現在スランプ中でなかなか執筆が進まなくて、更新が遅れてすみません。
皆様のご感想をお待ちしております。
準々決勝の対戦相手が使用するガンプラは、火星独立ジオン軍仕様に改修された朱色のガンダムF90だった。しかしその武装構成は、本来とは異なっている。
ミッションパックがGファルコンのように、機体の胴体部を前後から挟み込むようにドッキングしており、左腕にはZガンダムのシールドに似た専用シールドをマウントしている。そして右手のビームライフルの銃身には、小さなデバイスが複数マウントしているようだ……あれらは何だったのかはまだ検討がつかない。
「……来たか」
サブモニターから顔を上げた私が呟くと、高速で飛来するF90に目を凝らした。
そのスピードは、確かに並みのガンプラを遥かに凌ぐものだった。機体とドッキングした専用のミッションパックに備わった高性能のスラスター・ユニットが成さしめることだが、それだけではない。相手は進路上のデブリを蹴り、その反作用力を推力に掛け合わせる術を心得ていた。
「あれでは、まるでフル・フロンタルだ」
赤い彗星の再来と言われる男を彷彿とさせるマニューバを見せる朱色のF90に、私はFCSをビームライフルに切り替え、照準のレティクルをその機影に重ね合わせ、すかさず発射トリガーを引いた。だが、高速で直進するビーム弾と言えども、それを上回るスピードで移動し続ける物体にそうそう当たるものではない。
F90は横ロールでビームを避け、速度を落とすことなくこちらの上を取る挙動を見せた。何をする気だ、と疑問を口にした瞬間に、対戦相手の声が無線の底で立ち上がり『初出場でクズノハ・リンドウを打ち負かすとはな――』という鋭い声が、私の耳朶を打った。
『ノーブル学園の青二才にしてはなかなかやる。しかし、俺に出会ったのが運の尽きだッ!』
右手のビームライフルを真上へ突き出したF90のツインアイがぎらりと輝くと、その銃身から6つの小物がパージした。慣性運動に従い、F90の周囲に束の間滞空したそれらは直ぐに自らのスラスターを焚いて動き始め、先端からビームサーベルを発振させると同時に猪突してきた。
『さあ……俺の踏み台となれぇ、青二才ぃぃ!』
「フッ、貴方は相当な自信家ですね。でも――」
あれらはファンネルに似たオールレンジ攻撃兵装だが、ビーム砲としての機能は搭載されてないようだ。自由に動かせるビームサーベルという、AGE-FXのCファンネルのように相手に突き刺さって攻撃を行うことしかできない、と考えていいだろう。
オールレンジ攻撃兵装の対処方法は、とっくに心得ている。そもそも、こういう相手を見下して勝ち誇る傲岸不遜な輩には、絶対的な実力差を見せつけねばならないな。
「――勝ち誇った時点で、貴方にもう勝ち目はなくなりました」
『アホ抜かしてんじゃねぇ! 突き刺せ、ヒルトファンネル!』
――武装選択……フラッシュエッジ2ビームブーメラン。
この武装はオリジナルと違って、二つのブーメランの本体部分をドッキングすることで「ツインエッジ」として使えるように再設計してる。これをファンネルの群れに投げつけると、私は石竹色のビーム刃に目掛けてビームライフルを連射した。
「ビーム・コンフューズ!」
一つ、二つ、三つ。石竹色のエネルギー波が広がり、それを浴びたヒルトファンネルが相次いで炸裂し、鮮烈な爆発光をデブリの海に押し広げた。『なっ、ファンネルが全滅だと⁉』と対戦相手の慌てた声が無線を弾け、同時に機体を反転したF90が、大きめのデブリの後ろに回り込もうとスラスターを全開にした。
しかし、わざわざ背中を見せた敵を見逃すほど、私は甘くはないのだ。
アームレイカーを繰り、武装の選択画面に「アンビデクストラス・ハルバード」をクリックすると、私はF90の背中を追うようにフリーダムを突進させた。ゼロに近い距離まで近づくと、その機体を両断するように剣を横一閃に振るった。だが、致命傷が間一髪で躱され、損傷させたものの撃破するには至らなかった。
