世界を越えし自由の翼   作:絢瀬 悠凪

29 / 50
第24話 完壁を為す蒼き一角獣(後)

 何処から撃ってきたビームによって中破された羽根つき――ガンダムキュリオスは何とか味方のガンダムと合流し、荒れ狂う黒蛇と交戦状態に入った。

 後に駆けつけてきたピーリス機のコックピットでは、ソーマ・ピーリスは黒い蛇と交戦している蒼き翼のガンダムを眺めつける。

 

 彼女は、そのガンダムから発した赤い光に目を奪われた。

 羽根つきのように全身を赤く光られたそれとは違い、装甲の隙間から漏れ出した赤い光。

 

『何だ……あの光は?』

 

 世界の秩序を守る軍人にとって、ガンダムは世界の安寧を乱す悪である。

 だが、蒼き翼のガンダムから発した赤い光を見ていると、何故か彼らを助けたくなった。

 

 ――あの機体は危険だ。ここで倒さなければ、この世界は滅亡してしまう。

 ふいに、言葉が走ったように聞こえた。

 

 ガンダムは敵……倒すべき敵だ!

 なのに今の私は、敵であるはずのガンダムを助けたいと思っている⁉

 

 ピーリスは、巨大な思念エネルギーが蒼き翼のガンダムを中心に広がっていくのを感じた。

 あの光から敵意や恐怖などを感じない。むしろ暖かくて、安心を感じる。途轍もない殺意と敵意を放っている存在は、むしろ黒い蛇の方だった。

 

『(私は超兵……私の敵は……ッ!)』

 

 そんな葛藤を繰り返しながら、ピーリスは操縦桿を強く握り締める。

 機体のGN粒子を温存し、消耗している隙に一網打尽にするのは合理的な選択だが、ガンダムを助けたいという感情が先立っていた。そんな感情に駆り立てられるまま、彼女は画面に表示された黒蛇に向かって機体を突進させながら、GNビームライフルを連射する。

 

『少尉、何をするつもりだ⁉』

 

 セルゲイの声が無線越しに弾けて、ピーリスがそれに返答する。

 

『ガンダムを援護します!』

『なんだと⁉』

 

 その返答に、セルゲイは驚愕を覚えた。

 ガンダムを敵だと認識している彼女が、何故このような行動を取ったのか?

 

 少尉は戦場に乱入し、分隊を壊滅させた黒い蛇を、ガンダムと共闘することで対処できると考えているのかもしれない。その行動はある意味正しい、ある意味間違っていた。でも、現場の指揮官である自分は、彼女の行動が正しいと考えている。

 何故ならセルゲイも、同じことを考えていたのだから。通信回線を開くと、後ろに追随しているハーワド機とダリル機に指示を出す。

 

『これより我が隊は、ガンダムと協力してアンノウンの対処にあたる。敵を間違えるなよ!』

『了解しました、中佐!』

『りょ……了解!』

 

 上官の命令に従うのが軍人の務めである。セルゲイの命令に、2人は異論を唱えなかった。

 一瞬の後、急加速した3機がキュリオスの隣を通過し、ピーリス機の軌道を追った。敵機が接近してきたことを察知するアレルヤはGNシールドを前面に突き出して身構えるが、敵機がこちらを無視したことに、アレルヤは疑問を感じていた。

 

「国連軍がどうして……?」

「向こうの指揮官が有能で助かったぜ……後ろから撃たれる心配はなくなったぁ!」

 

 黒蛇が対処されるまでの間、こちらが標的にされることはない。

 そう……敵同士でも、共通の敵が現れた時は協力して撃退せざるを得ないこともあるわけだ!

 

「おら、ちんたらやってんじゃねえ! 俺たちも行くぜ、相棒!」

 

 内にある相棒の声に従い、アレルヤは操縦桿を握り締め、キュリオスをの機体を加速させた。

 一方、ピーリス機の接近を察知した黒蛇が瞬時にターゲットを切り替え、ハンド・ビーム・ガンの銃口を向ける。

 

『クッ……化け物め!』

 

 むらと殺気が立ち昇り、黒蛇の掌から光条が噴出する。直前に回避行動を取ったものの、各部に損傷を受け、不均等に質量変動した機体は思うように動いてくれず、躱しきれないビームの光条がピーリス機の装甲を焼いた。 

 加えて、こちらの攻撃によって破壊された装甲が次々に自己修復されていく。このまま続けても埒が明かない状況は、ピーリスに苛立ちを覚えさせた。左手にGNビームサーベルを抜かせると、ピーリスは黒蛇に向けて機体を突進させた。

 

『――落ちろ!』

 

 ピーリスは操縦桿を引き、照準に捕捉した黒蛇にGNビームサーベルを振り下ろした。

 だが、スラスターを噴射した黒蛇が滑るような動きで斬撃を回避し、剥き出しの胸元から紫色の光沢を放つケーブル――触手らしきものを伸ばした。

 躱しようとしたが躱しきれず、触手らしきものによってコックピットハッチを斬り裂かれ、機体からコックピットが露出してしまった。衝撃がピーリス機のコックピットを揺らし、彼女に悲鳴を上げさせた。

 

『がぁぁ……っ⁉』

『少尉はやらせん!』

 

 ふと、セルゲイの声が無線を劈いた。ピーリスは思わず顔を上げ、左右を見回す。

 自機に迫ってくる触手が、セルゲイ機の粒子ビーム砲撃によって撃ち落とされていく。ピーリスはこの機に乗じて機体を後退させる――が、そこに黒蛇の腹部から放たれた閃光が迫る。

 だが、その一撃はピーリス機とセルゲイ機に命中する直前に、シールドを突き出したオレンジ色のガンダムによって防がれた。

 

『何故……ガンダムが⁉』

『被検体E-57、何故我々を助ける⁉』

「テメェを倒すのはこの俺だッ! こんな化け物にやられるのは、俺が許さねえ!」

 

