“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

1 / 41
Prologue: 何れ、栄光へと至るティアラ
“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”


 

 

 

         師走下旬の日曜日。

 

 

 

 

 これだけで、何を指しているかわかる人もいるだろう。

 

 冬晴れの千葉、頬を撫ぜるは寒気。しかしそこは歓喜渦巻く、日本で一番の熱気に包まれる場所。走りを愛し、走りに愛された()()()の頂上決戦。その光景を目に焼き付けるべく中山レース場に集まったのは、30000人もの観衆達。

 

 

 

 

──『有馬記念』。

 

 

 

 

 数あるレースの中でも、所定の条件を満たし、選ばれた者だけが走ることを許される夢の祭典。その祭典に集うは、走るために生を受けた、異世界から受け継いだ輝かしい名前と、競争能力をもつ選ばれし少女達──人呼んで、()()()。彼女達は人間と共存し、共に支え合いながら歴史を築いてきたのだ。

 

 そして観客席の最前列、誰よりもウマ娘達に近い場所で、落ち着かない様子でレース場を眺めている、とある男が居た。

 男は所謂『トレーナー』と呼ばれる、ウマ娘と共に有り、時に厳しく、時に優しく寄り添う、彼女達と同じ夢を見る一心同体の存在である。彼は有馬記念に出場するとあるウマ娘の専属トレーナーであり、彼女の勝利を彼女と同じように──若しくはそれ以上に願っている。

 

 

 

 そんな中ゲートに現れたのは、14人の選ばれしウマ娘達。その様子は、緊張で頬に汗を伝わせる者、笑顔で観客に手を振り返す者、瞳を閉じて精神統一を図る者と、至って様々だった。しかしそれでも胸に抱く思いは同じ。頂の景色、己の存在証明。栄光を掴み、称賛を浴びる己の姿だけを胸に描いて、今か今かとただその時を待ちわびている。

 

 整列が終わり、熱狂と歓声に包まれていた場内を一転、静寂が満たしていく。音のない世界で導火線から火花を散らす、緊張の爆弾。14人のウマ娘が、ゲートが開く瞬間を逃さぬよう、全神経を張り巡らせている。

 赤い信号が、ゲートに灯る。開放の瞬間まで、あと僅か。一秒経ったか、十秒経ったか。容易に時間感覚を狂わせる緊迫と静謐、そして導火線は燃え尽きて───

 

 

 起爆した。

 

 

 開戦を示すゲートの開く音は、一斉に駆け出した少女達の足音に掻き消された。14人のウマ娘が、己の最強を証明するために芝を踏み鳴らして走る。

 善戦も健闘賞も不要、狙うは1着の頂のみ。積み重ねた鍛錬とプライドを両脚に乗せ、彼女達は2500m、各々のビクトリーロードを直走る。

 

 横一文字の様相は、序盤が終わって中盤に差し掛かると、徐々に変化を見せ始めた。現在14人が、大きく4つの集団に分かれている。

 序盤から己の最高速を叩き出し、逃げ切りを狙うウマ娘達。その後ろに付け、後半で逃げウマ達の腸を喰い千切らんとするウマ娘達。そしてさらにその後ろ、力を溜めて後半での差しを狙うウマ娘に、そのまた後ろ、最後尾に付けて後半での全抜きを狙うウマ娘。各々が自分の得意なスタイルを持ち、それによってレースの状況は刻一刻と変化してゆく。

 その中で、男の目線は第二集団のとあるウマ娘へと向けられていた。

 

 青いリボンで結われた大きなツインテールを揺らしながら必死の表情で走る、紅玉の様な瞳を携えた少女。艶のある暗い茶髪は冬の日差しに照らされて輝いており、頭の天辺に据えられた白銀のティアラをより際立たせている。身に纏う戦装束は、軍服をモチーフとした、瞳と対照的に全てを包み込む大海を思わせる青。

 男が注視しているその少女は、現在5順目に付けている。先頭から大きく引き離されているわけではないが、前を走る二頭がコースを塞ぎ、抜け出すことを許さない。このままでは力を出しきれずに、無様な敗北を晒すこととなるだろう。それを悟っているのか、必死な表情に、焦りと苦しさが混じり始めている。

