中世農民転生物語 作:猫ですよろしくおねがいします
春も終わりに差し掛かる頃、我が家の菜園もそれなりに形となっていた。
畝の上に綺麗に並んでいる人参やキャベツの苗を眺めてみれば、達成感もひとしおに沸いてくる。風にそよぐ青々とした麦畑に比べても、やはり整った菜園は壮観だった。これから夏を経て、秋に収穫し、そのうち幾らかは交換し、幾らかは長い冬を越えるために保存する。常に心に伸し掛かってきた冬の重みが、今ばかりは少しだけ軽くなったように思えて、気が早いと知りつつも、今年の秋の収穫が楽しみであった。
畝の形を整えながら、ふと両親についての想いが頭をよぎった。考えてみれば、年端も行かぬ小僧に、よくも好き勝手に菜園をいじらせてくれたものだ。物心ついた時より暇さえあれば手伝っていたとは言え、よくぞ信頼してくれた。
なにくれとなく質問攻めする奇妙な子供であった。父は知らぬことに見栄を張らず、一緒にやってみようと試みる人であった。母は色々な話をしてくれた。
手伝うさながら、対話を重ねられたとは言え、恵まれた家族であり、家族関係だとも思えた。これで多少なりとも日々の恩を返せただろうか。
数日後の夜明け、わたしは怒りのままに咆哮しながら、薄明の菜園を駆け回っては棒を振り回していた。別に発狂したわけではない。他人が見れば、発狂したと取るかも知れないがべつにどう見られようが構わない。
なんで鳥さん、人の育ててる人参食べるん?思わず幼子に退行して問いかけるも、ムクドリさんからの答えは返ってこない。此方の手の届かない距離に降りると、つぶらな瞳でじっとお野菜さんを見つめている。分かってるよ。お前のこと。俺が姿を消したら、すぐに菜園に舞い戻るんだろ?駆逐してやる。お前ら野鳥共を、絶対に!一匹残らず!怒りのあまり、血管が切れそうになる。
ただ、野鳥を駆除したい、その一心であった。頑張ったのだ。しかし、頑張っただけだ。願望で終わってしまった。投げた石は見事に命中して、成長途上のキャベツを押し潰した。一羽も、捕れませんでしたぁ!笑えよ。
農業をした人でなければ、この身を焼くような悔しさは理解できまい。想像してご覧?家族を食べさせる為、来る日も来る日も額に汗して頑張って水を撒いて、雑草抜いて、虫取って、1年以上も寝かせた堆肥を撒いて、土を耕して、ちょっとした畝まで作った。ほんとに大変だった。まあ、畝といってもちょっと土を盛り上げただけだけど。それを空から鳥が舞い降りてきて、お、こんなところに野菜が生えてるやんけ。ちょっと摘んだろ、うまぁ……ムクドリこそ邪悪と欲望の化身。よく分かんだね。
怒りに任せて石礫を放ったが、そうそう当たるものではない。憎きムクドリめは、せせら笑うように鳴き声を上げながら飛び去った。神様に射撃チートもらったら、世の全ての鳥を絶滅させていた処だった。運が良かったな!俺にチートが無くて。
まさか、ムクドリに生活を脅かされる日が来ようとは。菜園を大きくした弊害だろうか。連中、明らかに裏庭に狙いを定めてやがる。まさか、ムクドリネットワークとかあって、あっちの家の人参は拙い。あそこのうちのキャベツは美味しいよ。わあ、それならあたしも行ってみようかしらん、とかおしゃべりしてるんではなかろうな。
くそ、ムクドリたちめ。俺がなにをしたっていうんだよぉ。やめたげてよぉ。キャベツさんが死んじゃうよぉ!十歳の子の無垢な叫びは、一向に鳥類に聞き入れられることはなかった。
おかしい。明らかにうちに……うちの野菜が狙われてる。なんぜ?FXで溶ける、全てが……みたいな顔してたら、気の毒に思ったのか。たまには遊んできなさい、言いながら父に外へと放り出された。
そうした訳で、いきなり朝から暇である。畑仕事を涼しい午前のうちに済ませるのが我が家の流儀であるので、遊ぶのはいつも午後からであった。他の家とて似たようなものだろうが、顔見知りに会えないか気ままに村をぶらぶらしていたら、約束もしてないのに土手の上に少女が現れた。
愛かよ。
わたしを視認した瞬間、土手を駆け下りて突っ込んで来た少女を抱き止めると、勢い余ってくるくると回転する。受け止めなかったら怪我したんじゃないか。信頼が深すぎてちょっと恐い。犬のように匂いをふんすふんすと嗅ぎあっていると、井戸へと向かう途中なのか。洗濯物を抱えた村の姉さんたちが笑い声を上げながら通り過ぎていった。
ところで、なんで、他の家の野菜は狙わないで、うちの野菜に群がるの?、他の家なにやらムクドリ対策でもやってるのかしらん?
