“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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結果と過程、或いは天下の涯て

 

 

 

 

 

「最近、寮の外に和菓子のお店ができたのはご存知ですか?」

「あ、はい! 話題になってますよね」

「元々菓子類は好んで食べるわけではなかったのですが……学園に入学してからは口にする機会が増えまして。最近は和菓子がお気に入りなのです。よろしければ、貴女もいかが?」

「いいんですか? ではお言葉に甘えて……お気遣いありがとうございます」

 

 

 ──意外と気さくな人なのね。

 

 それがダイワスカーレットがジェンティルドンナに抱いた印象だった。

 

 

「遠慮なさらずに。紅茶もありますよ」

「あ、どうも……和菓子に紅茶、ですか?」

「あら、意外と合うのですよこれが。私も友人に勧められるまでは半信半疑でしたが」

 

 

 

 ──ジェンティルドンナ。

 

 

 

 今のトレセン学園で、この名を知らぬ者はいないだろう。

 ダイワスカーレットの数期前の“トリプルティアラ戴冠者(ホルダー)”であり、それだけにとどまらず彼女はなんと各国の名ウマ娘達が集まって鎬を削る、『ジャパンカップ』を二連覇するという偉業まで成し遂げている。そんな伝説を残した彼女は、昨年度『有記念』一着という有終の美を飾って、『トゥインクル・シリーズ』の一線を退いた。

 彼女の武器は、他の追随を許さない圧倒的な“力”。それに裏打ちされた脅威の加速と末脚で、文字通り力尽くで勝利をもぎ取ってきた。

 故についた異名は、“剛毅なる貴婦人”、“鬼面朱羅”。周囲のウマ娘からは畏怖と畏敬を以てそう呼ばれ、尊敬の眼差しを向けられている。そのことや普段の振る舞いから、毅然とした触れ難いオーラを放っている存在……と、数刻前までのダイワスカーレットも思っていたのだが。

 

(なんか……思ってたよりもウェルカム、って感じね)

 

 口調は厳格だが声色は優しく、表情も柔らかい。来るもの拒まず、という雰囲気を感じた。

 

(アタシと話したかったって言ってたし……何だろ、自分からは行かないけど来てくれた人は邪険には扱わない……って感じかしら)

 

 銀色の箱から嬉しそうに和菓子を取り出している貴婦人の姿を見ながら、彼女は印象をアップデートする。これなら聞きたい話もしっかり聞けそうだ、と彼女の口角が少しだけ上がった。

 

「お待たせしました。適当に選びましたのでお好きなものをどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 受け皿に並べられたお菓子は、甘いものから塩気のあるものまでの聞いたものまで様々だった。

 その中の一つ……小さな饅頭のようなものを手に取り、口へと運ぶ。

 

「ん! 美味しい……!」

「お口に合ったようで何よりですわ」

 

 顔を綻ばせるダイワスカーレットを見て、ジェンティルドンナは笑った。

 

「はい、紅茶も美味しいです! 本当に和菓子と合うんですね」

「口にするまでは、私も信じられませんでした。教えてくださった友人には感謝しなければなりませんね」

 

 互いに微笑み合う両者。そんな様子は、会話の内容を知らない外野から見れば一触即発の空気が漂っている様子にしか見えない。二人は周囲のウマ娘達が息を呑んでいることには全く気付いていなかった。

 

「さて──()()()()()()()()()()

「……!」

「私と談笑をしにきた、というわけではないのでしょう? 私に、何か聞きたいことがあるのではなくて?」

 

 ジェンティルドンナは笑顔で切り出した。

 もう少し雑談で距離を詰めてから切り出そうとしていたダイワスカーレット。だが向こうからその流れにしてくれるのならば、彼女としてもそれに乗っかるほか無い。

 