 口はそう言っているが、彼女を助けた理由は他にあった。

 剥き出しになったコックピットから見えたパイロット、その顔は――成長したとはいえ、間違いなくマリー・パーファシーだったからだ。

 

「どうしてマリーが、こんな所にいるんだ……!」

 

 彼女の顔を目の当たりにしたアレルヤの口は、同じ言葉を繰り返している。

 しかし、それは愚問だった。彼女も超人機関の出身者で、戦う為に作り上げられた兵士だ。戦場にいることに何ら不思議はないのだ。

 でも、ソーマ・ピーリスがマリーだったなんてことは、アレルヤは考えたこともなかった。

 

「ハレルヤ……君はこのことを、知っていたのか⁉」

「教えたら、お前は戦えねえだろう……」

 

 ソーマ・ピーリスの正体がマリーであることを、ハレルヤはとうに知っていた。でも、この事実を敢えてアレルヤに知らせないことにした。それは自分が生きる為、アレルヤを殺さない為の最善の選択だったからだ。

 

「マリーが記憶を失い、ソーマ・ピーリスになったとしても、お前は彼女を守るのかい?」

 

 ハレルヤの問いかけに、アレルヤはしばらく沈黙したが、やがて決意の込めた声で答える。

 

「ああ、守るさ!」

 

 そう答えると、アレルヤの脳内に優しい少女の声が聞こえる。

 ――ありがとう……アレルヤ。

 

 同時に、ピーリスは自分の脳内に違和感を覚えたが、すぐに治まった。

 

「フッ、珍しく気が合うじゃねぇか……!」

 

 ハレルヤが操縦桿を握り直し、GNビームサーベルを構え直したキュリオスを突進させた。

 

 

 

 

 

 装甲を淡い銀色に、翼を蒼色に光らせたフリーダム。

 そして、紅蓮を纏ったアメイジングエクシア。

 

 残像が生じる程のスピードで飛行している2機は、虚空に蒼と赤の軌跡を描いていた。

 フリーダムのビームサーベルが振り下ろされ、受け止めたジュデッカのビームサーベルとの間にスパーク光を爆ぜさせる。漆黒の躯体を焼き尽くすような、鮮烈で激しい光だった。

 

 ジュデッカが後退すると、フリーダムも後方に飛び退り、同時に放たれた近接防御機関砲が細い火線を交差させた。続いてビームサーベルを抜き放つタイミングもまったく変わらず、2機が光刃を斬り結ばせる。

 しかし、異常の出力を持つ光刃を受け止めきれず、フリーダムの右肩部を光刃が掠める。溶けた装甲からガスの血を靡かせ、素早く身を捩ったフリーダムがジュデッカから離れると、それと入れ替わりでアメイジングエクシアとGNフラッグが斬りかかる。

 

「アメイジングエクシア……目標を駆逐するッ!」

『異形の者よ、この世界に君の居場所はないな!』

 

 もはや多く語るまい……今は、我が意中の相手と共闘しよう。

 我らの戦いを邪魔する者は、光る刃に斬られて地獄に落ちると思え!

 

 ジュデッカが牽制で放ってくる粒子ビームを躱し、アメイジングエクシアとGNフラッグが連携攻撃を仕掛けていく。サーベルで弾いたものの、体勢を崩した黒蛇がぐらりと揺らぐ。

 アメイジングエクシアとGNフラッグによる斬撃、直後に機体を移動させての防御、GNソードとGNビームサーベルの攻撃を辛うじて受け流しているが、反撃には至っていない。

 

 敵の動きが完全に封じされている。

 流石は我が好敵手――ガンダムだ!

 

 アメイジングエクシアの存在は、グラハムにとって勝利を確信する一助けになっていた。

 それは「信頼」と呼ぶべきもの……そう、今の私と少年は、互いに命を預け合っているのだ!

 

 接近する2機の行動を予測し、4本の腕からビームサーベルを伸ばしたジュデッカが、計4本の光刃を閃かせて闇を裂く。3機の間でスパーク光が連続し、一進一退の剣戟を繰り返す三つの機影が目まぐるしく虚空を駆ける。

 ジュデッカがアメイジングエクシアとGNフラッグに気を取られている隙に、フィーアとキュリオスが斬りかかり、フリーダムとアストレアF2、そして3機のスローネが、各自の火器を向けていた。一瞬の後、この場に駆けつけてきた4機のジンクスがライフルを撃ち、それを合図に全機がジュデッカに集中砲火を浴びせる。

 

『――砲撃が来るぞ、少年!』

「分かっている!」

 

 4機が後退り、前方からフリーダムのフルバーストが閃光の嵐を浴びせかけ、左からアストレアF2がGNランチャーの炎の舌を吐きつけ、右と背後から3機のスローネ、4機のジンクスが粒子ビームの火線を立て続けに連射する。視界を灼き尽くすかのような爆発光が連鎖し、集中攻撃の的となったジュデッカの巨体は、拡散する爆煙に包み込まれた。

 

『触手が来るぞ、ハワード!』

『迎撃する!』

 

 だが、次の瞬間、十数本の触手らしきものが爆煙を突き抜け、敵と認識している全てを排除する為に躍り出た。迫りくる触手に、私はフリーダムの両手に持ったビームサーベルを振り回して斬り払いながら、接近する機会を伺う。

 一方、近接戦闘が得意の刹那とグラハムは何とか対処しているが、長時間の戦闘で疲弊しているせいで反応に遅れてしまい、触手に掠められた機体の装甲が少しずつ削り取られていく。

 

『ハワード! ダリル!』

 

 鞭のように振るわれた触手をサーベルで斬り払いながら、グラハムはハワードとダリルの乗機に目を向ける。信じられない光景だった。触手に貫かれそうになった2機を、ビームシールドを展開したフリーダムが身を挺して庇ったのだ。

 

『我が戦友を助けるとは……また君に借りができてしまったな、鋼の天使よ』

 

 状況は状況だが、わざわざ敵の命を助けるとは、グラハムは思いもしなかった。

 それだけじゃない……粒子を放出する動力機関――GNドライヴを搭載していないにも拘らず、今までのガンダムを圧倒する程の性能を有していた。そして度重なる意味深な行動と、装甲の隙間から漏れ出している赤い光……その全てがミステリアスに包まれてるのだ!

