心の鎧が砕けるまで   作:階堂 仁

1 / 1
ひとまずライナーを苦しめる為の主人公の
在りし日の幸せな日常をご覧ください。

※捏造あります。 調査兵団が帰ってくる日が一日早いです。(巨人襲来の前日に帰ってきてます)


第一話 「日常」

 晴々とした空、綺麗な夕陽、見上げるには首が痛くなる程に聳え立つ壁、家々からは夕食だろう良い匂いがたちこめ始める。

 昼食を食べた後、幼馴染みと時間も忘れて遊んでいたがおいしそうな匂いを嗅ぐと忘れていた空腹が主張してくる。

(そろそろ飯の時間か、家に帰らないとな)

 そんなことを考えていると、一緒に遊んでいた黒髪の元気そうな少年がぐっ、と伸びをしながら俺に話しかけてくる。

 

「くぁ〜、もうこんな時間かよ。流石に腹減ったよなぁ…ロッド今日はもう解散しようぜ」

 

 どうやら彼も同じ考えをしていたみたいだ、同じことを考えていたなら話は早い。

 

「あぁ、そうだなエレン。俺も丁度腹が減ってきたんだ、続きはまた今度にしよう。アルミンもそれで良いよな?」

 

 黒髪の少年、エレン・イェーガーと同じく腹の減った俺は一緒に遊んでいたもう1人の幼馴染みにも確認する。

 

「うん、僕もそれでいいよ。本の続きは次会う時の楽しみにしようよ!」

 

 本を抱えて少し興奮気味に話す金髪の少年、アルミン・アルレルトも賛成のようだ。

 

「しっかし、エレンもアルミンも本当に好きだなぁ、壁の外の話。俺には到底信じられない話ばかりだよ」

 

「やっぱりロッドは信じられない? 商人が一生かかっても取りきれない塩の湖や、砂の雪原の事」

 

 今日の話題は本が好きなアルミンが特に入れ込む、壁の外の世界の話だった。

 なんでも壁の外には人を喰べる巨人の他にも色々な動物や景色があるらしく、世界は不思議で満ちているらしい。

 俺は出られもしない壁の外の話は、現実が狭く苦しいものであると思い知らされるようで真剣には聞いていないが、その話をする時のアルミンやエレンはいつもより生き生きとしていて、そんな2人を見るのが好きだった。

 

「アルミンには悪いとは思うけどな。

 でも、あったらいいなぁとは俺も思うよ。もし壁の外にそんな光景があるのなら俺も見てみたいよ」

 

 俺がそう言うと、アルミンは少し寂しそうな顔をするが何も言ってこない。代わりとばかりに、エレンが口を開く。

 

「なら、俺と一緒になろうぜ! 調査兵団に!」

「調査兵団になれば壁の外へ出れるし、誰も見たことのない世界を一番に見れるんだぜ!」

「ロッドだって前に首の長い黄色の馬がみたいって言ってたじゃないか!」

 

 また始まった……エレンは調査兵団の事になると興奮して早口になる。

 調査兵団。壁の内側から出ようとしない人類の中で唯一壁の外へと遠征し、人類の為にと世界の真実へと近づこうとする変人集団だ。

 その志は立派だと思うが、現実は無駄飯喰らいと揶揄されている。

 何故なら壁の外には壁を作った理由である人喰いの巨人というどうしようもない脅威が、外界へと向かう全てを阻んでいるからだ。

 エレンはそう思ってはいないが、人類は巨人に対して無力だ。

 いくら巨人に対抗する為の装備として空中を飛び回れる装置があるとしても、そんなもの大した足しにはならない。

 

 考えてみればわかる、大人と赤ん坊が戦えば勝つのはどう考えても大人だろう。大きいとはそれだけで強く有利なのだ。軽く撫でられただけで俺たち人間など虫を潰す様に死んでしまうだろう事は想像に難くない。

