“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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宅食仕様、或いは約束しよう

 

 

 

 

 

 それは、テイオーとの練習が決まった次の日のことだった。

 

 

『トレーナー。明後日の夜、アンタの家行くから開けときなさい』

 

 

 スカーレットからの一方的過ぎる物言いに、俺は頷くしかなかった。そしてそれが、今日。幸いにもオフ日──アイツも狙ってたんだろうが──だったので、そそくさと定時帰宅をかまし、爆速でシャワーを浴びた。部屋の片付けは、アイツが来ると決まった時から済ませてある。

 

「あ……食うモンなんもねぇわ」

 

 ふと思い立ち、近くのコンビニへと急ぐ。お菓子売り場からテキトーに見繕って袋菓子を数個カゴにぶち込み、さらにオレンジジュースと炭酸水を数本手に取る。夜だから……なんか腹に溜まるやつがあったほうがいいか。冷食のチャーハンと惣菜を選んで、最後に向かったのはデザートコーナー。

 

「何が好きだっけか、アイツ……」

 

 こんなことになるならそういう話もしとくんだった。とりあえずシュークリームとプリンパフェを手に取り、カゴに入れた。好きな方選ばせて、残りを俺が食えばいいだろう。

 会計を済ませて、即帰宅。買ってきた諸々を片付けて、俺はリビングの座椅子へと腰掛けた。

 

「暑っちィな」

 

 出る前に冷房消したのはミスだったな。じんわりと滲み出す汗に、思わず舌打ちする。シャワーを浴びた意味がまるでない。

 

「はぁ……」

 

 大きな溜息を一つ吐いて、俺は再びシャワーを浴びることにした。

 

 全てが一段落したのは、スカーレットと約束した時間の5分前だった。ほっとして安堵の息を吐き、ふと思う。

 

 

 

「いやなんでこんなに焦ってんだ俺」

 

 

 落ち着いた瞬間、冷静に自分の慌て加減に突っ込むことができた。

 

「別に相手はスカーレットだぞ……? なんでこんなにソワソワしてんだよ」

 

 その事に、今に至るまで気付くことがなかった。よほど焦っていたらしいと、思わず苦笑してしまう。

 スカーレットが家に来るのは、今回が初めてじゃない。あれは去年の夏だったか、秋だったか。学園が工事で立ち入り禁止になった際、練習ができないことに不満を垂れ流していたアイツに、俺から提案したのだ。『じゃあ俺の家でスカウティングするか?』と。その時部屋がちょっと……ほんのちょっとだけ散らかってたからスカーレットがキレ散らかしてたっけ。

 そう思うと、こんなに焦る必要なんてないし、ましてや気合い入れて買い出ししたり、部屋を片付ける必要なんてなかった。

 

「何してんだか全く……」

 

 もう一度、溜息を吐いた。しかし、今日は一体何の用件だろうか。断言的な口調はいつものことだが、アイツは意味も無く家に押し掛けてくるようなヤツじゃない。何か重要な何かがあるのだろう。

 するとそこで、来客を知らせるチャイムが部屋に鳴り響いた。

 

「お、来たか」

 

 立ち上がり、玄関へと向かう。

 鍵を開けて、ドアをゆっくりと開いた。

 

 そこには。

 

 

「よ、スカー……」

「待たせたわね」

 

 

 

 銀色の岡持ちを両肩に乗せた俺の相棒が、ドヤ顔で立っていた。

 

 

 

 

「……部屋、間違えてますよ。出前なんて取ってませんさようなら」

「シバき倒すわよマジで」

「おい待てまさかソレ(岡持ち)で殴るつもりか!? そっと手を添えてんじゃねぇ!」

「いいから早く入れなさいよ! コレ担いで走ってきたから暑くてたまんないのよこっちは!」

「悪かったって……ほら、上がりな」

「お邪魔しまーす」

 

