王留美が用意した場所は、日本支社ビルの地下500mに位置する防空壕だった。
「ミスター・アヤセ、お嬢様がお待ちです。どうぞこちらへ」
エントランスに足を踏み入れると、私は紅龍と数人の黒服に案内され、エレベーターで地下3階へと移動した。エレベーターの門には凝った彫り物がされて、壁には綺麗な絵画が飾られていた。高級感はあるが、
ふとエレベーターが止まり、固く閉ざされた門が開いた。
私を待っている人物は王留美と、前世では友人だった男――風間隼人だった。
「ソレスタルビーイングの秘密基地へようこそ、ミスター・アヤセ」
「こうして直接会うのは初めてですね、王留美。さて、私に会いたい人物は彼ですか?」
「ええ、改めてご紹介します。風間隼人氏は国連理事会のメンバーであり、最年少の監視者でもあるお方です」
私は名前を名乗り握手の意を込めて手を伸ばすが、隼人の動きが止まり握り返す素振りはない。
どうかしましたか? と問うと隼人はやっと握手に応じ、自己紹介をした。
「王留美、俺は絢瀬さんと単独で話したいことがある。部屋を借りるぞ」
「あっ……はい、了解しました。しかしその前に、お二方の武器をこちらに渡してください。そのペットロボットも、ここに置いておいてください」
「(いいだろう、その誘いに乗ってやる!)……了解しました」
持っていた拳銃とハロを黒服に渡した後、私と隼人は王留美が用意した部屋へと向かった。この部屋は作戦会議室のようで、中には超大型スクリーンと、高級感のあるテーブルと椅子が設置されていた。シェルターというより豪邸という感じだな。
部屋の自動ドアが閉められた瞬間、私は隼人の首元を掴み取り、片腕で隼人の上半体を机の上に押さえつけた。これは、私なりの「挨拶」だ。
「久しぶりだな、隼人」
「……っ⁉ 俺を殺すつもりか⁉」
「そうだ。だが、殺す前に聞いて置きたい事がある。私の質問に答えてもらうぞ!」
「分かった……」
このまま隼人を窒息死させるつもりだったが、国連理事会に所属しているのなら、大使の計画に関する情報を持っている可能性が非常に高いと思うので、殺すのは後回しにした。私の意図を理解した隼人は少し怯えたように首を縦に振り、話し合いに応じるのだった。
先ずは……三大国家陣営に1000機にも及ぶヘリオンを提供した者の正体についてだ。
「単刀直入に聞くが、タクラマカン砂漠の共同軍事演習……参加MSの総数が原作の3倍近い数になっていたことについて何か知っているか?」
「832機は有人機で、その他は全部あのクソ大使がPMCトラストに発注した無人機だ!」
西暦世界の無人機技術はアフターコロニー世界のように発達していないはず。一応、暴徒やテロの鎮圧を目的に開発されたオートマトンはあるが、あれのソフトウェアはMSのような精密機械を動かすことができない。
「無人機には、どんなOSを搭載している?」
「ガンダムWに登場したモビルドールシステムだ……」
「なんだと⁉ では、その提供者は?」
「……俺だ」
それを聞いた途端、私は怒りのあまりに隼人を殴り飛ばした。殴り飛ばされた隼人は、受け身も取らずに顔から地面に突っ伏し、流血す。広がる血液が、床を赤く染め上げる。
強力な打撃を受けながらも、隼人は辛うじて身を起こし、悲しげで後悔の表情でこっちに振り向いてきた。
「あんな危険なものをアレハンドロ・コーナーに提供するとは……なんてことをしてくれたんだ、貴様! 無人MSによる大虐殺をこの世界で再現しようとしているのか⁉」
「違う……! 俺の話を、最後まで……聞いてくれ……ゴホッ、ゴホッ!」
「死ぬ前の遺言か……いいだろう、聞いてやる!」
モビルドールシステムの関連技術は女神――カレンから貰った転生特典で、隼人がPMC経由で三大国家軍に販売した理由は、CBを自分に注目させる為だった。
そして販売した1週間後、望み通りにアレハンドロにスカウトされ、CBの監視者兼チームトリニティの指揮官となった。彼らが原作と違う行動を取った原因は、間違いなく隼人にある。
誘いを断れば即座に殺される点については、肯定だ。アレハンドロとリボンズの独善的かつ傲慢な性格を考えれば、確実にその手段を取る。
「しかし、その結果、参加MSの総数が原作の3倍近い数になって、刹那たちを危険な目に遭わせた! 後にジンクスに搭載されたらCBところか、この世界も破滅一直線だぞ! 後先を考えずに行動するところは相変わらずだな……この世界に生きる人々をなんだと思っているんだ、貴様!」
「だから俺は策を用意した! あのクソ大使に提供したMDには、バックドアが設置されている。ボタン一つでMD搭載機の機能を停止させる、又は俺の制御下に置くことができる、トライアルシステムと似たものだ。俺は最初から、あのクソ大使に協力するつもりはないんだ!」
まだまだ甘いな……リボンズがバックドアの存在に気付かないと思っているのか?
