“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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加害者、或いは破壊者

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 『有記念』優勝を目指して練習を重ねるダイワスカーレット、しかしその経過は順調とは言えなかった。

 

「ハァ……ハァ……タイムは!?」

 

 日が落ちて薄暗くなった夜空。誰も居なくなったターフ上で走り続けていた彼女は、ストップウォッチを構えた克樹へと息を荒げながら問いかけた。

 

「……『エリザベス女王杯』前に測ったラップタイムより、13秒遅い」

「クソッ……! ペース配分……それともスパートのタイミング……? いや、きっと無意識のうちに心理的リミッターをかけてるのね……それで最高速度まで上がり切るのに時間がかかってるんだわ……」

 

 苦々しく吐き捨てた後、彼女は即座に分析と自省を始めた。その様子を見ていた克樹は、笑いながらダイワスカーレットへと声をかける。

 

「焦んなよ。復帰直後より格段にタイムは上がってるんだ」

「焦るわよ。怪我前のタイムまでは上がって当然。そこからの上乗せがないと勝てるわけがないわ」

「まぁ……そうだけどさ。俺が言ったリミットのこと気にしてんなら、いったん忘れろ。気にするのは良いが、縛られるのはダメだ。目の前のノルマを一つ一つこなしていけば、結果は必ずついてくる」

「……わかった」

「今日はここまでにしよう。気温も下がってきたし、怪我のリスクも上がる。帰ってゆっくり寝ろ」

「……そう、ね。そうする」

 

 そう呟き、彼女は踵を返した。

 その足取りは重く、彼女の心情を如実に表している。

 

「……スカーレット」

 

 彼女を慮るように、克樹は小さく呟いた。

 明日には気分を切り替えていられれば良いが。

 内心でそう思いながら、彼女を追いかけるように克樹もタープを後にした。

 

 

 

 

 

 

「トレーナー、やっほー!」

「めっちゃ元気やん」

 

 次の日の放課後。

 勢いよくチーム部屋の扉を開け放ったダイワスカーレットは、かなりの上機嫌だった。

 そんな彼女の様子を見た克樹は、昨日の自分の心配が杞憂に終わったことを悟る。それと同時に大きくため息をついた。

 

「いや、めっちゃ元気やんお前」

「何? アタシが元気じゃ悪いっていうの?」

「そうじゃないけどさ。あー……どうしたんだよ、なんか良いことあったのか?」

「フフン、()()()()()()! 今なら何だってできそうなくらいに!」

「脚が……軽いィ?」

 

 確かに心理的余裕が生まれれば、緊張が解けてそのような感覚に陥ることもあるだろう。しかし昨日のあの様子からの、この発言だ。克樹は彼女の言葉を鵜呑みにすることなく、訝しんだ。

 

「……何があったんだ?」

「昨日帰った後、ある()()に偶々会って、薬を貰ったのよ。『これを飲めばたちまち元気になる』って。怪しんでたんだけど、藁にも縋る思いで飲んで寝たら……もうホントにビックリ! 全身羽根みたいに軽いのよ! 特に脚……今までにないくらい絶好調かもしれない」

「……ふーん」

 

 薬。

 彼女の発言で、彼はかつての記憶の中から該当者を探し出した。

 

「……アイツ、だろうな」

「ん? 何か言った?」

「何でもねぇよ。それよりスカーレット、その先輩の所に連れてってくれ」

「え? いいけど……アタシもお礼言わなきゃって思ってたし。けどどうしてアンタが?」

「……ま、お前のトレーナーだしな。お前の調子が本当に戻ったんなら、礼の一つくらい言わなきゃいけないだろ」

「ふーん、まぁいいわ。付いてきて、多分いつもの場所にいると思うから」

 

 克樹の言葉に不信感を抱くこともなく、上機嫌な彼女は部屋を後にする。その後ろを付いてきている克樹が、怪訝な表情をしていることにも気づかずに。

 

 

 

 

 そして二人が訪れたのは、『トレセン学園』の化学教棟。

 

