アメリカ本土にて繰り広げられたガンダム同士による戦闘のニュースは、瞬く間に世界中の知るところとなった。ユニオン軍から提供された戦闘映像を世界中の報道機関が挙って報道し、SNSでも爆発的に拡散され話題となった。
CBは内輪揉めしているような状態だ、と世界はそう見ている。
さらにガンダムスローネが民間人に発砲したことにより、世界からCBの印象は徐々に悪い方向に傾いていく為、ガンダム打倒の声が日増しに高まっていく。
しかしそんな世の中にも関わらず、ガンダムに称賛を贈る者も少なくなかった。
その中には、ルイス・ハレヴィと彼女の両親も含めていた。ハレヴィ夫妻とルイスが記者会見を開き、自分たちを守ったフリーダムガンダムを英雄のように持ち上げたのだ。
だが、エイフマン教授を誘拐したガンダムが英雄のように持ち上げられたことを、ユニオン政府は快く思わなかった。せっかく世論がCBとガンダム打倒の方向に傾いていたのだ、大衆に覆されるわけにはいかない。
日本で記者会見を開いたその翌日、ハレヴィ夫妻とルイスはユニオン政府によってでっち上げられた罪状で逮捕された。その罪状は、テロリストとの癒着と戦争幇助だった。
この逮捕はユニオン政府がその権力を用いて、大衆の言論の自由に対する弾圧であることが誰の目にも明らかになっている。その日、ハレヴィ家の釈放を求める抗議デモが日本とアメリカ各地で行われた。
そして12時間後、ユニオン政府はデモ活動および大衆感情の高まりを鎮火させる為に、無実の罪で逮捕された3人を慌てて釈放した。
一方、ニュースから恋人とその両親の無事を知り安堵すると同時に、沙慈・クロスロードの携帯電話に着信が入ってきた。電話の画面を見ると非通知だったが、それでも沙慈は迷わず通話ボタンを押した。
『初めまして、沙慈・クロスロード』
「ど、どなたですか?」
聞き覚えのない、若い男の声だった。
訝しげにその正体を問いかける沙慈に、電話の向こうにいる男はこう答える。
『名前を教えることはできません。ただ一つ言えるのは、私が君の姉の身柄を預かっています』
「姉さんの身柄……どういうことですか⁉ あなたは一体――」
『――沙慈、落ち着いて私の話を聞いて!』
沙慈が驚く間もなく、電話の向こうから自分の姉――絹江・クロスロードの声が聞こえてきた。
「ね、姉さん⁉」
『心配をかけてごめんね、沙慈。今まで起きたことを話すから、落ち着いて話を聞いて』
「はい……」
慌てた沙慈が落ち着くと、絹江はCBの情報を調べている途中で傭兵に殺されそうになったことと、今自分の傍にいる男性に命を助けられたことを沙慈に説明した。
沙慈はいつも危険な橋を渡り、家庭より仕事を優先した絹江を非難するが、絹江は沙慈の言葉を直ちに受け入れ、謝罪の言葉を口にした。
『本当にごめんなさい、沙慈。私が取材を優先したばかりに、皆の忠告を聞き入れずに突っ走ったせいで、この結果を招いてしまった』
「でも……姉さんが無事で、本当に良かったです」
絹江は自分の行いに後悔していた。CBが出現してからは、同組織の創設者であるイオリアに興味を抱き、彼の経歴を調べる形でCBの謎を追い取材を続けていた。上司や同僚からも危険な取材は控えるよう釘を刺されているものの、自分は彼らの忠告を聞き入れてなかった。
そしてサーシェスと名乗った傭兵の車に乗った直後、初めて「好奇心は猫を殺す」という言葉の意味を理解した。
自分が首を突っ込んではいけないことに首を突っ込んでしまったのだ。そのせいで、関わった人や自分に影響が出てしまっている。傭兵に殺されそうになったことや、ガンダムのパイロットに命を助けられ、半端軟禁状態にされたことも含めて、全ては自業自得な結果だと言える。
『私は暫く家に帰れないから……沙慈、あのルイスって子と付き合うのなら、彼氏としての責任をちゃんと果たしなさい!』
「うん。分かっているよ、姉さん。ところでさっきの人は、今も姉さんの傍にいるのですか?」
絹江の言葉に返事した沙慈がそう問いかけると、電話の向こうから再び男の声が伝わってくる。
『私に用事ですか?』
「姉さんを助けてくれて本当にありがとうございます。名前を教えてもらえないんですか?」
執拗に名前を聞きたがる沙慈に、男は冷静沈着な声で答える。
『私はレイフ・エイフマン教授を誘拐した人物、と言ったら分かると思いますが』
「あ、貴方は……!」
その返事を聞いた瞬間、沙慈は驚きのあまりに床に携帯電話を落としてしまった。
レイフ・エイフマン教授を誘拐したのは、蒼き翼のガンダムだ。つまり自分の姉の身柄を預かっている者はガンダムのパイロット、ということになる。
沙慈はすぐさま携帯電話を拾い上げ、問いただそうと耳に当てても返答はなく、すでに通話が切られた後だった。
浮遊城リベル・アーク、居住区画の一番大きい邸宅では、ロックオンと隼人、そしてトリニティ兄妹が雑談しながら、美玖の淹れたコーヒーを味わっていた。
「ロックオン、君たちの個人情報を閲覧したことを済まないと思っている」
「今は仲間同士だ……そんなことはもうよせよ、ヨハン」
これまでの非礼を謝罪するヨハンに、ロックオンは謝罪しなくてもいいと寛容な態度を見せる。
ヨハンが軽く頭を下げてから、机においてあるコーヒーカップに手を伸ばす。ロックオンは手にしていたコーヒーカップに口を付ける。
「やっぱりインスタントよりレギュラーコーヒーの方が美味しいよな」
「ええ、風味や香りがしっかり感じられる」
インスタントコーヒーとはその名の通り、豆の抽出液を乾燥させて粉末状に加工した即席インスタント食品だ。俺たちガンダムマイスターはゆっくりとコーヒーを淹れる時間はないから、いつもそれを飲んでいる。
新鮮なレギュラーコーヒーを飲むのは久しぶりだ。しかも、こんな可愛らしいお嬢さんが直々に淹れてくれるなんて、こりゃ贅沢だな!
