シルヴィ一行とお別れした途端、部屋の中が一気に静かになった。
時計の秒針の音しか聞こえない静寂の中、玲奈は私のベッドで高いびきだ。ここに泊まるつもりなのか、と私が追い払うように声をかけて、ごめんごめん、と玲奈は謝罪しながらベッドから起き上がる。玲奈の寝返りが激しかったせいか、整えたはずの白いシーツが乱れている。
「美玖の件を含めて、よくも好き勝手してくれたな……玲奈」
「うぅ……美玖ちんが抵抗してないし、それに加害者に王族1人いるから、いっかなーって」
「明らかに嫌がってるだろ! 見て分からないのか?」
「ごご、ご、ごめんなさぁいぃぃー!」
余計な言い訳をする玲奈に不快を覚え、思わず声を荒げてしまった。
しかし怖がらせてしまったのか、玲奈の目から雫が溢れ、頬を伝ってしたたり落ちた。
「あの……玲奈のことを責めないでください、お兄ちゃん。玲奈は悪気がないんだから――」
「たとえ悪気がなかったとしても、やっていいことと悪いことがあると思うんだがな」
私がそう言うと、玲奈が美玖の方に振り向いた。
「ごめん、美玖ちん……」
「いいんですよ、玲奈。わたしは嫌がってるんじゃなくて、ただ急に触られると身体がほっとしてしまい、変な感じになっちゃいます。だから次は、事前に声かけてください」
「うん、次はそうするね」
どうやら美玖は、女の子同士のボディタッチを嫌ってるわけじゃないようだ。
それを知り、私は深く追及しないことにした。欲望に駆られて、キャッキャウフフな百合展開を指くわえて眺めるつもりだったが、明日遅刻しないためにエルと共にやや強引な手段でシルヴィと玲奈を制止することになった。
でも、2人を制止したことに、私はほんの少し後悔の念を抱いた。
正直に言って、健全な男として、もうちょっと百合展開を見ておきたかった。
◇◆◇◆◇
やがて夜8時を過ぎて、眠気に襲われた玲奈が「んじゃ、また明日ねぇー」と別れの挨拶をして自室に帰って行った。楽しかったが、大変な一日だった。がっくり肩を落とし、クローゼットから着替え用の服を引っ掴んだ私は、忍び足でバスルームに向かった。
着替えをぱっぱと終えてから、洗面台の鏡を覗き込む。
深い紫色の瞳に、東洋の血統を受け継いだ色みがかった肌。ウェイブのかかった髪は澄んだ銀色――間違い無く自分の顔ではあるが、今さらながら「転生前より3歳程度若返りしている」ような気がする。そう訴える感覚が頭を擡げかけたが、それは顔を洗い終えるまでのことだった。
ぱんぱんと軽く頬を張ってから、私はバスルームを出た。
ソファーに座ったまま眠っている美玖の様子を確かめ、横抱きで彼女を抱き上げて音を立てずにドアの方に向かうと、床に転がるバスケットボール大の球体に足を引っかけてしまい、間の抜けた電子音が足元でわき起こった。
「蹴ラレタ、蹴ラレタ! 痛イ、痛イ!」
蹴られたショックで合成ボイスを張り上げるハロだった。
「ハロ、静かに……」
と、低く怒鳴りつけるが時はすでに遅く、眠っているはずの美玖が目を見開いた。
「悠凪くん、わたしをどうなさるおつもりですか?」
「君を部屋まで運ぶつもりだが――」
私がそう言うと、美玖がやや照れの混じった笑顔を浮かべる。
「お姫様扱いされるのも悪くありませんね。では、お願いします……わたしの王子様」
「――我が姫の仰せのままに」
再び目を閉じた美玖を横抱きしたまま歩き出すと、ハロが腕を延ばしてドアを開いてくれた。
しかし、長い廊下を歩き、角を曲がろうとした瞬間、私は1人の女の子と鉢合わせになった。
「ひゃ、なななななっ……⁉」
「き、君は……!」
腰まである長い朱色の髪を一本の三つ編みにしている女の子だった。瞳は深い紫色で、白いミニワンピースを着ており、その上に黄色のジップパーカーを纏っていた。外見はお淑やかなお嬢様の多いノーブル学園には似つかわしくない雰囲気だが、その肢体には健康的な魅力が感じられる。
彼女の名前は――
一年生、陸上部所属。原作では市松央路の後輩で、攻略可能ヒロインの1人だ。
「その、こんば――」
同じ寮生として挨拶しようとするが、彼女は顔を赤らめながら、慌てて走り去っていった。
こっちが女の子を横抱きしているせいかもしれない。まあ良い、と取り繕う声を出しつつ、私は美玖の部屋に足を運ぶのだった。
「ロックを解除スル……カンリョウ」
ボールの如くドアの前に転がったハロが解錠を行うと、私は美玖の部屋に足を踏み入れた。
身に覚えのある空気が私を押し包んだ。机の上にある物品といい、シーツや寝具といい、全ては我が家から持ち込んだ高級品で、家具の置き方も宅邸の寝室と大部分一致している。
この部屋にいると、何故か我が家に帰ったような気分になった。
