ぐりむ・りーぱー〜剣と魔法のファンタジー世界で一流冒険者パーティーを脱退した俺は、最弱の身体強化しか使えないけど何とかなると信じてスローライフを送りたい。無双?最強?そんなものに興味はないですよ?〜   作:くろひつじ

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84話「最強の暗殺者」

 

 あらゆる生き物は魔力を持っている。

 この世界で生きるもの全てにおいて例外はない。

 そして魔力は日々を生きる上で自動的に生成されて行くのだが、その者が持てる魔力量には限界がある。

 これに関しては、通常であれば生活して行く上で生成と同量の魔力を自動的に消費するので問題は無い。

 だが、生成量が消費量を大きく上回るケースが稀に存在する。

 生まれ持った特異体質であったり、訓練による成果であったりと理由は様々だが、彼らには共通する事があった。

 体内から溢れた魔力を身に纏っているという事だ。

 

 魔力光。内から盛れだした魔力は光となって輝きを放つのだが、その光は使用者によって色が変わる性質がある。

 赤であったり青であったりと様々な色が確認されているが、人によって千差万別の色合いをしていると言われている。

 

 そして、ありえない話ではあるが。仮に魔力光が辺りを埋めつくした場合。

 あらゆる景色は色が変わり、魔力による探査は機能しなくなる。

 しかしそのような量の魔力光を放出してしまえばすぐに魔力は枯渇してしまうし、それで得られる効果は無いに等しい。

 無駄に魔力を放出するのは馬鹿げているし、労力の割に何の効果も得られない行為。

 子どもですら最低限の魔力操作を行えるこの世界では、そのように魔力を垂れ流すものなど存在しない。

 

 魔力光を撒き散らすのは正に何の意味も無い、無駄な行為なのだ。

 世界最強の暗殺者である『死神(グリムリーパー)』という異質な例外を除いては。

 

 

 

 街外れの倉庫内は、黒で満たされていた。

 自身の体すら見えない闇。月の無い夜の森のような暗黒。

 その中で男たちの悲鳴と怒声が上がる。

 

「ぐふぁ……!?」

「なんだ! 何が起きてるんだ!」

「ちくしょう! 何も見えねぇ!」

「来るな! 俺に近づくな! かはッ……」

 

 一人、また一人と。

 声を発する者が消えて行く。

 その中で、ベルベットという魔族は心底から恐怖していた。

 

 魔族ならば……否、この世界に生きる者なら全員が知っているであろう、闇色の魔力光。

 光を透過する程度の黒色ならば通常の魔族でも保有している場合もある。

 しかし、あらゆる物を覆うような闇色だけは例外だ。

 これはかつて勇者に倒された魔王と同じ色であり、いままで同じ色は確認されていない。

 魔王にしか使えないはずの魔力色を持った青年の存在に、ベルベットは歯の根をカタカタと言わせ、自身を抱きしめていた。

 

(何なんだこれは! 何も見えない! 何も分からない!)

 

 時折上がる悲鳴以外、全くの無音。

 何の兆候も無く突然に、男たちは倒れ伏していく。

 理由の分からない現象。一方的に狩られる事態。

 それに本能的な恐れを抱き、ベルベットは身を竦ませる。

 

 セイは暗殺におけるあらゆる技術を習得している。

 例えば、音だけで位置を察知する能力。

 例えば、無音で攻撃を仕掛ける能力。

 例えば、武器を使わずに殺傷する能力。

 それは彼の集大成であり、そして。

黒の刻印(ヨルノトバリ)』を発動させる事で、セイは世界に溶け込んでいた。

 

 視認不可領域。魔力による探知も行えない密室。

 己の魔力光で周囲を満たす事で発生する限定空間。

 その中で、一切の音もなく行動できる彼を捕捉できる者など存在しない。

 

 厳密に言えば『黒の刻印(ヨルノトバリ)』は魔法では無い。

 普段は体内に抑えられている魔力を解放し、魔力光を周囲に撒き散らす。

 ただそれだけの術式である。

 故に、マジックキャンセラーは意味を成さず。

 そして濃密な魔力によって、切り札のミスリルゴーレムへの指示をも絶たれたベルベットに為す術は無い。

 

 底の知れぬ恐怖にただ怯える事。

 彼女に許された行動は、それだけだ。

 

 カタカタと歯の音がなり、動悸が速まる。

 煩いほどに高なった鼓動以外、何も聞こえない空間で。

 不意に、彼女は気が付いてしまった。

 

 男たちの悲鳴が、いつの間にか止んでいる事に。

 

「……ヒィッ!?」

 

 ガタガタと震える体。圧倒的な実力差によって折れた心。

 もはや逃げることすら考える事が出来ずにいる彼女の耳に。

 

 背後から優しい声が掛けられる。

 

「お前の罪は何だと思う?」

 

「あああぁぁッッ!?」

 

 思わず腕を振り回すが、手応えは無い。

 空を切った己の腕はやはり見る事すらできず、彼女の行動は自らの恐怖を煽るのみに終わった。

 

