お待たせしました。
第三章開始です。
ランキングにお邪魔させていただいているみたいで、本当にありがとうございます!
これからもどうか応援よろしくお願いします。
今回から、予約投稿の時間を変更せていただきます。
彼女に相応しい時間になったかな、と思います……笑
近づく常夏、或いは見破る思惑
「くわぁぁ……──っ」
6月上旬。気温と湿度が日に日に上がり、蝉達も鳴き声を上げ始める初夏の陽気。そこから逃れるように、俺は冷房の効いたチーム部屋でPCを操作しながら欠伸を噛み殺していた。
「いやー、やっぱ冷房って最高だな、たまんねぇっすわ」
三下口調で呟いてみるものの、いつものように突っ込んでくる彼女の姿はない。それもそのはず、今は15時過ぎで学園は先ほど放課後を迎えたばかり。スカーレットが来るまでの日中、俺は今後のトレーニングのプランを考えたり、出場レースの吟味をしていたのだ。
「さて、と……そろそろアイツもくるし、トレーニングの用意を……ふわぁ」
再び込み上げてくる欠伸に、俺は争うことができなかった。眠気覚ましに、と手元にあったアイスコーヒーへと手を伸ばし、ストローで一気に啜る。甘味を感じさせない、俺好みの苦味が口内に広がり、鼻腔まで突き抜けていく。それを味わうようにゆっくりと飲み干し、俺はモニター上に表示されているデジタル新聞の記事のタイトルを眺めた。
【『ダイワスカーレット、オークスも快勝!
止まらない快進撃、トリプルティアラなるか!?』】
「あれからもう2週間か──……」
ストローを咥え、歯先で弄びながら呟く。
5月下旬に開かれたレース──『オークス』。スカーレットはそのレースでも『桜花賞』の勢いをそのままに、他を寄せ付けない圧倒的な走りを見せつけて勝利した。昨年度末に開花させた才能を十全に扱いこなし、快進撃を続けるスカーレットは、『トリプルティアラ』の二冠目というのもあって世間からも注目を浴びており、期待が高まっている。
「アイツのことだから心配ないとは思うけど、一応釘は刺しとかないとなー……。要らん世話かもしれんが」
勝利の価値、敗北の重みを身を以て知ったスカーレットに、一切の奢りも慢心も無いだろう。それでも一応気を引き締めてやるのも、トレーナーの仕事、ってやつだ。
その時、ガチャリとドアが開く。
「お、来たかスカーレット……って、え?」
しかし訪れてきたのは、予想外の人物だった。
▼▽▼
「じゃあね、スカーレット! また明日!」
「ええ、また明日」
教室に居たクラスメイトに別れを告げ、チーム部屋へと向かうダイワスカーレット。周囲からの視線を感じつつ、彼女は優雅に歩いていく。
(なーんか……見られてる気がするのよねー、良くも悪くも)
その視線が孕んだ感情はプラスからマイナスのものまで様々である。
(……ま、悪い気はしないけどね、フフン)
注目されるのは良いことだ。注目されないことの辛さを強く実感している彼女は、内心の喜びを努めて隠しながら歩いていった。
(でも浮かれている場合じゃない。『秋華賞』まで後約3ヶ月。自惚れなんかじゃなく、きっとみんなアタシを対策してくる)
克樹の想像通り、彼女の心に油断はない。
自らの状況を客観的に見据え、次どうするべきかについて思考を走らせている。
(大丈夫。アタシはアタシの力と──アイツを信じて進んでいくだけ)
そう心中で呟いて、彼女は小さく微笑む。
(アイツのことだわ、きっともう練習プランを考えているはず──)
そして辿り着いた部屋の前に立ち、彼女はゆっくりとドアを開けた。
「やーん、やめてよカツキー!」
「良いではないか、良いではないか〜」
「あははは! くすぐったいってばー!」
そこでは信頼を置いた自分のトレーナーが、他の女と遊んでいた。
「…………」
「あ、やっほースカーレット! お邪魔してるよ〜!」
「おう、来たか。待ってたぜ」
「………………………………」
部屋の中の空気が急激に冷えていく。
しかし冷房の沼に全身浸かった克樹は、そのことに微塵も気づかない。
「…………」
「スカー、レット……?」
無言で詰め寄ってくる彼女を様子をみて、漸く鈍感な克樹は異常事態に気付いた。
そして彼女は彼の眼前で立ち止まると、机上から紙とペンを引ったくり、そっと線を引いて彼に叩きつけた。
「──三行半です」
「江戸時代かよ。いやそうじゃなくてなんで!?」
「我慢の限界です。さようなら」
「おい待てってスカーレット、待てってば!!」
本当にその場を去ろうとする彼女の肩に手を置いて、克樹は必死で引き留めた。
「どうしたんだよ、俺なんか悪いことしたか?」
「自分の胸に聞いてみたらどうですか? トレーナーさん」
「あっれースッゴイ外面。本気で怒ってるねぇキミ」
「怒ってません」