ロックオンとヨハンがコーヒーを堪能している一方で、ミハエルとネーナ、そして隼人は客室でニュースを見ながら、お菓子を食べていた。テレビに流れているニュースは、ガンダムのマイナス面を全面に押し出した形の報道ばかりだった。
「ガンダムが完全に悪者扱いされているよね……あたしのせいだけど」
「悠凪が来なかったら今頃は大惨事になっていた。もう二度とあんなことをするなよ、ネーナ」
「うん……」
隼人の言葉に、ネーナは小さく頷く。
そしてネーナの隣に座ったミハエルは、隼人にツヴァイの新装備についてを尋ねる。
「ところで隼人の旦那、俺のツヴァイには新装備あるのか?」
「ビームライフルを持たせたうえ、ファングの機動性を4%向上しておいたからさ」
「えっ……それだけ?」
「ああ、それだけだよ」
アインにはトゥルブレンツユニット、ドライにはビーム攪乱幕ミサイルとアンチMDウイルスがあるに対して、ツヴァイの新装備はGNビームライフルだけだった。
一応GNファングの機動性が向上されているが、それでも物足りないとミハエルは感じた。
「ビームライフルだけかよ……なんか物足りねえな」
「あのビームライフルは特別製らしいぞ?」
「へー、そいつは楽しみだ!」
悠凪から聞いた話によれば、あのビームライフルはニューガンダムに装備されたモノをGNドライヴ搭載機でも運用できるように改良したカスタムモデルだったらしい。
GNビームサブマシンガンのような高速連射が可能で、高出力ならばGNキャノンにも匹敵する威力を発揮する。しかも、ガンダムスローネ全機分が用意されている。
「あっ……飲み干しちゃった」
そのままもう一口コーヒーを飲もうとし、飲み干していたことに気付く。
「風間さん、コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「あ、美玖ちゃん、おかわり頼むわ!」
隼人は斜め後ろを振り向きながら、空になっていたカップを美玖に差し出す。しかし、カップを手渡した後も、隼人は美玖の豊満な胸を真っ直ぐに見つめて、顔もどんどん赤くなっていく。
まるで魅了されたかのように、彼女から目を離すことができなかった。
「隼人さん……美玖さんの胸をガン見しているよね?」
顔が熟したトマトのように真っ赤になった隼人を、ネーナは突き刺すような視線で見つめながら問いかけた。
「ち、違うわぁ! 見てねえし、全然見てねえし!」
「じゃあなんで顔が赤くなったの? やっぱおっきいのが好きなの?」
隼人は慌てて否定するが、ネーナは納得できない様子で不満そうに眉を寄せて、問い詰めるように畳みかけた。
「あ、あわ……か、風間さん⁉」
「隼人の旦那の悪い癖がまた出てしまったな!」
ネーナの発言を聞いてしまった美玖の目は、分かりやすく動転していた。コーヒーを一口啜ったミハエルはニヤッと笑いながら、隼人に追い打ちをかけた。
「スケベ! スケベ!」
隼人をいじるかのように、甲高い電子音声を発するHARO。
「おい、そこの丸いの! 今なんつったッ!」
「イテェ!」
強い羞恥心を覚えた隼人は、迷わずその外殻を軽く叩いた。
「ったく、なにやってんだ」
「さあ……」
「あう、うぅ……」
お嬢のスタイルがミス・スメラギより抜群のは確かだが、じっとガン見してもいいってわけじゃないだろ、と呆れた様子を隠そうとしないロックオンと、苦笑しながらコーヒーを飲むヨハン。
そして、胸をガン見されたことに動揺した様子を隠せない美玖。
新鮮なレギュラーコーヒーを飲みたいので邸宅に寄ってきたのだが、この展開は予想外だった。
動揺している美玖を落ち着かせる為に、ロックオンは別の話題を振った。
「なぁお嬢、刹那とティエリア、そしてラッセが何処に行ったのか知ってるか?」
「えっと、多分、格納庫にいらっしゃると思います。ハロ、格納庫を調べてみて」
「リョウカイ! リョウカイ!」
それからハロは悠凪と刹那、ティエリアとラッセ、そしてエイフマン教授の5人が格納庫で機体の調整を行っていると、美玖とロックオンに報告したのだった。
「仕事熱心だね、あいつら。機体のチェックは大事だが、休むことも大事なんだ」
ロックオンの言い分はこうだ。
