“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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“切り札”、或いは約束

 

 

 

 『有記念』まで、残り三日。

 十二月も下旬を過ぎ、冷え込みはより一層厳しさを増している。

 

 終礼を終えてごった返す教室内で、ダイワスカーレットはコートを羽織りながら荷物を纏めていた。

 

(残された練習は後僅か……明後日の土曜日は移動と調整がメインで日曜が本番だから、実質後二回しかない)

 

 鞄を肩にかけ、ゆっくりと立ち上がった彼女は級友に挨拶をして教室を後にする。

 

(ジェンティルドンナ先輩と話した後、アタシは自分の武器について見つめ直した……それを意識しながら練習することで、これまで以上に武器の精度を高めることができた、それは間違いない。ただ──)

 

 下駄箱に向かう途中、数名の同級生や後輩からエールを贈られた。それら全てに丁寧に会釈と返事を返しながらも、彼女は思考を走らせ続ける。

 

(肝心の“切り札(ジョーカー)”……試合を決定づけるそれが何なのか、まだ見つけられていない)

 

 武器を整理し、それを磨き上げることで彼女は飛躍的な成長を遂げた。克樹と共に綿密はプランニングを行い、レースに向けての準備は上々といえる。

 しかし結局、【電紅石火の(ライトニング)ステップ】に変わる新たな“切り札”を見つけることはできていなかった。最善は尽くしている。しかしそれでも勝てるか、一抹の不安が残る。なんせ相手はあの“芦毛の怪物”、並の武器では太刀打ちできない。

 

(今ある武器を磨き上げるのが最善なのはわかってる。だって残り二日しかない。たとえ“切り札”を見つけられたとしても、それを実践で投入できるかどうか定かじゃないわ。ジェンティルドンナ先輩も言ってたじゃない──『勝つべくして勝て』って、『不確定を手札に勘定するな』って)

 

 ジェンティルドンナの言葉を借りながら、彼女は自分に言い聞かせる。その合理性を受け入れようとする彼女の『理性』とせめぎ合っているのが。

 

 

(──()()()()()()()()、そう叫んでる自分がいる)

 

 

 彼女の本能──『野性』だった。

 オグリキャップの出走を知った彼女に芽生えた、原初のエゴ。そしてそれは、ジェンティルドンナによって彼女の本質に縛り付けられた理論という鎖を、無理やり引きちぎろうとしていた。

 

 ここで負けるくらいならば──明日の自分なんて必要ない、と。

 

(『勝つべくして勝つ』、『死んでも勝つ』。アタシが選ぶべきは──)

 

 答えは出ない。たどり着いた自分の下駄箱の前で、立ち尽くすダイワスカーレット。

 昇降口から吹き付ける、冷たい風が彼女を現実へと引き戻す。

 

「……行かなくちゃ」

 

 アイツが待ってる。

 そう心で呟いて、彼女はチーム部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 そして迎えた練習。2500mの区間タイム計測走に取り組むダイワスカーレット。

 

(うん、やっぱり調子は悪くないし寧ろ良い。ピークを当日に持って行けそう。けど肝心の──いけない、集中しなくちゃ)

 

 真剣に走りながらも、先ほどの悩みについて思考を巡らせてしまっていた。

 

(“切り札(ジョーカー)”、手札(カード)を整理して……って! ああもうモヤモヤする……! こんなトランプみたいな言葉で本当に答えが見つかるのかしら!?)

 

 焦りから、彼女の心に怒りが込み上げる。

 

(……わかってる。今のは八つ当たり。あのジェンティルドンナ先輩が意味のない事を言うわけない)

 

 その怒りは、十二月の冷気を取り込んだ肺が一気に冷ましてくれた。

 

(一旦おしまい。取り敢えず、今はこの走りに集中して最高タイムを叩き出して見せるッ!)