 

 もし先に出会っていたら、私の心を射止めたのは君だったかもしれないな、鋼の天使よ!

 

 

 

 

 

 こちらの意図を理解した国連軍のセルゲイ・スミルノフ中佐が、我々を援護してくれた。

 

「援護を感謝します、セルゲイ・スミルノフ中佐」

『礼は不要だ。あの化け物を倒した後、改めて貴様らの罪を問うことになる』

 

 指揮官がこの男であることは、不幸中の幸いだった。お陰で三つ巴にならずに済んだ。

 だが、全体的な状況は決して良くなく、戦況は悪化していく一方だった。迫りくる触手をビームサーベルで斬り払いながら、私は苛立ちを含んだ声で呟いた。

 

「爆発四散した状態から再生できるとは想定外だったが、アウルゲルミルみたいに触手で攻撃してくるなんて聞いてないぞ……⁉」

 

 ヴァーチェはGNフィールドで防ごうとしたが、フィールドごと機体を貫かれてしまった。

 幸いティエリアは無事だったが、ダルマにされたヴァーチェはもう戦えない。

 

 この触手は、GNソードと同様に実体剣とビームサーベルの特性が兼ね備わっていた。

 そして、本来のジュデッカにはなかった武器でもある……厄介だな。

 

 一方、隼人は詰寄る触手に手こずっていた。そこに、ジュデッカは戦域から遠ざかっていく3機のスローネに目掛けて腹部のビーム砲を発射した。粒子残量が危険域に達していた3機は応戦する力はなく、このままでは撃破されるだけだ。

 

 隼人は急転進して3機のスローネの元へ向かった。だが、無軌道に迫ってくる触手によってGNバスターソードの分厚い剣身が二つに割れた。剣身ごと両断されたフィーアの右手首が視界の片隅を飛ぶ。でも、今の隼人にはそんなことを構う余裕はなかった。

 

「させるかよ、この化け物めがぁ!」

 

 せっかくここまで来れたんだ、ここでネーナたちを死なせてたまるものか!

 俺は転生者――この世界に存在しないはずの者だ。しかも俺の前世は「親友殺し」という重罪を犯した死刑囚なんだ。MDというドンでもないAIをこの世界に公開したのも俺のせいだ。責任は取るって悠凪と約束したんだけど、それは果たせそうにない。

 だけどせめて、ネーナたちの為に、この命を使う。あとは、あのお人好しに任せるとするか。

 来世はまともな奴になって、美玖ちゃんみたいな超絶美少女と付き合いたい――。

 

「(結局俺は、またお前を裏切ってしまったな)」

「まさか……自分の身体を盾にするのか⁉」

 

 両手をいっぱいに開き、3機のスローネを庇うように機体を拡げたフィーアが、高出力ビームの直撃をその身で受け止めた。瞬時に下半身を蒸散させ、上半身だけになった機体がつかのま虚空を漂うと、膨れ上がった爆発の光輪がフィーアの痕跡を残らず消し去っていった。

 

「……隼人⁉」

「おい、嘘だろ⁉」

「隼人さん……いや、いやぁぁぁーっ!」

 

 拡大する爆発光に、兄妹たちの叫び声が重なる。

 同時にリベル・アークでは、スローネフィーアのシグナルが消失したことを、指令室にいる全員がモニター越しに観測した。ずっとモニターを眺めている王留美は、彼の名前を叫ぶ。

 

「――ミスター・カザマ!」

 

 19歳という若さでCBの監視者に就任した青年。チームトリニティを纏める人物で、兄妹たちの信頼が厚い人柄である。不本意だったとはいえ、MDがコーナー大使の手に渡ってしまったことを罪と意識している。言葉遣いが少々荒いが、根は優しい人だった。

 殺されそうになった自分に救いの手を差し伸べてくれたこともあった。背中を押してくれたこともあった。彼とは決して親しい関係ではなかったが、暗殺事件以降、妙に意識してしまったことがある。ただ、それだけの関係だった。

 

 しかし、どうしてなんだろう。

 どうして、この目から溢れてくる涙は止まらないのだろう。

 

「お嬢様、これをお使いください」

 

 彼女の傍にいる紅龍がハンカチを差し出し、それを受け取った王留美が目元に溢れた涙を掬う。

 王留美が誰かの為に涙を流すことは、一度もなかった。紅龍は思う、留美は風間隼人に何らかの特別な感情を抱いているのではないか?

 

「王留美さん……」

「すいません、鳳凰院さん。このままいさせてもらえないでしょうか」

「ええ、構いませんよ」

 

 悲しみに顔を曇らせた美玖が王留美の手を掴むと、その「熱」を感じ取った王留美がそっと美玖に身体を寄せる。だが、悪化している戦況が、彼女に悲しむ時間を与えるはずもなく、新たな悪い知らせが届いた。

 

「スローネ、GN粒子残量が残り5%未満!」

「スメラギさん、キュリオスが大破されました!」

 

 虚空を舞う触手によって左腕を切断され、キュリオスの戦闘能力が完全に奪われてしまった。

 粒子残量が残り僅かの3機のスローネをデュナメスが援護し、大破したキュリオスとヴァーチェを連れて戦闘宙域から離脱していった。

 

「アレルヤ、生きているか?」

「ああ、生きているぜ……スナイパーさんよ」

 

 ロックオンの問いかけに、表に出たハレルヤは弱々しい声で答える。

 全機が資源衛星群の外側へ移動した後、ロックオンはデュナメスを資源衛星群へ引き返させた。

 

「ロックオン⁉」

「刹那と悠凪が心配だ……それにデュナメスの損傷はそこまで激しくない。まだ戦える!」

 

