“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”   作:またたね

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本年もよろしくお願いします。


終焉、或いは黎明

 

 

 

 病院の屋上で対峙する克樹とダイワスカーレット。

 見つめ合う両者、流れる沈黙。

 師走の冷たい風が、容赦無く二人に吹き付ける。

 

「……お前、何でこんなとこにいるんだよ」

 

 先に沈黙を破ったのは、克樹の方だった。

 運動スペースが設けられた庭園、その中心に居る彼女の元に歩きながら克樹は問い掛ける。

 そんな彼女から返ってきたのは、困ったような笑顔で。

 

「少し……風に当たりたくて」

「バカ言うな。風邪引いたらどうすんだ、早く中に入るぞ」

 

 踵を返して室内に戻ろうとする克樹。しかし彼女の視界に、そんな克樹の姿は映っていない。

 彼女は微笑みながら、空を見上げていた。

 

「ねぇ、トレーナー。こっち来て」

「あ? お前話聞いて」

「いいから。早く来て」

 

 そっけない言い方に克樹はムッとしつつも、彼女のいつもとは違うどこか真剣さを帯びた声色に違和感を覚えた。その正体を確かめるべく、克樹は再度彼女の元へと歩み寄り、隣に立った。

 

「……見て」

「……うわ」

 

 彼女に促されるまま空を見上げた克樹の視界に映ったのは、雲一つない星空。

 周囲に街灯などが無いので、普段トレセン学園からの帰り道で見えるものよりも遥かに綺麗だった。

 

「うぉ、流れ星見えた」

「今日は流星群らしいわよ」

「へー、なんの?」

「忘れた」

「何だそりゃ」

「ンフフっ」

 

 イタズラっぽく笑って、空を見上げるダイワスカーレット。そんな彼女に克樹は声を掛けようとして──うまく言葉にできなかった。そして無言のまま、二人でしばらく空を見る。どちらもが相手にかける言葉を探していた。

 

「トレーナー」

「ん?」

「はい、コレ」

 

 今度は彼女から、克樹に話しかける。

 あまりにも自然な流れで手渡されたソレを、彼はほぼほぼ無意識に受け取った。

 彼女から手渡されたものは。

 

「……」

 

 

 

 昨日自分が渡し──そこに彼女の署名が加筆された契約解除書だった。

 

 

 

「……ごめんなさい、トレーナー」

 

 そして彼女は、克樹に深々と頭を下げる。

 

「アタシは、貴方との約束を破った。『死んでも勝つ』んだって勝手に意気込んで、から回って……貴方に迷惑と心配をかけた。謝って済む事じゃないのはわかってる。だからこれは、アタシからのせめてもの誠意」

「……そうか」

 

 頭を下げたままの彼女に返事をして、克樹は再度空を見上げた。

 暫しの沈黙、そして彼はそのまま困ったように笑いながら彼女に声を掛ける。

 

 

 

「じゃあ今から話す言葉が、俺のトレーナーとしての最後の仕事だな」

 

 

 

 

「…………」

 

 その言葉に対して──ダイワスカーレットは返事ができなかった。

 そんな彼女に対して、克樹は返事を待たぬまま話し始める。

 

「プロ意識、って言葉があるよな。意味はわかるか?」

「……仕事に対する責任感とか、自信とか?」

「そうだな。じゃあ、お前にそれはあると言えるか?」

「え……?」

「あぁ、何も別にお前に限った話じゃない。俺の主観だが……URA主催のレースを走るウマ娘は、無論賭け事の対象じゃないにしろ観客やテレビ局も動員されて金銭が動く以上、競争者という一緒のプロだと俺は考える」

 

 克樹の言葉を、ダイワスカーレットは静かに聞いていた。

 プロ意識。果たして自分はそんなことを考えながら走っていただろうかと、彼女は自分自身に問いかける。

 

