アメリカに位置するアイリス社の軍需工場の上空では、グラハムの駆るカスタムフラッグは2機のスローネと激しい空中戦を繰り広げていた。
「どれほどの性能差であろうと……!」
カスタムフラッグのパイロット――グラハム・エーカーは左手のプラズマソードを引き抜き、スローネアインに斬りかかる。プラズマソードはアインのGNビームサーベルで受け止められ、そのまま2機は鍔迫り合いになった。
「今日の私は……阿修羅すら凌駕する存在だッ!」
カスタムフラッグは大きく腕を振り抜き、スローネアインの体勢を崩した。
グラハムはこの隙を見逃さず、すぐさまもう1本のプラズマソードを引き抜き、機体のスラスター全開しながらスローネアインへ斬りかかる。アインはGNビームサーベルで2本のプラズマソードを受け止めて見せるが――。
「――ハムキック!」
そう叫んだグラハムは足技を披露し、GNビームサーベルを握るスローネアインの左腕を蹴り上げる。すかさず2本のプラズマソードを手放し、宙を舞うGNビームサーベルを掴み取り、その右腕をGNビームライフルごと斬り落とす。
『ば……バカな⁉』
明らかに格下の機体にダメージを与えず、一方的に圧倒された。ヨハンが目の前の状況に戸惑っている一方で、機体を不時着させたグラハムはヘルメットのバイザーを開け、ごふっと吐血した。
「この程度のGに体が耐えられんとは……」
『兄貴! テメェ、死になぁ!』
ミハエルは怒りの咆哮を上げながら、唯一残された武装――GNビームサーベルを引き抜き、ヒビが入った地面に不時着したカスタムフラッグにとどめを刺そうとビームの光刃を突き刺そうとするが、しかしその進路は、上空から撃って来た粒子ビームによって阻まれた。
『なにっ⁉』
『この粒子ビームは……⁉』
「来たか、我が愛しのガンダムよ! やはり私と君は、運命の赤い糸で結ばれていたようだ!」
四方が火の海と化したアイリス社の軍需工場の上空、追加装備「アヴァランチダッシュ」を装備したガンダムエクシアのコクピットで、刹那は沸々と湧き上がる怒りのままに、2機のスローネを見遣る。
民間人への攻撃未遂。そして、今回もまた民間人の働く施設への攻撃。
このような紛争を繰り広げる行為は決して、ガンダムのすることではない。
故に、彼らはガンダムではない。
刹那は操縦桿を握り締め、目の前にいる2機のスローネに通信を繋げつつ、宣戦を布告する。
「2機の新型ガンダムを紛争幇助対象と断定……アヴァランチダッシュ、目標を駆逐する!」
エクシアが折りたたまれていたGNソードを展開すると、2機のスローネが戦闘態勢に入る。
歴史上初に確認された太陽炉搭載機同士の戦いが今、始まろうとしていた。
双方が交戦を開始した瞬間、宇宙にいるプトレマイオスもエクシアの行き先を掴んだ。
「エクシアが大気圏に突入し、アメリカに位置するアイリス社の軍需工場へ降下! 新型ガンダムと思われる2機と交戦状態に入った模様です!」
クリスの報告を聞き、スメラギとシャルはびくりと体を震わせた。
新型ガンダムの行動は、刹那にとって許しがたいことであるのは理解できるが、王留美を始めとした有力なエージェントたちが殺害された今、地上に降りたら二度と宇宙に戻れなくなる。
「これでは二度と宇宙に戻れなくなるよ! どうしてエクシアのマイスターがそのような事――」
『――それでも刹那は行くさ、ガンダムの存在意義を確かめる為にな。俺も、覚悟を決めたのさ』
コックピットに待機しているロックオンがシャルの疑問に返答すると、スメラギは微笑みを浮かべながら、ロックオンに出撃の指示を出す。
「デュナメス、GNアームズとドッキングして出撃! ロックオン、できることなら戦いを止めて欲しいの。ただし、現場の状況によっては貴方の判断に任せるわ」
『(要するに好きにしろってことだな……)了解! ロックオン・ストラトス、出撃する!』
ロックオンはスメラギの指示に苦笑いしながら、操縦桿を動かしてGNアームズとドッキングしたデュナメスを発進させた。そして地球へと向かう途中で、後方から高速で飛翔してくる機影をEセンサーが捉えた。
『この戦い、僕たちも参加させてもらう!』
