“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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整理と別離、或いは目醒めの刻

 

 

 

 その日の夜。夜22時を回った寮の自室にて、ダイワスカーレットは自分の机上でペンを走らせていた。

 無論それは明日の授業の予習──ではなく。

 

(ジェンティルドンナ先輩に示してもらったアタシの勝利への道……今日中に整理して明日の練習に臨まないと)

 

 彼女の机上には、ノートの他にもタブレット端末が置かれている。そこに映されているのは、彼女のこれまでのレースだった。

 

 

 

──『まずは自分としっかり向き合いなさい。自分は今、何の手札を握っているのか。与えらえた手札で勝つための理論を構築するのです』──

 

 

 

(自分の持っている手札は何があるのか。そこを整理して、勝つための理論を構築する)

 

 ジェンティルドンナに教わった、『勝つべくして勝つ』ための方法。それを実践すべく、彼女はこれまでの練習やレースを振り返りながら自分の武器を整理していた。

 無論、これまでも彼女は克樹と共にスカウティングと言った形で自分のレースを確認している。しかしそれは対戦相手の動きや、全体のレース展開の振り返りが主であった。

 

(自分がどんな走りをしているのか、何を考えて走っているのか──“自分”に焦点を当てて、徹底的に分析してやるわ)

 

 そう意気込み、クルリとシャープペンシルを一回転させて彼女はノートへと視線を落とす。

 

(まずは“俯瞰する視点”。集中を高めることで、アタシはレース全体を()()()()()()ことができる。前は調子が良い時しかできなかったけど、トレーナーと組んでからずっとコントロールする練習をしてきて、今では自由に使いこなせるようになった)

 

 思考を整理するように、ノートに文字を書き殴る。この“俯瞰する視点”は彼女の走りの根幹を担う武器だ。

 

(そして“踏み込み”。地面にやや鋭角に打ち込むことで、力強い踏み込みの力をそのまま加速力に変えることができる──ってトレーナーは言ってた。どんなレース展開になっても仕掛けられるように、両方の足で同じように踏み込みができるようになるまで死ぬほど練習したっけ)

 

 この踏み込みは、克樹によってより効率的な形に改良されているものの、それを可能にしているのは彼女の元来のセンスである。練習の積み重ねによって、今の彼女はもう左右の足で同レベルの踏み込みができる。

 

(ここらへんが、アタシが元々備えてた武器。次に練習で身につけたもの。まずはタマ先輩から教わった“末脚”。次にそれを最大限活かすために、夏合宿で作り上げた新しい“走法”。最後にテイオーとの練習で手に入れた“柔軟性”。こんなところかしらね)

 

 “俯瞰する視点”、“踏み込み”、“末脚”、“走法”。

 特筆できる自分の武器を書き揃えた彼女は、小さく息を吐いて思考を切り替える。

 

(……次にアタシの戦い方について。アタシは事前に対戦相手の情報を収集し、トレーナーと共に緻密なレースプランを立ててから本番に臨む、理性派のウマ娘)

 

 ノートに、『理性派』と大きく文字が書き込まれる。それと対極に位置するのが、自身のスペックとポテンシャルにモノを言わせて、その場のレース展開を読んで本能的に自分の有利なレース展開を創り出す『野性派』。ちなみにどちらも彼女と克樹の造語である。

 

(ただしアタシは、レースプランが崩壊した際にもその場で全体の展開を分析して、再度勝つためのレースプランを瞬時に──()()()()()()()()()

 

「アイツはアタシのこと、『野性的な理論派』って言ってたっけ……」

 

 つくづく不思議なものだと、彼女は唸る。

 通常、ウマ娘の戦術的・戦略的思考はどちらかに偏る。しかし彼女の脳内では、理性と野性のどちらも共存し、違和感無くプランニングを行うことができているのだ。

 

(きっとこれは、元々『野生派』の道を歩むはずだったアタシを、トレーナーがそういう風に改造してくれたから。そしてそれは、またとないアタシだけの戦法)

 

 さあ、己の手札は出揃った。これを元に、自分だけの理論(ロジック)を構成していく。それが今の自分が『有記念』を勝つために、きっと必要なことだから。

 そしてペンを再度握ろうとしたその時──握り損ねて、筆箱を床に落としてしまった。大きな音を立てて中身が転がり落ちる。

 

「あ、ごめんウオ──」

 

 ルームメイトである“彼女”に咄嗟に謝ろうとして、ダイワスカーレットは振り返る。

 

 

 ──誰も居なくなってしまった、空っぽのベッドを。

 

 

 

 

 

 

 

 

『オレ、海外行ってくるわ』

 

