中世農民転生物語   作:猫ですよろしくおねがいします

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 口内炎で更新遅れた。
 全然大した事ないんやが、文章書くのに集中できん程度の痛みで



犬子犬

 或る日の午前、西の森と草原の境界。

 わたしとエイリクは、地面に小枝と藁を積んでいた。

 これも森で見つけた火打ち石を使って、火花を散らして火種を大きくしていく。

 燃料となる薪は、森にやって来るたびに少しずつ集めて決めた茂みに蓄積していたものがある。狩りの際にちょっとした楽しみに用いてもよし。何かあった際は冬の薪にも転用できる。

 

 ひな鳥の肉が香ばしい香りを放ち始めた頃、わたしは相棒に呼びかけた。

「親父さんに話は通してくれたかね?」

 ひな鳥に手を伸ばしながら、エイリクが応える。

「一応な。だが、決めるのは親父だ」

「分かってる。話す機会をもらっただけで充分だ」

 森から少し離れた落葉樹の幹に寄りかかったわたしは、目を閉じてプリムラの花束の匂いを嗅いだ。

「また、女への贈り物か」

 焼き鳥を咀嚼しながら、エイリクが鼻を鳴らす。

「お前なら、他にもっと顔のいい……」

 無言でじっと見つめると、エイリクは口を閉じて手のひらを振った。エイリクは早熟なようだった。しかし、十歳と十二歳の会話ではないかも知れん。

 

 二匹目の皮を毟り、木に突き刺して焼いていると、対面のエイリクが草原の明後日に視線を転じていた。

 なにを見てるかと思えば、草原で飛び跳ねている兎だった。

「兎、か」

 一応、縄と布で作った投石器を携帯しているが、晩のおかずに転生してもらうには少しばかり距離が遠すぎた。

「美味そうだな。見ろよ、あの足」

 羊の胃袋の水筒を傾けたエイリクが、口元を拭いながら兎を熱っぽい目で見ている。

「もうムクドリに飽きたか?贅沢なやつだな」

 羊胃水筒を受け取りながら、わたしは鼻を鳴らした。

「ムクドリよりは食いではある」

 そう言って、エイリクは食べ終わったばかりのムクドリの骨を地面に吐き捨てた。

 

「巣立ちしてない雛鳥を掴まえるよりは難しいだろうな」

 わたしが淡々と告げると、苦い顔でエイリクは舌打ちする。

 エイリクの表情を見て、わたしは言葉を続けた。

「その顔は、もう試したか?」

「風早も、もう年寄りだからな」

 エイリクが吐き捨てるように言うと、傍らにいた犬が呼ばれたと思ったのか、のそりと身を起こした。

 風早は、エイリクの犬の名前だ。元々は違う名前だったが、吟遊で語られていた本家英雄エイリクの愛馬の名をエイリクのやつが気に入って自分の犬をそう呼び始めた。可哀想に、急に名前が変わって相当に混乱しただろう。

 

 エイリクの家は、大家族だ。数家族が集まって暮らしているだけに、それなりの耕地を持つエイリクの一族は、害獣対策の必要性から数匹の犬を飼っている。息子の好きにさせてるだけあって、風早は他の犬よりやや年嵩だったが、まだ年寄り犬という年齢ではない。獲物を取れなくなった老犬は処分されてしまうことも少なくないが、一方では看取るまで面倒を見ている飼い主も珍しくない。いずれどのような運命を辿るにせよ、無言で飼い主を見上げている風早は、取り敢えず今の境遇に満足しているように見えた。

 

 言うまでもなく風早はかなり大きめの犬種だった。寒冷地に適応して、上の毛並みは立ち上がるように真っ直ぐ、下の毛並みは熱を逃さないようにきめ細やか。ややふくよかな顔つきは、遠い縁戚である狼に似てなくもない。

 風早の頭と尻尾の付け根を撫でながら、動けなくなった雛を目の前に置くと、此方の様子を伺いながら尻尾を振り出した。可愛いやつだ。

「よし」

 風早が肉に齧り付いた。細かい骨ごと噛み砕いて食べ始める。生きた獲物を命令一つで八つ裂きに出来るのは、いい犬だ。番犬としても猟犬としても役に立つ。

 

「兎に角、兎は足が速い」

 飛び跳ねる兎を観察するようにじっと眺めていたエイリクがため息をついた。

 金色の髪を右手でかき回しながら、なにやら考え込んでいた。

「やるなら犬が3匹か5匹、それに人も五人か七人欲しいな」

「脚が早かろうがなんだろうが囲めば関係ない、か」

 元の世界の兎狩りから見てもエイリクの計算は正しいだろうが、眉を顰めて問いかける。

「随分と大掛かりになるな」

 へし折った枝を火に放り込みながら指摘する。

「連中、畑を荒らす。纏まった数を仕留めれば割に合う」エイリクが呟いた。こいつも色々と考えているようだ。

 

