“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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接敵せし怪物、或いは前衛的雷風

 

 

「よーし、今日はここまで。お疲れ様、スカーレット」

「ええ、ありがと」

 

 更に季節が巡り、年が明けた。

 一月初週、『シンザン記念』へと残り2週間を切っている。

 

「調子、良いみたいだな」

「そうね、なんか身体が軽い。腕も脚もよく動くし、何より()()()()()。ゴール直前に欠伸してたアンタの顔すらね」

「ぐっ……そ、それは良かったあはは」

 

 笑いながら痛いところを突いてくる彼女に、彼は貼り付けた笑みで答えた。

 

「そのコンディション、本番まで維持していけるか?」

「当然。ただ待ちきれないわ、早くレースがしたい」

「焦んなよ。まだ2週間もあるんだ。怪我なんかしたら元も子もない」

「わかってる。だからアンタが口煩く言ってるオーバーワークには気を付けてるでしょ? じゃ、ラスト一本、締めてくるからしっかりタイム測ってなさい」

「はいはい、頑張れ頑張れオジョーサマ」

「……ムカつく」

 

 ガンを飛ばしながら、彼女はスタートラインに向けて駆け出していった。その後ろ姿を眺めながら、克樹は溜息を一つ溢した。

 

(──まぁそりゃ気合も入らぁな。あんなことがあっちゃ)

 

 

 

 

 

 

「……マジ、かよ」

「なに? どうしたの神妙な顔して」

 

 それは今から約2週間前、12月下旬に差し掛かる頃。URAからの通知に顔を顰める克樹の姿を見て、ダイワスカーレットは声を掛けた。

 

「……『シンザン記念』の出バ表が届いた。そこに、本来こんなところにいるはずのない名前がある」

「……どういうことよ」   

 

 

 

 

()()()()()()()。アイツが出てくる」

 

 

 

「ッ!? ()()()……()()……!?」

 

 オグリキャップ。それは言わずと知れた生きる伝説。芦毛の怪物、スーパーホース。その伝説故未だにその人気は根強い。

 

「知ってるか?」

「知らないわけないでしょ。この人は、その辺のウマ娘とは格が違う……その実力だけで、U()R()A()()()()()2()()()()()()()正真正銘の怪物」

 

 以前、克樹がトゥインクル・シリーズのチーム規則に関する話をしたのを覚えているだろうか。それを成し遂げたのがこのオグリキャップ。そして彼女は、もう一つ規則の改正を成し遂げている。

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()だ。彼女は地方から来たウマ娘で、クラシック登録を行っていなかった。その為圧倒的な実力を持ちながらもクラシックレース出走が叶わず、“幻のダービーウマ娘”とも呼ばれている。しかし同世代を圧倒するレース展開と実力はURAを唸らせ、クラシック登録における例外規制を設定させるまでに至ったのだ。

 

「最近怪我で療養していたはずだが……復帰前の調整か……? なんだってこんなレースに」

「なんて情けない顔してんのよアンタ」

 

 慌てふためく克樹に対して、ダイワスカーレットは溜息をついた後笑顔を見せた。怪訝に思った克樹は彼女へと問いかける。

 

「お前、全然動揺してないな」

「そりゃアタシだってビックリしたわよ、想像してないような名前だもの。ただそれ以上に、ワクワクしてるだけ。アンタは見てみたくない?」

「何を?」

 

 

 

「──あの怪物を倒して、アタシが1着を取る姿。見たいでしょ?」

 

 

 

 自信に満ち足りた様子で、彼女は不適に笑う。あまりにも根拠のない、一見絵空事のようなその姿を思い描く彼女の様子を見て、彼は思わず声を出して笑ってしまう。今の彼女の様子もそうだが、『コイツなら本当にやりかねないな』、と想像を働かせてしまった自分を省みて。

 

「な、なによ!? 無理だって言うの!?」

「悪い悪い……スカーレット、俺は見たい。お前があの“芦毛の怪物”を倒して、頂点で笑う姿がな。俺は、お前ならやれると思ってるよ」

「…………ふ、フン! 最初から素直にそう言えばいいのよ」

 

