中世農民転生物語   作:猫ですよろしくおねがいします

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貧者のパン

 野原にやってきたわたしと少女は、恐らく7フィートはあろう植物の周囲を木製のシャベルで掘り続けていた。

 やがて、根っこまで完全に掘り返し、肩で息をしているわたしの前に、少女が泥だらけになって何かを差し出してきた。

 

 アンジェリカの根である。正確に言うなら、地球のアンジェリカに似ている花の根っこであった。アンジェリカとは、寒冷地に自生する巨大な草本植物で、その植生はアイスランド、ラップランド、グリーンランドにまで到達しており、根、茎、葉から種子に至るまでを食用、或いは薬用とすることの出来る有用な植物としてそれなりに有名である。ラップランドのサーミ人も、根を食用としており、また茎からはフルートを作り出している。十字軍の王2という北欧製ゲームでフィン族プレイのついでに知った雑学であった。

 

 ところで、アンジェリカの根は美味しいのだろうか?腹を空かせた少年少女は私たちだけではないのに、彼方此方に自生しているアンジェリカが見過ごされているところでお察しください。とは言え、やや苦味があるが柔らかな肉質はけして悪くない。偏屈で知られる村の老人が根を好んで食べていた。わたしたちがこの根を食べても死ぬことはあるまい。

 

 前日、彼方此方と野原を探し回ったお陰で、アスパラガスは見つからなかったものの、幾つかの食べられそうな植物に目星をつけられた。

 

 一口に近くの森と言っても、村から見渡す限りの四方が森林であった。僅かな草地を除けば、村は森に包囲されている。わたしを始めとして、村の西側に暮らす村人が普段うろついているのは、主に村から西の野原と北の森で、村近くでも慣れぬ場所に関しては、普段からほぼ踏み込まないようにしてきた。

 

 

 人の入らぬ森は、異界の気配を濃厚に漂わせている。見知らぬ森は尚更だった。少し奥まった箇所まで踏み込めば、連なる木立に見通しは利かず、空を見ようとも枝葉で遮られている。森は闇に包まれている。そして、森で迷えば、人は容易く死ぬ。

 北の森では、半刻(1時間)奥へと歩こうが戻ってこれた。見知った森であれば、栗など食べ物や木材の自生地、獣からの逃げ道やら水場まで熟知しているが、他の森では100を数える程度でも奥に踏み込んだら、生きて帰れる自信はなかった。

 そんな処では獣も遥かに恐い。北の森ならやり過ごす手段も経路もなんとか思い浮かびそうだが、獣の縄張りでは逃げ切れる気もしない。見知らぬ森はそれほどに危険で、村の周囲だけでも、森の全てを知り尽くすには何十年の歳月を費やしてもきっと足りない。

 

 だけど、春の今の時期。そして浅い部分に限れば、普段はあまり行かない森に行くのも悪くはなかった。雪解けの野原には武装した村の牧童たちがちらほらと見掛けられて、これが彼らが狼に太刀打ちできるかと言えば、怪しいところでもあったのだが、とは言え、草が青々と茂る春から夏に掛けての時期。他に丸々と太った兎や鹿などを獲物に期待できるとなれば、狼も手強い犬と人間に守られた羊を敢えて襲う気配は見せずに、為にわたしたちも、あくまですぐに逃げ帰れる場所に留まりつつだが、見知らぬ森を探すことで意外な実りを見つけられた。

 

 兎に角も、アンジェリカと、他に幾つかのアブラナと思しき植物を見つけたのは僥倖であった。

 果たして、このアブラナに似たアブラナもどきの根は食べられるだろうか?見た目だけなら、大根の親戚に見えなくもないのだが。それなりに美味そうですらある。見当はつかねど、村では豚が飼われてる。豚は雑食である。

 

 試しに与えてみれば、食べた。

 

 豚が食べるものならおおよそ人も食べられよう。しかし、水気がなく全然美味しくなかった。兎も角もアブラナの根も食べられた。食料確保である。

 

 自生していたアンジェリカとアブラナの根、そして農民の子にも調達できる僅かばかりの雑穀の粉を使い、いよいよ料理の時間である。作るのは、パンだ。

 

 

 さて、古来より欧州において主食として重視されていたパンであるが、基本的には保存食であり美味いものではない。特に麦パンなら兎も角、これから作る雑穀に木の実や根、幹まで混ぜたパンはけして旨いと言えるものではない。ないが、まあ、偶には悪くない。

 パンは、お粥に比して日持ちする。火種を作るのも、料理するのも大変な時代だからね。まとめて作るのが効率的なんだ。お粥のほうが美味しいのにパンが流行った理由である。

 

 まずは小川から水を汲んでくる。狼に襲われた記憶がまだ残っているのか、少しばかり少女も怯えていたが、大人の豚飼いや牧童らの移動に合わせることで清水を確保できた。わたし?勿論、平気だよ。と言いたかったが、少しだけ足が竦んだかな。

 井戸の水でも良かったのだが、春も終わりに近づいている。欧州で井戸水は飲むなとも聞くが、危ないのは基本夏で、寒冷な秋から春までは、まず大丈夫。夏場になると時折バクテリアが発生して井戸水が痛むことが在る。であれば、北の山麓からの雪解け水を使うべきだろう。折角のパンなのだ。できるだけ清潔な水がいい。

