黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
レースはいつも通り、滞りなくスタートした。
綺麗にスタートする中、シンボリスキーが先頭を走り、そこにイクノディクタスが続く。
その後ろにはウマ娘の集団が出来上がっていた。
内枠、2枠2番のマックイーンは、内ラチ際を進む展開になった。
久しぶりのターフは走って気持ちよかった。
いつもの練習とは違う、びりびりした感覚にマックイーンは興奮した。イクノは前に見える。
ネイチャは横にマークする様だ。
全部をぶち抜いてこそ、勝利は心地よいのだ。
一歩ずつ力強く踏み込みながら、マックイーンは軽快に走っていくのであった。
「調子、良さそうですね、マックイーン」
「走りは悪くないな」
「頑張ってくださいマックイーンさーん!!」
久しぶりのレースだが、ブランクを感じさせない軽快な走りをするマックイーン。
サトノダイヤモンドは声援を上げた。
しかし一人、スぺだけは難しそうな顔をする。
「これ、まずくないですか?」
「何がまずいの? スぺちゃん」
「最後まで抜けられない気がします。ネイチャさん、完全にブロックするつもりじゃないですか?」
スぺとスズカは仲が良いが、こういう時に見方にはかなり差があった。
スズカはとにかく逃げるから走りの良しあしに目が行く。
スぺはつぶしあいも経験しているからこういう時に駆け引きに目が行くのだろう。
「前めに行くプランも話はしたんだけどな…… マックイーン、完全に舞い上がってるみたいだな」
そもそもマックイーンの得意戦法は先行なのだ。
前目に行く王道の走り方の方が一番得意だ。
差しや追い込みもできるのもわかるが、レースによって使い分けるべきだった。
今回は前が少ないがマックイーンは最内枠だから塞がれやすい。前に行くのはあらかじめ戦術の候補として話していたが、マックイーンはその選択を取らなかった。
スぺはそれに気づいたのだろう。
ネイチャが完全にマークしている。
最内にいるので、外側である左をブロックされてしまえば、バ群を抜けたとしても逃げるイクノ達二人で前がふさがれてしまう。
そうなれば速さなんて関係なく負けるのだ。
マックイーンはそれすらを抜くつもりだろうが、ネイチャがそれを許すとはゴールドシップは思えなかった。
ネイチャにとっては想定通りの展開だった。
ここでマックイーンに先行力を発揮されてイクノに並ばれたり、あまつさえ一番先頭に立たれるのが一番まずかった。
イクノに並ばれたらイクノが邪魔でブロックできる気がしないし、先頭に行かれたら完全に止める手段がない。
だがそうならなかった以上ネイチャは勝ちを確信した。
ゴールまでの道筋も見えている。
みんなの応援も聞こえてくる。
ここで絶対負けたくない。
闘志もみなぎっている。
決意の光を目に宿らせ、そのタイミングを待ちながら、ネイチャは走り続けた。
後方集団中ほどを走るマックイーンだが、すぐ前を走る子が外にぶれたのを確認した。
まっすぐ走る、というのは単純に見えて案外難しい。内ラチに触れたらすさまじいタイムロスだし、場合によっては事故になる。
まっすぐ走る目安である内ラチは、一方で最大の障害物なのだ。
そのせいで外にぶれたり、内にぶれたりすることはよくある。そしてぶれたため、マックイーンの前をブロックする形になっている子たちの間が空き、ちょうど通れそうな隙間ができたのだ。
その瞬間、マックイーンは決意を込めて一歩踏み込んだ。
ドンッ!!
鈍い音がして、ちぎれた芝と砕けた地面が舞い上がる。
ドンッ!!
鈍い音がして、マックイーンが加速する。
ドンッ!!
前にいた二人の間に自分の体をねじ込み、そのまま一気に抜けるマックイーン。
ドンッ!!
