「ふんふんふーん♪」
「上機嫌だな」
「うるさいわね♪」
「……一周回って突っ込む気も失せるわ」
メイクデビュー杯を終え、寮へと戻る帰り道。1着記念に夕飯を食ってから帰ると、辺りはすっかり暗くなっていた。街灯が照らす夜道を、スカーレットは鼻歌混じりに歩いている。まぁでも、今日ばかりは仕方ないか。
「……にしてもお前、いつの間にウイニングライブの練習してたんだよ」
「バカね。常に1番目指してるのにライブが出来なきゃカッコつかないじゃない。毎日欠かしたことないわ」
「ちょっと引いた」
「何か言ったかしら」
「いいえ何も言っておりませんッ」
「よろしい」
殺気の篭った睨みを向けられ、一瞬で閉口した。大事な頬を守るためだ、致し方ない。
「……改めて、1着おめでとうな」
「何回目よソレ。ま、悪い気はしないけどね……ただ、課題も沢山あった。これからちゃんと改善していかないと」
「もう次のレースのことかよ。気が早いな」
「悪い?」
「いや……寧ろ良い事だと思う」
「フフン、そうでしょ」
俺の言葉に、スカーレットは満足そうに笑った。しかしその表情は、急にバツの悪そうな──恥ずかしそうな表情へと変わる。
「スカーレット?」
「その……ありがと、ね。今回の1着は、流石にアタシだけの力じゃないってわかってる。アンタが組んでくれた練習がなかったら、アタシは後半また前と同じ事を繰り返してたと思う。だから……」
「……明日は雪が降んのかな。今俺の隣で心からのありがとうが聞こえた気がした」
「早う去ねッ!!」
「古語スっ!!」
唐突に歴史的仮名遣いで暴言を喰らったと同時に、炸裂する強烈な一撃。前のめりに吹き飛ばされ、無事地面とキスすることに成功した。全く嬉しくないが。
「真面目に感謝の気持ちも受け取れないの!?」
「いや、だから叩く理由になんのかよそれ!!」
「それはアタシが決めるのよ!!」
「横暴が過ぎるわ! ジャイアンかよお前は!!」
ぎゃあぎゃあと騒いで睨み合い──どちらからともなく声を上げて笑う。何故だかこんなにバカバカしい会話が、どうしようもなく楽しくて。きっと彼女も、同じ気持ちなのだろう。
「はぁ……笑いすぎてお腹痛いわアタシ」
「俺はそれ以上に頬が痛てぇけどな」
「まぁ自業自得よねそれは」
「誠に遺憾です」
「政府答弁してんじゃないわよ……ねぇ、今度はちゃんと聴いてよね」
「……なんだ?」
「──ありがとう。アンタのおかげで、アタシは勝てた。これからもよろしくね」
頬を微かに染めながら、満面の笑みで彼女は告げた。
その笑顔に、嬉しさと達成感が込み上げると共に──ずっと蓋をしていた、罪悪感が俺の心を塗り潰した。
「……なぁ」
「ん?」
「お前、俺のこと疑ってないのか?」
「は……?」
「俺は……俺は、お前に何も伝えてこなかった。練習の意図も、何もかも。お前からすれば、意味不明な練習だったろうし……それでもお前は、それに従ってくれた」
ずっと、不自然だった。
あれだけ自信家でプライドの高い彼女は、俺の言うことを、文句を言うことはあれどなんだかんだ毎回素直に受け入れていた。テストの時もそうだ。
──『まぁ気合入ってるところ申し訳ないが、朝練はテストをするぞ』
『テスト……?』
『そ。俺はあのレースしか実際に見てないから、お前の限界値を知らない。限界値を知らないとプランが立てられない。故にテストだ』
『ふーん、なるほどね……わかったわ』──
練習を始めた時だってそう。
──『ま、トレーニングはこんな感じだ。今はとにかく下地づくり。しばらくコレを繰り返して行くからそのつもりでな』
『え、走る練習は?』
『……今はその段階じゃない。走り込みなんかのトレーニングはしばらくやらない』
『……そう。わかった』──
走ることは、ウマ娘の本能だ。
