あれから数時間後、私たちは隼人の所有する秘密基地にたどり着いた。
多国籍企業を運営している王家の当主から転落し、追われる身となった王留美は隼人が用意した個室に引き籠って落ち込んでいた。
さらに紅龍の話によると、王家の所有している資産が全て銀行によって凍結された。
その原因は、王留美が先ほどの襲撃事件の中で命を落としたニュースが、襲撃が行われた直後に世界中に大きく報道されたからだ。
一応、本人の生存が確認された場合は資産の凍結を解除できるが、生きてることをアレハンドロらに知られたらまた殺される。その為、今の彼女は死んだふりをしなければならない。
彼女はたった数時間で全ての財産と地位を失った、何もやる気が起きないくらい落ち込んだのも当然だろう。兄である紅龍が傍についているとはいえ、立ち直るのは時間がかかりそうだ。
「凍結された資産はあのクソ大使に接収される可能性がある……クソが!」
「隼人、詳しく説明してくれないか?」
「これはつい最近の出来事だ。大手企業の株主である企業家たちが、何者かに暗殺されたニュースが報道されているんだろう? 彼らを殺ったのはAEU軍を辞退し、ラグナの下に働いてるひろしだぜ。しかも殺された企業家たちが全員、CBの関係者だったのだよ! そして、殺された奴らのありとあらゆる資産は――」
「――粛清された者たちの資産はアレハンドロに接収され、兵器の生産に使われると……」
「ああ、そういうことだ。十中八九、今度もMD搭載機の生産に使われるのだろう」
隼人の情報のお陰で、大量のMSを生産する為に使われた資金の出所と確保手段、そして共同軍事演習の直後に行方を眩ましたひろし――アリー・アル・サーシェスの居場所が分かった。
時系列から察するに、アレハンドロとラグナはジンクスの先行試作機――スローネヴァラヌスのテスト運用を行っているはず。
その一方で、チームトリニティはヨーロッパから北大西洋を横断し、アメリカに位置するアイリス社の軍需工場に襲撃を仕掛ける。そして、原作通り駆けつけてくるグラハム・エーカーによって撃退されるだろう。
刹那たちがどう動くかは気になるが、その前に「ある人物」の死を回避しなければならない。
「次に殺される人物は恐らく、沙慈の姉――絹江・クロスロードだ」
「CBの秘密に首を突っ込んだせいで、ひろしの野郎に殺されたっけ?」
「そうだ、彼女を助けるついでにサーシェスを排除する。サーシェスが消えれば、ロックオン……ニール・ディランディは死なずに済む。それに彼女が生きていれば、沙慈は普段の生活を送ることができるし、ルイスとイチャイチャし続けることもできる」
私は殺菌消毒布でハロについた返り血を拭き取りながら、スペインにてチームトリニティと遭遇したことと、彼らを撃退してルイスとその家族たちを守ったことを隼人に伝えた。私の言葉に対して、隼人は「そうか……」と小さく頷いた。
「分かってくれ……あそこでネーナを止めなければ、ルイスは負傷してしまい、原作通りアロウズに参加することになる」
「俺は怒っちゃいねえわ、むしろネーナを止めてくれたお前に礼を言いたいくらいだ。俺が指揮権を剥奪されたせいで、あの3人は原作通りラグナの下に働くことになったんだ。この事件は予想していたさ……って、この時点でひろしを仕留めれば、ミハエルも死なずに済むってことだよな?」
「ああ、そういうことになる」
「んじゃ、明日に行動を開始するとすっか」
翌日の朝、私と隼人がリニアトレイン公社の本部ビルに赴く前に、隼人は王留美にひとつ頼みをした。
「王留美、お前には俺たちのオペレーターになってもらいたい」
「ごめんなさい……わたくしには、もう……」
「世界の歪みを正す為に、俺たちの力になってくれ、王留美!」
