世界を越えし自由の翼   作:絢瀬 悠凪

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第38話 フリーダムVSエンツィアン

 背部のメインスラスターを点火させ、フリーダムはコロニー内に面した搬出入口に向けて一気に加速した。コロニーの先端部、内壁から各区画に至る険しい斜面は、剥き出しの岩肌とすり鉢状の気密壁に覆われており、内と外を往来する運搬船の搬出入口も複数設けられている。そのひとつを通り抜けたフリーダムは、コロニーの中心を縦貫する柱――人工太陽に沿って前進した。

 

「細部までリアルに作り込まれているな、このフィールドは。さて、下にあるのは――」

 

 右手に持たせたビームライフルを射撃位置に保持しながら、私はサブスクリーンに映し出された映像に目を走らせる。巨大なクレーンが設けられ、大量のコンテナが散らばっている区画で、その中にハンガーに固定されたMSが2機確認された。

 

 装甲がメタリックグレー……ディアクティブモードになってはいるが、映像を拡大すれば直ぐに正体が分かった。片方はストライクで、もう片方はイージスだ。このコロニーは「ヘリオポリス」であることを物語っている。

 

「なんだ……この鳥肌が立つような感覚は?」

 

 ふと、コロニーの空の一点に鋭い何かが凝り、私の肌を鳥肌立たせた。

 

「――そうか、ここにいては不味いか!」

 

 鋭敏に覚醒している意識に対処を促され、私は左右のアームレイカーをグッと前に押した。

 フリーダムの機体を人工太陽の柱から離脱させる。一瞬で、飛来した黄色いビームが人工太陽の表面を掠め、爆発の光と衝撃波が足元で炸裂した。たちまち遠ざかる人工太陽を眼下に、ビームが飛来した方向に目を走らせた私は、飛散する破片の中を駆け抜ける紫色の機影――エンツィアンに狙いを絞る。

 

 そこだ、と呟いた私は発射トリガーに指をかけた。

 フリーダムのマニピュレーターが、ビームライフルのトリガーを引く。緑色の光軸がコロニーの空を走り、それが大きめの破片に直撃すると、瞬時に灼熱して爆散した破片が無数の光芒を周囲に拡散させ、破片の群れに紛れた敵機をも巻き込んで衝撃波を押し拡げた。

 

「フッ、ククク……流石は我が愛機。凄い破壊力だ!」

 

 と、思わず自画自賛してしまった。

 この想像外の破壊力に戸惑ったかのように、竜胆の花の名が冠された敵機がすぐさま体勢を立て直し、紫色の装甲に爆発光を映して回避運動に入る。私は追撃とばかりにバラエーナを連射した。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「あのフリーダム、なんて性能なの……っ!」

 

 緑色の光軸に続き、2門のバラエーナの火線が数センチと離れていない空間を掠め、クズノハ・リンドウは戦慄を覚えた。エフェクトは通常のビームでありながら、その威力はメガランチャーに匹敵する程で、バラエーナの威力に至っては、ビーム・マグナムと同等かそれ以上だった。

 

 二撃、三撃と続くバラエーナの火線は脅威で、威力も凄まじくて油断はできない。どこかに隙を見つけないと、口中に呟いてアームレイカーを握り締めた瞬間、再び膨大なエネルギーが迫り来るのをリンドウは見た。

 

「直撃コース⁉ だけど、避けて見せるわ!」

 

 両翼で瞬間的な急制動をかけたエンツィアンが身を躱し、直撃弾だったそれは左手の機動防盾を掠めて過ぎた。ライフル弾なら軽い火傷で済むのだが、それから飛散する高エネルギー粒子は盾の表面を溶かし、一瞬の間にぐずぐずに崩れたスクラップと化した。

 

「か、掠めただけで、この損傷……⁉」

 

 エンツィアンの機動防盾は、インパルスの用いているものと同一の盾ではあるが、複数枚の薄いプラ板を積層させて、被弾時に一枚ずつ自ら破壊されることで破壊時のエネルギーを分散処理してダメージを相殺・軽減できるように改造を施している。

 にもかかわらず、ビームを掠めただけで破壊された。絶句したリンドウの目前で、スクラップと化した機動防盾は爆散していった。その爆発光を背に、彼女は再び戦場に目を走らせる。何度目かの光芒がコロニーの空を揺さぶり、人工太陽の破片と思しきデブリを直撃した。

