灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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第六十六話 声なきそばに

 博麗神社境内にて、前日の雨は既に止み、太陽は曇った空に隠れている。

 時刻は正午を回り、いつもなら修行が始まる時間であった……はずなんだけど、どうしてか未だに霊夢が神社の外に出てくる気配はしなかった。

 いつもならもうとっくに神社の外へと駆け出し、俺から逃げるために行動しているはずなのだが、当の本人はこの様子。

 

 逃げるなんてまどろっこしい、初めからあんたをボコボコにしてやるわ!ってことならまだわかる。実際、昨日は負けたし。

 だがいつまで待っても霊夢が神社から出てくることはない。

 

 仕方がないので、俺は神社の中へと霊夢を呼びに行くことにした。

 ……もしや一回勝ったから修行は終わり、なんて考えてるんじゃないか?博麗の巫女なのだから、俺如きを一度倒しただけで満足しないで欲しい。……いや、そもそも昨日は突然霊夢が強くなったからびっくりして押されてしまっただけで、初めから身構えていればまだ俺の方が強い。

 

 うん、やはりこの程度で満足されては困る。

 考えを纏め、霊夢の部屋のふすまを開ける。勝手に入ったというのに文句の一つも飛び出さないことに疑問を抱くも、その理由にはすぐ気が付いた。

 

 目前に居たのは、部屋の中央で敷布団に包まる霊夢だった。

 

「……。」

 

 もう正午だというのに寝てやがる。俺がいることに気付く様子もない。

 

「……おい。」

 

 少し荒く寝息を付く霊夢に声をかける。

 

「……」

 

「おい、起きろ。」

 

「……」

 

 声をかけても起きないのは予想外だった。

 俺はひったくるように布団を剥がして、霊夢の身体を無理やり起こす。

 

「おい、起きろ。もう……」

 

 そこまでして、ようやく異変に気付いた。

 右手で掴んだ霊夢の寝間着が汗でびっしょりと濡れている。未だに目を覚ます気配もなく、ぐったりとした小さな身体が、寝間着を掴んだ俺の手にぶら下がるように不安定に揺れている。

 

「ん……ぁ……」

 

 不意に小さな呻き声が上がり、俺は静かに霊夢を横にした。

 呼吸が荒い、今の呻き声も、目が覚めたわけじゃないようだ。

 

 霊夢のおでこに手を置く。温度の変化に疎い俺の身体では、正常な体温かどうかなんて分からないが、それでも今の霊夢の身体が普通じゃない事は明白だった。

 

 さて、どうしたものか。今の霊夢を見るに、今日の修行は無理そうだ、それは良い。

 問題は霊夢をどうするか。このまま放っておいて治るならそれでいいが、それ以外だったら俺ではわからない。

 ……しょうがない、面倒だが聞きに行くか。こういうことに詳しそうなやつならアテがある。断られたら、その時に考えればいい。

 

 霊夢に布団をかけ直して立ち上がる。そしてそのまま部屋を出ようとして……不意に体が引っ張られる。

 振り返れば、小さな手が服の端を掴んでいた。

 目が覚めたのか、とりあえず大人しくしているように伝える。

 

「……今日の修行は無しだ。お前は――」

 

「……さん、……ないで。まって、おかー、さん。いかないで……いか、ないで」

 

 僅かに開かれた瞳と、消え入りそうな声。まだ意識ははっきりしていないのか、その目に写っていたのは俺ではない。それどころかきっと真反対の存在だろうに。

 泣き出しそうな顔のまま、それっきり霊夢はまた荒い呼吸を繰り返す。

 それでも、未だその手は俺の服を掴んだままで……弱々しく掴まれたその手を離すのは、きっと簡単だった。

 

 

 

 

 寺子屋の教師、上白沢慧音は明日の授業に使う資料を纏めていた。どう工夫しても子供達からはつまらないと文句を言われるが、慧音にとってそれが手を抜く理由にはならなかった。