隼人は必死に力になってくれと彼女に頼むが、王留美はそれでも頭を縦に振らない。
「この世界に属さない悠凪さえ俺たちに惜しみなく協力している! この世界の人間であり、CBのエージェントでもあるお前は、ここで立ち止まっていいのか? お前は世界を変える為に、組織に参加したんじゃないのか⁉」
「……っ! そうですね、ミスター・カザマの仰る通りですわ。世界を変える為にも、わたくしはここで立ち止まるわけにはいかないわ……行きましょう、紅龍」
「ハッ、お嬢様の仰せのままに」
何とか説得することができたが、彼女は未だに元気がないように見える。
沙慈の姉を救い、サーシェスを排除するのは私と隼人の2人だけで、王留美は隼人のガンダムに搭乗し、フリーダムの次元通信システムを介してこちらをオペレートする。これはアレハンドロらに乗っ取られたヴェーダに傍受されない為の処置だ。
格闘技が得意の紅龍を戦力に入れたいのだが、王留美の調子があまり良くないので、紅龍にはハロと共に彼女の護衛に専念することにした。
「おい悠凪! ひろしが現れたぞ!」
隼人は手にしていたバレットM82のスコープレンズを通して、エントランスに入っていったサーシェスの姿を目にした。それにしても、1990年に行われた湾岸戦争に運用された狙撃銃が未だに現役だったとは驚いた。
「そう焦るな、今仕掛けるとこっちの位置がバレでしまう。王留美、引き続き周辺警戒をお願いします。もし写真に映った女性――絹江・クロスロードが本部ビル付近に現れたら、直ちに知らせてください」
『分かりました、引き続き周辺警戒を継続します』
現在、私と隼人のいる場所は、リニアトレイン公社の本部ビルから500メートル離れた駐車場の最上階だ。ここで奴を狙撃することが可能だが、銃声だけで警備員や警察をおびき寄せてしまうので、止めることにした。
「にしてもあの野郎、スーツを着たうえ髭も剃ったぞ。ラグナの野郎にでも会いにきたのか?」
「その可能性は非常に高い……いや、確実だ。流れから察するに、沙慈の姉は後で来るかもしれない、サーシェスを排除すると同時に彼女を救うのだ。それと、疲れたら変わってもいいんだぞ?」
「んじゃ、30分後に交代だ」
二人の転生者がリニアトレイン公社の本部ビルを監視している一方で、L1宙域に潜伏しているプトレマイオスに客人が訪れていた。
「ICUカプセル作動しよっと……今度は助かるぞ」
「ありがとう、イアンさん」
「礼を言いたいならジョイスと刹那に言え。全く、こんな無茶なことをするとは……」
「身勝手な行動を取ってしまい、すいません」
「貴方が謝ることはないよ、ハナヨ。フォンが一命を取り留めたのは、貴方のおかげよ」
「せっかく懐かしいメンバーが集まったのだが、再会を祝う暇はなさそうだな……シャル」
「ええ……計画の根幹であるヴェーダがハッキングされた件を含めて、いろいろミス・スメラギと相談しなくてはなりません」
本来、サポートチームが実行チームと接触することは計画内に入っていない。
フォンの推測は杞憂であって欲しいが、シャルはプルトーネの通信記録から、相手のマイスターたちがレベル7の情報を把握していることを知ってしまった。さらに、最高レベルのアクセス権を持つハナヨから、ヴェーダ内の情報の一部が改竄されていることを知られてしまった。
フォンの推測した通り、ヴェーダは何者かにハッキングされたのだ。
ヴェーダからの指令はもはや信用できないと考え、シャルはハナヨを通じてトレミーに連絡し、スメラギたちと相談することにした。
それからシャルがトレミーの面々と話している最中に、エージェントからの定期連絡が入ってきて、その中には悪い知らせしかなかった。