 

「初心者だと思ったけど……なかなか、やるわね……っ!」

 

 対戦相手の強さに感心しながら、リンドウはサブモニターに目をやった。

 ここからでは粗いCG画像にしかならないが、背の両翼を大いに広げだその機影は、間違いなく対戦相手のフリーダムガンダムだ。私立ノーブル学園のプラモデル部、その部長を務めていた男性――真田選手の実力は折り紙つきだったが、彼の後輩もまた凄腕のファイターだった。

 

 その驚異の操縦技術はもちろん、ガンプラの完成度も世界レベルだ。

 なぜ学園側がプラモデル部を廃部にしたのか、その理由には疑問を禁じ得なかった。

 

 昔の出来事を少し振り返ったところ、リンドウは右手に持たせたバスターライフルの銃口を黒と灰色の爆煙に向け、発射トリガーを引き搾った。

 

「その向こうに隠れているのは分かっている!」

 

 索敵センサーに表示された位置情報を信じて放つ一撃は、視界を妨げる煙を払った。

 だが、フリーダムの姿はどこにもなく、代わりに2本のビームブーメランが高速で回転しながら迫ってきた。迎撃とばかりに2門のCIWSを掃射するものの、堅牢に作られているブーメランが豆鉄砲くらいで揺らぐものではなかった。

 

 ――CIWSでは効かないなら、バスターライフルで薙ぎ払ってやるわ!

 だが、バスターライフルのマガジンは3発しかなく、それに自分は、すでに2発を無駄使いしてしまっていた。ここで使ってはいけない、と判断したリンドウはビームサーベルを抜き放ち、飛来するビームブーメランを打ち返していた。

 

 なんとか凌いだ、と思ったその時には、下からすくい上げるビームサーベルの光刃がリンドウの視界を占拠した。目前に迫る光刃に、リンドウは機体を後方に飛びすさって躱し、右手のバスターライフルを反射的に撃ち放ってしまった。

 

 思わずにトリガーを引いてしまい、リンドウは弾切れを示す警告音が聞こえた。

 しかし、事前に予想していたのか、眼前のフリーダムは最小限の動きでそれを回避し、すかさず二本のビームサーベルの柄を連結させた。回避されることを予想していたリンドウは、CIWSを目くらましに使うと、機体の姿勢制御バーニアを噴かせてフリーダムの上を取る挙動を見せた。

 

 ここから先は、人型の兵器が重宝される理由を証明するかのような、数多のガンダム作品によく見られる典型的な白兵戦になった。

 

 

 

 

 

 流石はプロだけあって、動きに無駄が少なく、遠距離射撃も非常に精度が高い。

 だが、それだけに先を読みやすい。

 

「能動性空力弾性翼……展開を確認。全スラスター及びAMBAC……全て正常。行ける!」

 

 フリーダムの稼働モードをハイマットモードに移行させ、牽制の76mm近接防御機関砲を撃ち放つ。背中のスラスターを全開にし、こちらの上を取る挙動を見せたエンツィアンを照準に捉えた私はフリーダムをさらに突進させた。

 

 ビームサーベルを抜き、こちらの斬撃を受け止めたクズノハ選手の声が無線越しに弾ける。

 

『貴方のガンプラとの相性は最悪だけど……でも、それを負けの言い訳にはしないわ』

 

 と、彼女は冷静な声で言い放ってきた。

 

『わたしにはプロの……ファイターとしての意地があるだから!』

「その意地、確かに受け取りました。クズノハ選手!」

 

 二振りの光刃が二度、三度と干渉の光を閃かせ、雷鳴を彷彿させるスパーク光をコロニーの空に押し拡げた。不意にエンツィアンがこの至近距離でCIWSを叩き込んできたが、ガンプラの状態を示すコンディション・モニターに「ノーダメージ」の英語が表示される。流石は我が愛機だ。

 

『やはり、本体も硬いか』

「このフリーダムは特別製ですからね。さて――」

 

 続けざまに放たれたCIWSを素早く回避し、姿勢制御バーニアを噴かせた私が連結したビームサーベルの柄を分離させる。照準のサークルをエンツィアンの胴体に合わせ、二刀流ソードスキル「ダブル・サーキュラー」を叩き込む。