「だからお前たちにはあるんだよ──応援してくれる観客に対して、走りやウイニングライブという形で感謝を返す義務が」

「…………」

「今回お前がやったことは観客、URA、対戦相手……多方面に迷惑をかける形になった。観客に心配や不安を与えるのは、競争者というプロとして失格だ。そのことを肝に銘じてしっかり反省しろ」

 

 夜空を見上げながら話していた克樹が、そっと瞳を閉じる。

 ややあって彼はダイワスカーレットに向き直ると、真剣な眼差しで彼女を見据えた。

 

「っていうのが()()の説教な」

「えっ……」

「こっからが()()()の説教だバカ野郎」

「どういう、きゃっ……!?」

 

 車椅子に座っていたはずの自分の体が、突如座面から浮き上がったことに驚き悲鳴を上げたダイワスカーレット。

 自分が克樹に胸ぐらを掴まれて持ち上げられていると気付いたのは、眼前に怒りを滲ませた克樹の表情を視認してからだった。

 

 

 

 

「ふざけんじゃねぇぞテメェ」

 

 

 

 

「っ……」

 

 唸るように絞り出された低い声に、彼女は思わず萎縮した。

 

「どれだけ心配したと思ってる……! 使う気はないって言っただろうが、レース前に心配するなって俺に言っただろうが!!」

「……ごめん、なさい」

「俺は……ッ、俺はお前にっ、()()()()()()()に練習をさせたんじゃないっ……!」

 

 そう言い切ると、克樹は彼女から手を離した。

 座面にストンと彼女の体が落ちる。克樹はフラフラと崩れ落ちるように俯きながら膝を突き、そっと両手を包み込むように握った。そして声を震わせながら、克樹は彼女に問いかける。

 

「お前言ったよな、二人で“最強”(いちばん)になるって。()()がそうなのかよ……俺を残して一人で好き勝手やってそれで走れなくなってもオッケーって。これがお前が目指してきた“最強”(いちばん)なのかよ!!」

「……」

「俺もうわかんねぇよ……お前がなりたい“最強”(いちばん)って、一体何なんだよ」

「それ、は……」 

「一回勝ってそれで満足なのかよ。ライバルとの接戦に自分の将来全てを投げ打って勝利して、今後一生走ることのできない身体になって手に入れたソレが。本当に“最強(いちばん)”だって、お前は心の底からそう思ってんのか」

「……」

 

 彼女の口から答えは無い。自分自身が、どれだけ漠然とした目標を掲げて走っていたのかを痛感させられる。

 

 

 ──アタシにとっての“最強”(いちばん)って、何?

 

 

 答えは出ない。出るはずがない。

 そんな彼女に対して、俯いたままの克樹が言葉を続けた。

 

「……レース終わってブッ倒れた時、俺の頭に一瞬“最悪”が過ぎった……お前が帰って来ないんじゃないかって、もう二度と、お前に会えないんじゃないかって……」

 

 その言葉に、何かを感じるダイワスカーレット。彼女の知らない()()()()()との関係性を予感した。

 克樹に真意を問おうとして──彼女は言い淀む。これは話の本筋とは関係のないことであり、尚且つ今は自分が彼に質問を受けている。先に自分のことから話すのが筋だろうと思い直して、彼女はゆっくりと口を開いた。 

 

「……あの瞬間、アタシは『死んでも勝つ』って思ってた……ううん、レースが始まる前からずっと。ダメだって言い聞かせてたけど、オグリキャップ先輩が出走するってわかった時から……アタシの中で、()()()()()()

 

 今なら、彼女も理解できている。

 彼女の中の本能を縛り付ける理性の鎖が、原初のエゴによって引きちぎられたのだ。

 それによって彼女の妄執的なまでの──自己破壊すらも厭わない勝利への渇望は、肥大化の一途を辿り歯止めの効かない状態になってしまっていた。

 

「『死んでも勝つ』、か……」

 

 彼女の言葉の中から、そのフレーズを抜き出して呟きながら、克樹は空を仰ぐ。

 

