最強ノ一振り   作:AG_argentum

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『来栖響』①

 ふと、目が覚めた。

 

 海に揺蕩うクラゲのような浮遊感が消え失せ、重力がこの足を地につけさせる。

 朧げな夢を見ていたかのような、曖昧だった意識は徐々にハッキリとしていき、それにつられるようにして視界を取り戻していく。

 

「ここは──」

 

 瓦礫が辺り一面に広がっている。

 コンクリート塊にそこから伸びた鉄筋。色の褪せたレンガ弊に、ガラス片。ひしゃげた車のフレームに枯れかけの草ぐさ。

 無秩序こそが秩序だと言わんばかりの景色がただただそこにはある。

 

 その中央に「来栖響」は佇んでいた。

 

 目に入るたびに悍ましさを覚える。そして、胸に宿る痛みが場違いなほどに懐かしさを感じさせる。

 ここがどこかは、直感として理解している。しかし確証までは、自分の中に得れなかった。

 言葉には、したくなかった。

 

『警戒区域』

 

 背後から、声がする。

 

 振り向いて、声の主を見上げる形になった。

『彼』は瓦礫で築かれた小さな山の上に立っていた。

 

 そして見上げたことで気づく。

 今が夜であるということを。

 月は見えず。星の煌めきだけが『彼』と「自分」を仄かに照らしていることに。

 

 目に映った人物に思わず後ずさる。

 戸惑いながらも、「自分」は『彼』の名を口にした。

 

「『来栖響』…………」

 

 なんて、違和感溢れる発言だろうか。

 鏡に映る自分に向けて、自分の名前を口にするような、そんな違和感。

 ただ、そこにまとわりつく意味は大きく異なる。

 

 目つきは鋭く、纏う雰囲気は刺々しく。

 まるで抜き身の刀身が人の姿を、いや自分の姿をしているようだった。

 

『そういうお前は、錆びついたなまくらみたいだな』

 

「!!?」

 

 驚きを隠せない。

 まるで──。

 

『おもっていることが筒抜けになってる、ってか?』

 

「!?」

 

 再度驚嘆。

「自分」はそこまで顔に出ていたかと、少しばかり顔が硬ってしまう。

 

『別に顔からわかったわけじゃない。ここはいうならば、俺たちの共有空間にして、意識の出発点。互いが考えていることはここではほとんど筒抜けだ』

 

「意識の、出発点?」

 

 不可思議な表現に「俺」は言葉を繰り返す。

 

『さっきの、蒼也との戦いは覚えてるか?』

 

「ああ、うん」

 

 忘れようにも忘れられない。

 あの時の連携、敗北を悟りかけたあの瞬間は脳裏に焼け付き、しばらく悔しさで歯軋りしそうなほどである。

 

『お前はあの時、枷を外した。だから、『俺』がいまここにいられる。そして、肉体の主導権を握る「お前」の許可で、『俺』は意識の表層に出ることができた』

 

「俺はあの時、許可なんてした覚えは……」

 

『してたんだよ、無意識にだがな』

 

 そう言われてもいまいちピンとこない。

 ただ、あの時は──。

 

『お前がもう一度、()()()()()()()()()()()()()()(よすが)を頼りに俺はここに来れた』

 

 そう、ただ強さがほしかった。

 誰も、涙を流させないために。壊れる明日に絶望させないために。

 

 ”最強になる”と、誓ったのだ。

 

「なんなんだ、『お前』は?」

 

『……俺は、あの日から育まれた過去の残滓。俺に過去の記憶はほぼ無に等しく。あるのは強さに関する経験と存在意義を確かにするための情報だけが詰め込まれた”亡霊”だ』

 

「”亡霊”」

 

 やや間をおいて、問われた問いに『来栖響(亡霊)』は答えた。

 が、難解な言い回しでいまいち要領を得れない。

 

『わざとだからな』

 

「おい、その思考を読み取って答えるのやめてくれないか。びっくりする」

 

 苦言を呈しても『亡霊』は眉ひとつと動かさない。

 

 会話のテンポとは相互であるものと考えるが、この場所ではその論理が破綻しかけている。

 こちらが通常のテンポで話そうにも向こうはさらにそれより早い、いうならばマイナスの時点で会話が開始される。

 

 心が読まれていると、否が応でも理解させられる。気色悪いことこの上なかった。

 

『失敬な物言いだな』

 

「黙れ、マジでやめろ」

 

 嫌悪感を丸出しにして顔をしかめる。

 

 しかめたついでに聞きたいことを聞くことにした。

 

「俺は、風間との戦闘。その決着まではハッキリと意識があった」

 

『…………』

 

「でも、そこから先の記憶。いや、意識は全くといって無い」

 

 風間との戦闘中は意識が明瞭であった。

 五感が共有されているという感覚。

 身体を動かす主導権はないが、動いているという実感はある。

 例えるならば、電気によって勝手に肉体が動いているようなものか。

 

 まあ、そんな実感はどうでもいい。

 気になったのは──。

 

「何を、していた?」

 

 プツンと。まるでブレーカーが落とされたように意識は断絶した。

 

 身動きは取れず。ただ昏い、いつかいた”不思議な世界”にただ浮かぶ。

 そんな一瞬を過ごしていたような気がする。

 

『…………』

 

『亡霊』は、ただ無言のまま。

 ここでは互いの考えが筒抜けと、先ほど言っていたが全くとこちらには見えも聞こえもしない。

 

 そうしてやっと。ただ短く、『亡霊』は答える。

 

『存在意義を果たすための保険だ』

 

 やはりというか、迂遠な言い回し。

 

 であるならば。

 

「『お前』の存在意義は──」

 

 なんなのだ?

 そう、告げ切る前に浮遊感が身を襲う。

 

『時間だな』

 

 体が、地面から離れていく。

「俺」は地面を見下ろし、『亡霊』は俺を見上げた。

 

「なっ!?」

 

 浮遊に逆らえない。

 手放された風船みたいにただ上へ上へと浮かんでいく。夜空の星に、この身が溶け込んでいってしまう。

 

 ふざけるな、まだ聞きたいことは残っている。

 

 ただ、必死にもがこうが浮遊は止まらない。

 

『亡霊』の声が、やけに大きく聞こえた。

 

『枷は解かれ、結ぶべきではない(えにし)はそれでも結ばれた』

 

 聞こえた声は、酷く「来栖」のうちに刻まれる。

 

『ならば。来栖響(俺たち)は越えなければならない。()()()()()()()()()と、()()()()()()()を』

 

「何言って──!!」

 

 浮遊しているにも関わらず、叫ぶことすらできない程に身が重くなっていく。

 瓦礫の山に佇む『亡霊』がその姿を小さくしていく。

 

『覚悟は見た。可能性もまた。だが破滅を越えるにはまだ足りない』

 

 身体にかかる重みがが眠気へ転じていく。

 朦朧とする意識を、それでも『亡霊』の声を聴き逃しはしないと奮起させた。

 

『確かめさせてもらうぞボーダー。そして──』

 

 ──太刀川。

 

意識が、途絶する。

 

 

 

そして、長い夢をみていたかのように。目蓋を開けた、という実感があった。

 




まだ、あの日を俺たちは超えていない。
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