 

「――ここは、俺の距離です!」

 

 握り締めた二本のビームサーベルで水平に薙ぎ払うと、私はすかさずに後続の斬撃をキャンセルするようにアームレイカーを繰り、同じく二刀流ソードスキルである「シグナス・オンスロート」を繰り出した。十字の軌跡を刻みつけられ、エンツィアンは後ろに大きく吹き飛ばされた。

 

『きゃあっ……これは、剣技⁉ 貴方は一体……⁉』

「試合が終わったらお答えします。それより、体勢を立て直さないと一瞬で撃破されますよ?」

 

 ――武装選択……フルバーストモード!

 二本のビームサーベルを素速く腰のラックにマウントさせると、私は全火器の照準を体勢を立て直しているエンツィアンに絞る。その「忠告」を言い終えた瞬間、私はトリガーを引いた。

 五つの砲口から迸った火線と砲弾が、コロニーの空を切り裂き、遠方にいるエンツィアンに襲いかかる。一つ、二つ。彼方に咲いた爆発の光輪を確かめるまでもなく、エンツィアンの機体が四散したであろう、と判断した私は、判定が下されるのを待つことにした。

 

 だが5秒経っても、試合終了の判定が下されていない。

 

「判定が下されてない。ということは、仕留め損ねたか」

『――見事ね。剣技のコンビネーションにさっきフルバーストモード……ふふっ、やられたわ』

 

 メインスクリーンに目を走らせた私が呟くと、クズノハ選手の声が無線越しに聞こえる。

 彼女の声には、感心と称賛が込められているようだ。

 

 やがて黒煙が払われ、私は大破してもなお右手のビームサーベルを掲げるエンツィアンに意識を凝らした。スラスターが損傷しているのに減速の気配を見せず、まっすぐ相対距離を詰めてくる。クズノハ選手が白兵戦で勝敗を決したいならば、こちらはこの武器で――。

 

「右手パルマ・フィオキーナ……アクティブ。リミッター解除、出力……120%」

 

 イタリア語で「掌の銛」の意。「デスティニーフィンガー」とも呼ばれている。こいつは中距離射撃もできるように作られているのだが、私は敢えて密着状態で発砲する使い方を選んだ。

 何故なら、いま行っているのは戦争ではなく、ガンプラバトルだ。相手が白兵戦を所望しているのなら、それに応じるのが礼儀というもの。そう……レナート兄弟のように、遊びの範疇を超えた戦い方はできないのだ。

 

『でもわたしは、まだ負けてはいないわ!』

「ならば、この一撃で勝負を決めましょう」

 

 ビームサーベルを突き出し、徐々に相対距離を縮めつつあるエンツィアン。私もパルマ・フィオキーナの照準をその胴体に重ね合わせ、フリーダムを突っ込ませていった。センサーで捕捉できる距離──至近と表現するべき距離まで近づくと、発射口から顕現させた短距離型ビームソードを、その胴体に打ち込もうと手を伸ばした。

 ビームソードの切っ先がビームサーベルの切っ先と衝突し、雷鳴のような音を立てながら青白いスパークを散らせた。そして数秒が経ち――損傷が激しかったせいか、エンツィアンのビームサーベルが突如粒子となって霧散し、消えていった。

 

 クズノハ選手が機体を後退させようとしたようだが、それは遅すぎる反応だった。

 厚さ2cmのプラ板を一秒未満で切断する光の剣がエンツィアンの胴体を貫き、プラスチックが壊れる衝撃――手応えのようなものがアームレイカーの振動を介して私に伝わった。

 

「トドメだ……砕けろッ!」

 

 勝利を確信して叫びながら、私はトリガーを引いた。

 

『Battle ended.』

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『第一試合、勝者――絢瀬悠凪』

 

 アナウンスが流れた瞬間、観客席から熱狂的な拍手喝采がわき起こった。

 

「見事な戦いだったわ。今回は、わたしの完敗ね」

 

 そう言って彼女は握手を求めるように手を出してきた。「クズノハ選手のような強者と刃を交えられたことを、自分は誇りに思います」と、私が言いながら握手を返した。我々がお互いを好敵手と認めた瞬間であった。

