本日より更新再開します。
前半が『桜花賞』直後、後半から過去編になります。
望むティアラ、或いは求む力
「スカーレット! 見たわよ昨日の桜花賞! 1着おめでとう!」
「えぇ、ありがとう。上手く自分の走りを貫くことができたわ」
桜花賞の翌日。ダイワスカーレットは食堂で同期のウマ娘達から称賛を浴びていた。
優勝候補筆頭とされていたウオッカに勝った彼女の評価は、正に鰻登り。彼女自身は気づいていないが、称賛を与える同期の他にも、鋭い瞳で彼女を見つめるウマ娘が数名居る。今まで格下と思っていた相手が、圧倒的な走りを見せつけた。それだけで、警戒を与えるには十分だった。
ただそれはごく一部で、彼女の日頃の努力が周知であることと、外面の良さもあって基本的には好意的に受け取られている。
「頑張ってたもんね。私も鼻が高いよ」
「もう、偶々上手くいっただけよ。次もあんな風に勝てるかなんてわからないし、これからもちゃんと練習していかないとね」
「凄いなぁスカーレットは。もう次を見てるなんて」
「私たちもスカーレットみたいに頑張らないとね」
「ふふ、ありがとう。これからもライバルとして切磋琢磨していきましょう」
微笑みながら、彼女は言う。しかしその内心は、自分を讃える称賛に愉悦が溢れ出さないように必死である。
「──スカーレット」
そんな時、彼女は現れた。
「あ、ウオッカ! 昨日のレース見てたよ、惜しかったね」
「あらウオッカ。どうしたの? アタシに何か用かしら?」
「まぁな、ちょっとツラ貸せよ」
「えぇ、構わないけど」
ウオッカの促しに従って、彼女は食堂を後にした。
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「どうしたの? こんな所に呼び出して」
「気持ち悪りィんだよ、
ウオッカの言葉に、ダイワスカーレットは無言で目を瞬かせていた。その言葉の意味を察すると、彼女はフン、と鼻を鳴らし、意地悪い笑みを浮かべてウオッカへと問いかける。
「──で、何? 負け惜しみでも言いにきたわけ?」
「……そうだ」
「え……?」
挑発のつもりで発した言葉が素直に受け止められ、ダイワスカーレットは面食らう。そんな彼女の様子を意に介さず、ウオッカは苦しげな表情で言葉を続けた。
「……スカーレット。正直言って、俺はお前を舐めてた」
「……へぇ」
「また今回も勝てるって、勝手にそう思ってた。でも昨日お前と走って……思い知らされた。お前は今、
「……」
「それぐらい、昨日のお前の走りは“化物”染みてた。映像を見返しても、鳥肌が立っちまうくらいに」
「“化物”、ね……」
ウオッカが放った“化物”という言葉を、スカーレットは物憂げに呟く。どこか引っかかったのだろうか、気にはなるものの、ウオッカは自分の話を続けた。
「だからって俺は、このまま終わるつもりはねー。スカーレット、俺は──」
そこで言葉を切ると、ウオッカは目を見開き、真っ直ぐにスカーレットを見つめた。
「──俺はもう、誰にも負けねー。次こそはお前をぶちのめしてやるよ」
ユラ──と。見開かれたウオッカの瞳の中で、何かが小さく燃えていた。
それを見たダイワスカーレットは、本能を刺激されたかのように、獰猛に嗤う。
「ふふ……そう。アンタも来たのね、
「こっち側……?」
「えぇ。すぐにわかるわよ。精々頑張ってね。アタシとしても戦う相手は強い方が──」
そこで言葉を切ると、彼女は顎を突き出し、顎に指を添えながら全てを見下すような冷たい視線で、瞳からバチ、バチ──と紅い稲妻を撒き散らし、告げた。
「──踏み潰し甲斐があるから」
「ッ──!! お前、やっぱ変わったよな」
全身から噴き出す冷たい脂汗を感じながら、ウオッカは呟く。彼女の仇敵は、やはり自分とは一段階違う次元にいることを、嫌でも感じさせられた。
「……変わらざるを得なかったのよ」
「……?」
「
──アタシ自身も、“ばけもの”になるしかないじゃない。