 リビングに入るなり、ドスン!! と岡持ちを床に置き、彼女は歓喜の声を上げた。

 

「はぁー涼しいっ! トレーナー、制汗剤貸して欲しいんだけど持ってる? 汗が気になって」

「いや、俺は今更お前の汗なんて気にしないけど」

「アタシは気にすんのよ」

「そうか……お前の汗、別に臭くないけどな」

「は……はぁ!? キッモ、サイテー! 変態!」

「ちょ、やめろ叩くな痛い痛い!」

 

 素直な感想を言っただけなのに、スカーレットは顔を赤くして腕を振り回しながら俺を殴ってきた。

 

「わ、わかった、わかったって! ほら、シートで良いならあるから!」

「最初から渡してれば良かったのよ、ったく……」

 

 俺から渡されたシートを一枚取り、彼女は自分の体を拭き始めた。何故か目を逸らす事ができずに、俺はその様子をじっと眺める。

 

 彼女が身に纏っているのは、オフショルダーの白いブラウスに、膝上の青いスカート。客観的に見て魅力的が過ぎるその肢体を惜し気も無く晒している。

 首から流れ落ちた汗が、鎖骨で留まっている。それを彼女は艶かしい吐息と共に優しく拭った。そして膝裏から太腿を拭い、その手はスカートの中へ。

 そしてその時、彼女は見られている事に気づき、頬を染めながら俺を睨みつけた。

 

「……何ジロジロ見てんのよ」

「……見てねぇよ」

「嘘つき、変態」

「ぐっ……」

 

 ぐうの音も出ない正論を言われて、俺は閉口せざるを得なかった。

 そんな俺の様子を見て、スカーレットは大きな溜息を吐いた。

 

「……まぁ、今回はいきなり目の前で始めたアタシにも非があるし、許してあげる」

「……どうも」

「何? 文句があるならとことん話し合ってあげるけど」

「手刀構えながら言うんじゃねぇよ。殴り合うことを話し合いとは言わねーんだわ。肉体言語しか使えないのかよボケが」

「よし決めた、磨り潰す」

「それは人間に対して使う表現じゃねぇ!!」

 

 “ニッコリ”と笑顔で擦り寄ってくるスカーレットから素早く数歩後退り、俺は言った。

 

「そ、そうだ、飯にしようぜ。コンビニの惣菜とかしか無いけど、今準備するから待って──」

「あ、良いわよ別に準備しなくて。アタシ、ご飯持ってきたから」

「へ?」

「アンタ、アタシが何担いで来たか忘れたの?」

「あ、そういえば……」

 

 彼女が持ってきていたのは、2つの大きな岡持ち。あれに今日食べる分の料理を入れてきたのだろう。

 

「全然気付かなかったわ」

「……アンタ、アタシが何のためにあれ持ってきたと思ってたのよ」

「愛用の鈍器かと思ってたわ」

「お望み通りにしてあげても良いのよ(ブッ潰すぞクソ野郎)?」

「勘弁して下さい」

 

 今なんか聞こえた気がする。言葉の裏に込められた真意が。

 

「ほら、用意するから食器用意してそこ座ってなさい」

「はーい」

 

 スカーレットの言葉に従い、俺はキッチンへと取り皿を取りに向かった。

 

 

 

 

 

 

「なん、だよ、コレ……」

 

 岡持ちから、続々と飛び出してくる料理。その一つ一つがさながら高級料亭の一品のようにとてつもなく美味しそうで、目眩がした。

 全てがテーブルに並べ終えられた俺の質素な机は、和洋中入り混じった豪華なフルコースを乗せて輝きを放っていた。口から滴りそうなほど湧き出した涎、そして暫く冷食とインスタントで凌いできた腹が唸りを上げた。

 

「これ……食って、いいのか?」

「そのために持ってきたんだけど?」

「いた、いただきますっ!」

 

 箸を持ち、俺は目の前の料理へと飛び付いた。

 