『は、ハルファイターが……クッ、踏み台の分際で、よくもやってくれたなぁ!』
「よく言えますね。では、この一撃でお終いにしましょう」
対戦相手を見下したり暴言を吐いたり、相手のことを眼中にない不遜な態度。
この男もまだ、二代目の思想に影響された被害者かもしれない。まあ、倒すことに変わりはないが、今度はソードスキルではなく、別の技を試してみるとしよう。
「受けるがいい、終焉の十字――」
手近なデブリを蹴り、その勢いで距離を引き離すと、私は右手に持たせたアンビデクストラス・ハルバードを振るって静止したF90に目掛けてX字状のエネルギー波を飛ばした。
「――デッドリー・クロス!」
この技はソードスキルではなく、ゲーム作品『閃の軌跡』に登場する主人公の友人――クロウ・アームブラストのSクラフト。ソードスキルの秘奥義に相当する必殺技とも言える。
瞬く間、石竹色に輝くエネルギー波がF90の機体を4つに裂き、決着が付いたことを知らせる大いなる爆発光の花が宇宙の虚空に咲いた。
◇◆◇◆◇
勝利したのは良いが、相手が弱すぎて肩慣らしにもならなかった。
大口を叩くしか能が無く、最初の試合で戦った、クズノハ・リンドウの足元にも及ばないくらい弱かった。勝利していても物足りなさと口惜しさが残る。これが強者との戦いを求める、私の傲慢だとでもいうのか。そういう思考が頭を擡げたままバトルシステムから離れると、見知った少女と先輩、そして知り合ったばかりの青髪の少年が出迎えてくれた。
「お見事な戦いぶりでしたわ。流石は絢瀬様です!」
「ありがとう、ミナ」
「本当に凄いです、ビーム・コンフューズでファンネルを一掃するなんて!」
「一つずつ落とすより、この方法が効率が良いので咄嗟にやってみたが、結果オーライだな」
実際、咄嗟の判断でやったのではなく、何度も同じことをやっていた。しかも、実戦でだ。
私にとっては当たり前のことだが、セイにとっては違うだろう。
「順調に勝ち進んでいてよかったわ。だけど……」
と、篠原先輩が言いながらくっついてきた。
柔らかい感触が私の腕にかかり、思わず篠原先輩の身体に目が行ってしまった……でかい。
「……先輩、急にどうしたんですか?」
「もし負けたら承知しないからね。その代わり、絢瀬君が優勝したら――」
「約束通りプラモデル部を復活させる、ですね」
「その通りよ。さらに、おまけに――」
そう言葉を付け足した篠原先輩がさらに寄ってきて「わたしのことを好きにしていいよ」と私の耳元で囁いた。艶かしい声が耳元で囁かれ、私はどくんと心臓が脈を打つ音を聞いた。
「ごふっ……なっ、なにっ⁉」
それと同時に、私は咳き込んでしまった。
好きにしていいってことはつまり……という不純な考えが頭を擡げながら、再び篠原先輩の身体に目が行ってしまう。胸や腰の曲線が魅力的なのはもちろんだが、ぷるんとしていて艶々な薄桃色の唇に、短いスカートの下から覗くむちっとした太もも、しかも生足とか反則すぎる。
他の男子なら一発で堕とされるかもしれないが、私には無効だ。
何故なら私は……美玖のことしか考えられないからだ!
「絢瀬君が優勝したら、ご褒美として壁ドンでも顎クイでも好きにするといいわ!」
「いや……それは先輩の欲望なのでは?」
「ちょっと、先輩に口答えしないのっ!」
篠原先輩は明らかに、誘っているな。
さっきから一瞥したミナとセイだが、ようやく事情を飲み込めたのか、篠原先輩の大胆な発言に驚きと赤面を隠せずにいた。数人の黒服――もとい、従騎士たちは一瞬だけお互いに顔を合わせると、私と篠原先輩に視線を向けてきた。グラサンをかけているので、表情が分かりづらいが、多分ミナとセイと同じであろう。
ただ、ずっと気になっていたことがある。
なぜ篠原先輩は、こうまでして私を誘おうとするんだ?