 それを聞いたのは、つい数日前のことだった。

 ダイワスカーレットのルームメイトであるウマ娘、ウオッカ。

 二人の関係に名前を付けるなら──両者共に否定するだろうが──“好敵手(ライバル)”という言葉が相応しい。デビュー前から共に切磋琢磨し、実力は拮抗。挙句デビューも同期になり、同じG1レース(『桜花賞』)を競った。その結果は、ダイワスカーレットの快勝。覚醒し、一段上のステージへ登った彼女に対して、ウオッカは為す術もなく敗北した。

 そしてそれ以降、苦戦しているのをダイワスカーレットは知っていた。

 悪戦苦闘しつつも鍛錬を重ねて、必死にもがいていた。それでいて順調に勝利を重ねるダイワスカーレットに決して当たることもなく。トリプルティアラを取った時も、素直ではなかったが祝福さえしてくれた……そんな彼女から不意に告げられた、海外進出。ショックを受けなかったといえば、嘘になる。

 自分自身のことで精一杯だったことは否めないが、ダイワスカーレットはウオッカのことを常に気にかけていた。成長と成功を期待し──また共に同じレースで競い合いたいと、心の底から祈っていた。

 そんな彼女に、ダイワスカーレットは理由を問う。するとウオッカは、笑いながら告げた。

 

『このままのオレじゃ、一生お前には追いつけねーからさ。自分を試してみたいんだ』

 

 そしてウオッカは、ダイワスカーレットに人差し指を突き付け、ニヤリと笑う。

 

『待ってろよスカーレット。次に会うときは、テメーをブッ倒すときだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 そして彼女は、そのまま旅立っていった。

 決して誰にも伝えることはないが──一人部屋になった嬉しさよりも、寂しさの方が少しだけ勝っていて。

 

「……絶対帰ってきなさいよ」

 

 遠い地での友の成功を心から祈って、彼女はそう呟いた。

 

「……今日はこれくらいにしようかな」

 

 感傷と共に、集中が切れた。

 己の武器を整理し、自覚できただけでも収穫だと自分に言い聞かせる。

 

(とりあえず明日は、自分の武器を意識しながら走ろう。それがきっと答えに繋がってるはずだから)

 

 そう決めた彼女は、机上の整理をして眠りについた。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 理事長に呼び出された次の日の朝。

 俺とスカーレットは日課となっている朝練のためにトラックへと来ていた。

 色々あった昨日だが、スカーレットの方もどうやら収穫があったらしい。なんでも、高等部のジェンティルドンナに話を聞きに行った……だとか。

 そこで相手に、『自分の武器を整理しろ』と言われたらしい。流石『貴婦人』だ、良いアドバイスをしてくれる。スカーレットも昨日色々考えてきたらしく、朝会った時も表情が晴れやかっだった。現に今トラックを走っている彼女の姿からも、やる気が満ちているのが伝わってくる。

 

 

 ただ。

 

 

「……やっぱりなんか違うんだよな」

 

 

 違和感。それは些細で、他の誰がみても気にならないような。勝利に向かって真剣で、今できることを積み重ねていて。自分の“最強”を証明してみせると気力も充実している。なのにどこか、()()()()()。そして俺自身も、それを上手く言語化できずにいた。

 

「ッはぁ……!」

「お疲れ。ナイスラン」

「ありがと。タイムは?」

「一番良い。自己ベスト−3秒だ」

「ッし! やっぱりコーナーの周り方ね……あとは直線の踏み込みのタイミングももう少し早めれば」

「はいはい。嬉しいのはわかるけど少し休憩にしようぜ。そして最後の一本だ」

「ん……そうね、そーする」

 

 俺の提案に素直に頷き、二人でターフの端の柵にもたれかかるように座った。

 置いていたボトルを手に取り、スカーレットへと放り投げる。彼女はそれを分かっていたかのように、こちらを一瞥もせずそれをキャッチした。

 

「脚は大丈夫か?」

「全然。思ったように動くし、疲労も感じないわ」

「そっか。なら良いけど……っと」

 

 スカーレットに様子を尋ねながら、俺は手にしていたタブレットを操作する。そんな俺を見た彼女が、不思議そうに画面を覗き込んで来た。

 

「何見てんの?」

「『ウマスポ』。知ってるだろ?」

「当たり前でしょ、舐めてんの?」

「そりゃそうか」

 

 『ウマスポ』──正式名称、ウマ娘特集特化型スポーツ新聞。週6で刊行されている、URAで活躍するウマ娘たちの情報に焦点を当てた新聞である。日課となっているそれに目を通していると。

 

「お、ついに出たか」

「ん?」

「『有記念』特集だよ。出走者リストも発表される。そろそろだろうなと思ってたんだよ」

「おお! いよいよって感じがしてきたわね」

「誰が選ばれてるんだろうな──ぇ?」

「……トレーナー?」

 