そうしてバ群を抜ければ前の二人以外には誰もいないはずだったのに、しかし左側にはぴったりネイチャがマークしていた。
マックイーンのあの走りは、いくつか欠点があるのはネイチャにはわかっていた。
一番は外に振られることである。
遠心力が強く、絶対に外にぶれる。
そのため走り始めてから内側に潜り込むことは難しい。
ゴールドシップだとそこからさらに内に切り込んだりできるようだが、マックイーンのコーナーリング技術では少し難しそうだった。
もう一つは使い始めてから減速ができないことだ。
詰まったりしたら一度止めないといけない。そして一度止めたらおそらく使いどころがない。
加速に時間がかかるので、1レースで2回使う時間的余裕はなかった。
つまり、このままマークして外に行かせないようにしていけば、前にいるイクノで引っかかる。
そうなればマックイーンは完全に不発になるのだ。
速度が完全に乗った状態ならおいていかれるだろうが、まだ加速し始めた段階だ。
追いつくのもそこまで難しくなかった。
罠にはまったことをマックイーンは悟った。
競走中、他の競争者に後ろから乗り上げるのは違反行為だ。
多少ぶれてくれれば強引に体をねじ込んで跳ね飛ばすこともできるが、完全に内ラチ沿いに走るイクノを後ろから弾く方法は存在しない。
だから外に出なければいけないのだが、それをネイチャが完全にブロックしていた。
減速して後ろに回れば外に出るのは難しくないだろう。
だが一度スパートをかけた状態であるこの状況で、減速するのは非常に難しかった。
こういう場合の手は一つしかない。
外のブロックする相手を体当たりで弾き飛ばすのだ。
前に強引に割り込むのは進路妨害でルール違反だが、前が詰まっている状況で並んでいる相手を弾き飛ばすこと自体は違反ではない。
一番力が出るタイミング。
コーナーに入り遠心力がかかり始め、一番パワーが出る段階で、マックイーンはネイチャに体当たりを仕掛けた。
ネイチャの体格はそう悪いわけではない。平均より少し大きいぐらいの、中の中から中の大の間ぐらいである。
だが、マックイーンの体格は大の大。とても立派であり、ネイチャと比べれば体重も身長も上回っている。
当然パワーもマックイーンの方が強い。
ブロックした時に、体当たりしてくる可能性もネイチャは当然考えていた。
ブロックされている側からしたら、むしろしてくるのが普通である。
単純にパワー勝負をしたら、ネイチャでは普通に競り負けてしまう。
ただ、体当たりを仕掛けられたとしてもパワーが劣る方が勝つ方法も存在するのだ。
体当たりは、体当たりする方が不利な面もある。
バランスを崩す形になるわけなので、力が入りにくいのだ。
一方で、仕掛ける方の有利な点は好きなタイミングで仕掛けられる点だ。
つまり、読みあいなのである。相手のタイミングを読み切った方が勝つ駆け引きだ。そして、そういった駆け引きこそが、普通でしかないネイチャがマックイーンに勝てる点であった。
今回は完全にネイチャが読み勝った形だった。
第三コーナーに入り、イクノとの距離が完全に詰まってどうしようもならなくなるタイミング。
遠心力分のパワーも上乗せて体当たりできるタイミング。
ここで来るだろうとネイチャは読んでいた。
そして来るとわかって構えていれば、相手がパワーに勝っていたとしても耐えるのは難しくない。
体当たりしてくることを考えて、耐える練習もキングたちとして来ていた。
マックイーンが体当たりをしてきて、肩と肩が当たる瞬間。ネイチャは腰を落としたのだ。
身長差もあり、マックイーンの下に潜り込む形になったネイチャは、そのままマックイーンの肩を肩で上へはねあげた。
予想外の方向に力が加わったマックイーンの上半身は宙を泳ぐ。バランスを崩したマックイーンはそのまま失速していった。
一瞬腰を落としたネイチャは、その力を使ってスパートをかける。
小倉の直線は短く300mもない。
第三コーナー中ほどからスパートしても500mぐらいである。
前を行く二人を抜けば、あとは独走状態であった。
ナイスネイチャが1着を獲得し、イクノディクタスが2着であった。
結局体勢を崩したマックイーンは凡走し、どうにか5着に滑り込むのがやっとであった。