私が美玖しか眼中にないことを彼女は知らないわけあるまい。知った上で誘ってきたのか、それとも私に何かを求め・期待しているのか、その本心がまだ見えない。そもそも、一度ならず二度もからかってきて、もう我慢が限界だった。色々狙いすぎてドン引きしてしまったんだ。
「もういい加減離してください、迷惑ですよ!」
「……痛っ⁉」
彼女の手を振り下ろそうと思い切って腕を振ったが、力加減を誤って彼女を突き放すような形になってしまった。身体を震わしながらよろよろと後退った彼女だが、今度は通路脇に置かれた看板に足を引っ掛けてしまう。黒服たちもこれを察知したのだが、距離は私の方が近い。
「あっ、ぎゃっ⁉」
「篠原さんが転んでしまう!」
「――先輩!」
他の面々が驚愕している中、私は転びそうになった篠原先輩の腰を支え、そのまま横抱きに抱え上げた。目を奪われる胸の大きさわりに軽い、この点は美玖に似ているな。
「すいません、先輩。俺はそんなつもりでは――」
「ううん……たっ、助けてくれて……ありがとう」
お怪我されなくてよかった。彼女は私に横抱きにされたまま、小さな口を開いて速い呼吸を繰り返す。目が虚ろで、身体もブルブルと震えている。かなり突然だったので、驚かせてしまったかもしれない。とりあえず近くの空き席に座らせよう。
「大事に至らなくて幸いでしたわ。絢瀬様、今後は気を付けなさいな」
「ああ、気を付けるよ。じゃあ、また後で」
篠原先輩は気にしてないようだが、気まずい雰囲気は残り続けた。今よりもまずい雰囲気にならないために、この場を一時的に離れることを決めたのだが「お待ちください、絢瀬様!」と、駆け寄ってきたミナが、私を引き留めようと服の袖を引きながら言った。
「次の試合はもうすぐ始まります。絢瀬様は、どちらに行かれるのですか?」
「会場の外を散策しに行くだけさ、準決勝が始まる前に戻ってくる」
「分かりましたわ……お姉様と鳳凰院様にもそう伝えておきますね」
そのまま出口へと向かったが、ふいに後ろからミナの声が聞こえて――。
「絢瀬様、どうかご自分を責めないでくださいまし」
と、ミナが慰めの言葉をかけてくれた。
危うく篠原先輩を怪我させそうになったことに自責の念に苛まれていたが、ミナの言葉のお陰で少し心身が軽くなった。礼を言う、ミナ。
数時間前では大勢の観客に埋め尽されていたはずの広場が、今は閑暇期を迎えている。人の気配はなく、車の音も聞こえず、鳥の囀り声だけが散漫に空気をかき回している。心身を落ち着かせるには丁度いい環境だ。私は広場の縁を半周ほど歩き、自販機横の木製ベンチに腰を下ろした。
吹きつける心地よい風を感じながら、私は目を閉じて休息を取る。
「(これは……楽器の、ヴァイオリンの音色?)」
ふいに、ヴァイオリンが鳴っているのが聞こえる。知らない曲だが、静かでもの悲しく、胸の内を波立たせずにおかない狂おしい音色が、無限の広さを持つ漆黒の異空間に広がっていく。そして私が顔を上げると、広大な海に聳え立つ桜の巨木――虚数の樹が見えてしまった。
「(なぜ今になって……これはまさか、神との再会が間近に迫る前兆⁉)」
いや待て、今度は何か違う。なぜ私を転生させたあの女神が姿を現していない?
