◯おはよう! 〜 新たな日常 〜
翌日から、あの子のパークでの生活が始まった。
昨日の暗がりでは分からなかったが、猫は真っ黒に汚れていた。
そんなわけでパークでの最初の仕事は、この子を綺麗にする事となった。早速洗ってみると、金色の毛皮のサーバルキャットだった。
そしてこの子はサバンナで、カラカルと過ごすこととなった。
あの子は宿泊エリアやセントラルホテルで寝泊りしながら、かつて職員夫婦がやっていたように、パークの清掃をしたり、ラッキービーストと一緒に施設を整備したりして過ごした。
中でもサバンナの隔離施設には毎日足を運んだ。
ポイポイと一緒に施設の周りを掃除しながら、壁越しにアムールトラに話しかけ、今日も起きなかったと肩をすくめて帰る、それが日課となった。
パークを歩いていると時折セルリアンに出くわす事もあったが、その都度フレンズに助けてもらった。またフレンズも、困ったことがあったら彼に相談した。
またでっかい箱に乗りたい!という要望が多かったので、彼はパークを回るついでに、フレンズと一緒にモノレールに乗った。
そうした利用が広まるにつれ、違うエリアのフレンズ同士で顔を合わせる機会が増え、自然と交流が深まっていった。
すると自分の縄張りだけでなく、他のエリアやセントラルパークで友達と過ごすフレンズが増えていった。また、ご飯を持ち寄ってレストランで食べたり、ホテルで休んだりと、施設が利用される事も多くなった。
月2回、彼は遊園地を開放した。その日はラッキービーストからお知らせを受け取ったフレンズ達がパーク中から集まって、1日中はしゃぎ回った。
こうして、あの寂しげな雰囲気が一変し、パークは笑い声の溢れる明るい場所となった。
ポイポイは、ラッキービースト達とやり取りしているうちに、彼らと同じようにフレンズと接するようになった。生態系の維持を原則とし、できるだけ介入を避けるため、ヒトの緊急時以外はフレンズと話さなくなった。言葉遣いや仕草もそっくりになり、色が違っていなければ、もう彼にも見分けがつかなかった。
パークには、ラッキービーストのメンテナンスをする場所もあった。フレンズが具合の悪いラッキービーストを連れてくるたびに、彼はそこで修理を行った。
とはいえ部品を交換する事は滅多になく、専用の機械にセットしてある程度休ませれば、大抵はそれで元気になった。
空港の黒い塔は、いつしかセルリアンのかけらで構成された輝くタワーとなっていた。彼は何度か端末を見てみたが、移住先の星から通信が届くことはなかった。
はたしてセルリアンは宇宙船を追って、あの星にたどり着いたのだろうか。
向こうでは撃退したかもしれないし、あるいはここと同じ光景が広がっているかもしれない。
◯セルリアンレポート
時折、彼は研究所を訪れた。ここはビースト計画(プロジェクト)以前はセルリアンの研究が行われていて、アムールトラ関連以外にも、沢山の資料が保管されていた。
そしてある日、こんな物が見つかった。もしも研究が続けられ、これが公表されていたら、世界はこうはならなかったかもしれない。
◉とある研究者の日記
A日
私の同僚に、異様にセルリアンを恐れる者がいる。なんでもその生態以前に、見た目が生理的に受け入れられないそうだ。
その事が彼のセルリアン研究の原動力にもなっているのだが、事あるごとに近くで叫び声を上げられるのには参っている。
まあヒトの価値観はそれぞれだ。私もゴキブリが大の苦手だ。
B日
このところ、彼がセルリアンを恐れなくなった。
それは良いのだが、あれほど研究熱心だった彼から、さっぱり意欲が感じられない。一日中、コンピュータの前でぼうっとしながら宙を眺めている。
話を聞いてみると、「怖くなくなったらどうでもよくなった。」そうだ。一体どうしてしまったのだろう。
C日
突然、彼が元通りになった。
どうゆう事かと訝しんでいたら、彼が私のところにやってきて、「昨日ベッドから落ちたら目の前に小さなセルリアンがいたんだけど、飼い猫が追っ払ってくれた。」と言った。
普段なら夢だと片付けるところだが、これまでの経緯は先日読んだレポートと妙に共通点があった。
◉そのレポート
フレンズはサンドスターが適切に供給されていれば、老いる事も死ぬ事もない。これはサンドスターが持つ、生物の状態を維持する働きのためだと考えられている。
パークには普通の動物も生息している。彼らはここで成長し、繁殖している。そんな彼らを眺めていて、ふと死体が見つからない事に疑問を感じた。
これについて興味深い報告がある。ある日、たまたまある職員が鳥の死体を見つけたが、それは全身が輝きに包まれたかと思うと、光の粒となって消えてしまったというのだ。これもサンドスターの力なのだろうか。
サンドスターもセルリウムも、パークから出ると力を失って消滅してしまうため、ここでしか直接観察する事は出来ない。
どちらも今の所、ヒトへの影響は無いとされている。
しかしセルリウムは、ヒトの体内に長い間留まり続けることが確認されている。しかもこの状態では、パークの外でもある程度の期間消滅することがない。また、強い刺激で体外に飛び出す事もある。これがセルリアンに変わる可能性も考えられる。
あくまで想像だが、もしヒトの体内でセルリウムが徐々に変異し、ヒトが持つ輝き、例えば情熱や希望、思い出などを積極的に取り込んでゆけばどうなるだろうか。
おそらく宿主はいずれ心を食い尽くされ、無気力になるだろう。
もしも変異したセルリウムが、何らかのきっかけで体外に飛び出し、ヒトの世界に適応したセルリアンが生まれたら?それが移動しながら変異セルリウムを大量にばらまいたら?