「はい、ジェンティルドンナ先輩──私、先輩に聞きたいことがあるんです」

「その前に、まずは私から先に質問をさせていただいても宜しくて?」

「えっ……?」

「大丈夫ですわ。貴女の質問にはきちんと回答いたしますし……何より、この質問は貴女の知りたい答えにも繋がっていますから」

「そう、ですか……わかりました、私に答えられることなら」

「感謝いたしますわ──では問いましょう」

 

 そこで一度言葉を切った次の瞬間、貴婦人の纏う雰囲気が変わる。

 

 

 

「──勝負における“結果”と“過程”。優先されるべきはどちらでしょう?」

 

 

 

 腕を組み、妖しい笑みを浮かべながら貴婦人は問うた。

 値踏みされている。ダイワスカーレットの本能が警鐘を鳴らし始める。

 向けられる視線が、後輩に向ける親愛の目から── 競争者(どうぞく)に向ける好奇の目へと変わった。

 

(適当な受け答えをしても、きっとこの人には見抜かれる。意図はわからないけど、ここは思ったことをそのまま伝えるしかない──か)

 

 思考を整理し、小さくため息を一つ。

 そしてダイワスカーレットは、意を決して口を開いた。

 

「……私は、“結果”だと思います」

「理由を、お伺いしても宜しくて?」

「……ジュニアの末に、オグリキャップ先輩とレースで勝負をしました」

「“芦毛の怪物”、ですか」

「はい。勝てると思っていたんです、当時の私は。そのための練習をして、プランも立てて、当時の自分にできる完璧な走りをして……それでもなお、完膚なきまでに叩きのめされました」

 

 今でも鮮明に思い出せる、オグリキャップの鮮烈な走り。一度は乗り越えた過去(はいぼく)だが、それでも彼女の記憶の中であの走りが色褪せることはない。

 

「そのときに理解(わか)りました──敗者に残るものは、悔しさだけだって。どれだけ練習を重ねても、緻密なレースプランを構想していても、それを一着という形で証明できなければ何にもならない、って」

「実体験に基づく分析、ということですわね」

「その通りです──でも、()()()()()()()()()()()()

「ほう……?」

 

 勝負とはAll or Nothingである。

 これが『トゥインクル・シリーズ』一年目にしてダイワスカーレットが理解した鉄則。

 しかし彼女は知っている。

 

「勝利の美酒も、敗北の辛酸も……それ自体は事実に過ぎません。大切なのはただ一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ウマ娘やレースに限ったことではない。社会という枠組みの中で生きていく上で、人間誰しもが結果に囚われる。しかし結果こそが評価を価値付ける要素(ファクター)であり、当人の歩んだ過程とは関係無しに、社会は結果だけを求めてくるのがこの世の理であることは間違いない。

 

 だとしても。

 

「敗者に残るのは悔しさだけ。だったら『その悔しさをどうやって糧にするか』、そうやって考えていかなくちゃいけない。もう無理だって諦めるのなんて、そんなの誰にだってできる。そんな誰にでもできるありきたりな人生を──私は歩みたいわけじゃない」

 

 チリ──と、紅い瞳から小さな稲妻が弾けた。

 己の心持ち次第で、未来を変えていくことはできることを、彼女は知っている。

 敗北に折れた心を、支えてくれる存在がいたから知っている。

 そしてそれは何よりも力になることを、彼女は知っているからこそ。

 

 

「──結果こそが全て。だけど本当に大切なことは、その結果をどう受け止めて、どう次に繋げていくか。それが私の答えです」

 

 

 ダイワスカーレットは、自信をもってそう言い切れた。

 

「……ふふふ」

「何か、おかしいところでも?」

「いえいえ。思ったより()()()、なのですね」

「ハ…ぃ?」

 

 『ハァ?』と、素の調子で聞き返しそうになったのを、寸前で踏みとどまった。

 

「どういう、意味ですか?」

「言葉通りの意味でしてよ? それ以上でもそれ以下でもございませんわ」

「……」

 

 釈然としない思いを抱えながらも、ダイワスカーレットは閉口した。

 そんな彼女に向かって、ジェンティルドンナはさらに問う。

 