機体を万全な状態に整備することは無論大事だが、それ以上大事なのは休息を取ることだ。
近いうちに、三大国家が大きな動きを見せるかもしれない。これから続く世界との戦いに備える為にも、休める時に休んだ方がいい、とロックオンはそう思っている。
美玖とヨハンも頷き、ロックオンの言葉に同意の意を示す。
休むのはパイロットの仕事だと、ヨハンはそう考えている。一方で美玖は、限られた時間で悠凪と2人きりで過ごしたいと願っている。
何故なら美玖は、悠凪が
そして8時間後、ガンダムスローネ全機の修復が完了したと同時に、客室のテレビには一つ、気になるニュースが流れていた。
『ソレスタルビーイングによって度重ねて行われている凶悪なテロ行為に対して、ユニオン、人類革新連盟、AEUは軍事同盟を締結。国連の管理下でソレスタルビーイング壊滅の為の軍事行動を行っていく事を、この場で宣言いたします!』
この瞬間、人類史上最大規模の軍隊である「国連軍」は結成された。同時にイオリア計画の第一段階は歪みを内包したまま終了し、第二段階へと移行した。
一方、ユニオン軍のMSWAD基地では、グラハムとハワード、そしてダリルがガンダムの装甲とビームサーベルの調査結果を確認すべく、基地内の格納庫へ赴いた。
「カタキリ、新型ガンダムから奪取したビームサーベルと、デカブツガンダムがパージした装甲の調査結果だが――」
「――いや、それどころじゃないよ」
「何かあった?」
「これを見てくれ、CBの裏切り者から提供されたガンダムと同タイプの動力機関と、それを搭載するMSの図面だ」
スクリーンに映し出されていたのは、ガンダムの背面についていたものと全く同じ円錐型の動力機関と「GNX-603T」という形式番号を有するMSの図面だった。そのデザインは現存するMSとも、そしてガンダムとも異なっていることに、3人は驚きを覚えた。
3人が図面を眺めていると、ビリーは壁面スクリーンに指を差しながら、言う。
「先に提供してきたのは30機。後に100機以上が提供してくれるらしい。だからこそ、あんな発表もできるのさ」
ビリーが指差した壁面スクリーンに映し出されていたのは、国連軍結成のニュースと、ハレヴィ夫妻とそのご息女がユニオン政府に逮捕されたニュースだった。それを眺めていると、3人の顔には政府と軍のやり方に対する不満を覗かせている。
グラハムにとって、新型たちと
これから行われるガンダム殲滅のうえで、世論は今のままの方が都合がよい、と政府と軍はそう考えているのかもしれない。
「ガンダム打倒の為に真実を捻じ曲げるとは、この国はどうなっているのでしょうか?」
「気に食わねえけど、これは俺たち軍人が関与できることではねえ……」
その真実はありのままに報道されるべきだ。このような筋の通らない行いはグラハム、ハワードとダリルにとって、納得できるものではない。
上のやり方には納得できないが、軍人としての役目を果たすつもりだ。
「因みに、提供された機体のパイロットはオーバーフラッグズ隊員から選ばれることになる。もちろん隊長は君だよ、グラハム」
「……断固辞退しよう。私はフラッグでガンダムを倒したい、これは私の執念だ」
「しかし隊長、フラッグの性能ではガンダムに――」
「――ハワード、ダリル。機体の性能差が、勝敗を分かつ絶対条件ではない。すでに覚悟を決めた身だ、今更引くつもりはないよ」
結局、ハワードとダリルを始め数人のフラッグファイターが転属となり、オーバーフラッグズ隊にはグラハムだけが残ることになった。
それからビリーはグラハムの要望により、裏切り者から提供されたGNドライヴとなる動力機関をフラッグに搭載する作業を開始するのだった。
イオリア、君の計画は大きく歪められている。人を信じたい君の理想は間違っていたよ。
人類は優れた支配者によって統治され、初めて恒久平和を実現することができる。216年前のあの日、私は君にそう忠告したのに、君は私の忠告を聞こうとはしなかった。実に残念だ。
いや、今更はどうでもいい。この世界はもうすぐ、終焉を迎えるから。
勝つのはこの世界の人類か、それとも終焉を齎す黒蛇か……精々私を楽しませてくれたまえ。
つづく