「怒ってるよね?」
「怒ってません」
「実は?」
「怒ってません」
「俺のことどう思ってる?」
「くたばればいいのに」
「やっぱ怒ってるねぇ!!」
汚物に唾を吐き掛けるかのように告げられた殺意に、克樹はツッコミながらも身震いした。そして彼女は怒りを露わに鋭く克樹を睨みつけた。
「……そうよ怒ってるわよ、怒るに決まってるでしょ!? 何遊んでんのよ人の気も知らないで!!」
「いや、別に遊んでたわけじゃ」
「──口を閉じろ」
「バチバチ鳴ってます、目からなんか出てますよスカーレットさん」
こっわ、と呟いて克樹は額に冷や汗を浮かべた。するとそれまで傍観を貫いていた少女が、怒れる真紅へと無謀にも声を掛けた。
「まぁまぁ、そんな怒んないでよスカーレット。いきなり押し掛けてきたボクが悪いんだからさ」
「……そうよ、どうしてアンタが此処に居るの──
名を呼ばれた彼女はニッとはにかんだ。
テイオー──トウカイテイオー。
ダイワスカーレットと同学年のウマ娘で、今年の
ちなみに同学年というのもあり、彼女らはプライベートでも仲が良い。ダイワスカーレットがありのままの自分を曝け出せる、数少ない友人である。
「ちょっと用事があってね、
「……カツキ?」
「うん、そうだよ」
ダイワスカーレットは怪訝な顔を抑えられなかった。トウカイテイオーが、何の躊躇いもなく自分のトレーナーの名を呼んでいることに。
「ボク、この前の『日本ダービー』で足を少し痛めちゃってさ。それで、カツキの所にアドバイスを貰いにきたの」
「え? なんでトレーナーに?」
「前に骨折しちゃった時も、カツキにお世話になったから。今回も適切なアドバイスくれるかなぁって思って」
「……そうなの?」
「いや、まぁそうなんだけど。ほら、俺とテイオーは昔軽く絡んでた時期があってだな」
「……アンタ、そういうの多いわよね」
都合悪そうに頬を掻く克樹を、彼女はジト目で睨みつけた。
「で? なんで名前呼びなのよ」
「え? だってカツキはボクのトレーナーじゃないでしょ? ボクにはボクのトレーナーがいるし、それなのにカツキをトレーナーって呼ぶのはおかしな話じゃない?」
「…………まぁ確かにそうね」
とは言ったものの、心の中で何処か釈然としないものを抱えるダイワスカーレット。それが表情に漏れ出てしまっていたのだろう、トウカイテイオーはニヤリと笑うと、とんでもない爆弾を投下した。
「あーわかった。スカーレット、ボクがトレーナーの名前呼んでるから嫉妬してるんでしょ〜!」
「は、はぁ!? どうしてアタシがコイツの名前を呼ばなきゃいけないのよ!」
「またまたぁ、顔赤くしちゃって! 呼びたいなら呼べばいいのに〜!」
「ち、違うわよ! 誰がコイツの名前なんか……! 頼まれたって呼んでやらないわ」
「前科持ちだもんな」
「人を受刑者みたいに言うな」
唐突に出会った当初の出来事を掘り返され、ダイワスカーレットはキレた。それを口笛で受け流す克樹。そんな様子を見ていたトウカイテイオーは、声を上げて笑った。
「あはは! 面白いね2人は! 漫才師みたい!」
「いやどこが面白いってのよ、耳腐ってるんじゃないの?」
「心外極まりない。ってかスカーレット、これでわかっただろ? 別に遊んでたわけじゃなくて、俺はテイオーの脚の様子をみてたんだよ」
「そうだよ。カツキの触り方が妙にくすぐったくて、ボクが笑っちゃっただけ。だから安心して!」
「……まぁ、そういうことにしといてあげる」
嘆息しながらも、ダイワスカーレットは渋々納得した様子を見せた。
「で、カツキ。ボクの脚の状態はどうなの?」
「医者も言ってたんだろ? 別に折れてねぇよ。暫く安静にしてりゃ勝手に治るだろうさ」
「そっか! 良かった〜、『菊花賞』に間に合わなかったらどうしようかと思ってたよ!」
トウカイテイオーは、ほっと一息ついて笑顔を浮かべる。その様子に、ダイワスカーレットも安堵した。
彼女は友人として、トウカイテイオーの『クラシック三冠』を心から応援していた。故にそれが怪我によって希望が絶たれてしまうことがあれば、きっと彼女はまるで自分のことのように深く傷ついていただろう。
「良かったわね、テイオー」
「うん! これで心置きなく走れる! よーし、練習に行くぞ〜!」
「アホかお前。無理に走ってたらいつまで経っても治んないぞ。最低でも2、いや、3週間は絶対走んな」
「えぇ!? そんなに!?」
「焦る気持ちもわかるけど、しっかり治しとかないとクセになる。走らなくても『菊花賞』に向けて鍛えられるメニューを考えてお前のトレーナーに渡しとくから、キチンとそれをこなせ」
「はーい……」
意気消沈して、トウカイテイオーは克樹の言葉に頷いた。すると突如部屋に着信音が響く。それに反応した克樹がスマホを起動し、届いたメッセージの中身を確認。内容を把握して、彼はニヤリと笑った。
