太平洋に浮かぶ無数の島々には「ミッドウエー島」と呼ばれた島があった。
20世紀に行われた「太平洋戦争」ではアメリカ海軍の管理下に置かれたが、現在は放棄されており、寄りつく者のいなくなった島は、さながら無人島と化していた。
ヴェーダがハッキングされていたことと、協力者たちが裏切り者によって殺害されたこともあって、地上の拠点も制圧されていたのかもしれない。この為、チームトリニティを退け、アイリス社の軍需工場から離脱した刹那たち一行はこの島を臨時拠点として使うことにした。
ヨハンから刹那の過去を知ったロックオンは刹那に事情聴取すべく、場所を森林に移した。
最初は冷静に事情聴取をしていたロックオンだが、刹那からヨハンの言っていたことが全て事実と知った途端、怒りを抑えられなくなったロックオンは、腰につけていた拳銃を引き抜いた。
「刹那……お前がKPSAに利用されていたことも、望まない戦いを続けていたことも分かっている。だが、その歪みに巻き込まれ、俺は大切な家族を失った……失ったんだよ!」
「だからロックオン、君はマイスターになることを受け入れたのか?」
「ああ、そうだ」
ティエリアの言葉に、ロックオンは僅かに頷く。
「矛盾してることも分かっている。俺のしていることはテロと同じだ。暴力の連鎖を断ち切らず、戦う方を選んだ。だがそれは、あんな悲劇を二度と起こさない為にも、この世界を根本から変える必要があるからだ。世界の抑止力となりえる圧倒的な力があれば――」
「――圧倒的な力……それが、ガンダム」
「そうだ。人を殺め続けた罰は、世界を変えてから受ける。だが、その前にやることがある……」
そう言ってロックオンは、刹那の眉間に狙いを定める。
「止せ、ロックオン!」
ティエリアが制止の声を上げるのを聞きながら、それでも拳銃を下ろさないロックオン。
「刹那……俺は今、無性にお前を狙い撃ちたい! 家族の仇を討たせろ、恨みを晴らさせろ!」
刹那は何も言わず、受け入れるかのように目がまっすぐ、ロックオンを見つめ返していた。
次の瞬間、乾いた銃声が森中に響いた。
刹那・F・セイエイは生きていた。
ロックオンは銃弾が発射される直前に、わざと刹那の眉間から照準を外したのだ。そして撃ち出された銃弾は刹那の僅かに斜め後ろの木に命中し、幹の表面に小さな穴が開いている。
「嘗て、俺は神を信じていた……信じ込まされていた……」
「だから『俺は悪くない』ってか?」
「違う……」
刹那は首を横に振り、思う。
「この世界に神はいない……」
小さい頃の刹那はとある人物の狂言に誑かされ、神の戦士として選ばれる為に、己の両親を自分の手で撃ち殺した。最初は神々の聖戦に参加できたことに誇りを感じていたが、仲間の死を次々と目の当たりに見た刹那は、あることに気づいた。
死の果てに神はいない。
「答えになってねーぞ!」
刹那は僅かに顔を俯け、そしてもう一度ロックオンに向き直る。
「俺は神を信じ、神がいないことを知った。あの男がそうした……」
「あの男?」
「KPSAのリーダー……アリー・アル・サーシェス」
「アリー・アル・サーシェス……? 誰だそいつは⁉」
「奴はモラリア共和国のPMCに所属していた」
「民間軍事会社に?」
確認するように問いかけてきたティエリアに、刹那は小さく頷く。
「モラリアの戦場で、俺は奴と出会った……」
「そうか! あの時、君がコックピットから降りたのは――」
「――奴の存在を確かめたかった。奴の神が何処にいるのか知りたかった。もし、奴の中に神がいないとしたら、俺は……いままで、なぜ戦ってきたのか……」
ロックオンは刹那に向けた拳銃を下ろし、言う。
「ゲリラの次は傭兵か……ただの戦争中毒じゃねーか! 奴のことはさて置き……刹那、一つ聞かせてくれ……お前はエクシアで何をする?」
「戦争の根絶」
「俺が撃てばできなくなる」
「構わない、代わりにお前がやってくれれば……この歪んだ世界を変えてくれ。だが、生きているのなら俺は戦う。ソラン・イブラヒムとしてではなく、CBのガンダムマイスター――刹那・F・セイエイとして」
ソラン・イブラヒム……いや、刹那・F・セイエイは戦うことしか知らない。
争いを否定したいのに、己の過去を変えたいのに、それでも戦うことしかできない。
「ガンダムに乗ってか?」
「そうだ」
俺にとって、ガンダムも同じだ。
