ソレスタルビーイングは表向きでは壊滅、世界は国連の統治下に置かれることとなった。
そして、新たな時代が幕を開けようとしていた。
「なるほど。間もなく国連が『地球連邦政府』に再編されるのですか」
『ええ。新政権の樹立に伴い全ての正規軍が解体され、政府直属の『地球連邦平和維持軍』として統合再編されるとの情報も、潜入活動中のエージェントから寄せられています』
それにしても早すぎる。
本来、地球連邦政府が樹立される年は2311年で、軍隊はその一年後の2312年だ。
どうやら、私や隼人の介入によって未来が変わってしまい、その結果の一つは、地球連邦政府と平和維持軍がこの早い時期に樹立されることか。だとすれば「アロウズ」も、フォン・スパークがアステロイド爆破テロを起こす前に設立されるかもしれない。
「地球連邦平和維持軍……それは平和維持を目的とする軍隊か、それとも権力者の私兵か」
「もしも、アレハンドロ・コーナーのような野心家が権力を握れば、後者になるでしょう」
「スメラギさんのおっしゃる通りですわ。コーナー大使の息がかかった者たちが政府の運営に参加される可能性がありますので、平和維持を建前に政見が異なる団体や、加盟の意志がない中立国を制圧する為に軍隊を差し向けることも起こりうるでしょう」
と、スメラギさんの意見に同意しつつ、その上で自分の意見を述べる王留美。
「ところで、ミスター・アヤセ。ガンダムとプトレマイオス2の建造状況はどうなってます?」
「ゲルティムとセラヴィーはフレームを組み上げた状態です。新型トレミーは突貫工事で建造していますが、艦船用の大型GNドライヴの製造を含めると、完成は早くても半年かかるでしょう」
私が言うと、王留美は興味の微笑みをその瞳に閃かせ、兼ねてからの願望を口にした。
「よろしかったら、見せてくださらない? GNドライヴの製造過程を……」
それを聞いた私は壁際に控えているエイフマン教授とイアンさんに目をやり、それからにやりと笑みを浮かべた二人が横にあるコンソールを叩くと、大型スクリーンの映像が切り替わる。
続いてスクリーンに映し出されたのは、エイフマン教授が浮遊城の内部に新しく建てた「高重力区画」の内部にある工場。トポロジカル・ディフェクトを活性化させる為に、木星圏の高重力環境を人工的に再現している。生身の人間が立ち入り禁止の区画だ。
今はトレミー用の2基の他に、ガンダム用のGNドライヴが8基も並行して製造している。
「緑色の粒子……この10基はすべて、オリジナルGNドライヴでしょうか?」
「ええ、そうです」
「オリジナルGNドライヴの製造には、半世紀以上の年月が必要だと聞いておりますが」
「お嬢様、長い時間がかかったのは地球と木星との往復だけで数十年を費やしたからだ」
「しかし絢瀬君のお陰で、環境も必要な設備も、全てこの浮遊城に揃っておる。全ての製造工程が同じ場所で行うことができた今は、わずか数ヶ月で作れるようになったのじゃ」
わずか数ヶ月という短い時間でオリジナルGNドライヴを製造できると聞き、王留美は目を丸くし、通信画面の向こうにいるシャルも驚きを隠せずにいたようで、口を半開きにしていた。
本来の歴史では、輸送船に擬似太陽炉を搭載することでトランザムによる往復時間の短縮が可能や、施設を再利用することで年単位でも製造できるようになった。そこで私はこう考えた。
もしも、全ての工程を行える環境が整ったのならば、製造に要する時間を半年以内に短縮できるのではないか。私がこの考えを二人の爺さんに提示してみらたら、木星圏の高重力環境を人工的に再現する「高重力区画」という、予想斜め上のものが出来上がったわけだ。
「というわけで、シャル嬢」
『あっ、はい!』
「最初に製造される2基は、優先的にフェレシュテに引き渡しますので、その時は――」
『分かっています。その時は0ガンダムと太陽炉をリベル・アークに引き渡しますので』
「それと、このリストにある補給物資を全部用意するには二週間程かかりますので、今日中は食品や医薬品といった必要性の高い物資をそちらに送ります。MSのパーツは後回しになりますが」
『差し支えありません。ミスター・アヤセが物資を提供してくれただけでありがたいです』
「では、引き続き国連軍がジンクスを生産できないよう、施設への潜入や妨害工作をお願いね」
『我々フェレシュテにお任せください、ミス・スメラギ』
その言葉を最後に、通信は終わった。
補給物資を向こう側に搬送することを王留美に任せると、美玖たちと落ち合う前に怪我人である隼人とリヒティの様子を今一度確認した方がいい、と思った私はメディカルルームに赴いた。
◇◆◇◆◇
「美味しい……これ、めちゃ美味しいっすよ!」
「リヒティ、そんなに一気に食べたら喉に詰まっちゃうよ」
カーテンの裏側からリヒティとクリスの声が聞こえる。どうやら、食事をしているようだ。
二人に挨拶をしたいと思い、私は「失礼、お邪魔します」とカーテンを引き開けた。
「ひゃあ!?」
「あ、あぅ、ぐっ!」