「近隣で行商人を襲わせた事?」

 

「フリドールに被害を加えようとした事?」

 

「教会の特級魔石を奪おうとした事?」

 

 一言、また一言と連なる言葉。

 常に違う方向から聞こえてくる声は不気味に反響していて、彼が何処に居るのかすら分からない。

 そんな中で。

 

「そんなものはどうだって良いんだ。だけど一つだけ、見逃せない事がある」

 

 じわりじわりと迫り来る、姿の見えない『死神(グリムリーパー)』の優しげな声。

 しかしその声色は安心感を与えるどころか、ベルベットの精神を静かに侵食していった。

 

「お前は俺の仲間を殺そうとした。それがお前の罪だ」

「ごっ……ごめんなさい! お願い、許して!」

 

 反射的に叫ぶ。このままでは殺されると本能が警鐘を鳴らし、縋り付く様に声を上げた。

 

「もう二度と関わったりしない! 約束するから! だから……!」

 

 子どものように涙を流し、無様に喚く。

 その姿は先の悠然とした態度からは想像も出来ない程に余裕を無くしている。

 

「お願いします! 殺さないで……!」

 

 全身全霊の命乞い。生き延びる為にベルベットが行える唯一の手段。

 

 しかし、無音。

 青年が何か言葉を返す訳でもなく。

 静寂が、倉庫内を支配していた。

 

 十秒か、一分か、或いは一時間か。

 闇に包まれた空間で次第に高まる恐怖。

 理性は削り取られ、彼女の姿は明らかに衰弱している。

 ジワリジワリと真綿で首を締められているような錯覚すら覚える中で。

 

 突如として放たれた呟きは。

 

「お前は、ここで死ね」

 

 氷のように冷たく、ベルベットの最期を告げた。

 

 

 しかし。

 もし、この世界に奇跡というものがあるならば。

 この時聞こえた少女の言葉は、ベルベットに取っては確かに奇跡と言えた。

 

「ライさん……一緒に田舎で暮らすって、約束しましたよね?」

 

 ぽつりと放たれた少女の声。それは福音の鐘のように響いた。

 勇気を振り絞ったような、しかささ深い愛情を感じられる、そんな声で。

 アルテミスは想いを告げる。

 青年の撒き散らす死に恐れを抱き、指先を細かに震わせながら。

 それでも必死に、言葉を重ねる。

 

「私はいつでも貴方の傍に居ます。貴方と共に生きていきます」

 

「どうか私を離さないでください。帰ってきてください」

 

「私の英雄はライさんなんです。だから……」

 

 その声は小さく、震えていて。けれども。

 酷く優しい声だった。

 

「いつまでも一緒に、殺し愛しましょう?」

「しねぇよ、バカ」

 

 即座に上がる青年の声。

 それは苦笑混じりの呆れ返ったもので。

 そして、闇は瞬時にして消え失せた。

 

 部屋の中は惨劇の痕が残っていた。

 死屍累々と築き上げられた傭兵たちの姿。

 無理やり捻り切られた武具の数々。

 

 だが、倒れ伏す男達に息はあるようだ。

 誰も死んではいない。そこに有るのはただ、身動き一つしない傭兵たちと、原初の恐怖に震えるベルベットの姿。

 そして愛おしげにアルテミスを抱きしめる、かつて『死神(グリムリーパー)』と呼ばれた青年。

 

「そうだな。俺にはお前が……お前たちが居るんだったな」

「そうですよ。忘れちゃいけません。ライさんは私たちが幸せにするんです」

 

 愛情を確かめ合い、そして。

 青年は――かつての名を捨てライと名乗る彼は、床に落ちていた両手剣を軽々と持ち上げた。

 身を引き絞り、視認出来ない速さでの投擲。

 一条の光となった剣は最硬度を誇るミスリルゴーレムの胸を貫き、その奥にある核を破壊する。

 

「俺はお前を殺さない。だが忘れるな」

 

 瓦礫となって崩れ落ちるミスリル製の魔導人形。その奥に居るベルベットに向き直り、彼は言った。

 その顔には薄っぺらい笑顔ではなく、真に優しい表情があって。

 

「死神はお前を見ている。次は無いと思え」

 

 そう告げる『人間』はどこか誇らしげに見えた。

 

 

 

 これにて終焉。

 通報を受けた冒険者職員達によれば死人は出ておらず、その場に居合わせた「五人の冒険者達」の証言で、廃人同然となったベルベットと傭兵達は牢屋へ連行されて言った。

 事態の詳細を尋ねようにも彼女達は謝罪と命乞いの言葉以外発する事なく、調査は難航する事だろう。

 

 その場に残ったのは楽しげに談笑する少女達。

 そして、どこにでもいる普通の青年だった。

 

 それ以来、『死神(グリムリーパー)』の姿を見た者はいない。

 伝説として語られる最強の暗殺者は、この日に終わりを迎えた。

 

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