紛争を根絶する為に作り出された兵器も、戦いを止める為に戦う俺自身も矛盾している。
クルジスで俺を助けた0ガンダムも、そしてエクシアも、俺と同じだ。
だから、そう――。
「――俺が、ガンダムだ……!」
そう言い終えると、刹那はロックオンの拳銃を見つめる。
申し開きや命乞いをするつもりはない。ロックオンが遺志を継いでくれるのなら、ここで撃たれても構わない。
撃たれる覚悟は、とうにできていた。
「……アホらしくて撃つ気にもなんねえ!」
ロックオンがそう言うと、手にしていた拳銃を腰のホルスターに戻す。
「まったくお前は、とんでもねえガンダムバカだ!」
「ありがとう、最高の褒め言葉だ」
刹那が微笑んで、ロックオンは呆然とした。
そして、無言のまま数秒が経った後、ロックオンは体を折り曲げて呆れたように笑った。
「は、ははっ……はははっ……」
「フッ……これが、人間か……」
『そうです、ティエリア・アーデ。人は弱くて、不完全で、葦みたいに弱い生き物だとしても……それでもお互いを笑い合い、支え合うことができます。そんな存在が、人間なんですよ』
ようやく場の雰囲気が落ち着いたとき、上空から機械の駆動音と男の声が聞こえてきた。
3人が頭を上げると、そこには蒼き翼のガンダム――フリーダムガンダムと、先ほど戦った新型ガンダムに似た外見を持つ未確認ガンダムの姿があった。
地面に機体を着地させると、私はコックピットから降り、刹那たちに挨拶する。続いて隼人も機体のコックピットから降りてきた。
「お取り込み中のところ失礼します。君たちにはもう知っていると思いますが、組織内に裏切り者が出て、関係者たちが次々と殺害されています」
刹那たちは何時でも拳銃を抜けるように身を構え、警戒を強める。彼らは私を警戒しているのではなく、私の後ろにいる隼人を警戒しているのだ。
「その情報は、君も把握していたのか……絢瀬悠凪」
問いかけてきたティエリアに、私はその瞳を見つめながら返事する。
「そうです。そして裏切り者の正体を知っているのは私と、私の後ろにいる彼と、そのガンダムに同乗している者たちです」
以前、俺は「異世界の来訪者」と自称したこの男がふざけていると思っていたが、実際はそうではなかった。この男は行動で示してくれた……そう、この男――絢瀬悠凪は信用できる。
それにソレスタルビーイングに裏切り者が出た以上、さらなる事態の悪化を防ぐ為には、今は少しでも情報が欲しい。
絢瀬悠凪が連れてきたあの男も、信じていいだろう。
そう考えた刹那が警戒を解くと、ロックオンとティエリアも警戒を緩めた。
「降りてきていいぜ、王留美! 紅龍さんと絹江さんも!」
機体の方に振り向いた隼人は大声を上げ、コックピットにいる王留美たちに呼びかける。
「バカな⁉」
「なっ……王留美だと⁉」
3人がスローネフィーアのコックピットから降りてきたのを見た瞬間、ロックオンとティエリアはポカンとして口を開いた。その表情と反応は、沙慈の姉――絹江が死んだはずの王留美を見た時と同じだった。
降りてきた王留美はゆっくりとこちらに歩いてきて、丁寧に挨拶の言葉を述べる。
「お久しぶりです、皆さん」
「まさか、生きていたとは……!」
「裏切り者に殺害されそうになった所を、この二方が助けてくださいました」
それから王留美は、今まで関係者たちを殺してきた裏切り者はCBの監視者であり、リニアトレイン公社の総裁でもある人物――ラグナ・ハーヴェイとその裏に潜む国連大使一党であることを、刹那たちに伝える。
隼人も自分自身がCBの元監視者であり、新型ガンダムと呼ばれた「ガンダムスローネ」を所有している「チームトリニティ」の元指揮官であることを、刹那たちに明かした。
「監視者ともあろう者が、計画に介入するとは……!」
「それに風間隼人、聞いたことある名前だぜ。確かドンでもないものを作った――」
「――モビルドールシステムっていう、無人で自律行動可能なMS用高性能AIだ」
「ヴェーダには作業用AIだと記されていたが、MS用だったのか⁉」
ティエリアの言葉と反応から察するに、誰かが意図的にヴェーダにあったMDの関連情報を改竄したに違いない。それを行ったのは誰なのか、言うまでもないだろう。
その事実に驚きを隠せないティエリアに、隼人は冷静に説明を続ける。