「よっし。テイオー、さっきの話、お前のトレーナーからも承諾が出た」
「え、いいの? やった!」
「さっきの話?」
「ああ。スカーレット、今後お前は
「はぁッ!?」
突然の決定に、ダイワスカーレットは思わず叫んだ。
「落ち着け。これにはちゃんとした理由があるから」
「いや、そういうことじゃなくて……はぁ、もう良いわよ、続けて」
彼女は呆れ顔で溜息を吐いた。
彼女が叫んだのは、合同練習に不満があるからではない。むしろ願ったり叶ったりである。
それよりも、克樹の癖──大事なことを自分に話を通さずに決定してしまうところに、少しムッとしてしまったのだ。
(少しくらいアタシに話してくれても良いじゃない──アタシはアンタが決めたことに、不満なんてないんだから)
内心で呟き、唇を尖らせる。しかしプライドの高い彼女が、それを直接克樹に伝えることはなかった。
「……そうか、じゃあまず理由一つ目。『レグルス』にはお前以外のウマ娘は居ない。これはまぁ俺の我儘だから申し訳なく思ってるけど……それによって俺は自分のリソースを全てお前に注ぐことができているわけだが、やっぱり弊害はある。わかるよな?」
「……
「そうだ、だから俺はこれまでタマモクロスにお願いすることでお前の経験値を補ってきた。1人の練習で成長できる範囲には、限界があるからな。今回のテイオーとの練習も、それの一環と思って貰って良い」
「なるほど……で、次は? まだあるんでしょう?」
「……もう一つは」
そこで克樹は一瞬言い淀む。何か言いにくいことなのだろうかとダイワスカーレットが思案を巡らせていると、苦々しい表情で克樹は続けた。
「……『
「は?」
「お前とテイオーは、『トリプルティアラ』と『クラシック三冠』、それに手を掛けているウマ娘だ。一つリーチが掛かるだけでも大騒ぎになるのに、今年はそれが一気に二つときた。この二つが一気に達成されたことなんて、今まで無いんだ。だから『中央』は、お前達が思っている以上にお前達に期待してるんだよ」
「そう、なのね……」
どうやら事は自分が想像している以上に大きなものらしい。『中央』などというスケールの大きな単語が出てきて、ダイワスカーレットは眉根を寄せた。
「そしてお前達2人が共に競い合うことで、更なる実力の飛躍──マッチアップに期待してるってことさ」
「なるほどね……」
「提案っていうか、殆ど要請に近いものだったけどな。まぁ裏がある話ってわけじゃなくて、純粋にお前達2人に期待しての提案だったぜ? 実際俺達に不利益は無いしな。それに俺は、『中央』から何も言われなくても、テイオーに合同練習を申し込むつもりだったんだ」
「えっ? そうなの?」
驚愕に目を見開くダイワスカーレットに、克樹は頷く。
「ああ。お前に
「あー、それであんな顔してたのね」
合点が行ったダイワスカーレットは、『なるほど』と呟きながら頷いた。
「まぁ実際、これでチーム外で合同練習しても角が立たない。『中央』からの提案ですって言い張れるからな」
「嬉しいのか癪に障るのかどっちなのよ」
「やー、半々だな。ただまぁタマモクロスん時、ぶっちゃけ色々言われたんだわ。結構な長期間世話になったからな……」
「あ、そうだったの……」
今まで知らなかった裏話に、彼女は素直に驚いた。克樹の表情を見るに、それは大概に煩かったのだろうということがわかる。
「とにかく、これで障害はクリアだ。スカーレットは『秋華賞』、テイオーは『菊花賞』に向けて、これから気合入れて行こうぜ」
「うん! よろしくね、スカーレット!」
「ええ、こちらこそよろしく。あ、そういえば……テイオーは『レグルス』預かりになるの?」
「いや、タマモクロスの時とは違って、だいたい週一回から二回合同練習って形になる。こっちか向こうは日によりけりだな。ただ今はテイオーは療養中だから、本格的に始動するのはそれが完治してから。それまでは……これをやる」
『?』
疑問符を浮かべる2人の眼前に差し出されているのは、克樹が使用しているタブレット端末。
「──
「へぇ、これが練習になるの?」
「多人数で見れば、より様々な視点で物事を捉えられるからな。スカーレットに言うまでも無いとは思うが……テイオー、お前そんな風にして実は色々考えて走る側のヤツだろ?」
「むーっ、失礼だよカツキ! 見た目で判断しないで欲しいなぁ」
「悪い悪い。だからこれは双方に取って効果的な練習になる。理解したか?」
「ええ」
「はーい!」
「よし、じゃあ練習開始だ」
克樹の言葉に、2人は力強く頷く。
こうしてダイワスカーレットとトウカイテイオー、それぞれの偉業に向けての合同練習が始まった。