 ヴァーチェを庇った時、紫色の触手によって左側のGNフルシールドを斬り裂かれたが、戦闘に支障をきたす程の損傷ではなかった。GNスナイパーライフルはまだ使えるので、刹那たちの援護も可能だろう。そう思ったロックオンはデュナメスを資源衛星群の方へ引き返していった。

 遠ざかっていくデュナメスの機影を、ティエリアは見守ることしかできなかった。ロックオン・ストラトスの技量は確かだが、戦う相手が常識を超えた化け物だ。無事の保証はない。

 

 デュナメスの背中を見つめながら、ティエリアは心から祈った。

 どうか無事に帰ってきて、と。

 

 

 

 

 

 黒き地獄との激戦は、未だに続いている。

 スクリーン越しにフリーダムを眺めつけながら、刹那・F・セイエイは疑問を口にする。

 

「フリーダムから発した光がさっきより強くなっている……どういうことだ?」

 

 装甲の隙間から赤い燐光を漏らしたフリーダムが、両翼から伸ばしたビーム砲を撃ち放つ。回避した黒蛇がスラスターを噴かし、ボロボロになった機体をひらりと翻す。瞬く間に、互いにビームサーベルを発振させた2機が、高速で移動しつつ激しい剣戟を繰り返していた。

 

「速い! 誤射の恐れがある……!」

 

 刹那はGNソードライフルの照準を黒蛇に絞る――が、援護射撃をする間を与えずに、殆ど一体となった二つの光点が衝突を繰り返す。この状況でむやみに撃てば、フリーダムに当たってしまう恐れがある――と思った瞬間、フリーダムからの通信が入ってきた。

 

「刹那……ライフルの照準をフリーダムに絞ってください」

「なっ、何をする気だ⁉」

 

 聞き返すより先に心臓が跳ね、刹那は絶句した顔をフリーダムに向けた。

 いや……この男のことだ。何を考えているに違いない。

 

「――了解した!」

 

 それを頷いた刹那は、エクシアをフリーダムの斜め後方に定位させ、ライフルのチャージを開始させる。その意図を理解したアストレアF2と4機のジンクスも、同じ行動を取っていた。

 

 振るわれた光刃をビームシールドで受け流すと、悠凪は感応波で機体を駆り、ジュデッカの死角にフリーダムを滑り込ませた。スクリーンとシンクロした目を凝らし、その巨体に目掛けて二刀流上位ソードスキル「スターバースト・ストリーム」を叩き込む。

 

 立て続けの斬撃を叩き込まれた機体を仰け反らせ、ジュデッカが身悶えするように頭部を上方に向ける。反撃しようとするも動作が間に合わず、フリーダムの攻勢に押される一方だった。

 手速く16連撃を叩き込むと、両脚のビームブレイドを発振させたフリーダムがジュデッカの腹に目掛けて右脚を蹴り上げる。その反動を利用して後退り、悠凪は刹那に射撃の指示を出す。

 

「今です!」

「狙い撃つ!」

 

 6機の銃口から粒子ビームが迸り、フリーダムが射線から退避する。

 一直線に飛ぶ六つの光条がジュデッカの機体に着弾の炎を上げ、両翼を大きく広げたフリーダムが2本のビームサーベルの柄を連結させ、両手で構える。

 

「星をも動かしたサイコ・フレームよ……」

 

 数十億単位の人間の意思を取り込み、星をも動かした光。

 サイコ・フレームという物質がそれを為したのなら、そこには神秘が介在する余地はない。奇跡もまた人の為せる業であるという単純な事実があるのみだと、悠凪は思う。

 

 サイコ・フレームから発した光は、とても美しかった。この場に集められた人々の意思、人肌の温もりを伝える柔らかさがあった。宇宙のような苛酷な環境で、遠く離れていた他人同士の感性が触れ合い、共振をする。

 

 そして、そこに敵味方は関係ない。宇宙の広さに分け隔てられてしまった心が、広大なスペースを埋め合わせようとするかのように……これが、イオリア・シュヘンベルグが夢見た「人の革新」の形の一つだったかもしれない。

 

 そう……この光は、私自身だけが生み出しているものではない。

 マイスターたちも、国連軍の兵士たちも、仲間の為に身を挺した隼人も、この中にいる!

 

 サイコ・フレームに集められた思念が機体を駆動させ、フリーダムが巨大ビームサーベルを振り上げながらジュデッカに突進した。グラハムのGNフラッグの後退を確認すると、瞳孔が拡大した悠凪は、その光刃を突き出した。

 

「――我が力となりて、人類の敵を討ち滅ぼせ!」

 

 爆発的な閃光がフリーダムから迸り、ジュデッカを刺し貫いたビーム刃を膨脹させる。限界値を無視した出力で発振された巨大ビームサーベルは、その切っ先を数百メートルも伸ばした後、片方の柄を溶解させながら消失した。溶解した柄をパージし、まだ使える柄を左手に持たせる。

 

 殆ど消し飛ぶように弾けたジュデッカが、千々に引き裂けた破片を虚空に放散させ、星々の隙間にその無残な姿を溶け込ませていった――が、次の瞬間、ジュデッカの機体から禍々しい紫色の光が滲み出していた。

 

「バカな……これでも倒せないのか⁉」

「諦めるのはまだ早いんだぜ、フリーダムさんよぉ!」

 

 励声を相乗させたフォンが、ワイヤーで繋がれた棘付き鎖鉄球――GNハンマーを取り出す。

 悠凪もリアアーマーにマウントしていたビームライフルを構える。そして鉄球が振り投げられたと同時に、銃口から迸り出たビームが一直線の軌道を描き、ジュデッカに急迫する――が、ビームの熱線がジュデッカの機体と接触した瞬間に霧散し、GNハンマーの構造が崩壊してしまった。

 

「なん……だと……⁉」

「攻撃が来ます。回避して!」

 