 そろそろ昼食にしようかと手を止めた頃、コツンと戸を叩くような音が響く。

 しかし、その音は玄関からではなく、むしろその反対である庭の方から聞こえてくるものだった。

 

 再びコツンと音が鳴る。

 不思議に思いながらも庭の方へと向かう。もしやいたずら好きの子供たちが、外から石でも投げて遊んでるんじゃないかと慧音は眉を寄せる。もしそうならここはガツンと怒ってやろうと足を早めた。

 ――そして、またコツンと音が響いた。

 

「誰だぁ!さっきから窓を叩いている奴は!まったく、ヒビでも入ったらどう……」

 

 いかにも怒っているというのがわかるような低い声は、突然息が詰まったように止められた……酷く冷たい男の視線によって。

 

「ど……お、あ」

 

 子供のいたずらだろうと目星を付けていたのに、そこにいたのは子供と対極にいるような、間違っても子供に近付けてはいけないような男だ。

 なぜ庭にいるのか、何が目的なのか。あまりに予想だにしてなかった出来事に慧音の思考が一瞬飛ぶも、目の前の相手を思い出してすぐに持ち直す。

 

「……白墨」

 

 重苦しくその名を呼ぶ。

 警戒はどれだけしてもまだ足りない。慧音は静かに固唾を呑んだ。

 

「……何しに来た」

 

「……聞きたいことがある。」

 

「聞きたいこと?……いや、それよりなんで玄関から来ない」

 

「近かったから。……入って良いか。」

 

「近っ……え?いや、入って良いかだと?お前のような怪しいやつをか?……まずは要件を言え、聞くだけ聞いてやる」

 

 何でもないかのようにこちらを見る白墨を相手に、慧音は睨むようにして言い放つ。

 慧音にとって白墨は依然得体のしれない存在であり、額に滲んだ汗がゆっくりとこめかみを伝った。

 とりあえず会って早々に暴れるようなことはなさそうだと、気を張ったままに慧音は考える。白墨はこちらの要望通り無理矢理入ってくることはせず、背中に手をまわした。

 

 そこでようやく慧音は白墨が何かを背負っていることに気が付いた。大きさは農夫の背負い籠くらいだろうか。そこそこ大きい毛布のようなものを白墨は取り出して……

 

「霊夢が熱を出した。どうすればいい。」

 

 ――その毛布にくるまれた子供を見せて、そう言った。

 

「ば、馬鹿!それならそうと早く言えッ!」

 

 ぎょっとしながらもガラス張りの引き戸を勢いよく開け放ってその子を受け取る。

 白墨相手に警戒がどうこうというのは霊夢を見てすぐ吹き飛んだ。

 

「うわっ酷い熱じゃないか!……そう言えば近いって……お、お前まさか神社から飛んできたわけじゃないだろうな!?」

 

「……揺らしてはいない。」

 

 まるで言い訳をするように言う白墨に思わず怒鳴る。

 

「そういう問題じゃない、これじゃあ身体が冷えるだろう!ああもう!汗も拭いてやってないな!」

 

 もっと多くの文句が思い浮かんだのをひとまず飲み込む。今はあんなのより霊夢が優先だ。

 桶に水を張り、それを突っ立ったままの白墨に押し付ける。

 

「火傷しない程度に温めろ。それぐらいできるだろう。ああ、勢い余って燃やすなよ」

 

 そのまま返事を聞かずに部屋を出て、必要になりそうなものをいくつか見繕う。

 戻るころには桶の水も程よい温かさにしてくれていた。

 軽く霊夢の寝間着を脱がし、家にあった一番肌触りの良い布を良く濡らして絞る。

 

「……何をしている。」

 

「見ての通りだ。汗を拭いてやらないと体が冷える。この寝間着も着替えさせなきゃな……子供用の衣服はいくつか持っているからそれで良い。お前はそこの押し入れにある布団を敷いておいてくれ」

 

「……ああ。」

 