 

「貴方ほどの実力者を抱えながら、どうして学園側がプラモデル部を廃部にしたのかしら?」

「それは学園側ではなく、前任生徒会長の独断と聞いたことがあります」

「そっ、そうだったのか。ところで……少し、時間をいただいてもいいかしら?」

 

 彼女が言うと、私が左手の腕時計を眺める。

 

「――10分くらいなら」

「ええ、それで十分だわ」

 

 メインホールを出て敷地内の喫茶店へ向かうと、私は紅茶を嗜みながらバトルの最中に交わした「約束」を果たすべく、彼女が知りたいことを話せる範囲で話した。剣技をガンプラバトルに応用するテクニックや、ゲーム感覚でガンプラを操作した感想など、彼女は聞きながら面白そうな表情を浮かべた――が。

 

「クズノハ選手は、プラモデル部の部長だった真田先輩のことを、どこまでご存知ですか?」

「真田選手は優秀なファイターだった。前向きな性格で、ガンプラとガンプラバトルを心から愛していた……エレオノーラ・マクガバンに敗北するまでは。彼は今、どうなったのかしら……」

 

 真田先輩の話を切り出した途端、クズノハ選手の表情が一変した。

 長い付き合いの友人を、惜しい好敵手を失ったかのような、残念そうな表情だった。

 

「今のところは消息不明……ですか」

「ええ……残念ながら。お役に立てず、ごめんなさい」

「いえいえ、十分に役に立っています。クズノハ選手に謝ることはありません」

 

 ちょうど10分が過ぎた頃、彼女は「次の試合は応援に行くから、頑張って」と言い残して立ち去り、私は体育館2階にあるVIPルームに足を運びながら、貰った情報を整理する。

 

 真田先輩がお亡くなりになったことを、クズノハ選手は知らなかったが、三代目メイジンであるユウキ・タツヤは知っていた。つまりこの件は、特定の人物にしか知らされていない。

 その次に、玲奈は真田先輩とほぼ話したことがなく、留学しにきたシルヴィに至っては面識すらなかった――だが、篠原先輩はどうだ?

 プラモデル部を復活させる案を持ちかけてき、私をこの大会に参加させる為に色々根回しをしていた篠原先輩はきっと、この件について何かを知っているに違いない。そういう考えが頭を擡げていたが、それは初老の声が聞こえるまでのことだった。

 

「お見事な戦いでございました、絢瀬様」

「貴方は、ボラルコーチェさん。それに騎士団の方々……」

 

 シルヴィに仕える慇懃な老執事と数人の黒服、もとい従騎士たちが出迎えてくれた。

 

「シルヴィア様がVIPルームでお待ちしております。どうぞこちらへ」

 

 

 

 

 

「久々に、戦慄が走った」

「この大会で一番優れたガンプラは、恐らくはシルヴィアさんのクラスメイトが製作した――」

「せやな……きっと、あのフリーダムガンダムです!」

 

 VIPルーム内の話し声がドア越しに伝わってくる。

 その中の1人はユウキ・タツヤだが、残る2人は誰なんだろう……やがてボラルコーチェさんが両開きの立派なドアを押し開き、私は声の持ち主と相見えることになった。トレードマークの帽子を被っている少年と、『Zガンダム』の主人公――カミーユ・ビダンに似た容姿を持つ少年だ。

 

 だが、ミナと玲奈がこの場にはいない。

 外に出ていたかもしれない。

 

「シルヴィア様。絢瀬様をお連れ致しました」

「ありがとう、みんな」

 

 報告を上げたボラルコーチェさんが丁寧に一礼し、シルヴィが労いの言葉をかけると、こちらに寄ってき――私の腕にしがみつくようにギュッと抱きついてきたのだった。

 

「あのクズノハ・リンドウに勝っちゃうなんて、本当に凄かったわ!」

「流石はお兄ちゃんです……って――」

 

 ソファーに座ったエルに助けを求めるつもりだが、寝落ちしていたので仕方なく諦めた。今度はその隣にいる黒いコートを着た女性――エキスナさんに助けの視線を向けてみたが、介入する気がなかったようだ。

 

「――シルヴィったら、抜け駆けなんてずるいです!」

「ありがとう、シルヴィ。それと、急にくっついてくるのはやめてもらえるか?」

 