 驚く間もなく、紫色の光が消え去り、復活したジュデッカがスラスター光を爆発させる。巨体に似つかわしくない加速性能を示し、それはアストレアF2の面前に迫って4本のビームサーベルを振り上げた。

 

「フォン・スパーク!」

 

 と呼びかける間もなく、ジュデッカが4本のビームサーベルを交差させ、アストレアF2の四肢を溶断していた。一瞬の後、赤色のガンダムから盛大な爆発が起こる。GN粒子を含んだ爆煙が、アストレアF2を覆い隠した。

 

「戦闘続行は不可能……フォンの安全を第一に考慮し、撤退行動を開始します」

 

 ハナヨが報告を上げると、負傷したフォンが「ちっ」と舌打ちをする。

 これはハナヨに対する不満ではなく、突如の状況に対応できなかった自分への怒りである。

 

 大破したアストレアF2が煙に紛れて撤退し、同時に虚空を走る一条の粒子ビームが悠凪の網膜を刺激した。すんでのところで回避したジュデッカを追い、さらに二方向から飛来した粒子ビームの光軸が錯綜すると『刹那、悠凪! 大丈夫か⁉』と通信から聞こえる声が鼓膜を震わせる。

 

「ロックオン・ストラトス……!」

「デュナメスか」

 

 瞬いた目に光を映し、後方から接近するモスグリーンの機体――ガンダムデュナメスを捉える。

 

『全機、踏み込め!』

 

 中年男性の声が無線を劈き、悠凪と刹那は反射的に上昇の挙動を取った。飛び退ったフリーダムとエクシアの間を、ジュデッカが撃ち放ったビームが行き過ぎ、続いて駆けつけてきた4機のジンクスがすり抜けていった。彼らの行動を目の当たりにしたロックオンが、思わず声を漏らした。

 

「国連軍の機体も……!」

 

 鮮やかに散開し、ジュデッカを挟んでGN粒子の軌跡を伸ばした4機のジンクスが粒子ビームの十字火線を交錯させる。躱したジュデッカの軌道を読み、先回りしたGNフラッグが、手に持ったGNビームサーベルを一閃させ、デュナメスがGNスナイパーライフルを連射する。

 

 装甲の隙間から赤い光が滲み出したフリーダムが前進し、その輝きに心を打たれた刹那は本能に衝き動かされるままフリーダムとの距離を詰めた。蒼と赤の軌跡が交差し、すれ違いざまの斬撃をジュデッカに繰り出す――が、致命傷ではなかった。

 

『少年!』

 

 グラハムの叫び声が無線を劈き、高速で飛びかかってきたGNフラッグがGNビームサーベルを振り被り、ジュデッカの4本の腕を一気に切断していた。このまま一気に畳みかける――と操縦桿を動かそうとする瞬間、禍々しいオーラ光がジュデッカを核にして膨脹し、自機を取り囲む機体に浴びせていった。

 

『き、機体の装甲が……⁉』

「クッ……トランザムブースターが!」

「非常識すぎんだろ、この化け物は!」

 

 得体の知れない「力」に打ち据えられた機体の装甲が徐々に崩壊していく。だが、赤色の力場に包み込まれたフリーダムには一切のダメージを与えられなかった。コックピットを満たす赤い光がさらに輝きを増し、フリーダムはビームサーベルを振り出しつつジュデッカに突進した。

 

 ――たとえ勝ち目がなくても、戦わなくてはならないときがあるんだ!

 

 思惟の力で飛ぶ機体がサイコ・フレームを白熱させ、激突する光と闇が一際大きな火花を虚空に散らした。GNソードとトランザムブースターを損失した刹那は、スクリーン越しにそれを見守ることしかできなかった。

 だが、心に秘めた思いが、すでにフリーダムのサイコ・フレームによって受け止められていた。

 

 

 

 

 

 奇跡はいつだって、代償を必要とする。

 アクシズの片割れを押し返したサイコ・フィールドを発生させ、人の心の光を世界に示した代償として、アムロ・レイとシャア・アズナブルの魂がサイコ・フレームに吸い込まれ、宇宙の深遠を永遠に彷徨うことになってしまった。

 

 多重のサイコ・フィールドを展開し、コロニーレーザーの照射からメガラニカを守り切った代償として、完成されたニュータイプという「境地」に至ったバナージ・リンクスの思惟がユニコーンガンダムと同化されて「ユニコーンガンダム」という新たな生命体になってしまった。

 

 その超常的な力を行使している悠凪も、彼らと同じ結末に辿るのか?

 

 ――そんなのは嫌です!

 スクリーンを見つめながら、愛する人を喪いたくない栗髪の少女は、心から祈った。

 

「(誰でもいいから、悠凪くんを……みんなを助けて!)」

 

 一瞬の後、クリスとフェルトが報告をあげる。

 

「戦闘宙域に接近する物体が……早すぎます⁉」

「ひ、光に近い速さです……!」

 

 2人の報告を受けたスメラギがスクリーンを見上げると、ジュデッカが2枚のシールドによって突き飛ばされた瞬間を目撃してしまった。資源衛星の表面に衝突した黒蛇が、金縛りにあったかのように硬直し、青い燐光を放つ白亜の機影が、少女の「たった一つの望み」を叶えるべく、戦場に降臨した。

 

「あれは、ガンダム⁉」

「綺麗……!」

 

 クリスとフェルトが驚きの声をあげ、栗髪の少女――鳳凰院美玖がぎょっと目を見開いた。

 直線と平面を多用した装甲を纏い、洗練され尽くした工業製品は芸術品になり得る事を証明する優美かつ複雑なフォルムを持つ白亜のマシーン。

 伝説の獣の名を冠され、宇宙世紀を揺るがす秘密を内に秘めたガンダム。その名は――。

 

「ユニコーン……ガンダム」

 

 美玖は譫言のように呟いていた。

 王留美とスメラギが揃って振り向き、怪訝な顔を見せたが、取り繕う神経も働かなかった。戦場に降り立った純白の機影を追い、美玖は大型スクリーンを凝視し続けた。

 