「立派な気概だ。利口に負けを受け入れる姿なんて見たくないし、最終盤で底力を発揮するために必要なのはその気持ちだと俺も思う。でもスカーレット、お前のそれは──()()()()()()()()()()?」

「……どういう、こと?」

「今回のレースを見て、はっきり分かったよ。『死んでも勝つ』ってお前は言ったけど……厳密に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ごめん、意味が」

 

 要領を得ない克樹の言葉に、彼女は首を傾げる。

 すると克樹は視線をダイワスカーレットへと向けながら、冷静にその言葉を告げた。

 

「『死んでも勝つ』って思って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ……」

「まぁ死ぬってのは勿論比喩だが。『死んでも勝つ』っていう気持ちを胸に走った結果足を怪我しました……なんて話は山ほどあるだろうが、それは“最悪負傷しても仕方ない”ってことだろ。でも、お前のはそうじゃない」

 

 克樹はキッパリと断じた。これに関しては、彼の中で確信があったからだ。

 

「お前は文字通り、選手生命を投げ打って死ぬことで勝利を捥ぎ取ろうとした──はっきり言って、その精神構造は異常だ。だからお前の『死んでも勝つ』は一般的なソレとは少しズレがある。じゃあ何でお前がそうしようとしたか、だが……自分でわかるか?」

 

 克樹の問いにしばらく考え──彼女はゆっくりと、首を横に振る。

 

「だろうな。でも、俺はわかるぜ」

「え?」

「勝利っていう至上命題を据えた際、お前は容赦なく自分を駒にできる。勝つことへの優先順位が、自分の身体のことよりも上にあるんだお前は。だからお前は勝利のための不純物を容赦なく切り捨てることができる──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……でも、それはっ」

「そう、一件それは結局『死んでも勝つ』って気概の話に思えるだろ。でもなスカーレット、お前のそれは『死んでも勝つ』じゃない。断言できる」

 

 そこで言葉を切り、克樹は彼女の目を見据えながらそれを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

「──お前、『死ねば勝てる』って思ってんだよ」

 

 

 

 

 

 

「ッ──!」

「ジェンティルドンナから聞いた“切り札(ジョーカー)”の構造を理解し、自分にとってのそれが何なのかを見つけたお前はこう思ったはずだ。『必要があれば、必ずそれを使って勝つ』、と──『()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()』、と」

「それ、は……」

「……心当たりが、あるんじゃないか?」

 

 違う、と。そんなことない、と。

 彼女は克樹の言葉を否定しようとして気付く──それを否定するだけの材料を、自分は全くと言っていいほど持ち合わせていないことに。

 開いた口が塞がらず、微かに溢れる吐息は言葉を成さない。

 そんな彼女に、克樹は苦しそうな表情で言葉を続けた。

 

「『死ねば勝てる』ってのは、自分の“切り札(ジョーカー)”のスペックに甘えた()()だ。分かるか、スカーレット。だからお前は終盤、オグリキャップに追いつけなかったんだ。この言葉の意味が、分かるよな?」

「……つまり、アタシは」

 

 克樹の言葉を受けて、思考を加速させるダイワスカーレット。

 これまでの彼の話を繋ぎ合わせて──彼女は一つの結論を出した。

 

 

 

「『死んでも勝つ』っていう気持ちが大事な最終盤で、安易に未完成の“切り札”に──()()()()()()()()、ってこと……?」

 

 

 

 

 震えた声で紡がれた彼女の“答え”を克樹はゆっくりと首肯した。

 そんな様子を見て、彼女は安堵の溜め息を吐く。そしてそのまま、ゆっくりと思いの丈を綴り始めた。

 

「そう、ね……アンタの言う通り。すっごい腑に落ちた。アタシ、『死ねば勝てる』って思ってたんだわ。自分の身体も未来も何もかもを犠牲すれば、きっとアタシは勝てるんだって……でも、違った。()()()()のね、アタシ」

