世界を越えし自由の翼   作:絢瀬 悠凪

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第36話 事前準備

 ついに完成した。

 軌道エレベーターの構造材からMSの装甲に至るまで、様々な分野で活用されている素材であるEカーボンをプラスチック樹脂に封入し、フレーム強度を重点に置いて生産したリベル・アーク製のRGガンプラ。大会を制覇する為に作られた、私の愛機のガンプラだ。

 

 24世紀初の最先端技術……これをガンプラに応用する日が来るとは思ってもみなかった。

 だが、せっかく手に入れた技術だ。これを使わない手はない。試合の相手は全力で挑みかかってくるから、こちらも持っている技術を詰め込んだガンプラで応じなければならない。それが大会に参加する人々に対する敬意だと思っているからだ。

 

 ついてに美玖の為に、フェネクス用のEカーボンパーツも生産しておいた。

 これさえ組み込めば、フェネクスは他のガンプラと一線を画す圧倒的な性能が得られる。

 

「これが最後のランナーだな……よし」

 

 超精密高速成形機から排出された十数枚のランナーをアタッシュケースに収納すると、私は来た道を戻る。その途中で、私はMSハンガーに固定されたフレームだけの機体に目をやった。頭頂高16m程度のこの機体は、間違いなく報告書にあったセラフィムガンダムだ。

 

「絢瀬悠凪、そのケースに入っているものは……?」

 

 ティエリア・アーデの声を聞き取った私は、気配がした方へ振り向いて答える。

 

「ガンプラのパーツですよ。それよりティエリア、その本はどこから手に入れましたか?」

「これか……刹那たちが別の世界から持ち帰った小説だ」

 

 表表紙にはエクシアと刹那、そしてアザディスタン王国の第一王女――マリナ・イスマイールのイラストが印刷されている。ティエリアが手にした本は小説版『ガンダム00』の第1巻。刹那がこの本を持ち帰ったのは予想外だったが――。

 

「ティエリア、君はその本に書かれた内容をどう思いますか?」

「僕たちの戦いが、別の世界では文学作品として描かれていた……只々驚くばかりだ」

 

 そう言ったティエリアは一度俯き、そして顔を戻して――。

 

「だが、刹那が何故ああいう行動を取ったのか、少し理解できたような気がする」

「刹那の……例えば、どんな行動ですか?」

「マイスターの正体は太陽炉と同じくSレベルの秘匿義務がある。にも拘らず……刹那は戦闘中にコックピットハッチを開き、交戦中の敵に正体を晒した。あの時は馬鹿馬鹿しいと思ったが」

「――でも、その本には刹那がその行いをした『理由』が書かれていました。違いますか?」

「ああ、まさにその通りだ」

 

 これはモラリア共和国での戦闘の出来事であることを、私はとうに知っている。

 

「そうそう、ティエリア……本の内容はあまり真に受けない方がいいと思いますよ」

「……ん?」

 

 と戸惑う声を出したティエリアに、私は話を続ける。

 

「本に書かれた内容はあくまで『物語』です。君たちがこれからたどり着くであろう未来への予言かもしれませんが、未来を決めるのは予言や運命ではなく、今後の行動にかかっています」

「この先どうなるかは我々次第……その言葉、しっかり心に留めておこう」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 読書中のティエリアと別れると、私はメディカルルームに足を運んだ。

 解錠を告げる電子音が、ノックの代わりだった。中に足を踏み入れた私は、数人の人影を視界に入れた。隼人は未だにカプセルに横たわっており、ネーナと王留美、紅龍が傍で見守っている。

 

 その一方で、リヒティはもう起きていた。

 だが、Eカーボン製の義肢は未だに完成しておらず、今は車椅子に乗せられている。傍らで彼を介護しているのはクリスだ。彼女は細麺状のパスタをリヒティの口に運んでいるところだった。

 

「体調はいかがですか、リヒテンダール・ツエーリ」

「傷はすっかり完治したっス。あとは新しい義肢を装着すれば元通りっス!」

 

 と元気に返事してくれたリヒティだった。

 私はクリスに軽く挨拶してから、隼人の方へ向かった。

 