 

 

 

 

 増設サイコ・フレーム兵装であるアームド・アーマーを全部載せたこの形態は、プランB。

 いや、よく見ると、アームド・アーマーDEには尻尾のような姿勢制御スタビライザーが付いている……この形態はプランBではなく、ペルフェクティビリティだ。

 

 静止したユニコーンガンダムが右手を振りかざし、それに応じた2枚のシールドが背中のハードポイントにドッキングした。

 

「互いにサイコ・フレームを搭載した機体に乗っていたのが、幸いしたな」

「君は誰だ……誰なんだ⁉」

 

 ふいに、サイコ・フレームを通して、ユニコーンガンダムの乗り手の意識が流れてきた。

 

「手を貸す、黒き地獄を消滅させる為に」

「……ッ⁉」

 

 驚くことに、ユニコーンガンダムのパイロットは、バナージ・リンクスではなかった。

 しかもジュデッカのことを知っている。私と同じ転生者か、それとも……いや、今はそんなことを考える場合じゃない、ジュデッカを倒すことが先だ。

 

 その正体は一旦棚上げにし、フリーダムはユニコーンとの距離を詰める。

 一瞬の後、両機のサイコ・フレームが共鳴し合え、星を動かすようなサイコ・フィールドが形成され、フリーダムから発した燐光が赤色から青色に移り変わる。

 

 サイコ・フレームの共鳴。これが人の想いによって生じるものなら……!

 悠凪は目を閉じ、迸る「気」を機体に送り込んだ。総毛立った全身がフリーダムガンダムと一体になり、インテンション・オートマチック・システムを通し、機体の隅々にまで通った神経が真空の冷たさをも体感させる。

 

「まだ動けるのか……ならば!」

 

 敵機の殺意を拾ったシステムがサイコ・フレームを駆動させ、飛来するビームを紙一重で躱したフリーダムが右腕に持ったビームライフルを突き出す。悠凪の指がトリガーを引き、銃口が灼熱の光線を吐き出す。同時にユニコーンガンダムが、右腕のアームド・アーマーBSを一射した。

 同時に放たれたビームが一直線の軌道を描く。それは融合し、巨大なエネルギーの奔流となってジュデッカを光の渦の中に呑み下した。

 

 だが、下半身を吹き飛ばされたそれが、なおも這い上がってくる。

 溶け崩れた上半身が蠢き、原型すら留めていない機体を推進させたが、それはもはやスラスターの光ではなかった。黒と紫が混じり合ったオーラ光が滲み出し、物の怪の如きシルエットを浮かび上がらせる。死してなお生きているそれが、まるでSF映画に登場するゾンビのようだった。

 

 だが、その進撃はもはやここまでだ。

 

「亡霊は――」

「虚空の彼方へ消え去れッ!」

 

 乗り手の声に押し出され、ユニコーンとフリーダムが前進する。

 フリーダムが牽制のビームライフルを撃ち、ユニコーンがハイパー・ビーム・ジャベリンを振り出しつつジュデッカに突進した。白熱化したサイコ・フレームが纏わりつく闇を瞬時に蒸散させ、横一閃に振るった槍の切っ先がジュデッカの胴体を斬り裂いた。

 

「フルバーストモード!」

 

 続けざまにフリーダムがフルバーストを撃ち、フラッシュエッジを投げつけた。立て続けの攻撃を受け止めた機体をぶるりと震わせ、ジュデッカが苦痛に身悶えするように後退る――が、そこにユニコーンが背中のシールドを飛ばした。

 

「ここはアームド・アーマーDEで……!」

 

 虚空に躍り出し、するりと機体の傍らに移動した2枚のシールドが先端に備わるメガ・キャノンを照射する。1発が頭部を、1発が胸部装甲を貫通し、その機体に創傷をつけた。

 無残な機体に急制動をかけ、剥き出しの胸元から触手を伸ばしたジュデッカが、スラスター光を爆発させる。常識を覆す程の性能を示し、それはフリーダムの背後に回って攻撃を仕掛けた。

 

「後ろだ!」

「――回り込まれた⁉」

 

 悠凪は反射的に手を伸ばし、片腕のシルエットを掴み取ろうとした。合わせて動いたフリーダムの右腕が持ち上がり、開いた五指から七色の波動を放出する。振り向きざまに放った波動を浴びたジュデッカが金縛りにあったかのように硬直し、身動きが取れなくなった。

 

「動きが止まった」

「ヴァイブロ・ネイル、アクティブ!」

 

 畳み掛けるようにユニコーンが左腕に固定されたアームド・アーマーVNを構え、先端から伸ばした4本のクローを振動させながら、ジュデッカの懐に飛び込んだ。

 獅子の牙を模したそれが、黒蛇の身体を噛み砕く。胸元から露出した容器をマニピュレーターで鷲掴むと、内側から発した虹色の波動が虚空に波紋を拡げていった。一瞬の後、ジュデッカの機体を始め、宇宙に散乱している尻尾や腕の残骸が相次いで内側から瓦解し、灰塵となって宇宙の海へ消えていった。

 

「あの光は……ソフトチェストタッチ⁉」

 

 敵意や殺意などの負のエネルギー思念が、ユニコーンガンダムから放たれた「熱」によって浄化され、それに連動してジュデッカも浄化されるように崩壊し、灰塵となった。その散り様を間近で目撃した私は、思わず感嘆の声を漏らした。

 

 手に持ったサーベルの柄を腰のラックに収めると、コックピットを満たす青い輝きがゆっくりと引いていき、私は気を吐き出し切った身体をシートに沈み込ませた。

 肩で息をしつつ、こわ張った掌に視線を落とす。疲弊を訴える腕も、長時間の戦闘でジンジンと痺れる骨身も、間違いなくこの意識と共にある。私が握り締めた掌の感触を確かめる一方、白亜の機体――ユニコーンガンダムからの通信が入ってきた。

 

「俺は、ユウ・シラカワ(白河悠)。君の名を聞かせてもらえないか?」

「――私は悠凪……絢瀬悠凪だ」

「ユウナギ・アヤセか。その名、覚えておこう」

 

 サウンドオンリーである為、顔を拝めることはできなかったが、冷静沈着な声だった。

 互いに名前を名乗ると、ユニコーンガンダムが肉眼では捕捉できない程のスピードでこの宙域を飛び去っていった。青白いスラスター光の軌跡を眺めつけると、その声が再び脳内に響いた。

 

 ――俺たちはいずれ再会する。それは明日かもしれない、10年後かもしれない。

 

 再会する……だと?

