桜舞う、或いは君と携わる
「トレーナー!見てたでしょ、アタシの走り!」
「見てたよそりゃ。G1一位、おめでとな」
「ふふん♪ 当然でしょ!」
阪神レース場から東京へ、そして寮へと戻る帰り道、夕暮れに染まる河川敷を俺とスカーレットは二人で歩いていた。初のG1勝利、口ではあんな風に言いながらも喜びを全く隠し切れていない。現に無意識だろうが尻尾をブンブンと振り回している。思い切り俺の尻にぶち当たって正直痛い。しかし俺は知っている。ここで言及すればどうせ
「ま、アタシにかかればこのくらい大したことないわ。勝つとわかってたレースに勝ったところで嬉しくもなんとも無いわね」
「口だけは達者だな。喜びが尻尾から漏れ出してんだよお前。振りすぎ振りすぎ。犬かよ」
「あぁン!?」
「ったぁ!?!?」
前言撤回、全く我慢できませんでした。てへ。
真っ赤になった頬を労るように撫で、すっかり鼻を曲げてしまった今日の主役を横目で見る。その姿に、“あの日”が重なった俺は思わず笑みが溢れてしまった。
「ふふ……」
「……なにアンタ、普通にキモいんだけど」
「いや自覚あるけど、直球すぎて傷つくわ」
「もしかしてアタシが叩いたから? もう一回叩けば治るかしら……」
「絶対違うからやめて? いや、素振りしなくて良いから、えげつない風切り音してるから!」
「フフン、冗談よ。これは次やるときの練習だから安心して」
「今の話でどう安心すれば良いんだよ」
「まぁそんなことはどうでも良くて。で? 何を笑ってたワケ?」
「いや……夕陽に照らされてるお前見てたら、“あの日”を思い出して、な」
「“あの日”……あぁ、それって」
俺の言葉に得心が行ったかのように頷いたスカーレット。瞬間、一際大きな風が吹いた。風に乗って舞う桜の花弁。その幻想的な景色の中で、頬を微かに染めて、彼女は微笑みながら呟いた。
──アタシと出会った日のこと?
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あの日も同じように、桜が舞っていた。
4月。出会いと別れを孕んだ、始まりの季節。東京府中に大規模な居を構える、『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』──通称、『トレセン学園』。国民的エンターテインメントである、ウマ娘達の祭典“トゥインクル・シリーズ”への参加を志したウマ娘達が集うその学園の門を、俺──
諸事情で半年間の謹慎処分を受けていた俺がトレセン学園に復帰する今日は、春休みが明けた始業日でもある。
ウマ娘達が集うここ『トレセン学園』に、人間の俺が向かう理由がただ一つ。俺が、ウマ娘を指導するライセンスを持つ、“トレーナー”だからだ。トレーナーになるにはウマ娘や“トゥインクル・シリーズ”に関する専門的な知識が必要であり、その試験の合格率は毎年一桁前半であるとも言われている……なんか自慢してるみたいで恥ずかしくなってきたな。
とにかく、俺はトレーナーで、それが理由で『トレセン学園』に足を踏み入れてるってことがわかってくれればいい。
「ついた、っと……まぁ流石に残っちゃいないよな」
学園内を歩き、辿り着いたのはボロボロで小さなプレハブ小屋。かつてあった俺の担当していた“チーム”──ウマ娘は、必ずチームに所属することが義務付けられる──は、流石に俺の謹慎期間中に解散されたようで、人の気配はまるでない。
「……本当に俺が帰ってくる意味あったのか?」
トレーナーという職業は、先程言ったように本当に極小数しかいない。故に俺みたいな謹慎経験のあるトレーナーでも、復帰してウマ娘のために尽くすことが許される。というより、尽くさなければならないと言ったほうが正しいか。
「……とりあえず、またチーム作りから始めるか。確か今日は選抜レースがあってたから、有望そうなのを探すか──」
──『トレーナーさんとなら、どこまでも行ける気がするんです』──
「──今度は、大切にしてやらないとな」
過ぎ去った思い出を心の奥底に仕舞い込む。感傷は要らない。未来のことだけを考えて過ごしていくだけでいい。
チクリと痛む心に蓋をして、俺は学園内の選抜レース会場へと歩き出した。
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「次!スタート位置に着いて!」
『はいっ!』
「……お、やってるやってる」
選抜レースが行われる第3レース場へと辿り着くと、そこは熱気に包まれていた。数多くのウマ娘達が、自分の実力を誇示し、己の価値を証明せんとしている。トレーナー達も、才能の原石を発掘すべく、目を皿にしてレースを眺めていた。
「……芝の匂いだ」
何を言ってるんだお前と思うかもしれないが、俺が最初に抱いた感想はそれだった。その空気に若干の懐かしさを感じ、改めて俺はレースが、ウマ娘達のことが好きなんだなと感情に浸る。
「あ、松田さん!こっちです!」
そんな俺に話しかけてきたのは、トレーナー席に座る1人の爽やかな若い男。名前は……ええと、なんだっけか、思い出せない。後輩だってことは覚えてるんだが。
「おぉ……久しぶり」
「今日から復帰なんですね。長い間お勤めご苦労様でした」
「いや、別に刑務所に世話ンなってたわけじゃねぇから。やめろよなその言い方」
軽口を叩きながら、男──仮称、爽やかだから『サワ君』で──の促しのままに横に腰掛ける。
「どうだ? 今回の選抜レースは」
「目ぼしい子が何人か。もしかしたら豊作かもしれませんね。松田さんも、トレーナーとして活動再開するんですか?」
「まぁ、な。上からの頼みだ。こんな俺でも、まだ使ってくれるんだと」
「そうなんですね……あ、でも前のチームは……」
「もうねぇよ。また一から、全部最初からだ」
残念ぶって呟くが、実はそうでもない。
かつての経歴や実績なんて、必要ない。むしろ知られない方がマシだろう。その方が実際、都合は良かった。
「次! 整列してください!」
『はい!』
「お! 始まるみたいですよ、松田さん!」
「言われなくても見てるっての」
係の促しに応じてゲートに向かうのは、5人のウマ娘達。その中の3名からは大きな緊張が見て取れたが、残りの2名はいかにも自信満々と言った表情で、ゲートまでの道のりを歩いている。
「……あの二人、いいな。良くも悪くも呑まれてない」
「本番で、自分のポテンシャルを最大限発揮できるかは大事なファクターですからね」
「余程実力に自信があるか、ただの向こう見ずか……しっかり見させてもらうとするか」
と、言った瞬間。
「へぶっ」
2名のうち、笑顔で歩いていた長髪の方が、間抜けな声を漏らしながら何も無い所でコケた。
『…………』
「っ〜〜〜〜!!!」
対戦相手、観客席、ありとあらゆる無言の圧力が、コケた少女へと集中する。その横で、もう1人の少女はコケた少女を指差し、涙を流しながら大声で笑っている。当の本人は目に涙を浮かべ、顔から耳まで真っ赤にしながら、恥ずかしさに悶絶していた。
「…………今のところはただの向こう見ず、か?」
「まぁまぁ、誰だってあれくらいありますよ」
俺の呟きに、サワ君は苦笑いを浮かべながら返した。今のところ、期待値は0。しかし何故だか、俺はあの長髪の少女から目が離せなかった。
そしてこれが、俺と運命を共にする最高の相棒──“ダイワスカーレット”との、初めての出会いだった。