私と君の仲だ。不敬罪で投獄するのはやめておこう。―――この一件、君に任せても良さそうかな?」

 

「承知しました、参謀長殿。怠け者なりに、きっと互いにとって益のある結果を残して見せましょう」

 

 恭しく頭を下げるカーティス。

 物心ついたころから他者の心を誘導し、唆す事を得手としてきた二人の悪巧み。それを解する者は、この艦には一人たりともいなかった。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 それは、幼い頃より豪勢な食事しか口にして来なかった皇子にしてみれば未知の感覚だった。

 

 元々病弱気味であったせいか、食事に関しては他の兄姉に比べても一層気を遣われていたと言えよう。皇族家お抱えの超一流の料理人が厳選した食材と、鍛え抜かれた調理技術を以てして作り上げられた食事がテーブルに並び、これまたお抱えの皇室教師によって仕込まれたテーブルマナーを駆使してそれを食べ進める、というのが彼の中での食事の”常識”であった。

 

 だが、今目の前にある物は違う。

 眩暈がする程に暴力的な原始の香り。どう形容しようとも肉の塊としか言えないそれに、適当に調味料を振りかけただけの食べ物。常識とはあまりに乖離したものだというのに、何故だかその退廃的な見た目と匂いはセドリックを大いに魅了した。

 

 先程レイが服の裾に仕込んだナイフで仕留めた狼型の魔獣の肉。息絶えたばかりのそれを、レイとライアスは慣れた手つきで解体していった。

 血抜きをしたり、内臓を取り出したりといった光景は、今まで生き物の死というものに積極的に触れてこなかったセドリックにとってはあまりにもショッキングなものであり、思わず口元を抑えたのだが、不思議と喉奥から込み上げるものは無かった。

 それは、飼っていたペットが寿命で死んだ時に感じた感覚とは違うのだと本能的に理解した。

 自分たちが生きるために殺し、喰らう。それは人類が感じる最も原初の罪にして業。身体の底から震えあがるものはあったし、拒否反応も勿論あったが、セドリックはその一連の処理から目を離す事だけはしなかった。

 

 しかしながら、一度怖気に似た感覚を覚えてしまったそれに対して食欲を感じるかどうかと問われれば微妙な所ではあった。

 そんなセドリックの不安を他所に、レイは片腕とは思えない程に速やかに調理の下準備を済ませていく。とはいえ、超簡易的な野営の形である為、調理と言えるほどのものでもない。ライアスが所持していたサバイバルキットの中から小瓶に入った塩と胡椒を満遍なく肉に刷り込んでから焚火を利用して仲間でじっくりと火を通す。魔獣の種類によってはレアでも食べられるのだが、判別がつかない場合はちゃんと火を通すに越したことは無い。

 そんな調理過程が進むごとに火元から流れてくる匂いに、セドリックの食指がピクリと動いた。

 

 彼は元々少食だ。オリヴァルトは元より、アルフィンもあれで中々の健啖家であるのだが、精神的な面も関わってきているのか、満腹になるまで食事をすると胃の膨満感と吐き気で暫く体調を崩してしまう程である。

 そんなハンデを背負った身であっても、思わず小さく腹を鳴らしてしまうような魅力がそれにはあった。

 

「そら」

 

 レイはまず、焼けた肉の一つをクルトに投げてよこした。

 クルトはそれを受け取ると、懐疑的な視線を投げながらも、セドリックの方をチラリと見る。主より先に食事を口にするわけにはという罪悪感も、その視線には含まれていた。

 

「毒見のようなもんだ。この魔獣には体内に毒素を持つ器官は無ぇが、まぁその方がお前も信用できるだろう」

 

 その意図を、調理した本人が口にして説明する。

 それを聞いて、ようやくクルトが肉に齧り付いた。彼自身もそれなりに良い生まれではあるが、ヴァンダールの修行の一環で野営は何度もしたことがあったし、その際に食料を現地調達して喰う技術も仕込まれた。

 だから、一口齧っただけでその調理技術の高さに目を見張った。

 

 元より魔獣の肉というのは味の癖が強く、臭みもある。だからこそ基本的には野生動物の肉の方が好まれるのだが、魔力を含んだ魔獣の肉は滋養強壮に富むという長所もある。

 だが、味の癖と臭みが上手い具合に上書きされている。良い調味料を使っているという事もあるのだろうが、血抜きを始めとした解体の仕方が繊細かつ迅速であった事も大きな要因だろう。

 