 

 ――だが、急ぐ必要はないんだ。俺たちには……十分時間がある。

 

 この言葉は、心に留めておこう。

 と思ったその瞬間、ユウ・シラカワは感応波を通して「ある事」を私に伝えてきた。

 

 ――君の仲間……緋色のガンダムの乗り手は、まだ生きている。

 

 緋色のガンダムは2機いる。それはミハイルのツヴァイと隼人のフィーアだ。

 そして、スローネフィーアはジュデッカとの戦いで撃破された。これらを全て纏めると「隼人は機体の爆発で宇宙空間に投げ出されたが、まだ生きている」ということになる。

 

 限られた時間の中で、広大な宇宙空間に投げ出された人を探し出すなんて、普通なら正気の沙汰とは思えないだろう。だが、宇宙世紀の歴史の中には先例がある。シーブック・アノーはF91のバイオ・センサーを通し、宇宙に投げ出されたセシリーを見つけることに成功している。

 人間の脳波も電気信号の一種だ。それに反応するサイコ・フレームがフリーダムには搭載されている。きっと上手く行けるはずだ。

 

 だが、これだけ大規模な戦闘が行われた以上、国連軍は援軍を派遣しているかもしれない。隼人を捜索する前に、刹那たちをリベル・アークに退避させる必要がある。そう考えると、私は操縦桿を握り締め、刹那たちと合流すべくフリーダムを資源衛星群の外へ移動させるのだった。

 

 

 

 

 

 隼人が気づいた時には、すでに彼の身体は爆散した機体から投げ出されていた。

 爆発の炎と衝撃に打ち据えた身体が激痛を訴え、バイザーの下半分が真っ赤に染められた。

 その赤い染みを見つめながら、隼人は目を細めた。薄い笑みが、その顔には浮かんでいる。

 

 暗闇の宇宙空間で、たった一人で死を待つ。

 それは、親友を裏切った犯罪者に最も相応しい死に方だ。

 

 瀕死状態の隼人は、自分の人生を振り返る。

 親から否定され続けた環境の中で育ってきた自分は、周りから認められたかった。

 だから、がむしゃらに頑張って出世しようとした。いままで散々バカにしてきた親に息子である自分の価値を認めさせる為に。だが、あと一歩のところで、親友である悠凪に道を阻まれた。

 

 お前まで、俺を否定するのか⁉

 自分のことを思って指摘してくれたのに、それをアドバイスとして受け止められずにいた。

 否定された怒りに突き動かされたまま「親友殺し」という凶行を犯し、死刑を処せられた。

 

 転生の女神――カレンに新たな人生を与えられたのはいいが、まだやらかしてしまった。

 CBを自分に注目させる方法は、他にもあったかもしれない。だが、自分はMDシステムというドンでもないものを公開・販売する方法を選んだ。

 

 不本意だったとはいえ、あのクソ大使の計画に協力してしまった結果となった。

 バックドアを設置したり、アンチMDウィルスを用意したりもしたが、後に対策されるだろう。

 

 リボンズがMDシステムをどう使うつもりなのかも分からない。

 反政府組織(カタロン)の粛清……奴ならやりかねないな。

 

 時は戻らない。過去は変えられない。故に犯した過ちは正せない。

 取り戻したくても、手に入らないものはあるのだ。

 

「ん……光が、近づいている?」

 

 ふと、視界の端に宇宙空間を流れる一筋の軌跡を見た。

 あれは青白いスラスターの噴射光。隼人はゆっくりとそちらに目を向けた。

 朦朧な視界の中で、辛うじてその機体が見えたような気がする。

 

 蒼き翼を持つ機体――フリーダムガンダム。

 

 見殺しにする選択肢は、悠凪にはあったはず。

 それなのに、彼は二度も裏切った相手を助けることを選んだ。

 

「お前は……昔から変わらないな……お人好しの所が……」

 

 自分のことを思っている友が、すぐ傍にいるのに、自分は彼に酷い仕打ちをした。

 今までの行いを振り返ると、己の愚かしさに嫌気を差した隼人は、涙を零した。

 

 

 

 

 

 ユニコーンガンダム……ユウ・シラカワの介入は予想していた。

 だが、当初の仕様になかった性能を発揮しているジュデッカは、エンブリヲの興味を引いた。

 

 平行世界の狭間――実空間を構成している要素の最小単位を0として位置つけたとき、マイナスのエネルギーでのみ構成された無限の広さを持つ空間である。

 時空の狭間とも呼ばれるこの特別な空間を、前文明の科学者たちは「とある名前」をつけた。

 

 量子の海、またはディラックの海。 

 

 そんな無限の広さと深さを持つ量子の海には、数多の平行世界が存在している。

 これらの世界は大きく3種類に分かれる。

 

 虚数の樹に属さない独立の世界と、虚数の樹から生まれた世界。

 そして虚数の樹によって剪定され、量子の海へ零れ落ちた世界――世界の泡。

 

 虚数の樹は量子の海の深層部に存在する特別な場所で、独立の世界とは違う法則が働いている。

 ジュデッカが行使した力は、虚数の樹から観測された世界にしか出現しないものだった。

 

 エンブリヲはこう考えていた。

 もしかして、あの超エネルギーは、木の外の世界に漏れ出しているのか?