すぅすぅと可愛らしい寝息を立てている美玖をベッドの上に横たわらせ、おやすみと言い残して立ち去ろうとするところ、美玖に手を引っ張られて、そのままベッドに倒れ込んでしまった。
「今夜だけでいいですから、わたしの傍にいてもらえますか?」
「う……うん……分かった」
いやはや、寝息を立てているからてっきり寝ていると思っていたが、これは一本取られた。
甘えた声でおねだりしてきた美玖に、私には拒むことができなかった。その華奢な腕に抱きしめられ、全身に伝わる柔らかい感触と、麝香のような甘え匂いに包まれた私はすぐに何にも考えられなくなってしまい、本能的に腕を彼女の腰に回してしまった。
「本日もお疲れのようですね、悠凪くん。やはり何かあったのですか?」
秘密の呪文を教えてくれるかのように、美玖は囁くような口調で言った。
女性の観察力と直感力にはすごいものがあると聞いたことがある。女性は見抜いていないような素振りをしながら、実はしっかりと物事の本質や真実を見抜くのだ。そして、美玖がニュータイプである故、その直感力――つまり第六感というようなものがいつも異常に働いている。
疲れていないふりをするつもりだったが、美玖の前では無意味なことだった。
ここは、素直に認めるしかあるまい。
「ああ……課外授業が終わった後、私は校内を散策したいと言ったよな」
「うん、悠凪くんは言ってました。それで何か――」
「その最中に私を転生させた神と出会ってしまった」
「えっ、カレンさんと会ったのですか⁉」
ひどく驚いた表情で問いかけてきた美玖に、私は頷いてから話を続ける。
「ああ。私は神と出会ってしまった上、理解し難い知識を教えられてしまった」
「そうですか……お疲れでしたら、何も考えずに休みましょう」
そう言った途端にキュッと、さっきより強く抱きしめてくる。
「これから少しずつでも考えていれば、きっとカレンさんの言葉を理解できるはずですから」
「そうだといいんだがね――あっ、そうだ。ネーナから君と話がしたいという要望があった」
「では、今週末はネーナをこちら側に招待しましょう」
そう言い終えた美玖が「おやすみなさい」と言って、目を閉じた。着替えもせずに制服姿のまま寝てた美玖を見ていると、何故かいつもの逆パターンをしたい気分が高まってきた。
抱きしめられる側ではなく、抱きしめる側になるんだ。内なる欲望と衝動に駆り立てられるまま美玖を抱きしめると、彼女の身体の柔らかさが服越しに伝わってきた。片方の胸を鷲掴んで揉んでみたが、彼女は熟睡したままで、起きる気配がなかった。まさに、眠り姫だ。
「おやすみ、我が愛しの姫よ」
と、彼女の耳元で囁いた。むろん、熟睡している彼女からの返事はなかった。
その可愛らしい寝息を聞きながら、私はゆったりと押し寄せてきた眠気に身を委ねた。
しんと静まり返った部屋に、電子時計の音だけが響いていた。
午前6時。ピーピーと部屋中に響き渡る時報を聞きながら、ベッドから起き上がった私は窓際に歩み寄り、ガラス越しに外の光景を見渡した。太陽がゆっくりと東から昇り、辺りは金色の日光に照らされる。遠いところに聳え立つ高層ビルや、外縁の森林も視認できるようになった。
「そろそろ学校に行くとするか」
素早く自分の部屋に戻って朝の身支度をぱっぱと終えてから、私は来た道を戻り、いまだ眠りの最中にある美玖の様子を確かめる。相変わらず熟睡している。温めた牛乳と書置きを机の上に置くと、私は左手で鞄を持ち、右手でハロを抱えて部屋の外に出た。
廊下にハロを放ってから、私はスマホを手にし、エイフマン教授から送られてきた簡潔な報告書を読み始める。つい昨日、セラフィムガンダムのフレームの建造が完了したようだ。
地上階に続く階段を下りていくと、私は再び朱髪の少女と鉢合わせになった。今は体操服を身に纏っているから、朝のラジオ体操に参加しに行く途中のようだ。
「おはようございます、絢瀬センパイ!」
「おはよう。君は昨日の――」
「栗生茜っていいます。昨日は、本当に失礼いたしました……!」
と、申し訳なさそうに頭を下げる茜。
「気にするな、俺は気にしてない」
私が言うと、茜は下げた頭を上げる。
しばらくすると、体操服を身に纏った茜を認識したのか、ハロは「ハロ、アカネ」と二つ並んだ光学センサーを白く点滅させながら挨拶をする。茜が姿勢を少し低くして「おはよう、ハロ!」と挨拶を返すと、私の顔を見上げてきた。
「本当に玲奈センパイの言った通り、喋れ動けるハロなんですね」
「その……茜は、ガンダムシリーズに興味があったのか?」
「いえ、興味がないんですけど、ハロのことは一応知っています。マスコットキャラですから!」