 白墨がやけに素直なことを意外に思いながらも慧音は丁寧に霊夢の身体を拭く。

 

「……っ」

 

 何ひとつ身に纏っていない小さな身体……それを見て、慧音は思わず顔をしかめた。

 小さな身体には、およそ子供の物とは思えないほどいくつもの傷がついていた。最近できたものから昔のものまで。

 消毒もかねてやらねばいけないな、と霊夢の身体を優しく撫でた。

 それが気休めにもならないであろうことは明白だったが、それでもそうせずにはいられなかった。

 

「なあ白墨、博麗の巫女の修行とやらは、ここまでしなきゃいけないものなのか……?」

 

「ああ。」

 

 抑揚のない声が返ってくる。

 やるせない気持ちが湧いてくるのを静かに押し殺した。

 

「これを見て、なんてことを、だなんて言う資格は私には……いいや、この幻想郷に住まう全ての者にもない。幻想郷には博麗大結界が必要で、それを維持するためには博麗の巫女が必要だ。元よりこの地はそうして彼女たちによって成り立っている……犠牲と言い換えてもいい。その恩恵を受けながら、一方面から見ただけの偽善を振りかざすようなことは、できない。ただ少し……なんとかしてやれないのか……だって、これじゃあ……。普通じゃ耐えられないよ」

 

 思わず出そうになった言葉を飲み込み、伏した目を白墨に向ける。

 

「だが、普通じゃない。霊夢は()()()()()()。」

 

 普通とはかけ離れた才覚。

 疑う様子もない、何を今更だと言わんばかりに白墨は答える。

 

「博麗の巫女か……そうか、そうだな。彼女たちは強いからな……私達なんかよりも何倍も」

 

 慧音の言葉に、白墨はかつて一度だけ相対した巫女を思い出すように目を細めた。

 

「ああ、あれは正しく人の尺度を超えた埒外の存在だった。全てを破壊し、理不尽なまでに圧倒的で――」

 

「そして今は、こうして熱にうなされ、病床に伏している」

 

 決して強い言い方ではなかった、ただ淡々とした慧音の言葉が、重苦しく響いた。

 

「……。」

 

「高熱にうなされるってどんな感じだろうな……。お前は経験があるか?人の身をやめた私にとっては、それはもう随分古い記憶になったよ。今じゃあ想像することでしか、その辛さを分かってやれない」

 

 慧音は白墨の答えを待つことは無く、独り言のようにそう言うと、軽く霊夢を着替えさせ、白墨の敷いた布団に寝かせてやった。

 白墨は何も言わない。ただ黙りこくって慧音を見ているだけだった。

 

「お粥でも作ってこようか。起きた時、なにか腹に入れとかないと力が出んからな。お前は……ああ、霊夢の傍にいてやれ」

 

 目を離せばふらりとどこかへ行ってしまいそうな白墨に、釘を刺すように慧音が言った。

 

「……何故だ。」

 

「目が覚めた時、知っているものが何も無いっていうのは寂しいものだよ」

 

「……俺を見れば、殴り掛かってくるぞ。」

 

「なんだ、嫌われてるのか」

 

 肯定するように白墨が頷く。

 

「そうか……嫌われてる、か。だが、それでも傍にいてやれ。殴られるっていうなら、きっとお前が悪いんだろうよ。だから、甘んじて殴られろ。そうして傍にいてやればいい」

 

 あんまりな言いように白墨は再び黙り込む。

 いつもの沈黙とは違う、言葉が出ないが故のものだった。

 

 その沈黙を無理矢理肯定とみなし、満足気に慧音は部屋を出る。

 霊夢が白墨を嫌っていると、それはある意味で本当なのだろう。きっと霊夢のいる所はまともな環境ではない。

 それでも、白墨に連れられた時、弱々しく白墨を掴んでいた霊夢を見ると、ただその限りではないような気がしてならなかった。

 

 子供は縋ることしか知らない。霊夢にとってはそれが白墨だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ぽかぽかと温かい身体、ぼーっとした頭にトントンと小気味の良いまな板を叩く音が響く。