「う……うめぇ、美味すぎるぞこれ!!」

 

 料理を食べて、初めて感動という名の感情を抱いた。デミグラスソースのかかったハンバーグ、野菜の旨味が染み込んだ酢豚、素材そのものの味を活かした天ぷら、その他諸々。そのどれもが充分メインディッシュを張れるレベルの料理で、一気に食べてしまうのが勿体無い代物だった。

 

「そ、そう……良かったわ」

「これ、どこの店の料理だ? 高かったんじゃないのか?」

「……」

「ん……? まさかそんなに高ぇのかこれ……!? バクバク食ったらやばいやつか!?」

 

 店名を言い淀み、頬を朱に染めて目を伏せるスカーレットに、俺は想像を働かせて額から冷たい汗を流す。しかし彼女から返ってきた言葉は、あまりにも予想外のものだった。

 

「……た、のよ」

「え?」

 

 

「──作ったのよ、ソレ。アタシが」

 

 

「え……これ、お前が?」

「そう」

「全部?」

「……うん」

 

 恥ずかしいのか、唇を尖らせながらスカーレットはそっぽを向いた。これ、全部コイツが作ったってのか……!?

 

「お前、めっっっちゃ料理上手いんだな! 走る事以外にも才能あるとかびっくりだわ」

「ふ、フン! 当然でしょ! こんなのちゃっちゃと作っただけなんだから」

「いやそれは嘘だろ。この量を帰ってから一気に作るなんて不可能だ。何日も前から少しずつ仕込んでくれてたんだろ? 俺のためにわざわざ準備してくれてありがとな」

「ち、ちがっ……わ、ない、けど……」

 

 手を振り上げた瞬間、いつものが来るかな、と思って身構えたが、彼女は目を泳がせながら振り上げた手の行き場を失くしていた。そしてその手はそのままゆっくりと彼女の膝まで帰っていった。

 

「……アンタが最近ご飯食べてないって聞いたから、それで、ちゃんと食べて欲しいと思って……」

「作ってくれたってワケ、か」

「うん……何が好きか知らなかったから、とりあえず沢山作ろうって思って。まぁ作り過ぎちゃったけどね」

「確かに、結構量多いわな」

 

 俺の笑顔と共に放たれた言葉に、彼女も優しく笑った。

 

「じゃあ一緒に食おうぜ、スカーレット」

「えっ、でもこれアンタのために」

「流石に1人じゃ食い切れねぇよ。それに飯は2人で食う方が美味いだろ? いつも1人で食ってるし、何よりお前と食う飯は楽しいからな」

「……そういうことなら」

 

 俺の説得に納得したスカーレットは、笑顔で頷く。そして両眼を輝かせて卓上に並んだ料理を見た。

 

「……なんだよ、お前も食べたかったんじゃねぇか」

「う、うるさいわね! 早く食べないと無くなっちゃうわよ!」

「へいへい、仰せのままに」

 

 照れ隠しに怒鳴るスカーレットを適当に遇らい、俺は笑った。

 

 

 

 

「……えーっと」

「? どうしたの?」

「いや、あの、スカーレットさん。これは一体どういう状況でしょうか」

 

 食事を終え、暫くして。

 久々の満腹感に、日々の疲れも相まって眠気を覚えた俺の様子を見たスカーレットが、『もう寝なさいよ』と提案してきた。

 それ自体は悪い事じゃない。最近あんまり寝てなかったし、ここらで一回負債を返しておくのもアリだと思ったから。

 俺は彼女に『そうするわ』と返した。『今日はありがとな』とも言った。そりゃそうだろう。俺が寝る、イコール彼女は帰る。それが自然で、普通。しかしどうだろうか。

 

 

 彼女は今、俺の隣で一緒にベッドの上で横になっている。

 

 

「アンタが寝るまで居てあげるから、早く寝なさいよ」

「いやなんで? おかしくないか?」

「最近寝てないんでしょ? 遠慮しないで良いから」

 

 裏のない、純粋な瞳。何の他意も無く、本気で俺が寝るまで側にいるつもりだコイツ。

 

「いや……眠れねぇよ」

「……やっぱり不眠気味なのね」

 

 ……あれ、コイツなんか勘違いしてないか?