カーテンが開けられたことに驚いたのか、クリスが叫び声を上げ、緑色の茶そばを美味しそうに啜っているリヒティが急に胸を抑えて苦しみ始めた。そばが喉に詰まった、と一瞬で判断した私はお水をクリスに手渡し、小さく頷いて礼を示したクリスはそれをリヒティに飲ませた。
「はぁ……し、死ぬかと思ったっス」
「なんと、睦み合っている最中でしたか」
「あ、いや、俺とクリスはまだそういう関係じゃないんっス」
「今さら何を否定しているのよっ!」
口を膨らませ、カップル関係を否定しようとするリヒティをジト目でひと睨みすると、クリスは照れ顔を見せたリヒティの手首を掴み、所謂「恋人繋ぎ」をするのだった。
「こ、これは恥ずかしいっス……っ」
「ちょっとぉ、男なんだから、勇気を見せなさいよ!」
「うぅ、えっと……」
おどおどしながらも気持ちを整えようとするリヒティ。
したらば「あの、絢瀬さん」と気合いの入った声で私に話しかけてきた。
「意を決したようですね、リヒテンダール・ツエーリ」
「はい……お、俺はつい先日から、クリスと付き合うことになりました!」
「お二方、お付き合いおめでとうございます」
私がお祝いの言葉をかけると、二人は照れ、お互いの顔を見る。
そして、繋いだ手を強く握り「ありがとうございます!」と、二人は声を揃えて言った。
「視察はまだ終わってませんので、私はこれで失礼します」
愛する人と過ごす時間は非常に大切だと、私も知っている。これ以上このカップルの邪魔をするのはよくないと思う私は、別れの挨拶をしてから隼人が泊まっている病室に入っていった。
よく見ると、最奥に置いてあるメディカルカプセルの中に人がいなかったので、隼人はもう外に出られるようになったと考えていいだろう。
◇◆◇◆◇
「あの、モレノ先生。隼人の容態はどうなっていますか?」
「カレン嬢が提供してくれた薬のお陰で外に出られるようにはなったが、まだ歩けないから、暫く車椅子に乗らなきゃいけない。しかし凄いなぁこの薬、後で成分を調べないと……」
ヨハンとモレノ先生が喋っている。風間隼人は瞼を開け、天井に灯る蛍光板を見上げた。最初にこの城のメディカルルームで目覚めた時に見たのと同じ、遮光フィルターが張られた蛍光板だ。
「そっか、他に注意すべきことはあるっすか?」
ミハエルの声も聞こえた――内容から自分のことを話しているのも察しがつく。眠りから醒めた頭がゆるゆると回転し始め、隼人はベッドに横たわったまま顔を動かした。天井板から吊り下がるカーテン越しに「そうだな、今の風間君の状態だと……消化しやすい食べ物しか食べられないな」と言ったモレノ先生の落ち着いた声が鼓膜に伝わる。
「んじゃ、ネーナにパスタ作ろうって言っておくかな」
「パスタは穀類だが、消化しにくい食品とされている。今の隼人に食べさせない方がいい」
ふと、知っている声がカーテン越しに聞こえてくる。
「(げぇっ……ゆっ、悠凪も来てたのかよ!?)」
悠凪がここに来たということは、向こう側の大会はもう終わってるな、と隼人は思った。
自分は王留美から「悠凪はガンプラバトルの試合に参加される」と聞いて興味が湧いてテレビをつけて観戦はしたが、最後まで見てなかった。何故なら、女神様が用意した「特効薬」を飲んだら頭がクラクラし始め、そのまま寝落ちしてしまったのだ。
「お前、試合はどうなったか?」
気がついた時には、口が動いていた。
だるい上半身を起こし、隼人は一気にカーテンを引き開けた。
診療机を前にするモレノ先生と、その脇に立つ悠凪が同時にこちらを見「優勝を勝ち取ったよ」と言った悠凪の目がまるく見開かれる。それはすぐに翳に呑み込まれ「せっかくだし、2017年の静岡に行ってみないか?」と優しく誘ってくるのだった。
「いいぜ、俺も外に出てみたい気分だ。それに車椅子がありゃ、何とかなるんだろう」
「では、自分とミハエルが持ってきます」
「あいよ兄貴」
軽く一礼をしたヨハンが病室を出ていき、呼ばれたミハエルはその後を追うのだった。
「しかし美玖とネーナ以外に数人のクラスメイトもいるから、全員の了承を得ないと……」
「なあ、ちょっと聞いていいか?」
「どうしたんだ?」
「お前の連れのクラスメイトに女の子いる?」
「全員とびっきりの美少女だ。あとクラスメイトではないが、先輩の女性と可愛らしい幼女がそれぞれ一人、ガンダム好きなショタが一人いる。あとは、彼女だな――」
と言いながら隼人にスマホを突きつける。スクリーンに表示される「私たちを転生させた女神のことだ」の文字を見た隼人は「げぇっ」という形のまま口を大きく開けてしまった。
「あの女、俺の見舞いに来た後はお前のとこに行ったのかよ」
「そうだよ。ところで、彼女と話したのか?」
「ちょっとだけ話した。あの女から『これからどんな選択をするのか』って聞かれたんだ」
「よう、悠凪の旦那、車椅子を持ってきたぜ」
ミハエルが言い、ヨハンは新品のスーツを隼人に手渡す。「さっさと着換えろ。君の選択は後で聞かせてもらうよ」と悠凪は隼人に言うと、二人を連れて病室を出ていった。「分かった」とのんびり応じた隼人は、三人がドアの向こうに消えるのを見計らって着換えを始めた。
◇◆◇◆◇
「ヨハン、ミハエル。フェレシュテの物資が底をついていることを、もう知っているな?」