いや、リボンズの性格や行動原理を考えれば、気づいたとしても敢えて放置するだろう。やつがアレハンドロに近づく目的は、計画を奪取する為だから、わざと助ける道理はないはずだ。
よく考えると、ここで隼人を殺したところでMDが消えるわけではない。
そう、問題の解決には繋がらないのだ。
それに個人的な事情より、今はこの世界のことを優先すべきだ。選べる最善の選択肢は――。
「おい悠凪……お前はどうしても、俺を殺すというのか?」
「……いや、やめた。君を殺したところで何も変わらない。アレハンドロとリボンズに協力するつもりはないのなら、私と手を組まないか?」
「お前……!」
「君を許すつもりはない。ただ、個人的な事情より、今はこの世界のことを優先すべきだと私は考えている。君は自分のしてきたことに責任を感じているのなら、私と共に来い!」
そう言って私は、憎むべき相手に手を差し伸べた。
隼人は迷うことなく私の手を掴み取り、痛む身体をゆっくりと起こした。
「お前は、俺を恨んでいないのか?」
「恨んでいないと言うのは嘘になるな。君を仲間に引き入れる理由は、アレハンドロ・コーナーを打倒する為だ。MDをこの世界に公開した責任を取ってもらうぞ、隼人!」
「俺には拒否権はないな……分かった、協力する」
突如外から銃声と、王留美の悲鳴が聞こえてきた。
『きゃあああ!』
「ちょ、王留美!」
隼人がそう叫びながらドアを大きく蹴り開け、部屋を飛び出していった。私も隼人の背中についていくのだった。
周りを見回すと、分厚いコンクリートの壁がいつの間にか穴だらけになっていた。通路には数人の黒服の死体が散乱し、床は血液で汚れていた。まるで地獄絵図のような光景だった。
「処分対象――風間隼人を確認!」
通路の角から姿を現した迷彩服の男が、こちらにアサルトライフルの銃口を向け、隼人の命を狙う。はっとして顔を上げた隼人は戦慄した、男が手にしていたアサルトライフルの銃口から弾丸が飛び出してくるのを目にしたからだ。
この瞬間、頭の中で「バリン」と何かが割れた音が聞えた。
続いて思考もクリアになっていく、不思議な感覚だ。
「下がっていろ、隼人!」
「おい! 1人では無茶だ!」
咄嗟の判断で私は隼人を先程の部屋に突き入れ、迫りくる無数の銃弾を素早く躱しながら迷彩服の男に肉迫する。その背後に回り込み銃を持った腕を掴み上げ、アサルトライフルを奪取する。
男がこっちに振り向いた瞬間、私は躊躇うことなくその心臓を撃ち抜く。ドドドドと銃撃音が響いた後、撃たれた男は無言で血を垂れ流し、その場にグッタリと横倒れになった。
「……容赦ねぇな、お前」
「私は不殺主義を掲げるキラ・ヤマトと違って、向かってくる敵は徹底的に叩き潰す主義だ。見逃した敵はいつか身内を、自分自身を殺すかもしれないのだから。さて、この話はさておき……今は王留美とハロを探さないと!」
「おう、了解だぜ! 俺も武器を探さないとな……」
「武器か。そこら辺の死体を漁れば見つかると思うが」
隼人は先ほど倒された迷彩服の男から拳銃と手榴弾を奪い、私の背中についてくる。
わざと無防備な背中を晒しているが、彼は食いついてなかった。どうやら今の隼人は、私を撃つ気はないようだな……先に進もう。
エレベーター乗り場に着く私と隼人は、王留美を守りながら武装した男たちと戦う紅龍と、非殺傷武装で彼を援護しているハロの姿を目にした。紅龍とハロは善戦しているが、人数差があまりにも大きく、太刀打ちできない状況だ。
「2人とも伏せろ!」
隼人がそう叫んでから、手にしていた手榴弾を迷彩服の男たちに向かって投げつけた。隼人の意図を理解した紅龍は王留美を庇うように身を伏せ、爆風と破片から逃れる。かなりの距離があったお陰で、小さな破片は降り注ぐが、幸いにも怪我はなかった。
「王留美、紅龍さん! 無事か⁉」
「わたくしは無事です。それより、お二方が無事で何よりですわ」
「ハッ、自分は大丈夫です。これは先程、お二方から取り上げた拳銃です」
「ハロ! ハロ! ダイジョウフダヨ!」
王留美の無事を確認した紅龍は、取り上げた武器を私と隼人に返還する。
その後、私は手榴弾の爆発から生き残った迷彩服の男を捕らえ、事情を伺うことにした。
「誰の差し金だ?」
さて……拷問の時間だ。
人は恐怖と対面した時、自らの魂を試される。
何を求め、何をなすべくして生まれて来たか――。
その本性が今、明らかになる!