「タクラマカン砂漠の武力介入は覚えているか? 投入されたMSの総数は2112機だけど、有人機は832機のみ……それ以外は全部、MDを搭載した無人機さ!」
「そういうことか! だから数百機のMSでこちらに攻撃を仕掛けることができたか……」
「おいおい……俺たちが包囲殲滅されそうになった原因を作った野郎はお前かよ⁉」
あの戦いの裏に隠された真実を知ったロックオンは隼人を非難するが、隼人はロックオンの言葉に反論することなく、ただそれを受け入れるように見つめ返した。
「許されないことだって、分かっている……あれを世に解き放っちまったのは俺の責任だ。自分の生み出した歪みを、自分の手で断ち切るのが筋ってもんだ! だから俺はここにきた!」
「(まさか、君の口からその言葉を聞けるとは。やはり人は、変わっていくものだ)」
今の彼は昔と比べると、まるで別人のようだ。
以前の隼人なら、自分の責任を他人に擦り付けるだろう。
この世界に転生したことと、チームトリニティと出会ったことによって、隼人は変わろうとしている。私も隼人に対する恨みを捨てられるのか? もし、それができないとしたら、私は……
私が思考に陥ったとき、無言で話を聞いていた刹那は隼人の面前に歩いていき、真面目な顔で意味不明な言葉を言い放った。
「風間隼人……お前はガンダムではない」
「は、はい⁉」
「ならば、お前はガンダムになれ!」
何言ってるのか全然分からんぞ! やっぱこいつは、どうしようもねえガンダムバカだ!
「刹那はお前に『行動で示せ』って言っているようだ……」
「何のことだ? まるで意味がわからんぞ!」
ロックオンは刹那の言葉を翻訳するが、それを聞いた隼人は更なる困惑に陥った。その一方で、隼人の傍にいる王留美はクスクスと笑いながら、困惑している隼人の顔を眺めていた。
その後、刹那はここからそう遠くない所にある巨木にもたれかかる絹江の元に歩いていった。
「アンタのことは沙慈・クロスロードから聞いている。ただ、一つ聞かせてくれ……アンタはなぜ絢瀬悠凪と一緒に行動している?」
「私がソレスタルビーイングの情報を調査している途中で、ラグナ氏に雇われた傭兵に捕まえられて、殺されそうになりました。そこで私を助けたのはその二方、絢瀬悠凪氏と風間隼人氏です。ところで貴方、沙慈と面識があったのですか?」
「ああ、俺は沙慈・クロスロードと会ったことがある。そして彼からアンタのことを聞いた。アンタがこの場にいる以上、守秘義務は遵守してもらうぞ」
刹那の言葉を聞き、自分の置かれている状況を理解した絹江は了解するように頷く。
しばらくが経つと、遠いところにある草むらからカサカサと音がして、ティエリアはゆっくりと音のする方へ足を向けた。次の瞬間、草むらの中からトレミーの砲撃手――ラッセ・アイオンが出てきた。
「ティエリア、ナドレの調整が終わったことを報告しに来たんだが……っておい! あれは⁉」
ラッセが睨みつける先にはフリーダムガンダムと、刹那たちが交戦したガンダムと似ている未確認ガンダムと、死んだはずの王留美の姿があった。ラッセは事態をうまく飲み込めず、ただ呆然とその光景を見ている。
悠凪一行が刹那たちと話し合っている一方で、軍需工場から撤退したチームトリニティは太平洋上空にて彷徨っていた。
3人は休息も補給も受けられないまま武力介入を継続していた為、パイロットも機体もボロボロな状態だ。ヨハンは隼人の秘密基地に救難信号を送ったが、まったく返答がないままだった。
「太陽炉の粒子発生率が20%、そろそろ限界か……」
このままでは数時間後、擬似太陽炉が稼働限界時間を迎える。
機能を停止したガンダムスローネはそのまま太平洋に墜落し、海の藻屑になってしまう。
「ったく、隼人の旦那は何してるんだよ⁉」
「もしかしてあたしたち、隼人さんに見捨てられ――」
「――そんなはずがない!」
それでもヨハンは、隼人のことを信じている。
「ん? 接近中の機体……1機だけ?」
『よお! 世界を敵に回して難儀してるってのはアンタらか?』
通信から声が聞こえたとき、3機のスクリーンには1機のモビルスーツが映し出された。
それは擬似太陽炉を搭載した、ミハエルのスローネツヴァイに似たガンダムだ。
「何者だ?」
『アリー・アル・サーシェス……俺は傭兵だ。スポンサーからアンタらを
チームトリニティは全員、生き残ることができるか?
つづく