本日から更新再開します!!
快勝の代償、或いは最高の対極
「っ……」
「おい、マジで大丈夫か?」
「気にしないで。処置して貰ったし、昨日よりは全然マシだから」
トウカイテイオーとの激闘、『エリザベス女王杯』の次の日。
克樹とダイワスカーレットは彼女の脚の様子を診て貰うための病院に向かった。
試合後、左脚を引きずりながらレース場の外へと出てきた彼女の姿を見た克樹は、心臓が止まるような思いだった。彼はすぐにでも彼女を救急病院に運びかねない勢いだったが、ダイワスカーレットはそれを拒否したのだ。ただの筋肉痛だと。心配するようなことはないと。
その言葉を受けて、彼は考えた。確かに、引き摺って歩いているが自立はできていること、見る限り脚に変色や腫れは無いこと。その二点から骨折では無いと判断。彼女の意思を尊重することにした。
しかし次の日は学校を休んで朝一で自分と病院に向かう約束を取り付けた。そして今はその帰り。ダイワスカーレットは今、松葉杖を突きながらゆっくりと歩いている。
「お医者さんも言ってたでしょ? 軽い捻挫と筋肉痛だって。大袈裟なのよ、この松葉杖も。ちょっと休めばすぐに治るわ」
「あぁそうだな。でもこうも言ってたよな? 『それだけで済んでいるのは最早奇跡です。常人なら骨折しててもおかしくないです』って」
「うっ……それは……」
克樹の指摘に、彼女はバツの悪そうに視線を逸らした。
「……ま、裏を返せばそれだけで済んで良かったって話でもあるけどな。鍛えた筋肉の鎧がお前を守ってくれたんだろうさ。そうじゃなかったら今頃お前の脚はバキボキに折れてただろうぜ」
「……言い返せないわ」
「取り敢えず、お前あれ暫く使用禁止な」
「えっ? あれって?」
「【
「ちょ……! なんでそうなるのよ!?」
「言わなきゃ……わかんないか?」
「っ……」
彼女は閉口する。克樹の言わんとしていることは正しい。あの技は、リスクが余りにも大きすぎる。リターンは大きいが、一回の使用で彼女自身も自分の寿命を縮めている自覚があった。
しかしあれが、彼女自身の大きな武器であることもまた事実。手に入れたそれを手放すのに、彼女は大きな抵抗を感じていた。
そんな葛藤する彼女の様子を見ていた克樹は、小さく笑う。
「そんな顔すんなよ、別に捨てろって言ってるわけじゃないんだからさ。取り敢えず、怪我が治ったらまた下地作りから始めよう。【
「……えぇ」
「焦んなよ。焦ったって急に強くなったりはしないし、待ってるのは故障だけだ」
「わかってるわよ」
「なら良い」
「……さ、取り敢えず直近一週間は練習もナシにするか」
「え゛っ」
「いやそりゃそうだろ。向こう一週間は完全休息日にする。当たり前だけど自主トレも禁止な」
「…………………………………わか、り、まし、た」
「なんだその死ぬほど不服そうな返事は」
「………………滅相もございません」
「わーったわーった。筋トレはしていい。上半身だけな」
「いいの!?!?!?!?」
「ば、バカ近ぇって!」
克樹の妥協に、ダイワスカーレットは瞳を輝かせながら身を乗り出した。それを煩わしそうに宥め、克樹はため息を吐いた。
「……モチベーション下げられても困るしな。ただ程々にしとけ。上半身と下半身のバランスが崩れると、フォームも乱れるし走り方もブレるぞ」
「わかってる! ありがとうトレーナー!」
「お前本当にわかって……はぁもういいや」
後半の自分の説明は、聞こえていないだろうと悟った。飛び上がりそうなほどの有頂天を見せるダイワスカーレットに、克樹は思わず苦笑する。
「とにかく自主練も明日から。今日は帰って休んどけ」
「あ……ねぇトレーナー」
「ん? どうした?」
「練習しなきゃ、別に今日は何してもいいのよね?」
「……いや、まぁ足に負荷を掛けないのなら」
「そう。じゃあこれから買い物付き合ってくれない?」
「は? なんで俺が」
「あら? 怪我人の荷物を持ちたいとは思わないの?」
「思わないけど」
「ありがとう。それじゃよろしくね」
「話聞いてる???」
とは言いながらも、克樹は理解していた。
自分の返事など最初から期待してないし、彼女が『行く』と言い出した時点で、拒否権など存在していないのだと。
こうして急遽、彼らは買い物へと向かうことになったのだ。
▼▽▼
そして俺たちが到着したのは、様々な店舗が入り混じった総合商業施設。松葉杖を突くスカーレットの速度に合わせながら、俺は呟く。
「なんか、人少ないな。こういうところってもうちょっと人が多いイメージだったけど」
「バカねアンタ。今は平日の昼よ? そんなに沢山人が居るワケがないじゃない」
「あー、そっか。感覚狂ってたわ……つーかスカーレット」
「ん? なに?」
「今お前は客観的に見て学校サボって買い物をエンジョイしようとしているクズになるワケだが、その辺はいいのかよ優等生として」
俺の指摘に、彼女は無言で俺から顔を背けた。
「……………セーフよ」
「いやアウトだろ」
「セーフ、セーフ!」
「アンパイア風に言ってもアウトはアウトだぞ」
「あーもううるさいッ!!」
「おわっ!? 松葉杖振り回してんじゃねぇよ!」
「仕方ないでしょ!? 練習続きで買い物に行く暇なんてなかったんだから!! 悪い!?」
「いや、俺は別に悪いとは言ってねぇだろうが!」