 やきもちを焼いたのか、腕を組んで頬を膨らませている美玖。

 約5秒が経つと、シルヴィは「えへっ」と笑い、やっとしがみついた手を離してくれた。しかし今度は美玖にくっついていった。二人の笑顔を眺めていると、心が穏やかになり、疲れが癒されるのを感じた。百合はいいものだ、と私は心の中でそう思った。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、絢瀬君が勝てて良かったわ」

 

 と、優美に長い足を組んでいる篠原先輩がそう言うと「絢瀬君の実力なら、彼と対等のバトルができると思うわ」と付け足して、トレードマークの帽子を被っている小柄な少年に目を向けた。

 篠原先輩の視線を感じたせいか、その頬がほんの少し赤くなっていた。気持ちを取り繕うように帽子をいじると、少年は「初めまして、絢瀬はん」と、関西弁で挨拶をした。

 

「まさか君は、第七回世界大会の、ベスト16……!」

「そう、そのまさかや。ワイの名前は――ヤサカ・マオ!」

 

 気合の入った声で自己紹介をすると、マオは珍妙なポーズを取って言葉を付け足した。

 

「世界一のガンプラビルダーを目指しとる、ガンプラ心形流の正当後継者や!」

「……絢瀬悠凪だ、よろしく。ヤサカ君、っていいんだな?」

「いえいえ、こちらこそ。それとワイのことはマオっていいんです」

 

 ヤサカ・マオと握手を交わすと、私は彼の傍にいる、カミーユ・ビダンに似た容姿を持つ青髪の少年に目を向けた。すると「申し遅れました」と言った少年の視線が、私に向けられた。

 

「初めまして、絢瀬さん。僕は、イオリ・セイって言います」

「第七回世界大会の優勝ビルダーと相見えるとは、光栄の極みです」

 

 会いたかった……会いたかったぞ、イオリ・セイ!

 この喜びと高ぶる気持ちを抑えながら、私はセイと握手を交わした。

 

 私が篠原先輩の隣にいる席に着くと、セイはやや畏まった口調で「突然なんだけど、絢瀬さんのフリーダムを、僕たちに見せてもらえないでしょうか?」と、お願いしてきた。もしかして、緊張してるのか。一瞬、セイの異常を見抜いたのか、美玖とシルヴィがこちら寄ってきた。

 

「どうしたの、セイ君。そんなに畏まっちゃって」

「もしかして、緊張します?」

「その、絢瀬さんは僕より年上ですし、何とも言えないオーラを感じますし……ついに」

 

 震えそうな指先をきつく握りしめ、目を逸らさずに答えるセイに「感じる、か……まるでニュータイプかのような物言いだな」と、私は苦笑混じりの声で言った。子供じみた妄言、という意味で言ったのではなく、ただ気分を和ませるつもりでガンダムネタで言い返しただけだ。

 

 一瞬だけポカンとしたセイだったが、次第に緊張した神経を解して「えへへっ」と笑い、そっとセイの肩に手を乗せたシルヴィは「気軽いに下の名前で呼んであげて、セイ君」と言いながら私に目を向ける。その方が気楽でいい、と即答した私は我が愛機のガンプラを机の上におき「何という完成度だ!」と、グラサンを外したユウキ・タツヤはやや驚いた声で言った。

 

「こうして間近で見ると分かる、凄い完成度だ! フリーダムをペースにストライクフリーダムとインフィニットジャスティス、デスティニーの要素を取り入れたオールラウンダー機。こんな複雑な構造をしていながら、プラの強度対策がしっかりしている……このガンプラは、凄い!」

「それだけやないで、セイはん。悠凪はんのフリーダムは、全てのパーツがフルスクラッチで製作されとる。細部が市販品とちゃいますから、一目で分かりますわ」

「え、そうだったのマオ君⁉ わたしは一度触ったことあるのに、全然気づかなかったわ」

 

 スクラッチビルドとは、プラモデル製作方法の一つである。

 市販品のキットを作るのではなく、ありとあらゆる材料を用いて、プラモデルを自作することを指す。スクラッチと略されることが多いが、一部ではなく完全自作する場合は特にフルスクラッチビルドと言う。シルヴィは気づかなかったが、糸目が開眼したマオはこれを一目で見抜いた。