 体に残る温かさを惜しむように布団を押しのけて、音の発信源へと歩いていく。台所の前のふすま、そこをわずかに開くと、料理中の母が喜色を浮かべてなにやら私に声をかけてくる。

 

「……聞こえないよ、お母さん」

 

 ()()()()()()()、声を聞かせてくれてもいいのに。落胆する私を気遣うようにお母さんが近づいて来る。相変わらず声は何も聞こえず、お母さんは困ったようにただ手を伸ばした。

 

 一瞬戸惑う、けれども所詮私の夢。見ている人も誰もいないのだからと、私は伸ばされた手に身体を預け、まるであやされるようにして居間まで運んでもらった。

 もうそんなので喜ぶ年じゃないというのに、心は満たされるように私を安心させる。それがかえって恥ずかしかった。

 夢の中の私はまだ小さくて、それを言い訳に私はほんの少し強く身体を抱いた。

 

 居間に着くとお母さんは私を下ろして、いつものように裁縫道具を広げた。

 昔はよくこうして編み物を好んでいた。さっきまでしていた料理はそのままでいいのだろうか?なんて無駄な疑問を浮かべながら、私は縁側をちらりと見に行く。

 

「……っ」

 

 なるほど、これはずいぶん精巧な夢らしい。何一つ変わらない神社の間取りに、あの日のままの母……そして、あいつの背中。

 あの頃の記憶の通り、そいつは何かするわけでもなく、まるで置物のようにそこに座っているだけだった。

 背を向けるように座っているので、その顔を見ることはできない。時折涼しい風が吹き、その灰色の髪を揺らす程度だった。

 

 ごくりと息をのんで一歩を踏み出す。けれども、どれだけ進もうと私と白墨との距離が縮まることはなく、ただあの頃何度も見た白墨の背が、風に揺られるだけだった。

 手を伸ばしても届かないその距離が白墨の拒絶を表しているようで、私は居間へと戻った。

 

 居間には相変わらずお母さんが居て、私に気付くと何かを言いながら小さく手を振った。

 

「ねえ、お母さん。お母さんは……白墨を昔自分を助けてくれた奴だって、そう言うけれど、私には分からないわよ。あいつのこと、なにも分からないの。分からないから怖いのよ。期待してしまうのが……怖い。でも、もうそれもなくなったわ。私は強くなったから、もう大丈夫なの。だから、そんな心配そうな顔しないで」

 

 それでもお母さんは悲しそうな顔をやめてはくれない。

 もう大丈夫だと、そう言ったにもかかわらず、お母さんは申し訳なさそう顔のまま口を開いて……でも、やっぱりその声は私に届かなくて。

 

「――霊夢。」

 

 不意に、声が聞こえた。お母さんではない、別の……。

 振り返るより先に世界が崩れていく。

 崩れていく世界の中では、もうお母さんの顔を見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 ぱちりと目が覚める。

 知らない天井に知らない布団。怠い体を起こして辺りを観察しようとして……。

 

「あ……」

 

 横で胡坐をかいている白墨と目が合った。

 気まずさを覚えて目を逸らす。

 けれどもそんな私の気も知らず、白墨はお盆に乗せた土鍋を私に寄せた。

 

「目が覚めたなら食え。」

 

「……いらない。お腹空いてない」

 

 嘘じゃない。珍しい体のだるさから食欲がなかった。

 拒絶するように顔を背けるも、白墨は引かなかった。

 

「無理矢理にでも食べておけ。」

 

 そう言ってお粥を茶碗によそって押し付けてくる。

 仕方なく一口食べてみるけれど、体調の悪さからかやっぱり味は良く分からない。

 ただ喉を通る温かさを噛み締め、のろのろと咀嚼する。

 

 白墨は……白墨はどうしてここに居るのだろうか。少し余裕が出来て、私は熱にやられた頭で考える。いや、考えるまでもないか、私が熱を出したからここにいるのだ。それ以上でも以下でもない。