 ふと気が付くと、渡された肉は骨だけになっていた。自分がどういう風に食べ進めたのかも思い出せない程に一心不乱になっていたらしい。

 それと同時に羞恥心が込み上げてくる。護衛たるもの、主の存在を気に掛けずに食事にかまけるなど言語道断。恥ずかしくてセドリックの方を見られなくなっていた。

 

 逆に、セドリックはその食べっぷりを見て喉を鳴らしていた。

 その流れで、レイが差し出してきた肉を受け取る。今まで学んできたテーブルマナーなど欠片もない、ただただ食いつくだけのはしたない形。

 それでも、忌避感は無かった。手指や口の周りを肉の油でベタつかせながら、初めての食感と匂いを堪能する。これまでこういった食べ物を通してこなかった胃腸が驚いている感じが伝わってくるが、今のセドリックにはその感覚は些事にしかならなかった。

 全てを飲み込んだ後、深く深く呼吸をする。冷たい空気が口と鼻から入り、つい先ほど熱を持ったばかりの喉を冷やし、肺に入る。

 

 それは確かに、”生きている”という実感だった。一回の食事でこのような感覚が得られるのならば、果たして今までの自分は何だったのだろうか。

 与えられる餌だけを食べて一生を終える籠の鳥。それが不満だったなどという贅沢な事を口にするつもりは毛頭ないが、今この瞬間に沸き上がった感情が”喜び”であったのも確かだ。

 

「美味かったか?」

 

 既に魔獣一頭分は平らげたのではないかと錯覚するほどの早食いを行っていたレイがそう問うと、セドリックは力強く頷いた。

 

「人間ってのは美味いメシ食ってちゃんと寝なきゃ何も出来ねぇんだ。これから何かを始めようって時には猶更な」

 

 常に潤沢な物資があるわけではなく、組織の中での統一性が求められる軍隊などではそうはいかないだろうが、生憎とそういったものに属した事のないレイの自論がそれであった。

 あえて精神を摩耗させて逆境心を目覚めさせ、鍛える方法もあるが、今のセドリックにそれは早すぎると判断した。遅かれ早かれそれを味わうのならば、今は満たす事の意義を理解すべきである。

 

「今の時間はさっきみたいに魔獣が彷徨いてる。陽が昇り次第移動するから、もう少し休んでおけ」

 

「は、はい」

 

「クルト、お前もだ。護衛役云々で思う所はあるだろうが、今の間はちゃんと寝とけ」

 

「い、いや、僕は――」

 

 尚も食い下がろうとするクルトの額に、レイは先程使ったものよりかは効果が薄い昏睡術式の札を投げつける。

 あまり多用はしない方が良いのだが、疲労感を抱いたままそれでも無理矢理動き続けようとする頑固者を強制的に寝かしつけるにはこの手が一番効く。

 

「真面目め」

 

「そこがクルトの良いところだと思います。……実際、彼が付いてきてくれなければ、僕は今よりももっと憔悴していたかもしれません」

 

「そりゃ頼もしいこった」

 

 そう言うとレイは立ち上がり、セドリックの目の前まで歩いてくると、目線を合わせる。

 

「さっきも言ったが、コイツの事はちゃんと大切にしろよ? 意見を違える事はあるだろうし、喧嘩も好きなだけすりゃあいい。でも、最後は絶対に信じてやれ」

 

 十年と少し。レイも、人生を語るには若すぎる年齢だ。

 ただそれでも、何度も何度も出会いと別れを繰り返してきた。自分が信じ切れなかったから生まれてしまった別れもあった。ならば、友人に同じ思いをして欲しくないと思うのは当然の事だろう。

 

「――はい。必ず」

 

 小さく、しかし力強い返事だった。

 今はそれだけでいい。この先彼はいくつもの試練や残酷な現実と向き合う事になるだろうが、ここでのこの約束さえ反故にしなければ、どれだけの目に遭おうともギリギリで踏みとどまれるだろう。

 

 その誓いを聞き、満足したレイは、右の人差し指の先をセドリックの額に軽く押しあてた。

 

「?」

 

「【傷つきし武士(もののふ)に癒しの一時を】」

 

 その短い詠唱は、《天道流》呪術の一角、【癒呪・爽蒼(そうそう)】を発動させるもの。

 効果は「対象の肉体的な疲労を回復させる」というもの。外傷に対しては効果を発揮しないが、今のセドリックにはこの術が一番効果的だろうという判断だった。

 実際それは効果的だったようで、次第にセドリックの瞼は落ちていき、数分経つ頃には小さい寝息を立て始めていた。

 それを確認したレイは再び立ち上がり、未だ更けたままの夜空を仰ぎ見る。

 