 だと言うのに、エレンは調査兵団に入れば巨人と戦って、いつの日にか壁の外へ人類が進出出来ると本気で思っている。

 

「あのなぁ、エレン。俺たち人間じゃ巨人には勝てないんだよ……調査兵団に入るなんて、そんな命を捨てるような事おばさんには言うなよ?」

 

「ロッド! お前までそんなことを言うのか!? 調査兵は強いんだ! いつか絶対、人類を壁から出してくれる! 人類の希望だ! 俺は調査兵になって必ず自由を手に入れるんだ!」

 

「だったら……! 調査兵団がそんなに強いならなんで俺たちはまだ壁の中なんだ!? なんで昼間に見た調査兵団の兵士は半分も帰ってこなかったんだよ!? お前まで……お前まで帰ってこないつもりかよ!!」

 

「それは……! そんな事……! 俺は死んだりしないから大丈夫なんだよ!!」

 

「そんな保証がどこにあるんだよ!」

 

 どうやら売り言葉に買い言葉で火に油を注いでしまった様だ。

 だけど、俺は意見を変える気は無い。大事な友達なんだ、調査兵団に入るなんて自殺行為認めたくは無い。今、ここにはいないもう1人の幼馴染みのミカサもそう言うだろう。

 ミカサは、訳あってイェーガー家に住んでいるのだがいつもエレンにべったりだ。

 そんなミカサがエレンの調査兵団入りを認めるわけもなく、俺と二人でいつもエレンに小言を言っている。こんな事はしょっちゅうだ。そんな時は決まってアルミンが間に入る。

 

「まぁまぁエレン、落ち着いて。ロッドも」

 

「でもコイツが!」

 

「ロッドはさ、エレンが心配なんだよ。エレンだってそれはわかってるでしょ?」

 

 そうアルミンが優しくエレンに聞いた

 

「それはっ! ……わかってる……。だけど……」

 

「だけど?」

 

「俺は見たいんだよ、外の景色を……世界は広いんだって、人類はこんなにも自由なんだ、って……」

 

「エレン……」

 

 心配されているのがわかっているのだろうエレンは、そうして押し黙る。

 これもいつものことだ……

 こうなるとこれ以上俺は何も言えない、いつかエレンなら分かってくれる。そう信じるしか無い。

 俺たちの間に重く気まずい空気が流れる。

 元はと言えば俺の撒いた種だ、俺がなんとかするしか無いか。

 

「悪かったよ、エレン。別に調査兵団を馬鹿にするとか、お前の夢を貶すとかそんなつもりじゃなかったんだ。俺は14にもなって訓練兵になってない臆病者だからさ、お前が死ぬかもしれないと思うとつい、な」

 

 そう言ってエレンに頭を下げる。エレンを心配するあまり言い過ぎたのも事実だ。

 すると、エレンもややバツが悪そうに頭を掻く。

 

「別に、ロッドが臆病者なんて思ってねぇよ……お前は兄弟を食わせる為に仕事してんじゃねぇか……ホントは兵士になりたかった事だって知ってんだよ……」

 

 エレン、知っていたのか……

 いや、少し考えればわかることか。

 そもそも俺がエレンと知り合ったのは俺の親父が生きていた頃だ。

 あの頃の俺はエレンやアルミンの様に調査兵団に入りたがっていたんだよな。調査兵団が街から出発する度に、なんとしてもこの狭い壁の中から出てやるって息巻いてたっけ。

 そうして出征する兵団を見送った後、自分と同じように興奮していたエレンと出会ったんだ。

 12歳になって訓練兵団にいざ入団って時に、大工をやっていた親父が事故で死んだんだ。

 俺はまだ6歳にもならない弟妹を親父の代わりに養っていく為に兵団入りを止めて、親父のいた大工に奉公に出ているのだ。

 なにしろ給料のいい憲兵になれるかどうかはわからないし、かといって見習い駐屯兵の給料じゃとてもじゃないが家族3人は養えない。

 調査兵団は憲兵と給料だけで見れば同じくらいだが、死と隣り合わせな職場だ。幼い弟妹を置いていくわけにもいかないし、当然のことながら兵士になるのは諦めざるを得なかったのだ。

 

「エレン、俺は……今では兵士になるのを諦めて良かったと思ってるんだよ」

 

「え?」

 

「だって、そうだろう? 