 

 迷いを振り払うように力強く踏み込み、スパート体勢へ移行する。

 そして彼女は凍てつく風も置き去りに、一気に加速して駆け出した。

 

 

 

 

 

 

(──ちょっと待って)

 

 

 

 

 

 

 

 何か。何か重要なことをスルーしてしまった気がして。彼女はスパートを止めて徐々に速度を落とし、そしてその場に立ち尽くす。

 

「スカーレット!?」

 

 そんな彼女の姿を見て故障(トラブル)を予感した克樹は、急いで彼女へと駆け寄った。冷たい汗が彼の背中に流れる。しかしそんな様子に、彼女は一切気付く素振りはない。

 

(──トランプ、そうトランプよ。引き直し(マリガン)手札(カード)切り札(ジョーカー)……先輩はそのままで伝わりそうな言葉を、あえてトランプ用語に置き換えてアタシに説明をしてくれた。だとしたら、それには必ず意味があるはず)

 

 あの言葉には、まだ裏がある。彼女はそう確信し、思考を加速させていく。

 

(どうして先輩はトランプで例えたのか……それはきっと勝負における理論構築と、トランプゲームの発想に近しいものがあるから。トランプを用いたゲーム……アタシはあんまりやらないけど、やっぱりカジノとかで代表的なものを言えばやっぱりポーカーやブラックジャック──)

 

「──あっ」

 

 閃き。それはまさに現状を打破する霹靂だった。

 

(そうよ──これよ、絶対そうだわ! 先輩がトランプに例えた意味!)

 

 先ほどの自分の思考を振り返りながら、引っかかったものが何なのかを整理する。

 

(“視点”、“踏み込み”、“末脚”、“柔軟性”……アタシに与えられた手札はこの四枚。だからこの四つを重点的に鍛えてきた。どんな状況にも対応できるように、全体の底上げを図ってきた。そうすれば勝てると思っていた──けど、違ったんだ。だってトランプは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 ポーカー然り、ブラックジャック然り。手札の数字の高さは、勝敗に直結する要素(ファクター)ではない。無論、それによって勝敗が決する場合がないとは言わないが、それよりも重要な要素が確固として存在する。

 

 つまり、貴婦人が本当に伝えたかったこととは。

 

 

 

 

 

「大事なのはカードの強さじゃなくって、カードの()()()()()ってこと……?」

 

 

 

 

 

 手札の数値の大小が、勝敗の指標であることに相違ない。しかし、それだけで勝負は決して決まらない。K(キング)Q(クイーン)のツーペアだって、2〜6のストレートで殺せる。

 つまりジェンティルドンナの言う“切り札”とは、己の手札を組み合わせることで初めて完成する、自分だけの武器ということだ。

 

(どうして気づかなかったのかしら──【電紅石火の(ライトニング)ステップ】は、まさしくそうだった。あれこそアタシの武器の内、“柔軟性”と“踏み込み(の強さの部分)”を掛け合わせた切り札じゃない。けどこれでわかったわ、考え方の指標)

 

 “切り札”の構成は理解した。ならば後は、今の自分の分析を基にそれを再構築すればいいだけ。

 

(アタシの武器四つを組み合わせてできるトップパフォーマンス。それこそがアタシにとっての“切り札”。そして──)

 

「おいスカーレット、どうした!?」

 

 克樹が必死の形相で彼女に駆け寄る。その声を頭の片隅で聞き取りながらも彼女は思考を止めない。

 

 

 

(──アイツ(トレーナー)が、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 松田克樹という男の事を信頼しているからこそ、断言できる。

 

(アタシは──ダイワスカーレットと言うウマ娘は、トレーナーによって創り上げられた勝利のための精密機械(キラーチューン)。だってアタシが握っているこの手札は、全てトレーナーがアタシのために準備してくれたもの。だったら、必ずあるはずなのよ──アイツがアタシに求めた、アタシの完成形が)

 

 そしてそれこそが、自分の“切り札”に結びついていると。ダイワスカーレットには強い確信があった。

 

「スカーレット、おい聞いてんのか──っ」

 

 背を向けたまま返事のない彼女に、声を荒げながら呼び掛ける克樹。

 その肩に触れようとして、気付く。

 

 

 獰猛な形相をした真紅が、口に手を当て瞳から稲妻を撒き散らしながら何かを考え込んでいる事に。

 

 

(考えろ── 俯瞰する視点、左右遜色なく可能な踏み込み、最終盤からでも巻き返しを狙える末脚、脱力や筋肉の可動域を広げる柔軟性……トレーナーが見据えた、アタシの完成形を)

 

 克樹は決して無駄なことをしない。これまでも全ての練習に必ず意味があった。だからそれら全てを、()()()

 

(点で終わらせず、全てに意味があると仮定して。それらを結んだ先にある自分の姿を想像する。イメージしろ──アイツがイメージしたアタシには、一体何ができる?)