「ええ。つい先ほど、ミス・スメラギから聞いています」
「ならば話は早い。今日中はそちらに必要性の高い物資を送ることを決めた。すでに王留美に一任したのだが、君たちには彼女の手伝いをしてもらいたい。頼めるか?」
「それがご命令であれば」
今になっても、まだ誰かの頼み事を「命令」や「指示」と捉えるか。
野心を成就するための道具として作り出され、精神衛生に悪い環境で働かされ、戦わされていた彼ら兄妹にとって、偉い奴に絶対服従するのが当たり前だと教えられ、というか「頭に刷り込まれている」かもしれない。私はこのリベル・アークの主、この城で一番偉い人なのだが、しかし私は彼らに命令したいわけではないし、命令するつもりも毛頭ない。
「君たちにアレハンドロ・コーナーの言いなりになってほしくなかった。でもだからと言って私の命令に従ってほしいわけでもない。だから、今の言葉を上司からの命令ではなく、仲間からの頼みとして受け取ってほしい」
私は誰かに命令されるのが非常に嫌いだ、だから誰にも命令をしないように努力している。
この思想は、私の「黄金律」と言ってもいい。昔は「幹部」という立場上、命令を下さなければならない場面をたくさん直面したのだが、それでも私は、この考えを貫きたいと思っている。
「仲間からの頼み……か」
ヨハンとミハエルが目を丸くして私を見つめる。一方、着換えを終えた隼人が自分を乗せている車椅子の車輪を回しながらこちらに来て「命令だとか指示だとか、あのクソ大使やラグナの野郎がうるさく言っていたけど」と穏やかな声で言った。
「俺は、お前たちに『これは命令だ』とか言ったことがあるか?」
「一度もない、よな。なぁ、兄貴?」
「そうだな。隼人は立場上では私たち兄妹の上司だが、命令だとか一度も言ってなかった」
「ああいう上下関係は結構前から飽き飽きうんざりしていたんだよ、俺は。だから同じ目線でお前たち兄妹と接することにした。だって肩書きを外せば、俺もただの人間なんだから……!」
こんな言葉を隼人の口から聞けるなんて、予想外すぎて思わず絶句してしまった。しかし改めて今の隼人は、もはや昔の隼人ではないことを確信した。そう、隼人は変わったんだ。しかも、良い方向へと進んでいる。
そう言えばシルヴィやエルも、王族でありながらクラスメイトと接する時に「お姫様」や「護衛騎士」の身分を持ち出さなかったし、シルヴィに至っては可愛い彼女みたいに急に抱きついてくることもあった。それでも「王族」という身分の特殊性から、周囲から敬遠されがちなのだが。
「それと言っておくけど、俺は悠凪についていくことに決めたんだ」
「お、それってどういうことだよ、旦那」
「リベル・アークに正式的に参加するってことだ。向こう側の出来事に決着が着いたら、俺はソレスタルビーイングを離れてリベル・アークにつく。その時、お前たちはどうする?」
「その時、私たち兄妹は二人についていきます!」
「(リベル・アークに参加する――それが君の選択か、隼人)」
隼人の問いかけに即答するヨハン。続いてミハエルは首を縦に振って頷く。
チームトリニティも参加してくれるのなら、歓迎しない理由はない。
「では、リベル・アークの主として、チームトリニティの参加を歓迎しよう」
もちろん、上から言うつもりは毛頭ない。
ヨハンもそれを分かっているようで、手を差し出して握手を求め、私はそれに応じた。
「んじゃ、そっちは頼んだぜ」
「ああ、任せてくれ」
「そうだ、隼人。ネーナの意思確認もしないとな」
「分かっている。後でちゃんと聞くから」
ヨハンとミハエルに別れを告げると、私は隼人を連れて転移門を抜けていった。
そしてワームホールの先にある場所は、東静岡駅内にある行き止まりの通路だった。
人気がなくて幸いだったが、駅前の広場が混雑していて美玖たちと合流するにはもう少し時間がかかりそうだ。しかし、この30周年を記念する為に建造されたガンダム立像、写真はネット上で何度も見たことあるが、前世では色々あって現場に来ることができなかったので、実物を見るのは今回が初めてだ。なんと壮観な、と私は立像を見上げながら心中で感慨を深めた。
「初代ガンダムの立像!? 2011年のイベントの後、撤去されたはずじゃなかったのか?」
「こちら側は私たちの居た世界とは違うということさ。もちろん歴史も、地域名もね」
「なるほど。浜名湖が『浜松湖』になっていて……おっ、札幌市が『沙幌市』になってるのか」
と、地域名が気になっていて手渡されたスマホで地図を確認する隼人だった。
隼人を乗せている車椅子が人にぶつからないように制御し、ガンダム立像を眺める観客の大群を抜けていく。だが、人が密集しすぎて炎の匂いが染み付いてなくてもむせそうになっていた。
「暑苦しいな、もう! なぁ悠凪、美玖ちゃんとあの女はどこで待ち合わせしてる?」
「そうだな、待ち合わせ場所は確かこの辺のはず――」
スマホを持ち出して待ち合わせ場所を再確認しようとしたところ、後ろから目を隠された。
「突然ですがクイズです!」
「――この手、だれの手?」
カオスヘッド風みたいな言い回しやめんか!