 

 釣瓶に水を運びつつ、何処で料理をするかと頭を絞る。安全なら、我が家の裏庭。他人の邪魔を拒むなら北の森の浅い場所。これにも色々と悩んだが結局、家の裏手であまり人が来ない空き地で作ることにした。

 

 少し起伏があって木々と茂みにも囲まれた他所から見えにくい隠れ家。ここなら炊煙も見えにくかろう。下の子と隣のエイリクなんかは、よくやってきたりするが、よその子はあんまり来ない。多分、わたしたち以外は誰も知らない。

 

 元々、村は丘陵地帯に建てられている。彼方此方に起伏の在る地形が残っているのは当然で、土塁めいた形の土手では、よく城塞に見立てて、子供たちが城攻めごっこやら、穴に入り込んではゴブリンごっこやらをしてる。

 ちなみに城という概念は、吟遊詩人の言葉に拠ってもたらされた。見たこともあるまいに、子供の想像力は凄いものだが、村長の館の延長を想像しているのだろうか。農民の子から見れば、あれも立派な城塞であった。

 

 さて、秘密の隠れ家へと少女を案内した。幸いというべきか、誰の姿もない。一度だけ見慣れぬ若い二人の男女が逢瀬しててびっくりした。その時は、何故かこちらが怒鳴られて拳骨食らった。なんと理不尽な若者たちか。まぁ、分からないでもないが苦い思い出である。ぼくたちの隠れ家とんないでよぉ!

 

 数日前から料理の準備だけはしてあった。積み上がるは、枯れ枝と薪の束。自分で採ってきたのだが、四方を森に囲まれていて薪には困らねど、金属の斧が未だ貴重品で、伐採と薪割りが重労働であることに変わりはない。纏まった薪を揃えるだけで、中々に苦労を強いられた。

 仮に他所の子に見つかったら、持っていかれるのは確実な不用心さで薪の束は放置してあった。持っていく子供も、言いつけられた薪集めを楽に済ませる事が出来た!なんて調子で、他人の物を盗ったという意識すらほぼあるまい。なので、普段から迂闊に秘密基地に置く訳にもいかない。勿論、盗みは許されないが、薪の山を誰の場所でもない共有地にずっと放置しておくような真似をすれば、盗られる方が悪いのである。

 

 

 雑穀に水分と切り刻んだ根を混ぜ合わせ、おやつの豆も投入。少女に捏ねるように頼む。ふんふんと鼻息も荒くうなりながら粉を捏ねている少女を他所に、わたしは火打ち石と藁屑で火を付ける。Cの形に盛り上げた土の上に、水洗いした平らな石を置いて、充分に熱したところで粉を垂らして円状に塗りつける。

 

 パンの種?村にもなくはないけど使わない。何日か放置したお粥が種になる。

 それを食べられるように焼いたら人類史上初のパンになったって寸法さ。村の昔話では、ズボラな農民が発明したとか言い伝えられている。

 

 竈代わりと言ってはなんだが、土器の壺を逆さにして被せる事で熱を逃さぬようにする。待つこと、農夫とトロルを歌う事2回。およそ3~4分くらい。少女と同時に歌い終わって、蓋代わりの壺を開けると、そこにはこんがりと焼けた見た目パンっぽいなにかが。

 わぁい。中世で言う貧民のパンだ。美味しそうだぞぉ(そんな筈はない)

 

 調味料は、ほんの僅かばかりのお酢と塩。贅沢だね。

 

 湯気を立ててる不味そうなパンをじっと見つめる少女。先に差し出すと、何も言わずに食べ始めた。無表情であった。何時もみたいに、はしゃぐ様子もない。わたしも焼けたパンを食べる事にする。やはり大して美味しくない。なんかボソボソしてる。大麦のお粥やら、麦のパンやらとは比べ物にならない。一つしかない木椀で代わる代わる余った水を飲みながら、無言で焼け上がったちょっと苦いパンを貪り続ける。

 

 僅かばかりのお酢と塩には、遂に出番はなかった。

 ゲフッと少女がゲップを洩らした。3枚目を食べ切って腹一杯になったらしい。動けない様子で膨れた下腹を撫でている。わたしは5枚目で入らなくなった。

 

 食べすぎたのか気分が悪い。ドテッと横になる。下の子たちに持ち帰る分を焼こうかと思うが億劫で動きたくない。なんとも気だるい気分だった。

 パンだねぇ。少女がつぶやいた。パンだな。言葉を返した。それだけでまた暫く沈黙した。

 恐らくは生まれてはじめて味わうであろう満腹感に身を浸しながら、わたしたちは、ただ空を見上げ続けていた。

 




じゃがいもが貧民のパンとか呼ばれてたらしいが、本物の貧民用レシピのパンも当然あった。

こんなものが貧民のパン?

明日、もう一度来て下さい、本当の貧民のパンをお見せしますよ


材料……木の根っこ、木の皮、豆、雑穀


フランスなどは食料供給は安定していて、貧民ですらたっぷりと黒麦パンを食べられた。上の貧民のパンは、普段は家畜に食べさせていた。


……中世は豊かな時代だった?(書いたり調べてるうちに頭がおかしくなってくる)

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