 

 考えて考えて、考えた。考え抜いた先に──漸く見えた。

 

 

「──そっか」

 

 

 克樹が見据えた、ダイワスカーレットの完成形。

 

 それに気づいた彼女は安堵と同時に──()()した。

 

 

「……心配かけたわね、トレーナー」

「お、おう……大丈夫か?」

「ええ。ちょっと考え事──ねぇ、トレーナー」

「ん、どした?」

「一つ聞きたい事があるんだけど、聞いてもいい?」

「何だよ、急に改まって」

 

 安堵の笑みを浮かべる克樹に、彼女は言う。

 

 

「多分アタシわかったの──アンタがアタシに、やらせたいこと」

 

 

「……どういうことだ?」

「アレは、【電紅石火の(ライトニング)ステップ】は……()()()()()()()()()()?」

「……!」

「アンタが()()()()()()()とは、違ったんでしょ?」

「お前っ、どこまで──」

「だから()()()()()()()()()()()()()()()()んでしょ? だから()()()()()()()()()()()()()()()()んでしょ?」

「っ……」

 

 克樹から、答えは無い。しかしその表情が、何よりも物語っていた。

 そんな様子を見てダイワスカーレットは小さく息を吐き。

 

 

 

「そして──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。違う?」

 

 

 

 静寂が二人を包む。しばらくの間固まっていた克樹は、ややあって小さく頷き、彼女に告げる。

 

「…………そうだ。今のお前に、その技を使わせるわけにはいかない」

 

 克樹は、彼女がたどり着いた答えがおそらく正解である事を予感していた。故に、彼女の疑問に正直に答えた。事実、その予感は正しい。

 故に、彼女は()()したのだ──今の自分では、この“切り札”は扱えないと言う事実に、たどり着いてしまったから。

 

「……そう」

「だから伝えなかった。言えばお前は、やろうとするだろうから」

「……」

「今は、漸く土台が形になって来た段階だ。無理をすればどうなるか……言わなくてもわかるだろ?」

 

 克樹の問いに、ダイワスカーレットが表情を歪ませた。つい最近まで、実際に“どうなるか”を経験してきた彼女は、鮮明にそれを想像できる。

 

「……大丈夫。それが使えなくたってここ数日のタイムの伸びを見れば、十分一着を狙えるところまで来てる。レースプランも綿密に立ててるし、そこからの分岐も無数にシミュレーションした。後は本番、ベストな状態で望むことができればお前は負けねーよ。だからスカーレット──」

 

 そこで言葉を切ると、克樹は笑いながら彼女に告げた。

 

「──間違ってもソレを使おうなんて思わないでくれ」

 

 後生だから、と小さい声で付け足す。その笑顔は、どう見ても作り笑いで。自分のことを心配してくれているのを、嫌でも痛感させられる。

 そんな彼を見た彼女は。

 

「……わかってるわよ。大体あと二回しか練習ないのよ? ぶっつけ本番にも程があるわ。危なっかしくてやってられないわよ」

「そう言ってくれるなら安心できる」

「ぽっと出のキャラとか武器が最強なんて、漫画の世界でも無い話だわ」

「NAR◯TOのラスボス」

「アタシが悪かったわ」

「ト◯コの白悪魔」

「悪かったってばァ!!」

 

 ダイワスカーレットは絶叫した。そんなやり取りで、重苦しい空気も霧散していった。

 

「……さ、練習再開しましょ。途中で止まっちゃったからもう一回走るわね」

「おう、そうだな。タイマーリセットしとかないと……」

 

 そう呟いて、克樹は一足先にスタート地点へと走る。

 そんな彼の背中に。

 

 

 

 

 

 

「──ごめん、トレーナー」

 

 

 

 

 

 

 彼女が呟いた言葉が、届くことはないまま。

 

 

 

 

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