それにあの虚数の樹、サイズが前より小さく見える。
「(一体どうなっているんだ?)」
その疑問を抱えたまま、私は足を踏み出して音がする方に向かう。すると巨木の枝に吊るされた鉄製の鳥籠が、私の視界に入ってきた。中に閉じ込められている、白いヴァイオリンを弾いている金髪の少女は、私を転生させた女神――カレンだった。
「とりあえず、登ってみるか。でも、どうやって――」
と、私がそう呟いた瞬間にヴァイオリンの音が途絶え、変わりにカレンの叫び声が聞こえる。
「木に登る為の道具を、梯子などをイメージしてみてください!」
梯子というより、階段の方がよっぽど良い。
私が鳥籠のところに直接登れる階段を脳内でイメージすると、それが現実となって現れた。どうやらこの異空間は、脳内でイメージした物件を具現化する性質を持っているようだ。私がイメージした通りだな、と呟いた私は鋼鉄製の長い階段を登っていった。
「こ、これは……言いにくいですが、目のやりどころに困ります」
鳥籠のところに着いた私は、カレンのあられもない格好を目にしてしまった。
身に着けている制服がボロボロで、フリルの下着が丸見えになっている。スタイルが抜群すぎて思わず見とれてしまったが、一瞬で我に返った私は白いヴァイオリンに目をやった。美玖が使っていた例の白いヴァイオリンと同一モデルだった。こんな偶然あるのか、と私は疑いを感じた。
「数日振りですね。まさかこんな形で、貴方と再会するなんて――」
「そんなことはいいんです。それより、この鳥籠はどうやったら壊せるんですか?」
「この銃を……天火聖裁を、使ってください。出力を三割に抑えて、鳥籠を……撃つのです」
弱っているカレンが答えつつ、黒と白を基調とした二丁拳銃を手渡してきた。銃を握ると、じんわりと暖かい熱が伝わってきた。言われた通りに「出力を三割に抑える」と念を入れながら、私は手にした二丁拳銃――天火聖裁の発射トリガーを引いた。
放たれた炎の弾丸が鳥籠の縁を焼き、次第に小さな炎が大いなる業火となって、鳥籠を焼き尽くした。鳥籠から放り出された身体を押し留めるものはなく、落下して行くカレンを受け止めようと手を伸ばすと、ふいに一瞬の浮遊感が私の身体を包んだ――。
「あ、足場が……⁉」
具現化した鋼鉄製の階段が光る粒子と化し、跡形もなく消滅したのだ。幸いカレンを抱き寄せることができたが、このままでは二人揃って量子の海に落ちてしまう。海の下がどうなっているのか分からない。それに今は死ねない、まだその時ではないのだ。
「ごめん、なさい。急に、厄介事に巻き込んで……しまいまして」
「そんなことより、ご自慢の『創造の力』は使えないのですか?」
「
「そんなことが……!」
無から有を生み出す「創造の力」を持つ彼女を打ち負かした調律者とやらは何者だ。その正体が気になったが、恐らく今の私が太刀打ちできない理外の存在であろう。彼女が「創造の力」を使えない今、私が何とかするしかない。
「この異空間が、脳内でイメージした物件を具現化する性質を持っているなら――」
「えっ、何をなさるおつもりです?」
本来は戦う為の兵器だが、サイコ・フレームを搭載したことにより、その性質が一変した。
そう、我が愛機は人の意思を感じ取れ、それを増幅するマシーンとなっているんだ。
「――我の元に来い、フリーダム!」
無心に念じた言葉を唱え、どくんと脈打つのを私は知覚した。次の瞬間にオオォン、と咆哮ともつかない機械音が空間を揺らした。顔を上げると、両翼を広げ、空気への抵抗面を大きくした我が愛機がアポジモーターを噴かしつつこちらに接近し、コックピットハッチを解放した。
「しっかり捕まっててください!」
「……は、はい!」
カレンを一気に引き寄せ、倒れ込むようにコックピットの中に入った。その魅力的な身体を全身に受け止め、シートに収まった私はまずはハッチを閉めて操縦桿を握る。私の胸に額を押し当てて「はぁ……」と息を吸い込んだカレンの体温が、制服越しにも伝わってくる。
「(なんだ、この抱き心地の良さは⁉)」
心身が打ち震え、一も二もなく抱き竦めたい衝動に駆られたが、それができる状況でないことは分かっていた。具現化したフリーダムで、この空間を脱出することが先決だ。