「気分はどうだ、隼人」

「……前よりマシになったけど、まだカプセルから出られねえわ。パスタ食べてぇよ」

 

 と言いつつ、隼人はリヒティとクリスの方へ羨望の眼差しを向ける。

 

「全快したら、あたしが作ってあげるわよ」

「ネーナ、わたくしを忘れては困りますよ」

「美玖さんからコツを学んだことあるわ、あたし。温室育ちのお嬢様は料理できるかしら?」

「――で、できますわよっ! そんな簡単なことを!」

 

 突如、王留美とネーナが言い争い始めた。

 これはどういうことですか、と紅龍に尋ねて見ると「隼人がカプセルに横たわっている日から、王留美はほぼ毎日ここに来て、彼の介護をしていた」という情報を得た。ネーナと言い争うようになったのは数日前からのこと。原因が分からなかったと紅龍は言い張るが――。

 

「これは大胆な憶測ですが、王留美は隼人に対し『恋愛感情』を抱いているのではないかと」

「れん……ほっ、本当にそういうものですか⁉」

「相手の気を引き、自分の良いところを見せつけようとするから、他の同性に尖った態度を取るのです。そして王留美とネーナの態度は、隼人を独占しようとする側面も見受けられます」

「りゅ、留美が――お嬢様が、恋に落ちていた……っ!」

「君たち王家にとってはよろしくないかもしれませんね」

「ええ。ですが、これがお嬢様が望んだことであれば、自分は一切口を挟ません」

 

 王家にとっては都合が悪いかもしれないが、紅龍にとってはそうではなかった。

 本来、王家当主の座を継ぐのは紅龍だったが、それから紆余曲折があって王留美が後継者として選ばれた。それ以降、紅龍は自分の不出来で妹の人生を歪めてしまったことに自責の念に苛まれていた。紅龍はきっと、妹が家に縛られずに生き、自分だけの幸せを掴むことを望んでいるはずだ。

 

 だが、恋愛経験ゼロの隼人が王留美の思いに答えるかどうか……私には分からない。

 

「悠凪さん、さっきから紅龍さんと何を話してるの?」

「ただの男同士の話だよ」

「……そ、その通りです」

 

 とりあえず適当に誤魔化し、紅龍が私に合わせてくれた。

 王留美は一瞬だけ紅龍にジト目を向けていたが――「お前ら……もう喧嘩すんなって昨日言っただろ。どっちが作ったパスタでも食べてやる」と隼人の声を聞き取った瞬間、嬉しいそうな笑顔で向き直った。恋する乙女の笑顔だった。

 

「そうだ悠凪、お前が探索に行った並行世界はガンプラが普通に売ってる世界だよな?」

「ああ、プラフスキー粒子を応用したガンプラバトルも体験できるぞ」

「俺も一回行ってみてぇな。あっ、そう言えばお前の服、どっかの学校の制服なのか?」

「その世界に存在する日本一有名な高校の制服だ――」

 

 そう答えると、私は彼に「もし高校に行ける機会があったら、君は行きたいと思うか」と提案を持ちかける。驚きで目を大きく見開いた隼人は「行きたい!」と即答した。毒親のせいで高校行けなかった隼人にとって、これは失われた青春を取り戻すチャンスかもしれない。

 

 だが、偏差値70以上のノーブル学園……その入学テストには大学受験レベルの問題が混じっている。基礎知識のない隼人にとって、そのテストの難易度は「ハードコアモード」に等しい。彼がカプセルから出られたら、問題の解き方や要点を纏めたメモを渡しておこう。

 

 女神の言葉を隼人に伝えたかったが、部外者がいるので、次の機会に持ち越すことにした。

 

 

 

 

 

 寮に戻る前は刹那と会ってみたいだが、彼はロックオンとアレルヤと映画鑑賞している。

 ――撃ってしまった……大佐の戦場を汚してしまった。私に撃たせたなぁ! とスピーカーから登場キャラの台詞が聞こえる。彼らはOVA版『ガンダムUC』の第2話を視聴している。

 

「この男……歪んでいる」

「というか病んでいるな」

 