それを“やらない”と告げられることは、かなりのストレスだろう。普通のウマ娘でもそれは拒絶しかねない。しかし彼女は文句の一つも零さず、剰え前日まで走ることを忘れるほど、俺の練習プランに従っていたのだ。あんなにプライドの高い彼女が、だ。それがずっと、気掛かりだった。
「……それに、もうわかってると思うが──俺のチームに、お前以外のウマ娘は居ない。だから練習だって個人練が主体になるし、チーム内に競い合うライバルもいない。今まで黙っててすまない。だが俺は、それで良いと思ってる。お前は……良いのか?」
決意と共に、口にした。侮蔑も怒りも、受け入れるつもりだった。しかし彼女は、至極どうでも良さそうに『ふーん』、と呟くと、興味がなさそうに言った。
「……そ。それなら仕方ないわね」
「え……」
「アタシも気を遣わないで済むし、気楽で良いわ」
「……なん、で」
「……何その反応、まさかアンタ今の話でアタシが出て行くんじゃないかとでも思ってたワケ? だからずっと黙ってたの?」
「いや、その……まぁ」
「ッ!!」
「いって……! だからッ」
「悪いけど、今のはガチだから」
「っ……」
本気でキレているのだろう、荒く強い声色で彼女は俺を黙らせた。怒りのままに俺を睨みつける彼女の視線に耐えられずに、俺はそっと目を逸らす。
「その……ごめん……」
「フン、せっかくの気分が台無しだわ。いい!?」
「うわっ……!?」
スカーレットは、俺の胸ぐらを掴んで無理矢理自分の方へと俺の体を引き寄せた。あまりの力に、俺の口から情けない声が漏れる。
「──アタシの目を見なさい」
「……」
「いい、今からアタシの言うこと、しっかり聴いてなさい」
「お、う」
「──アタシは、アタシの意思でアンタの側に居る。これはアタシが決めた道。それを踏み躙るような事を口にするヤツは、例えアンタでも許さない」
「っ──」
「アンタ、
「どう、して……?」
「──
──貴方が認めてくれた、私の本能が信じた貴方を、私は信じてるから」
最後、真面目な声色と表情で、彼女はそう口にした。その言葉はお淑やかで気品のある優等生の皮に覆われた、我欲に溢れた、気の強い彼女の本能の中に紛れた──そのどちらでもない、心の底にあるダイワスカーレットという1人の少女の本音なのだろうと、呆けた心で感じた。
「……お前、スゲェな」
「フン、今更気づいたの?」
「いや、改めて。前からスゲェヤツだと思ってたけど」
「は、はぁ!? 褒めたって許さないんだからねっ!」
彼女は慌てふためきながら、フンと鼻を鳴らして頬を真っ赤にしながらそっぽを向いた。その様子があまりにも可笑しくて、俺は再び声を上げながら笑った。
スカーレットの言う通り、俺が彼女を選んだ、そう思っていた。だがそうではない。
──彼女もまた、俺を選んでくれていたのだ。
その事実に、涙が出そうになる程心が暖かくなる。“相棒”から信頼されることが、どれだけトレーナー冥利に尽きるかを、思い出させられた。
ならばこそ、今ここで彼女と真摯に向き合わなければ、不誠実だろう。
「……なぁ、スカーレット」
「何?」
「俺、さ……昔──」
「良いわよ、話さなくて」
「えっ……」
「全くキョーミないし。どうでも良いわ、アンタの辛気臭い昔話なんて。気になった時に適当にアタシから聞くわよ。だから今は……何も言わなくて良い」
「そう、か」
彼女なりに、俺を気遣ってくれているのだろう。たかが1ヶ月半の付き合いだとしても、それくらいはわかる。後ろめたさを感じつつも、ここまで言い切ってくれた彼女の思いを踏みにじって伝える気にもなれなかった。
「……一つだけ、教えて」
「なんだ?」
「──
「……」
「これくらいいいでしょ?」
「あぁ、構わない──」
──
獅子座の一等星を冠したその名を告げると、彼女は感慨深そうに頷く。
「レグルス……いい名前じゃない。アンタが考えたの?」
「あぁ、まぁな」