 兄弟3人で仲良く、何不自由……はあるがまぁ、普通に生活は出来てお前らみたいな友達ともこうしてたまには遊べる。そんな日常が好きになったんだ、壁の外を思うことよりもな」

 

 俺がそういうとエレンは俯いてしまう。

 恐らく、まだ俺が兵団に未練がまだ残っていると思っていたのだろう。

 ショックを受けているエレンにかける言葉が見つからず俺も黙っていると、ぐぅ〜、とエレンの腹から可愛い音が鳴る。

 そういえば飯時だから解散しようかって話だったな、と思い出す。

 エレンの方を見ると恥ずかしかったのか耳が赤くなっていた。

 その様子を見て俺とアルミンは顔を見合わせると、耐えきれずに笑ってしまう。

 

「クククッ、なんだ今の可愛い音は〜? しょんぼりしてても腹は減っちゃうもんだなぁ!」

 

「ちょっと、やめてよロッド。ぷふっ、笑わさないでよ!」

 

 今までの空気を払拭する為にわざとらしく笑ってからかうと、エレンの顔がみるみる赤くなっていく。

 

「お、お前らなぁ……はぁ、もういいよ……

 腹も減ったし俺はもう帰るからな!」

 

 エレンが調子を合わせて話を終わらせる、あいつも重い空気が嫌だったみたいだな。

 解散となると俺はエレンやアルミンとは離れた所に住んでいるからここでお別れだな。                  

 二人に別れの挨拶を済ませる事にした。

 

「おう、また来週な! ミカサとおばさんによろしく言っといてくれ! 

 あまり2人に心配かけんなよ! 

 アルミンも、またな! おじいさんによろしくな!」

 

「うん、伝えておくよ。またね! ロッド!」

 

「はいはい、わかったよ! まったく、ミカサが二人になった気分だよ……」

 

「ははは、なんだかんだ言ってもロッドも過保護だからね。手のかかるもう1人の弟みたいに思ってるんじゃないのかな?」

 

「俺はそんなガキじゃないっての……」

 

 会話を続けている二人を背に、弟妹が腹を空かして待っているだろう家へと向かう。さて、何を買って帰ろうかな……? 

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

「おーい、腹ペコども〜! 兄ちゃんが帰って来たぞー!」

 

 家にたどり着くなり玄関で大きな声を出して弟妹に帰宅を告げる。

 すると、すぐにドタドタと足音が聞こえてくる。

 自分と同じ銀髪の影が見えたと思うと、瞬間、抱きつかれる。

 

「あー! おそいよ、兄ちゃん! やっと帰って来たなー! 俺もうおなかが空いてしんじゃうとこだったんだからな!」

 

 影の正体は兄弟で一番幼い6歳の弟、レイドだった。

 物心がつくかつかないか、そのくらいの時期に父親を亡くしたものだから少し甘えん坊に育ってしまった。

 そんなレイドは寂しかったのだろう、中々離れようとしない。

 このままでは家の中に入れないのでレイドの関心を他に移す事を試みる。

 

「はっはっは! ごめんなーレイド〜! 