 

「フフフッ……素晴らしい……素晴らしいぞ! フハハハハハッ!」

 

 世界の破滅を招きかねない力と知りながらも、エンブリヲは狂喜のあまりに高笑いを上げる。

 その力を手に入れば、既存の世界を作り直す手段が一つ増えるのだから。

 

「ソドムを燃やす天火よ……」

「なに⁉」

 

 突如、高みの見物をしている金髪の紳士――エンブリヲに襲いかかる者が現れた。

 後ろに振り向くエンブリヲが目の当たりにしたのは、炎で形作った両手剣と、それを両手で持ち構える金髪の少女。互いの視線が合ったその瞬間、炎の刃はすでに脳天の間近に迫っていた。

 

「――悪しき調律者に聖なる裁きを!」

「この武器はもしや、前文明の民が作った……うあぁぁぁっ!」

 

 切っ先に脳天を叩きつけられ、灼熱の炎に呑み込まれたエンブリヲが断末魔の叫びをあげながら四肢を散らし、高熱によって炭化したヒステリカと共に身体を逆光の中に霧散させていった。

 あったものがなくなるというだけの消滅――それを見届けた少女は剣を片手に提げ、サラサラの金髪をもう片方の手で払うと、遠い場所にある蒼き翼の機影に視線を向ける。

 

「仇を恩で報いる……それが貴方の選択ですか、絢瀬悠凪」

 

 その機影を見つめながら、少女は小さく微笑んだ。

 時空の狭間――量子の海の特性を理解しているだけでなく、平行世界を彷徨う黒き地獄をも打ち倒して見せた。何より少女の心をくすぐられるのは、憎むべき相手に手を差し伸べた行動だった。

 

「(今まで出会った転生者の中で、貴方は一番素敵です)」

 

 と、少女は心からそう呟いた。

 ふいに、不安の水位が上昇し、悪意とも言える寒気が指先まで行き渡っていく。

 

「全く……随分と乱暴な挨拶だな、カレン」

「エンブリヲ……!」

 

 声が聞こえる方へ振り向くと、復活したエンブリヲとヒステリカはそこにいた。

 変な髪型でニヤニヤしてて、常に斜に構えてる不遜な態度がカレンの神経を苛立たせ、落着きを失わせた。何よりカレンの勘に触るのは、自分の身体を舐め回すかのような下品な視線だった。

 

「君の怒ってる表情も素敵だ。ところで、私の妻になる気はあるか?」

 

 露骨に不快な表情を表しているカレンに、エンブリヲは唐突なプロポーズをしてきた。

 

「貴方の妻になるなんて、真っ平御免ですわ!」

 

 この男に何度プロポーズされても、その返事は変わることはない。

 

「厳しいな、カレン。君と私が結ばれる事で、前文明の民の魂も慰められよう」

「戯言を……前文明の民を皆殺しにしたくせに!」

「君の『創造の力』を持ってすれば、彼らを生き返らせることも簡単だろう」

 

 エンブリヲは何も分かってない……消滅した魂の再生はほぼ不可能なことよ。

 たとえ再生できたとしても、失われた記憶は戻れない。同じ姿を持った別人になるだけ。

 

「宇宙を創造することは、生命を創造することを意味する。その力を行使する君は、新世界の母に相応しいよ。さあ……今こそ私の求婚を受け入れてくれ、カレン」

 

 何の想いもこもっていない言葉。それはエンブリヲの薄っぺらな本性を表している。

 呆れたかのように息を吐きつつ、カレンは手に持った両手剣を振り上げる。

 

「――頭に来ました」

 

 エデンを守る炎の剣、ソドムを燃やす天火……。

 数え切れない程の戦いで、その威光を描いた「神の鍵」の模造品とはいえ、この外道を葬り去るには十分すぎる威力を持っている。

 カレンはありったけの「気」を両手剣に送り込んだ。灼熱な炎が切っ先から迸り、ヒステリカの機体を丸ごと飲み下した火焔を膨脹させ、無限に拡大する火光が虚空を漂う岩石を溶解させた。

 

 炎の余光が消え去ると、カレンは警戒するように周囲を見渡す――が、エンブリヲとヒステリカの姿は何処にもなかった。復活する気配もない。

 

 気を落ち着かせると、カレンはクロスゲートに飛び込む直前のフリーダムを眺めつける。

 

「(彼に新たな力を与える必要がありますね……)」

 

 意中の転生者に期待をかけながら、カレンは心からそう呟いた。

 

 つづく




 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 ガンダム00ファーストシーズン編は、これにて完結です。
 次回はヴェーダのメインターミナルを回収し、金色ラブリッチェとガンダムビルドファイターズをクロスオーバーさせた「融合世界」に行きます。

 投稿ペースは可能な限り二週間に1度としたいですが、リメイク前の作品を参考にリニューアルした結果、内容が倍以上になり、校正や推敲にどうしても時間がかかってしまいます。今後も遅くなるかもしれませんが、次話の投稿をお待ちいただけると幸いです。



 今回は、物語の鍵となる人物が3人登場しました。

 女神、カレン。

 一角獣の騎士、ユウ・シラカワ。

 時の調律者、エンブリヲ。

 その中に、カレンがエンブリヲと交戦している場面で使った力は、物語の世界観の設定に大きく関わるものです。彼女が第二章で再登場する際には、この力と、物語の最初に使った「創造の力」を含めて、一部の世界観の設定について解説しますので、ご期待ください。

 エンブリヲは数多の平行世界を行き渡り、多方面にちょっかいを出しています。
 リメイク前のエクストラエピソードでは名前しか出てきませんでしたが、今作では第二章にでも顔見せ程度で登場します。

 ユウ・シラカワに関しては、リメイク前の作品を未読の方への配慮(ネタバレ防止)の為、彼の一部の情報を伏せさせていただきました。なお、大幅にリニューアルしたエクストラエピソードは別作品としてピクシブとハーメルンにて投稿しますので、興味ある方はチェックをお忘れなく。

 最後に一言。
 読者の皆様、今後ともよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。