クロスゲート――もとい、千界一乗は使えるか、と焦りに唇を噛みしめた私が次元転移システムのインターフェースを呼び出すと、カレンは「私にお任せください」と言いながら目が回るような速さでキーボードを叩いた。入力したものは、数字の羅列だった。
「ゲートの出現は5秒後、その瞬間にゲートに飛び込んでください」
「……わ、分かりました」
よく分からないが、私は彼女の言う通りにした。ゲートが出現した瞬間にフリーダムを内部に突っ込んませていく。そしてゲート内部の境界空間を通り抜けた先にある場所は――。
「リベル・アークだと⁉」
「どうやら、上手く……いったよう、です……ね」
見覚えのある浮遊城、間違いなく我が家だ。唐突にスマホの着信音が鳴り、通話ボタンを押すと電話口から『絢瀬君、大変じゃ!』と、エイフマン教授の焦った声が聞こえてくる。
「どうかしましたか、エイフマン教授?」
『君の機体が――フリーダムが突如、消えてなくなったのじゃ!』
これは驚いた。
今乗っているフリーダムは具現化したものではなく、私と共に戦い抜いてきた本物だった。
「えっと、教授。そちらはアクシスピラーの頂上が見えますか?」
『アクシスピラーの頂上か、少し待て』
しばらくの沈黙の後――。
『なるほど、とんでもない事故だと思っておったが、君が転移実験を行っていたのか。そう言えば今日は、そちらはガンプラバトルとやらの試合の最中ではなかったのかね?』
「それは……ちょっとした事情がありまして。教授、格納庫のハッチを開いてもらえます?」
『お、おう、分かった……』
◇◆◇◆◇
無事に帰ってきたのは良いが、出迎えてくれたエイフマン教授とイアンさんが、面食らった顔で私を見ていた。制服が破られているカレンを横抱きしているから、かもしれない。
爺さんたちはお互いに顔を合わせると、にぱっと笑って「はははっ、これが若さか」「英雄色を好むとやらじゃのう」とニヤニヤ笑っている。今の私は、完全に浮気していると勘違いされているようだ。美玖がこの場にいないのは幸いだった。もしいたら土下座だけでは済まない、シメられてしまうのだ……私が!
「あの、お二方は何かを勘違いして――」
「随分と激しいプレイをしたもんだ。まあ、心配すんな……この件は秘密にしておく」
「絢瀬君、体調にはくれぐれも注意するのじゃぞ。いいか、いいな?」
どうやら、爺さんたちの誤解を解くのは無理のようだ。それに下手な弁解は事をややこしくするだけだ。そもそも今は、こんなことをする場合じゃない、一刻も早く会場に戻らないと。
カレンを寝室のベッドに座らせると、クローゼットから持ち出したノーブル学園の制服を彼女に渡した。サイズが合うか分からないが、彼女に着せられる女物はこれしかなかったから。
「これにお着替えください」
「え、ええ……この制服は、貴方が美玖の為に用意したもの、ですか?」
「そうです。さあ、お早く。外で待ってますので、着替えを終えたら声をかけてください」
正確には美玖の予備の制服だ。
事情があるとはいえ、後で美玖に謝っておこう。
「もうよろしいですわ」
「では失礼します――」
と言いつつドアを開けると、私は彼女の美しさに目を奪われるた。
金髪ロング繋がりで、しかもノーブル学園の制服を着ている故か、大人になったシルヴィと対面しているような錯覚さえ覚えた。目の色が違う以外は、顔たちがシルヴィと少し似ている。制服のサイズがピッタリなので、スタイルは美玖とほぼ同格。女神の名に恥じぬ美しさだ。改めて彼女を規格外の美少女だと認識した瞬間だった。
「あの……絢瀬悠凪。頼みがあるんですか――」
「もしお泊まりでしたら、この部屋を好きに使ってください」
「……ありがとうございます」
そう来ると思った。力の回復には時間がかかるから、彼女がリベル・アークに泊まることをもう予想していた。どのくらいの時間がかかるか分からないが、彼女を追い出す、または拒む選択肢は私にはないし、そもそも道理に合わない。
「お礼なんて不要ですよ。この浮遊城は貴女が創造してくださったものですから」
そう、彼女は私以上に、この浮遊城に住む権利があるのだ。
スマホの画面に表示された時計を見ると、現在時刻は昼の12時になっていた。会場に急がないと、早歩きで寝室を出ようとするが、私はふと思い出して「ある事」をカレンに尋ねてみた。