「ではもう一つ……スカーレットさん、『最強』とはどういう意味でしょうか」

「え…?」

「当然、貴女も志しているのでしょう? 答えられないとは言わせません。さぁ、もう一度だけ問いましょう──貴女にとって、『最強』の意味とは?」

「……」

 

 ダイワスカーレットは一瞬戸惑い──すぐに冷静さを取り戻した。ジェンティルドンナから投げられた問い……冷静になれば答えるのは容易い。

 何故ならそれは、いつだって彼女の心の中心にある、ダイワスカーレットの原点そのものだった。

 

 

「私にとって『最強』とは──()()()()です」

 

 

「ほう……?」

 

 ダイワスカーレットの吐き出した言葉は、確かにジェンティルドンナの興味を惹いていた。薄らと口角を上げた貴婦人に、ダイワスカーレットは言葉を続ける。

 

「私は、私が“最強(いちばん)”だと証明するために走っています。“最強(いちばん)”は、私が私であるために譲れないアイデンティティです。それを証明できない私に価値はありません」

 

 だから、と前置いて。

 

 

 

「“最強(いちばん)”は、アタシの存在理由です。それが証明できないなら──死んだ方がマシよ」

 

 

 

 言い切った真紅の瞳には、先ほどよりも鋭い雷光が迸っていた。

 

 

「ふふふ、面白い。良い貌をするようになりましたね」

 

 その言葉を受けたジェンティルドンナは、心底嬉しそうに微笑む。

 

「いかにも優等生な受け答えをする貴女よりも、今の表情の方がよっぽど好感がもてますわ」

「そう……ですか」

「ええ、ええ。受け取りましたとも、貴女の信念。揺るがない覚悟が燃えたぎるような言葉でした。ですが、不正解です」

「……不正解?」

 

 自身の原点を踏み躙るような発言に対して、ダイワスカーレットは怪訝な表情を隠せなかった。

 そんなことは気にも留めずに、ジェンティルドンナは笑う。

 

「気を悪くしました? しかし謝罪は致しませんわ」

「……要りませんよ、謝罪なんて。それより、聞かせてもらえますか? 先輩にとっての、『最強』とは何か」

「ふふふ、簡単なことです。()()()()

「はい?」

「ですから──」

 

 

 カチャリ、と。

 

 特段大きな音ではない、貴婦人がそっとカップをソーサーに置く音が明瞭に響いて。

 

 次の瞬間。

 

 

 

 

「『最強』とは、即ち私のことを指します」

 

 

 

 

 貴婦人は、()()()笑った。

 

 刹那、全身から噴き出した闘気のような威圧感。

 

 そしてそのまま、彼女はダイワスカーレットに問う。

 

 

 

 

「──それ以上の言葉が、必要ですか?」

 

 

 

 

「っ──!」

 

 ダイワスカーレットの全身が粟立つ。額に脂汗が浮かんだ。責められているわけではない、そんなことは十分理解している。にもかかわらず、肺を握りつぶされているかような圧迫感に、彼女は呼吸を忘れそうになった。

 

「そう言い切れるのが当たり前ではなくて?」

「えっ、あ」

「どうして『最強(それ)』が自身であると、言い切らないのですか?」

「それ、は……」

()()()()()()()()()()()のでしょう? 心のどこかで、まだ貴女は先の負傷を引きずっている」

 

 ダイワスカーレットが息を呑む。そんなことありません、と返そうとして開いた口から言葉が出てくることはなく、何かがつっかえたような吐息が漏れるだけだった。

 

「それを乗り越えるきっかけを、探しているのではなくて?」

「ッ!」

 

 見抜かれた──否、見透かされていた。

 反射的に目を逸らしたダイワスカーレットの反応を肯定と捉えたジェンティルドンナは言葉を続ける。

 