 俺の言葉に、彼女は苦しそうに顔を歪めた。

 いや、純粋に隣で横になられて落ち着かないだけなんですけど。

 

「スカーレット、違」

「少し、ジッとしてなさい」

「へ──あっ」

 

 

 

 俺の言葉を遮って彼女は手を伸ばし──俺の頭を、優しく撫でた。

 

 

 

「スカー、、レット……?」

「……アタシが眠れない時、ママによくやって貰ってたの。どう? 落ち着くでしょ?」

「あぁ……まぁ、な」

 

 

 あなたが隣で寝てるせいで一向に落ち着きません。

 

 とは、口が裂けても言えないが。

 だが実際、悪い気はしなかった。

 

 

「スカー、レット……さん?」

「う、うるさいわね! アンタは黙って寝てればいいのよ!」

 

 暗くとも見える、彼女の真っ赤に染まった表情。羞恥に焦がれていることが、一目でわかる。

 その様子に耐えられずに、俺はスカーレットに背を向けるように寝返りを打った。

 

 

 

 するとスカーレットは、そんな俺を後ろから優しく抱きしめてきた。

 

 

 

「は……!?」

「ど、うかしら……よく、眠れそう……?」

「あ、いや、その……まぁな、あはは」

 

 近い!! なんか色々当たってんだよ!!

 しかもなんかいい匂いするし、頭がクラクラする……!

 

 ドクドクと、何かが鼓膜を震わせて喧しい。

 それが自分の心音だと気付くのに、時間が掛かった。

 

 普段は全く意識なんてしていない。俺達はトレーナーとウマ娘で、パートナーに欲情するなんて言語道断。信頼を裏切る、最低の行動だと俺は思っている。だから練習中は意識をしっかりと切り替えて、間違った気を起こさずに、パートナーのことを第一に考えてやるのがトレーナー、教育者としての勤めだ。

 

 だが、今はどうだろうか。

 

 家で完全にオフモード、夜、月明かり、就寝前。更に実際コイツはかなりの美少女で、しかもその……発育も良い。ドラが乗り過ぎて、三倍満を超えて数え役満まで見えている。ヤケを起こすつもりは絶対に無いと断言出来るが──精神衛生上全くよろしくないのも事実。お前は一体、何を考えているんだ……!

 

「だああああああああッ!!」

「うわあぁっ!?」

 

 耐えられずに、叫びながら飛び上がった。驚いたスカーレットが悲鳴を上げる。その勢いのまま胡座をかき、スカーレットの正面に座った。

 

「……スカーレット、正座」

「え、なんで」

「正座」

「は、はい……」

 

 俺の言葉の圧を感じたのだろう、スカーレットは萎れながら俺と向き合う形で正座した。

 

「お前、何のつもりだよ」

「え、何が」

「何のつもりで、こんなことしてるんだって聞いてんだ」

「ど、どうして怒ってるの? アタシ、なんか悪いことした?」

「無自覚かよ、ったく……良いか」

「え──きゃっ」

 

 

 

 そして俺は──彼女をそのまま押し倒した。

 

 

 

 彼女の両手首を上から押さえつけ、身動きを封じる。顔を寄せ、お互いの吐息が掛かる距離まで近づける。

 突然だったからか、全く抵抗はなかった。頭の方の理解が徐々に追いついてきたのだろう、彼女の顔が少しずつ赤く、紅く染まっていく。

 

「──ぁ、っ」

 

 

 

 潤んだ瞳、蕩けた表情、朱が刺した頬

 

