“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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降臨する炎帝、或いは押印する返礼

 

 

 

 ダイワスカーレットが『トリプルティアラ』を獲って、数日が経った。

 世間はその話題で沸きに沸いて、学園内外を問わず彼女の栄光を称えた。

 それによって“チーム・レグルス”に山の様な入部希望が来たり、克樹に尋常じゃない取材とインタビューが来て、四六時中パパラッチに追いかけ回されるようになったり、ダイワスカーレットが学園内で圧倒的なファンを獲得して何故か下駄箱にラブレターが届くようになったりと、色々な変化が起きたが──どれも些細事である。本人達が聞いたら怒り狂うだろうが。

 『秋華賞』の熱狂冷めやらぬ中、もう一つの【三冠】が近づいている。未だ達成された事の無い、両三冠同時達成の偉業。世間の期待は膨らむばかり。

 

 そして遂に、その時は訪れた。

 

 

 

 

 

 

 ──『菊花賞』。

 

 京都レース場、芝3000m。天候晴、良バ場。

 

 ついにその日が来た。トウカイテイオーの、『無敗のクラシック三冠』が懸かった大舞台。ダイワスカーレットと克樹も、彼女を応援すべく会場へと駆けつけていた。

 

「うーわ、凄い歓声ね。鼓膜破れそ」

「いや、『秋華賞』の時もこんな感じだったぞ? 聞こえてなかったのか?」

「え、それ本気で言ってる?」

「んなしょーもねぇ嘘つかねえよ。ま、それだけ集中してたってことだろ……お、出てきたぜ」

 

 克樹の促しを受けて、彼女もまた視線をトラックへと移す。すると本バ場へと現れたトウカイテイオーが、一際大きくなった歓声に応えるように、笑顔で手を振っていた。

 

「あれ? アイツの勝負服あんなんだったっけ?」

「新調したらしいわよ。付き纏う怪我のイメージを払拭したいっていうのと、“再起”って言う意味が込められているらしいわ」

「……“再起”、ねぇ」

 

 彼女が見に纏うのは、見慣れた白い勝負服とは対照的な、燃え盛る炎の様に赤い勝負服。トウカイテイオーは、常に怪我に悩まされていた。その事実を克樹は知っている──それこそ、()()()()()()()。それを克服するために、彼女が積み重ねてきた努力もまた誰よりも理解している。だからこそ、彼女が纏うあの赤色が何をモチーフにしているのか、感づくことができた。

 

「……()()()()()()、か。アイツらしい」

「え? なんて?」

「なんでもねぇよ。ほら、レース始まんぞ」

「わ、本当、もうゲートインし始めてる……!」

 

 克樹の促しに、慌ててトラックへと目を向けたダイワスカーレット。

 

「……頑張って、テイオー」

 

 小さく呟いた彼女の拳は、祈る様に強く握り締められていた。

 

 

 

 

 そして始まった『クラシック三冠』最後の戦い。先頭集団のラップペースは早く、全体的に縦長の様相を示している。

 

「……“逃げ”がやけに多い気がするわね」

「あぁ。テイオーは“差し”の名手だ。前半の内にできるだけ差をつけて、後半への脚を溜めるつもりなんだろう。後半アイツがスパートを掛けても、巻き返せないようにな」

 

 件のトウカイテイオーは現在13位。『秋華賞』のダイワスカーレットの様に囲まれていると言ったこともなく、先を行く先頭集団のペースに飲まれることもなく、只管に自分の走りを貫いている。

 

「ふーん」

 

 克樹の説明を聞いていたダイワスカーレットは、興味なさげに呟いた。

 

「……まぁやりたい事はわかるけど、意味ないでしょそんな小技。相手はあのテイオーなのよ?アイツがその程度で自分のペースを乱すとは思えない」

「だろうな。だがやる価値はある。見込みは薄くとも、ほんの僅かでもアイツが乱れてくれれば僥倖だからな。っていうかそうでもしないと勝ち目がないんだろ。勝率0%を0.1%にできるならどんな小技でもやらなきゃ損だ……それぐらい、今のテイオーはやばい」

「……そうね」

 

 少なからず克樹の最後の言葉には、彼女も同意だった。

 

「自分に足りないものを探して、貪欲に取り入れようとする姿勢……天才は居るのよ、悔しいけどね。まさしくアイツは、()()()()()