そう口にしたダイワスカーレットの表情は悲しそうで、それでもどこか嬉しそうに見えた。
「他人事みたいな顔してるけどウオッカ、アンタも今、そこに半歩足を踏み入れたのよ?」
「え、俺が?」
「自覚はないでしょうけどね……アタシは、アタシの望む自分で在る為に、望んで“ばけもの”になった。アンタはどうなるのかしらね。楽しみに待ってるわ、それじゃ」
微笑みを浮かべながら、ダイワスカーレットはその場を去っていった。残されたウオッカの心の中で、彼女の言葉が響いている。
「──“ばけもの”、か」
彼女がどんな経験をしてきたのか、どんな思いを抱いてきたのか、ウオッカは知らない。ただあまりにも実感が篭ったその言葉から、ダイワスカーレットは実際に“ばけもの”を目にしてきた、ということだけは伝わった。
「──俺も、強くなりてぇ」
呟いて、拳を強く握りしめる。負けてなるものかと、アイツに置いていかれるものかと、怒りにも似た感情が湧き上がる。
覚悟を決めたウオッカの瞳は、やはり小さな何かが燃えて揺らいでいた。
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「おう、来たかスカーレット」
「来るわよ。当たり前じゃない」
訪れた部屋で彼女を迎え入れたのは、トレーナーの松田克樹。彼の呼びかけに対する彼女の返事は、あまりにもぶっきらぼうが過ぎた。
「なんだ? なんか機嫌悪ぃな」
「はぁ? アンタの目は節穴ね──最ッ高よ。こんなに気分が良い日なんて、そうそうない」
「……本当に“良い事”あったみてぇだな。わかった、わかったからその牙収めろ」
獰猛に笑う彼女の姿を見て、克樹は苦笑いしながら嘆息した。
「さて。今日はトレーニングの前に昨日の『桜花賞』の反省会するぞ」
「えぇ。昨日はやっと
「実際、俺もそう思う。なんか色々なモンが噛み合ってたよな、お前」
「アンタもそう思う? 最近一段階上に登った自覚があるのよ。負ける気がしないっていうか、
「語彙力無いな、優等生(笑)」
「ウルァ!!」
「ブッピガン!!」
克樹の挑発に、彼女は一瞬で沸騰した。
ビンタを身構えていた──構えるくらいなら言わなければ良いのに──彼に突き刺さったのは、残像すら見えない
「し、新技は卑怯だろ……サンドロックかよ……」
「アタシも日々進化してるのよ、走りだけじゃなくてね。これはアンタの好きなアニメから着想を得たわ」
「はぁ!? お前勝手に人のPC触ってんじゃねぇよ」
「『ここから居なくなれーッ!』」
「せめて作品は統一しろ」
迫真の声真似に、克樹はちょっと引いた。
確かにヒステリックにキレるところがちょっと似てるかもな、とも思った。
「……真面目な話、昨日のお前の走りは今までの中でも最高峰だろう。結果に中身が伴った走りだったと観客席から見ても思った。あれが現時点での、
「……そう。自分でも思ってたけど、アンタにそう言われたなら安心ね」
「だが、ここで満足するなよ。昨日の走りを、デフォルトと思え。これからのレース、俺は『桜花賞』以上を常に求めていくからそのつもりでな」
「わかってる。アタシも昨日で満足するつもりはないわ。昨日のレースを糧にして、アタシはまた一つ強くなってみせる」
「それでいい。さて、次のレースだが……わかってるな?」
「勿論」
克樹の言葉にスカーレットは強く頷いた。『桜花賞』を取ったウマ娘が次に目指すレースは、一つしかない。
「──『オークス』。アタシはそこでも1番になって、
決意の篭った瞳で、彼女は克樹へと告げた。その様子を見て、克樹は嬉しげに頷く。
「覚悟はできてるみたいだな」
「えぇ。“あの日”誓った目標。それに漸く指が掛かった。あとは順当に掻っ攫っていくだけよ」
『ティアラ』。正式名称、『トリプルティアラ』。
トゥインクル・シリーズには、『三冠レース』とカテゴライズされているレースが複数存在する。