 お詫びに兄ちゃん、良いものを買ってきたんだ。それでゆるしてくれなぁ〜」

 

「えっ、ほんとうかよ兄ちゃん! なに買ってきたんだ!?」

 

 作戦成功、袋を持つ右手に興味を移す事が出来た。

 中身は少し奮発して買った晩ご飯の材料だ。エレンと喧嘩をして父親のいた昔を思い出したせいか、弟妹二人の喜ぶ顔がどうしても見たくて帰りがけに買ったのだ。

 そういえば妹のレイナはどうしたのだろう。

 

「それは夕飯の時のおたのしみってヤツだな。楽しみに待っておきなさい、ところでレイナはどうしたんだ? 帰ってないのか?」

 

「姉ちゃん? 居間で一緒に兄ちゃんを待ってたんだ! 姉ちゃん、本を読んでくれたんだ!」

 

「そうか、良かったな〜レイド」

 

「うん!」

 

「じゃあ、早くごはんを作らないとな」

 

 どうやら、レイナは家にいるようだ。

 弟のレイドの面倒を見ていてくれたみたいで助かった。レイナのためにも急いで夕飯の支度をしなければいけないな。

 レイドの手を引き居間にあがると、同じく長い銀髪が特徴的な少女が本を読んで机に向かっていた。俺の妹でレイドの姉、レイナだ。

 今年11歳になるレイナは年齢からするととても大人びて見える。

 こうして本を読んでいる姿を見るとミカサより歳下だとは到底思えない。ミカサも年齢に比べれば大人びて見えるが、レイナはそれ以上だ。

 実際言動もとても10歳を越えたばかりの少女のものではないだろう。俺がいない間は弟のレイドの面倒をよく見てくれているし、家事の合間に本を読んで勉強をしているようだった。

 非常に頼もしい妹で助かるのだが、親代わりの俺としては複雑な気分である。

 俺が頼りないせいでレイナが大人にならざるを得なかったのだと思い、不甲斐なくなる。

 もちろん彼女はそんなことを思ってなどいないだろうし、思うような人間ではないのだが……それとこれとは話が別なのだ。

 居間に上がってきた事に気づいたのかレイナは本を閉じると、顔をこちらに向ける。

 

「ただいま、レイナ」

 

「おかえりなさい、兄さん。

 アルミンさん達と遊んできたんでしょう? 楽しめた?」

 

 出来た妹の気遣いにお兄ちゃん、涙が出そうです。

 

「悪いな、レイドを任せて俺ばかり遊んで」

 

「そういう言い方は良くないわ、兄さん。

 兄さんは普段から私達の代わりにお仕事を遅くまで頑張ってるし、やっと頂けたお休みなんだから。

 兄さんが休日をちゃんと楽しんでくれなきゃ意味がないのよ。

 それに、レイドだって最近は聞き分けも良くて我慢もしてくれているもの。

 私が聞きたいのは私の家族を卑下するそんな言葉じゃないわ」

 

 なんと、怒られてしまった。大工の親方の下へ奉公に出て2年目にしてはじめて体験する定休で、少し羽目を外しすぎたかなぁと思って悪いと口に出してしまったが、そうか……レイドも家族の為に大人になろうと頑張ってくれてるのか……

 なら、俺が言うべき言葉は謝罪なんかではなく──

 

「ありがとう、レイナ。今日はほんとうに楽しかったよ」

 

「そう、楽しめたのね。

 兄さんがゆっくり休めたのなら良かったわ」

 

「それで、来週もみんなと会う予定なんだが……いいか?」

 

「良いも何も、兄さんのお休みでしょう? したい事をしたらいいのよ」

 

 そう言うとレイナは俺の身体からレイドを引き離し膝の上に乗せると、本を読み聞かせるべく手に取る。

 こちらに目配せをすると、膝に抱えたレイドへの読み聞かせを始める。

 料理を作れって事だな、本当によくできた妹で兄ちゃん嬉しいよ。

 台所に向かう途中「兄さん、楽しみにしてるからね」と声をかけられる。どうやら何を買ったかバレてしまっているようだ。

 これは下手なものを作れないぞ、と気合を入れて料理に取り掛かる。

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

「できたぞー! 待たせたな二人とも!」

 

 料理ができた事を声をあげて伝えると鍋を持ってすぐにダイニングへと向かう。

 鍋の中身を器に盛り、食卓に並べていると二人が到着する。

 うわぁー! と身体全体で喜びを表現するレイドに対してレイナはやっぱりねといった感じで嬉しそうにしている。

 