 今は何時だろうか。窓の外を見れば、曇り空はすっかりなくなり、茜色の夕日が射している。この時間ならまだ店も開いているだろう。

 

「もう、起きたから。どっか行っていいわよ」

 

「……そうか。」

 

「……?」

 

 言葉は返ってきた。けれども白墨がそこから動く気配はなく。ただジッと胡坐をかいたまま微動だにしなかった。

 窓から射しこむ夕日が白墨の背を照らし、その顔に影を落とす。視線は畳の一点に向けられており、やや猫背なのも相まって、私にはずいぶんと小さく見えた。

 それは夢で見た白墨と何一つ変わっていないはずなのに、全く違っていた。

 

 結局白墨がそこから動くことはなく、私もそれ以上何かを言うことはなかった。

 

 

 私はまた白墨のことが分からなくなった。どうせ意味なんてないと言い聞かせながら、どこか期待している自分が居るのも理解している。

 どうやら本格的に私の身体は悪いらしく、不意に涙が零れそうになって、堪えるように残りのお粥を口にかき込み、白墨に背を向けて布団を被った。

 

 頭の先まで被ってしまえばそこはもう一人の世界で、慣れ親しんだ孤独があって……それが酷く寂しいものであることに久しぶりに気が付いた。

 

 結局、ずっとずっと誤魔化して、自分を騙していただけなんだ。

 一人は寂しいから、孤独は恐ろしいから。求めているものはずっと遠くにある。だから期待しないように目に映らないようにと自分に言い聞かせてきた。

 それでもやっぱり、心のどこかで孤独を感じさせない愛情を求めてる。だから殴った、何度も殴った。私にはそれしかないから、殴って、ただ気付いて欲しかった……私の傷を、私のことを。

 

 でもあいつは私を見てくれない、あいつの世界に私はいない。

 誰もいない世界で、誰か誰かと惨めに叫んでいる。傍から見ればよっぽど滑稽に映っただろう。

 

 だから、もういいのだ。もうこの無意味さを知ったから。だから、もう諦めて……ああ、なのに、なのにどうしてこいつはまた諦めさせてくれないんだ。嫌いだと、お前なんて興味ないと、言ってくれないんだ。

 

 ……きっとこれも熱の影響なんだろう、知らない内に自分の心は随分と弱ってしまった。

 しばらくして、また眠気が来て静かにその身を任せる。願わくば、目が覚める頃には正常になっていますように、もう夢を見ませんようにと祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 枝を踏む音、森の匂い、心地の良い揺れで私は静かに目が覚めた。

 まだ頭はぼんやりとしていて、身体のだるさは気にならないほどになっていた。

 

 あたたかい……。

 もう一度目を瞑ってしまいそうになりながらも半目を開ける。少し顔を上げれば見慣れた灰色の頭があって、今自分がおぶられているのだと理解した。

 辺りはすでに暗くなっていて、こんな暗闇でよくまっすぐに歩けるなぁ……なんて場違いなことを考える。

 

 寝起きでぼんやりとしていた頭はもう十分にすっきりしていて、それでも私はしばらくの間、息をひそめるように寝たふりを続けた。

 真夜中の森はシンと静かな別世界で、いつもと違う匂いがして……また私の中の不安が顔を覗かせる。

 

「起きたか。」

 

「……うん」

 

 降りろと言われることはなく、そのことに安心する自分が嫌だった。

 

「ねえ、あんたにとっての私ってなに。どうして今日はこんなことをしたの?」

 

 それは昨日の問いの続きだった。

 知ってしまう恐ろしさより、今が続いてしまう方がずっと辛いから。私は聞くことしかできない。

 

「……。」

 

 心なしか、白墨の歩幅は小さくなって、けれどもやっぱり言葉はない。

 

「嫌い、なんでしょ……邪魔なんでしょう。だ、だから……あんたの行動に意味なんてなくて、全部……!全部ただの気まぐれなんでしょ!」

 