 わたしとエイリクは、互いに心を許しあっている訳ではなかった。わたしはエイリクが脅迫してきた事を忘れなかったし、その狡猾さを警戒してもいた。エイリクもエイリクで、農民の子供らしからぬ智慧を持つわたしを警戒している節があった。

 それでも私たちは多分、友人ではあったと思う。

 

 おかしな話だが、わたしはこの油断できない友人との付き合いに奇妙な面白みを覚えてもいた。或いは、エイリクもわたしと同じ気持ちであったかも知れない。

 

 確かに広い畑の持ち主にとって、兎は悩みの種だろう。我が家の菜園は兎を警戒せねばならぬほどには広くなかった。柵は頑丈で念の為に毎年、見回っては補強している。麦は多少の被害を被っているが、まだ頭を抱えるほどではない。

 そうした大掛かりな害獣駆除には、残念ながら。或いは、幸いというべきか。将来も関わることはないだろう。

 

「出来る事はしておきたいのさ」

 最後のひな鳥に手を伸ばしながら、エイリクが告げた。

 地面に枝で兎と、それを囲む犬の群れを描きつつ、わたしは呟いた。

「大人にならにゃあ、それだけの采配は出来んだろうよ」

「人手……さもなきゃ罠か」

「どんな罠だ」

「……それを考えてる」膝に顔を埋めながら、エイリクは唸った。

 獣への罠だと、まず第一に落とし穴だが兎には有効ではないだろう。

 個人でやるとすれば弓だが、鏃と訓練が必要。駄目だ。特に何も思い浮かばない。

 所詮は他人事だし、切羽詰まっているわけでもない。

 肩を竦めたわたしは、土を掛けて火を消した。

 

 

 

 

 

 一見、単調にも見える農村の生活だが、実際にはそこに自然との調和と先人の智慧が織りなす文明の本質が息づいている。

 

 まず朝起きて歯を磨いてから大麦粥を朝餉とし、軽く柔軟体操をして意識をはっきりとさせる。

 ついで裏庭の菜園で朝一番の涼しいうちに水やりをする。ついで軽く見回って、雑草や虫など取り除いてから、友人のエイリクとともに西の森に出かけて鳥の卵などを採取する日もあれば、北の森から薪や腐葉土を持ち帰る日もある。

 

 狩りにしろ、薪集めにしろ、午前中なのは森での作業中に集中を切らしたくはないからだ。滅多にあることでもないが、一日の最後に労働でクタクタになった体で狼と対面するのはゾッとしない。

 朝飯を喰った直後であれば全力疾走も出来ようし、そう容易く狼のご馳走にされることもあるまい。とは言え、走ったところで狼に敵うものかよ。むしろ、村には朝一番に誰かが動き回った後の森ならば、狼が出る事もあるまいと考える農夫もいる。午前と午後のどちらが正しいか、いずれ答えが出る日も来るだろう。或いは、両方とも不正解かも知れないのが、大自然の厳しいところである。

 

 森の作業を終えて午前のうちに村に戻ったら、涼しいうちに畑仕事を行う。麦畑を手伝う日もあるし、菜園を世話する日もある。午前中にも軽食は取るが、正午になったらしっかりと昼食を食べる。我が家は大麦に若干、燕麦を混ぜた粥が多い。これが、大麦の出来が悪い年になると、燕麦や雑穀(主にカラスムギ)が増える訳だが、足りないとは思いつつも飢えるまではいったことがないのは幸いであろう。

 時々はライ麦のパンも食べるし、稀ではあるが、収穫期の直後などは小麦パンが出ることも在る。とは言え、基本は粥である。普段の粥はそう旨いものでもないが、最近は肉や卵も増えているし、数日に一度はチーズや山羊の乳を混ぜた粥も食べられる。

 

 午後からは家の仕事なり、村の雑木林での薪集めやらを行うが、貧弱な防護柵は当てには出来ない。一応、村内であっても、春先の雑木林などではイノシシに遭遇することも在るので警戒は怠れない。

 

 狼に負けず劣らず、イノシシも危険な生き物であった。特に繁殖期を迎える冬には非常に好戦的になるし、春先も春先で子供連れで腹を空かせた猪が彼方此方に鼻面を突っ込んでくる。

