「ほい! というわけでようこそ、俺のチームへ。狭いけどゆっくりしてい──」
「きったな!! ちょっと何よこの有り様は!!」
河川敷での契約後、俺は彼女──スカーレットを連れて俺のチームが使うことになるプレハブ小屋へと帰ってきた。そんなスカーレットは、開口一番室内のあまりの汚さに悲鳴を上げる。
「仕方ないだろ? 半年間、誰も使ってないどころか物置にされてたんだから。これでも片付けた方なんだぜ?」
「は……? 誰も使ってない?」
「まぁその話は追い追い、な。ほら、適当に座ってくれ」
「座る場所なんてないんですけど?」
「じゃあ立ちっぱで。俺は座るけど」
「薄々わかってたけど、アンタかなり畜生よね」
半目で俺を見るスカーレットを無視し、俺は自前のタブレットを操作してある動画を探していた。
「えーっと……お、あったあった。ほい、これ」
「何……っ! これって……」
「そ。今日のレース。他のトレーナーが撮影してたやつを貰ってきた。まずは改めて今日の反省会だ」
「…………わかった」
渋々、もしくは嫌々といった様子で彼女は頷く。自分の負ける姿を見たくないという感情と、課題を明確にして次に活かしたいという理性が鬩ぎ合っているのだろう。それでいい。その我の強さこそ、俺が彼女を欲した理由の一つなのだから。
そして再生されるレースを2人で眺める。
「……やっぱこうして客観的に見ても、飛ばし過ぎよねアタシ」
「俺はお前の最高速を知らんからなんとも言えんが……まぁこの表情から見て序盤から必死に走ってるのがわかるな」
「緊張とプレッシャーに負けてペースを乱すなんて……なんて情けない。恥ずかしくないのかしら」
「自分のこと話してるってわかってる??」
さらにレースは進み、問題のシーン。
「ここね。最後尾が動いてたから道を塞ごうと横に動いたんだけど、結局無駄だったわね。それでスタミナを使い果たしちゃ意味がないわ」
「……なぁ、お前」
「ん?」
「……いや、なんでもない。お、スパートの場面だな」
「一か八かで巻き返しを狙ったけど、やっぱりスタミナが無くて全然スピードが出てない。これじゃあんな結果も──」
当然だ、と言おうとしたのだろうが、持ち前のプライドがそれを許さない。苦虫を噛み潰したような表情で目の前の動画を見ている。
「まぁ、お前はそんな顔してるけど……俺はこの場面、お前の良さっていうか、強みが凝縮された良い場面だと思ってる」
「はぁ? こんなクソみたいな走りが?」
「自虐の勢い強すぎ。心ン中血塗れだろお前。いやそうじゃなくてさ。例えば──ここ」
「加速前の踏み込み……?」
「思い切りのある、良い踏み込みだ。若干捻り込む形で踏み込むことで力がしっかり地面に伝わってる。誰かに教わったか?」
「いや……別に」
「我流か。なら殊更スゲェよ。教えられてできるものでもないしな」
素直に褒めると、スカーレットは暫く呆気に取られたように目を見開いた後、頬を真っ赤に染めながらそっぽを向いた。
「……フ、フン! 大したことないわよ別に! まぁでも誰にでもできることじゃないとは思うけど?」
「ちょろ」
「あァ!?」
「ってぇ!! 叩くんじゃねぇよ!」
「アンタが言ったんでしょ? 本能に従えって」
「そういう意味じゃねぇんだよなぁ!!」
叩かれた頬をそっと摩る。にしてもコイツのビンタ、マジで痛い。ちょっと洒落にならないレベルで。どうか習慣化しませんように……と祈る俺だった。
そしてこの祈りが儚く砕け散り、事あるごとに頬を摩るハメになることを、俺はまだ知らない。
「……で、踏み込みの話なんだが。それ自体は良かったが、その後がダメだ」
「言われなくてもわかってるわよ。スタミナ切れでスピードが出な」
「
「は……?」
「スタミナが切れてスピードが出なかったのは事実だが、これはそんな曖昧な現象じゃない──原因は、
「姿勢?」
「そ。前半のお前の走りと後半の走り。後半の方は明らかに上体が起ききってるんだよ。だから踏み込みの力が前じゃなくて上に向くし、踏み込みに対して速度が出ない。これがあのスパートのカラクリだ」