 それを見た男の拳に、思わず力が籠る。男は知っていた。彼女がこのレースにどれだけの決意をもって臨み、どれだけの鍛錬を重ねてきたのか。血の滲むような努力、そんな言葉では生温い。尊大で、見栄っ張りで、気高い彼女が歩んできた道は、決して平坦なものなどではない。挫折と、苦悩と、啼泣を味わい、それでも折れることなく足掻き続け、今日この場へと立っているのだ。そんな彼女に、報われて欲しい。そんな思いから、男は瞳をギュッと強く結びながら、両拳を握りしめた。

 

 

 最終コーナーに差し掛かる直前。転機は訪れた。

 

 

 彼女の必死の形相が、闘争本能を露わにした獰猛な笑みへと変わった。細めた紅眼から稲妻が弾け、鋭角に吊り上がった口角から鋭い犬歯が剥き出しになる。

 グシャリ、と観客席まで響いたように錯覚しかねない渾身の膂力で地面を踏み締めた刹那。

 

 

 ──彼女は音を置き去りにするかのように加速した。

 

 

 進路妨害を意に介さず、先行する4人を数秒で追い抜いた勢いのまま、彼女は先頭へと躍り出る。瞬きの間に後続を引き離し、一刻毎に差が広がっていく。後続のウマ娘達が追い縋ろうと必死に加速するが、それを嘲笑うかのような速度で、彼女は疾風となってターフを駆け抜ける。

 

 

 誰が言ったか、それはまさしく、愚民が触れることを許さない、“高貴なる蒼穹(トップ・オブ・ブルー)”。

 

 

 誰が言ったか、それはまさしく、宝石のように気高く煌めく、“光輝なる真紅(ブリリアント・レッドエース)”。

 

 

 相反し、決して合わさることのない二色を兼ね備える、矛盾の体現者。高速で駆ける紅と蒼がマーブルのように溶け合い、紫電となって視界を染める。そんな彼女を、祈るように両手を重ねたまま見ていた男が、耐えられなかったかのように大声を張り上げた。

 

 

「──行ッけえェェ!! スカァァレットォォォ!!!」

 

 

 そんな男の声に応えるかのように、後続の消えた世界で、彼女はトップギアへとシフトした。ターフを切り裂くように、紫電が駆け抜けていく。勝ちを確信した彼女の笑みは、闘争本能に身を任せた獰猛なそれから、いつもの明るく朗らかなモノへと変わる。一歩、また一歩とゴールへ近づく度に湧き上がる歓声。それはファンファーレのように、彼女の凱旋を祝福していた。

 

 

 観衆の声に応えるように拳を高々と突き上げ、彼女はゴールラインを駆け抜けた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……きてよ、起きなさいってば!!」

「ふべらっ!?」

 

 爆音と共に頬に弾けた痛みで、意識を取り戻した。

 

「………夢?」

「はい?アンタ何言ってんの?」

 

 どうやら疲れから椅子に座ったまま寝てしまっていたようだ。ジンジンと痺れる頬をさすりながら後ろを振り返ると、ジャージ姿で両手を腰に当て、紅玉のような紅い瞳で怪訝に俺を見つめる一人のウマ娘の姿があった。

 

「あー……おはよ、()()()()()()

「いつまで寝てんのよ! ってか、なんで椅子で?」

「いやいや、今日のトレーニングのメニュー考えてたらいつの間にか……」

「はぁ!? アタシ今日、出走の日なんだけど!?」

「え!? ウッソだろお前!?」

「それはこっちのセリフよ! なんでトレーナーのアンタが把握してないのよ!」

「モタモタすんな! さっさと準備しろ、スカーレット!」

「パジャマ着てるアンタに言われたくないわよ!」

 

 ガミガミと叫び散らかす彼女──ダイワスカーレットを尻目に、俺は椅子から飛び起きて身支度を始めた。

 

 

 

 




ダイワスカーレッ党です。
対戦よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。