「多分ここに居ると思うんだけど……」

「……」

 

 ダイワスカーレットの後ろを歩きながら、彼は自分の推測が正しかったことを確信していた。

 

 もう何度目かの話になるが、ウマ娘とは、走ることが本能であり、それこそが己の存在証明である。故に放課後は各々実力を磨くために練習を重ねているのが普通だ。

 しかし克樹は、知っている。化学教棟の一室を根城とし、半ばそこの住人と化しているある一人のウマ娘のことを。

 

「着いたわ。ここよ」

 

 ダイワスカーレットは不意に立ち止まり、ある一室を指差す。そして彼女が扉を数度ノックすると、返事があった。

 扉を開けて入室した彼女を追って、克樹もゴクリと唾を飲みながらそれに続いた。

 

 

 

「──こんにちは、()()()()()()!」

 

 

 

 彼女が笑顔で部屋の主の名を呼ぶと、彼女は椅子をくるりと回して、妖艶に笑った。

 

「おや、君かいスカーレット君。その様子だと、()()()()()()()()()()()()

「はい! 今日はそのお礼に来たんです! 本当にありがとうございました!」

「ただの試作品を渡しただけさ。こちらとしても貴重な臨床結果が得られて良かったよ」

 

 そこで彼女は、ダイワスカーレットの後ろにいる克樹の存在に気づき──驚きを隠せないかのように目を見開いた。

 

「……スカーレット君のトレーナーか──()()()()()()、私はアグネスタキオンだ。以後よろしく頼むよ」

 

 そう言って彼女──()()()()()()()()は底知れぬ笑みを浮かべた。

 

「……! あぁ、俺は松田克樹だ。()()()()()()、アグネスタキオン」

 

 アグネスタキオンの自己紹介に一瞬固まった克樹は、それでも努めて自然に──ダイワスカーレットに違和感を抱かれることのないように、返事をする。

 しかしダイワスカーレットの洞察力は、彼の異変を確かに見抜いていた。

 

「……どーしたの、アンタ。緊張でもしてる?」

「……別になんでもねーよ。脚が軽くなる薬作る科学者サンがどんな顔してるのかと思ったら、案外フツーのウマ娘でびっくりしただけだ」

「ちょ……アンタ、タキオンさんに向かってなんて事言うのよ!?」

「ハハハハ! 気にしないでくれたまえスカーレット君」

 

 暴言とも取れる克樹の発言に、ダイワスカーレットは瞠目した。しかし当の本人は、彼女の反応を見てさも面白げに笑っている。

 

「……さて、スカーレット君。少し頼みがあるのだが聞いてくれないか?」

「あ、はい。なんでしょう?」

「学園に提出する書類を複数枚溜め込んでしまっていてね。生憎私は今ここから離れられない。昨日の薬の礼だと思って、提出を頼まれてくれないだろうか」

「それぐらいなら幾らでも! 返したりないくらいですよ」

「感謝する。では、よろしく頼んだよ」

「わかりました! トレーナー、アタシ行ってくるわね」

「あぁ。俺はここで待ってるよ」

「……またタキオンさんに失礼なこと言ったらタダじゃ済まさないからね」

「わーってるよ、さっさと行ってこい」

 

 手をヒョイヒョイと振る克樹をさっきの篭った瞳で睨みつけながら、彼女は部屋を後にした。

 残された克樹とアグネスタキオン。数秒の沈黙を破り、先に口を開いたのは克樹の方だった。

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()()

「やぁ、元気にしてたかい? ()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 冷たく、無感情な克樹の声。それと対照的に、アグネスタキオンは嬉しそうに言葉を返した。

 

「何年振りだろうね……こうして君と言葉を交わすのは」

「悪かったな、戻ってきてからずっと顔も出さなくて」

「私だってそうさ。気にする必要はないよ」

 

 アグネスタキオンの言葉に、克樹は安堵したように笑う。

 