「そういえばお前、アイツに思考法教えたんだろ? どうだったんだ?」

「ええ()()()()()()、殆どね」

「……マジか」

「だから意味ないのよ──()()()()()()()()()()()()()以上テイオーにだって効果は無い。以上、わかった?」

「……南無三」

 

 克樹はトラック上の“逃げ”ウマ娘達に、合掌を送った。

 

 

 そして迎えた最終コーナー直前。トウカイテイオーは一つ順位を上げて現在12位。

 

「ここからがアイツの本領ね」

「あぁ、【巧みなステップ】でポジション取りもバッチリ。視界も良好で垂れウマの心配もない。完全にアイツの勝ちパターンだ」

 

 そう呟き、克樹は笑う──しかし次の瞬間、その笑みは崩れ去った。

 

「なっ……!?」

「はぁッ!?」

 

 克樹とダイワスカーレットが、悲鳴にも近い声を上げる。彼らの視界には、見る見るうちに速度を落として順位を下げるトウカイテイオーの姿が映っていた。

 不調? アクシデント? 否である。

 彼女は今、不敵な笑みを浮かべている。つまり、()()()()()()()()()()()()ということに他ならない。

 

「何考えてんのよテイオー……!?」

 

 不可解な行動に、ダイワスカーレットが苦悶の表情を浮かべながら呟いた。

 

 

 

 

 

(──よーし、これで最後尾っと)

 

 そんな彼女の心配を尻目に、トウカイテイオーは想定通りに事が運んだことに安堵していた。現在彼女は18着の最後尾、にもかかわらずその心は少しも揺らいでいない。

 

(『クラシック三冠』、勿論ボクは本気で獲りに行く。でも()()()()()()()()()()()()()──もう一つ、どうしても欲しいものがある)

 

 内心で呟き、そっと観客席に視線を移す。その瞳に、不安げな顔でこちらを見ている彼女の姿を捉えた。

 

 

 

 

 ──見ててね、スカーレット。

 

 

 これが今のボクの──全力だ!!!

 

 

 

 極限の逆境状態。その中で、一頭の“ばけもの”の中の、ナニかが羽化した。

 

 

 

「……おいおい、冗談だろ!?」

「テイオー、アンタまさか……!」

 

 

 

 踏み込んで力を溜めるトウカイテイオー。

 

 その姿を見た2人は、彼女の真意を悟る。

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 

 

 

 刹那。

 

 彼女はまるで飛び立ったかのように、瞬時に加速した。

 

 1人、また1人と、彼女は鮮やかに相手を抜き去って行く。

 

 その全てが、【イナズマステップ】による最短距離。ダイワスカーレットのように道を開けさせる必要すらない──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ターフの上を縦横無尽に駆け巡る、『帝王』の凱旋。瞳に携えるは、地の底から迫り上がるような紅蓮の業火。勝利への執念を焚べ、『帝王』は──否、『炎帝』は全てを灼き払って突き進む。

 

 残り200mを切って、現在3位。『炎帝』の行進は止まらない、それはまるで対戦相手を嘲笑うかのようだった。

 懸命に逃げる先頭集団の2人。彼女達もまたジリジリと背中を焦がすような熱を感じていた。

 

 

 

 

 懸命に走れば、逃げ切れられる?

 

 脚を止めなければ、生き延びられる?

 

 

 

 否、断じて否。

 

 

 

 

 これは地平線の全てを無に帰す、業火なのだから。

 

 

 

 

 

 会場を包む、興奮の熱気。

 それを一身に浴びて、『炎帝』は笑顔で拳を突き上げた。

 前人未到、17人抜きを達成しながらの『クラシック三冠』。その歴史的偉業に、会場の興奮は一向に収まらなかった。

 

「……やばすぎんだろ、アイツ」

 

 あまりに現実離れした光景に、克樹は動揺を隠せなかった。かくいう彼自身も、高揚から来る震えが止まっていない。それほどの瞬間を今目にしたのだと、彼は理解していたから。

 

「……」

 

 一方彼の隣に立つダイワスカーレットは、茫然とトウカイテイオーを眺めていた。

 

「……凄い」

 

 時間をかけ口にした言葉は、ただそれだけ。戦友が達成した偉業を喜ぶ気持ちも、圧倒的実力への恐怖も、微塵も湧いてこない。

 