「この名前、改めて借りてもいい?」
「え?」
「いいじゃない。アタシとアンタのチームの名前は、レグルス。名付けたなら、意味だって知ってるでしょ? アタシに相応しいと思わない?」
「……ふはっ、そうだな。改めて考えるとお前にぴったりな名前だわ」
「でしょ?」
彼女の言葉に、思わず吹き出してしまった。
だがそれでも、彼女の言わんとしていることがわかる。
獅子座の恒星、レグルス。ラテン語が由来のこの言葉の意味は、唯一にして単純明快。
──王。
それは頂に登り詰め己の最強を証明し、全てを見下さんとする彼女に、これ以上なく相応しい言葉だった。
「これで決まり。私達は、“チーム・レグルス”。チームって言っても、2人しかいないけどね。アタシはその名前に恥じないような走りをするわ。だからアンタは、これからも最強を目指すアタシに相応しい練習を考えなさい」
「……はっ、上から勝手に抜かしやがって」
「嫌いじゃないんでしょ?」
「嫌いじゃねぇよ」
発破を掛けるように、俺を見下しながら不敵に笑う彼女に、俺もニヤリと笑みを返した。
心に巣食っていた罪悪感は、消え去った。プライドの高い彼女の不器用な励ましは、確かに俺の心を救っていた。故に感謝は、自然と口から滑り出る。
「ありがとな、スカーレット」
「は、はぁ!? いきなり何よ気持ち悪い」
「俺を選んでくれたこと、絶対後悔させないから。お前みたいなスゲェヤツになれるように、俺も頑張るから。『アンタがトレーナーで良かった』って言わせられるように、頑張るから」
「ちょ、やめてよ、そんなっ、は、恥ずっ」
「だからこれからも、お前の走りを、俺の隣で見せてくれ。ずっと側で、応援してるからさ」
「ッ──うるさぁぁぁい!!!!」
「いやなんでベゴス!!」
俺の心からの感謝は、渾身のビンタに上書きされた。
「え、叩くとこあった!? 叩くとこあったかなぁ!?」
「アンタがあんならこていぶるべらましゃ!?」
「いやなんて??」
「うるさいうるさいうるさーい!! バーカバーカ!!」
「致命的に語彙力がねぇ!! 近所の小学生でももう少しマシな罵倒できるぞオイ!!」
顔を真っ赤にして怒り散らかしているスカーレット。
すぐに俺の頬を叩く御転婆ウマ娘は、恥ずかしくても頬を叩くんだなぁと、今日初めてわかった。
まだまだ、俺は君のことを知らない。
でも、それでいいんだ。
俺と君は、今日この日、始まったばかりだから。
“最強にしてやる”んじゃない。“2人で最強になるんだ”って。
羞恥に染まり瞳を潤ませる彼女の表情を見ながら、そう思った。
絆を結んだ2人の姿を、月明かりが優しく照らしていた。
第一章、何れ真紅へと至る赤、終了です。
改めましてどうも、またたねと申す者です。
この度ダイワスカーレットの魅力を自分なりに表現してみたいと思って筆を取った次第でございます。
彼女は勿論可愛いんですけど、それ以上に強く、カッコいいウマ娘だと思ってます。そんな彼女の魅力が少しでも伝わっているのなら幸いです。
投稿から2週間ばかり経ち、たくさんの方から評価とお気に入りを頂きました。モチベーションになってます、いつもありがとうございます。これからもどうかこの作品をよろしくお願いします。
さて、次回から新章です。
第二章 紅き蓮は、泥沼の中で咲く
第一章が出会いと始まりがテーマとするならば、第二章のテーマは挫折と再起です。
桜花賞で見せた圧巻の走り、そこに至るまでの道のりを描いていきます。
彼女の成長物語を書いていきたいので、最強展開を期待していただいてる方には申し訳ありませんが……温かい目で見守っていただけると幸いです。章単位で連続投稿をしていきたいと思いますので、しばし充電期間を頂きます。一週間後に再開予定です。
それでは改めて、第一章までのご読了、ありがとうございました。
感想評価お気に入り等お待ちしております。