 口ではあんな事を言いながらも不安だったのだろう、スカーレットは内心安堵していた。それを隠すべく、彼女はそっぽを向きながら吐き捨てた。

 

「……アンタがそこまで言うなら見せてやるわよ。アタシの力、あの怪物に見せつけてやるんだから」

「おう、楽しみにしてるぜ」

 

 克樹からの期待に、彼女は満足げに笑った。

 

 

 

 

 

(あれから2週間──スカーレットの状態は、アイツ自身も言っていたようにベストと言っていいはずだ。俺もそう思う)

 

 過去を回顧しながら、克樹は考える。

 高く厚い目標を目指して、鍛錬を重ねてきた。彼女の実力は『メイクデビュー杯』の頃と比べれば、別人と言い切れる程高まっている。そこに対オグリキャップに対しての気力の充実もある。間違いなく、過去ベストだと言い切って良いだろう。

 

 ──ただそれでも、届くかどうか。

 

 彼女の積み重ねた努力と、それに付随する勝利を疑っているわけではない。寧ろ、相棒として信じてすらいる。しかし彼は彼女のトレーナーとして、客観的かつ現実的な判断を下さなければならない。努力するだけで、信じるだけで勝てる程、勝負は甘くない。だから彼は、“その先の事”を考え続けなければならない。

 

(とはいえ、ここからレース前に俺だけで伸ばせる部分は殆ど皆無だ……俺に出来るのは精々現状維持が限界。それだけじゃレース前に不安が残る)

 

 自分の指導力と彼女の伸び代を勘定する。そして彼女がこれからどうしていけば良いのか答えを弾き出す。

 

(──指導者が必要だ。俺以外の、それも彼女と共に走り、体感的にスキルを伝えることのできる、()()()()()()()──言うなれば、師匠が)

 

 弾き出した答えを見据え、彼は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで師匠です」

「師匠や」

「待って。お願いだから待って。一から那由多まで説明して」

 

 翌日、部屋に入るなり告げられた言葉は、完全に彼女を置き去りにしていた。ドヤ顔で立つ克樹と、ひょっとこのお面を身に付けて仁王立ちする小柄な少女。理解の範疇を光年単位で超えられたスカーレットは、白目を剥いて倒れそうだった。

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

「なにも聞いてないわよバカ!! 自己完結してる事をさも知ってるかのように伝えられても困るんだけど!?」

「そっか。じゃあそういうことだから」

「勝手に諦めんな!! 義務を全うしろ!!」

 

 克樹の全く悪びれない態度に、ダイワスカーレットはキレた。口調が荒れまくるくらいには。

 

「っていうか誰よこの人!!」

「誰? ほう、ワイの顔見てもまだそんなことが言えるんか?」

「え?」

 

 ダイワスカーレットの言葉にひょっとこの少女は不敵に笑うと、そのお面を投げ捨てて素顔を晒した。

 

「は──!?」

「……この顔見ても、まだわからんか?」

「う、そ……なんで……?」

 

 わからない、なんて筈がない。

 今彼女の目の前で灰褐色の髪を靡かせるのは、圧倒的末脚を以って史上初の『天皇賞』春秋連覇を成し遂げた、伝説のウマ娘。

 

 

「──()()()()()()先輩……ッ!?」

 

 

 ダイワスカーレットの言葉に、彼女──タマモクロスはニヤリと口角を釣り上げた。

 

 

「せや。今日からお前の師匠を務めることになった。よろしく頼むで、ダイワスカーレット」

「えっ……あ、はい! 光栄です、どうぞよろしくお願いします」

 

 会釈と共に頭を下げる。優等生の顔を急いで貼り付けたスカーレットの様子を見て、克樹は『いや手遅れだろ』と思った。あれだけ怒り散らかしといてそりゃ無理があるぞ、と。

 