「ライアス、お前も少し寝ておけ。火の番は俺がやっておく」

 

「大丈夫っすよ、大将。二、三徹くらいは余裕でできるようにアレクさん達に仕込まれてるので」

 

「そういう事言ってんじゃねぇんだよ。疲労で少しでもお前の動きが鈍るとこの後どうなるか分かったもんじゃねぇ。幸いこの夜の間は何も起きねぇだろ。休める時に休めねぇ奴は半人前だってのも叩き込まれなかったか?」

 

「……まぁ、その通りっすね。それじゃあ大将、俺にも殿下と同じものをかけて貰っていいっすか?」

 

「あいよ」

 

 思えば《結社》時代はよくこういったやり取りをしていたなと思い返しながら、眠りにつくライアスを一瞥すると、先程まで自分が据わっていた場所にいつの間にか腰かけていた人物に声をかける。

 

「お疲れさん、ツバキ」

 

「えぇ、兄上。実際あまり疲れてはいないのですが、それを聞けただけでも頑張った甲斐はあったというものです」

 

 レイが隣に座ると、ツバキは甘えるようにレイの右肩にその頭を乗せてくる。

 その様子は、普段彼女にコキ使われている《月影》の部下が見たら目を見開いてフリーズする程の破壊力があったが、元々人目がない場所で二人きりになった時の彼女はこんな感じである。

 

「周囲の索敵を行いましたが、現在周囲を散策している貴族連合兵士はいません。エイボン丘陵東端までは流石に式神を飛ばせませんでしたが、ラクウェルから南には兵士の影は無いものかと」

 

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「といっても俺達が確保してるのはエレボニアの次期皇帝サマだ。連合にしてみれば血眼になって探してもまだ足りねぇだろ。サザーランド本線周辺はさぞお祭り騒ぎだろうな」

 

「えぇ。ここいらで足踏みしていれば、セントアークから増援が来るでしょうね。最悪イストミア大森林周辺を一掃されるかもしれません」

 

「ラマール領邦軍とサザーランド領邦軍が縄張り争いでギクシャクしてもらえば多少は時間が稼げるだろ。皇太子の身柄の保護なんて、出し抜けばどれだけのアドバンテージが拾えるか分かり切ってる事だ」

 

 特に連合の盟主たるカイエン公爵は絶対にその座を譲りはしないだろう。レイは直接会ったことは無かったが、かなり自尊心が高い人物だとは聞いている。

 イストミア大森林はその名前の通り広大だ。東端と西端はそれぞれサザーランド州の西端とラマール州に属している。離宮から逃亡した際、逃げた瞬間は確実に見られている為、最低限その方向は知られている。

 あの時は出来るだけ遠方に逃げる事を最優先にした為、飛ぶ方向を乱して攪乱するなどという高度な技は出来なかった。だから、可能な限り領邦軍の動きが鈍る場所を選んで着地地点にしたのである。

 

 まぁ、それはここを逃亡場所にした理由の一つに過ぎない。もう一つの理由が”本命”である。

 

()()()()()()()()

 

()()()()。これでも索敵能力には自信があったのですが、それでも確定には至れません。空間の狭間に上手く組み込んでほぼ完璧に隠してありますね。見事というほかありません」

 

「それでも”歪んでる”部分は探り当てたんだろう? 流石はツバキだ。ご褒美に今度お前のワガママを叶えてやろう。俺が社会的に死なない範囲内でな

 

「むぅ、強調されてしまっては仕方ありません。ではこんな下らないゴタゴタを早く終わらせて帝都にでも行きましょうか。久し振りに人目を気にせず買い物をしたいものです」

 

「……そうだな。こんな下らねぇ内戦なんかとっとと終わりにしたいモンだ」

 

 そう呟くと、レイは腰につけていた小物ポーチの中からペンダントの形に加工したとある宝石を取り出す。

 それは、七耀石のどの輝きとも違う、しかし決して異端ではない優しい青白い光を放っていた。

 

「エマから”通行証”を貰っておいてよかったぜ。これがないと永遠に大森林の中を彷徨うところだった」

 

「……少し忸怩たるところはありますが、そうですね。この中の誰もが資格を有していない以上、それだけが頼りです」

 

 行く場所は決まった。行く方法も決まった。であれば後は、陽の光を背に進むしかない。

 

 

 

「行くか。魔女の領域――《隠れ里エリン》に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1





エルデンリングたのちい(小並感)

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