“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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お久しぶりです。
色々謝罪したいことはありますが、今章終了後にさせていただきます。



貴婦人、或いは必然

 

 

 

 ──このままじゃ勝てない。

 

 『有記念』まで残り2週間を切った。

 スカーレットの居ない、一人だけの部屋で俺は冷静に現状を整理する。

 

「……タイム自体は悪くないんだけどな」

 

 タキオンとの一件の後、スカーレットは“薬”のおかげもあって絡み着いた負傷の幻影を払拭し、『エリザベス女王杯』挑戦前のベストタイムまで調子を取り戻していた。

 

 だが、現状()()()()()

 

 『有記念』は、今まで通りやれば勝てるような甘いレースじゃない。

 スカーレットが負傷開け以降の練習でしてきたことは、ブランクを埋めることと以前までの肉体を取り戻すことだけ。正直に言えば、俺の想定よりも少し時間がかかってしまった。

 スカーレットが勝つには、ここから二週間で『エリザベス女王杯』以上の何かを培わなければならない。【電紅石火の(ライトニング)ステップ】は強力な武器だが、今のアイツに使わせるわけにはいかないし、二週間で実戦で使えるレベルまで仕上げるのは不可能だ。

 こうなってくると、もうスカーレットの根性次第だ。俺も最後まで諦めず、『有記念』に向けての戦略や、レース中の戦術構築を行うつもりだが、全てはアイツがどこまで伸びるかにかかっている。が、しかし──

 

 

「──なーんかパッとしないんだよな、アイツ」

 

 

 誤解の無いように説明しておくが、スカーレットの状態は悪くない。寧ろ、良い。念願の『有記念』出走に向けて気力は充実し、調子は右肩上がり。己の“最強(いちばん)”を証明するために、今の自分にできる精一杯の努力を妥協することなくしていると、トレーナーの俺からも太鼓判を押せる。

 そう言った身体面(フィジカル)ではなく、俺が不安を感じているのは──彼女の精神面(メンタル)

 

 夏休み中に新走法を磨き上げるために鍛錬していた時のような。

 テイオーを超えるために努力を重ねていた時のような。

 勝利への純粋な渇望──飢餓感(ハングリー)を今のアイツから感じないのだ。

 

 『勝ちたい』。

 そう願う気持ちは、絶対にあるはずだ。それは俺を説き伏せてまで『有記念』への出走を懇願してきたことからも明らか。

 なのに何故、俺はこんなにも不安を感じている?

 

「なんでなんだろうな……俺も上手く言語化できない」

 

 呟きながら、きっと杞憂だろうと思考を切り替える。時間は限られている、考えに耽ってばかりもいられない。

 そう考え直し、練習プランを再検討すべくPCと向かい合った──その時。

 

「ん、メールか──げっ」

 

 トレセン学園関係者間で用いる専用のブラウザツールが、デスク上にポップアップを表示した。その差出人を見て、俺は思わず顔を顰めてしまう。

 

()()()、からか……」

 

 嫌々ながらも送信されたメールを開くと、なかなかの長文が書かれていた。要点をまとめると、『そろそろいい加減に顔を出せ』、だ。

 何を隠そう、こんなメールが来たのは初めてのことじゃない。俺はこれまでも──それこそトレーナーとして復職してから、再三に渡る呼び出しをスカーレットの指導や忙しさを理由にして断りつづけていた。理由はまぁ色々あるが……一番は()()()()から。

 それを察してくれていたのだろう、理事長もこれまで無理強いはしてこなかったのだが……いよいよそうもいかなくなったのだろう。

 

「…………行くかぁ」

 

 気まずさもあるが、それ以上に恩もある。

 何を言われるか不安は尽きないが……今後のためにも、一度従っておいた方が良いだろう。

 途端に億劫になった気持ちを奮い立たせ、俺は椅子から立ち上がった。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

──このままじゃ勝てない。

 

 奇しくも、ダイワスカーレットもまた克樹と同じことを考えていた。

 アグネスタキオンとの邂逅後、調子を取り戻しつつあった彼女は、授業を受けながらも思考は冷静に自身の調子(コンディション)を分析していた。

 

(タイムは『エリザベス女王杯』出走前のベストまで戻った。けどそこからの伸びはほとんどないのが現状。怪我の影響でスタミナも落ちてる)

 

 目線を黒板に向けながら、レースに向けた思考を走らせる。しかし彼女の開いているノートには、丁寧に板書が取られていた。授業を聞きながら板書を取り、レースに向けての自身の改善プランについて考える。高度な情報処理を可能にしているのは、克樹がこれまで彼女に培わせてきた思考法の賜物だ。こんな形で活用されているとは思いもしないだろうが。

 

(懸念事項は大きく分けて二つ──まずは、有記念が、これまでアタシが走ってきたレースの中で最長であること)

 

 有記念は2500mの長距離レース。彼女が出走した中で最も距離が長いレースは、オークスの2400m。たかが100mと思うかもしれないが、ウマ娘の全力疾走における100mの差は、あまりにも大きい。ペース配分等、懸念事項は多々ある。

 

(そしてもう一つ──アタシには今、()()()()()()()()

 

 『エリザベス女王杯』でトウカイテイオーとの限界を超えた死闘の果てに掴み取った、【電紅石火の(ライトニング)ステップ】。それは現在、克樹によって使用禁止を言い渡されている。当初は憤慨したダイワスカーレットだったが、現在は納得、寧ろ妥当だとすら感じていた。

 あの技は、今の自分では扱いきれない絶技。強力な武器であることを理解しているだけに手放すのに歯痒さもある。しかしそれ以上に、彼女は克樹との約束を優先した。

 