 それは正確な評論だった。

 アンジェロ・ザウパーという男は精神的に病んでいるし、しかも身体中色々歪んでいる。優秀なパイロットではあるが、若さゆえにすぐに頭に血が昇ってしまう――危険極まりない男だ。

 

 今考えてみると、彼らが『ガンダムUC』を選んで視聴するのは、ユニコーンガンダムのことが気になったかもしれない。後に感想を聞いてみるとし、今は邪魔しないでおこう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 部屋を出て、廊下を歩いていくと――。

 

「やっと見つけたわね、絢瀬君」

 

 ふいに背後で声がした。咄嗟に振り向いた私は1人の女子生徒に壁ドンされてしまった。

 壁に背中を預けた私は一瞬息を呑んだが、落ち着いて面前の女子の顔をよく見ると――。

 

「し、篠原先輩⁉」

「何よその反応。まるでわたしが絢瀬君を怖がらせているみたいじゃない」

「みたいじゃなくて、まさにそうなんですが」

 

 私が口答えすると、彼女は「は?」と眦がぴくっと跳ね上がりながら言った。

 

「えっと、何かご用ですか?」

「絢瀬君にとっての『良い知らせ』と『悪い知らせ』があるよ。どっちを先に知りたい?」

「……良い方から、お願いします」

「じゃあ、これを見てちょうだい」

 

 と言いながら、手に持った書類を突き付けてくる篠原先輩。

 その途端に、彼女が付けている甘い香水の匂いが、私を優しく包んだのを感じた。女の匂いでもあった。白い滑らかな膚、襟から覗く細い首筋、制服の上からでもはっきりと分かる柔らかそうな二つのマシュマロン――それらの誘惑に耐えながら、私は書類の内容に目を落とす。

 

「大会へのエントリー申請が……受諾された!」

「そうよ。でも、ここからは悪い知らせよ――」

 

 彼女が書類のページをめくり、私は次の行へ目を走らせる。

 記されている内容は、私を含む全ての出場選手の名前だった。その中「ヤサカ・マオ」の名前が私の視線を釘付けにした。『ガンダムBF』の強者たちと戦えるかもしれないのだ。そう思うと、思わず口角が上がってしまった。

 

 彼女の言う『悪い知らせ』は強敵に遭う可能性があること。

 だが、私にとって、これは朗報でしかなかった。

 

「何を笑っているの?」

「第七回世界大会のベスト16と戦えるかもしれないことに、悦びを感じているだけです」

「……今の絢瀬君って、まるでバトルマニアみたい」

「先輩からは、そう見えますか。そう言えば、他に注意すべき選手はあるのでしょうか?」

「ヤサカ・マオ以外はプロのファイターであるクズノハ・リンドウ、彩渡商店街ガンプラチームに所属するサツキノ・ミサ。この2人はかなりの実力者だから、注意が必要よ」

 

 聞いたことがない名前だが、たぶん女性のようだ。

 それから篠原先輩から書類を受け取り、選手リストを一通り再確認するが、最後の欄に記された名前が私の目を丸くさせた。彼が大会に出場するとは、全く想像がつかなかった。

 

 その彼とは『金色ラブリッチェ』の原作主人公――市松央路(いちまつおうろ)だ。

 この世界の彼は野球だけでなく、ガンプラとガンプラバトルにも興味を示している。彼がどんなガンプラで出場するのかは楽しみだが、私はある予感がしていた。

 

 彼はこの大会で敗北を喫する可能性が非常に高い、というか……ほぼ確実。

 そして、この敗北はシルヴィと再会し、ノーブル学園に転入するきっかけとなるかもしれない。

 確証はないが、何故かそういう予感がする。

 

「ところで、篠原先輩――」

「他に何か聞きたいことあるの?」

「いや。俺はさ、先輩に壁ドンされて胸が高鳴って……」

 

 さっきからこの体勢で話を続いているからな。彼女に自覚があるのかは分からないが、ちょっとからかってみることにした。一瞬ぽかっと口を開けた彼女だったが、次第に顔を赤らめて――。

 

「壁ドンって……えっ、ええ⁉ こ、これは違うわよ!」

「さて……何か『違う』でしょうね?」

 