 スクロールして読み進めていた俺の視界に、飛び込んできた見出し。

 そのタイトルを見た瞬間、思考が全停止した。

 

 

 

 

 

 

【芦毛の怪物、ラストラン! 引退レースは『有記念』!】

 

 『トゥインクル・シリーズ』で、“芦毛の怪物”の呼び名で圧倒的人気を誇るウマ娘、オグリキャップが昨日の会見で『ドリームトロフィーリーグ』への移籍を表明した。彼女は『トゥインクル・シリーズ』での最終戦を、『有記念』に定めて練習に取り組んでいることも明らかにしている。移籍の理由を問う記者の質問に対して、「怪我や衰えではなく、全盛期の状態で次のステップへ進みたい。そのために『有記念』で有終の美を飾るつもりだ」と力強い決意を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなことが……あって良いのかよ……ッ」

 

 よりによって……よりによってだ。

 オグリキャップは、スカーレットに初めての敗北とトラウマを与えた最初の壁。そいつが今、最強を証明しようとするスカーレットの前に、最後の壁として現れた。

 スカーレットに伝えるかどうか、一瞬迷った。が、しかし。

 

「あっ」

「…………」

 

 記事に熱中しすぎて気づかなかった。隣にいたスカーレットが、液晶に穴が開きそうなほど真剣な眼差しで記事を凝視していたことに。

 言葉は無く、その瞳からも思考を読み取ることもできない。宿敵の再臨に、彼女は今何を思うのか。そしてそれが彼女の走りに──どのような影響を及ぼすのか。

 息を呑んで、彼女を見つめる。そしてしばらくして。

 

 

 

「──そっか」

 

 

 

 一言、そう呟くと。

 

「っし、休憩終わり! 行くわよー」

「えっ……あ、おい!」

 

 明るく言い放ち、そのまま立ち上がってスタートラインへと歩き出すスカーレット。その姿に一瞬呆気に取られた俺は慌てて後を追いかける。

 

 そして始まった、朝練最後の周回。一見それまでと変わらぬ走りとなんら変わらぬように見える。事実、区間タイムは一本前に測ったそれと大きな変化はない。しかし。

 

「──違う」

 

 再度、違和感。先程までの彼女と明らかに違う、走り姿に思わず見惚れる。

 そして最終コーナーを回った瞬間──稲妻を撒き散らして獰猛に笑う、彼女の(かお)が一瞬見えた。速度が上がっていき、スパートに入る。ここまでくればはっきりと分かる──先程よりも、はるかに速い。

 そしてスカーレットは、その速度を維持したままゴールラインを駆け抜けた。ゆっくりとUターンをして、俺の元へと戻ってくるスカーレット。肩で息をしながらも、彼女は俺に問いかける。

 

「ッはァ……ハァ……タイムは……?」

「ッ!? −12秒……!?」

 

 これまでのタイムとは比べ物にならないほど、速い。

 はっきり言って、このタイムの縮み方は異常だ。

 

「そう……ンフ、うふふフフフ」

 

 満足げに呟いた彼女が、笑い声をこぼす。

 それはきっと、タイムが縮まったからではない。

 その予測が正しかったことを、俺は彼女の次の呟きで理解する。

 

 

 

 

 

 

「勝ち逃げなんてさせないわよ、オグリキャップ」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

「フフ、ンッフフ、フッハッハッハハ!!」

 

 静まり返ったターフ上に、彼女の高嗤いが響く。

 その姿を見て、ようやく合点が行った。

 どこか物足りない、飢餓感(ハングリー)を感じない──当たり前だ。

 一番になって“最強”を証明する。これも立派な彼女の目標の一つで、そこに嘘偽りはない。だけど、()()()()()()。彼女が心の底から望むのは。最高のパフォーマンスを発揮するためのピースとは。

 

 

 

 

「──ブッ潰してやる」

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()という、鮮烈かつ強烈な原初のエゴ。

 いつだってそうだった。才能が覚醒し(めざめ)た時も、【電紅石火の(ライトニング)ステップ】を手にした時も。

 彼女の側に、超えたいと(ねが)好敵手(ライバル)が居た。

 ただ“最強”になるだけじゃない。そいつらを捻じ伏せて“最強”になるからこそ意味がある。

 それがダイワスカーレットというウマ娘の本質──逆境への挑戦者。

 

 

 

 歯車が、噛み合う。

 

 

 原初のエゴが、目醒める。

 

 

 決戦まで、残り僅か。

 

 

 真紅と怪物、両者が雌雄を決する時は近い。

 

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