「そう言えば……その、一つ質問してもいいですか?」
「ええ、何なりと」
「私たちと異なる空間にいるフリーダムが、どうして私の声に応えてくれたのですか?」
質問を聞いたカレンはしばし沈黙し、それから私に寄りかかってきた。
「サイコ・フレームと神の鍵を搭載した今、貴方のフリーダムガンダムはもはや兵器の枠から外れていますよ。しかも、今のフリーダムガンダムは貴方という乗り手を得て、当初の仕様になかった性能を発揮しつつあります。ジュデッカとの戦いを、思い出してみてください」
確かに彼女の言う通り、あの戦いの最中、フリーダムはすでに幾つかの超常現象を引き起こしている。だが、それらの現象は全て、サイコ・フレームを媒介に引き起こしたものだ。それに今回のように次元や空間を越えて駆けつけてくる事例は一度もなかった。
もしかすると……今回の現象は、サイコ・フレームと千界一乗がシナジーを起こした結果、奇跡かもしれない。何の根拠もなかったが、そんな考えが頭を擡げて来たのであった。ちょうどそんな時に、彼女は私の頬に唇をつけて――。
「ななななっ、何をするのです⁉」
「うふふ、助けてくれたお礼です」
チュッと頬をキスされて、思わず照れてしまったが、そこで彼女は「試合、頑張ってください」と、私の耳元で囁いた。我に返った私はすぐさま部屋を出ていき、公園区画に設置された転移門に足を運んだのであった。
出る前に「隼人はメディカルルームにいる」ことを、カレンにも伝えておいた。カレンは「後に会いに行きますわ」と私に返事をした。隼人が彼女を見たら、さぞ驚くだろうな。
ワームホールを通過した先にある場所は、体育館隣の駐車場だった。歩道を抜けて、広場に足を踏み入れた私は、遠方から走ってきた人影に目を凝らした。女の子のようだが――「悠凪くん!」と呼びかけの声が聞こえた瞬間、彼女が誰なのか一瞬で分かった。
「どうしたんだ、美玖。そんなに慌てて」
「だって悠凪くんの気配が、急に消えましたから……」
と、泣きそうになった美玖が言いながら、私に抱きしめてきた。
「神に呼び出されただけさ。余計に心配させてしまって済まない」
「ううん……カレンさんが悠凪くんを呼び出すなんて、少々驚きました。ところで、カレンさんと何かあったのかを、わたしに教えて、もらえますか?」
私を上目遣いで見ながらお願いしてきた美玖。
元々そのつもりだったので、今まで起こった出来事を洗いざらい話すことにした。
「そんなことがあったんですか。その、カレンさんに傷を負わせた『調律者』とは一体……?」
「私にも分からない。それにあの女神は、何も言及してなかった。だが、心当たりはあるんだ」
調律者を名乗る者なら、一人だけ心当たりがある。
それは『クロスアンジュ』に登場するラスボス――「眼力だけで服を脱がすマン」の異名を持つ卑劣漢、その名前は「エンブリヲ」という。だが、あの女神をここまで打ち負かした「調律者」が本当にこの男かどうか分からないので、私はこの話を一旦棚上げにした。
「……どうかしましたか、悠凪くん?」
「あっ、いや……この話はこれで終わりたいと思う。それと制服の件は――」
「それはいいんです。わたしは全然気にしませんから」
「うん。ところで、誰かに見られているな。私たちは」
さっきから、人の視線を背後に感じた。明らかな意志を持った視線だった。
「この気配は、門柱の陰に隠れていると思います」
「そのようだな――」
不用意に近づく愚は犯さず、私は美玖の華奢な腰に手を回したまま「門柱の陰に隠れているのは分かっている、出て来い!」と大きな声を上げるのだった。すると、そこから現れた大男が身体を震わせながら「あの……準決勝に進出した絢瀬悠凪さんですよね?」と、私に尋ねてきた。
「そうだ――ん、君は、縞投良⁉」
「俺のことを知ってるんですか!」
チームメンバーが全員写真付きで選手リストに載っているから、知らないわけがあるまい。
しかし、強壮な体格わりに弱気な性格だな。
「ああ、君の野球チームが初戦で敗退したことは知っているぞ。それで……何の用だ?」
「その……あの、おっ、お願いします!」
そう言いながら、投良は私の前に土下座をした。