 

「マオの言う通りだ。このフリーダムは、市販品のRGとMGキットを参考に、俺が完全自作した1体しか存在しないガンプラだ。だが……その製作過程や方法を教えることができない」

「まあまあ……誰にも言われへん秘密はあるから、悠凪はんが気にする必要あらへんよ」

「待て、これらのパーツに塗装された痕跡がなかったし、その色合いも成型色に――まさか⁉」

 

 我が愛機のガンプラは並みのフルスクラッチモデルではないことを、セイは気づいたようだ。

 

「どうしたんだ、セイ。そんな大声を出して」

「悠凪さんは、もしかしてガンプラのパーツを成型する技術を、掌握したんですか?」

 

 しかも現在から3世紀先の技術が使われている、なんてことは教えられないから。

 そこで私は、社会人がよく使う言い訳で誤魔化すことにした。

 

「それは、君の想像に任せるよ――」

 

 と言いながら、私はセイの耳元で続きの言葉を囁いた。

 

「この件を秘密にしておきたいから、これ以上の詮索は無用に願いたい」

「……わっ、分かりました。詮索はやめます」

 

 自分の席に戻った途端に『第二試合は、まもなく始まります』とアナウンスが流れてき、マオは「こっからはワイの出番です!」と言いながら外へ走って行った。「マオ君、ファイトだよっ!」「頑張って、マオ君」と、シルヴィとセイは励ます言葉をかけてあげた。

 

 そしてセイはこちらに振り向いて――。

 

「悠凪さんのフリーダムを見て思ったけど……オリジナル武装がなく、単に他の機体の要素を組み込んだだけで、何だか――ガンダムの世界観に囚われすぎているって感じがします」

「そうか。セイからもそう見えるか。実は全く同じことを、昨日シルヴィにも言われてたよ」

 

 額に汗を浮かべ、少し目を逸らしたセイが「そっ、そうだったんですか」と言い、すると美玖は「お兄ちゃんは怒ってませんから、そんなに身構えなくていいのですよ、セイくん」とセイを落ち着かせるように言った。私は全然怒っていないのに、不機嫌そうに見えてしまう顔が最近多かったようだな。

 

 連日の疲れがまだ癒えてないのかもしれない。

 寮に帰ったら、美玖に癒してもらうとしよう。

 

「絢瀬君の作ったフリーダムは昔の部長が作ったガンプラより精巧で、とても素敵だと思うわ」

「お褒めに預かり光栄です、篠原先輩」

 

 と、真田先輩のことを、名前ではなく「昔の部長」と称した篠原先輩。

 彼女が知らないはずがないのだが、何か言いにくい事情があると見ていいだろう。この件を一旦棚上げにし、私は中央のバトルシステムに目を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 マオはガンダムX魔王で出場すると思っていたが、持ち出したガンプラはクロスボーンガンダムだった。胸部のパーツが巨大な髑髏になっていたそのガンプラは――。

 

「マオのガンプラは、X1をベースにしたの改造機か」

「はい。その名前はクロスボーンガンダム魔王という」

 

 ベースとなったガンプラは、クロスボーンガンダムX1ではあるが、全面的にガンダムX魔王の機能を継承していることはもう知っている。そして一番特筆すべき武装は、胸の髑髏に装備された本機の必殺技とも言える「スカルサテライトキャノン」だ。

 

 内蔵型になったことで射角が機体前方に固定され、ストフリのカリドゥス複相ビーム砲のように構えずに撃てるのだが、依然として粒子供給に関する弱点が残っているから連射はできない。胸の髑髏の口が開く動作は発射の合図だから、事前に察知すれば回避も可能だ。

 

「見て、セイ君。クロスボーンの髑髏が開かれたわ」

「対戦相手の機体を視認してないのに、サテライトキャノンを撃つつもり⁉」

「いや違う。マオはすでに、相手の居場所を把握している!」

 

 そうでなければ、サテライトキャノンを撃つなんてことはしない。

 クロスボーン魔王のデュアルアイ・センサーがぎらりと輝き、胸から迸ったサテライトキャノンの火線が灰色の装甲を照らし、フィールド上のオブジェクトを薙ぎ払っていった。そして次の瞬間には、試合終了の判定が下された。私の考えた通りだった。