「『エリザベス女王杯』は、それでテイオーに勝ってしまったってのも大きかったんだろうな。それがお前の『最悪死ねば勝てる』っていう視野狭窄を作り出してしまったんだ」

「けど、オグリキャップ先輩と走って分かった……それじゃダメなんだ、って。ジェンティルドンナ先輩にも、アレだけ釘を刺されていたのに……ほんっと情けないわアタシ」

 

 合わせる顔が無いわ、と彼女は苦い表情を作りながら吐き捨てる。

 そんな彼女に対して、克樹は一瞬苦笑いし──すぐに真剣な表情に戻した。

 

「厳しい言葉を言うが、『死ねば勝てる』なんてのは()()。お前が抱いたその妥協は、油断であり浅慮であり──お前が普段勝利のために排除する不純物そのものだ。そして何より──()()()()()()()?」

 

 ここで問いは最初に立ち戻る──彼女が据える“最強”(いちばん)とは何か、に。

 

「俺は……嬉しかったよ。『有記念』の出走を俺に直訴してくれた時、お前は“最強”(いちばん)になることを、()()()()だって……そう言ってくれたから。だから俺は、ここまでお前に精一杯尽くして来たつもりだ。自己満足かもしれないが、誠意をもってお前の信頼に応えてきたつもりだった」

「……それは、アタシも理解してるつもり。だからアタシも、トレーナーの期待に応えようと必死で……」

「けど、俺とお前の見据えてるモノは多分違ったんだよな。()()()()()()()()と、()()()()()()()()。薄々分かってたそれをこんなことになるまで放置した──完全に、俺の責任だ」

「ちょ、トレーナー!?」

 

 深々と頭を下げる克樹。そんな様子を見たダイワスカーレットは、焦燥が身体中を駆け巡った。

 そんな彼女の様子を他所に、克樹は言葉を続ける。

 

「お前のタイムを戻すことに夢中で、勝利のためのプランニングに必死で──いや、こんなの全部言い訳だ。済まなかったスカーレット。今回のコトは、俺の責任だ。これまでのお前との日々を考えればこれは容易に想像できた結末で、俺がなんとかするべき課題だったんだよ……俺はお前の、トレーナー失格だ」

「やめてよトレーナー、アンタは何も悪くなんかない! アタシが、アタシが勝手に全部やったことだから……お願い、頭あげてよっ、お願いだから……」

 

 克樹を宥めるダイワスカーレット。震える声で、言葉を紡いでいく。

 

「アンタ一人の責任なんてこと、あるわけがないじゃない! だって選んだのはアタシ。アンタとの約束を破って、勝手に暴走したのはアタシ自身の判断のせいよ。勝手に一人で背負い込まないで」

「スカーレット……」

「アタシ嬉しかった。約束を破ったアタシのこと、こんなに真剣に考えてくれて。やっぱりそうだった──あの解除届は、その通りの意味じゃなかった。アンタはしっかり、アタシとのこれからを見据えてくれていた……それが分かって、アタシ今本当に幸せよ」

「……そうか」

「ええ。だからトレーナー、アタシ──」

「だからこそ、俺は身を引くよ」

「ッ!?」

「大丈夫。お前はちゃんともう“理解(わか)ってる”。敗戦を糧にして、前を向いている。自分の完成形を、しっかり見据えられている。俺がいなくたってもう大丈夫さ」

 

 そう言って克樹は微笑む。

 長年の付き合いだ、彼女にはわかる──()()()()()、と。

 克樹は本気でそう思っている。それが最善だと、そうあるべきなのだと。

 

「決めてたんだ。お前がこれ(解除届)を俺に渡した時は、潔く身を引こうって」

「ッ!? ち、ちが……っ!」

「俺じゃなくたって、ゴールが見えてるお前なら間違えないよ。俺はお前を縛る枷になりたくない」

「待ってトレーナー、話を聞いてっ」

「良いんだ、スカーレット。きっとこれが、お前のためだか──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「勝手に決めてんじゃないわよ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 克樹の言葉を切り裂くように、彼女が叫んだ。