 浅い吐息、柔そうな唇、豊かな肢体

 

 

 

 

 その全てが扇情的で、情欲を唆る。

 

 ──()()()()()()()()()()()()、の話だが。

 

 理性はある。大丈夫だ、雰囲気に流されるようなことはしない。

 

「……こうなる、ってことだぞ」

「ぇ……ぁ……あたしっ、そんな、つもりじゃっ」

「わかってる。わかってるからこうして教えてやってるんだ。無自覚だろうからタチが悪いんだよ……良いか、スカーレット。()()()()()、こんなこと簡単にするんじゃねぇ。()()()()()()()()()、変な男にこんなことすれば一発でアウトだぞ。気を付けろ」

「はぅ、ぁ、ぅ……」

 

 虚な呻き声を上げながら、彼女はブンブンと縦に首を振る。理解してもらえたらならば、これ以上こんなことをする必要もない。

 俺はスカーレットを解放し、元の位置に戻って再び胡座をかいた。それを追うように、彼女も体を起き上がらせ、正座をして俯く。

 

「…………」

「はぁ、取り敢えず電気を──」

「待って、やめてっ。点けないで」

「あ……?」

「アタシ今──顔見られたく、ない」

 

 見られたら死んじゃう、と消えてしまいそうな程小さな声で、彼女は俯いたまま呟いた。

 お前そういうところだぞ、と思うもののそれを伝えることはしない。そういえば俺が発した言葉は──よく考えれば色々気恥ずかしいものだった気がするから……やべ、なんか俺も気まずくなってきた。

 俺は居心地悪く頬を掻き、改めて疑問を口にした。

 

「あー……その、今日どうしたんだよお前さ。なんか色々必死なのは伝わってきたけど……らしくなかったぞ?」

「っ……!」

 

 何気なく放ったその言葉に、彼女は表情を硬らせた。

 

「……そう、よね。らしく、なかったわよね……ははっ」

「スカーレット……?」

 

 自嘲めいた笑みで呟く彼女の姿を見て、俺の心は騒めき始める。そして彼女はその表情のまま、自分の心情をゆっくりと語り始めた。

 

「……テイオーから聞いたの。アンタ最近寝てないって、ご飯もちゃんと食べてないって。だからアタシ、心配で」

「……それで、今日こんな事を?」

「アタシ、アンタに元気になってほしくて、何かしてあげたいって思って、それで料理とか色々頑張ったけど──そうよね、()()()()()()()わよね、ごめんなさい」

「っ!」

「バカみたいよね、1人で張り切っちゃって、空回りして……迷惑、だったでしょ」

「そ、そんなこと」

「いいの、わかってる……わかってるから、もう何も、言わないで……あ、れ」

 

 漸く顔を上げたスカーレット。その表情を見て、俺は胸を締め付けられた。

 

「なんで……あれ、おかしいわね……っ」

 

 彼女の両眼から、滴が伝っていたから。

 

「ちょっとやめてよ、止まってよっ、この、このっ」

 

 止まれと言い聞かせながら、彼女は自分の両眼を強く拭う。しかしそれは拭けども拭けども、彼女の瞳から止め処なく溢れ続けていて。そして彼女の声は震え、嗚咽が混じり始めた。

 動揺して、言葉がうまく見つからない。

 考え無しに放った俺の言葉が、彼女を深く傷つけてしまった。

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()

 

 

 

 彼女の姿に、()()の姿が重なる。

 

 それは今尚俺の心を縛る荊棘。

 

 あの日の俺は無力で、何もできなかった。

 

 去りゆく彼女に、言葉を掛けることすら。

 

 でも今は──違うだろ?

 

 あの日の過ちを、また繰り返すつもりか?