と言いたいところだが、美玖の声が前方から聞こえ、カレンの声が後ろから聞こえたから、私の目を隠している手は誰のものなのか、もう分かっていたのだ。
「貴女の手でしょう。カレン」
手をそっと退かし、後ろを振り返るとカレンがいた。
「うふふ、正解です。悠凪には簡単すぎましたね」
「お待ちしてました、悠凪くん、風間さん」
美玖が礼儀正しい挨拶をすると、ぱっと笑顔を見せたカレンが踊るように軽快な足どりで美玖に近づき、その華奢な腰に手を回すのだった。恥ずかしがっている美玖をお構いなしに、さらに身体を密着させた二人はお互いの胸を押し付け合う恰好になった。
「かっ、カレンさん、恥ずかしいですっ!」
「でも、美玖の大好きな悠凪くんは、こういうシチュエーションが好きだそうですわ」
「認めよう。私は美少女が仲良く抱き合っている光景を見るのが大好きだ」
「あっさりと認めるんですね……」
「だって事実ですから」
押し付け合ったおっぱいが潰れ、その柔らかさとボリューム感を纏めて強調する非常に刺激的な光景を見るていると、私の気分が高揚する。それに、上半身の露出度が低い制服を着ていることも相まって、服の下を想像したくなってしまうし、揉みたくもなってしまう。
二人の胸を揉みしだきたいと考えていると、私は股間が苛立ってしまっている事に気づく。美玖ならお願いしたら一晩中揉ませてくれそうなのだが、カレンはどうだろうか。数時間前は間違えて揉んでしまったが、今度やったら怒られそうなので、私はこの不埒な発想を心の底に沈めた。
「えっと、風間さん。鼻血が出ています!」
「あれ、ほっ、本当だ……!」
流石に刺激が強すぎたのか、隼人の鼻から鼻血が出ている。
量は少ないが、とりあえずテッシュを鼻の穴にぶち込んで止血しておいた。
「風間さんの具合はまだ悪いのでしょうか」
「心配すんな美玖ちゃん。この程度、どうってことないわ」
「フッ、この程度で鼻血が出るとは。君はまだまだ青いね、隼人君」
「なんだよ、その年季の入ったおっさんみたいな言い方は……すっげームカつくんだけど!」
鼻の穴にぶち込まれたテッシュをいじりながら、隼人は抗議の声を上げる。
「後で『
「それって、どんな物なんだ?」
「子供には早すぎるものだが、大人は無意識のうちに性欲に従って手にして読むものだ」
「そっか、あれか……フッ、ククククッ……!」
さっきまで抗議していた隼人だが、「いい物」の正体を察したのか一瞬で上機嫌になった。
隼人が上機嫌になったのはいいが、今度は美玖とカレンが怪しい人を睨みつけるようなジト目を向けてきた。嫁と女神様に見抜かれているな、私の考えが。
「やめてください、そのジト目。すこく、傷つくんですが」
「けっ、健全な男性は『いい物』が好きなのは分かっています。蔑むつもりはないんです!」
「わたしがいるというのに……もうっ!」
まさか、怒っているのか?
と思いながら美玖の表情を伺ってみると、怒っていると言うより、頬をぷくっと膨らませて不満そうな顔をしていた。しかし流石は我が妻、不満そうな顔もとてつもなく可愛い。
「すまない……この話はやめておく」
「いいえ、悠凪くんを怒っているわけじゃないです。そういう欲求は、誰にもあることもちゃんと分かっています。ただ、悠凪くんがわたし以外の女性に目が行っていると、妬けちゃいます」
「私はこれからも、他の女性に目が行ってしまうだろう……だが、これだけは宣言する――」
私は毒両親との縁を切ったばかりの頃を振り返る。
奴らの顔色を伺うことなく自由に生きていけるのはいいが、一人だと寂しいのは否めない。心的病気にかかったこともあって、睡眠に支障が出る時期もあった。そんなある日、ネットサーフィンをしている最中に、私は美少女抱き枕カバーの通販サイトのリンクをクリックしてしまった。
こんなオタグッズもあるんだな、と気になってて商品ページを見てみると、健全なものから衣服が乱れていたり、全裸だったりなど破廉恥なものも揃えている。普段はガンプラしか買わない私も性欲に動かされるまま、自分の性癖にぶっ刺さったカバーをタペと一緒に購入してしまった。
鳳凰院美玖……珍しい苗字はともかく、絵柄や構図、キャラのデザインが私好みで、中でも私が一番目を奪われたのは、あの大きくて魅力的なおっぱいだった。やわらかく弾力のある本体に装着したら抱き心地が良さそうだし、何よりあの巨乳から母性を感じたから。
実際、まさにその通りだった。抱き心地がとてつもなく良く、毎晩美玖を抱きしめて寝ると快眠しやすくなった。勉強や仕事の疲れも癒されて、性欲と睡眠欲が満たされているのも感じた。
新世界の扉を開いてしまった私はその後も気に入ったカバーを見つけ次第、給料と相談した上で買うようになり、R18美少女ゲームにも手を出すようになった。そして、私が最初にプレイするのは『金色ラブリッチェ』という、メインヒロインが全員金髪の美少女ゲームだ。