「あらら、レイナは何を作るかまで予想できてたかー……」

 

「心配しなくても、ちゃんと喜んでいるわ兄さん。久しぶりだもの、母さんのシチューは……」

 

 そう言って懐かしそうな顔を浮かべるレイナに、俺も微笑む。

 レイドは不思議そうな顔をしている。

 

「兄ちゃんが作ったんだから、兄ちゃんのシチューだろ? おれ、兄ちゃんのシチュー大好き!」

 

「ふふ。そうね、レイド。

 兄さんのシチューよね。私も大好きよ」

 

 レイドの言葉に優しく微笑むレイナ。

 兄ちゃんのシチュー……か。

 俺が作ったのには間違いはないが……

 実際にはレイドが言っているのはただの作成者という意味じゃないだろうし、俺やレイナが使うものと同じ意味の言葉なのだろう。所謂お袋の味、だな。

 俺が作ったのは、亡くなった母さんが得意だった鹿肉の入ったシチューだ。

 俺や、レイナがもっと小さかった頃。親父が給料日になるとウォールマリアでは少しだけ高価な食材である鹿肉を買って帰って、それを母さんがシチューにしてくれたんだよな。

 俺とレイナは、もちろん親父も母さんの作るこの鹿肉のシチューが大好きだった。

 食いしん坊な俺は早く食べたくて無理言って母さんの手伝いをして作り方を覚えたんだ。

 だけど、レイドが生まれて直ぐに母さんが病気になって倒れてからは俺が代わりに作るようになったのだ。

 だから、俺やレイナにとってはこのシチューは「母さんのシチュー」で

 レイドにとっては「兄ちゃんのシチュー」なのだ。

 俺は母を知らないレイドに、母さんの代わりに、母さんが残した物を伝えたかったのかもしれない。

 それからは親父が死んでしまうまで、毎月毎月このシチューを作り続けたんだ。

 親父が死んでからも毎月、というのは家計的に無理だったがなんとかやりくりして2、3ヶ月に一度はこのシチューを作っている。

 前回食べたのが、3ヶ月も前だと考えると自分の甲斐性のなさに泣きたくなってしまう。

 

「なぁ、なぁ! 兄ちゃん早く食べようよ!」

 

「あ、あぁ! そうだな! おかわりもあるからな! 腹一杯食えよ〜。あと、シチューだけじゃなくちゃんと野菜も食べるんだぞ!」

 

 レイドの一言によって自己嫌悪から引き戻された俺はシチューに喜ぶレイドに

「肉は滋養になるし健康的に成長するのに必要不可欠だけど、それだけではダメで同時に野菜も食べなければ病気に弱くなってしまうんだ」と、以前エレンの父親で医者のイェーガー先生が言っていたのを思い出して野菜も食べるように言い含める。

 

 露骨に嫌な顔をするレイド。

 

「え〜、野菜のぶんシチューを食べたいよ〜」

「でも、ほら、アレだ! 野菜を食べないと病気になっちゃうんだ!」

「シチュー食べれれば病気になってもいいもん!」

「好き嫌いするとおっきくなれないぞ〜」

「じゃあ一生チビでいいもん!」

「おぉう……参ったな……」

 

 我が弟ながら意思は固いらしい。

 仕方ない、ここはシチューを取り上げてでも先に野菜を食べさせるしかないか……

 しかし、そんな事をしたらシチューをこんなに楽しみにしてくれているレイドがかわいそうだ……

 いやでも、病気になってもしも取り返しがつかなくなったら……

 しかし、可哀想だし……

 そんな堂々巡りに頭を悩ませていると、最も頼りになる妹から助け舟が出される。

 

「あら、レイド。あなた今日、『将来はお兄ちゃんみたいになりたい』って言ってなかったかしら?」

 

「うん! 俺、将来は兄ちゃんみたいになって、兄ちゃんや姉ちゃんを助けてあげるんだ!」

 

「レイド……」

 

 なんだろうこの可愛すぎる弟は……!! 