「先の『エリザベス女王杯』──私も観させていただきましたわ」

「……観ていてくれたんですね」

「勿論。私、こう見えても貴女には期待をしていましたの──砕き甲斐のある、我が研鑽の糧として」

「……褒めてます、よね?」

「あら。最上級の褒め言葉ですがお気に召しませんこと?」

 

 フフフ、と笑みをこぼしながらジェンティルドンナは笑う。

 

「話を戻しますが。先日のレース、観ている者の魂を震わせるような……トウカイテイオーさんと貴女、共に己の限界を超えたとても素晴らしいレースでした。貴女のキャリアの中で、ベストバウトと言っても良いでしょう」

「は、ぁ……ありがとうございま──」

 

 

()()()()()、でしょうね」

 

 

「えっ──」

「貴女は知った、限界を超えた自分の能力(チカラ)を。今ではなく、“いつか”の自分が到達する、ダイワスカーレットというウマ娘の一つの完成形を」

「……」

「だから貴女は、今の自分に自信がもてない。どれだけ全力で走っても、それが自分の最高速でないことを知ってしまったから。その“いつか”には、次のレースまでに到達できないことを悟ってしまっているから。そこに辿り着くまで何時迄掛かるのか、どれだけの鍛錬と経験を積み重ねていけばいいのか──見通しの立たない現状に、不安が勝ってしまっている。“どうやって勝つのか”が、全く以てイメージできていない。違いますか?」

 

 ジェンティルドンナの見立ては、恐ろしいほど正確だった。それどころか、ダイワスカーレットが抱えていた漠然とした不安を、見事に言語化しきってすらいる。

 

「……仰る通り、です。というか寧ろ、私がうまく言葉に表せなかった部分までしっかり言葉にしてくださってます。そうですね──私は今、不安なんだと思います。『有記念』に、勝てるのかどうか。それは先輩が言ってくださった通り、自分の勝利へのイメージ像が思い描けていないから。怪我の精神的後遺症(トラウマ)、武器の喪失……マイナス方面のイメージばかりが働いているのは否めません」

「……感心しましたわ、随分と自分の状態を客観視できているようですわね。てっきり焦りばかりが先行しているものかと」

「先輩の言葉があったからですよ……だからジェンティルドンナ先輩。私に“キッカケ”をくれませんか」

「“キッカケ”?」

「はい。『どうすればいいですか』、なんて聞きません。それは私が自分で考えることです。でも現状手詰まりなのは事実。手持ちのピースじゃ、このパズルは完成しない……だから先輩に、この現状を打破するようなピースを示してほしいんです」

「……ふふっ、ふふふ」

 

 ダイワスカーレットの提案に、ジェンティルドンナは不敵な笑みを浮かべた。

 

「やはり貴女は私が見込んだ通りの方ですわね。これで『どうすれば勝てると思いますか』、なんて聞いてこようものなら──この場で捻り潰していたかもしれません」

「……冗談でも笑えないですよ、ソレ」

「ええ、ええ。よろしいですとも。元々そのつもりだったのです、“キッカケ”となるピースなら、喜んで貴女の眼前に差し出してあげましょう」

「本当ですか!? あっ……すみませんっ」

 

 勢いよく立ち上がりながら、嬉々とした声で返事をしてしまった自分を恥じたダイワスカーレットが頬を染めながらゆっくりと座り直す。

 

「構いませんわよ。もっとも、理性的な立ち振る舞いとは言えませんが」

「お恥ずかしいです」

「ふふふ。さて、ダイワスカーレットさん。私から貴女に差し上げるピースは二つ──強者の思考と、最強の手札について」

「……はいっ」

 

 ゴクリ、と息を呑むダイワスカーレット。対照的にジェンティルドンナはいかにもリラックスした様子だ。彼女は紅茶を一口飲むと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「まずは前者──強者の思考についてですが、これは即ち私の考え方、と捉えていただいて問題ありません」