「だったら大人しく付いて来てればよかったでしょ!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺とスカーレット。そんな俺たちを周囲の客達がヒソヒソと小声で何か呟きながら見ていることに気づいた。
「……スカーレット」
「何よ!?」
「落ち着け、周りの人が見てるぞ。お前一応、『トリプルティアラ』の有名人だから、周囲の目を気にした方がいい」
「ぐっ……アンタ……この……ッ!」
微塵も納得いかない様子ではあるが、スカーレットは
「……面の皮どうなってんだお前」
呟きながら、半目でスカーレットを睨む。
「──誰のせいだと思ってんの?」
百倍にして睨み返されましたとさ。
▼
「はー楽しかった!」
「お、まえ、どんだけ買うんだよ……!」
それから彼女の買い物に付き合う事数時間。
ストレスを解き放つかのように爆買いを重ねた彼女の購入物を、俺は全身で抱えていた。あまりの重さに身を引きずりながら苦言を漏らすも、彼女はそれを意にも介さない。
「折角だから沢山買わないと損でしょ? こんな機会滅多にないし」
「どん、な、機会だよ」
「荷物持ち同伴」
「俺をなんだと思ってんだテメェ!!」
叫び散らかしても、彼女はフフン、と鼻を鳴らすばかり。
そんなこんなでチーム部屋へと帰り着いた頃には、日は完全に落ちてしまっていた。
「だっはァ!!」
「はい、お疲れ様。ありがとね」
「お、お前……覚えとけよ……」
荷物を床に撒き散らし、肩で息をしながらソファへと倒れ込んだ。そんな俺に、冷蔵庫から取り出したお茶を憎たらしい笑顔で差し出すスカーレット。俺はそれを力強く引ったくりながら彼女を睨みつけた。
「……トレーナー」
「あァ?」
半ギレ状態のまま彼女の問いかけに言葉を返すと、やけにソワソワしているスカーレットの姿が目に入った。
「……なんだよ」
「えっと、その……」
モジモジ、ソワソワ、クネクネ。
そんな擬音が聞こえてきそうな、普段の彼女からは想像も付かない弱々しい態度。今日の仕返しにイジリ散らかしてやろうとも思ったが、どうもそんな雰囲気ではない。
すると不意に、彼女は手に握っていた紙袋を俺へと差し出した。
「……ん」
「え?」
「ん」
「はい?」
「ん! ん!!」
「カンタみたいになってんぞお前」
ムスッとした表情のまま、彼女は手に待っていた紙袋を俺に突きつけてくる。受け取れということらしい。恐る恐る受け取り、俺は中身を確認した。
「……これ」
「……お礼。『秋華賞』と『エリザベス女王杯』の……ううん、それよりずっと前の、『メイクデビュー杯』からアタシをここまで育ててくれたお礼よ」
「あ、ありがとう……?」
プレゼント? スカーレットが? 俺に?
突然のことに、理解が追いついていない。
『早く開けなさいよ』と、彼女に促されるまで俺はそれを抱えて呆けることしかできなかった。
中に入っていたのは、触れただけでわかる、グレーの上質なジャケット。
途中スカーレットに『そこで休んでて』と言われてフードコートに座っていたが、その時に買ってきたのだろうか。
「こ、こんな高いモン受け取れるかよ。悪いって」
「アタシじゃ着れないわよソレ。良いから黙って受け取りなさい」
「……じゃあ、貰っとくわ。ありがとな。でも、どうして服を?」
「アンタの私服ダサすぎなのよ」
「グボァ」
歯に衣着せぬ、それでも心当たりがありすぎる物言いに俺は思わず吐血した。
「二年近くも一緒に居ればわかるけど、アンタブランドとかファッションとか、そういうの死ぬほど興味ないでしょ」
「は、ハイ」
「だから着るもの全てあくまで着心地と機能性重視。色味とか季節とかトレンドとか、そういうのは全くの度外視」
「仰る通りです」
「……
「わかりました…………って、え?」
顔を上げると、そこには頬を染めながら瞳を逸らすスカーレットの姿があった。
「……ありがとね。これからも、その……よろしく」
あまりにも言葉足らず、顔は無愛想で、声は棒読み。
それでもそれは、紛うこと無き彼女の本心。
「っはは、あはははは!」
「なッ……!? なによ、なんか文句でもあるわけ!?」
「いやいや、無いよ、あるわけないだろ」
「だったらなんで笑ってるわけ!?」
「嬉しくて笑ってんだよ」
「嘘つくんじゃないわよ!!」
顔中を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと喚くスカーレット。そんな彼女に、俺は心からの言葉を告げる。
「──よろしくなスカーレット。
「……!」
「俺も、同じ気持ちだよ。二人で見に行こうぜ、“いちばん”の景色を見に」
──これからもずっと。
それを君が俺に望んでくれるなら。
こんなに嬉しいことはないから。
「……ふ、フン! 仕方ないわねぇ、そこまで言うなら一緒に居てあげるわよ」
「お前が言い出したんだろ」
「あーもううっさい! ほらどきなさい!」
「わ、ちょ、おまっ」
松葉杖を放り捨て、俺の隣へと勢いよく座り込む彼女。
そしてそのまま、俺へと体重を預けた。
「な、何してんだよお前……!」
「あー疲れた。アンタの肩って案外寝心地いいのね」
「いや、だから……はぁ」
左肩に感じる、彼女の温もり。
何故だかそれが心地良くて、俺は言及するのをやめてしまった。
「……ねぇ、トレーナー」
「ん?」
「……ううん、なんでもない」
「そうかよ」
そして訪れる沈黙。不思議と重苦しさはなかった。
それはきっと、俺に身を預けながら本当に眠ってしまった彼女の寝顔が──嬉しそうに微笑んでいたからなのだろう。