 

 

 

 

「……」

 

 息を飲み、スカーレットを見据える。

 それだけじゃダメだ。

 見ているだけじゃ、あの日の俺と同じ。

 自分のことを思ってくれた彼女に、精一杯の誠意を。

 

 

「──えっ……」

 

 

 涙を拭う彼女の頬に、俺はそっと手を添えた。

 

「……ありがとな、スカーレット」

「なんでっ、アタシ、アンタに迷惑かけてっ」

「誰が言ったよそんなこと。嬉しかったに決まってるだろうが」

「え……?」

 

 泣きながら驚いている彼女に、俺は精一杯笑ってみせた。

 

「迷惑なもんか。相棒が自分の為に色々考えてくれて、喜ばないトレーナーなんて居ねぇよ。ただほんのちょっとビックリしただけさ」

「……ほんと?」

「嘘じゃない。これは俺の本心だ。心配かけてごめんな。色々不安にさせちまったみたいで、本当に申し訳ない」

 

 頬に添えた手を、彼女の頭上へと移してそっと頭を撫でる。彼女は驚いた顔のまま、微かに頬を染めてそれを受け入れた。

 

「……飯、また作ってくれよ。めっちゃ美味かった」

「……うん」

「添い寝は……しんどいけど、気持ちはすっげぇ嬉しいよ」

「うん、うん……」

「またいつもみたいに、下らない話で笑おうぜ。そしてずっとお前の側で、お前の勝ちを見届けさせてくれ。俺はそれだけで元気が出るような単純な男だからさ」

「! うん……っ!

「俺からの約束だ。だからスカーレット、お前も俺の側に居てくれよな」

「……もう、しょうがないんだから」

 

 彼女は、泣きながら笑った。

 それは先程までの悲しみの涙ではなく、安堵の涙だとわかった。

 彼女が落ち着くまで、俺は優しく頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ──」

「いやお前が寝るんかーい」

 

 俺の横で安らかな寝息を立てるスカーレットを見て、思わず突っ込む。こいつ本当に反省してんのかよ。

 

「はぁ……しょうがねぇな」

 

 寝ている彼女に布団を掛けながら、その横に俺も潜り込んだ。俺のベッドだ、何を言われようが知らん。

 

「…………」

 

 そっと、俺の隣で眠る彼女の寝顔を眺めた。その頬を優しく指で突ついてみたが、起きる様子は全く無い。安心し切っているのだろうか。

 

「──やっぱ可愛いよ、お前」

 

 その言葉にも、返事は無い。いやされたら困るのだが。今のを聞かれていたら普通に俺は死ねる。

 

 

 

 そして俺は、彼女の手をそっと握った。

 俺より小さくて、柔らかい手。その手が掴もうとしているのは、最強(いちばん)というとてつもなく膨大な夢。

 

 

 

 

 ──心配を掛けた。

 

 彼女の不器用な励ましを、素直に受け取れなくて。

 

 あろうことか、彼女を泣かせてしまった。

 

 それがどうしようもなく苦しくて──悲しくて。

 

 

 

 

「──ごめんな。ありがとう、スカーレット」

 

 

 

 そう呟いて、俺は彼女の頭を優しく撫でた。

 

 すると彼女は。

 

 

 

 

「──えへへ……」

 

 

 

 照れたように、笑った。

 

 

「っ──!!」

 

 起きているのかと、息を飲む。

 しかし次の瞬間にはその笑顔のまま彼女は再び寝息を立て始めた。

 ほっと一息吐いたのは一瞬。自分の心臓が、バクバクと踊り始めていることに気付いた。

 

 

 冗談だろ、まさかそんな───。

 

 俺はゆっくりと頭を振って、冷静に“ソレ”を否定した。

 

 俺はそっと目を閉じる。月明かりに照らされた彼女の(かお)を、これ以上直視できそうに無かったから。

 

 そうしている間に、触れた指先。

 

 俺は優しく、再びその手を握った。

 

 

 

「おやすみ、スカーレット」

 

 

 

 今夜は、良い夢が見られそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

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