しかし、当時の私は金髪が目当てではなく、黒髪ロングの美少女――城ヶ崎絢華が目当てでこのゲームを購入したのだ。何故なら彼女のイラスト担当が美玖を描いた絵師さんだから。蓋を開いてみればなんと攻略不可、しかも性格が悪く、顔と身体だけがいい性悪女だったとは思ってなかったので、推しを明るくてお転婆なシルヴィに乗り換えた。
そうだ。美玖がいるにも拘らず、私はあれからも多くの女性に目がいっているのだ。
太陽のように明るいシルヴィはもちろん、エルの巨乳に目を奪われて一時期浮気していたこともあったり、ミナが私の義理の妹になったことを夢見て妄想する時期もあった。
それでも私は、美玖のことを忘れられなかった。というより、忘れようがないのだ。人生で一番落ち込んでいた時期に癒しを与えてくれた女性を、忘れるわけがない。シルヴィのことを「太陽」と例えるのなら、美玖は「月」だ。夜の暗闇を照らす月の光、それは元々太陽の光を反射したものだが、しかしその光のお陰で、私は人道を踏み外すことなく苦境を乗り越えることができた。
だから、これからハーレムを築けることになったとしても、正妻の座は美玖だけのものだ。
他の女はもちろん、私を転生させた女神だろうとこの座は渡さない、奪わせもしない!
「私が一番大事なのは君だ。君と出会えなかったら、私は今頃ここに立ってはいないだろう」
「嬉しい……わたしも、悠凪くんが一番大事です!」
と言いながら私にべったりとくっついてくる美玖。声も表情も蕩けていて可愛らしかった。
しかしさっきまで明るく振る舞っているカレンが、何故か落ち込んだ顔をしている。
「どうかしましたか? 落ち込んでいるように見えますが」
「ちょっと、妬いちゃっただけです……」
なるほど。落ち込んでいるのではなく、私が美玖とイチャついているのを見てやきもちを焼いたのか。あのおどおどした照れ具合といい、やきもちを焼いて頬を膨らませている様子といい、可愛すぎて頭をなでなでしたくなってしまうのだが、神様にこんなことしてもいいのかな?
「えっと……では、貴女はどうしたいか聞いてもいいですか?」
「これから私のことを『カレン』って呼んでいただけたら、嬉しいな」
「分かりました。では、カレン……」
「それと私に敬語を使うのもやめて、よそよそしくて嫌です!」
そうか、カレンは「神様」として敬られるよりも、対等に接されることを望んでいたのか。
振り返ってみると、あの謎の空間を脱出した以降は「助けてくれたお礼」と言いながら私の頬に唇をつけたり、慈母のように膝枕をしてくれたり頭も撫でてくれたり、そして今は胸を当ててくるようになった。もしや私のような人間に、好意も抱いているんじゃないだろうな。
彼女を抱き寄せてその顔をじっくり見てみたい、何より彼女の気持ちを確かめたい。
そんな思考に駆り立てられるまま手を出してしまい、両手に花の恰好になった。
「カレンがあまりにも可愛かったから、つい……もし嫌だったら、すくやめるよ」
「嫌じゃないんです……むしろ、こういうことを期待してました」
カレンの腰に手を回してしまったが、嫌がる様子はなくてよかった。
真近でじっくり見ると、声だけではなく、頭にアホ毛が生えていないことを除けば容貌もヒカリちゃんに似ている。私を見上げるサファイア色の瞳孔がとても綺麗で、恥ずかしがりながらも次のアプローチを期待しているような眼差しも相まって、少女らしい可憐ささえ感じさせる。
できることなら、このままカレンを自分の傍に引き留めておきたい。神様として信仰するのではなく、一人の女として愛したいと思っている。それに彼女もその気はあるので、これ以上遠慮するのは逆に失礼だろうし、情けない男だと思われてしまうかもしれない。
「カレンさんの想いを、ちゃんと受け止めてあげて。悠凪くん」
「う、受け止めるって……美玖はいいのか?」
「いいんです。ただし、わたしが一番であることを忘れないでくださいね」
まったく怒っていないどころか決断の後押しをしてくれた美玖。これで私は、心置きなくカレンの想いに答えられる。言葉より行動で示すことを好む私は、頬を赤く染めたカレンの唇を奪おうと顔を近づけるのだが、それもなにか不味いものでも食ったようなしかめっ面を見せた隼人が視界に入ったまでのことだった。
「何だその顔は、不味いものでも食ったのか?」
「違うわ。ただお前ら、イチャつきたいなら余所でやれよ。独身の俺のことを考えろよ!」
「それはすまなかった。今後気を付けるよ」
二人の美少女に気を取られて隼人のことをすっかり忘れてしまった。とりあえず気分を悪くしてしまったことを謝罪し、混雑になる前にホビーセンターへ入る正面の門をくぐり抜ける。車椅子の操作をしばらく美玖に任せることにし、私は再びカレンに目を向けた。
「ど、どうしたんですか? 私の顔に、何かついてました?」
視線を感じた彼女は髪を指先でくるくると巻きながら、恥ずかしそうに私を見上げる。
何か落ち着かない様子だった。さっきの私の行動に驚かされたのか?