そうなってしまったら、最終的には全てのヒトが変異セルリウムの宿主となる。
その時世界はどうなっているのか。恐ろしくて考えたくもない。
◯待ってるよ、お姉ちゃん
それから数十年後。
あの子はずっとパークで幸せに暮らしていたが、今ではすっかり歳を取り、寝て過ごす事が多くなっていた。
彼は居住エリアで、イエイヌと一緒に暮らしていた。
時折フレンズが訪ねてきた。そんな時はアムールトラの事を話したり、ポイポイの記録映像を見せてあげたりした。
ある朝、あの子がベッドで目を覚ますと、イエイヌがやってきて、彼の顔をのぞき込みながら嬉しそうに挨拶をした。
イエイヌ「おはようございまーす。表に誰か来たみたいなので、ちょっと見てきますね。」
そう言うと、イエイヌは玄関から出て行った。彼は少し首を動かして、その後ろ姿を見送った。
話の途中から、彼にはイエイヌの声が聞こえなくなっていた。それになんだか、体の周りにキラキラしているものが見える。
彼はふうっと息を吐くと、枕元のポイポイに声をかけた。
あの子「おはよう、ポイポイ。」
ポイポイ「オハヨウ。今朝ハ気持チノイイ青空ダヨ。」
あの子「ごめんねポイポイ、僕はそろそろ、行かなきゃならないみたいだ。こんなことを頼むのは申し訳ないけど、どうかパークのみんなを見守りながら、アムールお姉ちゃんが起きるまで待っててあげてね。」
そう言い終えると、急に体が軽くなった。
気がつくと彼は子供の時の姿で空に浮いていて、体中が輝きに包まれていた。すると傍に職員夫婦が現れた。2人とも彼を見て微笑んでいる。
そして体が徐々に光の粒となり、少しずつ空に消えてゆく。
あの子「イエイヌさんが言った通りだ。」
そこから見下ろすと、家の窓から空になったベッドと、枕元で彼の方を見ているポイポイが見えた。
あの子「パークのみんな、今までありがとう。僕はずっと、空からみんなを見ているよ。そしてアムールお姉ちゃん、必ず帰ってきてね。いつまでも待ってるからね。」
3人は輝きとなって、風と一緒に空へと散っていった。そして、それをじっと見ていたポイポイがこう呟いた。
ポイポイ「マカセテ。」
しばらくして、何も知らないイエイヌが、2人のフレンズを連れて帰ってきた。
イエイヌ「あれ、ボスだけですか?一人でお散歩に行ったのかな。カラカルさんが新しいお友達と一緒に遊びにきてくれたのに。」
カラカル「元気があっていいじゃない。帰ってきたら、またお話を聞かせてもらいましょ。ね、サーバル。」
サーバル「うん!どんなヒトなんだろう、楽しみだなー。」
イエイヌのおうちの中に、彼女達の明るい話し声が響き渡った。
そして窓から穏やかな日差しとともに、清々しい風が流れ込んできた。
ポイポイはベッドの上で、その様子を静かに見守っていた。
オリジナルキュルルは天寿を全うしたという設定の下、あの子の物語を書いてみました。ここでの彼は超人ではありませんし、立派な志を持って行動しているわけでもありません。平凡、もしくはそれよりやや下な人生を送り、今では元気のない中年の男性となっています。
あの子はずっと下を向いて歩いてきましたが、パークのみんなと出会う事で変わってゆき、最後にアムールトラ(の資料)と会う事で、それまでの自分を打ち破ります。この辺りは、本編でビーストが闇(渦セルリアン)の中から目覚める時と繋がっています。
物語の中心はあの子の歩みですが、その他にいろいろな疑問に対しての自分なりの答えを出しています。
ヒトがいなくなったのはなぜなのか、セルリアンはヒトにとってどのような存在だったのか、サンドスタータワーとはなんだったのか、などのアニメ版から感じた疑問に加え、イエイヌのご主人についてやキュルルを追いかけた訳、アムールトラが原っぱで最後に言った言葉は何だったのかなど、本編だけでは分からなかった事を書きました。
また、研究者の思いはポイポイという形であの子に受け継がれ、長い年月を経てアムールトラに渡った事も分かります。
タイトルの「傍」は、きせきが奇跡と軌跡の意味なのに合わせて、「そば」とも「かたわら」とも読めるものにしました。厳密には、「そば」という読みは常用漢字表には無いのですが。
あの子がロボット関連の仕事に就いていたのは、手動運転への切り替えとラッキービーストの修理をして欲しかったからです。
あの子に勇気をくれるサーバルキャットですが、調べてみると日本の一般的な猫よりも大きくて、抱いたまま運転席に座れるのか疑問が残りましたが、大きさは明言せず、読者のイメージに委ねる事にしました。
レポートにあった鳥の死体が消えてしまう所は、「カラスの死骸はなぜ見あたらないのか」という本を思い出しながら書きました。