 何処から入り込んだものか、時には猪の群れが農道を暴走して、突き飛ばされた幼い子供がそのまま貪り喰われた事故なども起きている。

 森に面して暮らしている村人たちは、自然の恵みとともに時にその災厄も受け入れながら暮らしている。

 

 家での仕事だが、流石に薪割りは父の仕事だ。他には屋内で縄を綯ったり、服を繕ったり、籐を編んだり、母の仕事も手伝っている。

 

 話をひな鳥と卵に戻そう。両者とも素晴らしい食べ物だ。栄養豊富で美味しく良質なタンパク質と脂質まで補給できる。

 

 狩りの成果は家にも持ち帰っている。複雑な顔をしてなにか言いたげな両親には申し訳ないが、危険には最大限に留意しているので見逃して欲しい。現金な弟と妹は調子よく兄を称えてくる。

 

 我が家の冬への備えはほぼ整っている。次の麦の収穫にも拠るが、諸々の交換用を除いても、飢えるということはまずあるまい。(足りるという事も、また、ないのだが)

 仮に急激な冷夏などが起きたとしても、種籾も古いライ麦パンも充分に貯蔵されている。また、気候には不作の徴候も殆んど見えない。あくまで順当にいけば、の話では在るが、今年の収穫もほぼ例年通りを期待できるだろう。

 

  さて、少女だ。どうにも、今まであまり肉や卵を口にしてなかったようである。

 食事のたびに美味しいと喜んでいたうちはよかったが、突然に泣き出した時には困惑を隠しきれなかった。泣き止むまで半刻(1時間)ほど傍らで寄り添っていたらようやくに落ち着いたが、幸せと呟くのはいいにしても、いつ死んでもいいとか言い出してちょっと参ってしまう。

 

 少女の家庭事情をわたしは知らない。分かるのは、野暮ったい格好をした彼女が四六時中腹を空かせていて、栄養失調の一歩手前になっていたことだけだ。村の子は誰でも多少の空腹は抱えているが、栄養不足で弱っているのとは違う。

 

 少女は嫌がっていたが彼女の家の耕地を一度、見に行った。当初は不作なり、或いは貧困なりが要因かと考えていた。他所の家の内情に通じている十歳など中々にいる者でもないが、畑やら家畜やらを見れば、台所事情にもそれなりの見当がつくものだ。

 

 意外にも、と言うべきか。少女の家はさほど困窮しているようには見えなかった。畑の広さに作物の出来を見るに、裕福とは言い難いにしても、大半の村人と似たりよったりな生活を送っているのではなかろうか。だけど、少女は腹を空かせていたのだ。

 

 分からん。単純に貧困や不作が原因でないなら、子供を飢えさせるにどんな理由があるのだろうか。

 ちょっと思い悩んでいるわたしの手を、少女が手を伸ばして握ってきた。この娘、暇さえあればわたしと一緒にいたがるが、特に誰かが探しに来たことはない。捨て犬の心細さで必死に縋り付いてきているだけだとしても、安心したように脱力してる少女の顔を見たその時、僕は決めた。

 

 家の事情など分からん。が、分からんものは分からんでいいのだ。大事なのは、一人の少女を幸せにすることだった。

 野暮ったい服装と木靴。食事の際の遠慮がちな、しかし、嬉しそうなへにゃりとした笑顔。綺麗な花を見た時の、輝いている丸い瞳。話しかけるたび、はにかみながらも素直に変化するあどけない表情。一緒に散歩しているだけで幸せにはちきれそうに溢れる歓びの歌。

 美人かと聞かれれば、子犬に似てるから可愛いと言えなくもない。頭がいいかと聞かれれば、素直な性格をしていると答えよう。

 この娘を失わない。食べさせて、生き延びさせる。それだけ出来ればいい。或いは、それは子供にとって無謀な試みであったかも知れないが、わたしはやると決めていた。

 

 知らないだけで、もしかしたら村には他にも似たような境遇の子供がいるのかも知れない。だけど、わたしが救いたいのは、まずは隣りにいる女の子だった。これから半世紀くらい、季節のたびに肉や卵を食べさせる予定なんだから、こんなところで昇天するなんて許さんぞ、覚悟しろよ。

 

 

 




 猪や狼については、色々と対策を練っている。
 熊については恐すぎるので、普段は考えないようにしている。


 熊の喧嘩
 https://www.youtube.com/watch?v=qmMBN8bpyzE
 夜、youtubeで音楽聞きながら寝ていたら、こいつが音楽リストに紛れ込んでいて、鳴き声だけであんまり恐くて小便ちびるかと思った。


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