「先輩の……考え方、ですか?」

「ええ。先程貴女に問うた“結果と過程”。それに対する、私の答えを貴女にお伝えいたしましょう」

「なるほど……」

 

 自分を強者と当然のように言ってのけるジェンティルドンナに、ダイワスカーレットは改めて尊敬の念を抱く。たとえ自分が強者(そう)であると思っていたとしても、他者に自信をもってそれを言い切れるだけの自尊心、そしてそれを裏付けするだけの実績を併せ持つことは、極めて困難であることが容易に想像できる。

 そんな彼女が語る思考──一音も聞き逃すわけにはいかない。ダイワスカーレットは、集中を高めて耳を傾けた。

 

「結果こそが全て。そこに異論はありません。ですが真に重要視されるべきは──()()()()()()()()()()()()()()。これに尽きます」

「……結局過程が大事ってこと、ですか?」

「えぇ。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ッ……!」

 

 傲慢、不遜。しかしその言葉に対して、彼女が築いた前人未到の戦績が異を唱えることを許さない。事実そう言えるだけの──()()()()()()()だけの実力とキャリアが、ジェンティルドンナにはある。

 

「故に大事なのは、辿り着いた場所では無く、歩いた道程。偶々だとか運良くだとか……そんな不確定は許さない。勝つべくして勝つ、それが私の選ぶ道」

「……そのために、貴女は自分の理想を体現できる正解を選んできた、と?」

「いいえ、違います。私は正しい道を選んだのではありません──()()()()()()()()()()()()()()()。レースとは、それを証明するための儀式に過ぎません」

「……」

「ダイワスカーレットさん、勝つべくして勝ちなさい。勝利とは、奇跡や紙一重でつかむものではなく、純然たる努力と研鑽の涯てに得られる当然の対価であると心得なさい。それを理解しない限り──貴女が本当の意味で『最強』になる未来など訪れない」

「勝つべくして……勝つ」

 

 ジェンティルドンナの言葉を反芻するダイワスカーレット。そんな彼女に、貴婦人は諌めるように言葉を続けた。

 

「──『()()()()()()()』、なんて思考は捨てなさいと言っているのです。お分かりですか?」

「ッ──どうして、それを」

「『エリザベス女王杯』の走りを見ていれば誰にでもわかることですわ。貴女の土壇場で開花した才能──【電紅石火(ライトニング)のステップ】、でしたか。あれは窮地に陥った貴女が、火事場の馬鹿力で発現させたもの。今回のレースに向けて周到に用意し、鍛錬を重ねて勝負(レース)に持ち込んだ手札ではない。そうですわね?」

「……はい」

「あの脚の動かし方、どう見ても限界を超えています。火事場の馬鹿力だとしても、あれを咄嗟の判断で実行に移す判断をするのは正気の沙汰ではない。故にわかります──貴女はその場の勝利のために、己の未来を捨てられる狂気を孕んでいる、と。そしてそれはあまりにも愚かで、唾棄すべき愚行」

「……」

 

 その貴婦人の言葉は、真紅の中の一線を越えた。

 

 

 

「──じゃあ負けろって言うんですか?」

 

 

 

 あのレースは、自分のできる精一杯を発揮した結果だ。

 トウカイテイオーの全力に必死に喰らい付いて、死に物狂いで勝利を捥ぎ取った。その結果負傷こそしたが、彼女に後悔の心は微塵も無い。

 それを──目の前の貴婦人は『愚行』と断じた。

 

 それが彼女を、無性に苛立たせる。

 

「勝ちを諦めて、利口に敗北を受け入れろってことですか?」

 

 瞳孔の開いた、稲妻の迸る瞳が貴婦人を射抜く。

 しかし彼女はそれを全く意に介さず、毅然と言い放つ。

 

「『考え方を変えろ』、と言っているのです。今の考え方では、いつか必ず後悔する日が来ます」

「わかってます、でもアタシは──っ」

口を慎みなさい

「ッ……!」

 

 貴婦人の発する威圧感に、真紅は言葉を失う。

 