『TYPE-Eに乗っているのは俺だ!』
「ティエリア、ラッセも来たのか……!」
その機影はGNアームズTYPE-Eとドッキングし、ティエリアのガンダムヴァーチェを積載した強襲用コンテナだった。
両脚に装着した「ダッシュユニット」を機体の重心から離すように展開して「高機動モード」に移行したエクシアはGN粒子の質量変化を利用し、空を滑るように一瞬でツヴァイとの間合いを詰め、GNソードで斬りかかる。
振るわれるGNソードを、ツヴァイはGNビームサーベルで受け止める。互いの剣が激しくぶつかり合い、エクシアが上から抑え込む形で2機は鍔迫り合いとなった。
『テメェ……なにしやがる⁉』
『聞こえるか、エクシアのパイロット! なぜ行動を邪魔する? 我々は紛争根絶の為に――』
「――違う!」
刹那はヨハンの言葉を遮り、叫ぶ。
「貴様らは……貴様たちはガンダムではない!」
そう叫んだ刹那は両肩のGNパーニアを展開し、粒子が噴き出したと同時にGNソードを持った右腕を大きく振り払う。途轍もない推力に押されたミハエルは機体を後退させ、エクシアとの距離を引き離す。
『あっぶね……こっちはガンダムなんだよ! テメェ、気でも狂ってんのか⁉』
『錯乱したか、エクシアのパイロット……ミハエル、応戦しろ!』
ガンダムに向かってなに言っているんだ? と刹那が錯乱していると判断したヨハンはエクシアとの通信を切って、ミハエルに交戦の指示を出した。
ヨハンはGNランチャーの砲口をエクシアに向け、一射した。刹那はGN粒子の慣性制御を利用して空中でくるりと機体を捻らせ、アインの砲撃を回避する。
機体の体勢を立て直しつつ、刹那は両脚のダッシュユニットの先端にあるGNクローに内蔵されたGNビームサーベルを発振させ、ウエポンアームに装備されたGNビームサーベルを左手で引き抜くと、再びツヴァイへ挑みかかった。
「アヴァランチダッシュ、敵ガンダムタイプを圧倒する!」
『ちょ……四刀流だと⁉』
ミハエルはコックピットのスクリーンから、四本の剣を構えて真っ直ぐ自機に突っ込んでくるエクシアを見た。これを喰らったら、いくらガンダムでも耐えられるはずがない。ミハエルは全速力でエクシアの斬撃を躱し、回避に専念することにした。
その一方、離れた無人島で兄たちが苦戦しているのを見たネーナは、ヨハンの待機命令を無視して戦闘に加わった。
『兄兄ズはやらせないよ!』
『ネーナ、何故⁉』
「クッ、3機目か!」
フリーダムとの戦いで右腕を失ったが、右肩部に装備されたGNシールドポッドは健在だ。エクシアが自機に背を向けた瞬間、ネーナはポッドのハッチを開き、内部に積載されたGNミサイルを全弾、エクシアに向けて発射した。
しかしミサイルがエクシアの機体に命中する直前、突如撃ってきた粒子ビームに飲み込まれて跡かたなく蒸発された。
『ええっ⁉』
『援軍だと⁉』
「この粒子ビームは……!」
ヨハンとネーナが驚いている一方で、刹那は短く呟き、ミサイルを撃墜した粒子ビームが飛来した方向を確認する。
刹那は知っている、これだけの大出力の砲撃が可能な機体は異世界のガンダムであるフリーダムを除けば、1機しか存在しない。
「ヴァーチェ……目標を破壊する!」
エクシアを襲うミサイルを撃墜した機体は、黒と白の巨体を持つガンダム――ティエリアの駆るガンダムヴァーチェだった。
「ティエリア・アーデ……!」
モラリア共和国の一件が理由で反目していたにも関わらず、この場に駆けつけてきた。
刹那はティエリアの行動に僅かに戸惑うも、すぐにその答えが分かった。
ティエリア・アーデもまた、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだから。
ティエリアが戦闘に参加する少し前の頃。
「ロックオン・ストラトス……僕は徹底的にやらせてもらう!」
「おい! ティエリア!」
「行っちまったな、ロックオンはどうする?」
「ロックオン、ドウスル? ドウスル?」
ロックオンは大気圏を突入した直後にコンテナから出撃し、全速で戦闘空域に突っ込んで行ったガンダムヴァーチェを見ながら、ハロとラッセに答える。
