“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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謳歌せよ勝利、或いは桜花を貫いて

 

 

 

 4月、桜の舞う阪神レース場。風に乗って木々が揺れる並木道を、俺とスカーレットは歩いていた。

 

「全く……信じられないわよ、レースすっぽかしかねないほど爆睡するなんて」

「だからごめんってば……何回も謝ってるじゃんか」

「謝って済む問題じゃないって言ってんの!」

「ほらほら落ち着け落ち着け。レース前に心乱されてちゃ話になんないぞ」

「誰のせいだと思ってるのよーーー!!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるスカーレットを適当に遇らい、入り口までの道のりを歩きながら、俺は今日のレースへと思いを馳せていた。

 

 ダイワスカーレット。今日までの戦績、4戦2勝。これだけだと振るわないように見て取れるかもしれないが、侮るなかれ、着順は1位2回と2位2回。相応の実力──俺の指導の賜物だな、フフン──と、並々ならぬ覚悟をもって今回のレース、『桜花賞』へと臨んでいるのだ。

 

「ほら、もうすぐ着くから機嫌直せよ」

「だから誰のせいだと……はぁ、もういいわ。なんか疲れたし」

「レース前に疲労溜めてんじゃねぇよバーカ」

「キッ……!」

「いっったぁ!!!」

 

 阪神レース場に、小気味の良い破裂音が響いた。

 

 

 

 

 

 控室に到着する頃には、スカーレットの怒りは収まっていた。彼女は瞳の色と真逆の蒼い衣装を見に纏い、フンフンと鼻歌を歌いながら足をパタパタと揺らして椅子に腰掛けている。能天気なのか何も考えてないのか……緊張してるこっちがバカバカしくなってきた。

 

「はぁ……」

「なによため息なんて吐いて。もしかして緊張してるわけ?」

「そりゃお前……っていうか、スカーレットは緊張してないのか?初めてのG1レースだぞ?」

「……まぁそうだけど、別にレースが初めてってわけじゃないもの。どんなレースでも、アタシはアタシの走りをするだけよ」

「……確かにデビュー戦のお前は、見るに耐えないくらい緊張してたもんな」

「な……!? い、今それ言う必要ないでしょ!?」

「ッてぇ!! すぐ叩くのやめろって言ってんだろ!?」

「アンタが叩かれるようなこと言うからでしょうが! 足で蹴らないだけ感謝しなさいよね!」

「お前の足で蹴られたら死ぬわボケが!」

 

 頬を真っ赤に染めたスカーレットの迫真のビンタを喰らい、椅子から転げ落ちた勢いのままに吠える。一通りやり取りを終えて、小さく溜息を吐くと俺は微笑んだ。

 

「ったく……ま、その調子なら本番も大丈夫そうだな」

「だからそう言ってるじゃないさっきから。心配しすぎなのよ、アンタは」

「俺はお前の自信がどこから湧き上がってくるのか気になって仕方ないよ」

「はァ? そんなの決まってるじゃない」

 

 俺の疑問に心底意味がわからないというように、怪訝な表情を浮かべるスカーレット。彼女はいつものように左手を腰に添えると、自信満々の表情で俺を見据えながら口を開いた。

 

「アンタよアンタ」

「は?」

 

 

 

「アタシはアンタを──アンタが作ってくれたアタシを信じてる。アタシのためにしてくれたこと、一つたりとも無駄になんてしない。だから踏ん反り返って気楽に眺めてれば良いのよ。アンタが信じるアタシは、無敵なんだから」

 

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が流れる。自分の頬が熱を持っていくのを感じた。人前で優等生振るこの少女──実際成績もよく賢いのだが──は、致命的な場面で語彙がバグったり、顔から火が出るほど恥ずかしくなるようなことを平気で口にする節があった。本人はそれを言ってから初めて気付くらしく、現に漸く自分の言ったことの中身に気付いたのだろう、彼女は自信満々の表情のまま、頬と耳を真っ赤に染めて俺を見ている。

 

「……お前それ、自分で言ってて恥ずかしくねぇの?」

「……うるさい」

「いや、嬉しかったけどさ。口に出すのってかなり勇気いると思うんだよね」

「うるさいって言ってんでしょ!?」

「ンゴス!!」

 