「……気ィ遣わせたな、すまん」

「それも気にする必要はない。()()()()()()()()()()()、そうするべきだと思ったまでさ」

「助かるよ……やっぱりお前だったんだな。スカーレットが“薬”なんて言うからすぐに合点が行った」

「おや、君の中での私のイメージはどうなってるのかな? 是非とも解剖して調べさせていただきたい」

「それは御免被る」

 

 軽口を交わし合う両者。そこに心理的障壁は一切無く──寧ろこれが自然だと言わんばかりに打ち解けていた。

 しかし克樹は、突如その表情を怪訝なものへと変え、彼女へと問いかける。

 

「……で、タキオン。スカーレットに渡したモノはなんだ?」

「おや、聞いていなかったのかい? 脚の快復を促す薬だよ」

()()()()()()()()

「ほう……」

 

 克樹の低い声にも、アグネスタキオンは動じない。彼女はデスクに肘を置き、頬杖を突きながら興味深そうに克樹を見ていた。

 

 

 

 

「もしそんなモンが本当にあるのなら──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……はっ、ハハハッ! いやはや確かに、違いない。やはり君にはお見通しだねえ、何もかも」

 

 克樹の出した解答に、彼女は声を上げながら嬉しそうに笑う。

 

「……そうだろうね。そんな薬があるなら、私は真っ先に自分に使っているだろうさ」

 

 そう呟きながら、アグネスタキオンはそっと自分の脚に視線を落とした。それは過ぎ去った日々を懐かしむように、遠い目をしていた。

 

「……今もまだ、“プランB”を追っているのか?」

「肯定しよう。それこそが、今の私にとっての此処での存在意義だからね」

 

 

 

 ──アグネスタキオン。

 

 

 

 その勝率は、驚異の10割。出走したレースでは他を寄せ付けないスピードで危なげのない勝利を観客に見せつけた女傑──人呼んで、“超光速のプリンセス”。

 しかしその戦績は、僅かに4戦。実力からするとあり得ない出走の少なさで、彼女はターフ上から姿を消した。

 

 

 その理由が──脚。

 

 

 彼女はそのスピードと反比例するように、脚に致命的な脆さを抱えていた。彼女が備える埒外の出力(スペック)に、身体(マシン)の方が耐えられなかったのだ。

 

「……完全に引退したわけじゃないんだろ?」

「ああそうだよ。客観的に判断しても私はまだ、走ることができる。だが結局、私の脚は()()()()()()()()()()()。あと数度の酷使で使い物にならなくなるだろう。一時はそれでもいいと思っていたよ。いつか壊れるその日まで、走り続けていようと」

「それが……“プランA”」

 

 浅い息を漏らしながら、彼女は肯定の笑みを返した。

 彼女が抱くプランは二つあった。

 一つは前述のように、己の脚でウマ娘の最速の限界を突き詰めるプランA。

 そして克樹が問いかけたプランBとは、研究を重ね、自身が追い求める──()()()()()()()()()()最速の限界を見るという夢を、他のウマ娘に託すというものだ。

 

「最初はプランBを取るつもりなんて全くなかったんだが……例え私の脚が壊れようが、それはそれとして夢の終わりを割り切るつもりだったよ。だがそんな私を止めたのは、君だろう?」

「……そうだったっけか?」

「覚えていないのかい? 困ったな、これでは私が一方的に思い続けてるみたいじゃないか、恥ずかしいねえ」

「本気で俺に信じ込ませたいなら、少しは恥ずかしそうな顔して見せろよ科学者(サイエンティスト)

「ハッハッハ! 羞恥などなくとも、私は君に心から感謝しているんだよ。そしてその選択をさせてくれた事を、私はこの数年間一度も後悔した事はない」

 

 彼女は頬杖を突きながら、視線を窓の外へと移した。その目は外の景色ではなく──在りし日の思い出へと向けられていて。

 

「……君は覚えていないのかもしれないが、私にこう言ったんだ──『諦めるにはまだ早い』と。『俺が何とかしてみせる』、とも言ってくれたかな。嗚呼、なんと裏打ちのない、根拠の欠けた無責任な言動だろうか!!」

「褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」

「どちらでも無い。言ったはずだ、私は君に、感謝していると。そんな無責任な君の言葉が、私の心を救ってくれたんだ。だから私は“プランA”を諦めて、“プランB”を追っている訳さ」

 

 そう言葉を閉じて彼女は、憑物が落ちたような──言ってしまえば、あまりにも似合わない、優しい笑みを克樹へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「──()()()

 

 

 

 

 

 

 

 しかし克樹は、彼女の言葉を一刀に切り捨てる。

 

「ほう……?」

「お前のその目は、プランBだとか、誰かに託すとか……そういう“誰かのため”だとかそんな優しいモンじゃない。泥臭く自身の再起を模索してる、“自分のため”の目ェしてんぞ。お前は、1ミリたりともプランAを諦めてなんざいねぇ。お前は今──()()()()()()()()()()()()()、そうだろ」

「……参ったね」

 

 克樹の言葉を無言で聞いていたアグネスタキオンは、困ったように苦笑する。

 

「冗談どころか、()()()()()()()()()()通じないじゃないか。あの頃はもっと素直だったというのに、面白くないね」

「俺が成長して、お前が衰えたんだろ」

 

 知らんがな、と克樹は吐き捨てる。それをみていたアグネスタキオンは肩を竦めながらため息をついた。

 

「……君のいう通りだよ。私は今、()()()()()()()()のさ。最後の瞬間まで、私は私の証明(プランA)を諦めない。ただそれと並行して、その証明を誰かに託すため(プランB)の用意をしているというだけのことさ。我ながら些か欲張り過ぎだとは思うがねえ」

 

 クックック、と喉を鳴らしながら、アグネスタキオンは笑う。その普段と変わらない様子を見て、克樹は内心で安堵を浮かべる。

 

「変わってないな、お前は」

「それを言うなら君もそうだろう……さて、君の質問への答えだが。無論あれは脚の快復を促す薬などではないよ。そもそも薬ですらない。あれはただの美容栄養剤(サプリメント)さ。体に害は無い、安心してくれたまえ」

「……本当か?」

「プラシーボ効果、というやつさ。私の説明を信じた……というのもあるだろうが、一番はやはり彼女自身の気持ちだろう。()()()()()()()()という強い意志が、より強い思い込みを生んだのさ」

「……強い意志、か」

 

 克樹の頭に過ぎったのは数日前の鬼気迫るような彼女の姿。その剣幕に折れてしまった自分を思い返して、彼は苦笑を浮かべた。

 

「確かに、アイツの意志は半端ないからな」

「……彼女から聞いたが、脚を怪我していたんだろう? だからこそ意外だったよ──()()()()()()()()()()()

「……その半端ない意志に折れたんだ」

「ほう、頑固者の君を折れさせるほどの意志とは! なんとも興味深いねぇ」

「誰が頑固だ」

 

 鋭く睨みつける克樹の視線を意に介さず、彼女はケラケラと笑った。

 

「……後悔しているのかい?」

「……」

 

 克樹の内心を見透かすように、アグネスタキオンは問う。彼はその言葉に対して一瞬息を詰まらせ、瞳を伏せながら彼女の問いへと答えた。

 

「……迷ってる。アイツをこのまま、走らせてもいいのかどうか」

「ほう?」

「怪我明けの身体で、無理をして潰れていったウマ娘……()()()()()()()()()()()? だから──」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お前がそれを言うのか、破壊者(デストロイヤー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ──!」

 

 彼女の身に纏う雰囲気が、変わった。

 瞳孔の開いた褐色の瞳は見開かれ、無表情のままに克樹を見つめている。

 その瞳から溢れる金色の粒子と全身から放たれる威圧感。

 それを受けた克樹の背筋に、冷たい汗が流れた。

 

「……っハハハ! 冗談だよ。君のそんな悪名、私は信じてなどいないさ」

 

 そんな克樹の様子を見て、アグネスタキオンは心底愉快そうに笑った。途端に先ほどまでの威圧感は、幻のように消え失せる。

 