 

「うふふ、本当に絢瀬君の言った通り、マオ君は相手の居場所を把握していたのね」

「相手のガンプラを設置物もろとも薙ぎ払うなんて、とても豪快な戦い方でしたわ」

「えへへ、マオ君らしい戦い方というか……」

 

 だが、この出力のサテライトキャノンなら、連結ビームサーベルで斬り裂くことが可能だ。

 我が愛機のガンプラはそれができる。いや……正確には、できるように作られていた。

 

「ねえ絢瀬君。もし試合でマオ君とぶつかったら、勝算はどのくらい?」

「篠原先輩は心配性ですね。相手がマオとクロスボーン魔王でも、勝利するのは俺です。それより先輩、いつまで俺の腕にしがみつくつもりですか?」

 

 私が言うと、顔が瞬時に沸騰した篠原先輩が後ずさり「またやっちゃった……」と呟いた。反応から察するに、無我夢中でしがみついてきたらしいのだが、やきもちを焼いた美玖の視線が彼女に向けられた。例のジト目だった。

 

「篠原先輩、わたしのお兄ちゃんに何をなさってるんですか?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 あっさりと謝罪の言葉を述べる篠原先輩だった。

 再び外に目を向けると、ちょうど第三試合が始まる頃合いで、第二試合に勝利したマオもVIPルームに帰ってきた。その後に続いて入ってきたのはミナと数人の従騎士だった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ミナ、さっき何処に行ってたんだ?」

「間近で絢瀬様とヤサカ様のガンプラバトルを見学する為に、1階の観客席へ参りましたわ」

「そうか。バトルを夢中になって、ミナのことを気づかなかった」

「お気になさらず。紅茶をどうぞ、絢瀬様」

 

 と、ミナが砂糖とレモンスライス入りの紅茶を差し出してくれた。

 湯気の立つそれを啜って「中々美味しいな」と私は目を細めた。テラスに持ち出すこともできるお茶用のテーブルに紅茶のセット、おまけにクッキーまで持ち込んでいた。こういったイベントは大体「飲食物持ち込み禁止」なのだが……どうやら「例外」もあるようだ。

 

 まあ、十中八九は「王族パワー」で主催側にこれを認めさせたのだろう。

 詳細は気になるのだが、私は敢えて触れないことにした。

 

「そうだ、ミナ。玲奈はどこにいるか知ってるか?」

「1階の観客席におりますわ。今もネーナ・トリニティに似た女性とご一緒してるはずですわ」

「……それって、コスプレイヤーか?」

「ええ。しかもその女性のコスは、ご本人様と見間違えるほどのクオリティでしたわ!」

 

 クッキーを食べたミナが嬉しそうに言い、私はネーナと玲奈の姿を脳内に思い浮かべる。

 服のセンスといい、ギャルっぽい容姿といい、何だか色々と趣味が合いそうだな。お互いに良い友人になれそうだな、この二人は。

 

『只今より、第三試合――サツキノ・ミサ対、市松央路の試合を行います』

 

 そしてアナウンスが流れた途端、私は驚きのあまり声が漏れた。

 

「なっ、市松央路⁉」

「絢瀬様の知り合いの方ですの?」

「いや……そうじゃない」

 

 気持ちを取り繕うように紅茶を一口飲むと、私は再びミナに目を向けた。

 

「この前の野球試合の選手リストに同じ名前が載っていた。確か縞投良と同じチームだったはず」

「お兄ちゃん、多分このリストだと思います」

 

 と、美玖が自分のスマホを差し出してきた。

 スクリーンに表示されているのは、今年の全国高校野球選手権大会の選手リストだった。全員が写真付きでリストに記載されており、央路の所属するチームが初戦で敗退したことも分かった。

 そして、リストに記載された資料によれば、元々キャッチャーだったはずの央路が予備役として試合に参加した。この世界の央路も、監督にパワハラされた挙句に降板されたか。

 

「やはり、彼だったんだな……」

 

 しかしその処遇は、原作と同様に不憫すぎる。

 

「試合が始まりましたわ、絢瀬様」

「ああ、分かっている」

 