「……“ソレ”が貴女にとって、譲れない部分であることは重々承知しています。きっとこれは貴女の本質の部分であって、意識しても変えられない貴女なりの“生き方”、なのでしょう。だから私にできるのは、あくまで忠告という名のピースを渡すことのみ。貴女の生き方を否定するような言い回しをしたことは謝罪いたしますわ」

「……いえ。私も熱くなってしまってすみませんでした」

「ここから私が貴女に話すのは、先ほど申し上げた“勝つべくして勝つ”ための思考法──最強の手札について」

 

 一触即発の空気が、徐々に熱を失っていく。白熱しそうに迎えそうになったダイワスカーレットを、ジェンティルドンナが諌める形で議論を収束させた。両者ともに相手を否定したいわけではないと理解していたことが何よりの僥倖だった。

 そんな中、貴婦人は二つ目の理論を語り始める。

 

「泣こうが喚こうが、勝負の世界に引き直し(マリガン)はありませんわ。私達は、常に手の内にある札のみで勝負をするしかない。極論、練習とは手札(ソレ)を増やすための手段であり、そのために私達は日々を積み重ねていく」

「同意です」

「ですが我々が生きるレースの世界には、そういった手札や遠謀深慮、権謀術数の全てを無に帰す最強の“切り札(ジョーカー)”が存在します──お分かりですか?」

「勿論ですよ──ソレを体現する存在が、今私の目の前に居るんですから」

「あら、褒め上手ですこと」

 

 ウフフ、と貴婦人は微笑む。そして一呼吸おいた彼女は、その“答え”を告げる。

 

 

 

──“(パワー)”。力こそが最強の切り札となる

 

 

 

「……力」

「貴女は、経験したことがあるのではなくて?」

「……そう、ですね」

 

 ダイワスカーレットは回顧していた──かつての『シンザン記念』、自身が綿密に構築し実行した完璧なレースプランを、常識外の末脚という名の“力”で、完膚なきまでに粉砕されたあの日のことを。

 

「……自慢するつもりは無く、ただ事実だけを述べますが。私も、対戦相手が講じてきた数多の策を、“力”で破壊してきました」

「それを私にもやれ、ってことじゃ無いですよね?」

「勿論。ここで貴女にお伝えしたいのは──()()()()()()()()()()()()、ということです」

「二種類……?」

「ええ。それを理解し、使いこなしてこそ勝者と呼べる存在になる」

 

 そこで一度言葉を切ると、ジェンティルドンナは人差し指を立てた。

 

「一つは、“スキル”。身体のスペックから発揮される最大出力や、それに付随する最高速度がこれに値します。オグリキャップの規格外の末脚等はこれに該当するでしょう。これはわかりやすいのではなくて?」

「そうですね。イメージしやすいです」

「勿論、レースの際に発揮される固有技能も、この“スキル”に当たるでしょう」

「なるほど」

 

 ──テイオーの柔軟性や、アタシの俯瞰する視点も“スキル”ってことかしら。

 

 ダイワスカーレットはそう心の中で独りごちる。

 

「そしてもう一つ。“力”といえば前者をイメージする方が多いと思いますが、私にしてみればこちらの方がよっぽど重要度が高いと言えます」

「そんなに重要なんですか?」 

「ええ。私が貴女にもっとも伝えたいこともこれです──いいですか、ダイワスカーレットさん」

 

 ジェンティルドンナは自分の指を──そっとこめかみに当てる。

 

「“力”とは──()()ですわ」

「……脳?」

「より正確にいうならば──思考であり、それに基づいて構築される、“理論(ロジック)”。これこそが“力”の本質であると言っても過言ではありません」

「なんとなく……わかる気がします」

「どれだけ優れた武器をもっていても、それを感覚的に振り回しているうちは三流。私の“(パワー)”も、適当に発揮するだけでは宝の持ち腐れ。何より、そんな状態で得た勝利は、“たまたま勝利しただけ”。勝つべくして勝つとは程遠い、勝因も反省点もハッキリせず次に繋がらない、価値のない勝利。“スキル”は自身のスペックをしっかり把握し、全体の趨勢を見極めて発揮することでより強力な効果を発揮する」