「……脅かすなよ」

「元々君が持ちかけた話題だろう?」

「そうだけどさ」

「……信じていないよ。私は勿論、他の誰も。()()()()()は、事故以外の何物でもない。そうだろう、トレーナー君?」

 

 アグネスタキオンは笑う。しかし克樹には、その笑顔が自分を値踏みするように見えて、心底不快だった。

 わかっている。彼女にそんなつもりは毛頭無いと。斜に構えた自分の心が、彼女の虚像を映し出しているに過ぎないのだと。

 

「……そうだな」

 

 努めて笑顔を作って、彼は言葉を返した。

 

「……君がスカーレット君を走らせたくない気持ちもわかる。しかし、だ。私は彼女が走りたいと望む気持ちもまた、痛い程わかってしまうんだ」

「……」

「本人が走れると言っているんだ、その結果がどうであれ、君が気に病む必要なんて無いんじゃないのかい? 私は、『()()()()()()()()』と心で燻ったまま諦める方が、彼女にとって酷なことだと思うがね」

「それは……」

 

 克樹は、言い返すことができなかった。

 今目の前にいる彼女に対して──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女に対して、返す言葉が見つからなかったから。

 

 

 

「──信じてやればいい。今の彼女にとって必要なのは、ただそれだけだ」

 

 

 

 その言葉に込められた熱は、克樹が受け止めるには重すぎた。

 真顔で見つめるアグネスタキオンの視線に耐えられず、克樹はそっと目を伏せた。

 

「君が揺らげば、彼女も揺らぐ。ウマ娘(私たち)とは不思議なものでね──トレーナーに信頼されれば、何処までも行けるような気になれるのさ。実に非科学的で根拠の無いことだが、これは私自身も体験した事実だよ」

「……そういうもんなのか」

「そういうものなのさ。だからトレーナー君、君が迷ってはならない。彼女が選んだ道を信じて、共に歩んでやってくれ」

 

 そう言葉を閉じたアグネスタキオンは、やはり彼女には似つかわしくない優しい笑みを浮かべていて。それは克樹がこれまで見たことの無い──言うなれば、保護者のような笑みだった。

 

「……お前、どうしてそこまでスカーレットのことを気にかけてくれるんだ?」

「……不思議と彼女は他人の気がしなくてね。何故だか話していると落ち着くのさ。それに、こんな私を慕ってくれる数少ないひけんた──友人だからね」

「おい待て今一瞬本音が出てきかけたぞ」

「数少ない被験体だからね」

「そっちで言い直すんかい」

 

 克樹のツッコミを受けて、彼女は心底愉快そうに笑った。先程まで部屋を満たしていた重たい空気は気付けば霧散している。

 

「冗談だよ。とにかくトレーナー君、彼女のことを頼んだよ」

「……ありがとな。なんか相談乗ってもらった感じになっちまった」

「気にしないでくれたまえ。君にいくら恩を返しても返しすぎじゃあないさ」

 

 その時、ドアを開ける音が響く。

 

「ただいま戻りましたー」

「お帰りスカーレット君。済まなかったね」

 

 代理提出を終えて戻ってきたダイワスカーレットを、アグネスタキオンは優しく労った。

 

「タキオンさん、トレーナーと何話してたんですか? 凄く楽しそうな顔してますけど」

「……なんてことない世間話だよ」

「へぇー……そうなんですね」

「スカーレット君。君のトレーナーはとても良い人のようだね。君のことをとても大事に思っているのが伝わってくる」

「は……はぁッ!?」

 

 ダイワスカーレットの頬が、一瞬で朱に染まった。

 

「ちょ、ちょっとトレーナー!? アンタ一体タキオンさんに何言ったのよ!?」

「ぐぁッ、ちょ、スカーレットっ、く……首絞まッ」

「早く言いなさいよ!!」

「お、おちつけ……! た、タキオン……テメェ……ッ!」

「フフフフフ、ッハハハハハハ!」

 

 

 

 克樹の言葉を受け、アグネスタキオンは一際大きく笑った。

 

 

 

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