「いや……君の顔が赤かったし、どこか落ち着かない様子だったからな」
「だって、ほら。ゆっ、悠凪がさっき、私にキスしようとしたでしょ!」
「ああ、キスしようとした。もし嫌だったら、すまない」
「ううん、嫌じゃないんです……ただ、衆人環視の中でされるのが嫌なだけですっ!」
どうやらカレンは「場の雰囲気」が大事だと思っているようだ、危うくやらかしてしまうところだった。そのまま彼女の唇を奪ったら、平手打ちされるのはまだいいが、最悪の場合は命に関わるかもしれない。そう思うと、今回は隼人に助けられたと言っても過言ではないな。あの不味いものでも食ったような面に気を取られてなかったら、私はやらかしていたに違いない。
「だから続きは人気のない場所で、二人っきりで……っ」
「分かった。今は我慢するとしよう」
「悠凪くん、エレベーターで上がるとイベント会場に着きますわ」
「上の階か、分かった」
ガンプラの販売コーナーの横を行き過ぎ、二階までエレベーターで上がると、私はフロア中央に設置された超大型バトルシステムに真っ先に目を向けた。観客の大群に視界を遮られて、今バトルしてるのは誰なのか見えなかったが、続いて「ガンダムエクシア、怒涛の猛攻撃でプロヴィデンスガンダムに大ダメージ!」とエコーのかかった司会の声が聞こえると、一瞬で検討がついた。
「もしかして、刹那か!」
「セイエイさんだけではありませんよ。ストラトスさんたちもバトルに参加してますわ」
「そうなのか。ソレスタルビーイング対ザフトか……これは、夢の対決だな!」
天上から吊り下げられた超大型モニターに目を向けると、プロヴィデンスの援護に回った二機のゲイツが石竹色の粒子ビームに撃ち抜かれて爆散したのを見た。やったのは十中八九、ロックオンのデュナメスだろう。続いて、爆発の硝煙を突き破り、GNシールドニードルでプロヴィデンスを串刺しにしようと左手を突き出すキュリオスが映っていた。
咄嗟に身を躱してキュリオスに空を斬らせ、続けざまにプロヴィデンスは複合兵装防盾システムのサーベルで反撃するが、キュリオスのGNシールドに防がれてしまう。バトルに魅入られた私はモニターに目を凝らしたのだが、それも篠原先輩と妃玲奈の声が聞こえたまでのことだった。
「やっとお兄さんを連れてきたわね、美玖」
「美玖ちんとカレンちんが離れている間、ソランくんたちはもう最終ステージに進んだわよ」
「ごめんなさい。会場の外が思ったより混雑していて」
「(ソラン……刹那が本名を名乗ったか)遅れてしまいすみませんでした、先輩」
「気にしない、気にしない。こちらの男性は絢瀬君のお友達、風間さんですね?」
敬語で隼人に挨拶をする篠原先輩。
そっと隼人の顔を窺うと、頬が真っ赤だった。しかも篠原先輩の胸をガン見してる。美女の胸に目が行ってしまうのは、人間の三大欲求に従った行動ではあるが、度が過ぎると嫌われるぞ。
「あっ……俺のことは、隼人っていいんだ」
「じゃあ、わたしのことも聖奈っていいわ。そして彼女が絢瀬君のクラスメイト、妃玲奈よ」
「玲奈だよ、よろ。ところで、顔が赤いんだけど大丈夫?」
「いやいや、大丈夫だ。二人が美人すぎて、つい見とれてしまっただけさ……ははっ」
隼人が照れ隠しに言うと、二人は声を立てずに笑った。
「ありがと。ちょっち嬉しいな」
「ふふっ、ありがとう、隼人君。さあ、クルスクランさんたちが待ってるわ。行きましょう」
篠原先輩と玲奈に案内され、シルヴィたちが控えているVIPルームに入った途端「悠凪ったら遅いなぁ、何をしているのかしら」と缶ジュースを飲み、ちょっと不機嫌そうに呟くシルヴィの声が鼓膜に伝わる。風船のように膨らませた頬をつんつんしたいのだが、その傍に控えているエルに叱られそうなので諦めることにした。
「待たせてすまないな、シルヴィ」
「え、ううん、気にしないで。そんなに待ってないからね!」
私が声をかけると、ご機嫌斜めだった姫君が一瞬で上機嫌になった。セイとネーナがこの部屋にいないので、二人はどこに行ったかについて皆に聞いてみると「ネーナが新しく作ったデスサイズヘルの脚関節が緩々で自重保持が出来なかったので、一階にあるガンプラ製作室に修理に行った」とのこと。つまり私は、二人とすれ違っていたのかもしれないということだ。
それにしても随分と意外な組み合わせだ、ネーナとデスサイズヘル。
「こちらの方は、悠凪のお友達の風間隼人さんだね」
「あっ、どうも。俺のことは隼人っていい」
「ならわたしのことも気軽にシルヴィって呼んでね。そしてこちらの二人は――」
それから、シルヴィはエルとミナのことを隼人に紹介する。三人が挨拶を交わし終えたのを見計らい、シルヴィは椅子から立ち上がり「今は『Gクエスト』という新型アトラクションの体験イベントを開催しているんだけど、悠凪も一緒に参加してみない?」と笑いながら誘ってきた。