突如の行動に私だけでなく、美玖も面食らったように絶句した。
「お願いです! 今度の準決勝、市松央路に勝たせてください!」
「フッ、随分と勝手なことを言ってくれるな。自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「央路は野球試合で敗退した責任を取る形で、ガンプラバトル部に転部させられたのです。監督の命令によれば、もし優勝できなかった場合は退学させるって――」
未だに土下座をしている投良は言いながら、ぽろぽろと涙をこぼした。
その真剣な眼差しから察するに、央路を退学させたくないという気持ちは本物のだったかもしれない。それでも私にも負けられない理由があるのだ。それに央路が退学しなければ、原作が始まらないから。要求を断るつものだが、そこに突如「頭に来ました」と、美玖の声が聞こえる。
「……っ⁉」
流石の美玖も怒りの表情を浮かべて投良を睨んだ。
今さらだが、美少女の怒りは迫力が違うな。私もその気迫に圧倒されてしまった。
でも、私の為に怒ってくれて、ありがとう。
「だから、わたしのお兄ちゃんに『大人しく負けろ』とおっしゃるんですか?」
「無理なお願いだということは、十分承知しているつもりです! 央路も俺が、こんなことをしているなんて知りません。でも央路を退学させたくない俺はこうするしかないです!」
「それは縞さんのエゴです! そのエゴをお兄ちゃんに押し付けないでください!」
まさに美玖の言う通り、これは投良のエゴでしかなかった。
投良は央路を退学させたくないという気持ちだけが先に走って、他人の利益については一切考えていなかった。それに「央路も俺が、こんなことをしているなんて知りません」と言い放った時点で、投良は央路の気持ちさえも考えていなかったことが窺える。全く、身勝手なやつだな。
「――何やってんだ、投良!」
ふいに、青年の怒鳴り声が聞こえる。
「お、央路⁉ お、俺は……」
こちらに走ってき、濃い赤紫のパーカーを着た黒髪の青年は市松央路だった。彼は静かな怒りの表情を土下座している投良に向けて「余計なことをしてくれたな!」と怒声を張り上げる。精神面が脆い投良が耐えられるはずもなく「俺はお前の為だと思って……」と泣きながら央路に言い訳をするが、しかし今の央路は、聞く耳を持たなかったようだ。
「もういい加減にしろ!」
「――えっ、お、央路?」
「押し付けの善意なんて、悪意となんら変わりがない。俺はいつ、お前にこんなことを頼んだ?」
央路に問われて、投良は返す言葉を失ったのだった。
しばし沈黙してから、再び口を開いた央路は追い討ちをかけるように言い続ける。
「勝っても負けても、俺は自主退学するつもりだ。もう俺を放っておいてくれ」
「そっ、そんなぁ……お、央路、お前は本気なのか⁉」
「――ああ。俺はさぁ、お前たちを見限ったんだよ!」
そう投良に一喝すると、央路は私と美玖に向かって「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません」と深々と頭を下げた。一方、土下座をやめた投良は両手で頭を抱え込み、訳の分からない言葉を呟いていた。こいつは放っておいて良いだろう。
「頭を上げてくれ、市松央路……君に謝ることはないんだ」
「見苦しいところを見せてしまいました。えっと、絢瀬さんっていいですよね?」
「呼び捨てでも構わないのだが、まあ良い。それにしても、野球のテクニックをガンプラバトルに応用するとは見事だった。流石は元キャッチャーだと言っておこう」
「あ、言い忘れてしまいました。お兄ちゃん、市松さんは準決勝の対戦相手です」
「そうだったのか……俺は手加減しないから、全力でかかってこい!」
「俺も、そのつもりだ。じゃあ、2時間後にまた会おう、悠凪さん!」
つづく
本作のオリ主以外のオリキャラ中に、誰のことをもっと知りたいですか?
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風間隼人
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篠原聖奈
-
鳳凰院美玖&カレン