(アイツとの約束を破れば、きっとアイツは怒る。アタシじゃなくて、止められなかった自分を)

 

 彼女の敗北と苦悩を、自分のことのように受け止めて涙した彼の姿を知っているから。あんな思いを、二度とさせるわけにはいかないから。故に彼女は、“壊れてもいい”と叫ぶ自分の本能を理性で縛り付けることができていた。

 

(でも実際、それはあまりにも痛すぎる──事実アタシは最大の武器を欠いた状態で『有記念』を戦う必要が出てきてしまった)

 

 度々出てくる話ではあるが、彼女が出走を予定している『有記念』は、グランプリレースと呼ばれるその年を代表するウマ娘が選出されて走るレースであり、裏を返せばそれは、このレースが極めてレベルの高いレースであるという事実を示している。

 そんな猛者達を相手に、最大の武器を欠いたこれまでの自分で果たして太刀打ちできるのか──。

 

(……“キッカケ”が欲しい。この現状を打破するような何かが)

 

 上手くいかない現状が、彼女にフラストレーションを募らせる。強く握られたシャープペンシルが嫌な音を鳴らした。

 

「……クソッ」

 

 優等生の仮面しか知らないクラスメイトが聞いたらひっくり返るような低い声で、彼女は静かに毒吐いた。

 

 

 

 

「……『高等部交流会』?」

「そう! 結構前にプリント配られてたけど、スカーレットはどうするの?」

 

 その日の昼休憩中。

 ダイワスカーレットはクラスメイトからの問い掛けに、頭の中で疑問符を浮かべていた。

 

(……そういえばあったわね、そんな行事。有記念のことしか考えてなかったからすっかり忘れてたわ)

 

 引き出しのクリアファイルからプリントを探して取り出し、さっと目を通す。要約すると、ダイワスカーレットらが所属する中学部と、高等部の生徒間交流会で、親交を深めて『トゥインクル・シリーズ』の更なる発展を意図したものだ。数回に分けて開催される催しで、日付を見れば第一回の開催は今日の放課後だった。

 

(正直練習したいけど……まぁ行ってみるのもアリ、か。闇雲に練習しても意味ないし。いい気分転換になるかもしれない)

 

「勿論、参加するつもりよ」

「流石スカーレット! 上昇志向の塊だね」

「もう、やめてよ恥ずかしい」

「よかったら一緒に行かない?」

「ええ、ぜひ」

 

 放課後共に向かう約束をして、その場は解散となった。

 

 

 

 

 そして来たその日の放課後、ダイワスカーレットは約束したクラスメイトと共に営業終了した食堂に向かった。

 中に入れば、既に多くのウマ娘達で賑わっている。

 

「わー、結構沢山の人が集まってるのね」

「そりゃそうだよスカーレット! 高等部の先輩から直々に話を聞ける機会なんて滅多にないんだから!」

「あー……そう、ね。確かにそうよね」

 

 級友の言葉は、ジュニア期から“白い稲妻(タマモクロス)”という高等部でも指折りの逸材に直接指導を仰いでいたダイワスカーレットにとってはあまり実感のない言葉だった。彼女は自分がいかに恵まれた環境で練習していたのかを再確認する。

 

「じゃあスカーレット、ここからは自分の行きたい場所に行こ!!」

「そうね。お互いこの機会をしっかり活かしましょう」

「うん! それじゃあね!」

 

 笑顔で人混みの中に消えていくクラスメイトを、彼女は笑顔で見送った。

 “行きたい場所”というのはこの交流会の根幹を成すシステムで、高等部の生徒は食堂の机を使って、自分のブースを設定する。その中から中学部の生徒が自分の行きたいブースを選び、先輩との交流を図るという形になっているのだ。

 

(さーて、アタシはどこに行こうかしらね──)

 

 どうせ練習しないなら、有意義な時間にしたい。

 お菓子を食べながら楽しく談笑してるグループもあれば、勉強でわからない場所を質問しているグループすらある。交流形態は本当に様々で、平時なら後者の会には参加してみたいとダイワスカーレットは思った。

 

(でも今回はダメ。誰か居ないのかしら……今のアタシに必要な“キッカケ”をくれる人──)

 

「……あっ」

 

 彼女の視界に、“ソレ”は唐突に飛び込んできた。

 視線の先、奥の方に出来ている不自然に人が捌けた空間、そこにポツンと鎮座する円卓。

 そこで、一人のウマ娘が紅茶を飲みながら静かに座っている。

 優雅。あまりに美しいその姿は、絵画の世界から飛び出してきたようだった。

 その一角だけ、明確に空気が違う。あまりの近寄りがたさに、中学部の生徒がその一角を避けるのも無理はない。

 

 しかしダイワスカーレットはそこに佇む女性を見て──歓喜のあまり口角を釣り上げた。

 

(ツイてる! この人と話すことができるなんて!)

 

 人混みをかき分けながら、彼女は早足で進んでいく。

 周囲のウマ娘達は、信じがたいものを見るような目で彼女を見ている。

 そんな視線を意に介さず、彼女は円卓の前で立ち止まると、静かに声を掛けた。

 

 

「こんにちは。ご一緒よろしいでしょうか?」

「……あらあら、これはこれは。まさか貴女の方から(わたくし)のところに来てくださるとは。一度お話ししたいと思っていたところですわ」

「先輩も私を探してくださっていたなんて、光栄です」

「勿論──()()()()()()()()()()の、ダイワスカーレットさん?」

「はい──()()()()()()()()()先輩」

 

 

 

 

 名を呼ばれた眼前の貴婦人が、彼女に妖しく微笑んだ。

 

 

 

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