「し、死んでも言わねぇよ!」
自らの置かれている状況を弁えていない強情な男に、私は手にしていた拳銃を向け、その両脚を撃ち抜く。男は防空壕に響き渡るような凄まじい悲鳴をあげ、惨めに命乞いしながら依頼人の名前を白状することにした。
「わ……分かった、言うから殺さないでくれ! 俺たちの雇い主は、リニアトレイン公社のラグナ総裁だ! 風間隼人と王留美の処分と、栗髪の小娘の誘拐を引き受けていたんだ!」
雇い主はラグナだと言ったが、奴は只の小物で、真の雇い主はそのバックにいるアレハンドロとリボンズ一党だ。雇い主をこうも簡単に売る傭兵なんて、遅かれ早かれ殺されるだろう。
ならば、私が引導を渡そう!
美玖に危害を加えようとする不届き者なら、なおさら生かしては置けないな!
そう考えた私は、弱っていた迷彩服の男の眉間に冷たい銃口を突き付けると、零距離で拳銃を咆哮させた。乾いた銃声が響く瞬間、男はその場に息絶えた。
「わたくしだけでなく、ミスター・カザマも彼らの粛清対象になっていたなんて……」
「オマケに悠凪の彼女までターゲットだったとは……腐っているな、あの野郎!」
「王留美、ここから安全に地上に戻る方法はありますか?」
「都市近郊部の森林地帯へと繋がる緊急用通路があります!」
「(私がフリーダムを隠していた場所に近い)分かりました、案内をお願いします!」
それから王留美は全員を案内し、緊急用通路を通って地上へと脱出した。
私は夜の森を警戒しつつ、彼らをフリーダムが隠していた場所に連れていく。
「ミラージュコロイド、解除……フェイスシフト、アクティブ……」
私がそう呟くと、何もないはずの空間から私の愛機――フリーダムガンダムが姿を現し、同時に機体の装甲も灰色からカラフルへと変化した。
「あら、以前より形が変わってますね」
「うわぁ……改造されてる!」
「ここから離脱します。3人とも、掌に乗ってください」
「悠凪、富士山の青木ヶ原樹海に向かってくれ。そこにある秘密基地には武器や食料などの補給物資と、俺のガンダムがある! それと……安全運転を頼む」
「安全運転だな、了解した」
3人がフリーダムのマニピュレータの上に乗り移った後、私は操縦桿を動かして機体を上昇させつつ、海岸線を迂回して低空飛行し、隼人の指定した座標へと進路を取っていた。
L1宙域に潜んでいるプトレマイオス。
フォンはモレノ先生の懸命な処置により、何とか一命を取り留めることに成功した。
その一方で、ティエリアとハナヨはヴェーダがハッキングされている可能性を検証すべく、艦内に設置されたヴェーダのターミナルユニットで情報を調べていた。
「先ずは、レベル1から開始する」
「了解……これより、データの検証を開始します」
レベル2クリア……レベル3……レベル4……次々と上位レベルにアクセスしていき、そして最高位であるレベル7に到達したその時、ハナヨはそこにある情報の一部が、何者かに改竄されていることに気づいた。
「待ってください! レベル7の領域のデータが一部、改竄されている痕跡がありました!」
「本当だ! このデータ領域は一体……?」
ティエリアとハナヨがその領域をアクセスしようとした瞬間、ヴェーダとのリンクが強制切断された。再度アクセスしようとしても、閲覧することができない。
「そんな、ヴェーダが私たちを拒否するなんて……!」
「拒否された⁉ 最高レベルのアクセス権を持つ我々が……⁉」
確実に何かが狂っていると、2人はそう思った。
つづく