 

「……ビックリした」

「いきなり大声出してごめんなさい。でも待ってよ……なんでいっつもそうなの? どうして肝心なことをアタシに話してくれないの……勝手に全部一人で決めちゃうのよ……っ!?」

「スカー、レット……?」

「ずっとそうじゃない──いつも『お前のため』だって、アタシの気持ちを聞く前から決めつけて! アタシに話すのは、いっつも結論が出た後じゃない!」

「でも、お前これ……」

「話を聞いて、って言ってるのよッ! 早合点、思い込み、早とちり! アンタの悪いクセよ全く」

 

 車椅子に座ったまま、彼女は克樹を睨みつけている。

 克樹は居心地悪く頬を掻いた。

 

「……なんかごめん」

「フン、せっかくちょっと嬉しかったのに台無しよ……ねぇ、アタシの話ちゃんと聞いてくれるかしら」

「あぁ。聞かせてくれ」

 

 克樹自身、彼女の言う“早合点”が何なのか理解していない。先程彼女に伝えた言葉に嘘偽りはなく、彼が本心から彼女のためを思って伝えたものであり、何が彼女の琴線に触れたのかも理解していなかった。

 溜飲の下がったダイワスカーレットが大きな溜息を吐いて、ゆっくりと思いの丈を語り始めた。

 

「……言ったでしょ、『誠意』だって──あれはアタシがアンタにしたことに対しての“落とし前”。ただ謝るだけで許されるなんて、到底思えなかったから。だからアンタの真意がどこにあるかはさておき、アタシはアンタにアレを渡さないといけないと思った。()()()()()()()()()に従うしかない、って……そう思ったの」

「……ん、ちょっと待てよ。それじゃあ」

「そう。アタシは()()()()()。アンタとの契約を解除したいだなんて……そんなの全く思ってない」

「それが俺の……“早合点”、か」

「うん……それなのにアンタがすごい勘違いしちゃってるみたいだったから焦って、大きい声出して……そこはごめんなさい」

「や、いいよ……理由もわかったし、そっか……そうだったんだな」

 

 腑に落ちた、といった表情で克樹が頷く。

 そんな彼の横顔を見ながら、ダイワスカーレットは問いかけた。

 

「ねぇ、トレーナー」

「ん?」

「……さっきの質問のことだけど。アタシのなりたい“最強”(いちばん)、ってやつ」

「あぁ。どうした?」

「……強い相手と戦って勝てば、きっとなれると思ってた。けど今は……違うんじゃないかって思ってて……だからと言って答えが何なのかわかっている訳でもないんだけど……うぅ〜ああもうっ!」

 

 思考がまとまらず、彼女は苛立ち混じりに吐き捨てる。

 

「……答えなんて見つかんないし頭の中はぐちゃぐちゃでいろんなことがぐるぐるしてて……不安もいっぱい、怖くてたまんない、正直今自分が何を話してるかもあんまりわかってない、けどっ、それでも──分かってることが、一つだけある」

 

 普段より鈍い思考を懸命に回し続け──彼女は気付く。

 

 

 

 

「アタシが勝った時、いつか答えを見つけてなりたい“最強”(いちばん)になれた時──隣で笑ってくれるのはアンタがいい」

 

 

 

 

 心の奥で燦然と煌めく、克樹への揺るぎない信頼と深い絆に。

 

「……!!」

「自分勝手なのは分かってる、虫のいい話だってことも分かってる、でもっ、それでもアタシはっ……」

 

 震え始めた声、瞳に込み上げた熱い何か。

 彼女はそれを、必死に堰き止める──心の中で沸るこの熱を、決して外に溢してなるものかと。

 