 手にしたスマホを美玖に返すと、私はバトルシステムに目を向ける。

 サツキノ・ミサの使用するガンプラはブレイジングガンダムという、HGFCゴッドガンダムがベースとなった改造ガンプラのようだが、対する央路の使用するガンプラは――。

 

「あの機体は、ガンダムMk-Ⅱの改修型か」

「そのようだけど、両腕のパーツがドーベン・ウルフのものに交換されてます。左手にグローブのようなパーツを装着してますし、それに右手のライフルは……び、ビーム・マグナム⁉」

 

 ビーム・マグナムを携えたMk-Ⅱか。もしかすると『UC』の後日談に登場するあの――。

 

「セイ、あのMk-Ⅱは『獅子の帰還』に登場する、リディの眼前に現れた機体だな?」

「はい……バナージ・リンクスが搭乗する、メガラニカ所属のガンダムMk-Ⅱです!」

 

 私の疑問に対するセイの答えは、肯定だった。

 ふいに、大型スクリーンに映し出されたブレイジングガンダムのセンサーが輝き、両手首を合わせて拳からビームを撃ち放った。対するMk-Ⅱは防御の素振りを見せず、ただ左手を前方に伸ばしただけだった。あのグローブに「何か」仕込んでるのか?

 

「なにやっとるんだあの人、このままだとやられちゃいますわ!」

「待てマオ君、あのグローブに何か光って――」

「みんな見て、ブレイジングガンダムのビームがかき消された!」

 

 シルヴィは「ビームがかき消された」と言っているが、「グローブがビームを吸収した」の方が正しい。あれは、スタービルドストライクに搭載された、相手が放ったビーム攻撃に使われる粒子を変容・吸収し、無効化した上で貯蔵する、セイが作ったオリジナルシステム――。

 

「あれは、アブソーブシステムか」

「はい……吸収量がコスモスより劣っていますけど、グローブは頑丈に出来ています」

「お兄ちゃん、セイくん。Mk-Ⅱが攻勢に転じました」

 

 戸惑った挙動を見せたブレイジングガンダムに、央路のガンダムMk-Ⅱがビーム・マグナムの銃口を向け、撃ち放った。シールドを持たないブレイジングガンダムは、回避を強いられることになり、やがてビーム・マグナムの火線に機体を掠められてしまい、地面に墜落し始めた。

 

 そこで、地面に降下した央路のガンダムMk-Ⅱが、ある行動を見せる。

 グローブから放出されたプラフスキー粒子を右手に集中させて、それが金色に輝くボールに姿を変えた瞬間、Mk-Ⅱは機体の上体を逸らし、左足を空に掲げた。そして、ボールを投げる瞬間に地面を踏み込んだ。一連の動作に無駄がなく、まるで野球書籍に載っている見本のようだった。

 

「あの体勢は、野球でピッチャーがボールを投げる時と同じ!」

「フッ、どうやら勝負あったようだな」

 

 私が言い終えたその時、両腕のビームトンファーを展開し、ボールを防ごうとしたブレイジングガンダムの両腕が粉砕されて撃破された。例え小さなボールでも、その質量に速度を掛け合わせた力で激突した結果は、破壊的な反作用をガンプラにもたらすのだ。

 

「まかさな、本気でガンプラに野球をやらせる人がいるとは」

「僕は一度だけ、経験したことがありますけど――」

「第七回世界大会の時だろ。しかも、君たちの対戦相手はタイ代表のルワン・ダラーラさん」

「はい……あの戦いは、今も記憶に新しいです。市松さんのバトルを見ていると、レイジと一緒にもう一度やってみたいなって思いました……えへへ」

 

 レイジ、か。

 いつ会えるか分からないが、その時が来るのを楽しみにしている。

 

 それにしても央路は凄いな、野球のテクニックをガンプラバトルに応用した上でサツキノ選手に勝利したとは。だが、サツキノ選手は篠原先輩の言う「警戒すべき強者」の内一人。そんな彼女が央路に倒されたいま、私は央路というダークホースを警戒しなければならなかった。

 

 それでも私は、君とのバトルを楽しみにしているよ……市松央路。

 

 つづく

本作のオリ主以外のオリキャラ中に、誰のことをもっと知りたいですか?

  • 風間隼人
  • 篠原聖奈
  • 鳳凰院美玖&カレン
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