 敬意。

 

 彼女が今胸に抱くのは、ただそれだけだった。

 

(テイオー、やっぱりアンタは凄い。こんなこと普段なら絶対言わないけど──アンタは、今最強に最も近いウマ娘だわ)

 

 戦友に、心からの称賛を。

 彼女が抱いた感情は、かつて『シンザン記念』でオグリキャップに感じたそれに近しい。その時の彼女は、あまりに絶望的な実力差に、心が折れてしまっていた。

 

 だが、今は違う。

 

(そうよ、だからこそ──超えてみたい、アンタを)

 

 力無き自分に打ちひしがれる彼女は、もう居ない。今の彼女は、自分の先を走るトウカイテイオーを超えて最強(いちばん)を獲る自分の姿しか考えられない。

 

 ただ、今は。

 

 

「──おめでとう、テイオー」

 

 彼女は微笑みながら、親友へと拍手を送った。

 

 

 

 

 

「はー楽しかった! やっぱレースは良いね!」

「そうね。『クラシック三冠』、おめでとうテイオー」

「えへへ、ありがとうスカーレット!」

 

 『菊花賞』を終えた後、京都で夕食を済ませてから寮へ戻ると辺りはすっかり暗くなっていた。克樹は2人を寮の前まで送り届けた後、自宅へと帰っていった為、今は2人きりで寮への道を歩いている。

 

「凄かったわ、アンタの走り。『クラシック三冠』が懸かった大舞台でやるなんて、正気の沙汰じゃないけどね」

「あ、酷ーい! ボク頑張ったのに!」

「褒め言葉よ、素直に受け取っていいのに」

「どこをどう聞いても褒め要素はなかったよね?」

 

 頬を膨らませながら睨みつけるトウカイテイオーの様子を見て、ダイワスカーレットが笑う。そして不意に、トウカイテイオーは呟く。

 

 

 

 

 

「──これでやっと本気で戦えるね、スカーレット」

 

 

 

 

「え……?」

「待ってた、ボクはこの時をずっと待ってた。『トリプルティアラ』の君と、『三冠ウマ娘』のボク。同世代に、最強は2人も要らないよね?」

 

 彼女は、笑っている。

 その目以外の全ての部位で。

 見開かれた瞳は、ダイワスカーレットただ1人を見据えて燃え盛っている。

 

 暑い──否、()()

 

 夜のはずなのに、灼熱の太陽に晒されて気温が急激に上昇した様な、全てを焼き尽くす大火に身を晒している様な感覚に、ダイワスカーレットの全身から汗が吹き出していく。

 

 

 そして彼女の背中にダイワスカーレットは。

 

 

 

 ──不死鳥の様な、炎の翼を幻視した。

 

 

 

「──『エリザベス女王杯』。そこで決着を付けよう、スカーレット。ボクからの挑戦、勿論受けてくれるよね?」

 

 叩きつけられた挑戦状。ダイワスカーレットはそれを心の奥底に仕舞い込み、獰猛に笑う。

 

「……ええ、ええ勿論よ、テイオー。アタシもアンタと一度戦いたいと思ってた……!」

「ありがとう、スカーレット」

「白黒付けましょう、アタシとアンタ、どっちが最強なのか」

「うん。でもスカーレット、ボクは負けないよ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

         絶対は、ボクだ

 

 

 

 

 

 

 

 炎の翼が、轟音を立てて羽撃いた。

 

 

「は、は……あは、あッ……はははははははァッ!!!」

 

 ダイワスカーレットは高らかに嗤う。

 全身を包む高揚感。剥き出しの敵意に、彼女は心地よさすら感じていた。

 

「ああ、最高、最高よテイオー!! 全力で闘いましょう……アタシとアンタの」

「うん、ボクとキミの──」

 

 

 

 

 

 

 

 

         ──全てを賭けて。

 

 

 

 

 

 

 







以前お知らせしました“ちゃん丸”氏主催の「ウマ娘プリティーダービー〜企画短編集〜」、既に投稿が始まっております。
私またたねの短編は、本日21:00に投稿されます。
そちらの方も是非読んでいただければ光栄です。
感想も欲しいです(素直)
それでは次回、或いは企画小説もよろしくお願いします。

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