「アタシは、()()()()()()()()()()()。答えが見つかるまで、アンタと一緒に居たい!!」

「スカー、レット……」

「もう、負けないから……っ、絶対負けないから。無茶もしない、約束する。“死んでも勝つ”、“()()()()()()”から……!」

 

 自分と組む利点だとか、反省して考えたことだとか。

 そんな理論立てたことを伝えたくて、けれども全然言葉が纏まらなくて。

 だがつまりは、そう言うことなのだ。

 レース中相手を駒として支配下における類稀な才能があったとしても、次善策を瞬時に導き出し、刹那に実行できる才能があったとしても。

 

 

 

 ダイワスカーレットという少女は結局。

 

 

 

 

「貴方が良いの、貴方じゃないと嫌なの。お願い、お願いだから一緒に居てっ、私と一緒に、また戦って……──っ」

 

 

 

 

 年相応に揺れる激情を抱えた、等身大の一人の少女に過ぎないのだと。

 

 堪え切れずに両手を覆って啜り泣く彼女を見た克樹は、ぼんやりと思った。

 

 そんな様子を見た彼も──自分の心に、嘘をつけなくて。

 

「……これ、『()()』って言ったよな?」

「え……?」

「『()()』じゃないんだな?」

「……っ! うん、うんっ!!」

 

 意図を察したダイワスカーレットが、泣きながら笑みを浮かべて力強く頷く。

 それを受けた克樹はニヤリと笑い。

 

 

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「──負けっぱなしで終われねぇよな」

 

 スカーレットならもう大丈夫。自分じゃなくても彼女を育てていける。

 この気持ちに偽りはない。今でもそうだと思っている。

 だが、()()

 

「言ったろ、『お前だけを見てる』って──居てたまるかよ、俺以上にお前の勝利を期待しているヤツが」

 

 それはダイワスカーレットと共に歩んだ日々の中で芽生えた──彼女に引けを取らない、彼の中に巣食う強烈なエゴ。

 

「俺だってそうさ、そうなんだよ──お前なんだ、スカーレット」

 

 

 自分が居なくて良くても。自分じゃない誰かにできるとしても。

 

 相応しくないとしても。不釣り合いでも。

 

 それでも。

 

 

「俺はお前と勝ちたい。お前の隣で、喜びを分かち合いたい。俺以外の誰かがお前の隣で笑っている姿なんて、俺は見たくない」

 

 

 ──俺じゃないと、嫌なんだ。

 

 

 魂が吠える。蓋をしていた気持ちが、一気に溢れ出す。

 

「……もう一回、一緒に戦ってくれるか?」

「うんっ、勿論……!」

“最強”(いちばん)の答え、二人で探しに行こうぜ。これから俺は、お前がどんな走りをしても壊れないように、お前がレース中に思い描く勝ちへの道筋を無理なく実現させることができるような練習を考えていく。だからお前も、俺を信じて付いて来てほしい。そして決して──無理はしないでくれ」

 

 その言葉に、強く頷くダイワスカーレット。

 心からの笑みと、紅潮した頬を伝う涙──隠しきれない喜びを滲ませていて。

 

「……さ、戻りましょっかトレーナー! 一緒に『有記念』のスカウティングやってほしいんだけど」

「おま……切り替え早過ぎだろ」

「当たり前でしょ! アンタに聞きたいことが山ほどあるのよこっちは」

「ったくほんと……わかったよ、付き合ってやるよ」

 

 話す前とは打って変わって、明るい雰囲気が二人を包む。

 

 こうして二人の──シニア級での新たなる挑戦が始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──ん?)(──あれっ)

 

 

 

 

 

 それは両者同時だった。

 

 

 

 

 

 

(振り返れば俺──)(よくよく考えたらアタシ──)

 

 

 

 

 

 

 車椅子を押す彼、押される彼女。

 

 屋上での会話を振り返り、気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

((とんでもなく恥ずかしいことを言ってたのでは????))

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後のスカウティングは、互いに顔を直視できなかった。

 

 

 

 

 

 

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