「なるほど、外でやってるバトルイベントが『Gクエスト』だったか」
「ええ、システムがランダムで生成する4つのステージのクリアを目指すお遊びなのよ!」
「そう言えばセイとネーナも一緒に参加するのか?」
「ええ。今のところはわたしとカレン、あとはセイ君とネーナの4人ね。参加者の上限は5人なんだから、悠凪にも参加してほしいなっと思って」
「このチラシにイベント戦のルールが書いてありますわ、絢瀬様」
マスターハロを抱え、笑顔でGクエストのチラシを渡してきたミナ。
「ありがとう、ミナ。ところで、ハロのことを気に入っているのか?」
「ええ。転がったり跳ねたりしていて、会話機能もついていて、お姉様のキュロちゃんに似た所も沢山ありましてとても気に入りましたわ!」
「ハロとキュロちゃんが似ている、か。早く会ってみたいものだな!」
「キュロちゃんは本国に点検整備に出していたから、会えるのは多分来週になると思うわ」
「ほう、来週が楽しみだな」
頷いて了解の意志を伝えると、私はミナに渡されたチラシに目を走らせる。
書かれた規則や注意事項を読んでみると、Gクエストは従来のPVP形式ではなく、ファイター同士が協力して戦う共闘コンテンツ。言わばPVE形式のバトルイベントで、参加者は最低2名で最大5名までとのこと。使用可能のガンプラはやはりHGとRGに限定されているが、大型MAの使用は可能だ。ただしその場合、参加者は最大3名まで(MAが1機、MSが2機)になる。
「シルヴィ、ちょっと聞いていい?」
「どうしたの?」
「君が誘ってくるということは……今日は、スノーホワイトを持ってきてるのか?」
「今は、手元にないわ。実は悠凪と別れた後、エキスナに持ってくるように頼んだのだけど」
と言ってる傍から部屋のドアが押し開けられ「お待たせしました、シルヴィア様」と黒コートを着た女性――エキスナさんが入ってき、小さな木箱をシルヴィに手渡した。ありがとう、と労いの言葉をかけると、シルヴィは丁寧に木箱を開けた。中身はガンプラだった。
「このガンプラが、シルヴィのスノーホワイトか」
「そうよ。前の大会で一緒に戦ったウイングゼロをベースに改修した、わたしのガンプラよ!」
「白と空色か……派手とは言い難いけれど、上品なカラーリングだね」
「ありがとうございます、先輩」
机の上に置かれたスノーホワイトを皆と一緒に観察する。
白一色だと思っていたが、実際はそうではなかった。青色だった部分が空色に、足の赤色だった部分が白灰色に塗装されている。肩や胴体に金色の線で装飾されていることも相まって、見る者にドレス姿のシルヴィを想起させるカラーリングだった。
武装は元々持っているツインバスターライフルやビームサーベル以外、6つのメッサーツバークらしき武装が取り付いている。しかしこの形、何だかフィン・ファンネルに似ているな。
「ほう、美しい……ドレス姿の君を想起させるカラーリングだな」
「エルちんに飽き足らず、シルヴィにまで口説いてやがったなこのお兄さん!」
ふざけたように言う玲奈に、驚きと羞恥で顔を真っ赤に染めた二人の姫君と女騎士。
「妃殿、誤解を招く言い方はおやめください!」
「絢瀬様がお姉様に口説いたですってぇぇー!?」
「落ち着けミナ、これは冤罪だ」
とりあえずミナを落ち着かせるために自己弁護をした。
「おのれこのリア充め、これでもシラを切るつもりか!」
「ところでシルヴィ、このメッサーツバークらしき武装、実はファンネルだったりするのか?」
「って無視すんな!」
このままこの話題に乗ったら金髪ギャルの思う壺になってしまうので、私は敢えてしかめた顔で問い詰めてくる隼人を無視することにした。無言でジト目を向けてくる美玖とカレンに「あはは」と微苦笑いを返すと、シルヴィが助け舟を出してくれた。
「えっとね、悠凪が誰かを褒める時は偶に独特の言い回しを使うの。口説くというか、ただ単純に本心から相手を褒めていると思うわ。そうでしょ、美玖」
「言われてみればそうですね。わたしも昔、そのように褒められたことがありましたし」
「なぁ玲奈ちゃん。このお姫様って、単純というか純粋すぎたと思うわ」
「あたしも時々そう思った。陰湿な男に後ろからパクッと食べられちゃうのが心配だわ」
「ご心配なく。シルヴィ様を良からぬ者共からお守りするために、私たち護衛騎士がいます!」
自信満々のドヤ顔で言うエル。続いて部屋の隅に控えている黒服、もとい護衛騎士たちも一斉に「シルヴィア様の為に!」と声を上げて敬礼するのだった。シルヴィの人望が厚いことが伺えると同時に、騎士たちが彼女に心酔していることも感じる。えらいカリスマだ。
「さっきの話に戻るのだけれど、この子の腰に着いた板状の物はね――本来のメッサーツバークを取って代わる、わたしが考えたオリジナル武装。名は『シュトゥルムパールヴァティー』ね」