エージェントからの定期連絡には、真紅の粒子を放つガンダムがスペインのリゾート地を襲撃未遂と、トレミーと深い繋がりのあるエージェント――王留美がテロ襲撃に遭い、命を落とした報告が記されていた。
「クリス、その場所には軍隊や政府要員など、ヴェーダの武力介入対象となる者がいたのか?」
「いえ……情報によると、その場にいる人々は全員、民間人です」
「意味もなく民間人を攻撃するなんて……そんな!」
「一般市民を攻撃⁉ 何やってんだあいつら、無差別テロと変わらねぇじゃねぇか! もしあの男が介入していなかったら、今のところは大惨事だぞ! にしても王留美の件は突然すぎるぜ……一体何がどうなってるんだ?」
全員が報告の内容に愕然している中、ロックオンは怒りに任せて拳を壁に叩きつけた。
「僕には確信はないが……王留美の死亡は、ヴェーダが何者かにハッキングされたことと関係しているような気がする」
ティエリアは王留美の死亡を、ヴェーダがハッキングされたことと関係していると考えている。
2人が自分の見解を述べたその直後、ずっと無言で話を聞いていた刹那が口を開いた。
「あの男は行動で示してくれた。今ははっきりと分かる、あの男はガンダムだ! だが、あの3機は決してガンダムなどではない!」
「あの3機は一応、太陽炉を搭載した機体だけど――」
「――太陽炉を持とうと、奴らはガンダムではない!」
「ちょっと貴方、何を言っているの……?」
一見、意味不明な言葉だが、話を聞いてみると内容はこうだ。
刹那にとって、ガンダムは神に代わる救世主にして、戦争を終わらせる実在する神であり、争いを引き起こすものではない。故に、意味もなく攻撃を仕掛け、争いの狼煙をあげようとする3機は決してガンダムなどではない。
その一方で、悠凪は民間人を彼らの攻撃から守り、争いを未然に防いだ。その行動は、嘗てグルジスで自分を救った0ガンダムと連想させてくれた。この為、刹那は悠凪のことを「ガンダム」と評した。
「おい! 何処へ行くんだ、刹那!」
意味不明な言葉を言い終えた後、刹那は床を軽く蹴ってブリッジを出ていくのだった。
ロックオンは刹那を呼び止めようとしたが、刹那はすでにこの場を後にした。
「スメラギさん! 強襲用コンテナのハッチが強制解放されています!」
『アヴァランチダッシュ……刹那・F・セイエイ、出る!』
「ちょっと刹那! なに勝手なことをしてるのよ、やめなさい!」
「通信、切れています……」
無断出撃した刹那はコンソールを操作してトレミーとの通信を切ると、即座に機体を加速させて地球へと飛翔するのだった。
「フェルトとクリスは、エクシアのシグナルを追跡して! ロックオンはデュナメスにて待機!」
「あのきかん坊め……了解だ! 行くぞハロ!」
「イアン、TYPE-Dの整備をお願い!」
「GNアームズを使うか……了解だ!」
スメラギは刹那の行き先を追跡するようフェルトとクリスに指示を出した一方で、ロックオンには出撃の準備をさせた。
場合によっては、完成されたばっかりのGNアームズを実戦に投入することになるかもしれないので、イアンに「いつでも出撃できるように」と整備の指示を出した。
30分後、私は隼人から狙撃銃を渡され、監視役を交代した。私は黙ったまま、スコープレンズを通して本社ビルを監視し続けた。
そして2時間余り経ったころ、通信機から王留美の声が伝わってきた。
『お二方、絹江・クロスロード氏が姿を現しました。場所は正面エントランスです』
「こちらも視認しました。隼人、双眼鏡で周囲を偵察しろ」
「オッケー……沙慈の姉さん以外に、警備員が16人いる。ひろしはまだ出てきていない」
スコープレンズを通して、彼女がジャーナリストの取材許可証らしき書類を玄関前に立っている警備員に提示したのを見た。しかし、その警備員は書類を地面に乱暴に捨て、彼女を追い払うよう手を回していた。もう二度と来るなという露骨な嫌悪感を露わにしていた。
