彼が何を思って凶行に及んだのか。
物語の行間に隠れたゼッド博士の戦いを描く。
この手の話を作るのは初めてになります。
稚拙に過ぎる文章ですが、ご容赦頂ければ幸いです。
私の手を握っていた小さな手から力が抜けていった。
苦しそうに上下していた胸は動かなくなり、心電図も鼓動を知らせることはなくなった。
私は間に合わなかった。
この子を救うためにモリブテン夫妻を犠牲にして、幼いアルの命まで奪った。
治癒の泉の研究を続けるべきと主張する私に理解を示したふりをして逃げだした二人に、我を忘れて追い回した。
誰の犠牲も出したくなどなかった。燃える車を見たとき、思い起こすアルの顔がこの子と重なって見えた。
それでも私はどんな犠牲を出してもこの子を救いたかった。
カラン、と音を立てるのはどうしよもない犠牲を出して手に入れた治癒の泉のサンプルだ。
治癒の泉はまさしく奇跡そのものだった。
この子がかかっていた不治の病。一切の治癒力が働かず、病室で衰弱するしかない呪いのような病だ。
モリブテン夫妻との研究の最中に、わずかに盗み出した治癒の泉の水で不治の病に侵された体が治癒力を得ることを確認できた。
しかし、泉の水だけでは一時的な治癒力を得ることができなかった。
大量の治癒の泉の水があれば、この子は延命できる。
治癒の泉に治癒力を与えている何かを手に入れればこの子に治癒力を与え、病を克服できる。
そんな思いに突き動かされて行動した結果が、盗み出したものよりさらに少ないサンプル。
自分の血で汚れた手が、この子の手を汚しているように思えて嗚咽を漏らしながらそっとベッドへ下す。
私がしたことはすべてが無駄だった。
諦念に満たされながら病室を出ると、別の病室が視界に入った。
あの子と同じ病に侵された子供とその父親だった。
苦しそうにしながら笑顔を見せる子供と、やるせなさそうな笑顔を見せる父親の姿。
きっと、あの父親もここで子供を看取ることになるのだろう。不治の病だから仕方がないと諦めて、泣くのだろう。
そんなことは、認められるわけがない。
私は持ち出していることすら忘れていた治癒の泉のサンプルを持つ手に力が入っていることを自覚した。
私のような人殺しの極悪人が苦しむのは構わない。
だが、あの親子が苦しむ理由なんてないだろう。あの子が死ぬ理由なんてなかっただろう。
私は不治の病を認めない。どんなことをしてでも、この世界からこんな苦しみをなくして見せる。
空っぽだった体に決意だけを満たして、私は病院を後にした。
~10年後~
ここまで来るのに10年かかった。
ようやく凍結された治癒の泉の探索が再開された。
あの日、病室で見た親子はあれから1年を待たずに死別した。
今日までにあの病院で不治の病で8人が命を落とした。
今も1人が不治の病と闘っている。
一人罹患者が出るたび焦りが募り、一人命を落とすたびに間に合わなかったのだと身を引き裂かれる思いがした。
それでも探索が再開されたのであれば治癒の泉が見つかるのは時間の問題だ。
あるかどうかもわからない状態での探索とは違う。存在が証明されているものを探すのだ。難易度ははるかに低い。
私は研究室に設置された治癒の泉のサンプルを眺めて思う。
そう、時間が問題だ。現在闘病中の一人はきっと一月も持たない。
そんな時に彼は現れた。
その時の私が感じたものを言葉にすることは難しい。
アル・モリブテンが生きていたことに対する安堵。
思い起こされるモリブテン夫妻の命を奪った悔恨。
アルの指輪に残ったデータを確保できた喜び。
アルが治癒の泉の場所を知っていると気づいたときに湧き出た欲望。
ごちゃごちゃになった頭はそつのない体面を取り繕いながら一つの結論を導き出す。
今度こそ、助けることができるかもしれない。と。
私はデータに写された大樹の中にあるものに思いを馳せ、即座にその後の計画を立てた。
治癒の泉の即時探索には少なからず反対意見もあった。
センサーのバッテリーが少ないく長くはもたないこと、広範囲の探索を行うよりも多少乱暴でも一直線に森を切り開いたほうが環境への負荷が少ないことなどを材料に説得することができた。
現在動かせるのは二足歩行型重機が1台のみ。武器と呼べるものは一つもない。
凶暴なポケモンがいる可能性のある森に入るには心もとないが、この好機を逃すことはできない。
弱いセンサーの電波を受信するため私がバイクで先導することになった。二足歩行型重機内では電波は受信できず、ほかの研究職員は森の中でのバイクの運転に自信が無いようだったので私が担当することになった。
二足歩行型重機は私が考えていたよりもより頑強だった。