 弄り倒していたら、流石にキレた。飛んできたのは、鍛え上げた脚力から放たれる渾身のローリングソバット。知覚すら出来ずにモロに腹に入ったそれは、人間の俺を容易に部屋の端から端まで、机や椅子を巻き込みながら吹き飛ばした。喉元から迫り上がってきた鉄の味。自分の腹に風穴が開いていないか確認する。そうしないと安心できないほどの威力だった。

 

「ご、ふ……蹴っ、た! 蹴ったなお前!! 足はダメだろうが普通に考えて!!」

「先に弄ってきたアンタが悪いのよ! 普通に流してくれるのが優しさってもんじゃないの!?」

「等価交換になってねぇんだよ!! メラに対してインビンシブル・フォートレスを返してくるんじゃねぇ!!」

「何ワケのわかんないこと言ってんの? ま、今謝れば許してあげないこともないけど?」

「『アンタが信じるアタシは、無敵なんだから』」

「うわあああああああああああああ!!!」

 

 渾身のカウンターはクリティカルヒット。ざまァ見やがれ。スカーレットは頭を抱えて地面をのたうち回っている。

 そこで部屋に鳴り響くノック。恐る恐ると言った様子で開かれたドアの先には、物凄く恐縮した様子の係員がいた。

 

「あの〜……ダイワスカーレットさん、準備をお願いします……」

「は、は〜い……」

 

 気まずい雰囲気のまま、俺たちは控え室を後にした。

 

 

 

 

 控室を出て本バ場までの道のり、地下バ道を二人で歩く。控室での上機嫌は一転、スカーレットは不機嫌を全身から撒き散らしていた。

 

「全く……アンタのせいでひどい目にあったじゃない」

「俺は物理的に痛い目にあったけどな」

「あー……まぁほら、水に流しましょう? アタシ、レースに集中したいから」

「そうだな、俺が信じるお前は、無敵だもんな」

「……レース終わったら覚えてなさいよ、マジで」

 

 おお、怖い怖い。これはマジでやばいヤツだ。後でなんか美味い物でも奢ってやんないとな。そんなことを考えていると。

 

「お、ここであったが百年目、ってやつか? 元気そうじゃねぇか、スカーレット」

「フン……アタシはアンタの顔なんか見たくなかったんだけど、()()()()

 

 角で出会ったのは、黒いライダースジャケットに、同じく黒いショートパンツにこれまた黒いニーハイストッキング。惜しげもなく晒された浅黒の素肌が眩しい、ボーイッシュな雰囲気を漂わせるウマ娘、その名をウオッカ。彼女はニヤリと笑みを浮かべると、自信満々にスカーレットに告げる。

 

()()()()()()()()()()

 

 その言葉の通り、スカーレットは前回のレース……桜花賞の前哨戦(トライアル)とも言われる、『チューリップ賞』でウオッカと熾烈な争いを繰り広げ、1着を逃している。さらに2人は幼い頃からの腐れ縁であり、世間はその出自とレースでの関係性から、2人を“宿命のライバル”と呼んでいる。

 前回の勝利で、自信を深めている様子のウオッカ。しかしそれは慢心から来るものではなさそうだ。トレーナーの俺の目から見ても、前回より筋肉量を増やしてきたのだろう、一回り体が大きく見える。

 

 

 しかしそれは──こちらも同じこと。

 

 

「──そ。いいレースにしましょ。じゃ、トレーナー、行ってくるわね」

「おう、頑張れよ」

「あ、おい待てよスカーレット!」

 

 ウオッカからの挑発を意に介さず、スカーレットは笑顔で本バ場への道のりを進んでいった。それを追いかけるようにウオッカも走って彼女の背を追いかける。その様子を見届けて、俺も観客席に向かうべく歩き出した。

 

 

 

 

 ──俺だってそうだよ。

 

 

 

 心の中で、そっと呟く。

 緊張こそしているが、心配なんて微塵もしていない。

 あの敗北は、間違いなく君を強くした。厳しいことをたくさん言ったし、その後の練習も生半可なものではなかった。それでも君は、俺を信じてついて来てくれたから。屈辱と苦痛をバネに、君はまた一つ大きく成長することができた。

 

 

 そんな君の信頼に、応えたい。

 

 

 彼女は、こんなところで足踏みするようなウマ娘じゃない。もっと高く、1番高いところまでいける才能がある。そんな原石を、俺の匙加減一つで壊してしまうかもしれない。それでも彼女は、俺を信じてついてきてくれている。だからこそ妥協したくない、常に最善を尽くしてあげたい。彼女と共に──同じ景色を見ていたい。