 天使か!? これが話に聞く天の使いなのか!? 

 と悶えて兄馬鹿をしていると、レイナも少し赤くなってる事に気がつく。

 クールに見えて意外と照れ屋な妹をニヤニヤと見ていると凄い表情で睨まれる。

 おっと、話はまだ途中だったな。

 

「ありがとう、レイド。でもね、お野菜を食べないと……」

 

「食べないと〜?」

 

「お野菜を食べないとね、お兄ちゃんみたいにはなれないのよ」

 

「!? なんで!?」

 

「それはね……お兄ちゃんは実は野菜の神様に強くしてもらったの!」

 

「野菜の神様!?」

 

 なんだか、雲行きが怪しくなってきたぞ……? 信じていいのか? レイナ……? 

 

「昔はお兄ちゃんは身体が弱くて、かけっこだって一番遅かったの。信じられる?」

 

「うっそだー、兄ちゃんは大人にだって負けないくらい足がはやいんだよ!」

 

「嘘じゃないわ、本当よ。ねっ、兄さん?」

 

 そう言うとレイナがアイコンタクトを飛ばしてくる、成る程、話を合わせれば良いんだな…… 任せろ! 

 

「あぁ、本当だよ。兄ちゃんは昔はこの辺の子供で一番足が遅かったし身体が弱くて風邪もいっぱいひいてたんだ」

 

「ね、嘘じゃないでしょう?」

 

「うん……」

 

「それでね、ある日お兄ちゃんは気まぐれでいっつも残してた野菜を食べる様にしたの。そうしたらね、野菜の神様が現れて『これからキチンと出された野菜を食べなさい。そうすれば誰にも負けないくらいに健康な体にしてあげよう』って言ってくれたの」

 

「うわあ〜すごいや!」

 

「それからお兄ちゃんは野菜を残さず食べるようにしたの。そうしたらあら不思議、今のお兄ちゃんみたいな頼りになるお兄ちゃんになったのよ。

 だからね、お兄ちゃんみたいになりたいなら野菜を残しちゃダメなのよ。

 じゃないと、野菜の神様に嫌われて弱いレイドになっちゃうわ。それでいいの?」

 

「いやだ! 野菜の神様! おれ、ちゃんと野菜たべます! だから兄ちゃんみたいにつよくしてください!」

 

「レイドはいい子ね、大丈夫。お姉ちゃんも神様にお願いしてあげるから。もちろんお兄ちゃんもね」

 

「ありがとう、姉ちゃん! 兄ちゃん!」

 

 そういうと、レイドはシチューと一緒に野菜も食べ始める。

 どうやら、なんとか説得できたようだ。

 代わりに野菜の神様とかいう訳の分からない存在が誕生してしまったのだが……

 まぁ、嘘も方便。レイドが健やかに育つ為ならそれは必要な事だったのだろう。

 

「それじゃあ、レイナ。俺たちも冷めないうちに食べようか」

 

「ふふ、そうね。久しぶりのシチューだものこのままじゃレイドに全部食べられちゃうわ」

 

「ハハハ! 明日の分は残しておけよ、レイド」

 

「おれ、そんなに食いしん坊じゃないよ!」

 

「うふふふふ……」「はっはっはっ!」

 

 兄弟三人でのつつましくも和やかな夕食はそうして楽しく過ぎていったのだった。

 

 ────────────────────────────────

 

 

 夕食後、いつもと同じように親父達夫婦の寝室にある大きなベッドで三人、身を寄せ合って下らない話をしながら眠りについた。

 これが兄妹弟三人で過ごす最後の夜であると考える事もなく、明日もまた同じ一日が続くと理由もなく信じて。

 あの日の後悔を俺は生涯忘れる事は出来ないだろう。

 




次回、ロッド一家とエレン君たちは…生涯忘れられない思い出を作ります。

第2話「無情」 お楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。