森の木々をなぎ倒し、ポケモンたちをものともせずに順調に進み、ついに治癒の泉を発見した。
治癒の泉、大樹の中に高エネルギー体を見つける。
これさえあれば闘病中のあの子はきっと助かる。
私は希望が目に見える形になったせいで回りが見えていなかった。
大樹に穴を開けさせた私に、研究職員たちまで疑念に満ちた視線を向けていた。
私は二足歩行型重機を奪い、高エネルギー体を手に入れるために進めようとする。
しかし、ポケモンたちがこれまで以上に激しい攻撃を仕掛けてくる。
重機の腕を振るい、追い払おうとしてもまったく怯む気配を見せない。
戦闘など経験したことのない私は、暗い操縦室で呼吸が浅くなることを自覚しながら操縦かん握る手に力を籠める。
認めさせなければならないのだ。諦めてしまっている全ての人に、人間は不治の病に打ち勝てるのだと。
朦朧とした意識が重機の腕を振り続ける。
振り下ろす腕の先にアルがいることに操作をした後になって気づく。
10年前の記憶がよみがえる。また、アルのことを殺してしまうのか。
私はもう勢いのついた重機の腕を止めるのは間に合わないこと理解して、声にならない叫び声をあげながら腕を止める操作を行った。
重機の腕は一匹のザルードに止められていた。
アルを殺さずに済んだ安堵よりも、ポケモンであるザルードにモリブテン夫妻が重り、また彼の親を殺してしまったような感覚に困惑を覚えた。
アルたちがいなくなった後の戦いはひどいものだった。
重機の腕を振り回すことしかできない私に研究職員の助言で的確に弱点を狙ってくるポケモンの群れ。
闘ってもこちらに決定打は無く、逃げても背中の弱点を狙われ動けなくなることは目に見えていた。
劣勢は続き、ついに弱点を破壊された二足歩行型重機は膝をついた。
こうなることを予想していた私は投げ出されるように重機の外に出る。
私は大樹へ向かって足を進める。
ここに至って、あの子を救う道筋が見えなくなっていた。
目の前の大樹にあの子を救う力があるのに。届いたとしてもそこから先がない。
それでも私は足を止めることができない。
きっとあの力を手に入れてあの子を救うのだという思いだけが私を動かしている。
それも、途切れた道によって止まる。
私を追い詰めたのはアルだった。
私はあの子を救うことを決してあきらめることはできない。
それでも、アルには私を止める権利があると納得もしていた。
アルの親を殺した私はアルに許されることはない。
私はここから突き落とされるだけで死ぬだろう。
モリブテン夫妻を殺し、あの子の手を血塗られた自分の手で汚している感覚を思い出す。
この子にそんな事を感じて欲しくないという思いと、もし助かればこの状況から脱することができるという打算から私は途切れた道の先に身を投げた。
そんな私を助けたのはアルの投げた縄だった。
親を殺した私を助けたアルの複雑な表情を見て私は抵抗することをあきらめた。
~1月後~
私は獄中で読み古された新聞を見ている。
一面はモリブテンを殺害した極悪人ゼッドの記事。
そして、紙面の片隅に小さく書かれた不治の病で亡くなった一人の子供の記事。
私は、また間に合わなかった。また失敗した。
それでも、私は諦めない。
あとがき
映画を見た際に本作に書いたような印象をゼッド博士に持っていたのですが、ネットでの評判を見るとただの悪役としての評価ばかり目についたので本作を書かせていただきました。
駄文である自覚はあるのですが、ゼッド博士に対する自分の意見をどこかに残したかったので上げさせていただきました。
ゼッド博士について本作のような印象を持ったのは以下の内容に違和感を感じたからです。
(1)治癒の泉の発見だけで十分な成果であるのに大樹の中にあるものを目指していた。
(2)すべての行動が拙速で焦っている様子が伺える。
本作では上記の違和感の理由付けに、(1)治癒の泉だけでは治せない病気の治療を目的としている。(2)その病気で命を脅かされている人間が10年前も、本編中もいた。と解釈しました。
(別解釈として(1)どこかの悪の組織から「治癒の泉の中の幻のポケモンを手に入れたら幹部に迎えよう」みたいなリークがあった。(2)博士が考えの足りない短絡的な頭の持ち主だった。というのも思いつきましたが、面白くないので没です。)
ゼッド博士の行動が悪事であることには、全く異論はありません。ですが、映画の中で詳細に描かれていなかった博士の動機が単純な私欲だけではないと考えたほうが作品の深みや面白さを感じられるのではないかと思いました。
稚拙な文章に最後まで付き合っていただき、誠にありがとうございました。