 

 

「頑張れよ、スカーレット」

 

 もう一度小さく呟いて、俺は歓声が鳴り始めた観客席へと歩を早めた。

 

 

 

▼▽▼

 

 

──『桜花賞』。

 

 阪神レース場、芝1600m。天候晴、良バ場。

 

 計18人のウマ娘達が、一斉にゲートへと入った。 

 1番人気、ウオッカ。2番人気、ダイワスカーレット。激戦が期待される両者は、何の因果かそれぞれ17、18番ゲートからのスタート。

 

「よぉスカーレット。緊張して震えてるんじゃねぇの……か……」

 

 ゲートインを終え、いつものように気軽に話しかけるウオッカ。その言葉は、半ば途切れてしまう。

 

 

 

 彼女の視界が捉えたダイワスカーレットの紅い瞳は、触れれば切れるナイフ……否、目を合わせるだけで切り裂かれかねない、日本刀のように鋭かった。傍目からでもわかる、研ぎ澄まされた集中力が紅い気炎となって立ち昇り、大気を揺らしている。

 

(コイツ……しばらく見ないうちに、マジでなんか変わったか……?レースじゃなきゃ誰かブッ殺しかねない顔してんぞ……)

 

 余りにも殺気だった彼女の様子に、ウオッカは思わず面食らってしまう。そんなウォッカと目を合わさず、ダイワスカーレットはゲートの前を見据えたまま、小さく呟いた。

 

「……ごめんウオッカ、今アンタと話してる余裕無い」

「あ……?」

「これ以上、アイツに無様な姿は見せられない。悪いけど、アタシはアンタじゃなくて──」

 

 

 

 ──一位しか見てないから。

 

 

 

 瞬間、轟音を立てて開いたゲート。

 各ウマ娘は一斉に飛び出してターフの上を駆け抜けていく。ウオッカもダイワスカーレットも流石の集中力で、ミスなくスタートを切る。序盤にさしたる動きは無く、レースは中盤戦を迎えた。

 ダイワスカーレットは現在3順目。先頭から2バ身程離れた2順目のすぐ後方に付けている。対するウオッカは7順目と、大きく後方に付けている。しかしそれは敢えての作戦。後方に付けることで視野を広く持ち、虎視眈々と相手を差す瞬間を狙っている。各々の得意距離で、1番人気と2番人気は静かに機を伺っている。そして勝負は最終コーナーを抜け、最後の直線へと差し掛かる──瞬間。

 

(──ッし、いっくぜェッ!!!)

 

 ウオッカが仕掛ける。一歩目を力強く踏みしめた。二歩目で瞬間的な加速、三歩目で最高速へ。先行するウマ娘たちを抜き去り、一気に先頭へと躍り出た。その勢いのままスカーレットを含む後続とグングン距離を離していく。

 

(見たかスカーレット!今回もオレの勝ちだッ!!)

 

 勝利を確信し、口角を釣り上げる。しかし次の瞬間。

 

 

 

 ──グシャァッ

 

 

 

 “ナニカ”がウオッカの鼓膜を揺らした。

 

 次に押し寄せたのは、爪の先から全身に込み上げる悪寒。

 

 猛烈な殺気が、ウオッカを射殺そうとせんばかりに背中へと突き刺さる。

 

(な、に──が)

 

 恐怖に屈したウオッカが、後ろを振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに居たのは、牙を剥き出しにして、瞳から稲妻を撒き散らす、“真紅”。

 

 

 

 

 そこに居たのは、風を切り裂いて、大空のようにウオッカを飲み込もうとする“蒼穹”。

 

 

 

 

 

 そこに居たのは、それら全てが一緒くたになって溶け合った、万象一切を貫く“紫電”。

 

 

 

 

 

 

 それを理解した瞬間には、もう彼女の姿はそこにはなかった。

 

 

 

「──ぁ、ぇ」

 

 

 

 無様な呻き声を溢し、ウオッカは呆然と自分の遥か前方を走る紫電を眺める。押し寄せる敗北感すら置き去りにして、紫電がターフを焦がしながら切り裂いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼女は、宿敵(ウオッカ)諸共、桜花を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

    【ダイワスカーレット 戦績:5戦3勝】

 

           桜花賞──1着

 

 

 

 

 

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