「…………。」

 

 喉の震えが止まらなくて、臆病が混じった言葉を吐き出して。

 それでも、答えは返ってこなかった。結局、意味なんて……ない。わかっていたことではあった。

 

「……自分で、歩くわ。もう十分に良くなったから、降ろして……」

 

「ダメだ。まだ――」

 

「だったらッ!どうしてッ!!」

 

 この期に及んで、どうしてなんだ。どうしてまだ……。

 激情は止まることなく、せき止められていた涙と共に、私の感情を吐き出させた。

 

「いなくなるじゃない!あんたは!興味だって、ない癖に、ただいたずらに私の前に現れてッ!夜が……!夜が怖いのよっ……私は独りで、夜はいつも以上にずっと静かで……そんな日にお母さんは帰ってこなくて……独りが、怖いのよ……」

 

「……。」

 

「でも、それにももう慣れて、慣れたって言い聞かせて……なのにあんたはその度に私の前に現れる。……蹴って、殴って、ボロボロになった私を踏みつけて……お前なんか、嫌いなんだってそう言ってくれれば、それで私は……」

 

 ヒクつくように喉が音を鳴らして、それでもとめどなく言葉は零れた。

 

「ねえ、なんで何も言ってくれないの。言ってくれなきゃわからない、何もわからないのよ。それでもダメなら、許されないなら、だったら……いなくならないでよ……嘘でもいいから傍にいてよ……もう独りは怖いのよ」

 

 そこからは、もう涙が流れるだけだった。それが情けなくて、止まって欲しいのに方法が分からない。ただしゃくりを上げるのみだった。

 

 

 だから、そんな中で私以外の声を聞くとは思わなかった。もう、思っていなかった。

 

「……黙っているのは、都合が良い。面倒はないし、諦めるか、向こうの方から避けていく。薄く、互いを認知するのみの繋がりが心地よかった。どうでも良い物を増やすほど、希釈されるように価値が下がっていく気がして、俺はそれを好んだ。」

 

 ぼそり、と。たどたどしく白墨の声が響く。自分を振り返るような、確かめるような言葉だった。

 

「でも、そうやって自分を遠くに置いて、流すように周りを見て……そうしているうちに、自分に向けられた感情をどうすればいいのか、わからなくなった。今までは、ただ黙っていたけれど……もう、わからない。」

 

 そう言って下を向く白墨の足は、止まっていた。

 続けられる言葉はなく、再び夜の静寂が訪れて、白墨が私の返答を待っているのだと気付いた。

 

「……っ」

 

 今度は私が言葉に詰まってしまって、なんて言ったらいいのかなんて、私だってわからない。白墨がそんなことを考えていたなんて、まったく考えていなかったから。

 そこで思い出す。私の望みはあの夜からずっと一つだ。言葉で隠して、態度で誤魔化して……でも欲しい物はずっと変わらなかった。

 

「だったら……朝までこうして、そばに居て。もう独りが寂しくならないようにずっとこうしてて」

 

「……そんなことで、いいのか。」

 

「それだけで良いのに、あんたが何も言ってくれないから、わからなかったんじゃない」

 

「……うん、ごめん。」

 

 零れた言葉はこいつにしては酷く情けなく聞こえて、私は目の前の背中に顔をうずめた。

 

「もう、いいわよ。これで十分だから。これで……」

 

 言葉は続けなかった。白墨の足はまた緩やかに歩みを始め、遠くの空では夜の濃さと、明け方の薄明が溶けあっている。

 

 神社に着くまで、まだまだかかりそうだった。




誰かを求める理由なんて1人が寂しいからくらい適当で良いのです。

ここまで読んで下さりありがとうございます。
灰くんと霊夢の関係に関してはとりあえず今回で一区切り、この章は書く前から感想が荒れるんじゃ……と思っていましたが一安心……次からは次章の原作前後編に入ります。
感想評価貰えると嬉しいです。
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