最も有名なのは、『皐月賞』、『日本ダービー』、『菊花賞』の3つを合わせた、『クラシック三冠』。
そしてその次に名が上がるのは、『桜花賞』、『オークス』、『秋華賞』を合わせた『トリプルティアラ』である。
これらの三冠レースは出場制限がある上に、それぞれ
「大丈夫、お前なら勝てるよスカーレット」
「その言葉、もう言われ慣れすぎて何の感情も沸かないわ。ただまぁ、一応その言葉を信じてあげる」
「の割には嬉しそうにニヤニヤ笑ってんじゃねぇか」
「……」
「おいやめろ、無言で手刀構えるのやめろ。こっち来んな、おいこっち来んなって!ごめんって! マジごめんって!! ねぇ!! 話を聞いて!! お願い!!」
叩かれる前から涙目で懇願する克樹の様子を見て満足したのか、彼女は静かに手刀を下ろした。
「……ほら、ぐずぐず泣いてないでさっさと反省会始めるわよ」
「覚えとけよ……いつか必ず……」
「スッ──」
「何でもありません!!」
「はぁ、ふざけてる場合じゃないっての。『オークス』まであと1ヶ月しかないんだから。限られた時間、アタシはより強くなってみせる──」
──アタシに敗北は、これ以上要らない
唐突に殺気立ち、鬼気迫る表情で漏らした彼女の呟きに、克樹は瞠目した。彼女の言葉の意味が、よくわかったから。彼女が
「……そうだな、悪かった」
「ほら、さっさとしなさいよね」
「あぁ。じゃあまずはスタートから──」
そうして反省会は行われる。
そんな中でも、ダイワスカーレットは頭の片隅で、先程思い出した……思い出してしまった、今尚苦い敗北の記憶について思いを馳せていた。
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「トレーナー! 決めたわ。アタシは『ティアラ』を獲りに行く!」
「お、やっぱりそっちにすんのか」
それは彼女が克樹と出会って暫く経ち、桜が散り、木々も色付いた11月下旬のある日のこと。
5月のデビュー戦から彼女はその次のレースでも、デビュー戦とは打って変わった危なげない走りを見せ、現在2戦2勝。今後の路線選択の時期が迫っていた。
「となると、『チューリップ賞』に出ることになるな」
「えぇ、『桜花賞』の
「自信満々だな」
「負ける気がしないのよ、悲しいことにね」
フフンと、鼻を鳴らしながら彼女は笑う。
「ってなると、『チューリップ賞』までにもう一戦挟んだ方が良いか……」
「そこら辺の判断はアンタに任せる。アタシは別にぶっつけでも良いけど?」
「いや、『チューリップ賞』は
「ふーん……そういうもんなのね」
「そういうもんなんだ」
「わかった。アンタが言うならそうなんでしょ。で? どのレースに出るの?」
「そうだな……『チューリップ賞』にできるだけ近いような、そして直前になりすぎない重賞レースってなると……」
そう呟きながら克樹は、椅子をクルリと回してPCを操作する。そして彼女が出場するべきレースに当たりをつけると、指をパチンと指を鳴らした。
「っし、これだ。『シンザン記念』」
──『シンザン記念』。
1月上旬に行われる、長年の歴史を積み重ねてきた由緒ある
「良いじゃない。じゃ、さっさとトレーニング始めましょ」
「軽いなお前。結構重要なこと話してんだけど」
「わかってるわよ。でも、どんなレースでもアタシは勝つ。アタシの走りを貫いて、全員を黙らせてやるんだから。そのために、1秒たりとも止まってなんかられないのよ」
どうやら、慢心しているわけではないらしい。
決意漲る彼女の瞳を見て、克樹は笑みを浮かべながら安堵した。
「……わかった、じゃあトレーニングを始めよう。『桜花賞』に『チューリップ賞』、そして『シンザン記念』。全部勝とうぜ」
「当たり前よ! アタシの最強を証明してやるんだから!」
「じゃあまずはタイヤの数増やすか」
「え゛っ」
決意を固めたスカーレットの表情が、これから始まるであろう猛練習を悟って歪んだ。