「……なるほど」
ふむふむと、頷きながらスカーレットは俺の話を聞いている。感覚的な実感から、理論的な理解へ。一度説明しただけで全てを理解するコイツは、やはりかなり賢い。そこまで考えて、俺はふと思い出す。
「あーあと……お前さっきから自分のレース冷静に分析してるよな? 相手の動きとかまでしっかりと」
「そうだけど? ダメなの?」
「いや、そうじゃない。寧ろ積極的にしていかなくちゃいけないことだ。一つ聞くが、お前、ここに来る前にどっかでレースの映像見たのか?」
「え? いや、見てないけど」
「だよな、安心した。それなら俺の仮説が当たってそうだ」
「仮説……?」
俺の言葉に要領を得ないというように首を傾げるスカーレット。そんな彼女に、俺は自分の中で組み上がった仮説を告げた。
「スカーレット──お前の分析は、
「っ!」
「河川敷で話した時から思ってたんだ。レースを一度も見てないはずのお前は、対戦相手の動向を適切に言い当てた。そりゃ、前を走ってるヤツならわかる。だが後ろのヤツ、それも最後尾のヤツの動きまでお前は見えていた……ハッキリ言って、ソレは異常だ」
「それ、は……」
「なぁスカーレット、正直に答えてくれ。お前、
「…………」
俺の言葉に、そっと目を逸らすスカーレット。
暫くの間、無言が続く。そして彼女は意を決したように、口を開いた。
「……そう、よ。見えてるなんてのは大袈裟だけどね。集中してる時とか、必死な時とか。そんな時に自分の目じゃなくて、なんか、その……
そう言葉を閉じて、スカーレットはバツの悪いような、困ったような笑みを浮かべる。それは先程までの彼女からは想像もつかない、弱々しいものだった。
「……良いことじゃないか。どうして言わなかった?」
「さっきも言ったでしょ? 自分でも気持ち悪いし、普通信じて貰えるわけないじゃないこんなの。寧ろ、アンタがすんなり信じてくれることの方が驚きだわ」
「……ごく稀に居るんだよ、そういう奴が。スポーツ選手……例を挙げるならサッカーで、パスを出す前から味方選手の位置が分かったりするヤツがな。そういうヤツは決まって言うんだ──『
「…………」
「ニヤケてんじゃねぇ。調子乗んな」
「う、うるさいわね!」
自分で気持ち悪いと思っていたことを褒められて嬉しかったのだろう、スカーレットは頬を赤くしながらフンと鼻を鳴らした。自信を持つ事は大事だが調子に乗り過ぎるのも問題なので軽く釘を刺しておく。
「……さて、分析はここまでにして。スカーレット。もう一度聞く、お前の走りってのはなんだ?」
「もう迷わない。アタシはアタシの最強を証明するために走る。他を寄せ付けない、圧倒的なレース展開を作ってブッちぎる。それがアタシの走り……アタシのやりたい走りよ」
「素直に言えたじゃねぇか」
「アンタに隠す必要もないでしょ」
「それもそうだ……その走り、俺が実現させてやるよ。お前のその踏み込みと全体を俯瞰する視野、そしてそれを基に組み立てる明確なレースビジョンがあれば──お前はレースそのものを自分の支配領域に置く、
「レース……プランナー……」
「俺はそのためのメニューを作る。楽じゃねぇぞ、付いてこれるか?」
「愚問ね。アンタこそ、舐めた練習させたら承知しないわよ?」
俺の挑発に、彼女は瞳を細めてニヤリと笑みを返した。
今日この日、俺とスカーレットの、最強への道のりが始まった。
「……なぁ、タメ口は別にいいけどさ、そのアンタってのはどうにかならないか?」
「何? 嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないけど。なんか、な」
「はぁ、わかったわよ──松田」
「ごめんやっぱ今の話なしで」
「マツダァ……」
「CMっぽく言えばいいってもんじゃねぇ!!」
……始まったのだ!
感想、お気に入り、評価ありがとうございます。
ダイワスカーレットにふさわしい色の帯がつきました。
これからもよろしくお願いします!