例えサーシェスが出てきたとしても、衆人環視の中で奴を狙撃するのは得策ではない。
それに、沙慈の姉に「自分が何に首を突っ込んでいるのか」を理解させる為には、サーシェスに殺される直前に助けるしかない。でなければ彼女は状況を理解できず、再び調査を再開し、最終的には、原作と同じ結末を迎える。
「おい! 右側の通路から赤い車が出てきたぞ……乗っているのはひろしだ!」
「視認した。王留美、玄関前に止まっている赤い車をマーキングしてください」
『了解しました。座標データは後ほどGPSに転送しますので、そちらに確認してください』
沙慈の姉がサーシェスの車に乗車したのを確認した私たちは、すぐさまあらかじめ用意した車に乗車する。運転席に座った隼人は急いでエンジンをかけ、駐車場を飛び出した。
「奴の車はインターチェンジから都市高速に入った!」
「オッケー……飛ばすからしっかり捕まっておけよ!」
隼人は強くアクセルを踏み込み、速度を上げてサーシェスの車を尾行し、インターチェンジから都市高速に入る。
こちらに尾行されていたことに気づいたのか、サーシェスの車はこちらを振り切ろうと更に速度を上げ、時速200キロくらいの速度でどんどん前車を追い越しながら、高速道路を爆走する。
「っ野郎、待ちやがれ!」
「急かすな、GPSは奴の位置を我々に教えてくれる。ところで、M82以外の武器はあるか?」
「それなら後部座席の下にあるぜ、SMGやAR、手榴弾などが」
「では、使わせてもらうぞ」
私が武器を選んでいる間、隼人は王留美の指示で高速を降り、市街地に向かう。
王留美が交通管制システムをハッキングしたお陰で、道中の赤信号が全て緑となり、サーシェスを追いつくことに成功した。
我々が現場に到着したその時、睨みつける先には拳銃を手にしたサーシェスと、殺害される直前だったのか、怯えた様子で壁にもたれかかる絹江・クロスロードの姿があった。
サーシェスは手にしていた拳銃を絹江に突き付け、黒くて凶悪な微笑みを浮かべる。
「ボスのご命令だ。悪いが死んでもらうぜ――」
「そこまでだ! アリー・アル・サーシェス!」
引き金を引こうとしたとき、後ろから2人の男が現れた。サーシェスは反射的に拳銃を声の持ち主――悠凪に向けるが、照準を定めた瞬間、手の中にあった拳銃が弾き飛ばされ、カタッと地面に落ちた。
「なっ⁉ こいつ、俺より速いだと⁉」
「その首、置いてけッ!」
驚く間もなく、もう一つの男――隼人は手にしていたUMP45を構え、9ミリのパラベラム弾を撃ち散らす。サーシェスはコンクリート壁の背後へと回り込み、掃射を凌ぐ。その一方で、悠凪は絹江を保護し、その場から離れさせた。
◇◆◇◆◇
「見覚えがあると思ったら……銀髪は異世界のガンダムのパイロット、黒髪はソレスタルなんたらのメンバーかい! 喜べよ姉ちゃん、そいつらはお前さんが探していた連中なんだよぉ!」
そう言い残したサーシェスは夜色に紛れてこの場から逃げ出した。私は奴の後を追いかけていくが、サーシェスの姿は何処にもなく、代わり地面には血の跡のような真っ赤なシミがあった。奴は先程の戦いで負傷した、と考えていいだろう。
だが、奴の生存能力は非常に高く、弾丸に撃たれたくらいで死にはしない。次はMS戦で決着をつけるしかなさそうだ。
沙慈の姉は、このまま解放するつもりだったが、彼女は色々と知り過ぎた。放っておくと確実に殺されるので、彼女を隼人の秘密基地に連れていくことにした。
「絹江・クロスロードさん、貴方には我々と一緒に来てもらいます」
「拒否権は、ありませんね……分かりました」
つづく