「ぶっちゃけ撃つ気満々だ!」
スメラギは判断に任せると言ってくれた、つまりは好にしていいという意味であるが、できれば戦いを止めてほしいという要望も一応聞く。
新型ガンダムの過激なやり方はCBの理念、そしてガンダムの存在意義を歪んだ。ロックオン自身もまた、彼らやり方に怒りを感じていた。それにティエリアは、彼らを徹底的に叩き潰す気だ。
チームプトレマイオスの総意、と言っても問題ないだろう。
「刹那の気持ちも分かるさぁ……アイツはガンダムそのものになろうとしている、紛争根絶を体現する者にな……行くぜ! ハロ!」
「リョウカイ! リョウカイ!」
続いてGNアームズとドッキングしたデュナメスも戦闘空域に突入し、ラッセの駆る強襲用コンテナもその隣についていくのだった。
「フォーメーションで行く、S32!」
「了解!」
ティエリア提案に、刹那が即座に応じる。
エクシアがヴァーチェの背後に回り、スローネアインのGNランチャーから放った粒子ビームをヴァーチェのGNフィールドが防ぐ。そのまま粒子ビームを防ぎつつ突進するヴァーチェの背後からエクシアが飛び出し、アインに斬りかかる。
アインがそれを間一髪で回避すると、隙ができたエクシアにツヴァイがGNビームサーベルで斬りかかるが、エクシアは慣性制御を利用して右脚を蹴り上げ、GNクローに内蔵されたGNビームサーベルでそれを斬り払う。
その瞬間を狙っていたヴァーチェがGNビームサーベルを引き抜き、アインの後方にいるドライに目掛けて斬撃を放つ。
『そんな機動性では……!』
『いただき!』
ヴァーチェの斬撃が空を切った瞬間、ヨハンはGNランチャーの砲身をその巨体に向け、ミハエルとネーナも其々GNビームサーベルを引き抜いた。
3人にとって、今はこのダンゴを仕留める絶好のチャンスだが、ティエリアにとって、これは彼らにソレスタルビーイングの切り札を見せるときだ。
「今だ! ナドレ!」
ティエリアの虹彩が金色に輝く、そして叫ぶ。
ティエリアの声に応じ、モニターの背景が赤色に変化する。
その中央に「GN-004 NADLEEH」の文字が浮かぶ。
ガンダムヴァーチェの装甲が瞬時にパージされ、内部のGN粒子供給コードを世界が嫉妬する髪のように靡かせる痩身の白いモビルスーツが現れた。
このガンダムこそ、ソレスタルビーイングの最高機密――ガンダムナドレだ。
不時着したカスタムフラッグのコクピットスクリーンを通じて、この場面を見たグラハムは一言を放った。
「柔肌を晒すとは……破廉恥だぞ! ガンダム!」
カスタムフラッグのパイロットは変態だった。
ガンダムナドレのツインアイが光を灯す、目には見えない特殊なフィールドを展開する。
次の瞬間、3機の操縦システムに異変が起きた。3機のガンダムスローネが突然重力に引かれたかのように墜落し、受け身も取れずに地面に激突する。
『システムダウン! システムダウン! クルシイ! クルシイ!』
3人は操縦桿を必死に動かすが、まったくもって意味が無い。
「ヴェーダとリンクする機体を全て制御下におく。これが、ガンダムナドレの真の能力……ティエリア・アーデにのみ与えられた、ガンダムマイスターへのトライアルシステム!」
それが、暴走したガンダムマイスターへ制裁を下す為のシステムだ。
「君たちはガンダムマイスターに相応しくない……」
まるで法廷の裁判長のように、3人へ判決を言い渡すティエリア。ガンダムナドレがGNビームサーベルを構え直し、行動不能となったスローネアインを冷たく見据える。
「そうとも、万死に値する!」
ティエリアの言葉と共に、ガンダムナドレは急降下を開始する。紛い物の太陽炉ごとスローネアインのコックピットを貫く為に突進するが……ビーム刃の先端がアインの装甲を貫こうとするその時、異変が起きた。
突然ヴェーダとのリンクが途切れ、トライアルシステムが強制解除させられた。金色に輝く虹彩もノーマルに戻っている。
「トライアルシステムが強制解除された⁉ 一体、なにが……」