暇にあかして、他所の家の菜園を観察させてもらうとキャベツがしおれていた。否、しおれたキャベツを育ててた。あからさまに水が足らない。遠目だが、土の具合もなんとなくよろしくない感じを受けた。多分、堆肥は殆んど使ってないんじゃないかな。畝もなければ、整然と列となってる訳でもない。無秩序に穴掘って種を植えた感。うちの野菜よりだいぶ手を抜いてるようだ。食えりゃあいいんだよ!って感じである。
誤解しないで欲しい。手を抜いたとしても、野菜は所詮、副菜で主食には成りえない。キャベツをいくら真面目に作っても、麦が不作だったら餓えて死ぬ。
そして農作物の出来不出来は、現代ですら、その年の気象に大きく左右されている。努力はけして無駄ではないけれど、同時に人力ではどうしようもない側面が農業には確かにあった。作物の出来を粘土や亀の甲羅を焼いて占う卜占も、湿気や温度で微妙に割れ方が異なったりする。現代人は迷信と呼ぶが、自然の微細な徴候を読み取れる繊細な感受性の持ち主を、古代人は霊感と言い、巫女と呼んでいたのかも知れない。
だから、野菜づくりに手を抜いていたとて、必ずしも怠惰とは言えないし限らない。まあ、紛れもない怠け者も村には幾人かいるけど、それも生き方だろう。あまり近づかないようにしてる。軽蔑してる訳じゃないよ。
兎にも角にも、ムクドリさんが我が家の裏庭を襲う理由はなんとなく了解した。そっかぁ、うちの野菜美味しいんだ。見る目あるじゃんか。鳥頭のくせに。とは言え、ムクドリは滅びるべきである。
「ところで目玉焼き食べたくない?」
「食べゆぅうう!」少女が叫んだ。
午前中の狩りの成果は上々で、青々とした不気味な卵が10と3つ。ムクドリは、かなり多くの卵を生む。それと雛を8羽ばかり捕まえた。
ムクドリは、春から夏に掛けて繁殖する。まさしく今の時期であった。そして連中の帰巣する位置と方角には、既に見当がついている。村の概要図と各戸の位置を記した粘土板に、ムクドリの姿を見掛けた方角を重ね合わせるだけですんだ。
村内の木や岩、家屋など、必要な目印は既に割り当ててあるから、村内。少なくとも近隣に設けられた巣のおおよその場所を割り出すのは比較的に簡単であった。兎も角、近所のムクドリの巣の排除は時間の問題だと見込んでいる。虫を食べるから全ては間引かないし、間引けるとも思わないが、鳥害も多少はマシになるだろう。ならなければ順次、遠い巣も間引くだけだが。文字が書けないからと言って、農民の子供も馬鹿ではないのだ。
家への帰り道。丁度、山羊を連れていたエイリクと遭遇。交渉の末、卵4個と壺半分の山羊の乳を交換する。ちゃんとお袋さんに届けろよ。一人で喰うなよ?念を入れて釘を刺す。よだれを垂らしながら、エイリクはうなずいた。これがベリーなどであれば、なにを言おうが家に持ち帰るまでに消滅してるのは間違いないが、今日の手土産は焼かないと食べられない卵であった。サルモネラ菌は80度で死ぬ。そしてエイリクに、目玉焼きなどと言った料理を作ろうと考える脳みそが在るかは、怪しいところであった。恐らく卵は無事に届くであろう。うちに持ち帰る分も十個ばかり在る。下の子たちも喜ぶだろう。
昼食時の我が家へ少女を連れ帰って、下の子らとも引き合わせる。
少女に向けて誰だ、こいつ、みたいな視線を向けていた下の子たちも、膨大な戦利品を目の前にすれば、秒速で破顔した。卵!卵ぉ!と酔っ払った犬みたいに部屋を跳び回っている。不審者の存在は脳裏から吹っ飛んだらしい。焼き鳥もあるぞ!ひなだから軟骨が美味しいんだ。
母の横に並んで、料理を手伝いながら、ムクドリさんの歌を歌う。
酷いよ、ムクドリさん。汗を垂らした野菜を食べないで。
ごめんなさい。農民さん。お詫びにわたしの家に案内します。
さあ、ひなをご馳走。卵もあります。さあ、たくさん食べて元気をだして。
そういうことなら承知した。わしの野菜を齧ってもいいよ。
ムクドリさん、わっはっは。農民さん。わっはっは。
即興の歌だったが、下の子たちは気に入ったようだ。巣を全滅させれば溜飲も多少は下がる。ちょっと寛大な気持ちになってムクドリを許す気分も湧いてきた。まあ、お互い様の気持ちってのは大事だよ。怒ってばかりだとストレスも溜まって、心にも体にも良くないからね。
焼いた雛に塩を擦り込んだ焼き鳥を食べた少女が言葉を失って静止した。そんなに美味いか?いつか、豚肉を喰わせてやりたい。春と夏の間は、卵焼きと焼鳥食べさせてやるからな。覚悟しろよ。
ともあれ、ムクドリは滅びるべきである。
調べると、ヨーロッパだけでも降雨量は大きく異なっている。
南欧 夏は雨が少なく、冬は雨が多い。季節の変化が大きい。
北欧 一年通して雨が多い。 夏は雨が多く冬は少ない。
東欧 一年通して雨が少ない。沿岸部は除く。夏は雨が多く冬は少ない。
西欧 一年通して雨が振る。 季節の変化が少ない。
気候と植生の辻褄を合わせると、
イングランドから西欧北部に近い気候の沿岸部
→中欧から東欧めいた内陸部。ということになった。
お、フィンランドに近い土地かな。
なんとかなるやろ。わいはムーミン好きやからな。(お目々グルグル
いざとなったら「異世界ですから」で逃げるんだぞ