「その組み立てがロジック……っていうことですよね」

「ご名答ですわ」

 

 我が意を得たり、とばかりに微笑むジェンティルドンナの姿を見て、ダイワスカーレットは安堵する。

 

「先ほど貴女に伝えたかった真意はここにあります。再現性のない“スキル”など、手札に勘定するべきではありません。まずは自分としっかり向き合いなさい。自分は今、何の手札を握っているのか。与えらえた手札で勝つための理論を構築するのです。その先にこそ──埒外の“スキル”にも負けない、貴女だけの“切り札(ジョーカー)”が手に入る」

「──自分と、向き合う」

 

 “理論(ロジック)”について理解することで、ダイワスカーレットは先ほどジェンティルドンナが自分の思考を愚行と断じた理由を理解することができた。

 【電紅石火(ライトニング)のステップ】は、彼女が土壇場で手に入れた“スキル”。『エリザベス女王杯』は、それが偶々刺さったから勝ったに過ぎないということなのだろう。それは貴婦人の言葉を借りれば、“再現性のない勝利(たまたまかっただけ)”。勝つべくして勝つ、という理想からは程遠い。

 

(まだごちゃごちゃしてるけど──見えてきた、アタシのすべきこと)

 

 強者の思考──勝つべくして勝つ。それを体現するために必要なのは、理論(ロジック)の構築。自分と向き合って、改めて何の武器があるのかを整理し──自分のだけの“切り札(ジョーカー)”を見つけること。

 

 曇天に、一筋の光が差した。

 

 

 

「……ありがとうございます、先輩」

「その表情、何か見えたようですわね」

「はい! 少しだけ見えてきました、私のやるべきこと」

「それは結構なこと」

 

 ジェンティルドンナの表情が変わる。話し始めた当初の後輩に向ける優しいものへと。

 

「楽しみにしていますわ、『有記念』」

「はい。私が“最強”であることを、証明して見せます」

「それは重畳」

「ではそろそろ失礼します。貴重な時間をありがとうございました。お邪魔しました」

「ええ。またゆっくりお話でも」

 

 

 そう笑いかけるジェンティルドンナに、会釈を返すダイワスカーレット。そのまま席を立って食堂を退出しようとする──寸前、彼女は首だけでジェンティルドンナを振り返った

 

「そう言えば先輩」

「はい、何でしょう?」

 

 

 

 

 

 

「──いつかアタシの“力”で捻り潰しに行くので、楽しみにしていてくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 真紅が、獰猛に嗤った。

 

 

 

「……っふふ、あっはははは!!」

 

 

 それを受けた貴婦人は、心の底から嬉しそうに笑みを返した。

 一頻り笑った後、その表情のまま返事をする貴婦人。

 

「ええ、ええ。楽しみにしています。貴女が高みまで上り詰めた後──」

 

 そして笑顔は反転し。

 

 

 

 

 

 

「──塵すら残さず、粉々に砕いて差し上げますわ」

 

 

 

 

 

 

 鬼面朱羅が、顕現する。

 食堂の空気が、一瞬で変わった。

 周囲のウマ娘が、見つめ合う二人を固唾を飲んで見守っている。

 しかし当の真紅は、不敵な笑みを返しながら告げる。

 

「それでは()()、先輩」

「ええ、()()会いましょう」

 

 その言葉で満足そうに笑い、今度こそ真紅は食堂を後にした。

 

 

 

 残された貴婦人は独り呟く。

 

 

 

 

「──期待していますわよ、貴女の変化を。このままでは、()()()()()()のですから」

 

 

 

 

 

 その呟きの真意を知る者は、誰もいない。

 

 

 

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