ティエリアはヴェーダに記録された情報、その中で最も重要であるレベル7――ガンダムマイスターの個人情報を始め、歴代ガンダムやGNドライヴの建造データなどが収められたそのデータ領域の一部が、何者かに改竄されていたことを思い出す。
レベル7のデータ改竄、ヴェーダのアクセス拒否、トライアルシステムの強制解除、そして新型ガンダムの存在と擬似太陽炉。
この瞬間、ティエリアは確信した。やはりヴェーダは何者かにハッキングされていると……
そこで、ナドレのコクピットにアラートが鳴り響き、ティエリアは我に返った。トライアルシステムの支配を脱した3機のスローネは素速く機体を上昇させる。その中、スローネアインはナドレにGNランチャーを向けている。
「クッ……やられる!」
と思ったその瞬間、遠方から高出力粒子ビームが飛来してアインの左脚を吹き飛び、ツヴァイの左リアアーマーを掠めて損傷させた。
粒子ビームが放たれたその先にある機体は、GNアームズとドッキングしたガンダムデュナメスと、ラッセの駆る強襲用コンテナだった。
「どうにか間に合ったようだな」
「新型の3機以外に、ユニオンのフラッグもいるようだ」
ロックオンとラッセは戦況を確認しつつ息をつく。
地面にはユニオンのフラッグが1機を確認された。動く気配がないが、とりあえず警戒しておこう。それにしても、刹那とティエリアが殆ど無傷に対して、向こうはボロボロである。凄い一方的な戦いだったことが分かる。
「(4対3か……フェアじゃねぇな……だが俺は容赦するつもりがねえ!)」
エクシアとナドレはデュナメスの隣に並び、その後ろには強襲用コンテナが控えている。双方が睨みあい、対峙する。
その後、撤退するような挙動を見せる3機に、ロックオンが有視界通信で呼びかける。
「逃げんのかい?」
『我々と敵対するつもりか、ロックオン?』
「じゃなきゃ、地球まで出張ってこねえよ!」
『君は私たちよりも先に戦うべき相手がいる。ロックオン……いや、ニール・ディランディ』
ヨハンから自分の本名を聞いたロックオンは驚きを隠せなかった。
ガンダムマイスターの個人情報は太陽炉と同じレベル7の最高機密。一介のマイスターでは知るはずがない。それなのに、彼らは知っていた。
やはりフェレシュテの管理者――シャル嬢の言う通り、こいつらは普通じゃねえ!
「貴様! 俺の個人情報を……!」
『君がガンダムマイスターになってまで復讐を遂げたい者の一人は、君のすぐ傍にいるぞ……』
「なんだと……?」
『クルジス共和国の反政府ゲリラ組織、KPSA……その構成員の中に、ソラン・イブラヒムがいた……コードネームは刹那・F・セイエイ』
「刹那だとぉ⁉」
『そうだ、彼は君の両親と妹を自爆テロで殺した組織の一員。君の仇というべき存在だ』
ヨハンたちが撤退した後、場が静寂に包まれた。
チームプトレマイオス一行は付近の無人島に降下し、ロックオンは刹那に事情の説明を求めた。
沙慈の姉――絹江・クロスロードを保護した後、我々は隼人の秘密基地へ帰投する途中だった。
彼女は現在、隼人と王留美、紅龍と共にスローネフィーアに同乗している。彼女が死んだはずの王留美と会った瞬間、そのビックリした表情がとても印象的だった。
『おい悠凪! 11時方向にある島、緑色の粒子だ!』
『風間さん、この海域には他のガンダムが潜んでいたのですか⁉』
『ああ、そういうこった』
隼人の言う通りに11時方向の無人島の映像を拡大すると、森の向こう側からGN粒子が噴き出しているのを見た。緑色のGN粒子は、間違いなく刹那たちだ。彼らと接触して、王留美が生きていることを彼らに伝えたほうがいいだろう。
「私も視認した、接触するか?」
『ああ、俺も彼らと接触したいと考えている。王留美はどうする?』
『いいでしょう、彼らと接触しましょう』
王留美が同意したのなら、後は簡単だ。さて、刹那たちに会いに行こう……!
転生者……いいえ、並行世界の旅行者へ警告します。
争いの権化と欲深き者を打倒したとしても、この世界への裁定を阻止することはできません。
貴方が紡いできた「絆」が、この世界に裁定を下す存在を消滅させる「鍵」となるでしょう。
私はいつも貴方を見守っています……憎むべきはずの相手に手を差し伸べた、貴方を。
つづく