さっきから閑散としているテラスだったか、突如外から「いっちにっ、さーんし」と女子たちの声が聞こえてくる。ラジオ体操がすでに始まっている。茜はすぐさま外へ走っていき、私はハロと揃ってガラス張りの自動ドアをくぐり抜けた。
玄関前広場の中央に目を向けると、30人程の女子が整列して、ラジオ体操をしている。さっき外へ走って行った茜も、その中に加わっていた。ラジオ体操をやるのは小学生か、職場のルールでやらされてる中年のおっさんくらいと思ったが、お嬢様もやるらしい。
「声出てないよー」
「「にーにっ、さんーし!」」
良い眺めだが、今は学校に急ごう。
「ん?」
と、3年生の先輩に気づかれてしまった。
「おはよう、絢瀬君」
「おはようございます、先輩」
「今は皆でラジオ体操をしてるとこだけど――おや、今から登校するかい?」
「ええ、篠原先輩に呼び出されましたので」
私が言うと、納得したように小さく頷いた先輩が「聖奈ちゃんに呼び出されたなら、早めに登校した方がいいよ」と言い残し、再びラジオ体操の指揮を執る。玄関前広場を離れた私は学校に続く坂道を登った。
◇◆◇◆◇
3階に続く階段を昇ると、廊下に並ぶドアの一枚が開いているのが見えた。そして戸口に歩いていくと、机の端に腰を掛けた生徒会長――篠原聖奈の姿が見えた。腰まで届く銀髪を青いリボンで纏めており、すらりとした手足と背筋の伸びた身体が、凛とした雰囲気を醸し出している。
エルに勝るとも劣らない容姿の持ち主だが、気取った印象は見受けられず、初対面で普通に会話したのを今でも覚えている。肩肘を張らない――それが彼女の魅力の一つと言えるだろう。
「おはよう、絢瀬君。随分と到着が早かったわね、入ってちょうだい」
「……おはようございます、篠原先輩」
と、挨拶を返しつつ生徒会室に足を踏み入れる。
ハロが椅子の上に飛び上がり、それを見た彼女はフッと優しく微笑んでから話を続ける。
「早速だけど、これは静岡県ガンプラバトル大会の参加申込書よ」
私は彼女が差し出した書類を受け取り、個人情報を記入しながら注意事項を読み始める。
試合形式は一回戦から決勝まですべて1対1のトーナメント方式で、参加選手は16人。モードダメージレベルはBに固定。使用するガンプラはHGかRGに限定で、MAの使用は禁止、という旨の注意事項が書かれていた。なお、大会開始日は――。
「開始日は、今週の土曜日ですか」
「そうよ……前もって準備や練習などをする暇は殆どないけど、自信はあるかしら?」
「全力を尽くして勝利を掴んでみせますよ」
と言いつつ、記入済みの書類を彼女に手渡した。
すると、彼女は口を開き――。
「ここだけの話なんだけど……プラモデル部を立て直すには、周りを説得する必要があったの」
「その手段は――大会に優勝し、目立った実績を残すことですね?」
「うん。それなりの実績を残していれば、誰も文句は言えなくなる」
プラモデル部に所属していた部員は全員、ガンプラバトル地区大会の常連選手であると、玲奈は言った。そして1年前の大会に「エレ男」に打ち負かされた以降は衰退し始めた。つまり、実績がなかったことが、強制解散させられた理由の一つと考えられる。加えて前任生徒会長の考え方にも問題ありで、プラモデル部の処遇はあまりにも不憫だと言わざるを得ない。
「ところで気になったのですが、篠原先輩は前任生徒会長をどう思って――」
「もう卒業したけど大嫌いよ。あんな変態とはもう二度と会いたくないわ!」
こっちが質問を言い終える前に、声を荒げながら即答した篠原先輩。
前任生徒会長は余程の嫌われ者であることが窺える。
「すみません。先輩に嫌なことを思い出させてしまって」
「あ、いえ……絢瀬君に謝ることはないわ」
にしても、変態か。ただのろくでもない独裁者だと思っていたが、職権乱用して性的犯罪に手を染めていた可能性もあるようだ。まあ、ご本人は卒業したし、これ以上の詮索はやめておこう。
「ところで、ガンプラは当日持って行っても大丈夫ですね?」
「ええ。でも、大会途中での変更は認められないから、ガンプラは1体しか使えないわ」
ならば、使い慣れた機体のガンプラで大会に参加しよう。
リベル・アークにある超精密高速成形機を使えば、我が愛機――フリーダムガンダムのパーツを完璧に作り出すことが可能だ。放課後は一度、我が家に帰還するとしよう。
つづく
本作のオリ主以外のオリキャラ中に、誰のことをもっと知りたいですか?
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風間隼人
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篠原聖奈
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鳳凰院美玖&カレン