 私がそう質問すると、彼女の顔が瞬時に沸騰した。

 どうやら、私に指摘されるまで、彼女は自分が何をしているのかを自覚してないようだ。

 

「まさかとは思いますが、先輩……こんなところで告白するつもりですか?」

「こ、告白っ⁉ わたしが絢瀬君に⁉」

「この体勢だと、そういうことになりますよね?」

「ち、違う……絢瀬君、これは誤解だよっ!」

 

 どんどん彼女の顔が紅潮していく。恋愛系の話題には弱いのようだ。

 ここは、もう少しからかってやるとしよう。

 

「リボンで髪を纏めるより、今のロングヘアがよほど綺麗ですよ」

「き、綺麗って……何を言っているの!」

「率直な感想を述べるだけです。それに篠原先輩に告白されるなんて、俺は嬉しいです」

「違う……違うってば!」

「篠原先輩は俺を弄んだですか。これは、いただけませんね……」

「いえ、そうじゃなくて――というか、わたしは告白するよりされたいし!」

 

 盛大に自爆する篠原先輩。

 

「なんと……⁉」

「壁ドンされるとか、強引に押し倒されて迫られるとか、わたしの夢の一つだし……!」

 

 篠原先輩がどんどん墓穴を掘っていく。

 このまま見てるのも面白い、もとい興味深くはあるが、美玖に見られたら確実にシメられる。

 そう、私が美玖にシメられるのだ!

 

「篠原先輩……!」

 

 そろそろ、この茶番に終止符を打つとしよう。

 

「あ、絢瀬く――きゃっ⁉」

 

 私は素早く彼女の手を掴み、左肩を押し、その身体を壁に押さえつけた。呆然とする篠原先輩に笑みを向けると、私は指先で彼女の顎を引き上げた。俗に言う「顎クイ」という仕草だ。

 

「絢瀬君って、わたしの唇を奪うつもりなの……っ⁈」

「――そのつもりはありませんよ」

「え、えっ?」

「もうこれ以上、俺をからかわないでください。先輩」

「わたしをからかったのは絢瀬君なのにぃ!」

「フッ、先に壁ドンしてきたのは先輩ですよ」

「わたしが悪かったよ……ごめんなさい。そろそろ、解放してもらえる?」

 

 篠原先輩が上目遣いでお願いしてくる。

 今の彼女から大人の余裕が微塵も見受けられず、可愛らしい乙女にしか見えなかった。その肩を掴んだ手を離すと、照れて顔を赤らめている彼女は早歩きで歩き去っていくが――。

 

「――勝利を勝ち取りなさい。これは会長命令よ!」

「命令がなくとも勝ち取ってみせますよ、篠原先輩」

 

 そう言い残した彼女が階段を降り、返事をした私は手に入れたリストに目を走らせる。

 市松央路、私は君との出会いを心から楽しみにしているよ。心からそう呟き、リストを再確認しながら廊下を歩いていくと、1人の女子生徒が私の視界に入ってきた。

 

「あら、絢瀬さん」

「……城ヶ崎絢華」

「土曜日に行われる静岡県のガンプラバトル大会に出場するのですね、応援しますよ」

 

 口ではそう言っているが、その口調に刺々しい響きがあった。「それはどうも」と私が軽く礼を言い、彼女の隣を通りすがった。しかし何故か、彼女が私についてくる。

 

「なっ、隣だと⁉」

 

 城ヶ崎は私の部屋の隣のドア……その鍵を回した。

 

「言ってませんでしたわね。絢瀬さんの隣に住んでおられる生徒はわたくしです」

 

 そう言い残し、中に入った彼女は片手でそっとドアを閉じた。

 お隣さんは誰なのか、気になっていたが、まさかこの女だったとはな!

 できれば関わりたくないが、まあ、挨拶くらいはしておこう。

 

「さて、飲み物を買ってから我が愛機のガンプラを組み立てるとしよう」

 

 独り言を呟きながら、私はゆっくりと階段を降りていくのだった。

 

 つづく

本作のオリ主以外のオリキャラ中に、誰のことをもっと知りたいですか?

  • 風間隼人
  • 篠原聖奈
  • 鳳凰院美玖&カレン
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