「で、でもなんでアタシのために……?」

「まぁ色々あってな。俺とタマモクロスは知らない間柄じゃないんだよ」

「え? そうなの……んですか?」

「いやもう諦め……あ、ハイ」

 

 有無を言わさぬ鋭い視線で黙らせられる克樹。その様子に気づく様子もなく、タマモクロスは快活に笑う。

 

「まぁそういうことやな。このトレーナーとは何度もタコ焼きを食いに行った仲なんや。タコ焼き仲間の頼み、無碍に断ればタコ焼きの名が腐るってもんや」

「……そういう、ものなんですね」

「そういうもんや」

「へぇ……トレーナー、あのタマモクロス先輩とそんな仲だったなんて知らなかったです。どうして言ってくれなかったんですか?」

「タコ焼きを一方的に奢るだけの関係を仲間って言うなら俺とコイツは仲間だ」

「あっ」

 

 死んだ目で虚空を見据えながら呟く克樹の様子を見て、ダイワスカーレットは何かを察した。しかし彼女は何も気づかない振りをする。それがこの場を円滑に進める手段だと理解していたから。

 

「そ、そうなんですね……でも、本当にありがとうございます。心強いです。なんと言ってもタマモクロス先輩は、あのオグリキャップ先輩と凌ぎを削ったライバルですから」

「せやな。今は怪我の療養中──まぁ大したことないし完治して様子見なんやが、聞けばオマエ、オグリに勝つ気で走るつもりらしいやないか。その心意気に惚れた。ウチが可愛い後輩の為に直々に指導してやろう、ていうワケや」

「はい。これからよろしくお願」

「ただ」

「え……」

 

 ダイワスカーレットの感謝の言葉を遮り、タマモクロスは続ける。

 

「タダで教えるってワケにはいかん」

「え……お前これ以上俺の財布から毟り取るつもりかタマモクロス!?」

「アンタは黙っとれ! いいかダイワスカーレット、よう聞け」

「は、はい」

 

 

 

「──オマエの力を示してもらう」

 

 

 

「アタシの……力?」

「オグリに勝つ、その気概は買う。やがウチは口だけの奴は好かん。その目標を口にするだけのモンがオマエにあるんか……それを示してもらうで」

「──“資格”、ってことですか」

「そう思ってもらって構わんわ」

 

 真面目な表情で告げるタマモクロスに、ダイワスカーレットはゴクリと唾を飲む。突如与えられた試練と重圧、しかしそれでも彼女は気丈にも笑った。

 

「わかりました。アタシの力、示してみせます」

「よく言った。じゃあスカーレット、今から()()()()()()()

「っ……!?」

「ウチが直々にオマエの力、見極めたる」

「ちょ、ちょっと待てタマモクロス! お前怪我で療養中だろ!? 大丈夫なのか……?」

「心配せんでええ! 言ったろ、もう完治してるんや。安全のために経過観察しとるだけや、一回走るくらいどーってことないわ。確かに実戦感覚は鈍ってるかもしれんが……まぁええハンデやろ。で。やるんか? スカーレット」

「……勿論です」

 

 呟きと共に浮かべた彼女の表情に、克樹とタマモクロスは目を見張った。

 

 

 そこにいたのは、貼り付けた優等生面の皮を引き千切り、抑えきれずに溢れ出した本能のままに嗤う、闘争に飢えた一匹の獣。

 

 

 

(願ってもないチャンス……! あの伝説と競って走ることができる機会なんてそうそうないわ……!)

 

 

 彼女の心は、未だ見ぬ強敵との闘争に震えていた。

 

 

「……えぇ顔しとるやないか、見直したで」

 

 そんな彼女の様子を見て、タマモクロスはニヤリと笑う。

 

 

「……さ! とっとと始めるで。表出ぇや」

「はい!」

 

 嬉しそうに部屋を後にする2人。残された克樹の心は、ダイワスカーレットがタマモクロス相手にどのような走りを見せてくれるのか……その期待で満ちていた。

 

 

 

 

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