「なるほど、暴風とシヴァの妻の名が冠された武装ですね。さぞ強力な武装でしょうか」
「その凄さはこれからのバトルでお披露目するわ。それと、この武装はニューガンダムのフィン・ファンネルに似せて作られているのだけど、ファンネルとしての機能は備わってないわ」
「そうなのか、それはお楽しみだ――ところで、外がさっきより騒がしいような?」
観客たちの叫び声がさっきより大きくなっており、壁越しでも聞こえるほどになった。「ソランくんたちの試合が終わったよ」と玲奈が窓の外に向けて指差しながら言うと、私は「わたしたちの番が回ってきたわ、行きましょう!」と笑顔を向けてくるシルヴィに手を引かれたまま、みんなと一緒に部屋を出ていった。見る者に元気を与え、幸せな気持ちにしてくれる笑顔だった。
◇◆◇◆◇
「そういえばカレン。さっき皆と一緒に作ったガンプラ、まだ絢瀬君に見せてないんでしょ」
「俺が隼人を迎えに行った間に作ったのか。どんなガンプラなんだ?」
篠原先輩が何かを思い出したように言う。それを聞いた私はカレンに問いかけると、にっこりと微笑みを見せた美玖が手持ちのカバンからガンプラらしきものを取り出し、カレンに手渡す。よく見ると、蝶の羽を連想させる赤き翼を持つガンプラだ。その名も、私はとっくに知っている。
「デスティニーガンダム……それにこのデカール、RGなのか!」
「ええ。実は、このガンプラはね――」
と言いながら私の傍に寄ってくるカレン。この人数だから、RGのガンプラをこの短時間で完成させるのは簡単だろう。続いて「悠凪が寝室の棚に置いた、あの未開封のガンプラですよ」という言葉が彼女から耳元で囁かれた瞬間、私は驚きのあまりに目を見開いて固まってしまった。
「ごめんなさい、事前に悠凪の同意を得るべきでしたね」
「私は気にしてない。今からこのガンプラは君のものだ。Gクエストを皆と一緒に楽しんでね」
「うん、ありがとう」
頬を赤らめた彼女が言うと、寄りかかっていた身体を離す。
「ねえ、悠凪も一緒に参加します?」
「いや、大会で目一杯バトルをしたからな。この機会を――美玖に譲ろうと思うんだ」
「お兄ちゃん……!」
「この前は一緒にフェネクスを作るって約束したのに、結局は俺の都合で後回しになってしまったからな。それに俺は、美玖には皆と一緒にこのイベントを楽しんでほしいと思うから」
愛機のガンプラを美玖に手渡すと、私はその頭をゆっくりと撫でてやった。
「だから、フリーダムを君に貸すよ」
「ありがとうございます。お兄ちゃんみたいに、フリーダムを上手く扱えるか分かりませんが、全ステージ制覇を目指して頑張りますから。だからわたしのことを、ちゃんと見ててくださいね」
「美玖は謙遜だな。ガンプラバトルで一度、俺に勝ったことがある君ならば、きっとフリーダムを上手く扱えるはず。期待しているよ」
気が付いたら、シルヴィたちが目を丸くしてこっちを見つめている。この件は当時人である私と美玖を除けば、その場に居た刹那とロックオンしか知らないことだから、皆が驚くのも無理はないだろう。しばらく沈黙の後、玲奈は美玖の後ろに回って「美玖ちん、どうやってお兄さんに勝ったのかを教えてー」と言いながら腰に両手を回すのだった。
「あっ、あの時はただ運が良かっただけですっ!」
「こら玲奈、美玖を離してあげなさい。これは会長命令よ」
「はーい、分かりました」
篠原先輩の会長命令によって、玲奈はすぐざま美玖を解放することにした。
「気になるのは私も同じですが、今は詮索する場合ではないはずです、妃殿」
「セイ君とネーナは、きっと会場でわたしたちを待っていると思うわ。早く行きましょう!」
「それじゃあ、車椅子の操作は玲奈ちゃんに任せなさい!」
「ああ、頼む。玲奈ちゃん……」
美玖が後ろから胸をわしわしされるという百合展開を少し期待していたが、篠原先輩のおかげで事無きを得た。我々が会場に着いた頃は、セイとネーナはすでにそこで待っていた。
「お待たせしました、セイくん。それにネーナ、デスサイズヘルはどうなってました?」
「いいえ、僕たちも着いたばかりですから」
「緩んだ関節が全部セイが直してくれたわ。もう大丈夫よ、美玖さん」
「なら良かったです」
しばらくすると『バトルシステム点検は完了いたしました。次に参加するチームはどうぞ、中央舞台へお上がりください』のアナウンスが流れてくる。シルヴィ、美玖、カレン、ネーナ、そしてセイは足を揃えて歩き出し、舞台へ上がる。
ソルティレージュの姫君に第七回世界大会の優勝ビルダー、おまけに美少女が三人いる。豪華なメンツに司会も観客も驚いた様子で、満員の観客席から湧き上がる大歓声は、バルトが開始された後もひとしきり止むことはなかった。
中編へ続きます。
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鳳凰院美玖&カレン